おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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19話 走れ! 走れ!

 

 

 

「総員、最終点検」

 

 島の反対側に繋がる洞窟の前で、雷のような声でタポールが言った。

 武装を整えた救護団員たちは、目の前にある横穴を唾を飲み込んで見つめた。

 

 時刻、昼過ぎ。

 いつもの如く曇りのドゥシアー島は今日は無風に近かった。

 

 寒さのせいではない震えを手首を掴む事で止めようとする団員がいる。

 まもなく、この島を隔離処置しなくてはならなかった元凶の討伐が始まる。5年かかった戦いに、勝つにせよ負けるにせよ、どちらかの形で終止符が打たれる。

 

 

『病体の魔王』は島の反対側で不気味なほど静かに敵を待っていた。

 

 


 

 ツヴェート救護団

 

 戦法

 ▼

 三重円隊形

 

 

 団長 グラニオーズヌィ・タポール。

 経路開拓を役目とする白布小隊 隊長アスナヴァ=ニイ

 勇者 ルーク

 

 戦闘力の高いこの三名が実際に魔王と戦う“心臓役”を担う。

 タポールが主戦力として。『病体の魔王』の姿形、特性によりルークが次点の戦力として参戦し、最も大規模な場合はアスナヴァも参戦する。

 

 

 三重円の隊形における肩代わり役を務める部隊。

 第一魔術小隊 26名

 特別魔術小隊 24名

 衛生業務小隊 28名

 

 彼らが肩代わりの人員だ。

 魔術により三人の“心臓役”と繋がれた彼らは、文字通り命のストックである。事前発動しているならば15kmまで射程があるが、効果時間がある。持続発動をするには戦場からは500メートルから700メートルの魔術の有効範囲ギリギリまで離れ、戦いが終わるまでひたすらに耐える。

 

 

 三重円の陣形維持のための回復役である救命小隊。

 第一救命小隊 16名

 第二救命小隊 19名

 看護小隊   12名

 

 彼らの魔力が尽きれば、肩代わりの団員を癒すことは出来ない。

 肩代わりの団員たちの更に20メートルほど離れた位置に陣取る。

 

 こうして三つの役割が三重の円のように展開する。

 

 

 

 ツヴェート救護団、以上総員127名。

 発見された洞窟前に集合する。

 


 

 

 大勢が声を出さずに行進している。反響する足音は洞窟の高さを如実に感じさせ、中はどこか異界のような心地だった。

 遠い国に黄泉の国の伝説がある。行ってしまった大切な人を取り戻しに行くお話だ。

 長く、暗く、湿って、そして魔王に繋がる道はまさにその通りだった。

 

 長く、広い道が続く。そして、ゆるく右にカーブした道が現れ、曲がると外の景色が飛び込んできた。

 

 

「うっぷ──」

 

 その、光景を見た時近くにいた団員が嘔吐した。

 

 洞窟の出口は海抜から20メートルほど高い位置にあり、島の反対側の地形を見下ろすように観察することが出来た。

 

 島の反対側はあらゆる物が捻れていた。木々は成長の際に発狂したかのように梢が溶けて、地面は草原のように薄く草が生え岩が転がっているようだが、草は痙攣するように小刻みに震え、岩は小さな穴が大量に空き中で何かが絶えず蠢いていた。

 

 大気すらおかしく、薄く紫がかっている。

 その香りが甘く、濃く、そして嫌悪感を掻き立てる物質だった。

 島の向こうと反対でこうまで環境が違うのか。ここはまるで、黄泉の国だ。

 

「なんだ、ありゃ」

 

 誰かが口元を押さえながら、えずきを飲み込んで指差した。

 

 島の奥。臨海部の洞窟があるはずの場所には、一本の骨と皮を継ぎ足したような巨大な何かが屹立していた。太さは大人三人が両手を回した程度。高さは50メートルを超えるだろう。王国の街路灯が5メートルそこらである事を考えると、どこまでも見上げなければならない大きさの細い木に見える。

 だが──

 

「骨と、皮だ」

 

 表皮は薄く皮膚の下にある血管が見える皮で、毛細血管が中の“何か”を運んでいた。そして所々にある瘤のような場所は関節部だ。白い枯死した木かと思った。

 

『k k k k k 』

 

 木が空気を震わす。複数の人の声が不協和音のように混ざり合い、頭骨の内部に強制的に侵入して脳を震わせてくる。魔力保有量の少ない数人の団員はそれだけで耳から血を流した。すぐさま回復が行われ、皆確信した。血を流した女性団員が膝を突きながらも5キロ程先にある木を睨みつけ叫んだ。

