おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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22話 まるで、星が輝くみたいに 【後】

 

 

 

 終わった。

 乾坤一擲、最後まで温存していた切り札が、あっさりと。

 

 

 

 空中を飛んでいく身体が、やがて地面にぶつかる。

 身体中の骨が砕ける。内臓がいくつか破裂する。

 何度も何度もバウンドを繰り返し、ようやく地面を削りながら停止した。

 

 

『たん、ぞう……』

 

 無意識のうちに握りしめていたカランコエの剣が微かに震えて、ルークの体が鍛造し直される。怪我を負っていた部位が回帰する。

 だが、全身ではない。ほんとうに致命的なもののみ。局所だけ。用途を絞った鍛造だった。

 

『……ぅ、むちゃ、しすぎ……』

 

 ルークは仰向けに倒れたまま、脱力のせいで開いた瞼から、真っ暗になった空を見上げた。鼻腔の奥に生理的な嫌悪を催す匂いが運ばれる。肉が焼ける、脂と混じったやつだ。発生源は間違いなく、自分の焼け爛れた背中や下半身からだった。

 

 

 視線を横に倒せば、少し高い位置から島を見渡せた。どうやら爆風で飛ばされ、辿り着いた場所は最初に島の反対側に渡るときに使った洞窟のある、山の斜面のようだ。魔王との距離は2000メートルほど離れている。

 

「……っ」

 

 血が流れ続ける手をあげて、視界を覆う。

 全ての神経が絶え間なく痛みを脳に送っているが、それ以上に脱力感と無力感が身体の中を流れるように支配していた。

 

 

 すぐ横に、吹き飛ばされたルークを追ってきたアスナヴァが走ってきて、身体を支える。ぐちゃ、と体液が彼女に掛かるが、それすら厭わずアスナヴァは小麦色の青年の顔を覆っている手をどかした。

 

「勇者……ルーク……」

 

「ぅ……」

 

 彼は見たことないほどに、顔を歪めていた。

 そして、白濁した両目から、焼けた肌に染み込むように、彼の感情が流れていった。

 

 彼は、分かるのだ。この空気感が。敗戦の感覚が。

 ルークとて歴戦の猛者。戦いの経験値は数知れず。

 だからこそ、分かってしまったのだ。

 

 いま、完全に、機会を失したことに。

 

『ゔ……ぅ』

 

 呻くような声が響いて、ルークの手から剣がするりとこぼれ落ちる。

 

 そして剣は地面に突き刺さり、すぐさま全体に罅が入った。白いつるぎは燐光を発しながら罅を広げていって、遂にはぼろぼろと崩れ始めた。

 アスナヴァは直感した。カランコエの魔力不足だ。

 

 

 瞬きをひとつすると、ガラスが小さく砕ける音がして、白い剣は消え去り、白髪を乱した少女の姿が現れた。彼女は出現と同時に力を失ったように両膝と両手を突いて、斜面の足が転がる地面にドロリとした血を口から吐き出した。

 

「げぼっ……ぇ、ふ、……ッ」

 

 ルークはアスナヴァに支えられた身体を起こして、四つん這いになりながらカランコエに近づいた。全身が震える。力が入らない。だが、彼女の元まで辿り着くとちいさな少女の背中をさすった。彼女の背中は汗ばんでいて、全身が小刻みに痙攣を繰り返している。

 

 やりすぎだ。

 無茶をしすぎた。

 

『────!』

 

 魔王の咆哮が届く。

 視線をそちらに向ける。

 悪夢のような、三体に増えた『病体の魔王』が海から少し離れたところで暴れている。

 

 ああ──

 

 じわりと力の抜けた感覚がにじり寄ってくることを自覚する。

 手足がもはや感覚を無くして、目の前に起きていることが遠いことのように離れていく。意識が落ちかけている。

 

 

 ──これが、“氾濫”を引き起こすほどの、危険な魔王か。

 

 

 アレらは人類の敵だ。

 無辜のひとびとがどうあがいても敵わない存在だ。

 まさに、災害と同じ。しかもそれが意思を持っている。

 

 

「……まだ、いきてる……」

 

 口にしたセリフは空虚な響きを持っていた。

 空き箱を潰すように、何の反響もなく、何の力もない。

 

 あたりが焦げ臭い。

 肉が炭化した匂いがする。僕の体だ。

 

