おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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12話 出張診療所inドゥシアー島

 

 

 

「熱いからな、ゆっくり食べろ」

 

 そう言って渡されたのは、手作りの木の椀。ゴツゴツしているが底が深く、丈夫だ。

 ルークは慣れない片手のみで受け取り、膝の上で丸くなっているカランコエを避けて置いた。

 

 

 よそわれたスープが白い煙を燻らせる。

 白くドロリとしたスープの中には黒っぽい草と赤色の切り身が浮かんでいた。

 

 時刻は夜。

 ルーク達は魔物の襲撃の余波で大破した天幕から移り、別の大きな天幕にいた。30人は余裕で入りそうな、軍用の装備だ。

 

「おう、嬢ちゃんは大丈夫なのか?」

 

 先ほどの戦闘で、小隊長のアスナヴァが来るまで指揮をとっていた体格のいい男が尋ねる。大きな彼の手には不釣り合いなサイズのお玉が握られていた。よそってくれたのは彼だ。

 

「あ、はい。カランコエはとりあえず睡眠が必要みたいで」

 

 現在天幕の中には総勢で15人の白布小隊の団員が居た。そこにルークとカランコエが加わり、車座になって食事をしているところだった。

 

「ほいじゃあ、改めて。小隊長頼んます」

 

「シラーチ、お前がやれ」

 

 アスナヴァは素っ気なくフリを断った。やれやれと肩をすくめたのは先ほどの体格のいい男。シラーチ、と言うらしい。ルークはしげしげと眺めた。

 歳の頃は30後半くらい。発達した筋肉に、つるりと禿げ上がった頭。頬に一つ大きな切り裂き傷の痕がある、親しみやすく、おどけて振る舞っているが、彼もまた歴戦の猛者の雰囲気を持っていた。

 

「はいはい。では女神のみめぐみに感謝します

 

 シラーチがそう言うと、一斉に手をつけ始める。

 

 この時、他の小隊員は地面に座っているが、ルークは車椅子に乗っていた。医療関連具の用意の良さは流石は救護団だと感心したものだ。カランコエはそんなルークの膝の上で丸くなっている。まさに猫だった。

 

 ルークは一口、スプーンで掬い口に入れる。

 すると、すぐに口の中に熱の刺激が広がる。熱さに耐えて、少し待つと、先ほど嗅いだ“海”のような香りが口いっぱいに広がった。だが、生臭さはなく、まろやかな野菜の甘みが包み込んで調和がなされていた。

 

「……おいしい」

 

 あんまりにも予想に反して美味しかったので、“いらない”と突っぱねた魔女に木のスプーンを近づける。

 

「カランコエ、あったかいよ。食べるかい?」

 

 返ってきたのは、無言の睨み目。

 体力回復の為の眠りを邪魔された事が相当ご立腹のようだった。

 

「分かったよ、怒らないで」

 

 ルークがそう言って、いつも剣の柄頭をポンポンと叩くようにカランコエの頭を叩くと、彼女は黙って目を閉じた。眠れる魔女を不機嫌な方法で起こしかけたルークは胸を撫で下ろした。

 

「しっかし、アンタも災難だなぁ! こぉーんな傷おって、一縷の望みをかけて転移したら()()だろ! 相当な悪徳を積んだか、悪鬼に目をつけられでもしたか?」

 

 横から投げかけられたのは、そんな大声。

 見るとシラーチと呼ばれた男が椀を手に持ちながら、ルークの方を見ていた。何でも、彼はこの白布小隊の副隊長らしい。道理で貫禄があるわけだ、とルークは納得した。

 

悪鬼(ヂャーヴォル)だって? そりゃお前の見た目だ、シラーチ!」

 

「そうか? すまんな!」

 

 シラーチが禿げ上がった頭をペチンと叩くと、天幕内に豪快な笑い声が響いた。救護団と彼らは名乗ったが、それにしては野鄙で、力強かった。医務関連の職につく者、というよりも、どちらかというとドワーフのように見えた。

 

「賑やかですね、とても……」

 

「まあ。夜になると気温はグッと下がる。だから輪になって食べた方が燃料も熱量も効率がいいのさ」

 

