パンデモニウムが蹴り砕いた城壁は、砂の壁のようにいとも容易く粉々になった。
それも、
『たっ──退避ィッ!』
バリスタを組み立てている老齢の兵士が叫んだ。
喉を無理やり動かしたような、引き攣った声だった。
それもそのはず。目の前では、当たり前に存在しているはずの城壁が、子供の砂遊びのように崩れていく非現実的な光景が繰り広げられているのだから。
『──ッ!!』
くぐもった大爆音。音の圧が鼓膜を圧迫する。
城壁が破壊され、砕かれる音。
同時に、まるで冗談のように、大粒の、それこそ一辺が五メートルを越えそうな瓦礫の粒たちが散弾のように降ってくる。人間など、簡単に押し潰されて簡単に果物のように潰れる大きさだ。いや、破片一つでも当たったとしたら致命的だろう。
「うおぉッ!」
ルークは咄嗟に飛び上がって、大通りに直撃しそうな四メートル越えの塊を思い切り切りつけた。加速と質量で凄まじい手応えがする。
「あ あァァッ!!」
全身の骨が打撃を受けたように振動。腕の血管をぶちぶちと切りながら、剣が振り下ろされた。
ばかん、と破壊される塊。
5メートルほどの高さから自由落下をしながら、彼の疲労感でいっぱいの頭は勝手に動き出す。目は状況を追いだす。
瓦礫は周囲、数百メートルの範囲でランダムに落ちている。家に当たれば異音と共に潰れ、地面を削りながら暴を振り撒いている。街が壊れる。
バリスタの周辺にいた隷属民や、兵士の総勢五十人ほどは何とか被害の少ない場所にいて難を逃れていたようだ。ばかん、ばかんという音、無数の瓦礫が周囲を破壊しながら着弾していく。まるで空から降ってくるという隕石のようだ。
しかしなんとか凌げた。殆どの者は無事で、助かっ──
(──待て)
飛んできた小粒の瓦礫ひとつを弾きながら、勇者の心臓は嫌な音を立てた。
(待て待て待て、まて)
飛び散る瓦礫。加速する思考。
嫌な方へ。
岩が地面に突き刺さり破壊されていく。無数の石礫が散弾のようにあたりを引き裂いていく。
無数の──?
『GO GU G ガ カ ハ GY 』
パンデモニウムが鳴く。ルークは地面に着地する。顔をぱらぱらと細かな石が叩いていった。曲がりなりにも数々の戦場と、魔王との戦いを潜り抜けてきた青年の頭は思考する。そしてたどり着いた。一つの結論に。嫌な、信じがたい結論に。
『おぉい、頭伏せろ!』
『もう大丈夫だろ、おら、続きやれ!』
この、飛んでくる瓦礫。
無数の石礫。
これは、凄まじい数の
全身の血がひっくり返ったように、青ざめた。
「無事ですかっ!?」
ルークは血相を変えて振り返りながら尋ねると、おう、と声が上がる。
『バリスタは無事だぜー。もう少しだ。あと、3分未満』
「違うっ! これは、これは!」
魔王の城壁を砕いた一撃は。
決して自意識が消失して、衝動のままに行った行為などではなく。
「逃げてっ! バリスタなんて、置いて自分の安全を確保しないと!!」
なぜなら。これは。
『GU O O ……ハ ハ 鋭、イ、ジャ ないか』
『は? 喋った?』
これは、攻撃だ。
すべての確率が絡んだ瓦礫は、
運悪く地面に当たり、運悪く割れた破片が勢いよく飛び、偶々誰かの肺腑に深々と突き刺さる。
誰かが反論するだろう。魔王とて万能ではない。
全ての瓦礫が
「魔王はっ、これを狙ってる!!
