迷宮は何のために生まれたのか、誰も知らない。
古くを知っている長老も、迷宮のことは分からない。
世界中にある、異界とを繋ぐ門は悉くの解析を阻んでいる。
だれも、真実にたどり着けない。
数多の勇気あるものが挑んで、数多の天才が生涯を捧げて解析して。
辿り着いた、たった一つだけの確かなこと。
『迷宮は、誰かの管理物である』
迷宮は富と死を平等に与える。
弱者にも、強者にも。
ならば、それらを管理する者はどれほどの力を持っているのか。
故に『絶対討伐種』
故に『
姿かたちを知る者は少なくない。
ただ、全て、迷宮に喰われちゃって、伝える口が無いだけで。
比較的に討伐が容易と思われる魔王が迷宮にいる。
ルークは王国に居た時に知っていた魔王の情報を頼りに、この『大迷宮都市 ヴァンデ』を目的地としていた。
ルークとカランコエの目的はその魔王『変色の蜥蜴』を討伐する事だ。
「途中で装備も調達しないとだね。対策なしだと普通に魔王に負ける」
ルークは迷宮の入り口までの道すがら、装備を確認しながら呟いた。
時刻は昼過ぎ。受付嬢のアマンダに迷宮潜りの条件として出された、“新進気鋭の冒険者二人に戦う姿を見せる事”、を果たすためにまずは二人と合流するところからであった。
「どんな子たちだろうね」
『しらないわ』
新進気鋭の冒険者。
二つ名を既に付けられていて、その名も
一体どんな子たちなのだろうとルークは想像を膨らませ脚を急いだ。
「そりゃ、僕も知らないよ。雑談だから」
『あら、そう』
カランコエは興味なさそうに震えた。
◆
「ったく、どんなヤツが来んだよ……待たせやがって」
「の、ノウス、落ち着いて……」
ヴァンデの迷宮口。
その手前にある広場で、まだ少年と少女と見える年頃の二人が装備を整えた状態で立っていた。
少年の方は明らかに苛立った様子。
「ああ!? フィニスは良いのかよ! 今日来るヤツって要は助っ人だろ? 俺らの実力が不足してるって言ってるようなもんじゃねーか」
「そ、そ、そんなことは……アマンダさんは、心配してくれてるんだ、よ……」
「それがオコサマ扱いされてるっつー事だって言ってんの!」
がなりたてるのは赤い牡丹のような髪色の少年。名前はノウスと言い、両刃の剣を使うヴァンデの新進気鋭の冒険者だった。ランクは銅一級。もう一つ上がればベテランの銀三級である。
「うひゃう……!」
そんな声を上げてローブのフードを掴み、顔を隠してしまうのは同じく冒険者のフィニス。夜の海に似た藍色の髪を腰まで伸ばした
「うぅ……あ、あれっ、の、ノウス、来たんじゃない、かな?」
「あん?」
フィニスの声に少年が機嫌悪そうに前を睨みつける。すると、そこには長身の若い青年が笑みを浮かべながら歩いて来ている所だった。パッと見では劇団の役者でもやってそうなナリだ。それか街のナンパ師。笑顔が胡散臭く、軽薄なやつに見えたが装備が戦う者のそれであった。
なぜか無性に腹立たしく、ノウスは眉間に皺を寄せた。
「ケッ、いけすかねー野郎だ、キザぶりやがって」
冒険者は遊びじゃねーんだぞ、と悪態をつく。
「だ、だめだよ、そんな……アマンダさんが強い人だって言ってたんだから……」
そんなことを言い合っている内に、褪せた金の髪をした男が近づいて来た。
「やあ、こんにちは。アマンダさんに言われて来たんだけど……君たちが?」
「ああ、そうだよ」
ノウスがぶっきらぼうに、吐き捨てるくらいの勢いで言っても青年は気を害した様子はなく、むしろ柔らかに笑った。
「そっか、そっか。よかった。雰囲気からしてそうなんじゃないかって思ってたんだよ。予想が当たってよかった」
俺は敵意をぶつけたはずなのに、何でこいつは笑ってられるんだ?
まだ年若いノウスは困惑した。
今までこんな手合いを見たことがなかったのだ。出会ったのは、敵意に敵意で返すやつと、向こうから敵意をぶつけてくるやつ。それと無関心なヤツだけだ。目の前の男は初めて接する人種であった。
「僕はルーク。見ての通り剣士だよ。よろしくね」
「…………ノウスだ。銅一級。剣士」
だから相手を計りきれず、思わず口を開く。
頭の中で相手の思惑を考えるので忙しかった。出鼻をくじかれた形だ。結果、素直に自分のランクを告げた。
「わ、あっ、えっ、と……! ふぃ、フィニスです!