 ルークがぼそりと呟くと、隣で静かに食事を摂っていたアスナヴァが反応した。彼女は騒ぐ小隊員に目もくれず、自身の食事に集中しているように見えた。

 

「なるほど……。でも、良いんですか? 僕たちまで招いてしまって。まだ、身元が保証された訳ではないでしょう?」

 

()()。そこまで怪我をしているお前程度なら私一人で対処出来る」

 

 アスナヴァがルークを横目で見る。それだけでピンと糸が張り詰めた気がして、ルークはそれきり黙ってしまった。

 

「オッ! 小隊長に目をつけたのか! 色男! 分かるぞ、我らがアスナヴァ殿はびっくりするほど美人だからな!」

 

 そんな二人の雰囲気を知ってか知らずか、小柄な男がヤジを飛ばすように叫んだ。天幕内の視線がアスナヴァとルークの方に集まり、彼女は不機嫌そうに眉を寄せた。相変わらず水晶のように硬い女性だとルークは思った。

 

「うるさい、キンジャール。明日の防毒布のノルマを追加するぞ」

 

「そりゃないですよ、隊長」

 

 

 

 ◆

 

 

 食事も終わりに近づき。

 段々と片付けが行われていた。椀を重ね、若い男が“水が冷てぇんだよな”とぼやきながら天幕を出ていく。

 洗う場所が外にあるのだろう。ルークも怪我人だから、と椀とスプーンを回収されていった。

 

「ふう」

 

 満たされた腹を撫でながら息を吐く。

 先ほど聞いた話だと、独立ツヴェート救護団は現在142名だそうだ。

 

 編成としては一つの小隊に約15人。

 

 人数比など、軍においては機密事項であるにも関わらず教えてくれたのは違う相手が魔王や魔物であるからなのだろう。

 

 

 そして、その頂点に立つのが──

 

 

「おう、邪魔するぞ」

 

 その声が響いた瞬間、ばっ、と全員が立ち上がった。ルークも倣おうとしたが予想していたアスナヴァが手で座っていていいと示していたため半端に腰を浮かした状態となる。

 

 

 ごん、と天幕の入り口に頭をぶつけて入ってきたのは、一人の初老の男。歳の頃は50から60だろう。背中に身の丈より大きな戦斧を背負っていた。

 

 ルークはその姿を見た時、ぶわりと肌が粟立った。

 まるで、山登りの最中に野生の熊に出会った時のような、威圧感。肉食の、グリズリーだ、この人物は。

 

「お前が、ニイの嬢ちゃんが拾った子犬(シエノーク)か!」

 

 男は2メートル以上ある巨漢に分厚い胸板、腕は樽ように分厚く太かった。髪の毛は金髪に白髪が多く混じり、針金のように刈り上げられていた。

 

「飯は食えるようで何よりだ!!」

 

 体がデカければ声も響く。

 男の声は雷のようにびりびりと響いた。

 

「うむ! うむ!」

 

 男はズンズンとルークに近づいていく。

 そばまで来ると、先ほどまでスープが入っていた鍋にかけていた火までが男の存在に押されるようにジリジリと震えた。

 

 

 ふうむ、と男は値踏みをするようにルークを見下ろす。

 一瞬、視線を下げ、カランコエを見ると、彼女は薄目を開けて戦闘準備をしていた。ルークは再び視線を戻し目の前の大男を見る。

 そして、気がついた。

 

 

「まさか……タポール……」

 

「ほう! ワシを知ってるとは!」

 

 大男──タポールは感心したような顔つきになって、ルークから一歩離れた。そしてドンと自分の胸を叩き、歯を剥き出して笑った。

 

「ワシはタポール。この救護団の団長をやらせてもらっている。タポールでも、爺さんでも、団長でも、何でも好きなように呼べい」

 

 そう、ルークはこの人物を知っていた。

 正確には、タポールの物語を子供の頃に()()()()()()()

 

 

 

 グラニオーズヌィ・タポール。

 北方にある大陸で名を轟かせていた、共和国の英雄。

 幾多の戦場を、一番前で斧を振るい武勲を打ち立ててきた。

 

 

 

 少し前の戦が終わって、その年齢と篤い人望から第一線を退き、共和国の軍事顧問をやっていると噂されていたが、こんな所にいたとは。

 

 

「ふぅむ、なかなか」

 

 