知性を失った魔王。などではない。既に戻っていた。悪辣な作戦を考えていた。ルークの言葉を裏付けるように、家一つ分もある巨大な鋏が遠くで振り上げられる。数キロ離れた地点で振り上げられる。
さっきの一撃で崩れた城壁の、残りの部分。まるでふざけて棒を振りかぶり、球を打つ遊びのように魔王の鋏は一度大きく後ろにスイングして。
『ジャ あ な ハ ハ ハ ! 』
耳をつんざく音と共に、壁が決壊した。
◆
そこから先はもう、嵐の中にいるような状況だった。
めちゃくちゃに降り注ぐ石の雨。砕ける街並み。圧倒的な力で飛ばされる石礫を一番前でルークは剣を振い続けた。逃げろ、逃げろと後ろに叫びながら。
ばかんばかんと石が当たる。骨が砕けるどころの話ではない。拳大の石一つで身体ごと後ろに持っていかれるのだ。その度に起き上がり、頭に石が当たり意識が黒くなる。剣を振る。腹に当たり空気が全部押し出される。くの字に折れ曲がる。剣を振る……
誰の叫び声か、街の破壊音か、分からないでいる空間で、ルークは横目で隷属民や兵士が石の餌食になり動かなくなっていくのを見ていた。到底1人で防ぎ切れるものではない。ギャレヲンは徒手で岩を砕いていた。禿頭の男が大きな棍棒を振る。彼の右頭部が飛んできた足に吹き飛ばされて、力が抜けたようにくしゃっと倒れた。森人の女性が目を見開いている。彼女はもう、立っていられなかった。片手のない兵士がうずくまっていると思ったら、腹には大きな穴が空いていた。
「お お ぉ ぉ ッ !!」
ルークは剣を振い続けることしかできなかった。
………………
…………
青年が再び意識を取り戻した時、周囲はまったくの様変わりをしていた。一瞬違う場所に吹き飛ばされたのかと勘違いしたほどだ。
「……ごほっ……」
あたり一帯は破壊の砂煙が起きて、視界が悪い。大小さまざまな岩が地面を抉り、でこぼこになっている。大通りはもう限界をとどめていなかった。5メートルほどの岩が道の真ん中に突き刺さり、新たなモニュメントになっている。周囲にあった建物は一つ残らずどこかしらが砕け、崩れて残骸があたりに散らばってた。
げほっ、と咳をする。鼻には血が溜まって呼吸が苦しい。遠く、街の城壁にはパンデモニウムがいて、笑っていた。
『ハ ハ ハ! どう、した! もう、終わりか? 諦めよ! 疾く諦め絶望に身を委ねよ!』
耳がおかしくなったのか、頭の中にくぐもってガンガンと聞こえる。地面に倒れていたルークはずりずりと這いずる。致命傷を鍛造し続けてくれたのか、無茶をした剣からカランコエの反応はない。
「だれ、か」
手を伸ばす。何かに触れる。ブニブニとした何か。
それは、人だった。確か、列の中腹にいた。ルークが周囲に首を巡らせると、何人も倒れていて、無事な場所などない。
「だれか……だれかへんじを……」
死屍累々。
魔王が断続的に飛ばしていた瓦礫の雨で、人は容易く地に伏した。
たった一手でこれか。ふざけるな、と怒りが痛みとぶつかり合う。
「くそ……」
もう、指一本動かない。
がちゃん、がちゃんと音が聞こえた。
緩慢になってきた目の動きでそちらを見ると、何人もの人間が
「まさか……」
ルークが笑う膝に喝を入れ、ゆっくり立ち上がる。歩き出す。パンデモニウムからの攻撃は来ない。瓦礫が尽きたのかもしれない。歩く。歩く。
そして、たどり着く。
人が重なったものは壁のようになっていて、背後には
この時の勇者の絶句は筆舌に尽くし難い。
脳天まで貫くような衝撃。血なまぐさい壁の向こう側には、まだ、生きているバリスタがある。
ルークが最前線で瓦礫を防ぐ中、何人もが躊躇いもなく自分の身ではなくバリスタに飛びついたのだ。そうして折り重なり、道の真ん中でまともな防護がないバリスタを、だからこそ自分の身体を盾にして降りかかる瓦礫から支えていた。
中に庇われている小人は頭からどくどくと血を流しながらも作業の手を止めない。何かに取り憑かれたように手を動かし、組み上げていく。
