おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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23話 さらば、かつての仲間たちよ

 

 ドゥシアー島はその日、晴天に恵まれ、初冬の高い青空に渡り鳥が飛んでいた。

 

 

 

 穏やかな海風が前線基地の名残を撫でる。

 

 ひゅりと風が頬にかかった髪を数束攫っていって、くすぐったさにルークは目を閉じた。

 

 冬の寒さの中であっても、太陽の光は大地を温め、島をゆっくりと包み込んでいた。疲労感の残る身体がじんわりと癒えていく。ルークは二回深く呼吸をして、改めて腕に持った鉄の棒を持ち直した。

 

「この支柱は、こっちでいいですか?」

 

「おー、そこ置いといてくれ。や、すまんなぁ、勇者サマにこんな撤収の手伝いをさせてしまうなんて」

 

 何人かの団員に指示を出していた、頭に包帯を巻いた男に尋ねれば、彼は頬をかきながら笑って隅の資材が纏められている地面を指差した。その指も五本には足りなかったが、彼は生きていた。

 

 よいしょ、とルークが支柱を置く。かしゃかしゃという音がして、柱が地面に横たえられた。柱の端を見てみると少し塗装が剥げていて、ずっと立てっぱなしだったんだなと思えた。

 

 ルークは柱から視線を上げると、周囲を見渡す。

 前線基地はすでに解体がほとんど終わっていて、忙しなく何人かの団員が片付けを行なっているところだった。

 

 かつての診療所も、宿営用の天幕の列も、そして最後の戦い前にタポールが演説していた広場も。全てが風に吹かれて消える砂の絵のように淡く名残を残すのみとなった。

 

 最後の戦いから二日。魔王との戦いに赴いたツヴェート救護団は127名のうち、帰ってこられたのは28名だった。

 

「おい、そっちの木箱は工具類だぞ、医療用品は向こうだ」

 

「そうだったか? ありゃ、この包帯ダメだ。汚れてら」

 

 誰もが青い空の下で動いている。そこには悲壮感も、閉塞感もない。あるのは未来への、騒がしくも、穏やかで、どこかそわそわとした展望だけ。ずっと曇り空だった島はもうない。空気に毒が混じっている島はない。魔物が跋扈する魔境と化した孤島は、ただのドゥシアー島となった。遠くの茂みでがさりと鹿のような草食動物が顔を出して、慌てて逃げていった。

 

 

 最後に撤収する天幕が、内側からぺらりと捲れ、銀髪の女性がひょっこりと顔を出した。

 

「ああ、君の声がすると思ったら。ちょうど良かった」

 

 アスナヴァ=ニイは最初に持っていた水晶のように、硬く、透き通った印象が幾分か柔らかくなったように思う。ルークは彼女の言葉に頷きながら考えた。

 

 目つきは鋭く、破片のようだった印象も、今はすこし目尻が下がり、腕や足、腹などあちこちに包帯を巻いて、顔にも傷を保護するための粘着性の軟膏が塗られている。

 

「昼が出来た。中に入れ」

 

 天幕の中からは暖かく、野菜や海藻の混じった香りが漂ってきた。

 ルークは天幕に入る前に一度空を見上げて、魔王との戦闘直後にあった出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「はあっッ……ハァッ……!」

 

 魔王に剣を突き立てる。

 魔王がカランコエに鍛造される。

 

 悲鳴のような甲高い断末魔を聴きながら、ルークは海岸まで荒い息を吐き、足を引き摺りながら撤退した。

 

 紫色に染まっていた大気が、急速に薄れ、もとの透明を取り戻していく。

 黒曜石のように黒に染まった空はひび割れて、中から橙色の眩しい夕陽が差し込んで、島中を照らし出した。

 

 

「はやく……みんなを……っ」

 

 海水に濡れた体を立てて、砂浜をずるずると進む。

 早く、助けなければ。献身魔術を使用して死に瀕している仲間を助けなければ。

 

 ルークはひたすらに、剣のカランコエを杖のようにして進んだ。

 その最中。

 

 ぴしり、と背後から音がした。

 

「……?」

 

 首だけを振り返ってみると、空の半ばに亀裂が走っている。

 そう、空間に。空間自体が割れて、あたりの空気がずんと重たくなった。何の気なしに視線を向けてしまったルークは目を離せなくなる。

 

 

 その割れ目からスッと出てきたのは一人の女性。

 褐色の肌に、乾いた骨のような髪を持つ異国風の女性。白くウェーヴした髪は砂漠の国出身の雰囲気を纏い、両足は裸足で半月のような不思議な乗り物に腰掛けていた。あたりには夜光虫のような蒼い光が舞っている。