 彼の強さは、単純だ。

 デカく、重たく、タフ。

 

 付いた二つ名は数知れず。『笑う大熊』『野蛮人のタポール』『薙ぎ払いのタポール』『剛腕親父』

 

 そして、彼を表す最も有名な二つ名が──

 

 

 

 

『五つ頸のタポール』

 

 

 

「良いツラしてんじゃねぇかよ、子犬」

 

 目の前にいる、顔に皺がある爺は、魔王討伐者だ。

 五体の魔王、そのすべての頸を刎ねた。

 

 だから、五つ頸。

 北の大地に生ける野蛮と豪快さの化身だ。

 

「良し!」

 

 何かに納得したようにタポールは頷き、ぐわんぐわんとルークの頭を乱暴に撫でていった。手が大きい。力も強い。頭蓋骨を直接掴まれて振り回されているようだった。

 

 ついでにカランコエも撫でられる。こちらは幾分か丁寧な手つきだった。それでもこの魔女(もちろんタポールはその事を知らないが)を撫でていくなど、大物だ、とルークは戦慄した。

 

「ニイの嬢ちゃん」

 

 ひとしきり満足したらしいタポールは首を動かし、先ほどから黙っていたアスナヴァに視線を向けた。

 

「団の前線基地を案内してやれ。しばらくは居るんだ。どこに何があるって分かってた方が良いだろう」

 

 はい、と彼女が返事をして、タポールは頼んだぞと一言残し、天幕を出ていった。本当に、嵐のような男だとルークは乱れた頭で思った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「寒いか、毛布はまだあるが」

 

 そして翌日。

 朝食を摂ったあと、ルークとカランコエは車椅子のまま外に来ていた。カランコエは相変わらず勇者の膝で丸くなって寝ている。今はその上から毛布が被さっていて、相当温いだろう。

 

「大丈夫です。気遣い、ありがとうございます」

 

 ひゅう、と風が吹く。

 “海”を経由してきた生臭く、湿った冷たい風が肌を削るようだった。そんな中でも平然としているアスナヴァは流石に慣れた様子であった。

 

「では、行くか。とは言っても、それほど見る場所は無いが」

 

 両足が膝から下失っているルークは歩けない。だから車椅子なのだが、それを押すのは小隊長であるというアスナヴァだ。なんとも豪華な采配だが、彼女が()()()()()()対処できる腕の持ち主だからという意味もありそうだ。

 

「まぁ、今私たちの後ろに見えるのが崖だ。私たちは島の端に陣を築いている。ちなみに下では養殖をしている」

 

 養殖? と馴染みのない単語にルークが聞き返せば、アスナヴァは車椅子を押しながら説明をしてくれた。

 

「海藻だ。自作の畑もあるが、取れる野菜はたかが知れているからな。海藻は重要な栄養源だ」

 

 早く育ち、量が取れる。

 だからわざわざ崖の下まで降りて養殖をしているのだという。

 

「昨日、君が食べたスープにも入っていた」

 

 あれか、あの草みたいなやつ。

 ルークは頭の中にあった疑問がひとつ氷解した事にああ、と声をあげた。

 

 そしてしばらく景色の説明が続きながら、車椅子は一つの建物の前に止まった。

 

「着いた、ここが診療所だな」

 

 

 ルーク達が食事をした大天幕から徒歩7分ほどの位置にある建物は、他の天幕とは違い木造の丸太で作られたしっかりとした作りをしていた。大きさは王国にある鍛冶屋ほどだろうか。建物の入り口の上部に、看板がある。アスナヴァはルークがそれを見てるのを気がついて。まあ、使うのはウチの団員だが、と言い訳のように言った。

 

 そして、そのままアスナヴァはあっちを見ろ、と診療所の少し離れた位置を指差した。

 

「あっちには団員用のテントだ。主にあそこで寝泊まりしている」

 

 そこにはいくつかの軍用天幕が連なって設置されており、中央には少しスペースが空いていた。あれはおそらく集合等で使用する場所だろう。救護団の名前がついているのにいちいち軍隊のような特徴があった。

 

「あれは……」

 

 その、宿営用の天幕。その奥では巨大な青黒く輝く細かい鱗をもった魔物が横たわっていた。その上に軽鎧を付けた団員が二人ほど大きな刃物を持って乗っかり、作業をしていた。

