とある、オカタイ小隊長の話をしよう。
ルークに白布小隊の1人がそう言った。キンジャールという男だった。
潮の香りが漂う天幕の中の話だ。
我らがアスナヴァ=ニイ小隊長の話。
◆
小隊長は少しクセのある銀の髪を持つ、共和国の有力な家の産まれの女性だ。
裕福な幼少期をのびのびと育ち、少し後に自身が妾の子である事を知ったんだとよ。いつ聞いても悲しいな。本人はなんとも思ってない風だったが。
そんなこんなで紆余曲折を経てツヴェート救護団に拾われた。幼い頃から細剣術には親しんでいたらしく、魔物討伐に救護団が同行する際の武力担当として期待されたみたいだな。
辛いことも、悔しいことも、悲しいことも多くあったが、やり甲斐があった。まだ少女と言える年頃のアスナヴァ=ニイは頑張った。
細剣の扱いも一段飛ばしに上手くなり、救護の術も覚えた。
いつしか周りからも認められるようになり、ついには小隊長を任せられるに至った。
少女時代の終わりにいた彼女は、光栄だと思ったし、地位など関係ないほど人を助けようと更に決意した。
そうしてしばらく激動の任務の日々が続いた。殉職する団員を見送ることもあった。想いを受け継いだ。
前に進んだ。更に人を助けた。
そんな中、運命のドゥシアー島遠征が始まった。
第五カフチェク遠征軍に医療担当として同行するように、との任務だった。
いつもの任務の予定だった。
犠牲をなるべく減らせるようにやるつもりだった。
『引けッ! 引けぇ!』
『あ、が……脚が……! まっ、まて、おいてくな……!』
魔王は“氾濫”を起こしていた。
孤島は既に魔界に堕ちており、狂乱の魔物と魔王の激毒がすべてを狂わせた。
主要戦力のはずの遠征軍は壊滅。
文字通り、壊滅だ。魔王に勇敢に近づいた奴ほど内臓が腐り落ちて、前線拠点まで戻ることすら出来なかった。
戻れた奴も遠からず苦しんで逝った。
残されたのは武力が満足にない救護団。
そして島が隔離されて、外に出られなくなって5年が過ぎた。
尽きてく物資、減っていく仲間。
じりじりと侵される身体。それでも反撃の機会を伺い続けていた時にアンタたちがやって来た。
うさんくさいだろ。
転移陣でたまたま来たってだけで怪しさ満点なのに、身体のあちこちが欠けてる大怪我を負ってるときた。
一緒に飛んできた白髪の子もえらく衰弱してるしよ。死にかけだぜ、びっくりだ。
だが、我らが小隊長は助けた。
そしたらアンタらが起き上がってこう言うんだ。
『俺らも戦わせてくれ』ってな。
怪しいだろうよ。
でも、小隊長は頷いた。実際、ウチの団は戦力で困窮していたし、クソッタレな魔王を仕留めるならいくら戦える奴がいたっていいからな。
あとアンタの言葉は真摯だったし。
だけど、ここで一つ湧いてくるんだ。
当然の疑問がな。
こんな優男、果たして本当に戦えるのか? と。
だから、頼むぜ、ひとつ。
戦えるとこ見せて、少し小隊長を休ませてやってくんねぇか。
俺らじゃ無理だ。悔しいがな。
◆
「なんでそんな話を僕に?」
個人情報だろう、とルークが疑問をぶつければ、先ほどまで饒舌に喋っていたキンジャールはぽかんとした顔をした。
携帯食料を配布するという天幕の中は、多くの団員が居て、奥で配給してくれる前掛けを付けた若い子が忙しそうに走り回っていた。
「なんでって、戦うんだろ? じゃ、いつ死ぬか分かんねーじゃねぇか」
確かに戦場ではいつ死ぬか分からない。
大丈夫だと思ってた人が、一瞬の油断で首に一撃を引っ掛けられ、血管から血を吹き出して沈んでいくのを見たこともある。
列が進んだのを確認して、キンジャールとルークは一歩前に出た。
「ここら辺はランクDオーバーが普通に出やがる」
キンジャールは小柄な身体を生かして斥候のような役割をしているようだ。一番最初に死ぬのはきっと彼だろう。
「手遅れの前に、知っておいてもらいたくてな。いちおう、小隊長の指揮下で動くんだろ、じゃ、命預ける人のことは知っとかないと」
指揮官の来歴を知って、命を預けるか預けないかを決める。
そういうならわしがある事をルークはなんとなく思い出した。遠い国の出来事だと思っていたら、いつのまにか目の前に来ていた。
「俺らは知ってる。アンタらは知らない。だから教えた。カフチェクの流儀だな、アンタから見たら変かい?」
「いや…………あー、うん。やっぱり、びっくりはするよ」
