口に入れた蜂蜜が甘いように。
小さな頃から、正しいものと、正しくないものは絶対的で、明らかなものだと思っていた。
白と黒。良いことと悪いこと。
良いこと。
人を助けること、キチンと挨拶をすること、祈りを欠かさないこと。
悪いこと。
人を傷つけること、嘘をつくこと、つまみ食いをすること、妬みや嫉みを口にすること。
良いことをすれば褒めてもらえる。撫でてもらえる。
悪いことをすれば、街中で見る罪人のように罰せられる。あの人はなぜこんな目に遭っているの、と聞いた時、父親代わりの師匠は慌てて私の目を覆った。
正しいことは正しいこと。
悪いことは悪いこと。
どれだけ場所が変わっても。
どれだけ人が変わっても。
これだけは、“正しい”と“正しくない”は世界に圧倒的に存在していて、それは明確なものである。
そうやって、生きてきた。
運命の神に調律者として選ばれて。生まれ育った町を飛び出して。
各地を渡り歩いて、出会いを重ねて。正しいことを重ねて。
何人にも感謝をされて。
自分はそう生きるべきだと。
確信は強固な考えに変わった。変わることない金科玉条へと。
神託を信じる。動く。人を助ける。挨拶をする。祈りを欠かさず行う。
だけど。
──裏切り者。魔と手を組みしもの。殪せ、斃せ、徹底的に
揺らぐことのないと思っていた枝は、ゆらゆらと揺れて、垂れ下がっている。
神託。
裏切り者を、たおせ。
正しいこと。
人を助けること。神託を信じ祈ること。
たおせ。
──私の、信じるものは、何ぞ。
◆
騒ぎが起きた時は、吹雪の午後で、彼女はソファに腰を沈めて時計を見ていた。今日が16歳の誕生日だというのに、天気は悪く、特に思うことは無い。誕生日も誰かに伝えたりしていないので何も変わらない夕方前の時間だ。
銀灰に、少しだけ淡い青色が混じった髪がとりとめもなく広がって、眠たげな意識に拍車をかける。
聖都にある調律者たちにあてがわれた一室は暖炉の火がパチパチ燃えていて、気を抜けば眠ってしまいそうなくらいに暖かい。彼女は普段の調査の疲れから重たくなってくる瞼を開けつつ、ぼんやりしていた。
魔神討伐を目的とする、運命の神から下された神託。
──大きな戦いが起きる、聖女と共に備えよ
──戦いは厳しいぞ、仲間を集め聖女を味方につけ、備えよ
いつも下される神託のうち、今回はこの二つ。
調律者は運命の手先としてこの世の歪みを調律し、正常に戻す。
それが与えられた役割であり、使命である。
少女はそう信じ、今まで世界中を駆け回り、仲間を集め、事件を解決してきた。
だから今回も神託に沿って事を進めなければならない。
彼女はゆるりと髪の毛を掴んで、ぽいと放り投げた。ぱさりとソファに馴染みのある色が落ちる。
“大きな戦い”
神託はいつも具体的なものとは限らない。
だから今回も一体何の事を指しているのかと読み解くところから始めている。
だからここ2ヶ月ほど調査を続けているし、正体にだんだんと迫っていた。そしてついに数日前、判明した。
大きな戦い。
こちらに向かって来ている絶対討伐種のことだ。
世に五体いる内の、最古。
絶対討伐種、
蝗。
ありとあらゆる所に存在する、小さな昆虫。
無害で、取るに足らない、普通の生き物。
だけど、突如群体になって、魔物へと変異。魔王になるという特性を持っている。
発生源も、要因も、目的もわからない。
ただ、突発的に集まり始めて、おおよそひと月をかけて大地を
一体一体は、普通の魔物と変わらない。なんでも食べる、小さな魔物だ。だけど、それが数兆匹いる。
作物も、家畜も。服も、家の壁も、人すらも。
全て齧り付くし、大移動をする。シンプル。
なんの奇抜さもない。
蝗を根絶やしにしようとした運動もあったが、高名な学者が止めた。
