「ホンモノだ、こりゃ」
黒い勇者は汗をひとつかいて、青龍刀を構えた。
通りに吹いた風が土埃を巻き上げる。
相対する位置に居るのは王国の勇者ルーク。その左手には龍の瞳をもつ少女が抱えられ、右手には一本の白い剣が掲げられていた。
昼下がりのすこし落ち始めた陽光が、店を飛び出し通りで睨み合う両者を平等に照らしている。
一触即発の空気。
実際に、この場には少なくない血が流れた。
だから、緊張の高まりは無言の間に最高潮に達する。どちらが先に動くのか。どちらが先に仕掛けるのか。
果たして、その静寂を破ったのは、ルークでもミョウメイでもなく。アスナヴァでも、シュンカでもなかった。
ピィーと甲高く響く、笛の音だった。
衛兵が騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。
黒い勇者は舌打ちをして、地面を蹴り狐の少女を組み伏せているアスナヴァに突っ込んだ。アスナヴァは咄嗟に対応したが相手はあまりに速い。一撃こそ防げたものの、狐の少女はミョウメイに奪い取られてしまった。
「面倒になった。一旦ずらかるぞ」
黒い勇者はシュンカを奪った時のように、狐の少女の腰を抱えて家屋の屋根に飛び上がる。瓦がきりりと音を鳴らした。
「主様! 申し訳ありません! フゥリの不手際でこのような事に……!」
「うっさいわ、ぼけ」
そして地上で見下ろす勇者と目を合わせる。
だが、何を言うこともなく、次の瞬間には姿が消えていた。
こうして勇者と勇者の戦闘は、意外な要因によって幕を下ろしたのだった。
ルークはふうと息を吐き、抱えたままだったシュンカを下ろす。地面に降り立った彼女は『あ……』と小さな声を漏らし、金の瞳で勇者を見上げた。
「……その、異人さま」
シュンカが小さな唇を震わせる。
言葉が滞留するように、何も言えなかった。
その時、再び笛の音が空気を叩いた。今度は先ほどよりも近かった。
「話は後だ。一旦こちらも引くぞ」
アスナヴァがそう言い、シュンカの両脇を掴みひょいと持ち上げる。少女は無抵抗な猫のようにぶらんと揺れて、アスナヴァの救護者を運搬する用の姿勢に持ち替えられた。見た目はあまりロマンチックではない。
「はい、そうしましょう。でもどこに……」
ルークがあたりを見渡して言う。
周囲は木造の民家で、ここは裏路地の深いところだ。住民同士の関わり合いも限定的なのか、扉は全て締め切られていて、目の前には惨状となった妙来軒がある。ルークが居る道は一本道で脇道は存在しない。
「こっちじゃ」
そんな中、しわがれた声がルークの耳に届いた。
声の方向を見れば、あの妙来軒で食事を作ってくれた腰の曲がった老婆が破壊された店の入り口の奥から手招きをしていた。
『おくがあるのね』
剣が震えてカランコエが言う。
ルークは頷き、壊れた店の奥へと進んでいった。
「──おっと、これも取らなくちゃ」
壊れた木の破片を超えて、店の中に入る前。ルークは地面にあったひらひらしたものを掴んで懐に入れ、走った。
『それは?』
「大事なものだよ」
◆
老婆に案内された店の奥は、厨房の先にあり、細い木造の通路を進んでひたすらに奥へ奥へと続いていた。
通路の高さはルークの身長ギリギリ。幅は両手を広げられないくらい。
まるで人工の迷宮のような様相の道は、表から見えた建物の広さをはるかに超えており、不思議な感覚をルークたちに抱かせた。
道中、狭い通路に窓はなく打ち付けられた木目と木の板が等間隔にあった。灯りは天井にぶら下げられた蝋燭入れだけで、ルークは頭を何度かぶつけた。
「ここはっ、なんなんですか!」
先頭をすいすいと進む老婆に思わずルークが尋ねるが返答はない。曲がりくねった道を勝手知ったように腰を曲げたまま進んでいく。
『おかしな空間ね。ねじれてる』
どれほど進んだのだろうか。
5分か、10分か。正確な時間は分からない。だが、最後に段々と暗くなっていく通路はとうとう足元を見ることすら困難になってきていた。もう、これは一度止まって確認したほうが良いかもしれない。ルークがそう考えたと同時に老婆が足を止めた。
「ここじゃ」
指し示す先には横引きの薄い紙が貼られた扉。
老婆は躊躇いもなくそれを引くと、目の前には目を疑うような光景が広がっていた。
「これは……外、か?」
ルークの後ろから同じように扉を潜ったアスナヴァは、あたりを見上げて呆然と呟く。
緑の絨毯のような草が整えられた地面に、清涼な池。
真ん中には橋が掛かっていて、周囲は蒼燕の古い様式の建物で囲われていた。
建材は主に黒い木で、歴史は感じさせつつも小綺麗な印象だった。
ルークたちが出たのは、表すならば、建物の中庭、だろうか。