「なめる、な……よ」
ぶつぶつ、と生き残っている小人は譫言のように呟く。
「なめるな……なめ、るな」
細かいパーツを取り落とす。ルークが拾って渡すが彼はルークの顔を一度も見ず、ぶつぶつと呟きながら奪い取り、ガシャンとバリスタに取り付けた。
「…………」
異様な光景にルークは言葉が出ない。
そんな中、小人は最後に大きく手を振り上げると、
「舐めんな、クソッタレ!!」
と叫びながら木の杭を押し込んだ。
そして血だらけの顔でゆっくりルークの方を見て、へっと笑ってひとこと。
「完成だ」
言い終わると同時に彼は倒れる。
周囲に人は居なくなる。ルークはよろよろとバリスタに近寄った。
バリスタを引くための、
ルークは青ざめる。
一人じゃ、引けない。
バリスタのストリングを持つ。ビンと音がする。
だが、力を込めても少ししか動かない。血もない体力もない。
「引けっ、ない……!」
パンデモニウムが歩みを再開する。背景から巨大な魔物が迫ってくる。
◆
『引け、ない……!』
まるで透明な板越しに覗くように。
どこか他人事のように。
声がした。
記憶の白い研究室のなか、正面にある窓の外は戦場で、見慣れた茶髪の青年が必死な顔で何かの装置を動かそうとしていた。あれは、バリスタだっけ、とぼんやり考える。
「……」
カランコエは椅子に座っている。
椅子に座って、外の戦場を眺めている。気がつけば、うっすらと歌が流れていた。
「……Moon river,……」
カランコエの二番目の姉が歌っていた、ゆったりとしたメロディ。魔女は慣れ親しんだ曲調を、気がつけば口ずさんでいた。
「wider than a mile……」
ここはいつか来たことがあったかも知れない。いつも来ているかも知れない。剣になっている間は、ときどきこうやって外界を知覚していたような気がする。
「I'm crossing you in style…… some day……」
窓と椅子以外何もない、7メートル四方の白い部屋。
頭がぼんやりして思考がまとまらないのは、きっと限界まで魔力を使ったからだ。いままでこんなに長時間、限界を走り続けたことはなかった。
「You dream maker……」
部屋の真ん中に、何かがあった。
血だ。
血が、流れている。
真っ白な部屋に、目に痛いほどの紅が。カランコエの目と同じ色が。
少女は窓の外を見た。
茶髪の青年が、どうにかして弩を動かそうと、何かを叫びながらやっている。カランコエはぼんやりと思う。
「you heart breaker……」
なんでこの人はこんな必死になって戦うんだろう。
身体が重たい。頭が重たい。カランコエは重力の任せるまま、こてん、と首を前に倒した。白い髪の毛が布のようにかかって地面が見える。薄い小麦のような色になった一房が視界に入った。
人が死ぬのが嫌なんだ。
この青年は。いつまでも、誰かが忘れてしまうような思い出に拘って、笑顔の裏で後ろばかりを見てしまう。手のひらに残らなかったものをなんども撫でてしまう。なによりそれを愛おしいと思っている。
「Wherever you're goin……」
ぼやけた外の音が聞こえる。
『しにたく、ねぇ……』
『ゔ……っ……』
『ぁ……ぁ……』
声が聞こえる。命がこぼれ落ちている。
魂がどんどん消えていく。騒がしさがなくなっていく。
窓の外で、消えていく。
「I'm goin' your way……」
もう、歌わなくても曲はずっと流れ続けていた。カランコエは一つの魂を見つけた。血を流しすぎて、あちこち骨が折れている。筋肉も断絶していて立ち上がることはできない。死を待つばかり。何もできない。だけど、息をしている。あと数十秒の命をまだ、懸命に繋いでいる魂を見つけた。
それは最後までバリスタを組み立てていた男の魂だった。
なんで? と彼女は尋ねる。
魂は思いのほかキチンと聞こえていたようで、返事をしてくれた。
