おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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18話 『病体の魔王』討伐戦、前夜。

 

 

 時刻は深夜近く。

 

 島では海から吹き抜ける、湿った凍える風がテントの布をばさばさと揺らしていた。

 

 普段であれば見張りの団員を残し、眠りにつく時間帯だ。

 だが、今日に限っては前線基地全体がうっすらと目を覚まし、表面上の静寂は保ちつつも、鉄火場のような熱気がむわりと立ち上るようであった。

 

 それもこれも、ボロボロになりながら帰還したとある小隊が届けた一報によるものであった。

 

 

 

『魔王への道が見つかった』

 

 

 とある団員は宿営用のテントの中で、横になりながらも眠れず、毛布の中で沸る衝動に自身の杖を握った。

 とある団員は用便のために起きるフリを装って、凍える風が吹く外を見上げながら隠し持っていた嗜好品の煙草に火を付けた。こうでもしないと、身体が火照り寝つけそうになかった。

 とある団員は見張りの最中、横の団員に尋ねた。『聞いたか、ついに始まるらしい』声をかけられた団員は神妙に頷いた。『やっとだ』

 

 

 

 

 ツヴェート救護団の作戦会議用テントにて、タポールは報告を受けていた。

 

「よって、白布小隊が発見した通路により、想定していた以上の作戦が実行出来そうです」

 

 薄い板に島の地図を挟み込んだ図表を示しながら説明するのは、白衣を着た几帳面そうな男性。彼が副団長であり、情報統括の立場を取っていた。タポールは頷く。

 

「そうか、アイツら頑張ったなぁ。そんじゃあ、作戦、実行すっか」

 

 あまりに軽い調子で。

 しかし、副団長の男は咎めることはしなかった。

 力及ばず、斃れていく団員を見送るたびに歯が割れんばかりに感情を抑えていたタポールという英雄が、どれほどの思いでこれまで待っていたのか知っていたから。

 

「では──」

 

 すぐに準備に取り掛かる。

 そう、平坦な声で副団長が言おうとすれば、タポールが肉食獣のような目を見開き言った。

 

「ただし」

 

 その声は静かな雷のように。

 腹の奥まで響く。副団長は開きかけていた口を閉じて、ただ続く言葉を待った。

 

()()()()で、だ。後に残るもんはねぇ。ここでキメねぇと、もう終わりだ。お前も覚悟を決めろ」

 

 タポールの巨体から熱が発せられる。

 巨体を覆う、未だ衰えを知らない筋肉がぎちぎちと音を立ててテントの中が一段と狭くなったような気がした。戦場に立った事のないものなら、これだけで気を失ってしまいそうな、野生の獣の威圧感。

 

 だが、副団長の男はひとつくたびれたように息を吐いてタポールを見やった。

 

「そんなもの──当たり前だ」

 

 そして、彼もまた、冷徹な文官のような見た目とは裏腹に、獰猛に笑う。白衣の奥に漂う、熱を感じながら。

 

 どれだけの仲間が、死んだと思っている。

 どれだけの時間、臥薪の思いを過ごしたと思っている。

 

 今だ。やっとだ。

 やっと、ここまで団員はチャンスを作ってくれた。

 ならば、腹は何年も前から決まっている。

 

「そろそろこの島を解放しねぇとな」

 

 タポールが戦斧を担いだ。

 2メートル近い彼の身長と同じくらいの規格外の獲物は、ぬらりと照明の光を反射して、テントの中の空気をゆっくりかき混ぜた。

 

「終わりの島の、最終作戦だ」

 

 

 カフチェクは冬の国だ。

 カフチェク人は大柄の熊のようだ。

 

 カフチェク人は大酒飲みでよく笑う。

 カフチェク人は厳しい冬を肩を寄せ合って乗り越える。

 

 カフチェク人は野鄙で騒がしい隣人。気のいい野蛮もの。

 だがしかし、ひとたび仲間が害されれば。

 

「その頸、ぶち切ってやる」

 

 カフチェクの民は敵を斃すまで諦めることは無い。

 今に思い知らせてやる。我らカフチェクの受けた熱を。

 

 

『明朝に全装備を整えて、集合せよ。それまでは、十全に身体を休めよ』

 ツヴェート救護団全体にその伝達が掛かったのは約十分の後だった。

 

 ◆

 

 

 

