おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

111 / 119
88話 ジャンプスケァ

 

 

 

 巨大弩砲(バリスタ)の設置場所は速やかに決まった。

 街の大通りだ。理由は明快。

 

『あんだけ広けりゃ、組立も射線通らすのも楽だから、なっ!』

 

『gya!?』

 

 刃こぼれだらけの大鉈を振るって、白い猫の獣人が言った。現在ルークたち一行はアルタニャを先頭に、街の大通りを目指して一丸となって走っている。

 

 袈裟懸けに切られた小鬼が傍を流れていく。濁った泥水のような、濃い緑の血が飛沫のように飛んでいった。

 無人になった砂漠の街。石造りの通路を走る。

 

「はっ……はっ……」

 

 ルークは息を必死で整えながら、集団と共に先を目指していた。

 喉の奥が張り付くように痛かった。砂を吸い込みすぎたのかもしれない。涙目になりながら、それでも声を張り上げる。

 

「どのくらい、時間はかかりますかっ」

 

 大通りまでの時間ではなく、バリスタの設置時間だ。

 省いた言葉だが意味は通じたらしく肩にバリスタの角材を担いだ片目が眼帯の男が大声で答えた。

 

『さぁ、たぶん5分か10分だろ!』

 

 彼は粗末な革の鎧を着て、無精髭を掻く。

 

『だよな? アリンコ』

 

 おぉ、と声を出したのは三角帽子を被った小人。70センチほどしか無い体格で成人している、手先が器用な種族。岩小人(ドワーフ)とは別だ。何人か列には小人の姿がある。彼らが今回の組立の主な人物になるのだろう。ルークは腰から革の水筒を取り出して、のこった数滴で口内の砂をどかし、戦いに備える。

 

『もうすぐ大通りだ! 道具を用意しろォ!』

 

 アルタニャの側で先陣を切っていた森人の女性が叫んだ。事実、それなりに広い路地の先には光が見えていて、馬車五台は余裕で倒れそうな道が見えている。あそこが街の外から中までを貫く中心通りだ。

 

『さんっ』

 

 

 走る。汗を流しながら。

 路地を抜ける。

 

 

『にいっ』

 

 

 足を叱咤しながら。

 重たくなった頭を動かしながら。

 

 

『いちっ』

 

 

 走る。

 視界が開けて、大通りに飛び出して。

 

 

 

 

 

「──来ると、思っていたさ」

 

 

 何十もの弓矢が、大通りに飛び出したルークたちに狙いを定めていた。

 

 

 

 

 

「お、おおぉぉおッ!」

 

 

 ルークは先頭でちょうど路地から飛び出した所だ。

 世界がスローモーションになる。

 

 

 夕陽が身体中を照らす。眩しい。遮蔽物のない通りは日差しが眩しく真っ直ぐ伸びてくる。その中を、弓矢をつがえた小鬼たちが30体ほど、ルークに狙いを定めていた。指揮をしているのは、通りの奥にいる人物。

 

「──てっ」

 

 このまま矢が放たれればお手軽な人形の針山だ。待ち伏せされた。後続も続いて飛び出している。何人死ぬか分からない。

 

「──ッぁああっ!!」

 

 だからルークは、極限の緊張の中、頭を身体に折りたたむように下げてぐるりと宙で一回転をした。白銀の装飾がついた剣が縦の円を描くように振るわれる。しゃららら、と剣から銀の装飾が分離して、銀の線になって周囲をムチのように薙ぎ払った。放たれた矢はばちばちと空中で叩き落とされていく。

 

「ッ、ぁ……!」

 

 そして、着地。

 地面を這うように低い位置で砂埃が立つ。勇者は肩で息をしていた。どやどやと後ろから雪崩れ込んできた隷属民と兵士の集団の前にルークは立って、敵と相対した。

 

『一体何が……っておいっ、アンタ!』

 

 森人の女性が叫ぶ。

 後ろの集団からざわめきが広がる。

 

「ふっ……ふぅ……」

 

 原因は、待ち伏せを切り抜けた立役者であるルークの身体だ。

 

『マジかよ……おい』

 

 避けきれない何本かが勇者の腹、肩、脚に突き刺さっている。貫通した矢尻から赤黒い糸を引いて血を滴らせる。

 どう見ても致命傷。ルークの実力を知っていた何人かは、ここでの戦力低下、仲間の一人が離脱ということに目を開いていた。

 

「問題……ありませんっ」

 