『あん? だって、ムカつくだろ』
「むかつく?」
『あぁ』
少女は椅子に座ったまま、頭をちょっと上げた。相変わらず窓の外では砂埃が立って、彼女の青年が何か必死に叫んでいる。
魂は反響する声で答えた。
『魔王だの、動く街だの、魔物だの、世界だの! ぜーんぶ、ムカつくんだよ』
ちょっとわかる気がする。
カランコエは頷いた。
『クソ喰らえだ。あんな、世界の敵だぁ? しらねぇよ、俺の前に立ち塞がるんじゃねーよ。運とか、大っ嫌いなんだよ。日照りで水が干上がったからって家族を売った馬鹿親も、受け入れてる妹も、なにもかも、クソだ!』
魂は激昂する。
『クソだクソ! したり顔で世界の仕組みを説くあいつも、鉄柵に繋がれて諦めて俯いてばっかのやつも、酒場の席で笑ってるくせして泣いてるやつも!』
だんだん脈絡もなくなってきているが、そういうものだろう。魔女は黙って聞いていた。魂は勢いのまま続ける。窓の外でまた、石が飛んできて、青年が歯を食いしばりながら防いでいた。現実感がまるでなかった。
『力が無いから、なんだよ。どうしようもない事だから、なんだよ。ムカつくだろ、なぁ、オイ! オイ!』
うん、と彼女は頷く。
魂は吠える。
『勝手に、世界が俺に運命を押し付けるんじゃ、ねぇってな!』
光っている。
綺麗も汚いも、ぜんぶ混ざってその人を構成する人生になって光っている。
この人は、生きたんだ。
自分のものを、頑張って。
何よりそれが眩しくて、同時にこの部屋から出られなかった四人の姉たちを思って、カランコエは鼻の奥が痛くなった。
── まったく。手のかかる妹だ
綺麗じゃなくてもいいから。
どんな形になってもいいから。一緒にこの部屋を出て、いろんなものを見たかった。色んなものを触って知って、汚れながら、やっちゃったね、なんて言いながら、手を繋ぎたかった。おなじ景色を見たかった。
彼女は無意識に、一房の茶髪をギュッと握った。
そして呟くように言った。
「あなた、とってもつよいのね」
『? 何が』
カランコエが出しぬけに言うと、魂はキョトンとして答えた。
だから少女はきらきら光る魂をつん、と突いて唇をかみながらかすかに笑ってみせた。
「じぶんで、きりひらく意志が」
彼女が平坦な声で言う。魂は一瞬面食らったように黙ったあと、かははと大笑いをし始めた。
『あたりめーだろ。いいか、まだガキだろうお前に教えてやる。いいか、自分で選んだ道だけが、自分の生きた道になンだよ。それこそが、自分になるんだよ。……あぁ、くそ……まだ終わらねぇぞ』
魂はいつの間にか、キラキラと色を変えるプリズムのように部屋の真ん中にいて、彼女はそっと手を伸ばす。
「ねぇ、とりひき、しない?」
『あぁん? 取引だぁ?』
「そう、とってもひどい、取引」
ここで魂は、初めてゾクリとする感覚に襲われた。
目の前で会話をしている存在は、人でも、死後の安寧を司る神でもない。なにかもっと、暗く、どろどろとした底から産まれたものだ。それが、彼女と目が合って初めて気付いた。
「わたしが、あなたの無念を、晴らしてあげましょう」
『そりゃいいが……取引ってこたぁ……俺が差し出すモンは?』
「魂」
全神経が撫でられるような、ぞぞぞ、とする一瞬の感覚。
あぁ、と魂は理解した。
この相手は魔女だ。人の欲望、快楽、野望を叶える代わりに、魂を差し出させる。そんな存在だ。毒々しいまでに人を惹きつける華だ。
白髪の少女は人形のように表情のないまま、首を軽く傾げる。たぶんここで乗ったら自分は堕ちていくのだろう。黙っていればやってくる、死後の安寧は訪れないのかもしれない。手を取れば、一時の鮮烈なものと引き換えに、穏やかな暗闇は訪れないかもしれない。
「どうするの?」
人外の存在は尋ねかけてくる。
手を取るか、そのままか。恐ろしい道に行くか、このままただ死を待つか。
ほっそりとした白い手が差し出される。暗闇に続くような、甘美な誘惑を感じる。魂は窓に映る戦場を見て、魔女を見て。
