おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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7話 意外な所で会うよね

 

 

 

 冒険者ギルドはヴァンデの北東部に位置している。

 

 

 

 迷宮製の建材で固められた三階建ての建物は、一目でそれとわかるくらい人の出入りが激しく、大きく、頑丈で、また迷宮に近かった。

 

「着いた、ここだね」

 

 ルークが建物を見上げながら呟く。

 入り口は大きなアーチ状になっていて、非常時以外は基本的に開け放しだ。入り口が大きいのは、冒険者は体格以上の装備を使う者もおり、突っかかるからだそうだ。

 実際ルークが入り口を潜ると、頭の上にルークの半分くらいのスペースが余っていた。

 

『なんだか、熱がこもるばしょね』

 

 腰に佩いてあるカランコエが震えて言う。

 ルークは確かにね、と目線を滑らせ、ギルドの中を素早く見回した。

 

 作りは非常にオーソドックスなギルド式だ。

 正面にはカウンター、三人の制服を着た身綺麗な受付嬢が冒険者の対応をしている。

 

 右手には依頼が張り出された巨大なコルクボードがあり、沢山の依頼紙が場所を競うように張り出されている。乱雑に扱う冒険者も多いのか、よく見ると紙の切れ端がボードにはいくつも残っていた。

 

 

 左手には酒場、兼待機場。

 奥には食事を注文するカウンターがあり、丸テーブルが幾つも並んでいた。テーブルはすでに埋まっており、種族も年齢も違う者たちが座り、騒いでいる。中央のやや右にはテーブルに地図を広げて、ローブを被った賢者のような老人と若い耳の長い弓使いが何やら侃々諤々と話し合っている。剣士の人族は難しい顔で地図と睨めっこだ。

 それより少し左で、骨つき肉を振り回して大声を上げるのは若い獣人族の戦士だ。同じく顔に傷のある人族の大男が拳を振り上げていた。

 

 ドワーフの男は酒を飲みながら武器の点検をし、筋肉の浮き出た腕で見惚れるような繊細な手つきで武器の歪みを直していた。

 

 その喧しさから離れた位置にはちいさな魔術師がブカブカのローブを着て、魔術書を広げて静かに読んでいる。

 

「賑やかだねぇ」

 

 飛び込んできた別の世界に、圧倒されるようにルークは言う。カランコエも黙ったままだが、驚いているのが契約の紋章を通じて伝わってきた。

 

 ギルドの中は広く、二階までが吹き抜けになっているようだ。二階部分は回廊のような通路が一階を見下ろすように着いていて、制服の若い男が忙しそうに紙の束を抱えて走り回っている。

 

 視界を上に向けていたからか目に入ってきたのは、どんな魔物のものかも分からない巨大な黒曜石のような爪。ザラザラと、今にも動き出しそうな赤い鱗、骨、鉱石。

 雑多なそれらは冒険者の輝かしい偉業を讃えるように、存在感を放ちながら飾られていた。

 

 ルークはぽけーと少し口を開けながら受付に向かう。

 迷宮に潜るには新たに冒険者登録をする必要があったからだ。

 

「こんにちは、ご新規の方ですか?」

 

「ああ、はい」

 

 お上りさんのような格好を晒していたからか、受付の緑髪を三つ編みにした女性は微笑ましそうに聞いてきた。ルークが頷けば彼女は少しお待ちくださいね、と言ってカウンターを離れた。

 

『──そういえば、あなた、勇者として登録するの?』

 

「ん? いや、剣士で登録するかなぁ」

 

『あら、どうして?』

 

 二人になったタイミングでちょうど良いとばかりにカランコエが疑問をぶつけてくる。ルークは、衆目がある場所なので腰にある剣に目を向けず、小声でそっと答えた。

 

「勇者って、すごく政治的な存在なんだ。国の政治と繋がってることが殆どだから……まあ、バレるとすこし手間なんだよね。……これは身分詐称とか、嘘じゃないからね?」

 

『まだなにも言ってないわ』

 

 言い訳をするようにルークが弁明をつけ足すと、すこし残念そうにカランコエは震えた。そして、すぐに、おや? と疑問符を浮かべた。

 

『あなた、このギルドには来たことなくても、この都市にはきたことあるのよね? まえに言っていたわ。でも、それって、顔見知りがいたらバレちゃわないかしら』

 

「ああ、その点は大丈夫だよ」

 

