おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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14話 剣に滲むもの

 

 

「各人、再度、防毒布の点検をしろ」

 

 ひゅうと風が吹く、曇り空。

 救護団の前線基地から30分ほど歩いた位置に、その森はあった。黒い幹が大人が両手を回したよりも太く生えている。魔王の毒で狂った静かな森が。

 

「カランコエ」

 

 ルークが一声かけると、腰に収まるのは白く控え目な装飾のなされた一本の剣。周囲にいた白布小隊の団員がおお、とどよめく声を上げた。

 


 陽光歴587年 9月20日 時刻 11:20

 天候 曇り 

 

 白布小隊 15名 +2名(ルーク カランコエ)

 ツヴェート救護団前線基地出発。

 

 目的 ▶︎魔王へのルート確立。


 

 

 現在の森はおよそ17キロほど続く。その後、島の中央にある山に辿り着き、山を越えると島の反対側に出る。魔王は島の反対にある臨海部の洞窟にいるとの事だった。救護団は現在山越えを成し得ていない。

 

 アスナヴァ率いる白布小隊は、ルート確保のために集められた小隊だ。

 

「キンジャール、ビノークリ頼んだ」

 

「おうさ」

 

 アスナヴァの指示で2人の男が森の奥へと先行して入って行く。ひょいひょいと飛ぶように先を進む2人の姿はすぐに見えなくなる。斥候だ。ルークは感心しながら見送った。

 

「では、総員、周囲を警戒しつつ進むぞ」

 

 5分の後、アスナヴァが号令をかける。

 それに合わせて12人の団員とルークは前進を始めた。

 

「おう、勇者さんよ。森に出る魔物は覚えたか?」

 

 ルークは集団の後方だ。散らばるように進む救護団の中で、横にいた禿頭のシラーチが話しかけてくる。

 

「はい、大体は」

 

「頼もしいな」

 

 副隊長を務める男は歯茎を出してニヤリと笑った。

 ルーク一行は森を歩き続ける。遠くで何か分からない音が時折聞こえる。その度に一団の警戒が跳ね上がった。この森は人類の居場所ではない。

 

 大きな木が日光を遮るからか、森の中は意外と歩きやすく木と木の感覚は数メートルほどだ。ルークは硬い木の幹を時折叩いては確認をする。足場にしても問題はなさそうだ。その分、叩きつけられると最悪背骨がダメになるだろうが。

 

 

 森に入って少し進むと、一気に暗くなったように感じた。空を見上げると、針葉樹の枝が四方に伸び空を狭く切り取り、進む者を閉じ込めているようだ。

 

『おおきな森ね』

 

「そうだね。全部が、大きい」

 

 地面を踏み締める。ひやりとした冷気が漂う森の地面は思ったよりも渇いていて、乾いた木を踏みつけたような感触を靴の裏に返してきた。ルークの知っている森は腐葉土が多かった。だから、こんな地面がふかふかとしていない森はどこか異質に感じる。

 

 湿った風が吹くたびに、上の方で葉が擦れ合う。鼻に感じる匂いは土の深いものと、どこか獣の臭さがあった。

 

 

 ◆

 

 

 歩き出して1時間ほどしたころ。

 集団の前方を歩いていた若い男の団員が鼻の上に皺を作り、眉間に力を込めた。

 

「臭いっす」

 

「確かか?」

 

「はい、ちょうど前方……」

 

 アスナヴァが尋ねる。若い男の団員は鼻を腕で覆って前を指差した。周囲の団員たちが次々と武器を抜いていく。ルークも剣を抜き、構えた。

 

「どんな匂いだ」

 

 アスナヴァが小隊を見渡しながら聞く。周囲は三十メートルは越える木が生え、少し下が坂道になっている場所だ。立地が悪いな、とルークは思った。坂の上から襲われると不利だ。

 

「匂い……臭い…………これは」

 

 周囲に緊張感が高まって行く。

 斥候に知らせを届けるための魔術をベテランの女性団員が組み上げて、キュリキュリという独特な高い音が森の中に吸い込まれていった。その時、アスナヴァに尋ねられていた鼻の良い若い男があっ、と声を上げた。

 

 

 

 

「腐臭だ」

 

 

 

 瞬間、ドンというくぐもった炸裂音と同時にルークの少し前方の地面が弾け飛ぶ。何人もの団員が吹き飛ばされて、運の悪いものは木の幹に叩きつけられ、空気が抜けるような音を立てた。