そんなん全部、どうでもいいと笑った。
『いいぜ、乗った』
「……いいの?」
『運命とか、そんなもんクソ喰らえだ。一発、驚かしてやるぜ。そのためだったら、いいぜ。乗った、全賭けだ!』
魂の声に迷いはなかった。
魔女は黙って頷いた。
「じゃあ、はじめる。魂魄、掌握──」
彼女の声とともに魂はまるで自分の存在が掴まれたような、冷や汗が吹き出る感覚に襲われた。肌でもない、内臓でもない。もっと根源的な何かを、剥き出しのまま触られる感覚。あぁ、こりゃ、世界の禁忌なわけだ、と納得した。だってこんなの、おかしいったらありゃしない。
「回路策定」
──なんでも、全てを無視して鍛造できる魔女のカランコエが持つ弱点。
「防殻無効化……だいじょうぶ。だいしょうぶ」
魔女の手が、悶える魂をそっと撫でる。
それだけで歪んでいたプリズムは形を取り戻し始める。
──カランコエの弱点。それは鍛造に魔力が必要な事。理論上、彼女はどんな物でも鍛造して剣にすることが出来るが、相手によって要求される魔力も増えていく。だから有限な鍛造。
『あぁ──不思議な気分だ……全て分かる……すべて漂う……』
「そうね。そうかもしれないわ……。剥離、変換用意……」
そして現在、彼女の魔力は尽きかけていた。存在すら曖昧になるほど力を使いすぎた。だから。
『いいぜ……しっかり、……もっていけ』
「うん、──
そうして、彼女は無防備になった魂を、魔力へと分解した。
これがどれだけ恐ろしいことか彼女は分かっていた。そしていつか報いを受けるだろうということも。
今までも魂を鍛造したことはあった。でもそれは、魂をそのまま鋳型に流し込んで剣にしていたのだ。でも今回は違う。魂そのものを変質させて、外付けの魔力に変えてしまった。これまでの旅でも、彼女の元々の知識でも分かる。これは罪深いことだ。許されざる深淵だ。
だけど、今だけは。
『いてぇ、いてえよ……』
『ここは……どこ、どうなって』
『ごほっ……ごほ……』
あの、嘆きが聞こえる。
まだ助かる命がこぼれ落ちようとしている。
たくさんのきらめきが、翳ろうとしている。
『クソッ、時間が、時間が無い……!』
あの、窓の外で戦う契約者が見える。
泣き虫で情けなくてみっともない、彼女の勇者が見える。
彼女はただよう、虹色に乱反射する魔力を吸い取り、紅い瞳を妖しく輝かせながら、うっとりと身体に触れた。これでカランコエの魔力の最大値が恒久的にすこしだけ拡大した。魂の一部だけを、根源を成す中心だけを外の世界に放し、魔女は言う。
「ありがと、ありがとう」
もう、答える声はない。魔力だけがある。
きっと、この魂が完全に解放されるのはカランコエが死ぬ時だろう。それまでは魔女のものとして、拡大された器として魔女のそばに漂い続ける。囚われ続ける。いつか、どこかの正義の味方は、こうやって魔女に捕まった魂を解放しにやって来るのかもしれない。おぉ、邪悪な魔女よ、お前が捕らえている魂を解放しろ、と。
そうなったら、
「さいごまで、よろしくね」
カランコエはこの業を誰にも話さない。きっと。自分だけが抱える物だ。このことを知るのは、世界を呪って、禁忌を犯して、触れちゃいけない魂に無遠慮に触れるような化け物だけでいいのだ。この魔力は? と彼に聞かれたら誤魔化すしかない。
「ねぇ、ほかにもいる? だれか、いる?」
魔女はそうやって、戦場で死にゆく魂のうち、呼びかけに答えたものを自身のものとしていった。白い部屋にはだんだんと、色んな色で溢れかえり、それは螺鈿色になっていった。
「あぁ──」
少し髪の伸びた魔女は白い部屋で、椅子から降りる。
そして、窓に触れた。
だからひとまず。
「たたかいなんて」
だいっきらいだけど。
『GA HA HA YA ! !』
あの魔王だけは、ふっとばそう。だって、ムカつくじゃん、と。
彼女は白い部屋を出た。
もう個人も判別できない魂が、楽しそうにゆらゆらと、彼女の周りで揺れていた。