 

 

「よう! お前ら! よく眠れたか?」

 

 

 翌日の早朝。

 凍える風がさらに冷たい時間帯。

 

 タポールは全員が集合した広場の前で、台に乗って大声をあげた。

 

「まあ、別にどうでもいい。どうせ、次に寝るのはこの島の固くて冷てぇ地面なんかじゃねぇからな」

 

 見上げる団員たちは既に堪えきれないといった顔つきで、時折装備の擦れる音が響き渡る。ルークとカランコエもその中にいた。興奮の前の微睡のような瞬間だ。前線基地の動ける人員が一堂に会したこの場所は、それだけで熱が籠っていた。

 

 タポールは満足げに戦斧の持ち手を握る。

 そして、大口を開けた。

 

「ワシらが次に寝んのは、本国の、固くてあったけえ酒場の床だ」

 

 

 おお! と拳が突き出される。

 鬨の声が低音の地響きを伴ってあたりに伝播していく。膨れ上がっていく。

 

 タポールが、ガツンと斧の石突を台に叩きつけた。

 それだけで石材の台はヒビが入る。鬨の熱が一度静かになって、それは視線の強さに転化してタポールを見つめた。

 

 樽のような腕と永久凍土のように分厚い胸筋を持つ共和国の英雄は腹に響く声で告げた。

 

「これより、ドゥシアー島中央にある洞窟を通り、島の反対側に攻め入る。見積もりは1日。それで、方を付けるぞ」

 

 

 

 

 

 

「ワシらで『病体の魔王』を討ち取り、島を解放する。では全体──進撃、開始」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 流れるように行進は始まった。

 先頭に、直接敵と戦う小隊。その後ろに補助を担当する小隊。

 接敵する小隊をサポートする小隊が補助を掛けながら進む。

 

 目指すはアスナヴァが報告した島の反対へと通じる隠されていた大洞窟。

 

 この洞窟を報告する時に、ルークとアスナヴァはかつての魔王の分体と接敵した広場をおおきく迂回して通ってきたが、タポールは最短距離を指示した。

 

 

 すなわち、一行は、あの広場を目指して進む。

 

 そしてついに。薄く腐敗臭の漂ってくる白布小隊の全滅した地点に辿り着いた。

 

 

 

 周囲に敵影はない。

 ただ、散発的に倒れた団員が砂を被って転がっていた。

 

 

 鼻をつくすえた臭いを感じながら、タポールが一歩、広場に足を踏み入れた。

 

 そして、すぐに真横の木の上から降ってくる。

 

 

【おぎゃあ】

 

「ふむ」

 

 

 真っ黒な瞳から血を流す赤ん坊。

 魔王の分体がまるで抱っこをせがむようにやってきた。

 だが得るのは抱擁ではない。与えるのはただの病体。

 

【きゃふ】

 

 病──▶︎ 発症

 

「そうか」

 

 タポールはそう呟いて斧を振り下ろした。

 たったそれだけ。無造作な振り下ろしは地面に突き刺さり、あたりを揺らした。赤ん坊はその下で黒い液体をまわりに飛び散らせて四散する。共和国の英雄にさしたるダメージはない。彼は自身の身体を一度見渡すと、ぐるりと太いくびを回して後ろに向けた。

 

「おい、どうだ! ()()の方は!」

 

 タポールの背後から現れたのは15人の団員たち。

 彼らが防毒布で隠した口元は、みな赤く汚れていた。

 

「問題ありません。内臓をやられましたが、回復しました」

 

 代表で一人の男が答える。

 タポールは頷いた。

 

 

 ──ルークとカランコエの契約の効能の一つには、お互いのダメージのフィードバックというものがある。

 ルークが受けた物理的ダメージはある程度カランコエが請け負い、カランコエの魔法行使による内臓系や神経系へのダメージはルークがある程度受け止めている。

 

 兎にも角にも、そういうものが世の中にはある。

 そして人々は編み出した、ひとつの魔術と戦術。

 タポールを中心として展開する“献身魔術”。口さが無いものが称するは“生け贄魔術”、“押し付け魔術”。

 

「人間一人をぐずぐずにする病も、()()()()()()()即死はしねぇ」

 

 

【おぎゃあ】

 