 だが、動け。

 動けない。

 

 筋肉に力を込めて、立ち上がれ。

 無理だ。断裂している。 

 

 

 魔力がたりない。酸素が足りない。血液が足りない。

 実力が命が足りない。決め手が足りない。そして何より──

 

 

 

 

 

 

 ──03:12:57

 

 

 

 

 時間が、足りない。

 

 

「…………」

 

 それが分かって尚、ルークは残った意思を総動員させて、動けない場所は動けないままに、ゆっくりと立ち上がる。ぼたぼたと何かが身体からこぼれ落ちる。知った事か。それがどうした。それよりも、動かなければ。

 

 

 何が出来る、何も出来ない? タポールは? 

 

「どこに……行くんだ、そんな身体で」

 

 アスナヴァは硬い声でルークに尋ねた。声を掛けるのみで、追いかけてこないことを疑問に思ってルークが彼女の方を見れば、鼻をつくような鉄の匂い。銀色の彼女もまた、傷だらけで、全身がボロボロだった。軽鎧はベコベコにへこみ、一部はひしゃげ、革の部分は千切れ落ちていた。当然、その下にある彼女の生身も無事ではないだろう。

 

 

 ルークは静かに目を閉じた。そして、前を向く。額から溢れた血がぼたぼたと地面を染めた。

 いけ、歩け。何が出来る。何か、何か、何か、何か──

 

 

「勇者……ッ! おい! きみ!」

 

 背後でくずれ落ちるアスナヴァの声を聞きながら、一歩、踏み出す。じゃりと地面が音を立てる。こんなに足が重たいと感じたことはなかった。それは物理的なものだけでなく、きっとこの状況そのものが脚にのし掛かっている。

 

 

 申し訳ない。勇者は心の中で謝る。

 力不足で。力及ばず。なにも、助けることが出来ない。

 ここまで助けてくれたひとたちに。

 

 

 申し訳ない。

 いつも、そうだった。

 勇者になり、多くを助けると誓った彼はハズレ勇者だった。多くを取りこぼしてきた。大勢を助け損ねてきた。自分の力が足りないせいで。

 

 じゃり。

 

 一歩進む。

 

 じゃり。

 

 足を動かす。

 

 じゃり。

 

 

 

 

 ふと、右手に微かな重さを感じて、下を見ればカランコエがぜいぜいと、荒い呼吸を繰り返しながらルークの右手を掴んでいた。彼女は全身の力が入らないようで、掴んだ手に縋るようにしながら、真っ青な顔に脂汗をかいて、ルークの瞳を見据えた。

 

 

 ──あなたが行くなら、わたしも

 

 

 彼女の紅い瞳は語っていた。

 かつて二つの戦場を、自分の身を危険に晒してでもついて来てくれた彼女。

 

 

 ルークはあらゆる激情を堪えて、泣きそうになる身体を止めて、彼女の手を取った。

 

 

 

 そうして一歩踏み出した瞬間。

 目の前の地面が爆ぜた。

 

「っ……!?」

 

 立ち昇る砂埃に手で顔を覆って、やり過ごす。

 もうもうと立ち込める細かな土の粒子の奥でも紅いオーラが輝き、奥にいるのが誰だかすぐにわかった。

 

「こんなとこまで飛ばされてきたか、ニイの嬢ちゃんに、子犬の勇者」

 

 英雄タポール。

 ルーク達が魔王の内部で格闘している間、大部分の攻撃をたった一人で外で引き付け続けていた初老の男はギラギラと輝くオーラを纏って現れた。

 

 だが、彼の姿の全容が見えたとき、ルーク達は目を見開いた。

 彼の左腕は合流時から無かったが、無事であった筈の右手も指も何本か欠損している。そして何より、左目から先がヤスリをかけられたように削り取られていた。白髪混じりの金髪は殆ど血で汚れ、口元も赤黒く染まっていた。

 

 

 そうであっても英雄はルーク達の姿を見ると笑って、雷のような声で告げた。

 

「口開けろ」

 

 え? と突然の命令にルークが聞き返そうとすると、口が開いた瞬間にタポールの右手が突っ込まれた。

 

「ごっ!? ……!?」

 

 口内に広がるのは鉄臭い匂い。

 そして、じんわりと感じる何かの熱。

 

「ワシの特別製の血だ。飲み込め。多少は魔力が回復する」

 