 

「アイツがクソ魔王ッ!」

 

 例えるならば、人を木の形に無理矢理整形したような歪さ。

 葉っぱのない枝の数は十を超え、白い大木は伸ばしたり薙ぎ払う事で迎撃としている。

 気味の悪いトゥレントのバケモノのようだ。

 

「こりゃ、お前らも戦わないとな。後から着いて来い」

 

 タポールがそう言って、両脚を撓めた。

 ギチギチと筋繊維がゴムのように収縮する音がして、短髪の英雄は全身から赤く細かい粒子を発しながら戦斧を構えた。

 

「その頸よこせや」

 

 爆音と共に地面を砕いてタポールが跳躍する。

 たった一度の助走で50メートル近くの距離を潰した彼は、更にもう一度着地と同時に地面を爆ぜさせる勢いで飛ぶ。その度に勢いは増していき、彼から立ち昇る赤色も濃くなっていった。明らかに人の成せる技ではない。だが、これこそ英雄タポールの代名詞とも言える能力。

 

血煙立ち昇る我が膂力(グラニオゥズ・ニキティチ)

 戦闘行為を続ければ続けるほど、身体からは流砂状のルビーのような血煙が立ち昇り、膂力と身体中の神経系を活性化し続ける。極めてシンプルで、だが、それゆえに強力なバフとなる。五体の魔王の頸を狩った紅色だ。

 

 そうして都合7回の跳躍を終えた時、タポールの速度は音速にも近い異常なものとなっていた。

 

「オルゥァァァッ!!」

 

 全ての速度とパワーを腰に回し、伝達させ、振りかぶった斧は、その速度が故に空気の摩擦で炎を纏った。そして、全力の叩きつけ。

 

『k

   K

     K

          k

               k !』

 

 歪むような大気を揺るがす悲鳴。

 響くは数キロ離れていても届く肌の産毛すら揺らす衝撃波。

 

「進むぞ! 献身魔術の効果範囲内にタポールを入れる!」

 

 アスナヴァは細剣を前方に掲げて叫んだ。

 実際、タポールの単身で突出する選択は間違いではなかった。証拠に救護団本隊には魔王からの大規模な攻撃はなされていない。魔王はただ、枝を闇雲に振り回し、伸ばし、纏わりつくタポールを排除しようと躍起になっている。老齢の英雄は、老いて尚、規格外の魔王を被害を最小限にするために一人で相手取っていた。

 

 だから、この隙に前進する。

 多くの団員が走り出す。一団となって、タポールの元へ。

 

「進め! 進め! 露払いは私が、殿は勇者が務めるっ!」

 

 125人の団員が必死に全力で坂を下る。

 数キロの道のりをタポールの援助のために地を駆ける。

 

「はあっ、はあっッ!」

 

 杖を掴んだ一際若い団員は汗が額から垂れて目に入った。そして視線を上げれば、聳え立つ塔のような魔王と、赤い煙を纏ったタポールが何度も爆発のような衝撃波と共にぶつかり合ってる。

 

「ッ──!!」

 

 ねばつく痰を飲み込み、周りに遅れてたまるかと乳酸の溜まる疲れた足を無理矢理に動かした。頭の中で脳内麻薬がチリチリと火花を散らした。これが戦場か。彼は思った。

 

「前方、魔王の分体、数5!」

 

 体の奥に刃のように入ってくるアスナヴァの号令に前を向けば、草原の草の間から眼から血を流す赤ん坊が這い出ている所だった。

 

【きゃふ】【おぎゃあ】【ふ ふ】

 

 分体が鳴く。

 ゾッとするような圧力が肺にのし掛かる。あれが、話に聞く分体。あれに近づかれると、あらゆる病を末期状態で発症して苦しみ抜いて死ぬ。

 背中に走った怖気に思わず足の筋肉の感覚が消えるが──

 

「私が対処する、脚を止めるなァ!」

 

 トァンと特徴的な金属音が響き、分体の一体の腹に孔が空いた。

 アスナヴァの細剣術だ。鋭く、夜空に閃く流星のように。彼女の剣術を形容する言葉を思い出しながら、走る。近くにいた彼女専用の肩代わりの団員が5人、それぞれ口と鼻と目と、そして腕が変色して疱瘡が発生するがすぐさま治療術が飛んできて治った。

 

「走れ!」

 

 大地が揺れる。

 タポールと魔王の戦いで地面が絨毯のように波打つ。

 

 

「ふっ──!」

 

 五体目の分体に剣を突きつけつつ、アスナヴァは歯噛みした。

 

(数が多いな……!)