 木の影から新たに現れた分体が、タポールの隙をついたとばかりに飛び出してくる。赤ん坊が無色の波動をタポールに向けた瞬間、彼の背後にいる5人の白衣が吐血した。

 

「いつでもおんなじ手が戦場で通じるとでも?」

 

 甘すぎるな、と言って無傷のタポールは斧で怯える魔王の分体を砕いた。血を吐いた団員たちはすぐに治療が施される。その異常な光景に異をとなえるものはいない。誰も彼も、ただ一つの目的のために動く。

 

 

 

 過去に戦場で英雄を最大効率に使()()()()ために編み出された戦法。救護団ではまず思いつかない。その実、タポールは元々救護団の団長では無い。島を隔離すると判断を下したのは軍事顧問だったタポール本人だ。極めて冷静に、被害状況を見て損切りをした。島に生きている救護団がいると知っていながら。

 

 

 老齢の英雄は隔離が完全に完了する前、自ら終わりの島にやってきた。

 タポールは血生臭い人間だ。

 

 

 

 三重円の分散隊形。

 中心の一人が接敵をし、受けるダメージは控えている団員が肩代わりして分散し受ける。そして最外円にいる団員がすぐさまダメージを肩代わりした団員たちの治療を行う。

 

 

 三重の円陣が、呼吸を合わせて波打つ。英雄を心臓として、病は外側へ流れ、外側の傷は、さらに外の手が癒す。

 まるで巨大な臓器のように、彼らはひとつの身体となることを選んだ。腐っていくのは末端から。最後に動きを止めるのは心臓だ。

 

 

「うははははッ!」

 

 タポールが笑う。

 血に酔ったように、タガが外れたように。

 

 

 魔王の“病を末期状態で押し付ける”攻撃に、正攻法で対処するのではなく、真正面からぶち破る。

 誰がお前のステージで戦ってやると言った。

 タポールの歯が外気に晒された。

 

 

 

 この戦法を実行できる条件は三つ。

 

 一つ、敵対するものを短時間で倒せる実力あるものがいる事。

 二つ、ダメージを肩代わりするのに十分な人員が常に揃っていること。

 三つ、肩代わりをした者を問題なく治療できるものが揃っていること。

 

 一つ目の条件は、タポールがいた。英雄タポールが。

 二つ目の条件は、白布小隊が発見した洞窟により多くの人員を一度に移動できるようになり、実現した。

 

 そして三つ目。治療することができる人員の十分な数の確保。だが忘れてはならない。彼らはツヴェート()()()。元来は、救うこと、人を助けること、癒すことを目的とした組織であるが故に。

 五年間、隔離処置され、見捨てられた島で命をすり減らしながら回復の研鑽を積み続けてきた者たちが故に。

 

 ダメージは受ける。だが、受けた側から治してしまう。命尽きるまで。

 これこそが、医療、治療にもともと特化した組織が編み出した対、『病体の魔王』への狂気の対抗戦法であった。

 

「気合いで生きてきた救護団、なめんなよ、魔王風情が」

 

 タポールはそう吐き捨てると、近くにあった腰ほどの岩に斧を振り下ろした。常人では割ることすら困難であろうその岩は、タポールの斧に触れた瞬間、いっそ哀れなほど粉々に、あたりに煙を撒き散らせながら砕けていった。

 その背後には身体の半ばから潰れた魔王の分体。

 タポールの身体からモヤのような紅い蜃気楼が立ち昇ってきた。英雄のエンジンが掛かってきたのだ。

 

 ふん、とタポールは背後を振り返り、五人の団員が膝の力が抜け地面に倒れ掛かっている所だった。だが、すぐさま治療魔術が飛んできて回復する。

 彼は視線を切ると、奥の森に目を向けた。

 

「よぉ、子犬の勇者サマ。そっちはどうだ?」

 

 タポールが広場の奥にある森に向かって叫ぶ。

 雷のような声がビリビリと梢を揺らして、収まった。

 

「問題ありません」

 

 そう、返事をして静かに広場に歩いてきたのは薄い茶髪の青年。

 高揚した様子もなく、怯える様子もなく、ただ淡々と仕事をこなした勇者の背後にもタポールと同じように、ダメージを分割するための団員が10名ほどいた。

 

「残りは?」

 

 ルークは両手に三つづつ、持っていた魔王の分体の首を掲げた。

 タポールは獰猛に歯茎を剥き出しに笑った。

 