 だがルークは勇者だ。

 それも、世界の敵である魔女の手を取った、とびきりヘンな勇者である。まだ立つことは出来る。

 

「根性があるじゃないか」

 

 これに感心するように言ったのは、ルークの前方。街の外側に近い大通りの真ん中に立つ、今回の待ち伏せをしていた人物だった。

 

「魔王の、配下か……?」

 

「そうだ」

 

 ルークが荒い息を吐きながら問い掛ければ、彼女は顎を少し引いて答える。

 彼女は尻尾の生えた、鱗を持つ女性だ。青みがかった鮮やかな菫色(ヴァイオレット)を肩甲骨あたりまで伸ばしている。頬や腕にはところどころ艶めく鱗。彼女はピンと伸びた背筋で佩いた騎士剣を少し撫でて、一息に抜き去った。真っ直ぐな、70センチの騎士剣だ。

 

「……」

 

 ルークは視線を巡らせて、大通りの前後を見た。

 街の中心部に近い方、つまりルークの背後は何処からか瓦礫が飛んできて道を塞いでいる。大小さまざまな家のかけらたち。生活の名残たちがバラバラになってバリスタの設置を邪魔している。

 

 

 

 だから、設置できるのは──街の外縁に近いほう。

 あの、鱗の騎士がいるほう。

 

 

 

「……もう、魔王は自失している。僕らが争う理由はあんまりないと思うけど……どう? 騎士のお姉さん」

 

 あと一歩の所で現れた障害に、ルークはあえてすこしおどけて聞いてみた。途中で口から血の塊が出てきて咳き込む。相変わらず体力魔力は回復していない。身体に刺さった異物感たっぷりの矢は折って、内臓部分だけカランコエにかろうじて治してもらった。これでさらに魔力は目減りしている。

 だからそんな気持ちを込めて尋ねたのだが、返ってきたのは硬質な音。

 

「貴様も誰かに仕えるのなら、分かるだろう。いや、分からなくていい。分かられてたまるものか」

 

 髪の毛と同じはっとするような鮮やかな紫色の瞳が細くなる。ルークがよくよく見れば彼女もボロボロで、鎧はあちこち傷だらけ、癖っ毛の髪もほつれていた。

 限界。互いに、限界同士。

 

「分かられて、たまるものか。まだ道がある者に。後戻り出来る者に!」

 

 叫ぶ声には激情が乗っていた。相手に対する怒り、自分に対する怒り、何か大きなものに対する無力感。

 彼女は少しの憎しみの籠った目で茶髪の青年を睨んでいた。睨むなよ、とルークは思う。だって、ここは戦場なんだ。命をとって取られるおかしな場所なんだ。だから、そのルールに則ってる相手を逆恨みするなよ、と。

 

「我が国をっ、メチャクチャにしたお前らにっ」

 

 きらりと、夕陽に白銀の装飾が輝いた。

 ルークは深く強く、胸を鎧の上から握った。

 

「──そんなの、僕だっておなじだろ」

 

 ぼそりと勇者は、表情を変えず誰にも聞こえないような声で呟いた。今までにない、のっぺりとした声。手に持った魔女の剣がカタカタと震えて、『おちついて、おこりすぎないで、おちついて』と珍しく宥めてくれた。

 

 おちつけ、落ち着け。

 ふーっと息を吐き出す。そして、少しの笑顔を意識して作って、ルークは騎士に問いかけた。

 

「話し合いは、なし?」

 

 剣を構える。

 空気が肌に張り付くように変化する。

 

「なし、だ」

 

 残った息をふっと吐いて力を抜く。

 体の余計な強張りをほぐすため。戦闘準備だ。どちらにせよ、彼女を倒さねばバリスタは設置できない。背後にハンドジェスチャーで“僕が戦う”と合図を送る。ズゥゥン、とパンデモニウムの足音は近くなってきている。あと、10分もしないうちに街に辿り着かれるだろうか? ルークは考えた。指の骨を軽く鳴らしながら。

 

「私は白亜のパンテオン、近衛筆頭騎士──カロシニ」

 

 彼女は地平線に半分身を隠した、大きな大きな太陽を背に、逆光の中剣を構えた。なかなか様になっている。

 

「若の邪魔は、させない」

 

 魔王が死ねば彼女も死ぬのだろうか?