 

「あらあ? まだ島があるの?」

 

 彼女は顎に手をやる。シャラと腕についた装飾品が音を立てて揺れて、ルークは目を離すことが出来ない。そして、彼女は上空から周囲を見渡し、ルークと目があった。

 

 その瞬間。

 

「ッ!? ──ぉぇッ……!」

 

 ルークは嘔吐した。

 胃がひっくり返る心地だ。あの、北極星のような瞳を見た瞬間に分かった。アレは格が違う。

 彼女は何もしていない。ただ存在するだけだ。それなのに、こんなに周囲に威圧と負担と、負荷をかけ続けている。

 

「あっ、ごめんなさいねぇ。ワタシったら。只人にはワタシの存在は毒でしょうー?」

 

 彼女は身に纏う威圧感を引っ込め、半月の乗り物を操作して空を滑るようにルークの前まで降りてきた。位置は前方1メートルほど。震えて痙攣する喉を足の力でねじ伏せ、ルークは声を出した。

 

「あ、なた……は?」

 

 相手から敵意は感じない。

 というかそんな次元ではない。あれはなにか、別の位相に存在する相手だ。観測してくる側の存在だ。

 だからこそ、まだ息がある団員に対して敵意を持つのかどうなのか、確かめなくてはならなかった。

 

「ワタシ? ワタシはネベト・フゥト。フゥトちゃんと呼んで構わないわ〜。うん、このくらいなら大丈夫かしらー」

 

 言葉は軽い。

 口調も柔らかく、相手を包むような響きを持っている。

 ただ、途轍もなく濃い空気のある場所で、呼吸がままならないように息苦しさを覚える。

 

「ううん、おかしいわねぇ。この島は、この時間帯には()()()()()()()()()なのに」

 

 ネベト・フゥトと名乗った女性はほっそりとした指で顎に手を当て、上方に視線を投げかける。解放が為されたドゥシアー島には眩しいくらいの夕焼けが広がっていた。

 

「だって、規定倫理値を超えた魔王個体が出たでしょうー? あなた達が“病体の魔王”って呼んでるやつー。アレがこの島と周囲の生命を消し飛ばす予定だったから、それら魂の葬送に来たのだけれどー」

 

 彼女の一言一言で胃がひっくり返りそうになる。

 呼吸が浅くなる。肺が半分になったように、横隔膜がずっと震えている。細胞自体が彼女を怖がっている。

 

 そんなルークをあまり気にせず、ネベトはマイペースに周囲を手でおでこの所に庇をつくって見渡す。そして、魔王が没した海洋を見て動きをぴたりと止めると、「まぁ」と言って両手で口を押さえて両目を丸く見開いた。

 

「この魔王、あなたたちが倒したの? すごいわ、びっくりよ。表層の存在がこんな事を成し遂げるなんて」

 

 からからと転がるような声で彼女はルーク達を称賛する。

 そこでルークは気がついた。彼女が現れてから生き物が姿を見せていない。そして、上空にある雲が全く動いていないことに。夕焼け空が停止していることに。

 

 はっ、はっと呼吸が早くなる。

 心臓が意思とは関係なく暴れ出す。血管を濁流のように血が巡っていく。カランコエ、と手に持つ剣に意識を向けると、彼女は泣いていた。意識がずっと、泣いている。ルークは震えて力の入らない手で、剣を二、三度軽く叩いた。

 

 ──大丈夫、僕がいる。

 

「ああ、まだ息がある人がいるのねぇ? 規定値外の魔王討伐のご褒美をあげなくちゃね」

 

 ネベトはパッと良いことを思いついたように両手を打ち鳴らした。そして北の輝きを凝縮したような瞳で遠くを見て、聞いたこともない低い響きの伴った呪文を口にした。

 

 

「まずは、まだ息のあるものを助けましょう?」

 

 

 その瞬間。

 島中に蒼い波動が走った。

 

 当然目の前にいたルークも波動を受けるが、たちまち体の傷が瀕死から重症程度まで回復した。

 ただし、コレは回復魔術などではないだろうとも直感出来た。もっと違う、何かだ。現状で瀕死だった団員はきっと命が助かるくらいまで回復されている。

 ルークは喫緊の重要事項である、団員の生命保護が達成されたことを確認すると、改めて目の前の女性に向き直り、あなたは誰か、と問うた。

 

「うーん、なんて言ったらいいのかしらぁ」

 

 ネベトは顎に手を当てて再び考え込む。

 ふわふわと半月の乗り物が漂うように浮かぶので、ルークとの距離が最初よりも近くなった。彼女からは砂漠の国にある、古いお香の香りがした。

 