 

 この海に面した平原は、洞窟の所から坂のようになっていて終着点に魔王がいる。そこまで部隊を運び、タポールのサポートをしなければ勝機は無いが──

 

 

「後方にっ、じゅ、いや──二十体以上ッ!」

 

 悲鳴のような声が上がる。

 剣を引きつけなら、首を後ろに回せば何処から湧いたのか、坂を転がるように嗤う赤ん坊が両手の指では足りないくらいに迫ってきているところだった。分体たちがこのまま最後尾の団員に追いつけば、献身魔術の“心臓部”に指定されていない者は普通に分体の攻撃の餌食となる。

 

「ひっ」

 

 最後尾の団員が必死に走りながら、ダメだとわかっていても振り向いてしまう。そして、ヘドロのような眼窩から血を流しながら鳴く分体に引き攣った声を漏らした。

 

「勇者ァーッ!」

 

「──はい!」

 

 地面を切り裂く赤黒い斬撃の流星を残して、一人の人物が分体の群れの中に現れた。薄褐色の瞳を持つ勇者は一本の白いつるぎを切れ間なく振るっていく。その度に分体が切り裂かれ、甲高い笛が壊れたような断末魔を残し分体が倒れていく。剣舞のように無駄の一切を削ぎ落とされた戦闘スタイルは、ルーク特有のものだった。

 

 

「良し! 残り、距離2000メートル! 走れぇ!」

 

 アスナヴァが叫ぶ。

 間も無く魔王が見上げるほどの距離になって、全貌が顕になってきた。地面からの跳躍と叩きつけを繰り返すタポール。魔王の身体は木の幹がばかりと割れて、中から魔術配線のような神経束が飛び出し暴れ狂っている。空気からバチリと異音。焦げ臭い匂い。剥き出しになって暴れる神経束が電撃を引き起こしタポールを殺そうと襲いかかっていた。

 

 

「間も無く1500メートル地点です!」

 

 観測する団員が声をあげた。

 魔王に近づくにつれて、空間の可笑しさが強くなっていく。

 空気は粘性を帯びたように体にまとわりつき、鎧の金属部の光沢が鈍く輝きを失った。革の部分は黒ずみ、端から水気の抜けた死体のように萎んでいく。空気には黒い粉が混ざりだし、視界の紫色は更に濃くなっていった。

 

「魔王から700メートルまで距離を詰めるぞ!」

 

「はい! ……いや、いやいやいや、待ってくれ、なんだ、ありゃ! 前に!」

 

 タポールに対して“献身魔術”の効果時間切れの前に、重ね掛けの準備していた魔術師が前方を指差しながら悲鳴のような声をあげた。

 

 前から白い、表皮がぼこぼことした大蛇がのたうちながら近づいてくる。その動きは跳ねボールや、水圧で暴れるホースのようで、生物としての意思はなく、虫が痙攣しながら迫ってくるように感じられる。見るだけで鳥肌が立つ命に対して冒涜的な蛇。

 多くの団員は避けようとするが、迫り来る大蛇はあまりにも大きかった。

 

 高さは5メートル、長さは尾っぽが海に届いているほど。

 そして何より危険だったのが──

 

「ありゃ、蛇じゃねぇ! 魔王の分体の()()()だ!」

 

【きゃふ【ば、は【むゅ【おぎゃあ【は、ふ【きゃ【にくゅ】

 

 一体一体が人の膝くらいしか無かった分体が、それぞれ手を取り合い、どんな原理か一つになり、ツヴェート救護団本隊を轢き殺しにきた。

 

「な、なっ!」

 

 それはまるで津波が襲いくるように。

 一体でも打ち漏らせば、分体が跳ねる水滴のように陣形の中に入り込む。そして、少しでも分体に触れられれば、あらゆる病を押しつけられて、死ぬ。陣形が瓦解する。魔王に辿り着く前に。

 

「全員っ、退けぇッ!」

 

 号令と共に方向を変え始める団員。

 だが、間に合わない。あと二秒もしないうちに先頭と蛇がぶつかる。アスナヴァの瞳孔が開く。被害状況は。どうすれば最小限に抑えられる。何人死ぬ? そして極限まで引き延ばされた世界の中で、後方集団から回転しながら飛んでくる男を見た。