 答えは知らない。出来ることは、戦うことだけ。

 

「もう、終わりだと、そう言うのなら」

 

 あの騎士の魔物を倒さねば、兵器は設置できない。

 残っていた小鬼たちが騎士の元へ集まり始める。その数、30。

 なんとも単純で、わかりやすく──厄介なこと。

 

 

「せめて、私だけは。騎士だけは最後まで抗うのだ!」

 

 

 彼女は一瞬、くしゃっと表情を歪めて、すぐに戻して真っ直ぐにルーク達を見て。

 壊れた都市の、さいごの騎士が

 

「大人しく──死ね」

 

 夕陽を背に、立ってゐた。

 

 

 

 ◆

 

 

「ふっ──っ!」

 

 戦いは必然、小鬼たちは隷属民と兵士が相手をする。

 カロシニと名乗った騎士はルークが相手をする事となった。

 

「せぃッ──」

 

 勇者は一歩踏み出す。世界がブレる。加速のまま上段からの切り下ろし。

 

「甘いわァ!」

 

 だが、カロシニは自身の剣の腹でルークの軌道を流し、ジャっと音を立てながら受けた。軌道が逸れた勇者の剣が地面を叩く。耳に痛い高い金属音。振り下ろしの状態になってしまったルークを狙って、カロシニは流麗な動作で鋒をルークの喉に突き出そうとした。

 

「──」

 

 お手本のような綺麗な動作。弛まぬ鍛錬を感じさせる動き。

 だけど、故に()()()()()()()

 

「なっ っぐ!?」

 

 ルークはあっさりと地面に刺さった白銀の剣をぱっと手放す。カロシニが目を見開く。同時にルークは上体を、ぐぐぐ、と頭部が腰の位置まで下がるほど回避をしていて、カロシニの一撃は空振りした。彼女があっと思う間も無く、ルークはベルトから短剣を抜き取り逆手に持ち替えカロシニの伸びきった肘を突き刺した。

 

 ルークの手に伝わる、ぶつん、と皮膚を突き破る感触。ばたばたと溢れ出す赤い血。

 ヴァイオレットの彼女は、悲鳴を押し殺して、後退り、尻尾を横薙ぎに振って距離を取ろうとする。相手の回避を誘ってその隙に体勢を立て直そうとしたのだ。だがその攻撃もルークは読んでいた。

 

「いっ、ぇ──」

 

 振るった尻尾に触れられる感触。

 尻尾の先端の速度はかなりのものだが、実は根本はそうでもない。ルークは前宙のように頭を軸にして体の上下を反転。くるりと尻尾の根本を掴み遠心力のまま回転する。カロシニは慌てて手を伸ばし、反撃を試みる。ぐわんと揺れる混乱の視界の中、勇者の夕暮れ色の瞳と目があった。ゾッとするほど、彼の瞳には温度がなかった。

 

(こんなに──強……!?)

 

 ──ルークは他の勇者のように、山を斬ることも海を割ることも、死者を復活させることも出来ない。

 

「ぅ」

 

 かんっ、と足元に衝撃。

 カロシニの伸ばした手は、ルークの足払いでまた空振った。

 

「あ」

 

 尻尾を抱え込まれる。回転エネルギーの一切のロスもなく。彼女が尻尾で攻撃しようとした勢いも乗せて。

 いつのまにか回転軸が勇者ルークに切り替わっていた。カロシニは冷や汗が吹き出る。これは、ダメだ──

 

「せ ぇ ぇ ぃ ッ!」

 

 頭に血が昇る感覚。重力の楔を無理やり剥がされる、感覚。

 勇者は掴んだ尻尾を腰と足首のスナップを効かせ、まるで円盤投げのように、そのまま遠く、水平に彼女をぶん投げた。

 

 騎士の彼女は誤解していた。

 勇者ルークは、勇者にしてはそこまで人外の部類ではない。だから、倒せるか、せめて足止めくらいは出来るだろうと。

 

「ぁぁあぁ!?」

 

 だが、彼女は知らない。

 目の前の勇者は、白兵戦ならば、かなり厄介な部類に入ることを。

 

 

 ドォンと近くの瓦礫の山に突っ込む騎士。ルークの全身からは紅と金の粒子が立ち昇り続けていた。戦闘状態は断続的にずっと続いている。ならば、異能の再起動もあったまった状態からなら早い。新発見だ、と勇者は骨を鳴らしながら思う。

 

「ぐ……、うぅ……」

 

 がらりと瓦礫が崩れる。中から、ルークに人外の膂力で投げ飛ばされた砂埃に塗れの騎士がヨロヨロと立ち上がってきた。額は切れているのか、顔の右半分を真っ赤な色に染めている。尻尾も痛めたようでだらりと垂れ下がったままだ。