 

森林大蛇(リェスズミヤー)だッ!」

 

 土煙が薄れて、弾けた地点にあったのは深い苔のような光沢のある鱗。その一枚一枚が戦士の盾ほどの大きさで、シュルルと紙と紙を擦り合わせるような独特の鳴き声が響いた。

 

「退けっ!」

 

 凛とした声が響き、1人の女性が大蛇の顎下に飛び込む。蛇の頭は人間の大人一人分程のサイズで、簡単に人ひとりなら丸呑みにしてしまうだろう。そんな蛇に彼女──アスナヴァは細剣を引き絞り、蛇の眼球目掛けて射出した。ジャリという剣と鱗が擦れる音がして、大蛇の馬車ほどの頭が跳ね上がる。

 

「SHhiiii!」

 

「小隊長!」

 

 少し離れた所でシラーチの声がする。

 

「陣形を組め! ()()()()()!」

 

 アスナヴァは叫ぶように答えて、飛び退いた。言葉の通り、蛇の瞳の少し上に擦ったような傷跡が鱗を溶かすように一本入っているのみだった。

 

「加勢を……」

 

 しようと、ルークが剣に手を沿わせ、やめた。陣形は既に出来上がっていた。

 一際体格のよいシラーチが大剣を掲げて、アスナヴァばかり見ていた蛇の横っ腹をぶっ叩く。鱗が非常に硬いのか、滑るのか、大剣は蛇の腹の横を走って地面に突き刺さった。だが衝撃はあった。

 

 威嚇するように蛇が尾を横薙に振る。それだけで巨大な岩が地面を削るようにあたりを薙いでいった。至近距離に居たシラーチはモロに薙ぎ払いを喰らう直前、タワーシールドを構えた団員が割り込み、2人同時に吹き飛ぶ。

 

「shhz!」

 

 蛇が首を吹き飛んだ2人の方に向け、牙を剥き出しに吠えた。

 今にも飛びかかり、シラーチと大楯の男をまとめて丸呑みにしようと首を動かした瞬間、横っ面に人の腕ほどの太さの氷の槍が飛んで砕け散った。

 

「Hsss!」

 

 蛇の頭が揺れる。

 発射地点に居たのは、護符や杖で武装していた老齢の魔術師の男。彼の周囲の地面は冷気が地面に這うように広がり、背の低い植物が白く霜を下ろしていた。

 

「手練れだね!」

 

 蛇と位置を調整しながら機会を伺っていたルークが声を出す。ずいぶんと人材が豊富な救護団だ。

 

 勇者は邪魔にならない位置に移動を続ける。すぐに斬りかからず、観察に徹しているのは、ルークという存在で白布小隊の連携が崩れることを危惧しての事だった。もちろん、危険な状況になればいつでも飛び出そうと考えていたが、杞憂のようだった。

 

 魔術師の方に苛立ちを込めた視線を向ける大蛇は、ガパリと口を開いた。顎関節を無視したその動きは壊れた蝶番が限界を超えて開くようで、背筋に薄寒いものが走る。

 やがて大蛇の白い喉奥に翠の線と独特の風切り音が聞こえてくる。あれは紛れもなく──

 

「ブレスだ、防護を!」

 

 タワーシールドを背負っていた男が叫んだ。

 魔術師の男が杖を前方に構えて対抗魔術を編もうとするが、間に合わない。ルークがいよいよか、と飛び出そうとした瞬間、木の上から大柄な人影が降って来た。

 

「こっちだデカブツ!」

 

 バコン、と音を立てて()()()()()大剣を打ちつけたのはシラーチ。彼は自身から注意が外れた瞬間木の途中まで登り、重力加速もつけて剣を叩きつけた。剣の質量は、鞘のおかげで滑る事なく蛇の上顎に衝撃を伝え、強制的に閉じさせた。

 

「GOAA!?」

 

 濁った音がして、蛇の口から喉にかけてが一瞬膨らむ。ブレスが中で炸裂したのだ。行き場を失った魔力が蛇の口腔で暴れ狂っているのだろう。シラーチは激しくのたうつ蛇の頭から飛び降りると剣を構えた。

 

「gggh」

 