世界中に分布している一つの種を根絶やしになど、できるものか。
そしてなにより──蝗が滅んだら、次は何が押し寄せる? と。
一体一体は弱い。だけど、数が多い。とにかく数が多いのだ。
空を覆い隠し、道を見えなくさせ、川の色をその体色で変えるほどの数。
シンプルゆえに大厄介。
滅んだ国は片手の指では足りないくらいだ。ダース単位かもしれない。混乱の最中、歴史に埋れていったものも多いから正確な数は議論の余地がある。
あまりに強大すぎて、“あの蝗たちは国が終わる合図であり、現象であり、抗うものではない”とする考え方もあるくらいだ。
どれだけ異常なのかは分かるだろう。抵抗するしないではなく、諦めてしまうのだ。
一匹のドラゴンならば、英雄が倒すイメージが浮かぶかもしれない。だけど、波のような生き物の群れに全てを齧られる光景を目にすると。自分が何年も暮らしてきた馴染みのある扉や窓、よく食べ物を買う露店に農地。それらが一切合切食べられるのを見ると、諦めてしまうのだ。
アバドン信仰者は虚無主義者と同等の意味を持つ。
「…………」
どれだけ鋭い剣を研いでも、どれだけ画期的な魔術を開発しても。
圧倒的な数と、厄介な性質の前には何もしていないのと同じことにされる。
それが
ありとあらゆる“無意味”を象徴する存在。
この事態が明確に判明したのがほんの数日前。
現在はパニックにならないよう、情報は伏せて住民の避難を進めている。だが、どちらにせよ。
「…………うん」
ここ、聖都で迎え撃たなければ、周辺の国々も遠からず滅んでしまうだろう。
聖女は蝗の動向を視るために山に籠っている。
調律者たる彼女は、基本的に戦力なのでこうして事が起きるまで待機が基本なのだ。
これから大きな経験したことのないような戦いを控えているとあって、身体は脱力しているのに心臓が妙に落ち着かない。相手は世界に五体しかいない“絶対討伐種”なのだ。
今まで会った事もない。ただの魔王と格が違うと言われるが、ピンとこない。世界滅亡のトリガーに“絶対に”なる魔王。見ただけで分かるものなのだろうか、と疑問が少女の脳裏に浮かぶ。
アバドンは数多の英雄を屠り続け、稀代の天才を下し続け、天に選ばれた超人を血と砂の混合物に変えた魔王だ。
それと近々戦うことになるなんて。
現実感がない。スケールが大きすぎてよく分からない。小さな頃は、こんな最終決戦は装備を整えて、前もって準備を重ねて、さぁ行くぞと始まるものだと思っていた。なのに、現実はいきなりだ。
“さぁ、もう始まりますよ”と。
ちょっと待ってと言えないし、言う理由もない。
少女は知っている。
殆どの人は“調律者”という超常の力を期待し、信頼し、預けていることを。
だから、なんとなく、実感がないから。なんて理由で戦わない理由になる筈がない。
確かに力はある。
今までの力を総動員すれば、絶対に勝てないという事はないだろう。
多分。これでも世に轟く調律者なのだ。数多の英雄で駄目なら、億万の力で。
実際に、これまでの旅で結んだ絆で、聖都に多くの力を呼び寄せている。調律者は英雄との絆を結ぶ事で、遠隔地からの連絡や招聘、そして戦力の底上げが出来る唯一無二の立場だ。
勝負は、出来るだろう。英雄は集い始めている。フィラリオンも来てくれると連絡があった。
だから、いまはその、待機時間だ。
あと数日で──たぶん、蝗の進行速度にもよるが5日後あたりに周囲は戦場になる。
時計の音が聞こえる。
戦いの時が近づいている。
彼女は時計を見て、瞬きをした。
なんだか、背中に硬い壁があるような感じ。後戻りが出来ない、背中の壁。
眠っているのか、起きているのか。目が開いているのか、ぼんやり閉じているのか、分からない時。