 

「引いてください」

 

 ルークの戦闘力はリオンダリとの二度の死闘を経て強化されていた。動きの無駄が削ぎ落とされ、一呼吸ごとに手を誤ったら死ぬ戦いで研ぎ澄まされている。そもそもがリオンダリの戦闘力がおかしかったのだ。加えて、目の前の騎士は最初からボロボロだった。勝ち目など、最初からないカードだったのだ。

 

「……まだ、だ……」

 

 それでも、ふらふらと、足を震わせながら彼女は剣を持ち上げようとする。きっと今まで何千回も何万回も、それ以上に繰り返した動作で。剣が震える手のせいでがちゃがちゃとみっともなく音を立てていた。カロシニはそれに驚いたような、哀しいような、複雑な感情の入り混じった顔で手に力を込めて、震えを抑えようとした。

 

「まだ、なんだ……」

 

「降参して下さい。もう、負けです」

 

 周囲を見る。

 小鬼達は既に制圧が始まっており、半分近くは狩りとられていた。あとは時間の問題だろう。彼女もそれを確認したのか、ゆっくりと周囲を見渡して、状況を理解し、しかし今度は表情を変えることなく、唇をギュッと噛むだけだった。

 

『バリスタ設置、初め』

 

 背後でアルタニャが平坦な声で言った。小鬼の掃討が終わったらしい。

 応、と何人かが返事をしてすぐに作業が始まる。ルークが騎士の彼女を投げ飛ばしたのは街の外に近い方だったから、戦闘の場所が移動して、設置スペースが空いたのだ。

 

 ガチャンガチャンと作業が始まる。

 

「……っ! まだっ、やるぞ! 剣をっ、剣を構えろっ!!」

 

 金属音。剣が構えられる音。

 ふらふらで、血も流しながら、それでも彼女は騎士の構えを取った。血を吐くような声だった。守るべき物はもう壊れて、あとは時間を待つだけ。味方ももういない。そうなっても、彼女は剣を構えた。

 

「さぁ……! さあ!」

 

 もう、隷属民や兵士たちはルーク達の戦闘に関する興味を切ってバリスタの設置に集中している。彼女の啖呵は空洞になった街に虚しく響く。

 

「さぁ……なあ、まだ、だろう? まだ、なんだ……ごほっ……まだ、……まけて……なぃ……」

 

 最後の方は消え入りそうな声で。

 必死に堪えていた頭もどんどん下がっていって。

 彼女は肩を震わせていた。

 

 

 

「まけて……なぃんだ……」

 

 

 

 

「──僕の名前はルーク。女神に選ばれし勇者の一人にしてソラナム王国の兵士」

 

 

 だからルークは名乗った。

 朗々と、よく通る声で。

 

「っ! わ、私はぁ! 白亜のっ、パンテオン、近衛、筆頭騎士のっカロシニ!」

 

「──いざ、尋常に」

 

 そう言えば、もう言葉は無かった。

 合図もなく、お互いに駆け出す。カロシニの剣は綺麗だ。真っ直ぐだ。だけど潜った死線の数ならルークの方が上だった。

 

「うぅ、うぅぅ゛っ!」

 

 何合もの切り合いの末、ルークの頬に筋が走る。だけどその何倍もカロシニは傷を負っていった。尋常に、手加減なく、真剣に。

 それが誇り高き騎士に対する礼儀だとルークは剣を振り続けた。技量に差のある、ルークの剣に必死に食らいつきながら。

 

「ぁあっ、あ゛ぁあ!!」

 

 感触があった。

 

 人を斬っている、感触があった。

 

「まけっ、ない! まけ、られないっ!」

 

 涙を流しながら、剣を振るう彼女は。

 もう、形も誇りもなりふり構わず、子供の駄々のように必死に剣を振る彼女は。

 

 

「ぅ、──」

 

 

 

 

 どうしようもなく、人間だった。

 

 

 

 

 カランと剣が吹き飛ぶ。無手になった彼女は尻餅をつかされて、喉元に白銀の剣を突きつけられている。まんまるに見開かれた菫色の瞳。負けを悟ったカロシニはがくりと項垂れて、消え入るような声で言った。

 

「どうか……どうか……」

 

 

 命乞いかな、とルークは思った。

 どんな悪者でも、盗賊でも、最後の懇願は痛い。やれ、子供がいるから殺さないでくれ、妻がいるから、もう悪いことはしないから。

 だから命乞いを聞くのはルークの苦手だった。今回も、と軽く身構えた所で彼女はぽそりと落とすように言う。

 

