おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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23:41:05 GMT+0900

 

 

 

 

 白い蛍光灯のあるオフィスは既にほとんどが退社していた。

 

 業務が炎上していなければ、定時が過ぎたフロアは静かなものだ。

 1人座るデスクチェアを除いて人影はなく、空席がひっそりと佇んでいるだけ。

 

 

 心なしか寒さも強いデスク。その中で1人、若い男が個人的な思いつきで残っており、即席麺を割り箸で啜りながら画面を見つめていた。

 

 ずず、とあたたかい音が響く。

 男はピト、と画面に触れた。

 

 


31:名無しの調律者

なんかあそこのイレギュラーな出会いで運命が変わった感じはある

 

 


 

 

「こんなキャラ、いたっけなぁ?」

 

 思い浮かぶのは、いま一部ではあるが話題に上がっている麦色の勇者。男はマウスを操作して一度画面を戻り、スレッドの一覧を見てみる。すると、そこには他のキャラクターのストーリーについての感想、意見、批評などが多く上がっていた。その中に、見間違いでも何でも無く、きちんと目立たないがさっきのスレッドはある。

 

「んむぅ」

 

 男は頭を掻いて、横にあるキャビネットの一番下を開ける。

 雑多なプリントや書類がある中で、手探りで一番分厚いファイルを取り出し、パラパラとめくった。

 

「企画書、通った企画書はーっと。これか?」

 

 いろんな数字や図表がある中で、片端から目を滑らせていく。が、お目当てのものは見つからない。

 やがて男はひとつ息を吐いて、ファイルをドンとデスクの端に置いた。そしてすっかり忘れていた食べかけの麺に箸を戻した。

 

 

 その、瞬間。

 

『そうよな』

 

 画面に見慣れぬチャット欄が出現。

 

「えっ?」

 

 同時に、液晶から突き出した二本の腕が、男の顔面の横をガッチリと掴んだ。

 

「あ」

 

 そしてそのまま、腕は唸りをあげ、いともたやすく男の体を全て液晶の中に引き摺り込んでいった。

 

 誰もいなくなったデスクにある液晶に、1人でにダイアログボックスが開く。

 

『  私は 踊 る(サルタレ) 暗 が り(テネヴラ) 』

 

 ずるり、と光を通さないモヤが画面から滲み出る。

 蛍光灯の光は一切通さないで、滲み出たモヤに触れた瞬間暗くなる。それなのに、モヤの闇の中では線香花火のような色とりどりな光がパチパチと弾けていた。物理法則の枷から外れた、外なるもの。

 

 闇が蠢く。

 

 

 

『  ──()()() 魔王 で あ る 』

 

 

 

 その流出の勢いは加速度的に増し、遂には人1人をゆうに超える質量を持った紫の闇が無人のオフィスに出現した。

 

「 は は は 」

 

 闇は笑う。

 そして窓の外に映る景色を見つめて、ゆっくりと移動を始める。速度は粘度の高い液体が広がるようなものだが、確実に窓に近づき──

 

 

──ルミナス・フィラリオンから逃げられるとでも?

 

 

 瞬間、闇の身体に幾つもの白い剣閃が走った。

 

「チッ」

 

 闇は舌打ちをして、ボロボロと体を崩壊させる。

 結局、後に残ったのは稼働を続ける空調の音だけだった。

 

 

 

 今年度行方不明者数

 

 73,532人 +1人 ◀︎

 

 

 

 

 

 



 

 ◆

 



 

 

 

 

 

 ここではない、どこかの空間の狭間で。

 

「分体のひとつだけでも、並行世界に行こうって、ヤボ、な真似をするね」

 

 麗しき勇者、ルミナス・フィラリオンは黄金の剣を納めて呟いた。

 フィラリオンの立つ地面は歪み、周囲にある空間もまた、常軌を逸脱した様相を呈していた。だが、中央に立つフィラリオンが気にした様子はない。

 

 

 

「愛しい世界に、手出しはさせないよ──

 

 

 

 ──ルミナス・フィラリオンがいる限りはね」

 

 

 そう、フィラリオンとは超越者と呼ばれる者である。異名は幾つもある。“帝国の勇者”、“空を切る者”、“浪費のバカ勇者”、“超越者”。

 フィラリオンは星を6つ、飾り立てられた者たちの成れの果てだ。

 

 そもそもが、超越者とは、英雄譚を刻んでいく者たちの努力と才能の行き着く先にある──()()()()()

 

 

 

 時間と、空間と、概念と。

 そういった決して逃れられない類のものを振り切るこその“超越者”。

 才能と、努力と。そういった地平には居ない存在。

 

 

 

 そのような“超越者”資質の卵を持ったものが星を6つ飾り立てられたのだ。

 本来、最高評価である星五つに対して、これ以上は付けられないと。世界が判断した、一種のエラー。本人が世界の枷を外せることに気がつくかどうかは別として、その可能性がある者たちだ。

 

 

 その中でもルミナス・フィラリオンはいっとう際立った存在である。

 

 

「ああ、今日も英雄たちは、輝かしい舞台で、物語を紡いでいる」

 

 フィラリオンは唄う。

 

「私は立てない、そこに行く資格はない」

 

 そう、言うなれば、フィラリオンは舞台の()に立つ存在だった。

 あらゆる枷が外れ切ってしまって、物語の紡がれる舞台に立つことは出来ない。輪の中には入れない。

 

「──大丈夫、私が見守っているよ。無粋なものに手出しはさせない」

 

 だからこそ、フィラリオンは舞台に立つ英雄たちを愛おしく思う。

 

「煌めいて、懸命に生きておくれ」

 

 手の届かない、しかし、大切なものだから。

 

 ここではない何処かを見つめる()()の瞳は輝き、新進気鋭の冒険者や、魔女の手を取った不可思議な運命を辿り始めた彼を映している。

 フィラリオンは美しく、我が子を見守る慈母のように、微笑んだ。

 

 

 

 

「終焉を迎える、その時まで」

 

 

 

 

 いずれ来る、到達の時まで。

 

 

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