「よぉ、お嬢、どこもかしこも大騒ぎだ」
部屋の入り口から、遠慮のない声が彼女の耳を揺さぶった。
ドアを開ける音も声も大きくて、耳に響く。加えて足音も追加すれば、彼女の比較的新しい仲間を描写するには事足りるだろう。
「……ギィル。ギィルギン・アソータクス」
彼女が恨めしそうに名前を呼べば、大剣を背負った大男は野獣のように鋭い牙を剥き出して笑った。
「おうよ」
ギィルギン・アソータクス。獣の血が混じった、原初の氏族から追放された異端者だ。乱暴もの。常識なし。
ギィルギンは丸太のような腕に二メートルは越す大男である。
彼は、ソファに座り直す調律者の近くにずかずかと歩み寄った。
「あん?」
文明から離れたような鋭い眼光に、遊び慣れたようなラフな格好。見える肌には墨で紋様が入っている。
「どうしたどうしたお嬢。変に長ったらしい名前で呼んだと思ったら、そんな目で見てきやがって。もしかして、寂しかったか? なぁんてな! ……ブハハハハ!」
彼は北の大陸でお腹を空かせて死にかけていた所を助けた縁から紆余曲折を経て仲間になったのだが、仲間選びを間違えたのかな、と彼女は何度も思った。
事実、パワータイプで戦闘時はよく働く頭脳は頼りになるし、細かなことを気にしない性格は好ましいものではあるけれど、ギィルギンには致命的にデリカシーがなかった。
「うるさい……」
少女の耳を押さえた呟きは笑い声にかき消されて届かない。
それがまた面白いのか、はたまた何も考えていないのか、ギィルギンは楽しそうに牙を剥き出して笑う。
「絶対討伐野郎の大決戦まえに、また面白い話が来たぞ」
血の匂いがするところには彼は常にいの一番に飛び出して、大剣を振り回す。それこそが生きる意味だと言うように。彼女はいつもその姿に理解が出来なかった。
「なんだ? 楽しくねぇのか、お嬢。こっから血みどろの戦いなのに」
「楽しくない。愉快じゃない。で、なんの話?」
「はぁー……そればっかりだ。ツマンネーだろ、そんな生き方。与えられたばっかで。あのクソッタレな森のジジイどもとおんなじだ」
ギィルギンは呆れを隠そうともせず、興を削がれたように近くのソファーにどかりと腰掛けた。大男の体重を乱暴に受け止めた調度品が音を立てて軋む。
「ギィルみたいに、血を浴びて生きる実感を得ることはしないの。私は」
彼女は耳を塞ぎながら、膝を抱えるようにして口を尖らせる。ギィルギンは机にある酒瓶を手で探って、空の瓶をがしゃがしゃと倒しながら飲みかけの物を見つけると引っ掴んで被るように飲み始めた。
「んぐっ、ぐっ……ぷはっ! ……あー、ウンマ」
大男はぐでんと背もたれに上体を預けるようにのけぞり天井を見上げてけぷ、と声を漏らす。
「じゃあ、何の為に生きてんだよ。何が楽しくて予言に従って良い子ちゃんしてんだ? や、それが好きなら止めねーけど」
強く生きようぜ、お嬢、と。
なんとも投げやりな言い方。
相手を尊重した、丁寧な質問では決して出せないトーンでギィルギンは問いかける。彼女は勢いのまま反論しようとしたが、ギィルギンの横目と目があって言葉が奥に引っ込んだ。
ギィルギンはデリカシーもなければ、粗忽で乱暴者だが、いつも彼の質問は抉るような鋭さがあったから。
彼女は黙って、そこで思い出したようにあっと声を漏らす。
「で、大騒ぎって、一体なに?」
「そちらに関ししては私からご説明いたします」
落ち着いた第三者の声が部屋に届く。
彼女が視線を向けると、ギィルが開けっぱなしにしていた扉の外に一人の人物が立っていた。
「先ほど枢機卿が、殺害された件についてでございます」
「えっ」
驚きのあまり出た声。
神官服を着た人物は続ける。印象の薄い人だった。
「殺されたのです。下手人は逃亡、現在聖都の街中に潜んでいると思われます」
