おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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86話 フォールドなんて許されない!

 

 

 

 

 極光だった。 

 

 誰も見たことがないほどの──

 

 目も眩むほどの光の奔流だった。

 ギャレヲンの喉から放たれた、圧縮されすぎて物質を消し飛ばすほどの威力を得た光の束は、たっぷり15秒間の放出をもって、その暴れ狂うエネルギーで外界を削り取り続けた。

 周囲の光度を奪いながら、ギャレヲンは光を放出し続ける。

 

 

「──ッ! ──!」

 

 音も、皮膚感覚も、光も。

 全て輝きに塗りつぶされている。産毛すら震えている。感覚器官の許容量を超えた光は頭すら脳内に齎し、上下左右すら曖昧な中で、ルークは徐々に弱まっていく光に覆っていた腕を退けた。

 

 

「……く」

 

 

 世界が白飛びしていた。耳が高音を訴えかけていた。

 徐々に空間にギャレヲンの喉から解放された平常な光が戻ってきて、見え方が戻ってくる。しかし謁見の間にはブレスの前には無かった直径十メートルほどの大穴が穿たれ、煙を吹き出していた。静寂がこんどは耳に痛い。

 

『ばけもの、ね』

 

 ルークの持つ剣が震えて、カランコエの驚きが伝わってくる。

 人の身ではなし得ない、高濃度のエネルギーの圧縮を目撃したのだ、無理もない。

 

 涙で滲む目を何度も瞬かせながらルークは周囲の状況を確認した。気がついたら息が切れていた。体力が尽きかけているのもあるが、彼女のブレスの最中はうまく息が出来ていなかったようだ。改めてとてつもない威力である。事実、ギャレヲンの光が照射されたものは全て色がすこし褪せて、白くなっている。亜龍極光砲(彼女のブレス)の影響だ。色を一部消し飛ばして戻っていない。

 

 そんな、破壊の中で魔王は。

 

『──、──』

 

 長身のギャレヲンが掴むのは、ボロボロになった初老の男。背後には穿たれた大穴。

 

 逆行の魔王だ。魔王は全身の力が脱力して、足は地面に投げ出されている。ギャレヲンに掴まれている両頬だけが位置を変えずにそこにあった。ボロボロだ。髪の毛は乱れ、焦げている。服すらあちこち断裂していて、地肌が見えていた。

 

 

『生きてやがるッ!』

 

 

 全身の甲冑を溶解させながら、ギャレヲンは鋭い牙の生えた口を再び開く。彼女とてもう、余力がない。光を使った攻撃は暫く使えず、だから原始的に牙で魔王の喉元を齧り取るつもりだった。

 

『ァ、ァ、ァ゛!』

 

 まだ生きている。魔王はまだ、生きている。

 あとひと押し。

 あと一手で相手は詰む。

 

『──ガァッ!』

 

 ブレスのクールタイムで若干の動作は遅くなっているが、一息で命を抉り取る一撃。ギャレヲンの歯が魔王の首に迫り──

 

『あ──?』

 

 彼女は、ぐるんと白目を剥いて脱力した。力なく中途半端に開かれた口。舌がふわりと慣性で浮かび、魔王を掴んでいた両手が離れた。まるで途中で、魔力の供給をぶつりと切られた魔道具のように。人体にそれが起きていることが異常だった。最後の西陽が降りかけの舞台の幕を照らす。

 

「なっ!」

 

 ルークの喉から悲鳴に似た声が漏れる。

 崩れるギャレヲンが掴んでいた魔王は運悪く、ぽーんと空中に投げ出された。()()()()()()()()()()のだ。ちょうどギャレヲンが勢いをつけて喉仏を噛みちぎろうとした時に、何かが起き、彼女が脱力してしまったのだから。

 魔王は何度も地面にぶつかりながらギャレヲンと数メートルの距離をおく。

 

 

 たたらを踏んだ女傑は夕焼け色の髪をばさりと振り乱して、一歩踏み出し意識を取り戻す。

 珠のような汗が浮かんだ長身は、ぜいはぁと荒い呼吸を肩でしていた。

 