 タポールはふざけのない、真剣な瞳でルークを見た。指を引き抜かれた勇者は口の中に残った液体を反射的に嚥下する。

 液体が喉の奥に滑り落ちて、食道を通って胃に落ちる時に、カッと体が熱くなった。

 

「呼吸をしろ。酸素を取り込め。魔力の回復が早まる」

 

 タポールは同じようにアスナヴァとカランコエの口にも手を突っ込んで血を飲ませていく。そして全てが終わると、魔王の方を見て大口を開けた。

 

「絶望だな。おお! 恐ろしいくらいに、無力だ」

 

 ルークがつられてタポールの視線の先を見ると、そこに広がるのは三体の魔王。数十メートルを超える魔王は触腕を振り回し、暴れ回っている。背後に広がる黒い空では、天から逆さまに生えた蛸の足のような触手が狂ったようにうねっている。

 

 

「まさに、黄泉の国って有り様だ!」

 

 タポールが笑う。

 

 現実感が遠い。

 タポールは首だけでルークの方を振り返ると、野生と理性が同居した瞳で勇者を貫いた。

 

「よく聞け、子犬。この状況だからこそ、ワシがイイコトを教えてやる」

 

 有無を言わせない、力強い声に思わず耳を傾けて、勇者は気がついた。タポールの身体の末端は、白く燃え尽きた炭のようになっていて、ぼろぼろと崩れ始めている。灰になった彼の身体の破片は風に攫われ、溶けて消えていった。燃え尽き、くずれ落ちる炭のような身体だ。

 

「その、身体は……」

 

 タポールは笑う。

 

 

血煙立ち昇る我が膂力(グラニオゥズ・ニキティチ)》はただの人に、神代の膂力を降ろす、規格外の継承能力だ。先祖代々引き継いできた、人の身には余る絶大な力。それは使い過ぎれば己が身を焦がし、灰とする。

 

 だが、時間経過とともに能力が向上するこの異能は。

 蝋燭の火が燃え尽きる前にひときわ大きく輝くように、タポールの身を包んでいた。

 

 

「世界はな、基本的に思い通りにならんぞ。……期待は外れるし、都合の良い方向には転がらねぇ。一世一代の大勝負はコケるし、人生賭けた試験は落胆で終わるなんてある」

 

 ごきごきと共和国の英雄が肩を鳴らし、愛用の斧を担ぐ。

 まるで親父が息子に酒を飲みながら聞かせる人生訓のように、言葉を重ねていく。戦闘準備をしていく。

 ひゅうと風が吹いて、湿っぽい空気を運んでタポールの服の裾をはためかせた。

 

「たいてい、小さなガキの頃の夢は砕けて、現実に膝を折って、地面ばかり見やがる。現実に負けに負けて、顔を上げることも忘れる」

 

 魔王が吠える。空気が揺れる。だが、タポールは気にした様子はなく、ただ自分の言葉をなぞるように続けている。

 

 索敵能力の低い魔王は勇者達を再び見つけられないでいるらしかった。

 紅い英雄は、出血の激しい部位を、服の裾をちぎって止血帯としてぐるぐると巻きつけていった。

 

「だから鍛えて筋肉つけて、勉強して知識つけて頭使うんだよ。ちょっとでもてめえに都合よく、思い通りになるよう歯を食いしばって頑張って、ちょっとずつでも現実を動かすんだよ」

 

 老齢に達した英雄の体を、今まで見た中で一番濃い赤色が包んでいく。まるでそれはゆらめく炎のようであった。病体の魔王が作り替えた視界の悪い世界の中でも、決して見失うことはない炎。カフチェクの、厳しい寒さにある、心身を温める火。それを纏った英雄の言葉尻は今までで一番穏やかで優しかった。

 

「絶望をするな。無力を嘆きすぎるな。思い通りにならないことに驚くな。分かってんだろ。なら腹ぁ据えろ」

 

 最後の準備が終わる。

 命を文字通りに燃やしながらタポールが歩いていく。ルークの横を通り過ぎて、魔王の元へ。

 絶望しかない景色の中へ。

 

「いいか。お前は嫌と言うほど知っているかもだがな、敢えてワシの口から言ってやる」

 

 すれ違う瞬間、カフチェクの大男は大きな手で、乱雑にルークの頭を掴むと、わしゃわしゃと撫でた。乱暴で配慮がなく、それでいて暖かい、英雄の手。

 