「それは、危なくないの?」
なんとも間抜けな質問だなと自ら思いながら彼女は頭をフル回転させた。
「ええ、危険です。いつ、市民の方々に被害が及ぶとも分かりませんから」
説明をしてくれている神官は見たことのない顔だ。
基本的にこの聖堂にいる間は案内役の何人かが交代で調律者の世話をしてくれている。その一人だろうと彼女は結論づけ頷く。
最高位に近い枢機卿という存在を殺すような、明らかに人類への反逆行為を行う危険な存在が逃亡している。
無意識に彼女は耳をすませた。街中の方から悲鳴が聞こえてやこないかと心配になって。
「だぁれが殺したんだ? こんな中枢でやるたぁ、相当気合の入ったヤツだ。好きだぜ、そういうヤツは」
ギィルは楽しそうに。
鈍いと言われる彼女にもわかる。捕まったあとの事なんて。
だから普通はやらない。その人は気でも狂ってしまったのか。
なんでそんなバカな事をしたのだろうか、と彼女の回転を始めた思考の一部は考える。
枢機卿を殺した人は根っこから悪の手先で、人のことなんて思いやれない、思いやるなんて機能ない人なんだろうか、と。
彼女は装備を磨きながら備えていた。嫌な予感を無視しながら。
「誰?」
彼女は問いかける。
神官は薄い表情でただ、「勇者です」と答えた。
勇者が。
殺した。教会の中心たる枢機卿を。
勇者。
シンプルな単語が頭の中で繰り返し再生される。
世界の音が遠くなる。心臓が嫌な音を立てる。
「そりゃー、なんとも。世も末だなぁ」
ケケケ、とギィルが笑う。
「どんな勇者だ? そんなデタラメをしでかした気狂い勇者は……ん? 勇者って」
ギィルギンは彼女に一瞬視線を向ける。
だけど調律者は気づかない。
彼女の思考は回る。嫌だ、と。
胸の辺りがムカムカする感覚。
聞きたくない。
声は出ない。
そんな思いは届かず──
「枢機卿を殺し、逃亡した勇者は──」
「ソラナム王国の勇者です。名前はルーク。薄い茶髪を一房後ろに伸ばしています」
「また情報が出ましたら、参加していただくことになると思います」
「⠀ ⠀ ⠀ 」
彼女の、現実とは乖離し始めた頭に、助けられなかった人たちの顔が流れていった。
たとえば、つらいとき、誰にもいえないとき。だまって話を聞いてくれて、笑ってくれたおばあちゃん。魔術が使えなかったけど、暖かくて、おいしいスープを魔法みたいにつくってくれて。つめたい雪の下でお別れを言えなかったこととか。
手を伸ばしたけど、助けられなかった仲間とか。
名高い騎士の一族に生まれながら、誰よりも臆病で、魔物との戦いで最初に逃げるし、小さな傷でもピーピー喚く青年が。
だけど、気高い騎士道に生きたひとだった。彼女は記憶している。最後の、魔物の群れを一人で抑える背中を遠ざかっていく馬の上で見たことを。
助けられなかったひとたち。
街の子供。帰りを待つ母親。
道を踏み外した魔術師。こちらの説得に、もう遅いと悲しそうに笑った顔。
「巻き狩りでしょうね。大丈夫、これだけ戦力があれば、相手は手負いで追われる身。隠れる場所すらままならず、誰の手助けもなく、周りは敵だらけで疑心暗鬼。精神は過負荷に擦り切れ、ボロボロのはずです。きっと簡単にたべ──倒せて、被害はありませんよ」
彼女の頭に神官ののっぺりした声が響いていた。
もう会えない人たちの顔が浮かんで、頭を抱え込んで、墓地に座り込んで動けなくなってしまった記憶が無数に思い出された。
だけど、そんな時。思い出すようになった穏やかな口調。
──あ、っと、その……もし、君が、全部を助けられなかったとしても、だよ
途切れ途切れで。指をあっちに振ったりこっちに振ったり、忙しなく言葉を、出来る限り詰め込むように言ってくれた。雨上がりのソラナム王国外れの墓地で。