 

「っ、オオッ!」

 

 ルークは上下の歯をがちんと噛み合わせ、着地と同時に一呼吸の無駄もない乱撃を蛇にぶつけ続けた。一回剣を振るごとに『一刀の加護』が発動し、その剣の持つ性能を一撃に込めた斬撃が何体もの分体を切り裂いていく。

 

 たった一人で壁のように、分体の濁流を押し留めていた。

 

「カランコエッ! 僕の()()()()()()()()ッ!」

 

 勇者は喉の奥から絶叫する。そして、呼吸をする事を止めた。

 

 

 肺を鍛造する。すると、酸素を使い切った勇者の肺は万全な、空気の入った状態で復活する。

 

 そして行われる数十秒を超す無呼吸戦闘。

 

 アスナヴァは勇者の後ろでその光景を見ていた。

 赤子の断末魔が重なり続ける。血飛沫が間欠泉のようにあちこちから吹き出す。その中で、鬼のような形相で偏執じみた剣戟で回転し続ける勇者。斬撃に残る赤黒い軌跡は何十もの線を空間に残し、屍の山を作り続けていた。

 

 だが、分体たちの勢いも止まらない。

 じり、じりとルークの立ち位置が後方に下がっていく。壁にぶつかった水のように脇から分体が後方の本隊に向かって溢れようとする。ルークは無理にでも全てを仕留めようとして、少なくない傷を負って更に動きを苛烈にしていった。勇者は白目を剥く。それでも縦横無尽に走る剣戟は止まらない。回転数を増していく。

 

「ルゥークッ!!」

 

 アスナヴァは剣を構え呼びかける。返事はない。勇者はただただ殺し続ける。誰かのために。後ろにいる団員のために。脳裏にふと、横穴で見せた青年の顔が浮かんだ。仲間を失っても、涙で区切りをつける事もできない。そんな男。勇者ルーク。

 

 アスナヴァは一歩前に踏み込んだ。

 

「端は任せよ! 君は中央を!」

 

 返事はない。だが、明らかに端からワッと溢れる分体。

 銀の麗人は細く息を吐き、身体中の意識を剣先に集めた。呼吸や、思考。果ては拍動の意識すらもねじ伏せ、『敵を貫く』それだけの為に集中に変える。

 

 生物としての生きる為に必要な集中すら戦いに転化させたアスナヴァは剣を身体の後ろに隠すように姿勢を取った。そして、目を見開く。

 

 

 

全てを貫く雨霰(ナスクヴォージ・ドーシチ)

 

 

 

 引き絞った細剣を、何度も何度も突き出し延長線上のものが貫かれていく。

 突いて、引き戻す。突いて、引き戻す。繊細な力加減と、一秒間に五発を超える刺突。あまりの速度に金属が歌を唄うように振動する。雨のように連撃が分体たちを穿っていく。

 

 煌めく銀閃が途切れた時には、眼前に動くものは居ない。

 

「──っハアっ! ハアッ……!」

 

 彼女は銀髪を振り乱し、汗の滴を垂らしながら喘ぐように口を開閉。そして、滲む視界で数多の赤子の死体の山の上に立つ勇者を見た。

 

 

 一度も呼吸をしなかった勇者は、基地でスープを食べていた時に浮かべていた優しげな笑顔のあった頬を血液で汚し、魔王を見ていた。

 

 

「──道は拓きました。進んでください、魔王の所まで」

 

 勇者が剣で前を指し示す。

 背後の団員に欠員はいなかった。

 

 

 

 

 そして──

 

 

『 ヤ 

    ルジ

       ャン 

          ン 

         カ

           ヨ』

 

 何人もの老若男女の声が重なったような、不快な擦過音。

 頭に直接響く音がして、何かが飛んできた。

 

 ぼとんと、中身の詰まった重たい水気のある音を響かせて落ちて来たのは、太い左腕。

 

 紅のオーラを纏っていた腕は電気が消えるようにフッとただの肉の塊になった。

 

「団長ッ……!」

 

 アスナヴァが目を見開く。

 

 その瞬間、どぷん、と音がして。

 世界が闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶︎個体識別名『病体の魔王』

ランク【A】

 

 

 

 ──狂宴は終わらない。魔王は生優しくはない。

 宴は続く。勇者と魔女と、銀の麗人を呑み込むまで。

 

 

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