苦笑いしながら勇者が言えば、キンジャールはからからと笑って短剣を吊る革を締めた。そして携帯食料の入った四角い手のひらのほどのブロックを受け取る。外側は植物の葉っぱで巻かれていて、中の栄養食を保護しているのだという。北の国ならではの保存の仕方にルークも興味深げに受け取った。
時刻は昼前。外は曇り。
もうすぐルークとカランコエが参加する初めての作戦が始まろうとしていた。
◆
「ランク?」
ベルトに吊り具を付け、腰回りの装備品の調整をするルーク。装備を調整する道具があるテントは地面が土のままで、あたりに木箱だったり、砥石の破片が転がっていた。隅に座り込んで調整するルークの横でカランコエは不思議そうな声を出した。他に人はおらず、みんな早々に点検は終えているようだった。
「知らない?」
「しらない」
テントは地面に立てた支柱に丈夫な布を貼っただけのものだ。雨から道具を守る目的のものなので隙間風が時折肌を撫でる。カンテラ一つだけ吊るされた中はあまり明るくはなく、カランコエの白い髪がすこし闇に沈んで見えた。
普通であれば、戦闘前の点検では剣の鞘との噛み合いに緩みが無いかとか、留め具の革が割れていないか、刃こぼれはしていないか光に翳して点検をするのだが、ルークは戦い方からして防具の点検がメインだった。
普段から点検をしている防具は今できる万全の状態で、早々に確認が終わり暇が出来たルークは、よし、と近くにあった木の棒を取り、地面にEからSまでの文字をガリガリと書き出した。
「いいかい? 一般的な兵士1人が鎧を装着して対処できるものをランクEとするんだ」
【F】場合によっては訓練を積んでいなくても対処可能。(粘獣など)冒険者は銅級下位。
【E】一般的な兵士1人が鎧を装着した状態で対処できる。(小鬼など)銅級。
【D】対処に小隊規模が必要な場合がある。(青蛙、森狼)銀級。
【C】対処に中隊規模以上が必要な場合がある。(吸血獣など)街レベルの対処が必要。銀級上位。
ルークはここまでを書き足しながら説明すると、一本線をジャーと引いた。ちょうど【C】と【B】の間の位置だ。
「ここまでが常識で対処できるラインだ」
「そこからは?」
カランコエが聞く。
ルークは地面を見つめ棒で文字を書き加えながら言った。
「人外だよ」
【B】対処には英雄クラスが必要な場合がほとんど。魔王は最低このランクから。国家として対応しなければならない。金級。
【A】英雄ですら対処不可な事がある。複数の国家連合で対処する。(上位の狂精霊)
【S】討伐例無し。もしくは著しく困難。(絶対討伐種)
「こんな風に分けられているんだ」
ルークは地面に描いたランク表に満足げな声を出した。
「場合によってはランクにプラスマイナスが付くんだよ」
ここは難しいかもしれないが、大事なところだ、と意気込みガリガリと書き加えていく。一通り終わった後、横に白い髪の魔女が居ないことに気がついた。
「カランコエ、聞いてる?」
「ええ、もちろん」
声は後ろから聞こえて来た。どうやら文字を書いていたルークの背後に回っていたようだ。ルークは納得して続ける。
「+は状況によっては大きく脅威度が上昇する可能性があるもの。−は未成熟な個体などの理由で脅威度がランク帯下限に近いものを指すんだ。もちろん一概には魔物の特性で言えないけど、最近では生息地によって分類を変えようっていう動きが──カランコエ?」
返事はない。
気がつくと、後ろの髪がすこし引っ張られる感触があった。カランコエだ。ルークは話を聞いてるならいいか、と更に続けた。
「あ、あと人語を解するものは無条件で+が付くよ。危ないからね」
「魔女は?」
ひょっこりとルークの顔の横から地面の表を覗き込んできた魔女に勇者は考え込む。魔女は事例が少ない。魔物図録にも登録されているものはかなり古い記録だろう。
だが頭の片隅にあった記憶をどうにか引っ張り出して、告げた。
「魔女は……基本ランクB+からだね。場合によってはA+まで行った」
「じゃあ、ヒトは? 大体が人語を解するでしょう? そこそこかしら」
カランコエはなんてことないように聞いた。
ルークは思わず手を止めてしまう。ヒト。人間だ。それを“討伐”のランクに当てはまるなど考えたことはなかった。
だが──
「それは…………ここらだったと思う。強い人間は、手強いから」
棒でFからBまでをなぞる。地面と木が擦れる音がした。
人はきっと、
「あるの? 人を討伐したこと」