 

「三層アーキテクチャって、知ってる?」

 

 

 彼女の口から紡がれた言葉は、ルークは聞いたこともなかった。顔に出ていたのか、ネベトは『そうよねぇ』と苦笑する。続けて彼女が言葉を補足し、“さんそうあーきてくちゃ”とは世界の構造であると告げた。

 

「一番表が表層。ほとんどみんなここねぇ。表層は、あなたたちがいるところ」

 

 ぴっと指でルークを指差すネベト。

 相変わらずそこに存在しているだけで、あたりが静止したように動かない。

 

「次が第二層。ここは実行層なんて言うわねぇ。そうねぇ。フィラリオンちゃんとかがいる所からしら〜? フツウは行けないわ〜。たとえどんな英雄でもね」

 

 

 ネベトの白く、長い睫毛が伏せられる。

 彼女の周りにある空飛ぶ夜光虫が光を明滅させる。

 

 

「そして、最深部が、管理層。ワタシが居るところねぇ。ここはあらゆるデータ……情報を管理するのよぉ」

 

 

 軍の諜報部や情報部のようなところか。

 ルークは停止しそうになる頭を必死に働かせて情報を整理した。

 ネベトの声が頭の中で反響する。眠りに落ちる直前のようだ。カランコエが頭の中でパチパチと痛みを出して正気に戻そうとしてくれている。ありがとうと、心の中で呟く。

 

「ワタシは“管理者”。またはデータ管理者。あぁ、あなたたちに馴染みのある言い方をすると──」

 

 

 

 おきろ。ねむるな。だめだ。

 

 起きろ。あたまをまわせ。

 

 話を整理しろ。カランコエ。

 カランコエ、大丈夫。

 

 

 

 

 声が。

 ネベトの声が響いて。

 反響して。

 

 

 

 

 それで、決定的な言葉が揺蕩う脳の奥に届けられた。

 

 

 

 

 

──ワタシは【神】あらゆる死者と葬送の分野を司る神。またの名をネフティスとも

 

 ルークは咄嗟に左手の薬指をへし折った。

 痛みが脳天まで針のように突き抜けて、意識が一気に明瞭になった。霧の道を抜けたように、頭が回り始めた。

 

「あらー、大丈夫? すぐにワタシ、いなくなるからね。でもー、おかしいわねぇ〜。この島での出来事の結末は、共和国の遠征軍と救護団が魔王討伐に失敗して、島が吹き飛んで、共和国に病が降り掛かるものだったのに……」

 

 

 ネベトは言葉を止めた。

 世界に鳴っていた音が全て消えた。消えたのは、波打ち際の潮の音だった。世界が写真のように止まる。ネベトの瞳が極北に輝く。

 

()()()()()()()()?」

 

「ぼ、く……は」

 

 がたがたと全身が震え、彼女の瞳に内臓の奥まで見通されるような感覚を抱き、それすら内側に押さえ込まれ、ルークは今まで体験したことがない内臓が捻じれる感覚と身体が冷めていく感覚を同時に味わった。

 無限にも感じられる引き延ばされた瞬間。その、時間の終わりは他ならぬネベトの手によって齎された。

 

 

「──もしかして、()()()ルークくん?」

 

 彼女は目をぱちくりと繰り返す。

 あれ? あれ? とルークの周囲を周る。

 

「あれぇ? なんで()()()()()()?」

 

 そして、困惑したように言った。

 

「おかしいわ、あれ、あれれ? ごめんなさいね、気を悪くしないでほしいわ」

 

 おろ、おろとネベトは髪を触り、しゃらしゃらと腕飾りが揺れる。

 

「あなたは、本来はもう死んでる筈なのよぉ」

 

 申し訳なさそうに、それはそれは気の毒な表情をして神は言った。

 お前はもう、死んじゃってるはず、と。

 

「なんで、ここに居るのかしらぁ。予定歴史が狂った? なにが干渉して……まぁ、そこの管理はワタシの領分じゃないからいいのだけれど〜。あ、あぁー……管理がなってないってまたアーちゃんに怒られちゃうわ〜……」

 

 ぶつぶつと言葉を繰り返し、ネベトはひとつ息を吸うと居住まいを正して、静謐な顔つきになり、ルークを見つめた。

 

「ワタシとの邂逅は忘れるでしょう。話した内容も、得た知識も。世界はそうなるべきだし、そうなるように出来ている。でも、もしそうじゃなかったら……」

 

「そうではなかったら……?」

 

「あなたは、偶にあるグリッチねぇ!」

 

 うふふ、と上品にネベトは笑う。

 そして中空に飛び上がると、両手を広げて宣言した。

 