 

「解体……ですか?」

 

「ああ、昨日襲って来たもう1匹の方だな」

 

 アスナヴァは言う。彼女に気がついた団員は手を上げて挨拶してきた。ルークは頭を下げ、アスナヴァは片手をあげて応えた。

 

「えっと、何のために? あの鰐? の魔物を」

 

「当然、食べるためだ。貴重な蛋白源だよ。毒は……あるが、この島にいる以上魔王の毒で汚染されていないものはない。それと、アレは(フカ)だ」

 

 アスナヴァは車椅子を押す手を止め、ルークの横に並ぶ。そして真剣な表情で麦色の瞳を覗き込んだ。

 

「いいか? ここに居るならば、何もしていなくても、三日に一度解毒魔術を受けろ。さっきの診療所でやっている」

 

 その声色は重みが伴っていた。

 きっと、これは数々の代償の上に成り立つ教訓だ。ルークはすぐに分かった。

 

「戦闘をしたならば、もっと早くだ。傷口を抉られると、そこから毒が回って解毒が間に合わず臓器不全を起こして死ぬ」

 

 アスナヴァはそこまで言い切り、一度言葉を切ると安心させるようにふっと息を吐いた。

 

「まあ、君には関係ないさ。心配するな」

 

 

「小隊長」

 

 その時、先ほどの診療所から白衣を着た一人の女性が出てくる。まだまだ若い彼女はアスナヴァに近づくと、そっと耳打ちをした。

 

「そうか」

 

 アスナヴァはそれだけ言うと、診療所に向かってルークを押しながら歩いていった。

 

 

 ◆

 

 

 

「すまないが、用が出来た。外は寒い。中で待っていてくれ」

 

 診療所の中は暖炉のような暖房器具があるのか、明らかに暖かかった。ルークとカランコエは入り口の、待合室のようなスペースまで車椅子を押されやって来た。

 

「少ししたら戻る」

 

 アスナヴァは先ほど耳打ちをして来た女性に付いていくように、診療所の奥へと向かっていった。

 

 

 

「……」

 

 ルークはその後をそっと、勇者として培ったスニークで音を殺しながら追った。車椅子は少しなら一人でも動かせる。カランコエは何も言わなかった。彼のこう言った行動が、気を許しているようで警戒を解いていない戦士としての行動だと何となく分かっていたから。

 

 ちなみに中に入り、暑かったのか毛布の中から顔は出している。ルークはそれを見て、小さなころ近所で見かけた包まれている赤ん坊のようだと思った。絶対に本人には言わないが。

 

 

 やがてルークは一つの部屋から声が漏れているのを見つける。

 ドアは隙間ができていて、中を覗く事が出来た。ルークは悪いとは思いながらも、そっと中を見た。

 

「ぁ、……ぁー、ヘマ、しました……」

 

「良い。あまり無理して喋るな、スメリスチ」

 

 部屋の中央にはベッドが置かれていて、年若い男が寝ていた。顔は包帯が巻かれていて、下から赤黒い色が滲む。アスナヴァはベッドの横にある椅子に座り、彼手を掴んだ。

 

「すん、ませんな、しょうたい……ちょう」

 

「謝るな。お前は良くやった」

 

 アスナヴァはそう言うが、男はゆるゆると首を横に振った。動作全てが緩慢で、体を動かす力がもう残っていないように見える。実際にそうなのだろう。部屋には死を間近にした寒さが漂っていたから。

 

()()()()()……です、わ」

 

 男の声には悔しさ、申し訳なさ、そういった苦渋が幾重にも混じり合った、悲しい響きがある。

 だが、アスナヴァは表情ひとつ変えず、男の瞳を覗き込み、ひとことひとこと区切るように、聞こえやすいように口を開いた。

 

「そんな事はない。アスナヴァ=ニイが断言しよう。スメリスチ。勇気の男、お前はその名に相応しい働きをしたとも」

 

「ぁ……ふ」

 

 その力強い断定を聞き、男はすこし、口許を緩めた。

 そして木枠が嵌った換気用の窓を見て、震える手を伸ばした。

 

「こきょう、に、かえり……」

 

(ああ……)

 

 ルークは心の中で思わず呟いた。

 