 大蛇は逃げるように、太い幹に、同じくらい太い胴体が巻き付く。蛇の顔面の位置はどんどんと高くなり、10メートル上から縦に裂けた瞳孔がシラーチを捉えた。

 

「そりゃ、お前も木の上に登るよな」

 

 ペロリと唇を濡らすように、体ほどの大きさの大剣を構えた男は笑った。すぐ横にはタワーシールドの男も前方に盾を構えて準備に取り掛かる。

 

「──a」

 

 わずかな呼吸音。

 そのすぐ後に、大蛇が全身の筋肉を躍動させ体重と重力加速でシラーチを轢き潰そうと突っ込んできた。まるで意思を持った土石流のようだ。

 タワーシールドの男も構えるが、あんな大質量防げるわけがない。

 

「──小隊長」

 

 だが、盾の本命は守る事ではなかった。

()()ことにあった。

 

「待っていたぞ」

 

 タワーシールドの影から現れたのは、髪を乱しながらも凛とした雰囲気を失わない細剣の使い手。

 アスナヴァ=ニイが剣をたわめ、突っ込んでくる大蛇を見据えた。

 

「お前が突っ込んでくるなら、外すこともない」

 

 金属が高く鳴る音がして、大蛇は狙いを僅かに逸らしてシラーチとアスナヴァの背後に墜落していった。その頭部には円形の孔が煙を上げながら穿たれていた。

 

「すごいな」

 

 ルークは素直に感心した声を出す。

 アスナヴァが警戒を解かず、周囲の被害状況の確認を始める。大蛇の初撃で負傷した団員が少なからず居たようだ。

 

 ひとまず移動と休憩を。

 そこそこの規模の戦闘で消耗が激しい。

 

 そう思った時、ルークが事前に待たされていた木のアミュレットが震える。斥候からの危険を知らせる信号だ。

 

 アスナヴァは歯噛みした。

 大物の連戦だ。魔術師はクールダウンが必要だし、シラーチも打撲で内臓を痛めている可能性が高い。他の団員もサポートをやっていたが、まだ立て直しが効いていない。

 

 

「僕が出ます」

 

 

 だからルークが剣を抜いた。

 周囲の団員は心配そうに、まだ戦闘力を見せたことのない青年を見つめた。

 

 

 やがて森の奥から枝をバキバキとへし折って現れたのは、鹿だ。

 ただし、サイズが規格外の。

 

『まあ、大きい』

 

 カランコエが震えてルークに言葉を伝えた。

 勇者はそうだね、と相手を観察した。

 

 相手のサイズを表すなら、大人3人が縦に必要だ。つまり、6メートル以上。左右に枝のように広がる角を含めれば8メートルは越すだろう。もはやそのサイズは二階建ての石造りの家が意思を持って迫ってくるようなものだ。ルークは家と戦う経験はないな、と思った。

 

「HOHOHO」

 

 鹿がニヤリと笑う。口元は人のような臼歯が並んで、茶色くところどころが変色していた。

 

 パリ、と音がする。空気が局所的に魔術の影響を受けた音だ。

 鹿の角が光り、周囲の地面が隆起して蔓が暴れ狂う蛇のようにルークに殺到する。周囲の植生を狂わせる魔術だ。

 

「ふっ──」

 

 だがルークは一歩、むしろその蔓の中に飛び込む。

 最初に打ち据えようとしてきた一本を腰から連動させた袈裟斬りで両断する。太いところは女性の腰ほどもありそうな蔓だが、ルークの剣は赤黒い軌跡を残しながら見事に両断した。

 

「すげぇ」

 

 誰かが呟く。

 再度足を払うように振るわれた蔓と腹の中央を突き刺すように同時に襲って来た攻撃に、ルークは走りの勢いのまま地面に剣を突き刺し、棒高跳びのように飛び上がった。

 

「HOU!」

 

 流石にこれは想定外だったのか、鹿の魔物は喉から驚きに似た鳴き声を発する。だが再びニヤリと笑うと、角を輝かせた。

 

 乾いた音がして、空中のルークを突き刺そうと今度は周囲の木から枝が伸び、針のように突き刺そうとしてくる。空中で逃げ場がないと知っているのか鹿は太い首を振動させて笑った。

 

 だが、ルークは何もないはずの空中を()()()()鹿の方へ突っ込んで行った。目を凝らせば分かったはずだ。ちょうどルークが足場にした地点に空気のように透明な剣が鍛造されていたことに。