「その年で
「え、えへ……」
ノウスが自己紹介をしたからか、隣でオロオロとしていたフィニスが慌てて口を開く。それに答えるように対面の男──ルークと名乗った剣士がぽつりと呟くように言えばフィニスは、あろうことか、頬を赤くしてフードを目深に被ってヘンな声を上げた。
「おい! フィニス!」
それもまた腹立たしく、ノウスは口調を荒くすると褪せ金髪は今度はこちらをジッと見つめてきた。
なんだか揺らぎのない目がこちらの奥底まで見透かすようで身構えると、
「ノウス君は……爪がキレイだね」
「──ハァ!? オメーは街でキレーな女の子ナンパしてる方が良いんじゃねーの!? 小綺麗な剣なんて付けちまってよ」
そんなこんなで迷宮に潜ることとなった。
フィニスはどこか興奮を隠しきれずに、ノウスはしかめ面で。
◆
世界各地にある迷宮、その侵入口は様々な形をしている。
人工的な建造物の入り口が侵入口となっていたり、滝の裏側、古代遺跡、草原にあいた縦穴、火山の火口。
形も場所も大きさもバラバラな迷宮の入り口。しかしそれらを一目で迷宮と認定させるのが、共通してある侵入口の黒い幕である。
何層にも重なった、重たいカーテンのような黒い幕は視界を阻み、そして現世と迷宮とを繋げるゲートでもある。
潜ればすぐに、外から見た見た目とは全く別の世界が広がる迷宮だ。
そしてヴァンデの大迷宮の侵入口は巨大な巌窟といった形をしていた。
迷宮の入り口は簡易的な検問のようになっていて、鎧をつけた兵士が通る人を検査している。
「次! ……おっ、期待のニュービー様じゃねぇか。そっちのは?」
「あー、なんだ。付き添い、みたいなもんだ」
老齢の兵士が人懐っこい笑みを浮かべ、送り出す。ノウスは、はいはい、とあしらって慣れた様子で巌窟の入り口へと進んでいった。フィニスも後を追うように続く。
あたりの景観に気を取られていたルークは少し出遅れてしまう。先に行ったノウスとフィニスを追いかけるようとした時、胸元になにかぶつかる感触がした。
「あっ、と。ごめんよ」
「──こちらこそ」
ぶつかったのは、どうやら年頃の少女のようだった。
銀灰の髪に、少しだけ淡い青色が混じっている。
どこか、古い楽器が鳴るような、懐かしい声をした少女だった。
ルークが思わず目をぱちくりとすると、少女もまた、ルークを見ていた。瞳の奥にある感情はどんなものなのか、ルークには分からなかった。
「おい! 何してんだ! 潜るぞ!」
「今行くよ」
とっくに入り口に辿り着いていたノウスが叫ぶ。
ルークは会釈を一つして、少年の元に向かった。
◆
第一階層は洞窟の様相を呈している。
他の層に切り替わると景色も変わるらしいが、とにかくヴァンデの第一層は洞窟だ。高さは人の身長より少し高い程度の所もあれば、人が何人も上に重なっても大丈夫なほど大きな大空洞もある。
基本的な形状としては通路と小部屋の空間の連続だ。
光源は壁に所々剥き出しになっている鉱石で、白い光を放っていた。
「まずは俺らの戦いを後ろで見てろよ」
ノウスがそう言って剣を中眼に構える。迷宮初心者に死なれちゃ敵わんと薄い赤色は先頭に立った。目つきは変わり、一端の前衛の姿だ。ルークが変化に感心していると、おどおどしていたフィニスも気を引き締めた表情で杖を構えていた。
「良いね」
思ったことを口に出すと、馬鹿にされたと思ったのかノウスがますます表情を険しくする。
「チッ」
遂には舌打ちまで。
「──来た」
だが、それも長くは続かず、直ぐにノウスが口を引き結ぶ。
通路の奥からいくつもの生物の息遣いが走って来た。
「
やがて曲がり角の奥から姿を現したのは、黒茶色い毛皮を持った成人男性よりすこし体高の小さな犬の魔物。
複数体で現れる事も多く、野生の連携により喉仏に噛みつかれたら致命傷だ。迷宮一層で“ハズレ”、初心者殺しとも呼ばれ、何人もの駆け出し冒険者がこの牙に命を噛まれてきた。
「運が悪いね」
「あぁ!? 悪きゃねぇよ。──俺らの敵じゃねぇから」