 何を聞かれるのかと思っていたルークは肩の力を抜く。

 ギルドの作りを見渡すフリをしながらカランコエに答えた。

 

「顔見知りなのは仕事で知り合った憲兵とか兵士の人たちで、ここには居ない。あとは、お世話になった宿屋のアマンダさんとか、何度か行った飯屋のゴルさんとかだけど……そこには近づいてないしね。知り合いは三人くらいだ! バレることはないよ!」

 

 自信満々に断言する勇者。

 ちょうどその時、別の受付嬢がやって来たようなので会話を中断する。真っ直ぐこちらに向かってくるので、ルークに用件があるようだ。

 

「お待たせして申し訳ありません。(わたくし)新規登録を受け持っております、アマンダ、と申します。新たに登録という……あら? …………勇者くん?」

 

 

「…………」

 

 

 

 

『ねぇ、あなた。前言をもういちど言ってくださる?』

 

 口調まで変わったカランコエに、ルークは何かいう事は出来なかった。

 

『ねえ』

 

 ルークはこの時、妙に冷静な思考で考えた。

 

『ねえ』

 

 

 知り合いって、意外な所で会うよね──と。

 

 

 

 ◆

 

 

 軽く事情を説明したのち、改めてルークと受付の彼女は向き合った

 

「……改めて、お久しぶりです、アマンダさん」

 

「うん、勇者くんは……すこし雰囲気が変わったね」

 

 そうですか? とルークは頭を振って、軽く自分の身体を見渡した。一纏めにした麦色の髪がさらさらと揺れる。

 アマンダはルークの様子をみて、顎に手を当てて言葉にならない声で『んー』としばらく唸っていると、何か結論に達したのかピンとルークを指差し言った。

 

「女の子でも出来た?」

 

「いいえ」

 

 即答だった。

 迷うことなき断言だった。

 ルークの脳裏に一瞬、白い髪に一房ルークの色が混じった少女の姿が浮かんだが、そういうのは失礼と思考を強制的に打ち切った。

 

 戦闘中に余計な思考に気を取られて死ぬ可能性を減らすために、意識の切り替えは何度となくやっている。

 戦場での思考方式をここでやった勇者は、全ての思考を一度振り切り、今や涅槃の顔つきをしていた。

 

「あれぇ? そっかー。お姉さんのカン、はずれちゃったかー」

 

「そういう時もあります」

 

 若干カタコトだったが、首を傾げるアマンダには気が付かれていないようだった。

 ちなみにカランコエはハナから話を聞いてない。ギルドの壁に飾られた魔物の素材を見ている。

 

「それにしても、そんな事があったんだねぇ」

 

 先ほどルークが掻いつまんで説明した事情を振り返り、アマンダが含みを込めて呟く。全部は説明していない。国の機密に関わる事項や『魔女』のカランコエに関わることもあるので、ほんとうに概要だけだ。

 

「じゃあ、いま仕事なくなっちゃったんだ」

 

 アマンダが僅かに眉を下げて言う。

 鳳仙花よりもすこし落ち着いた色合いの彼女の髪がはらりと額に一本落ちた。

 ルークはアマンダからちょっと視線を外して、傷がたくさん刻まれた年季の入った木製のカウンターを見た。

 

「まぁ……でも、僕のやるべき事はいつでも明確ですから」

 

 その言葉は何度も繰り返した台詞のように澱みなく流れる。

 アマンダは眩しそうに目を細めた。

 

「ところでアマンダさんはどうしてここに? 宿屋では?」

 

 話題を変えるように、声のトーンをひとつ高くしてルークが尋ねる。アマンダは少しきょとんとしたが、すぐに合点がいったのか苦笑いをして言った。

 

「あっちはね、お手伝いよ。宿屋をやってる叔父が腰をやっちゃって。臨時で入ってたの。だからこっちがほ、ん、ぎょ、う」

 

 そうだったんですか。

 ルークは軽く目を見開いた。それにアマンダは満足げな表情をして、手元に持ってきた書類に目を落とした。

 

「んー、勇者くんなら実力も知ってるし、迷宮に潜ることを許可するのも簡単なんだけど……身分明かさないほうがいいのよね?」

 

「はい、すみません、面倒をかけて」

 

「いいのよ、私は戦えないし、だからこういうところで役に立たせてちょうだい」

 

 ひらひらと手を振りながらアマンダは筆記具を手に取り、インクの壷にペン先を浸す。

 

「なら、僕はこういうことは出来ないので戦わせてもらいますね」

 