「魔王は討たれた! あなた達が成し得た行為は紛れもなく偉業よ! だから、ここに、新たな英雄譚が生まれたことを、神の一柱が認めましょう!」

 

 きらきらと、蒼光に包まれて、ルークの意識はついに薄れていく。

 それでも最後の言葉を聞き漏らさんと崩れる身体で空を見上げる。

 

 葬送を司る神は、なによりも慈愛に満ちた目で高らかに声を立て張り上げる。

 

 

「ジェド・メドゥ! この地で散った無名の戦士達と、()()()のタポールは確かに英雄たり得たぞ! この神が認めたぞ!」

 

 

 ──ああ、そうか。

 

 彼らは、認められたのか。

 

 

 そこでルークの意識は暗転した。

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「どうした、ぼんやりしているぞ」

 

 天幕の中で、鍋を準備するアスナヴァに言われ、ルークはハッとした。あの出来事は覚えている。

 

 

 しかし、目が覚めた団員にその事を伝えようとしなくとも、彼らは夢の中で神の声を聞いたと言う。それで、先に女神の御許に招かれた戦友たちが認められたと知って泣いていた。

 

 中には熱病時のせん妄だと切り捨てる者もいた。

 極限状態下において集団で見た一種の幻覚だとも。

 

 だが、それでもいい。

 そういうものだと。

 

 誰も彼もがただ、5年越しに見る晴れた青空を見て、満足そうにしていたから。

 魔王の毒のない、冷涼な空気を目一杯に肺に吸い込んでいたから。

 

「大丈夫です、気にしないでください」

 

 ルークは未だすこし顔を覗き込むように見つめてきた銀の麗人に笑いかけた。彼女はしばらく無表情な顔のまま、眉間に皺を寄せていたが、そうか、と一言呟き鍋の元に戻った。

 

 ルークは一息はいて、地面に座り込む。

 天幕の中はアスナヴァとルーク、そしていつの間に隅に積まれている木箱の上で身体を丸めて眠っていたカランコエだけだった。

 

 アスナヴァがお玉で鍋の中身を掬い、椀に入れて手渡してくる。この島の、さいごの昼食だ。

 

 

 

 

「熱いからな、ゆっくり食べろ」

 

 

 彼女がそう言って椀を差し出す。

 何気ない、本当に何気ないただの動作。

 

 

「────あ」

 

 それに、思わず声が漏れた。

 ルークの頭の中でいつかの台詞が重なった。

 

 アスナヴァは椀を突き出したまま、一向に受け取らないルークを訝しげに見ていた。

 

 そうだ。

 確か、前にも。

 

 ルークは思い出していた。

 

 

 

──熱いからな、ゆっくり食べろ

 

──おう、嬢ちゃんは大丈夫なのか? 

 

──悪鬼(ヂャーヴォル)だって? そりゃお前の見た目だ、シラーチ! 

 

──オッ! 小隊長に目をつけたのか! 色男! 分かるぞ、我らがアスナヴァ殿はびっくりするほど美人だからな! 

 

 

 

 手に取ったのは、手作りの木の椀。ゴツゴツしているが底が深く、丈夫だ。

 

 

「…………ぁ、ぅ」

 

 

 

 ぽた、ぼた、と伸ばした手に熱い雫が落ちた。

 

 

 目の奥が灼けるようだった。鼻が詰まって、口の端が痙攣して下に下がった。

 

「…………」

 

 アスナヴァはそんなルークに何も言わず、椀を置き、ゆっくりと近づいて、黙って抱きしめた。そして優しい手つきで勇者の頭を撫でた。丁寧に、丁寧に。ルークはアスナヴァの突然の行動に身を固くする。

 

 傍に置かれた椀からは温かい湯気がたちのぼる。

 あたりには車座になって騒ぐ彼らはいない。

 

 アスナヴァは黙って、自分より何歳も年下の青年を胸に抱いた。彼女は思う。

 きっと、彼は擦り切れてしまっている。なんどもなんども、自分の感情を殺さなくてはならないような目にあって、それでも進んできたから。

 勇者たらんとして、剣を掲げ続けてきたひとだから。

 立ち止まってもいいのに。やめてもいいのに。

 

 それでも誰かのために頑張れてしまう、自分の心を思い遣ってやれない不器用な青年だから。

 

 

 だけど、心は消耗品。

 使い続ければ削れるし、回復を待たなければ傷はいつまで経っても癒えない。

 

「……っ、すみませ……」

「いい、大丈夫だ。今は誰も、見てないから」

 