ぽそりと溢れたルークのぼやきをノウスは敏感に聞き取り剣を抜きながら歯茎を剥き出しにして笑った。
「フィニス、右は足止め、左は貫け」
「“水よ、とぐろを巻いて、絡め取れ”、“鋭き先端で貫け”」
ノウスから飛んできた指示に聞き返す事もなく、フィニスが杖を構えて薄目になる。すぐに周囲に魔力が集まり仄かな水色の光が明滅し始める。光がトリネコの杖の先端、臨界に達するとフィニスは声色の変わった厳かな声で発動のキーを告げた。
「
瞬間、水色の魔力が実体化した鎖状となり、右の猟犬へ飛んでいく。蛇のように唸る鎖は猟犬の足元に近づくとぐるぐると巻きつき、見事に転ばせた。左の猟犬には鎖よりも勢いよく水の巨大なトゲのようなものが射出され、猟犬の右前脚から左の脇腹までを貫いた。
「貰ったぁ!」
正面に飛び掛かるのは剣を上段に構えたノウス。
大振りな動作とは裏腹に正確無比な剣筋で猟犬の首にある太い血管をまとめて断ち切った。
「おお、凄い」
結果、辺りに転がるのは猟犬三体の死骸である。
剣を納めたノウスは後ろで観戦していたルークに振り返ると、不敵に笑って見せた。
「どうだよ。あんま舐めてっと困んぜ」
◆
その後もノウスとフィニスの戦闘は一種のルーチン化された作業のように危なげなく進行していった。
鋭い牙と連携で初心者を狩る
硬い甲殻と粘着性の糸を口から吐き出す
天井から急襲してくる、別の魔物と複数体出てくると厄介な
それらを手慣れたコンビネーションで危なげなく対処していく。
「おい、アンタ。あんたもそろそろ戦うか?」
「うん、そうしようかな」
いくつかの小部屋で戦闘を終えた後。
次の小部屋へ移動する通路の最中にノウスが尋ねると、ルークはすこし視線を上にやって、考えて、頷いた。
「おん、じゃあ──フィニス、後衛ついてやれ」
「はっ、はいぃ!」
迷宮探索は1人では行わない。
不測の事態が起こりすぎる迷宮では、最も命を落としやすいのがその影響をモロに食らう前衛だからだ。
少し崩れただけの綻びを魔物は見逃さず、致命的なまでに綻びを広げ命を刈り取ってくる。本能にそう刻まれている。
だから迷宮においては(というかほとんどの戦闘がそうだが)メインアタッカーの前衛と、補助で後衛が基本的な組み合わせとなる。
故にノウスは後衛であるフィニスにサポートをしてやれと言ったのだった。だが、
「ああ、大丈夫。
「……は?」
ルークはそう言って、装備の点検を軽くし出した。
聞き間違いや言い間違いではない。
確かに、1人でいいと言ったのだ。
「1人で、だぁ!? 何のための
あまりの非常識な申し出にノウスは顔を真っ赤にして怒った。
おふざけではないのだ。軽い気持ちでやっていい戦いではないのだ。
そんな気持を視線に込めてルークを見れば、彼は不思議なほど静かで凪いだ目をしていた。
「いいや。知った上で大丈夫だよ、今回は」
そう言って歩き出す。
通路の先は小部屋に繋がっている筈だが、岩で塞がれていた。
ルークが剣を構え、道を塞ぐ岩を切り裂こうと構え──気がついたノウスが慌てる。
「なにをっ……って、おい! 戻れ! その部屋は
その叫びで事態に気がついたフィニスは顔面蒼白だ。
──迷宮にはいくつか気を付けなければならない罠がある。
ランダムな地点や、時には別の階層まで転移させる『転移陣』
踏むと地面が落とし穴に変わる『落下罠』
そして、数えるのも億劫なほどの魔物が50メートルほどの部屋に詰め込まれた『魔物部屋』
「ふっ──」
ルークが切り裂いた岩の先にいたのは、数えるのも億劫になるほどの、いくつもの野生の血走った眼。
「gas」 「KIkikii」
「Gruuu」 「titit」
「qww 」 「bbbb」
3体や5体ではない。
百何十体。
まさに魔物の巣。種族も体格も違う魔物がめちゃくちゃに詰められた、モンスターハウスのトラップである。
「アマンダさんに言われたように、僕も見せないとね。──教導だ」