 その言葉に紙に落としていた視線を上げれば、すこし口許を緩めたルークがいた。

 

「もう」

 

 アマンダは困ったように、しかし嬉しそうに笑った。

 彼女はルークの勇者という側面より、こういう細かな気遣いが出来るところを好ましく思っていた。

 

 

「そうだ、新進気鋭の若い冒険者が二人いるんだけど、その子達の付き添いって形なら許可が下りると思うわ」

 

 はっと気がつくようにギルドの受付嬢は声をあげた。

 

 実際には未熟な新人冒険を育成するためにある程度実力のある冒険者を付けるシステムだが、今回に限っては逆だった。

 

「あの子たちは凄い勢いで実力を伸ばしてるんだけど、迷宮は少しの油断が死に繋がるわ」

 

 実際に、将来を嘱望されていた若い冒険者が小さなミスをして、二度と帰ってこなかったことは多くある。

 ベテランですら想定外のことが続けば五体満足は難しい。そんな世界なのだ。

 

「だから、芽のある二人のことを見てくれないかしら。キミの戦い方を見せてあげたいのよ」

 

 戦いの場で何年も修羅場に遭遇して、生き延びて来た勇者は、英雄には及ばずとも、紛れもなく強者の類だ。

 そう、鉄火場で生き延びてきたのだ。その実力をアマンダはしっかり理解していた。

 

 ルークはその依頼を渡りに船だとばかりに快諾しようとして、カランコエに相談していなかったと気がついた。

 そっ、と剣に手を沿わせる。すると剣がかすかに震えて『すきなようにしなさい』と返答があった。ただ手を触れただけでこちらの意図を汲み取って答えた魔女は、やはり聡明だなと思いながらルークは依頼を受けることにした。

 

「行けるなら、今日このまま向かいます」

 

 元々迷宮に試しで潜るつもりだったから。準備は終わっている。

 アマンダは顎に指を当てて少し考えた。新進気鋭の二人には前々から一度実力のある人を派遣すると話は通してある。だから顔合わせさえしてしまえば問題はないだろう。

 

「そう? じゃあ、今日ちょうどあの二人が来るからお願いね」

 

「任されました。二人は無事にここに送り届けますよ」

 

 右手で小さく胸をトントンと二度打った。分かる人には分かる、王国の誓いの行為だった。

 

「無茶なところは見せちゃダメよ。勇者くんもきちんと帰ってくること」

 

 その言葉には、ルークは声には出さず、微笑んだ。

 それが肯定ではないと知ってアマンダは胸が僅かに痛むのを感じた。こんな、軽い、定型文のような言葉にも頷けない。それがたまらなく悲しいと思った。

 

 この勇者は若いのに知っているのだ。戦場で、いつ自分が死神の鎌に刈り取られるかは分からないと。それを知って尚、多くの人のために戦場に向かい、魔王を討伐するのだ。

 

 

 

 だから人は彼らを『勇者』と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 ──だが、目の前にいるのはまだ子供じゃないか。

 

 アマンダは思う。

 自分に弟がいれば、こんな感じなのかもしれないな、と。ルークはそんなただの若い男の子なのだ。宿屋で会った時は、ずっとそうだった。

 

 

「ねぇ、勇者くん。危なかったら辞めてもいいんじゃない? 話に聞くだけでも貴方はもう、十分に頑張ったし、それになにも戦いの場じゃなくても、貴方の活躍できる場所はあるしね。料理だって、建築だって、それこそ宿屋も人手がないのよ」

 

 カウンターから少し乗り出し気味に身体をルークに近づけて、早口に言う。視線だけは外さずに勇者を見つめると、彼は少し驚いた顔をして、力の抜けた笑みを浮かべた。

 

「そう、思ってくれるんですね」

 

 アマンダは『ああ、私の言葉じゃ届かないな』と直感した。ルークは表情を豊かに変えるが瞳だけは揺るがない。麦のような柔らかな色をした二つの球は、この時であっても波紋ひとつなく、その鏡面に不安な表情をしているアマンダを映し続けていた。

 

 

「確かに、僕は戦わなくても良いのかもしれないです。人を救うのは、戦うことだけじゃないって王国で言われた事も沢山あったなぁ」

 

 

 ルークはアマンダから受け取ったペンを一度止めて思い出すように視線を上にやった。依頼書にサインをする途中のインクが一滴垂れて、年季の入ったカウンターに新たなシミを一つ作るが二人とも気が付かなかった。