さぁ、と風が吹く。テントの布を揺らし、隙間から侵入して中にあった飾り紐がゆらゆらと揺れる。
この島の風は故郷とは違い、湿って、冷たかった。ルークは防寒のための外套の襟を立てる。それでも冷気は身体に染み込んで来るようだった。
「…………あるよ」
喉が張り付く不快感。
腹の奥で胃液がどこまでも落ちて行くような感覚。
短い沈黙。
「そう」
素っ気ない返事。
背中の重みが離れたと思ったら、カランコエは興味なさげにテントの入り口を捲り、別の天幕へと歩いて行くところだった。ルークも立ち上がり、服の裾についた砂を払う。
「まぁ──ひとも、まものも、かわらないわ。べつに」
ぽつりと呟かれた発言はとても小さなものだったが、ルークにはキチンと届いた。勇者は少し眉を下げて、笑った。
「ありがとう」
カランコエは答えない。
それでもいいとルークは思った。だから気を取り直して、ベルトを締める。間も無く
「あれ」
違和感があり、触って確かめる。
「三つ編みにされてる」
存外器用な魔女さまだと思った。
◆
「総員傾聴! 只今から開始する作戦の概要を説明する」
びりり、と透き通った声が体の芯に突き抜ける。
場所は団の前線基地にある広場だ。今は白布小隊の15人と周りに出発の準備の補佐をする団員が集まっていた。一段高い場所に立ち声を上げるのはアスナヴァだ。
「とは言っても、いつもと同じだ。確認のつもりで聞け」
いつもと同じなのにわざわざ言ってくれるのは、この場にいつもと違うルークとカランコエがいるからだろう。
びゅうびゅうと島の風が吹いて冷たい。他の団員は防寒に軽鎧の下に毛皮の当て布をして対策している。ルークも貰ったが、既存の装備との噛み合わせがどうにも悪く、諦めた。
「我らの最終目標は、病魔を撒き散らす元凶『病体の魔王』の討伐である」
周りにいる団員はリラックスしているように見えて、目は醒めていた。あれは休憩のための脱力ではない。最大効率で力を出すための体の使い方だった。
「彼奴はこの島の反対、臨海部にある洞窟を根城としている」
横に来た、準備を手伝ってくれる団員が白い布を手渡してくれる。刺繍が入った防毒布だという。呼吸する部分に巻くのだろう。空気中に微細に混じった毒を、戦闘という激しい運動の最中に吸い込み過ぎないためのもの。
若い団員はどこかぎこちなく2枚の布を渡し、ルークが一枚戻した。
「……? お二人の分ですが」
「この子の分は大丈夫」
団員は不思議そうな、理解できない顔をする。
カランコエの能力はまだアスナヴァと白布小隊以外には伝えてなかった。魔女というのは討伐対象の存在だから。無用な混乱は避けるためだった。
「島は既に“氾濫”で危険な場所となった。湧水は毒となり、動植物は魔物へと転じた。雨は身を削る弾丸となり、常識は通じない」
アスナヴァの声に力が入る。
瞳は真っ直ぐ光を反射し、曇り空の中でも霞まない水晶のようだった。綺麗だな、と素直にルークは思った。意志の強さが彼女の瞳を輝かせている。
「当然、魔王への道も阻まれている」
ふわぁ、と隣でカランコエが欠伸をした。
最初に茸の魔王を討伐した際に無理をし過ぎて、人の状態で居るのは疲れるようになってしまったのだという。
ルークは眠気覚ましにポンポンと魔女の頭を叩いた。
「我らの任務はひとつ。魔王へと続くルートを開拓すること。今回の活動限界は二日とする。帰投まで含めて、だ。それ以上は身体が持たん」
最後にアスナヴァがこちらを見る。
二つの瞳がルークを貫く。いつの間にか、あたりにいた団員は戦闘態勢を整えていて、ギチリと鉄と革が擦れ合う音がした。
「特別戦力、期待している」
周囲の視線が集まる。質量さえ感じられるほどの空気感。
ルークとカランコエという“未知の戦力”が吉となるのか凶となるのか。見極める戦士たちの只中。
はい、と答えて最初の任務が始まった。
勇者の力を見せつける時だ。
【New】▶︎魔王までの道の開拓
| 『追放勇者』ルーク Lv.31 | 『魔女』カランコエ Lv.17 |
|---|---|
| スキル▼ 『一刀の加護』 『天秤の加護』 ・身体強化魔術 ・生活魔術 ・初級水魔術
状態▼ 追放(ソラナム王国) 契約(魔女カランコエ) 鍛造『勇者ルーク』 称号▼ 『魔王討伐者』 | スキル▼ 『鍛造の魔法』
状態▼ 契約(勇者ルーク)
称号▼ 『姫を怒らせしもの』 |