そこにルークは伸びを一つして、何の躊躇いもなく飛び込んだ。
止める暇もなかった。
軽やかだった。兎の後ろ足のように音もなくトンと飛んだ。
ただ、褪せた金髪の彼は散歩に行くように力の抜けた状態で、まず襲いかかってきた猟犬を剣で薙いだ。
それが開戦の合図だった。
四方八方から魔物が襲い掛かる。
「いくよ──」
凄絶な時間だった。
なんだかそれは、“剣で”戦うというよりも、戦いの中で剣を使っている。といった塩梅だった。
魔物の脚を掴む、投げる、逸らす。
魔物同士の攻撃の動線を誘導してぶつける。余波で砕けた岩を空中で掴んで鈍器として別の魔物に振り下ろす。砕けた砂を蹴りの軌道になるよう調整して、キックと目潰しを同時に行う。
周囲のものを最大限に引き出して戦う。
集中に一分の隙間もない。切れ間がない。流れる水のように注視を変え続け、標的を数秒で屠っていく。
剣閃が迸る。
赤黒い斬撃が尾を引いて、魔物の群れに隙間を作り出す。
潜り込む。また、斬撃が走る。
「え、ぁ?」
ノウスの喉から意図しない間抜けな響きが溢れた。
洗練された動きだった。
ずっと1人で敵の最中で戦ってきた戦士の戦い方だった。
武の修練者は、相手の動きを見るだけで、相手が積み重ねてきた経験や道のりをある程度推察できるという。
(どうやったら、あんな偏執じみた動きになるんだよ……)
だからこそ、確かな実力のあるノウスは、そこに込められた人生にただただ圧倒された。
「ノウス……」
「すげぇ……すげぇ、なんだ、ありゃ」
ノウスやフィニスは知り得ない事だが、勇者ルークの戦い方は決して“綺麗”な戦い方ではない。
カランコエと出会う前は、一度振れば絶大な力の代わりに武器が破損する『一刀の加護』故に、ずっと剣に頼り切りでない戦い方になっていった。
「あんな……戦い方……」
モンスターハウスはどんどんとスペースが空いていく。その中央では、人のサイズをした瀑布が、剣を振るっている。魔物が斃れる。
流麗で、淀みなく、研ぎ澄まされた、暴力。
ノウスはこの日、初めて先人を見た。
◆
全ての敵が沈黙し、あたりに脅威もないと探ったルークはふぅと一つ息を吐いた。モンスターハウスは片付けた。カランコエの『鍛造の魔法』も一度も使わず、言うなれば勇者ルークとしての力だけで乗り切った戦闘だった。
もちろん、壊れた側から直る剣というアドバンテージは計り知れないのだが。
後ろに控えている、やけに静かになった二人にくるりと振り返る。
「終わったけど……どうだい?」
「す──」
思ったよりも近くに来ていたノウスはルークの瞳を見つめている。
その視線が先ほどまでとは違う質になっていることに気がつき──
「すっげぇぇ!! 兄ちゃん、強えんだな! オレ、カンドーしちまったよ!」
ノウスは拳を握り締め、キラキラとした瞳で感動を叫んだ。
「え、えぇと……」
『びっくりな変わりようね。てのひらがえし、というやつかしら』
これには流石に予想していなかったルークもたじろぎ、頬をかく。カランコエは微かに震えて面白がるように言った。
「すげぇ! それに、これ、魔剣だよな!?」
「ちょ、ちょっと──!」
ノウスは興奮のままルークに近づき、腰になおした剣をまじまじと見つめた。焦ったフィニスが声を上げる。
「え? アッ、すまねぇ! 冒険者の装備を勝手に詮索するのは御法度だ……」
勢いよく頭を下げたノウスに、ルークはひらひらと手を振った。
「いいよ、僕はほら、まだ冒険者はなったばかりだし。今後も色々と常識を教えてくれると助かるよ」
それにしてもすごいなぁ、とノウスは感心するように、うっとりするように呟く。
「傷を毎回自動で修復する魔剣、だよな、コレ」
その発言にルークは目を見張る。
よく
『毎回手動でわたしがなおしてるのよ』
ありがとうカランコエ、とルークはポンポンと柄頭を労うように叩いた。
そのまま、ふむ、と一つ顎に手を当てて、思う。
カランコエの剣の機能に気がつくなんて、本当に
それなら、もう一段上げても勉強になるだろう。