「何が!」

 

 勇者ルークが剣を構え警戒しながら叫ぶ。

 

 ギャレヲンはくそっ、と悪態をつくきながら魔王を仇のように睨みつけていた。

 

『心臓を、止められたッ』

 

「──!」

 

 あの、脱力したときに。

 

 彼女は魔王に触れていた。

 そして、()()()心停止が起きた。

 彼女の血の巡りはブレスのために踏みとどまる為に、下半身に大半があった。だから元々が脳貧血に近い状態で、即座に意識がぼやけてしまった。

 

『ああっ、マジかよ。いいか? 不用意に近づくなよ。今の()()は、無差別に力を撒き散らしてる』

 

 果たしてどうやって心停止から踏みとどまったのか疑問は尽きないがルークは魔王を見る。

 

 

 

 

 

 

 

『わ、ぎ、は、い゛は、……しぬ゛わげが……わげには……わ が がが が』

 

 

 

 

 

 魔王は、立ち上がっていた。

 ぎぎぎ、と糸が千切れかけたマリオネットのように。あらぬ方向に曲がった関節を、ただの支えにしながら。

 

『はーっ、マジのまじかよ』

 

 ギャレヲンが苦い顔で呟く。

 生命への冒涜を吐き散らすような、怨嗟の声をあげて蘇る死者のように。

 

『 か カ カカ ワ ガァ はい』

 

 正気はなかった。

 とうに消え失せていた。

 首は折れ曲がり、撫でつけられていた髪の毛はボサボサになっている。

 何故そこまでするのか、と疑問が湧き起こりそうな姿。整えられた貴族然とした姿はもはや見る影はなく、浮浪者か、戦でボロボロになった兵士のようだった。だけど魔王は立っている。あちこちに向いた、ギラつく瞳で。ブレスを放った彼女は嫌そうに顔を顰めて言った。

 

 

『生きてやがる。なぁ、なんか、おかしいぞ。魔王ってのは、こんな頑丈で、狂ってるイキモノなのか? 気味が悪ぃ』

 

 

 ギャレヲンとて、ガス欠。

 もう大規模な攻撃は出来ない。だからさっきの攻撃も、噛みつきという原始的なものしか選べなかった。

 

『ヲ゛ ォ ヲ!』

 

 魔王は生きている。

 ギャレヲンの攻撃は明らかに致命傷だった。あのブレスは勝負を決める一撃になり得た筈だった。なにせ切り札なのだ。だが仕留めきれなかった。

 ぜいぜいと、連戦に次ぐ連戦で魔力がほぼ尽きているルークは荒い呼吸を繰り返す。

 

『わ……がは……ぃぃいぃ』

 

 もう、余力のないルーク達が望むのは短期決着。

 

 魔王は立ち上がる。生き物を冒涜するような、あり得ない、本来関節が機能し得ない動きで。

 ゴホゴホと血を吐きながら、魔王は壊れた操り人形のように、あちこち関節がおかしな角度のまま、ぎこちなく首を巡らしている。

 

『わが……ワガはイは……』

 

 まだ生きている理由は、きっと、魔王の確率操作で、避けられないにしても毎秒ごとに必死に致命傷の可能性を避け続けたからだろう。

 ふぅふぅと呼吸をしながら、ルークは剣を構えた。

 瀕死の魔王に、トドメをさすために。

 

 

 

 

『我輩は──()()()()()()()

 

 

 ガコン、と城が揺れた。

 地面がドクンドクンと脈打った。

 

『うっ──わー……』

 

 ギャレヲンが疲れを滲ませ、引き攣った顔で、蠢く天井を見上げる。

 ボタボタと石材が雫を垂らして、筋肉のように収縮していた。壁に飾られていた調度品は表面のテクスチャをぼやけさせて、内臓のような光沢を放ち始める。

 なんだか生き物の体内じみてきた謁見の間で、ルークは強張った顔で、叫んだ。

 

「脱出だッ!!」

 

『我輩()()()──街であ、る』

 

 

 こうして。

 

