おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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2話 魔女とは

 

 

「それじゃあ、行こうか『魔女』……あ、名前は?」

 

 麦のような髪を束ねた勇者、ルークは小柄な少女に笑いかけ、ふと気がついたように問うた。

 少女は赤い目を曇らせて、口を尖らせた。

 

「なんでもいいわ」

 

 ごーちゃん、とは名乗らなかった。あれは姉がくれた名前で、他の人に呼ばれたくはなかった。暖かな記憶が疼くから。

 

「うーん、じゃあ、白いからシロで!」

 

 ルークは笑顔でそう提案する。

 魔女は信じられないといった顔で目を見開いた。

 

「ひどい……二度と名付けないで」

 

「そんな言う?」

 

 勇者はひどかった。ネーミングセンスが。

 だから魔女は少し俯いて考え、まだ文様の残る喉を震わせた。

 

「カランコエ。カランコエと呼んで」

 

 それは一番上の姉だった、いっちゃんが教えてくれた花の名前だった。

 魔女、もとい、カランコエはふん、と勇者を見上げた。

 

「分かったよ、よろしくカラン」

 

「縮めないで」

 

 出会ったばかりの二人の距離は、まだまだ遠くだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「じゃあ、改めて確認すると、カランコエは僕が魔王を倒すまで協力してくれるわけだ」

 

「そういう風に縛られたもの」

 

 そっか、と勇者は言う。

 『魔女』は世界の禁忌に触れた存在が成るものだ。普通は存在できないし、上位存在がやってきて消し飛ばす。仮に運良くそれから逃れられたとしても、力に見合った重い代価、制約をかけられる。

 

 そういうものだった。

 だから、目の前の魔女の制約はなかなか、変則的なものだと思った。

 

「なにかしら、そんなジロジロと見て」

 

「いいや、カラン……あ、いや、カランコエは不思議だな、と」

 

「へんなの」

 

 魔女はそれきり勇者から興味を無くしたように空を見上げた。

 ルークは軽く肩をすくめて、また魔女をバレない程度に観察し始めた。

 

 対面に立つ魔女は勇者の腰より少し高いくらいの身長だ。腰まで届く白髪に血のような赤色をした瞳が印象的だった。

 

 服は紺色のローブのようなものを着ている。魔女みたいな人とは違う魔のものは生体装備があるからこれも一環なのだろう。

 

「じゃ、町に戻って情報あつめよう。そろそろ僕も魔王の一体くらい倒さないとね」

 

 そう言って歩き出したルークの背中を、カランコエは口を開けて固まって見ていた。

 

「まちなさい……魔王は、()()()()()?」

 

「うん? 300体だよ? 討伐されたのは56体だけ。あ、この前増えて57体か」

 

 そうしたら残り、243体。

 それを倒さなければ、カランコエは世界を壊せない。

 

 気の遠くなる数に少女はまたひとつ、世界を睨んだ。

 

 

 ◆

 

「そうと決まれば出発だ! 目的は“茸の魔王”! 早いとこ倒さないと、ウチの王国がほろんじゃう」

 

 そう言ってルークはカランコエの腰に手を回し、ひょいと担ぎ上げた。そしてすったかすったか、丘の道を降り始めた。

 

「この運びかたは何かしら」

 

「ん? こっちの方が早いでしょ?」

 

「……そうね」

 

 カランコエは頭を下げた。

 そんな様子も知らず、勇者は上機嫌がわかる口調で移動をしながらつぶやいた。

 

「いやー! 魔王討伐なんて命じられた時はどうなる事かと思ったけど、貧乏王国のウチじゃまともな支援もないし……って思ってたらこうして戦力が手に入るなんて、幸先がいいぞ!」

 

 もう、味方認定をしている。

 制約のせいで彼に協力せざるを得ず、間違ってはいないのだが、カランコエは不機嫌そうに呟いた。

 

「口を慎んで」

 

 

 

 

 ◆

 

 そうして移動してしばらくしたからだろう。

 小高い丘から草原、そして森へと入り、視界は暗く染まっていった。

 夜である。

 

 

「カランコエ、じっとしてて」

 

 突如勇者が足を止めて、目を閉じた。

 カランコエが不思議そうに勇者の腕からするりと抜けて同じことをしてみるが、特にわからない。

 だが、勇者はおもむろに目を開くと一言つぶやいた。

 

「襲われてる」

 

 

 

 暗く凸凹した木のそばからひょっこり顔を出してみると、少し先で赤い炎の色と金属の音、そして悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「行商人かな、こんな夜中に出歩いちゃダメなのに。助けてくる」

 

 そうして当たり前のように、いっそ、怖いほど躊躇いもなく駆け出そうとした勇者をカランコエは感情のこもらない目で覗き込んだ。

 

「あなたに関係があるの? 魔王を討伐するのが目的じゃないの?」

 

「それは手段だよ。僕は、勇者なんだ」

 

 彼の返答に迷いは無かった。

 そして『出会ってスグで信頼も何もないけど、ピンチになったら助けてくれると嬉しいなっ!』それだけ行って勇者は地面を走っていった。

 