「この広場はもう取り戻した。10分の小休止をとる。その後に──魔王に会いに行こうや」

 

 

 ツヴェート救護団は止まらない。

 カフチェク人は止まらない。

 

 怨敵の頸を取るまで。

 

 

 ◆

 

 

 団員は広場に倒れていた腐りかけの死体をすべて1箇所に集め、軽く身を綺麗にして整えた。

 

 腕が取れたものは拾ってあげて、そばに置き、腹を食い破られている者は布をかけて見えないようにする。

 

 少しばかり獣に荒らされているが、すべて食い散らかされていないのは幸いだった。彼らの受けた攻撃が魔王の分体による病の攻撃だったからだろう。少し喰われて、倦厭された。

 

 

 整然と並ぶ、物言わぬ身体たち。言わずもがな、ここで斃れた白布小隊の団員たちであった。

 横に三人、縦に五人と並べられた姿は、棺桶のない墓地のようだ。

 

 

 じゃり、と団員に歩み寄るアスナヴァの口の中で嫌な音がした。妙に現実感のない光景だった。みんな、寝ているんじゃないかと思うほどに。いっそ、驚かせるためのイタズラだと今から起き上がって笑ってくれれば良いのにと考えて、それが妄想だと気がつく。その度に身体から何か大事な力が現実感と共に抜けていく気がした。

 

 

 3×5で十五人。しかし並んでいるのは十四人。最後の一人のところには、アスナヴァが入る筈だった。

 

 彼女は一人一人のそばにしゃがみ込み、挨拶をしていった。

 他の小隊の団員たちは皆、この後の作戦行動について話し合っている。白布小隊の彼らは基地に帰ることができなかった。何か一つでもボタンの掛け違いがあれば、現実は違う結末を辿ったかもしれない。そこまで考えて、冷たい風が仲間の腹から発生した腐敗臭を運んできて、そんなモノはないと突き付けられた。

 

「……そうか」

 

 アスナヴァもすぐに戻るつもりだった。今は死体に(かかずら)っている時間はなかった。

 

「シラーチ……、キンジャール」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ひとり、団員の作戦会議の場所から離れてきたカランコエは白布小隊が安置されている場所まで、足を動かして歩いてきていた。特に考えがあったわけではない。ただ、作戦会議が退屈でルークの腰から抜け出してきたのだ。

 

 カランコエは地面に横たえられた、目を閉じられた一人一人の顔を見ていった。

 

 

 

 禿頭の体格のいい男。ずいぶんと小さく萎れてしまっていた。

 短剣を携えた、小柄な斥候の男。身体が腫れてしまっていた。

 呆れ顔をよくしていた装備を直す女。顔が見つからなかった。

 

 

 そして、顔に傷のある若い男。

 

 あの夜、テント越しに会話をしたひと。

 

「…………ここでおわったのね」

 

 彼は腹の腰から下が何の膨らみも無かった。半端に捲れた布をどけると、脊椎がカカシのように伸びて、脚は見当たらない。手や腕に視線をやると、表皮が破裂した血管で傷だらけだった。少し虫や獣に食われたのか、腹の奥からゼリーのようにどろりとした赤黒いものと、白く蠢くものが見える。酸っぱい匂いが暴力的に周囲の空気に溶け込んだ。

 

 カランコエはおもむろにしゃがみ込むと、なんとなく、少し前に勝手にフルークトという団員を鍛造して怒られた件で、最初につかんだ右手をそっと手に取った。

 

「……?」

 

 手に当たるのは、何かの感触。

 死体の右手は何かを握り込んでいた。

 

 死後硬直のある硬い指を一つずつ解いていけば、中にあったのは一枚のくしゃくしゃのメモ。黒い血の滲むそれをゆっくり開いてみれば、揺れる文字が書き殴られていた。

 

 カランコエは誘われるようにメモをゆっくりと見ていった。

 そこにはこう、書き出されていた。

 

 

 

『アンタなら、見つけると思った。俺はもう、女神さまを信じちゃ居ないが、いまは、アンタのために、祈ろう。それなら、悪くはない。──俺を使え。剣として、俺を使え』

 

 

 まるで、目の前で彼が喋っているような錯覚さえ起こさせる、生々しい文章。あの日に烈火の如く怒られた時の声が思い出されて、今も耳朶の奥で響いている音を聞いた。

 