 魔王戦の、終幕は、全てをめちゃくちゃにしながらやってきた。

 

 

 

 ◆

 

 

 魔王は英雄ギャレヲンの不可避の一撃で致命傷を負っている。

 身体は既に自壊を始めていて、遠からず斃れるだろう。時間を稼げば、ルーク達の勝利なのだ。

 

『逃げろ逃げろっ、撤退だっ!』

 

 だが、魔物を狩る時に気をつけなければならないのが、最後の足掻きだ。手負いの猪や、他の魔物ほど最後に命を燃やしてひと暴れをする。油断して巻き込まれたり、死力を尽くした冒険者が命を落とすこともある。

 そんな、よくある現象のひとつ。

 

『うぉぉ! だからと言って、()()はヤベェ!』

 

 腰にまだ息のあった偵察兵三人を抱えながら、ギャレヲンは、空の端が暗くなり始めた、光り輝く夕焼けの空に飛び出した。

 つまり、謁見の間のガラスから外に飛び出した形だ。背後にはルークも続く。

 

 解放された風が、二人の髪をバサバサと無遠慮に巻き上げる。

 

 地平線に沈む真っ赤な夕陽が、空中でルーク達を照らす。こんな場面でなければ神秘的なワンシーンだ。

 背後に、とんでもないバケモノさえいなければ。

 

『無事かぁ!』

 

「はい!」

 

 何もない、赤茶色の砂漠の大パノラマ。そこに似合わない、ガコンがコンという轟音が響き渡る。その音から逃げるようにルーク達はパンデモニウムの城のてっぺん近く、上空二百五十メートルを超える空中に身を踊らせた。

 

「かっ、カランコエっ、足場っ!」

 

 ルークが言うたびに空中に輝く剣の足場ができて、勇者はひたすら逃げる。ギャレヲンも時々ルークが投げる剣を足場に跳躍をして逃げている。

 

 何から? 

 

『GA GA GAGAGASSSS!!』

 

()()()()()()()からだ。

 

 まるで山が動いているのかと錯覚するほど巨大な、城壁つきの都市。

 聖都にあるという100メートルの見上げる尖塔を横倒しにして、三十七本分必要な大きさの三角錐は、いまや生き物となっていた。

 暴走した魔王と同化したのだ。  

 

『おいつかれそう』

 

「マジっ、か!? カランコエ、それホント!?」

 

 魔王の能力が暴走し、近づけないと判断したのが不味かったのか。

 魔王の下半身は謁見の間の床に溶けるように同化した。それからだ。パンデモニウムが変化したのは。

 

 まずは謁見の間が体内のように蠕動した。石の柱も、宝石のシャンデリアも。ひとしく生き物の一部のように波打ち、蠢き、形を変えていった。この時点でルーク達は退避を開始した。

 咄嗟に飛び出た窓は、一瞬の後には半透明の膜で覆われ、内臓に変化していた。

 

 そして、飛び出した空中で見た。

 パンデモニウムの変化を。

 

 都市の両脇から腕が生えて、足元の無限軌道は脚になった。都市の中で建物や地面が生き物のように組み替えが起こったのだ。

 

 

 

 誰かが言った。

 

 ──とある、白い石で有名な、豊かな国があった。

 噴水と大理の石、整った街並み美しい国民性。

 そんな豊かな国を治める王様がある日とつぜん、狂った。

 

 

法治国家『パンテオン』 

 

 

 そして、その国丸々一つを魔に堕としたのだという。

 国民の、一人残らずを。

 

 

魔堕国家『パンテオン・ディアフティロメ』

 

 

 その国は国民全員が魔に属する、移動する最悪の厄災となった。

 歴史に名を刻む、存在が確認されている魔王の一つ。

 今までに六つの国を引き殺してきた都市になった。

 

 

侵蝕蠕動国家『パンデ──

 

 

 そして、今は。

 かつてあった栄華の都市は伽藍堂になり風が吹く。

 それでも縋り続けた狂気の王子は途方もなく長い年月、魔物となった臣民を生かすために殺し続けた。

 

 

××××『××××──

 