 

 ◆

 

 王国からの行商人、マルデゴはまだ行商人の世界では若いながらも成果を出している期待の新星だった。

 

 ゆえに、功を焦った。

 

 本来であれば人の活動外の時間である夜中に、町の外に出て品物を運ぼうとしたのだ。

 それがこんな、森狼たちに襲われるとは。

 

「GAA!」

 

 ギャキンと結界の軋む音がする。

 大枚を叩いて買った守りの護符(アミュレット)は値段に違わず薄緑色の結界を展開してくれたが、それも悲鳴をあげている。

 

「Gyuu!」

 

 また、森狼の一体が爪を立てた。

 護符が反応する。少し割れた。

 

「な、な、なんでこんなことに……っ!」

 

 本来であれば森狼は臆病かつ狡猾だ。

 護符の効果を発動させれば一度体勢を整えるために引き、その隙に馬車を走らせて逃げることが出来るはずだった。

 

「AAAUUU!」

 

 だが、こいつらは様子がおかしい。

 目は血走り、口の端からは涎がダラダラとだらしなく垂れている。そして異常な攻撃性。よくよく見てみれば、身体のあちこちから傘のついた植物のようなものが飛び出していることに気がついた。

 

「“茸の魔王”……ッ!」

 

 そう、あれは胞子に寄生された魔物だ。

 異常な攻撃性と増大した爪の威力がそれを物語っていた。

 

「GIA!」

 

 ばきん。

 

「あ」

 

 致命的な音とともにマルデゴの視界は大きく開いた狼の口腔を写し、それきりだった。

 

 

 

 ◆

 

「っ、間に合わなかったか!」

 

 ごめんよ、と呟きながらルークは森狼の群れと対峙した。

 手には一本の鋼の剣。狼たちはぐるぐると馬車を背にするルークの周りを回っていた。

 

 戦場に出てもルークはスグには仕掛けず、全ての狼を一度に切り伏せられる瞬間を狙っていた。

 彼の勇者としての加護は強力だが、使い勝手が著しく悪い。

 だからチャンスは一度きり──

 

 

「ひっ」

 

 

 後ろでそんな声が聞こえて、目だけで追ってみれば、馬車の影に5歳くらいの女の子。

 

(子供連れだったのか!)

 

 気がついた時には森狼の一体が女の子に飛びかかろうという時だった。

 身体は反射的に動いていた。

 

 狼と女の子の間に身を滑り込ませ、小さな命を守るため、一閃。

 それだけでただの鋼の剣は鈍色の光を放ち、狼を一刀両断した。

 

「ぁ、ふ」

 

「大丈夫、助けに来たよ」

 

 驚異的なことをやってのけたのにルークの表情は苦い。

 理由は彼の加護にあった。

 

 ぴし、と異音がルークの握る剣からしたと思えば、すぐにばらばらと砕けてしまった。

 

「──ありがとう、おつかれさま。……さて」

 

 周囲には無数の森狼。

 頼みの綱の武器は失った。後ろには震える女の子。

 

「どうしよっかな……」

 

 あんまりな状況に、ルークは思わず笑った。

 

 

 ◆

 

 

 

「ぐっ……ッ!」

 

 カランコエの視界には、狼を驚異的に素手でいなしているルークの姿があった。勇者は身体能力もそれなりらしい。

 

 駆け出したルークに遅れて走り出したカランコエはやっと戦闘の現場に追いつくと、狼相手に奮戦している勇者が見えたのだった。

 

 だが、それ以上に背後にいる存在を守りながらというのは厳しいようで、ルークの傷は増えていった。

 

 

「やっぱり、無手はきびしいかぁ!?」

 

 彼は叫ぶ。

 

 カランコエは目まぐるしく回る状況を見極め、戦場にその小さな身を躍らせた。

 

 

 ◆

 

 僕は最弱の勇者なんだよ。

 まだ馬車が襲われているのを発見する少し前、ルークはカランコエに言った。

 彼女は勇者に腰に抱えられながらその話を大人しく聞いていた。大人しく聞く以外の選択肢がなかったとも言える。

 

 

『授かった加護はひとつだけ』

 

『一刀の加護』

 

 振えば武器の能力を大幅に引き出す代わりに、振るった武器が壊れてしまう加護。

 だからルークは普段は使い捨ての武器を持てるだけ持ったうえに、さらに無茶をして持っていた。なんどもなんども、使い捨てるからだ。

 だが、それら武器は『魔女』の元に辿り着くまでに消耗し、最後の使い捨ての武器もここで使い切った。

 

 狼の牙が届く寸前。

 痛みに左腕を持っていかれることを覚悟し、差し出した次の瞬間。

 

 その狼は離れた位置まで吹っ飛んでいった。

 

「勇者。無謀な、勇者」

 

 戦場に降り立った魔女はなんだか場違いに思えるくらい白くぼんやりと光り、それ以上に不思議だったのは瞳にたたえた力だった。

 

 

「わたしを使うことね」

 