 なぜ、彼は()()にこのメモを握っていたのか。

 なぜ、こんな内容をわざわざ見られるかも分からないのに最後まで握っていたのか。

 

 カランコエはもう一度、手の中にある皺だらけのメモに目を落とす。

 

 

 

 

 ──アンタなら、見つけると思った。

 

 

 

 疑問が一気に氷解して、カランコエは思わず顔を上げた。

 答えはたった一文に集約されていた。

 

 探すのは、銀の麗人。

 この小隊のトップだったひと。アスナヴァ。

 首を回してみれば、彼女はすぐに見つかった。

 

 そして、気づく。自分は、この目の男の名前を知らないのだ。だから、なんと呼べばいいのかわからない。

 そのことに、カランコエは愕然とする。

 なにも、知らなかった。

 

 カランコエはアスナヴァと目があったことを確認すると、傷のある男を指差して尋ねた。

 

「このひとの、なまえは?」

 

 

ウカーザチェリ(道しるべ)。闇夜のなかでも、仄かな緑風と共に仲間を先導する暖かな光」

 

 

「──そう」

 

 視線を落とす。

 男とは目が合わない。

 

「もっと早くに、きいておけばよかった」

 

 少女はそう呟くと、落ちてきた白い髪を耳にかけて、かつて勇者がやっていたように、右手をつまむような形にして目を閉じ、額に当てた。

 詳しい意味はわからない。由来も知らない。だけど、見様見真似で。カランコエは頭の中で問いかけた。

 

 ──あなたの家族は? すきなものは? なんでこの場所にいたの? 

 

 もう、何一つ聞くことは出来ない。

 冷たくなった口が開くこともない。

 

 そして、ちいさな口で呟いた。

 

「ウカーザチェリ、鍛造」

 

 すると、今までとは違う事が起きた。

 彼の死体は捻れて圧倒的な力で圧縮されるのではなく、彼の体をベンケイソウの小さな花弁たちが覆い隠した。二秒もしないうちに、目の前に人一人分の花畑が広がって、カランコエは唄を歌った。

 

 花の下で金属を打つ鍛造の音がして、さぁ、と風に一斉に花が飛ばされる。風が止むと、夢のようにそこにはもう何もなく、ただ一振りの短剣が残されていた。

 

 カランコエは白い短剣を手に取ると、何かを言うことはなく。ただ、そっと、胸に押し当てた。

 

 

 アスナヴァはその光景をたまたま目撃した。

 白い髪に一房、勇者の色が混じった不思議な魔女は、花畑のなかで短剣を胸に抱えている。

 魔女というのは、この世の道理に外れた化け物。そんな存在が自分の仲間を弔ってくれている。

 

 

(──そうか)

 

 

 つるぎの魔女は、誰かが生きていた証をなにより慈しみ、受け取れる存在だ。だから彼女が魔女になった時、目覚めたのは“敵を殺す”魔法ではなく、『鍛造』の魔法だったのだ。

 

「だから、貴女は()()なんだな」

 

 アスナヴァがすこし濡れた目で言えば、カランコエはキョトンとした顔で頭を傾げた。白布小隊の隊長は『何でもないさ』とかるく笑って作戦会議の場に戻っていった。

 

 

 アスナヴァは知らなかったが、彼女はその性ゆえに狂い、世界への怒りを抱え、歪んだ。理不尽だと感じる世界に刃向かった。刃を向けた。自分の魂を打ちつけて、鍛造した。

 

 

 だから、根底にあるのはいつも変わらない。

 

 

 

 命への賛歌。

 必死に生きる生命へ、惜しみない祝福を。

 

 

 彼女の魔法はそれに応え形を変えた。

 

 安らかに、ただ、最後は暖かな花に囲まれて、眠れるように。

 

「ばいばい、優しかったひと」

 

 カランコエは懐に短剣を仕舞い込み、目を閉じて彼の命の行く先を考えた。誰かの安寧を願うこと。

 

 

 

 人はその行為を“祈り”と呼んだ。

 

 

 

 まもなく、ツヴェート救護団は病体の魔王との戦いに入る。

 この島の最後の戦いはすぐそこだ。

 

 もう、花びらはどこにもない。

 勇者は魔王を見つめ、魔女は懐の短剣を撫でていた。

 

 

 

 

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