ルークは頭を一度かるく振って、意識の切り替えをした。
変わった雰囲気に、ノウスと、後ろで見守っていた筈のフィニスまでもがぞわりと肌が粟立つのを明確に感じた。
◆
「そこ、敵から視線を切らないで。そう、魔術師との連携は崩れることを前提に動いて。じゃないと土壇場で慌ててそのまま死んでしまう」
「おうよっ!」
「倒した後に緊張を絶やさない。肩と目の力を抜くのはあたりの索敵が終わってから。──人間相手だとまた勝手は変わってくるんだけど……、魔物はある程度単純だから」
「うす!」
薄暗い迷宮には、いくつもの剣戟の音と、魔法の弾ける水音、そして静かに響く指摘の声に応える元気な声が響き渡っていた。
ルークは一歩後ろに下がり、戦闘全体を俯瞰できる位置に。
ノウスとフィニスの戦いに逐一アドバイスを入れながら、時には自分も剣を抜いてお手本を見せた。
そうした、“訓練”も一通り終わり。
汗を拭いながらルークが問いかける。
「そろそろ時間だと思うけど、どうだい?」
「ん? ああ、確かにな。つい、ノッてきて夢中になってた」
引き上げの準備をしよう、と意見を確認した瞬間。
地面が激しく振動し出した。
否、地面だけではない。天井も壁も、何もかも。
迷宮を構成する岩石全てがカタカタ、ガタガタと震え、悲鳴を上げているように軋んでいた。
「ひ、ひやぁ!?」
「なんっ!? この、揺れは……っ」
新進気鋭の2人が声を上げる。ルークは体勢を調整しながら、ノウスに目線で迷宮特有のものか? と問いかける。
「知らねぇ! こんなこと一度もないし、聞いた事もねぇ」
この時のルーク一行は知るよしもない事だったが、この振動は逃げてきた岩の魔王が迷宮を乗っ取ろうとした時の揺れである。
振動や軋みはその迷宮の抵抗の表れだった。
状況は分からない。だが、3人の意見は一致していた。──とにかく
「脱出するぞ!」
そう言って走り出す。
現在は迷宮、第一層の中腹あたり。
細い通路の連続地点だ。ここを抜ければある程度広い空間に出て、状況も更にわかるだろう。
「この先は、中継地点、だよね?」
「そぉだ!」
ルークが問いかけるとノウスは荒っぽく髪をかき上げて返事をする。フィニスが転びそうだったので杖をひったくって、腰をひょいと持ち上げ運搬する。
ルークの言う中継地点、とは迷宮にいくつか存在する目印となる地点のことだ。わかりやすい物があったり、広かったり。
3人が目指しているところは中規模な、それこそ大きなギルド一つ分くらいの空洞で、いくつもの道が繋がっていることが特徴の中継地点だった。
「もう直ぐだ──ッ!?」
ノウスが途中で口をつぐむ。
そして青い顔で歯をガチガチと打ち鳴らした。
奥の中継地点である小部屋になにか、いる。
おぞましい、人ではない、なにかが。
「ひっ、ぁ、ぁ」
フィニスが腰の抜けたようにペタリと座り込み、喉の奥から引き攣ったような声を断続的に漏らす。
ルークもまた、異常な気配を察した。
もう直ぐ小部屋が見える。
動けない2人をよそに、ルークはそっと顔だけを出し、中の様子を窺った。
女性だった。
黒い喪服を纏った長身の女性が、部屋の中で中空を見上げ、佇んでいた。
(──まずい、
その女は、一目見るだけで異質だった。不吉だった。関わり合いになってはいけないと無意識が必死に鐘を鳴らしていた。鼻腔をつく、深い死の匂い。
少しクセのある黒髪を腰まで伸ばして、同じく黒々とした瞳に力はない。深いスリットの入ったスカートから見える脚は普通のものだった。
なのに、見るだけで冷や汗が吹き出す。
そして、気がついた。
黒い女が手に持っているのは、ルーク達が討伐予定の魔王の頸だと。
ドンという衝撃があった。
目線を下げる。
右手の
「────っ」
吐き出す鮮血と、遅れてやってくる灼熱のような痛み。
それら全てを無視して、顔を上げる。
「ア ハ 」
こちらを向いた、女と
迷宮は等しく与える。
富と、死を。
──それも、突然に。
理不尽に。