「思い出せ。お前ぇは勇者だ。勇者の役目は何だ? ひとり、単騎で突っ走ることか? 後ろを見ろ。お前のやるべきことはなんだ」

 

 忘れるな、と一言を言い残し、英雄は地面を爆ぜさせ跳んでいった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

「ぬ、おおぉぉぉぉッッ!!」

 

 タポールが数キロをたった数回のジャンプで埋めて、魔王と激突する。何度目か分からない衝突音と衝撃波が離れたルーク達の所まで届く。魔王は触腕でタポールを殺そうとする。

 

 幾度かの攻防の末、大質量の魔王の腕がタポールの斧を捉えて、へし折った。数々の無茶を繰り返した英雄の武器はついに耐久値を超えて、半ばから砕けた。

 

『ハ

  ハ

   ハ

     ブキ 

  ガ

 ナイ 

 オワ

   リ

     ダ

    ナ』

 

「いいや? 違ぇな」

 

 魔王が嘲笑する。他の二体の魔王も集まってきて、タポールをなぶり殺しにしようとする。だが、彼は斧を砕いた魔王の腕をそのまま掴むと、万力のような力で握りしめた。紅いオーラが英雄の腕を、神代の膂力に押し上げていた。

 

「お前が、武器に、なんだよォッ!」

 

 地面が揺れる。

 タポールが魔王を引っこ抜こうとする。

 天地がひっくり返るような光景を作り出しているのは、今や髪まで燃えるような炎を纏ったタポール。

 

 

 

「どぉ、ッらぁッ!!」

 

 

 燃えるような個が、いのちをもやしている。

 かつて英雄と呼ばれた老齢の男の火はいっそう強く燃え盛り、煌めく膂力となって、人智を超えた。確かにこの瞬間、グラニオーズヌィ・タポールは人の決められた枠を飛び越えたのだ。

 

 

「ハッーッハァ!」

 

 最後に英雄は、魔王に魔王をぶつけて、更に残った魔王も巻き込み、砕いた。

 

 

 

「おお! 我が先祖よ! やったぞ! 我は貴方に武勇を捧げ奉った!」

 

 はははは! と最後に雷のような笑い声を響かせて、英雄は白い灰になって空気に解けていった。

 

 あとに残ったのは静寂だけ。

 絶大な破壊痕は島の1割を削り取り、あらゆる地面に亀裂を残して英雄は最後の一ページを飾った。

 

「ぁぁ、団長……」

 

 アスナヴァが口を引き結び、呟く。

 だが、ルークは異常に気がついていた。

 

「まだ、世界が元に戻っていない」

 

 カランコエが目を閉じて、感じ取った情報はすぐさま契約者たるルークに伝わる。そして、それはとある存在を探知した事実であった。

 大部分の魔力を持った三体の魔王が消し飛んで、ようやく探知できた存在。

 

()()()()()。うみに居る」

 

 

 

 ──02:01:35

 

 

 微弱な、それこそ病体の魔王の搾りかすのような分け身。

 遠くに見える海の中から白い身体が浮上してくる。陸地とはそれほど離れてはいないが、ここからでは距離がある。

 

 ケタケタと笑いながら魔王が勝利を確信するように空気を揺らす。

 そして、タポールが飛んできた位置関係からルーク達を捕捉したのか、彼らの方を向いてキンキンと響く声で告げた。

 

『ジカンギレ ダナ』

 

 

 そう言った瞬間に、魔王の周囲に現れる無数の触手。

 地面を割って生えてくる骨と皮だけの腕。膨れ上がる地面と膿疱。致死性のトラップだらけの魔王の攻撃は、ルーク達を殺すべく、波のように迫ってきていた。

 

「あ、あぁ……」

 

 アスナヴァは思わず声を漏らす。

 銀の瞳が目一杯に見開かれる。

 だって、これでは。

 

 これでは、とても、魔王の元まで辿り着くことすら出来ないではないか。

 だが、横で動く気配がする。顔をそちらに向けてみると、淡い茶褐色の髪をした青年が魔王までの道のりを険しい目で見つめていた。

 

「立ち上がるのか……? これでも?」

 

「僕の、出来ることを、まだやっていない」

 

 ルークは改めて、契約の紋章がある手を少女の元に差し出した。

 差し出されたその手をカランコエが握る。手と手の間に生まれるのは強烈な熱。

 