 それすら、限界。

 未来で勇者に追い詰められ、過去に跳び、勇者の根本から断とうとするも、英雄の一撃で瀕死状態。

 

⠀ ⠀ ⠀ ××××『××××──

 

⠀ ⠀ ×──×』××

 

 

 魔王は正気を失い、長年の妄念とも言える都市は遂に自壊を始めた。

 もう、残っているのは、なにもない。終わりに転がる岩。

 

⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ××──××、×××

 

⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ×××××──、──×

⠀ ⠀ ⠀ ⠀ ──××××』××── 

 

⠀ ⠀ ⠀ ×××××××

 

 

 

 かつての白亜は無く。

 勤勉な臣民も壊れ。

 すべてを担っていた王子すら狂気の果てに沈んだ。

 都市だけが、都市だけが、すべての妄執、哀惜、狂気を載せて最後の数キロメートルを走り出す。

 

 

 そんな、ただの化け物を、後の人々はこう称した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──妄念残骸都市魔獣『パンデモニウム』

ランク【temporary A】

 

  

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『ひとまず、街まで行くしかねぇ! 攻城兵器ならいくつかある!』

 

「この化け物をっ?」

 

『そぉだよ、どうだ!?』

 

 ギャレヲンはパンデモニウムの変化の際、砕かれ空中に舞った瓦礫を足場にして跳ねながら街の方向を指差した。

 背後から、教会の尖塔が迫ってくるようなスケール感で叩き潰そうとしてくる。

 空中で、ハエ叩きのように潰されそうな軌道。ルークはカランコエに作ってもらった足場を蹴って、くるりと上下を反転させ、白銀の剣を突き出すことでパンデモニウムの腕をギャリギャリと削りながらなんとかやり過ごすことに成功する。

 そして痺れる腕と、すぐ上を過ぎ去っていった大質量に汗をかきながら大声で叫んだ。

 

「乗りました! その策でいきましょう!」

 

『──話の分かるオトコは大好きだぜ』

 

 合点のいった二人は空中を駆けながらミルシットの街を目指す。

 既に城壁が一部破壊されている街の詳しい状況は分からない。距離はおおよそ3.5キロメートルほど。

 

 二人は赤砂に着地し、あたりの砂を巻き上げながら疾走した。

 パンデモニウムが吠える。もう可聴域を超えた重低音は肌をビリビリをと震わせて迫ってくる。

 

『なんっ、で、街がバケモノになるんだよ!!』

 

「知りませんよ! 上っ、潰されますよ!」

 

 疾走するギャレヲンがヤケクソ気味に叫んだすぐ上を影が落ちて、ルークは大声で返した。

 

『ガァァァッ!』

 

 

 降ってくるのは、建物と見紛うまでの黒光りする鋏。

 地響きを巻き起こしながら、民家を3軒連ねたような攻撃を、ギャレヲンは吠えながら砂漠に点在する岩を足場に跳躍することで回避した。

 ルークは改めて、走りながら首をぐるりとまわし後ろから自壊しながら迫り来るパンデモニウムを見やる。

 

 ベースは蠍だ。だが、鋏のほかに人間の手のような巨大なものが生えていて、関節に繋がる八本の脚は蹄のある、馬の脚になっている。

 

 それが。

 超巨大な生き物が、

 

 

『G A GAGAGAG. ! !』

 

 

 街ごと、最後の力で自らに致命傷を与えた虫ケラを叩き潰そうと迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 そう、これは終わりの物語。

 とっくのとうに可笑しくなっていた王子の──

 

 

 “最初から我輩の、ひとり芝居”

 

 

 だから、これは、勇者の、ミルシットの英雄の、魔女の、魔王の──

 

 

 

 

 最後の最後の、賭けだった。

 

 

 

 


 

 

【最終討伐対象】

 

妄念残骸都市魔獣『パンデモニウム』

ランク【temporary A】

 

【失敗条件】

 

大巫覡の死亡→女神教の消滅

 

 

 

 

 

 

 

▶︎SAVE?⠀ ⠀ ⠀ NO!!

 

 

 

 

 

 

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