 きっと、手の先には彼の故郷がある。

 彼は伸ばした手をパタンと置くと、それきり喋らなくなってしまう。アスナヴァが男の首筋に指を当てて、しばらくした後に立ち上がった。

 

 彼女がドアを開ける。

 当然ルークは見つかる。だが、バレているだろうな、とは思った。

 

「続けよう」

 

 アスナヴァは何も言わない。ただ、案内を続けようと言った。まだ途中だから。

 車椅子を押し始めようとした彼女に、ルークはひとこと声をかける。

 

「祈っても?」

 

「……ありがたい」

 

 了承が得られた彼は、座ったまま目を閉じる。そして左手を何かつまむような形にして額に当てた。王国式の、兵士に対する安寧を祈るやり方だ。地域によってはやり方が異なり、顰蹙を買う可能性を考慮して聞いたが、杞憂だったようだ。

 アスナヴァは黙って祈りを見届け、最後に一言。

 

 ありがとう、と言った。

 

 

 

 ◆

 

 

「案内は止めても構いませんよ。立て込んでいたら」

 

「いいや。脚を止めても何もならない。スメリスチも悲しむ暇は求めていない。それがツヴェート救護団の団員だ」

 

 外に出て、幾分か強く吹き荒ぶ風に髪の毛を揺らしながらルークは言った。しかしアスナヴァは硬い声で断る。まったく変わった様子は見られない。強い人だ、とルークは感嘆した。

 

「どちらにせよ、案内するところはあそこが最後だ。──見えるか、あの紫炎が」

 

 診療所から、さらに徒歩5分ほど。

 なだらかな丘を登り見晴らしがいい場所に来るとアスナヴァは山の向こうを指差した。

 

 紫色の雲が続く。

 その中でも、立ち上る陽炎のような濃い病的な鮮やかさの菫色が見えた。天に昇る東方の龍のように見える。

 

「あそこにいるのが、『病体の魔王』だ」

 

 そう説明するアスナヴァの口調には、一言ではとても表しきれないほどの、色んなものが滲んでいた。

 

 

 空はどこまでも紫で、暗い。

 昼であっても、太陽は姿を見せない。

 それがこの島だと。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして、夜。

 

「ほらよ。片手だし、おっこどすなよ。アチいぞ」

 

 再び車座になって、食事を囲む。

 ルークは昨日と同じスープを受け取り、食事の合図とともに食べ始めた。

 

 小隊員はやはり元気で、騒がしく、外界と隔離された島だと言うのに街の宴会のようにも見える。

 

 だから、ルークはぽつりとかねてからの疑問を横で静かに食事をしていたアスナヴァに尋ねた。

 

「こんな、戦力や労働力にならないやつを助けて、いいんですか?」

 

 この救護団だって、生活に余裕がある筈がない。

 いまのルークは片手がなく、足も無く、自身で動けない。治療のために医薬品も使用するだろうし、食料や水も消費する。他にも様々な物品をいるだけで消費していくだろう。要は穀潰しだ。

 

 そんな事を考えての軽い気持ちでの質問だったが、アスナヴァは目を丸くして、食事を止めていた。気がつけば喧騒は止んで、みなルークの方を見ていた。

 

「何を言うかと思えば──」

 

 アスナヴァが驚いた、と言う風に口を震わせた。

 

「確かに、我々は病体の魔王の最後の犠牲者だ。この島の、衰弱しつつあるサバイバーだ」

 

 

 だが、それ以上に、忘れるな。

 

 彼女は立ち上がり、椀を横に置き、ルークの前までやって来た。常に彼女が着用していた、煤けた白衣が翻る。煤けて、ほつれて、破けても着続けた白衣の右袖には蒲公英の紋章。

 

 

「我ら、ツヴェート救護団。誇り高き、誰かを助けるための組織。土に塗れても、死が確定しても、自らこの団に加入した、バカを侮ってはいけない」

 

 

 誰も何も言わない。

 笑って、呆れて、真剣に。誰もが色んな表情をしていたが、共通するのは彼女に同意していた事。

 

 

「別に、我々は助ける相手を選んだりはしていない。相手がどんな人物で、何が出来るかなんて至極()()()()()()。ただ、助けるだけだ」

 