 

 ──カランコエの《鍛造の魔法》はこの島で変化した。

 

 鍛造する剣は、よりその者の生前の特性を色濃く反映したものへ。

 たとえ志半ばで倒れたとしても、その意思は消えぬように。

 どれだけ朽ちても変わらぬように。

 

『よく、ここまで研鑽したのね』

 

 鍛造した剣を持った時、魔女は剣となった者が必死に生きた人生を言祝ぐ。彼女はそういう魔女だ。そういう存在としてこの世界に生まれてきた。

 

 だから少女は慈しむ。儚い命を。

 少女は褒め称える。命がたどった軌跡を。

 

 

 それら全ての願いを載せて、小さな口から新たな呪文を紡ぎ出した。

 

『──継承鍛造』

 

 第二の呪文の発動条件は、魔女カランコエに明確に意思を託したこと。

 そして、彼女が花で葬り、鍛造すること。

 

 二つの条件を満たした時。

 

 魔女カランコエのもとに、その剣は不滅であり続ける。何度でも召喚に応じ、現れる。

 

 

 パキ、と音が鳴って少女の瞳が変わった。紅い瞳の奥に複雑な魔法陣が刻まれる。

 

 そう。彼女は『鍛造の魔女』ではなく『つるぎの魔女』

 万象遍くのつるぎを記憶し、自在に呼び出す魔女だ。

 

『アクセス──▶︎“ 導く熾火の剣(スヴァローグ)”』

 

 少女が唄うように魔法を構築していく。

 目の前の魔王と同じように、禁忌を破った存在が、その能力を行使していく。魂が鍛造される音がする。

 

 そして一瞬の突風のあと。

 

 赤と白の螺旋構造を持つ短剣が、再びルークの手の中に顕現した。

 暖かな熾火は、まだ勇者を導くべく輝き出した。

 

 

「あとは、あなたのばん」

 

「そうだね」

 

 

 

 ──勇者とは。

 

 

 

 勇者とは。最も勇気あるもの。困難な戦場の中にこそ現れ、決して折れず、怯まず、立ち向かい続ける背中で仲間を鼓舞するもの。弱きものを助けるもの。理不尽を砕き、世界を平和に傾けるもの。

 

 そういう存在が、女神に選ばれ使徒となる。

 

 

 加護を授かり、仲間を鼓舞し、皆の心の支柱となり、戦場を共に駆ける一番のつるぎ。

 

「聞け! 命あるものよ! そして、志半ばで倒れた勇気ある仲間たちよ!」

 

 ルークは導熾の剣を両手で掲げ、叫んだ。

 普段ならば、数十メートル離れた地点で声は減衰し届かなくなる。だが、この時ルークの瞳は黄金色に輝いていた。

 

「今こそ決着の時だ! ──僕に力を貸してくれ!」

 

 ちょうどその格好は、騎士が自身の剣を王に捧げるが如く。

 勇者の本懐を遂げようとする戦士に、女神が祝福を手渡す。彼の直上に分厚い天を突き破って光が一筋差し込まれる。ルークの声を島全体に拡散させる。そして、彼の魔力もまた、同時に島全体に広がる。

 

 女神は逆境の中にあっても、決して折れぬ戦士を尊ぶ。

 そういう精神の持ち主に、彼女は加護と祝福を与える。

 

 どうか、世界を救ってくれ、と。

 

「我が手の導きの火に集え。北の花。誇り高い救護団の君たちよ!」

 

 

 勇者の瞳が輝く。

 周囲の大気が黄金色の粒子を纏っていく。

 そして、最後。彼は手首を返し、剣を魔王に向けた。

 

 

 「──最後まで、共に戦おう(pugnabo vobiscum usque ad finem)

 

 彼の声に応えて、島のあらゆる箇所で亡骸が黄金色の光に包まれて剣に変わっていく。カランコエと複雑に結びついた勇者の契約は、その存在すら変容させた。勇者の魔力は、戦場の最中、臨界点に剣の性質を帯びた。側にいたカランコエの魔法陣の刻まれた瞳が力を帯びる。勇者の願いを代行して、島中の亡骸を剣に変えていく。

 

 今や二人の存在は、一つに誤認されるほど重なり合い増幅し合い、ひとつの奇跡を“終わりの島”に顕現させた。

 

 