 

「どっち」

 

『右』

 

 鹿は弾丸のように突っ込んできた勇者に驚き、首を放って体の向きを変え逃げようとする。だが、ルークの方が早かった。体を器用に捻り、運動エネルギーを余す事なく両の腕に伝え、一回転しながら剣を切り下ろした。

 

「GAAA!?」

 

 空中に舞ったのは、鹿の巨大な右の角。

 骨のように白く、魔術の触媒となった発動器官は切り取られた。

 

 そして──

 

「G」

 

 という短い音と共に鹿がその巨体をぶるりと震わせて、力なく脚から崩れ落ちた。喉元には一本、勇者の剣筋が残っていた。

 

「ふぅ」

 

 そうして長い跳躍から着地した勇者は周囲に警戒を広げた。しかし何もないことが分かると腰に剣を戻した。

 そして鹿との戦闘の余波を警戒していた団員の元に歩いて行く。

 

「あれ、すごい静かだ。なんかダメだった?」

 

『さあ。わたしに聞かないで』

 

 あまりに静かだったので、何かやらかしたかと内心汗をかきながら戻れば、団員たちは皆目を丸くしていた。

 特に禿頭で体格の良いシラーチはルークが近くに来るなり、視線を鹿とルークの間で行き来させた。

 

 そして。

 

 

「お」

 

 

 

 

「オオォッ! やるじゃねぇか、優男ぉ!」

 

 わっと、ルークの戦闘を見舞っていた団員が湧き立った。

 

「……流石に、驚いた。戦えるか疑問だったが、君がここまで強いとは……。いや、戦闘に()()()()()」 

 

 周囲の環境分析を主な任務としている眼鏡の団員が、ツルの部分を押し上げながら呟いた。

 

「いや、ホント! お前すげえよ! 首都の軽業師みてぇな動きを実戦でする奴がいるかよ!?」

 

 医療知識を中心に修めている若い団員は興奮したように頬を紅潮させる。手に持った包帯がぱたぱたと揺れた。

 

「あのひと、空中、踏んでませんでしたか……?」

 

 装備点検の女性団員が別の団員の鎧をいじりながら冷や汗をひとつかいた。ドン引きである。

 

 だが、とにもかくにも殆どの団員がルークの元に集まり、その強さを讃え笑っていた。中心にいる勇者もまんざらでは無さそうな反応だ。その中、アスナヴァだけは氷のように澄んだ瞳で、悲しそうに勇者を見ていた。

 

 

「いったい、どれほどの……」

 

 

 他の団員に囲まれて、頭をぐりぐりと乱暴に撫でられて、嬉しそうに、くすぐったそうに笑う青年。

 優しそうな男だと思った。目元の穏やかさや、よく手入れされた長い髪は温和な印象と几帳面な真面目さを伝えてくれた。人の話には目を合わせて聞き、相槌は邪魔にならず、かといってしっかり聞いてることが分かるような声。笑顔をよく見せ、相手との壁を取り払おうと努めているのが分かる人懐っこさ。

 

 いい青年だ、と思った。淀んだ島に不似合いなほど、爽やかな子だと感じた。

 出来るなら、生きてこの島から出してやりたいと思うほどに。

 

 そんな風に思っていた。

 

 

 

 だが、戦い方だけがひどく血生臭い。

 

 普通はあんな、一歩間違えれば死ぬ戦い方をしない。

 安全を念頭に置いて戦う。だけど、彼は危機に対して更に一歩深く踏み込む。相手を斬りに行く。あれはまるで──

 

 

「君」

 

「あっ、アスナヴァさん。なんでしょう」

 

 人の輪の中から髪の毛をぼさぼさに乱してルークがやってくる。

 アスナヴァは上から下までジロリと勇者の体を見渡した。

 

「怪我や損耗は?」

 

「ありませんし、腕の一本くらいなら気にしないで下さい。この前見せた通り、僕は平気なので」

 

「そうか。──何かあれば」

 

「はい」

 

「言えよ」

 

 そうして踵を返す。

 休憩の地点を探す指示を団員に出しながら、彼女は腰に吊るした剣をキュッと握った。

 

 背後では再び勇者が讃えられる声がする。その声を聞きながら、アスナヴァは指示を続けた。

 

 握った剣はひたすらに、冷たかった。

 

 

 

 

 

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