 魔女は言った。わたしを使()()、と。

 ルークは事前に彼女の力はある程度聞いていた。

『鍛造の魔法』魔法だ。そう、魔法なのだ。理を解き明かし、体系化された魔術とは一線を画す神秘の法だ。

 

 彼女は自身が武器になれると言っていた。

 

 だが、ルークが振えば武器は壊れる。

 加護は強力な代わりに融通が利かない。強制発動だ。

 

 

「えっ、いやいや、壊れちゃうよ」

 

 だからルークがそういえば、魔女は怒ったように眉間に皺を寄せた。

 

「その子を見殺しにする気?」

 

 葛藤。

 ぶっちゃけ、僕より強そうなキミが倒せばいいんじゃないか、という問いは消えた。

 目の前にいる魔女がジッと見定める目をしていたから。

 

「──安心しなさい。壊れても、また繋ぎ直すから。わすれないで、わたしは『魔女』。『つるぎの魔女』」

 

 だから、必要なのは、あなたの答えだけ。

 

 魔女はそう言った。

 背後では体勢を立て直した狼が迫ってくる。

 

 刹那の逡巡。

 ルークは覚悟を決めた。

 

 そして迷いない手で差し出された魔女の手を握った。

 

「ふぅん」

 

 あたまのなかに、そんな風な声が聞こえた気がした。

 

 瞬間、ひゅるりと頬を撫でる風が吹いて、いつの間にか手に収まっていたのは一本の剣。シンプルな作りだ。白い金属で出来ているようで、装飾が淡く光っている。

 

「Gya!」

 

 飛びかかってきた狼に、ルークは剣を振った。

 

 夜の闇に斬撃がきらめいて、紅い軌跡を残して全てを薙いだ。

 ルークの『一刀の加護』は間違いなく発動し、周囲の狼の大半を一撃で切り伏せた。ついでにあたりの木々も何本か倒れる。

 なんて威力だ。なんて力を宿した剣だ。

 

 ルークは戦闘の中であることを一瞬忘れるほどに、剣が残した軌跡に目を奪われていた。

 

 だが、次の瞬間。

 

 ぴしり。

 

 異音がして、魔女が転じた剣の内部から罅が入り、自壊し──

 

『鍛造』

 

 その言葉ひとつでまた形を取り戻した。

 

「! は、はは……!」

 

 ルークは笑った。

 あまりに自分の加護と都合が良すぎる事実に、思わず身震いをした。

 

 

 ルークは勇者最弱。

 小さな王国の、吹けば飛ぶような勇者だ。

 宿した加護は強大だが、デメリットが大きすぎてまともにふるえない。

 だから、最弱。

 

 

 それが、壊れない剣を手にしたら? 

 

 寄生した茸に狂化された狼が飛びかかってくる。

 その全てをルークは一刀のもとに切り捨てた。

 

 戦場には静寂が戻ってくる。

 狼の群れは沈黙した。

 

 ルークの手に収まっていたみごとな剣は、いちど光ると、しゃらんという音と共にまた白髪の少女の姿に戻っていた。

 

「言ったとおりでしょう?」

 

 魔女は言った。

 

 彼女は『つるぎの魔女』

 己の魂を剣に変えた、一種の化け物。

 だから、武器が壊れようと、剣の本質は魂であるが故に何度でも鍛造する。甦る。

 

 

『魔女』と呼ばれる存在が強大で可笑しいのではない。

 摂理に反した、歪な存在が『魔女』と呼ばれるのだ。

 

 

「はっ、はは……こりゃ、ほんとに魔王、いけるかも」

 

 ルークは乾いた笑いをして、服の裾を引っ張られた。

 

「さっさと行くわよ」

 

 カランコエは何事もなかったように、女の子の目を見て、「家はどこ?」と聞いていた。

 

 どうやら送り届けるらしい。

 

 ルークは不意の事態にぽかんとして、魔女と女の子を見つめることしか出来なかった。

 

 不躾に眺めすぎたからだろう。振り返った魔女は不機嫌そうに言った。

 

「はやく」

 

 ルークは目を逸らして、「そうだね」と言った。

 

 

 

 そうして、女の子の手を引く魔女(ほぼ背丈は変わらないな)を見て、ルークは思った。

 

 世界を壊す宣言したやつの行動が、これか? と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 とある国の王城……とはいってもこぢんまりとした中で。

 慌ただしく動く一団と、綺麗な青髪をした少女が何やら揉めていた。

 

「姫様! もう魔王が迫っています! お逃げください!」

 

「嫌じゃ! 守るべき民を置いて逃げて、何が王族か!」

 

 青髪の少女は豪奢な衣装に負けず劣らずの容姿の持ち主で、だが、それ以上に勝ち気な瞳が印象的だった。

 

「ですが……!」

 

「それに、妾の勇者もまだ帰ってきておらん! ああ! ルークぅ! どこにおるんじゃあ!!」

 

 彼女は必死に止める家臣の男の制止を振り切って今日もまた、王国に止まり民を鼓舞し続ける。

 自らの国が、茸ヤロウなんかに負けるわけがないと信じて。

 

 

 

「姫さまーっ!」

 

 

 

⠀ ⠀ ⠀

 

 

 

 

 

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