 

 

「僕は世の中の英雄達に比べたら、そこまで強くないから。だから、なにも命を張るのは()()()()()()()いいのかも」

 

「だったら」

 

 言葉を続けようとして、アマンダの喉は動きを止める。

 なにも後に繋がる事を言えなかった。ルークの目を見たら。

 

「でもそれは()()()()。僕じゃなくてもいいだとか、それは確かにそうだけど、うーん、なんて言うんだろう──」

 

 彼は眉間に皺を寄せて、髪をくしゃくしゃと掻いた。

 自分の中にある曖昧な概念を言葉という具体的なものに落とし込むのに苦戦しているようだった。

 

「ほんの少しでも、誰かを血の中から救えるなら、それがいい。英雄が100人を救う中で、僕があぶれた1人だけでも、助けられるなら、それの方が()()でしょ?」

 

 髪からパッと手を離し、ルークは窺うようなトーンで言った。

 

 

 

 

「だから、なんか、纏まらないなぁ。“誰かがやってても、僕もやる”それだけ」

 

 

 

 それだけ言うと、ルークはサインを終えて紙を少しアマンダの方へ滑らせた。彼は腰の吊り具を確認して、背中を向け歩き出そうとする。

 

「それじゃあ、行って来ます。──そうだ、アマンダさん」

 

 くるりと振り返り、ルークはアマンダを見た。

 

「なあに? 勇者くん」

 

「その呼び方だと、その、バレるかもなので」 

 

 勇者は妙に周りを気にしながら、声を落として言った。

 

「これからは、勇者くんではなく、ルーク、と」

 

 何を言い出すかと思えば。

 アマンダはなんだかおかしくなってころころと笑った。

 

「ふ、ふふ……、あぁ、お腹いたい。うん、それじゃあ、行ってらっしゃい、ルークくん」

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……カランコエ」

 

『なにかしら』

 

 冒険者ギルドから出て、一分ほど歩いて。

 新進気鋭の二人との待ち合わせ場所は迷宮の前だというので、移動の道すがら。

 

「その……一つキミの忌憚のない意見を聞きたいんだけど」

 

『どうぞ』

 

 ルークは滅多にない真剣な顔をして、覚悟を決めたような口調で言った。

 

「アマンダさんは、僕に気があると思う?」

 

『…………』

 

 小さな魔女は何も言わなかった。

 この勇者が真面目くさった顔で、一体何を言ってるのか理解できなかった。

 

『……あなたって、彼女とか出来たことないの?』

 

 それでもどうにか絞り出した一声がこれである。

 

 

「…………………………ないよ」

 

 ルークは目を伏せた。

 そういう経験はない。勇者は多忙ゆえに。

 

 

 

 ──ひとつ、ルークの名誉のために付け加えておくならば、別にルークの見た目が劣っている訳ではない。

 

 ルークの容姿を評するために、かつて彼と一緒に国を守った警備兵士のジャックの言葉を借りよう。

 

ルーク(あいつ)は優しい。言うなれば優男な顔立ちで物腰も柔らかで、警戒されづらい。そんでもって、すらりと身長が高くて、髪もさらさらときてる。まぁ、確かに地味な色ではあるが、かえってそれが警戒を解くんだよ』

 

 

 

 つまり──

 

 

 

『つまりだな。アイツはお姉さまがたに好かれやすい。憎らしいけどな』

 

 

 

 だが、当の本人が忙しすぎて相手の気持ちに気がつかず、気がつけば恋愛を経験せずに15歳の成人は三年前に迎えてしまった。

 

 こうして、仮にも女の子であるカランコエに先の質問をぶつける、腕っ節だけは妙に強い、恋愛に関するデリカシーを知らない悲しき青年が誕生してしまったのである。

 

 

「カランコエ? カランコエ、何か言ってよ」

 

 

 悲しき青年は人目を憚りながら剣に話しかける。

 カランコエは静かに震えて言った。

 

『大丈夫、いっしょに世界をこわしましょうね』  

 

「ねぇ、カランコエ。どうしてそんな今まででいちばん優しい声で言うんだい? そういうのじゃないから。僕は、そういうのじゃない」

 

『わかってるわ。ええ、だいじょうぶ』

 

「分かってないよね???」

 

 

 

 そんなこんなで、二人は迷宮の入り口まで歩いて行った。

 街行くひとびとは、だれも彼らが勇者と魔女だとは気がつかなかった。

 

 

 

 

 

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