 その日、命あるものは見た。

 倒れた仲間たちが光の流星となって、魔王に飛んでいくのを。

 

 127名いたツヴェート救護団のうち、既に力尽きた98人分の剣が島のあちこちから飛び出し、魔王に向かって流星となる。

 

 ──01:38:44

 

「行くぞッ!」

 

 勇者が山の斜面から、剣に変わったカランコエを構えて走り出す。アスナヴァもまた、後から追随するように走り出す。

 

 地面から生える触腕は、それらを叩き潰そうと迫るが、飛来してきた剣に貫かれる。そして、爆発を引き起こす。

 

 こうして魔王はあらゆる攻撃を用いて勇者を妨害し、光る流星となった剣があらゆる攻撃を迎撃していく。

 満天の流星群の下を勇者と銀の剣士は走った。

 

 魔王は死に物狂いだ。追いつかれれば、最後に残った脆弱な本体は容易く砕かれる。急いで特大の溜め込んでいた膿疱爆弾を用意し、同時にあらゆる地形から生やした触手や腕で攻撃を仕掛ける。

 

 だが、それら全てに飛んできた剣が刺さり爆発を引き起こす。まるで星が散るように、キラキラと残光を靡かせながら、剣は勇者とアスナヴァの為に支援を続ける。

 

 

 その星屑の下を、ルークは駆ける。

 アスナヴァは鼻の奥がツンとしながらも走った。頭上で倒れた仲間達が道を切り開いてくれている。

 

 ツヴェート救護団が道を切り拓いている。

 

 ──進め! 進め! 

 我らが同胞よ! 人類の味方、勇者よ! 

 進め! 道は我らが拓く! 

 進め! 魔王の喉元まで! 

 

 ──00:09:57

 

 そして、最後の崖を踏み切る。直下に広がるは海。そして叫ぶ魔王。

 ルークは空中で剣を上段に構えて、魔王の中心を突き刺そうと飛び上がった。

 

 ──00:07:31

 

 だが──

 

 ──00:03:15

 

 足りない。

 

 ──00:01:06

 

 あと、ほんの少し、時間が足りない。

 空中で勇者は歯噛みし、魔王は笑った。

 俺の勝ちだと、魔王は爆弾を掲げて、破裂の準備に入った。

 

 そして、時間は尽きる。

 

 

 

 

 ──00:00:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、襲ってくるはずの“病の押し付け”は無かった。

 おかしい。それに一緒に走っていた筈のアスナヴァがいない。空中で追いかけてこない。

 

 まさかと首だけで振り返ると、彼女は最後の崖の上に留まり、血を吐いていた。石のように硬い人だと思っていた。だが、今の表情は何よりやさしく温和だった。

 

 ──いけ。勇者。

 

 献身魔術は簡単な魔術だ。

 それこそ、アスナヴァにも使えるくらいに。

 

 

 ──いけ。私の時間も君にあげるから。

 

 

 

 ──00:00:00 + (00:04:59)

 

 

 

「おおおおぉッッ!」

 

 空中でルークは身を捻り、最後の最後まで悪あがきを続けようとする魔王の心臓に、剣を突き立てた。

 

 瞬間、堰を切ったように溢れ出す魔王の血液と魔力。

 爆発的に膨れ上がる最後の特大の爆弾。

 

 そして、致命的なまでに弱りきった魔王だからこそ、最後の一撃は避けることができなかった。

 

 

『鍛造──▶︎ 病体の魔王』

 

 

 耳をつんざくような絶叫と共に、魔王の巨体がめきめきと捻れ砕け、圧縮されていく。悪あがきの特大爆弾も等しく、無慈悲に、鍛造されていく。カランコエのいつもの鍛造は病体の魔王という存在ごと剣に変えるべく、魔力を総動員させていた。

 

 

 

 ──00:00:00+(00:00:00──

 

 

 黒い空に罅が入り、紫がかっていた視界が急速に元の状態を取り戻していく。

 

 

 後に残ったのは、禍々しい一本の紫色をした湾刀のみ。

 ほかに動くものはなく。ここに、病体の魔王討伐は成し得たのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

世界を病ますもの『病体の魔王』

 

ランク【A+】

 

討伐完了▶︎『勇者ルーク』『魔女カランコエ』『独立ツヴェート救護団』

 

 

 

 

 

 

 






次回▶︎第3章エピローグ
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