 だから、存分に。

 今この時だけは。微かに露出できた君の心を慰めよう。

 きっと、きみは、ずいぶんと疲れてしまった人だから。

 

「…………ありがとう」

 

 ぽつりと勇者が呟いて。

 ゆっくりと身体の力を抜いた。

 

 

 アスナヴァは勇者の長い、素朴な色の髪を撫でる。

 天幕の中は、静かな時間が流れていた。

 

 

 

 ◆

 

 数分ののち。

 そこには恥ずかしさに頬を赤くし、挙動不審な勇者と、すまし顔で座っているカランコエの姿があった。

 

「それでは、いただこう。──女神のみめぐみに感謝します

 

 アスナヴァはそんな勇者の様子を一切気にせず、合図を出して食事を始めた。

 

 よそわれたスープが白い煙を燻らせる。

 白くドロリとしたスープの中には黒っぽい草と赤色の切り身が浮かんでいた。

 

 ルークは一口、スプーンで掬い口に入れる。

 すぐに口の中に熱の刺激が広がって、まろやかな野菜の甘みが口内を包み込んだ。

 

「ああ、おいしいです」

 

 カランコエも手をつける。

 彼女はちびりと一口口に含んで、しばらく黙ってひとこと。

 

「こんな味なのね」

 

 とだけ。

 アスナヴァはそんな態度に笑って、食事を続けた。

 ルークやカランコエとたわいもない話をしながら、彼女が時折何もない所を見て遠い瞳をしていたのはきっと、思い出していたのだろう。

 

 ルークはあえては触れず、ただ、食事に感謝して笑顔を見せた。

 彼女はとても、つよいひとだ。 

 

 

 

 

 ◆

 

「君たちはこれからどうするんだ?」

 

 食事も終えて、片付けといった時。

 世間話の延長のようにアスナヴァが切り出した。

 

「魔王討伐を続けます。……でも、ひとまずは僕たちの居た大陸に帰ろうかな」

 

「そうか…………。それで、……その、だな」

 

 彼女は手を止めて、言葉を探すようにつぶやいた。

 ルークが振り返ると、彼女は視線を外すように天幕の上の方を見ていた。

 

「私も付いていっても構わないか? 君たちの旅に」

 

 その言葉にルークは驚く。

 

 彼女の細剣は繊細で、かなりの腕だ。

 それに医療の覚えもあり知識も豊富。人格も立派な人とくれば助力を申し出されて、両手を挙げて喜ぶことだ。

 

「ですが……いいんですか? その……」

 

「いい。私たちは()()ツヴェート救護団と言っていただろう。あれは、本国からもう死んだものとして扱われているからだ」

 

 戸籍としてそういう扱いだから、独立と名を付けたのだという。

 アスナヴァは『だから』と続けた。

 

「魔王が討伐されたいま、救護団は解散だ。あとは各人の好きに、故郷に帰るもの、新たな土地に行くもの、家業を継ぎに行くものなど様々だな」

 

 そして、アスナヴァは。

 銀の麗人は、すらりとした身長を正してルークとカランコエを見つめた。

 

「私は……君たちに付いて行きたいと、そう、思った。……どうだろうか? それなりに使えると思うが」

 

 アスナヴァは自らを見せるように両手を軽く広げる。

 ルークはカランコエに視線をやった。彼女はふぅんと言った調子で拒む様子はない。

 

 だったら、ルークの答えは決まっていた。

 

「……よろしくお願いしますね。アスナヴァさん」

 

「ああ、よろしく勇者さま」

 

 そう言って二人は握手を交わした。

 彼女の手は、硬く、苦労を噛み締めたひとの感触がした。

 

 そして、最後に天幕を出る時。

 ルークの横を通り過ぎる瞬間。アスナヴァは彼の耳元でぽそりと呟いた。

 

「たくさん、甘やかしてやるからな。おつかれ勇者サマ」

 

「──!?」

 

 ルークは耳を押さえて飛び退く。

 アスナヴァは普段冷静な彼女に珍しく、楽しそうにからからと笑った。

 

 

 

 ドゥシアー島には、清々しい風が、吹いていた。

 

 

 

 

 

 第三章 終

 

 

 






これにて第三章は結びとなります。
少しして、おまけも挟んだら次の章です。

たくさんの閲覧、お気に入り、評価、ご感想、ありがとうございました。ほんとうに励みになりました。ルークやカランコエ、タポールさんなどがこんなにも皆さんに受け入れてもらえるとは思っておらず、反響にわたし自身びっくりしております。

ですが、みなさんがこのお話を楽しんでいただけたのなら、とっても嬉しく思います。

ありがとうございました。
では、また次の章で。
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