 彼女の瞳が輝く。

 強い意志を宿した、光を乱反射する水晶のような眼でルークを見つめる。そしてしなやかな指で、ピンとルークを指差した。

 

「手がないなら、脚で何かを運べばいい。脚がないなら、手を使えばいい。どちらもないなら、その口でも使ったらどうだ」

 

 そうすれば。

 彼女は続ける。無表情の中に、真剣さがずっとあった。ルークは目を逸らせなかった。

 

「何か、面白い話ひとつでも出来れば、そら価値があったな。頭が硬い。人に価値を強請るな。自分は何が出来るか考えろ。ぼろぼろでも、生きているんだから」

 

 甘えるな、愚か者。

 

 最後にデコピンを一発。

 それきり彼女は話は終わりだと何事もなかったように戻り、食事を再開した。他の小隊員もまた、騒ぎ始める。天幕の中に喧騒が戻っていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「なにをしてるの?」

 

 いつものルークの膝の上という、すっかり馴染んだ定位置にいたカランコエが薄目を開けて問いかける。ルークは左手で両目を覆い、天を仰いでいた。

 

「……いや、なんか眩しくて。警戒ばっかしてる自分が申し訳なくなって……」

 

 勇者は消え入りそうな声で言う。

 魔女は呆れたように言った。

 

「しかたないじゃない。ヘンなところで悩まないでちょうだい。あほ」

 

「きびしい……」

 

 ルークは分かった。この人たちは、信じるに値する。

 手の内を明かしても、構わない。いや、()()()()誠実に向き合いたい。

 

「カランコエ、魔力は?」

 

「もう、いいわ」

 

「なら、頼むよ」

 

「はいはい」

 

 そう言ってカランコエはルークの膝の上から降りた。

 初めて動く彼女に小隊員達は気づくと、「おっ」だとか、「立てるようになったか」など声をかける。

 カランコエは黙ってルークを少し離れた位置に移動させると、ひとこと。

 

『鍛造』

 

 その瞬間、ルークは立ち上がり、()()を回して“うん”と言った。

 

「何を……君、手足が……!?」

 

 アスナヴァが珍しく狼狽し、腰の剣に手を掛ける。ルークはすぐに膝を突き、敵意がない事を示す姿勢をとった。

 

「ひとつ、頼みがあります」

 

「……何だ」

 

 あたりは張り詰めた。

 ルークはただ頭を伏せて、真摯に言葉を紡いだ。

 

「どうか、僕たちも加えて欲しい」

 

「は? 何に?」

 

 

 

 

 

「魔王討伐に」

 

 

 

 

 静寂。

 意識が切り替わっていく。

 その中で初めに口を開いたのは、水晶のような女だった。

 

 

「────倒す、と一言でも言ったか?」

 

「いいえ」

 

 確かに言っていない。

 彼女たちは最初から、ここがおわりの島だと言っていたし、魔王討伐に言及すらしていない。

 

「でも」

 

 この設備や、装備、生活を見て確信した。

 団員たちと触れ合って、確信した。

 

 

 

「あなたがたは、まだ諦めていない」

 

 

 

 魔王討伐を。

 一度失敗した、病体の魔王を斃すことを。

 であるならば、勇者はここに在り。

 

 理不尽に対抗する時、彼らはいちばん先頭で戦い続ける。

 最も困難な場所に現れる。

 

 

 

「改めて。自己紹介を。僕の名前はルーク。

 

 

 

 ────王国の勇者だ」

 

 

 ここに来て、初めて青年は自身の出自を名乗る。

 世界に存在する、女神の使徒である、勇者という出自を。

 世に仇なすものと戦う勇あるものに与えられた称号を。

 

 

「あなたがたと、共に。魔王を討ちましょう」

 

 

 こうして、勇者と魔女の三つ目の物語が始まった。

 

 

 舞台は見捨てられた孤島。敵は病魔を撒き散らす強大な魔王。

 味方は一度敗れて、再起を狙う不屈の救護団。

 

 

 

 

「去っていった友の為に。────世界の、平和のために」

 

 故郷から遠く離れた北の地で、麦の勇者は滅敵を宣言した。

 

 

 

 

 

 

『あなたは、()、だけどね』

 

「カランコエ、静かに」

 

 

 

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