──全部取りこぼしなく出来なかったとしても、その、助けられたものはあるんだから……だから、胸を張らないと、ね。あ、いや、急には難しいか、落ち込んでたんだもんね。だから、ええと
彼女は思う。
彼にとってはそこまで力を込めた言葉じゃなかったのかもしれない。
目の前の人の人生を左右するような言葉にしようという気持ちはなかったのかもしれない。ただ、さっきまで泣いていた女の子を慰めようと、一生懸命頭を捻って考えてくれた言葉だった。自分より二つか三つ年上の、ただのお兄さんの言葉だった。
「調律者さまには、一番重要な箇所を担ってもらうことになると思われます。大丈夫です。こちらで準備はすべて済ませております。あとは、反逆者を捕らえるだけですから」
よろしくお願いしますね、と神官は微笑んで出ていった。
その顔は、よく覚えていない。どうでもいいと思った。
ただ、バタンと閉められた部屋の扉があるだけ。
「どぉするよ」
「どう、……しよう」
考える。
もし、本当に。
本当に、勇者の気が狂って、人類に仇をなすならば。
斬らなければならない。
人違いじゃない。きっと。
何が、何が起きたのか。彼は何を思ったのか。
あんな優しくて穏やかな声色をしていたのに、その後ろにはおかしくなってしまうほどの強烈な思いを封じ込めていたというのか。
どれだけ思考を重ねても、過程を重ねても、答えに辿り着けやしないと分かっていながら、彼女は止めることは出来なかった。
「…………」
自分の手を見る。
手のひら。何もない、手のひらを。
冷や汗が出てくる。時計の針が進む音がする。
教会に訴えようか。
少女に浮かんだアイデア。
彼はそんなことをする人じゃない。何かの間違いだ、と。
信じてもらえるだろうか。彼女は考える。
仮にも調律者の言葉だ。一考してもらえるかもしれない。だけど、彼らが信じているのは“調律者”たる少女の力であって、決して人間性や人となりを評価している訳じゃない。
信じてもらえないかもしれない。事実、被害が出ているのだ。
それに、神託ももう伝えてある。
しかも、絶対討伐種が迫っている現状。
まさにこれではないか、と普通なら思うだろう。
だって、否定するのはたかが小娘一人の感情論からなのだから。
壁が。今まで背中にあったと思っていた壁が。
気がつけば、目の前にもあった。
前も後ろも、何も見えない。
どこにも、動ける場所なんてなかった。
「お嬢」
「……なに」
少女は部屋にあった鏡を見つける。
そこに写る人間は、顔を真っ青にして、とても、頼りになる救世主だとは思えなかった。
「アンタが決めな」
「私は……」
脚ががくがくと震えている。
なにか、見落としている気がするけどわからない。頭が回ってない。いつもこうだ。大事なところで役に立たない。少女の思考は空転を始める。
ギィルギンは手を貸してくれるけど、決して甘やかしてはくれないし、答えもくれない。
見知った人を手にかける想像をして、なまじ、今まで死に向き合った事があるから無駄に細部まで想像できてしまって。
斬ったときの手応え。ばつ、ばつと筋肉を断ち切る感触。
臭気。死の間際に見せる目の色。呼吸の浅くなった息遣い。
声。血で濁った声が。
それとも、下らない感傷のために、長い間をかけて説得を試みる?
そんな時間があるか? この絶対討伐種が迫っている中で。
分からない。分からない。
「私は……どう、しよう……」
暖炉のある、暖かな部屋は。
とても居心地が悪くて、部屋の真ん中で立ったまま。
「うっ……」
彼女は、口に手を当てていた。
誰かに撫でてもらえる答えは。
絶対正義の完全無欠の、あるはずの正解の選択肢は、見つからないままだった。
事態は進む。
思惑を載せて。