 

「どうか……若を……ころさないで」

 

 それはなんの取り繕いもない、言葉。

 さっきまで殺すだの、死ねだのと強い言葉で武装していたものの内側。死を受け入れて、殺し合いをしていた相手に懇願するという無茶な願いだった。

 だからルークは一瞬空白になった思考のまま、ぐっと堪えて、静かな声で言った。

 

「それは……できない」

 

「──うぅ!!」

 

 ルークが言った瞬間、彼女は飛びかかった。もう、武器もない。だから唯一持ちうる拳で目の前の敵に。

 

「あぅ」

 

 だけど素早く振り抜かれたルークの一撃で顎を揺らされ力が抜けたように倒れ込む。あっけない。

 ルークは瞬きをする。妙に疲れた。

 

 勇者は地面に倒れる、騎士を見下ろす。

 涙の跡がある顔を見て、胸を掻きむしりたくなってくる。

 

 倒れる彼女に、ゆっくり剣を構える。地面に縫い止めるように突き刺す形に。

 夕陽に照らされた長い影が地面に伸びている。ぬるい風が頬を撫でる。剣を上にセットした状態で青年は固まって、固まって。

 

 

──ルーク

 

 

 

 かつて何度も見た髪色と、おなじ銀色が目に入った。

 

 

 

「……くそっ、くそっ!」

 

 

 悪態をつきながら、勇者は剣を下ろす。

 この色が、守ってくれたひとが。気高きひとが。人を助ける、医術のひとを。誰かの血に浸すなんて。

 剣を下ろしてから青年は手のひらから血が出るほど強く握り込んだ。

 そして喉の奥で、噛み殺した嗚咽に似た、不恰好な鳴き声のようなものを漏らす。ぐっ、くっと。

 何度も何度もしゃくりあげるように。そして衝動のまま振り上げた拳は、そっと冷たい感覚で包まれた。

 

『だいじょうぶ、だいじょうぶ。その気持ちは、ひていしないわ。──決して』

 

 苛立つ心を慰めたのは、鈴のなるような彼女の声。

 カランコエはルークを正しいとも、間違っているとも断じなかった。

 その残酷さが、冷静さが。勇者の頭を冷やしていく。マグマのように煮えていた感情を鎮めていく。

 

「……カランコエ」

 

『ええ』

 

「……『いわなくても、べつにいいわ』

 

 黙っていた中、被せられるようにして発言された内容に勇者は疲れた表情のまま笑う。背後では組み立てを急ぐ声が聞こえていた。ルークは関われない。武力担当だから。だから、今は数十秒の休憩。

 

「まいったな、なんか、情けない」

 

『……いまさら?』

 

 

 そんな風に頬を掻きながら装備を確認して、パンデモニウムに備えていると。

 

 

『O OO OO ! ! !』

 

 

 直後、響いた爆音に咄嗟に耳を塞ぐ。

 大通りの向こう。街の外。城壁の向こう側。ズゥゥンと響く音。

 

『来たか……しかも、真正面かよ』

 

 小鬼を警戒していた兵士が吐き捨てるように言った。

 大通りの正面は城壁が崩れて街の外が見える状態だった。

 その、崩落してる場所の少し右。高い高い、ミルシットの街を守る城壁。その、上部からぬっと、黒光りする甲殻が姿を現す。規格外の、鋏一つで家一つ分の大きさの魔物が徐々にその身を晒していく。

 

 とうとうパンデモニウムが壁に鋏を触れさせた。

 

『組み立てはぁっ』

 

 狼獣人が背後に向かって叫ぶ。

 

『あと数分だよ!!』

 

『クソ、間に合わねえよ』  

 

 ズゥゥン、ズゥゥンと。

 音が止んだ。足を止めた。パンデモニウムが、ミルシットの街に到達、した。

 

 して、しまった。

 

 

 

『O O O OOOO !! ! ! 』

 

 

 

 パンデモニウムが腕を大きく振りかぶる。

 

 

『──マズい』

 

 

 大きすぎて、やけにゆっくりに見える動作のまま、爆音と同時に。

 

『退避っ、退避ィィ!!』

 

 

 バリスタの組み立てが終わってないにも関わらず。

 最後の守りである城壁は、粉微塵に、砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

⠀ ⠀ ⠀ 『GA GA GAGAGAGA!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 18時42分。

 パンデモニウム、──到着◀︎

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。