だが、時刻が明らかに違う。先ほどまでは昼過ぎの時間で、季節も冬の初めと寒いものだったのに、この中庭の空は昼前の太陽の位置と、春のような陽気に満ちていた。
「シュンカ、奥の二間を客人に使わせなさい」
「は、はい!」
ここまで先頭にいた老婆がそう言って、奥の一つの建物の中にさらりと入ってしまう。
残されたシュンカは先ほどの戦闘でヨレヨレになった服に気がつくと慌てて直し、改めてルーク達に向き直った。霞色の髪が揺れる。春の陽気に照らされた薄紫は、普段より明るく見えた。
「多く疑問を抱かれたとは思いますが、異人さまがた。
こうして勇者一行は、異国の地で、不思議な空間に招かれたのだった。
◆
シュンカに連れられてやって来たのは、庭から入る、豪華な宿屋の一室ほどの広さがある部屋だった。
横開きの扉を通じて中庭と接続しており、内部には漆塗りの気品ある椅子と、机、壺のような物からは不思議と落ち着く香りが漂っていた。香炉だろう。
「さ、どうぞ。お掛けください。白銀の貴女様の治療も行わなければなりません」
シュンカが宿の娘のようにテキパキと座り心地の良さそうな椅子を指し示す。
事実、彼女の言葉の通りアスナヴァは額を少し切っていて、銀の髪が赤黒く斑らになっていた。アスナヴァ自身には医術の心得があり、自身で治療が出来るのだが、シュンカはそれを知らない。また、アスナヴァも様子を伺うという意味であえて自身の技能について述べず、素直に椅子に腰掛けた。
「わたしは部屋の風水を安息に傾けます。特にしていただくことはないので、どうぞ、お気になさらないでください」
両手を合わせる礼をして、シュンカは部屋の奥にある明るい光の入る窓へと向かっていった。何をするかと思えば、壁にかけてある墨で書いたような不思議な絵画を動かしたり、赤黄色のタペストリーを剥がしたりしている。
「災難じゃったな」
ルーク達が彼女に気を取られていると、すぐ横で声がする。咄嗟に振り返ると、そこにはいつのまにか近くに来ていた老婆が机に茶を置いている所だった。
気が付けなかった。この人はきっと、強い。ルークはごくりと喉を鳴らし、湯呑みから立ち昇る湯気を視界の端に入れていた。
「……ありがとうございます」
だが、相手がどんなに正体不明であろうと、礼を失する訳にはいかない。ぺこりと頭を下げ、ぎこちなく胸の前で両手を合わせると、老婆は黙ってルークのつむじを見つめた。
「敵は強かったか?」
肺の浅いところで言葉を発するような、お年寄り特有の発音。
だが、そこに声の揺れはなく、確然たる意志を感じさせる響きを伴っていた。
ルークはさまざまな疑問が頭によぎりつつも、老婆の質問に答える。
「はい、彼は僕たちの数段上でした。強い。速い。重たい一撃です。……でも」
でも、何だ。
老婆が無言で続きを促す。勇者はすこし間を置いて言った。
「彼は敵ではなかったと思います」
「ほう?」
興味を惹かれたような声。
ほとんどの髪が白髪に変わった老婆はルークの伏せられた瞳を透かすように見つめた。
勇者は平坦な声で記憶を探って続きを述べた。
「彼に僕たちを殺す気はありませんでした」
「なぜそう思う?」
老婆が尋ねる。
勇者は昔に勉強を教えてくれた教師の声を思い出した。
その人もこうして、何かをルークに気が付かせたいときは質問をしてきた。
老婆のそれも同じだった。だからルークは頭の中で答えを組み立てながら言葉を繋げる。ぼんやりとした考えを結んで、像にしていく。
「……彼は優しいから。蒼燕の勇者だから、じゃなく、ミョウメイという男が優しいんだと思います」
「お主らを嬲っていたように見えたがの」
老婆はほっほっ、と言う。
ルークは頷いた。
「ええ、でも、彼はなんども引き返す機会をくれていました」
思い出すのは、ほんのさっきの戦闘時に交わした会話たち。
──見逃してやるからよ、女出せ。あのガキだよ
──分かんだろ、あの目隠ししてるガキだよ! おい、今なら、たまたま立ち会っただけの奴にしてやれる。出せや
──分かってんのか? コイツに味方するってことは、お前、蒼燕帝国の政争に巻き込まれる事を意味すんだぜ、アホンダラ
今思い返せば結構、いやかなり親切にしてもらっていたな、とルークは思い、同時にそれら全てを切り捨てた自分の言動を思い出し、苦笑したい気分になった。これじゃ、あんまりだ。
「無碍にしたのは僕の方です。だから、今回の敵っぽいのはきっと、僕のほうでしょう」
老婆はルークの述懐には答えず、ちいさく呼吸音のような相槌をしただけだった。
常に細められた目や変わらない口元からは表情は読み取れない。
だからルークは相手の反応を待たず、『ただ──』と続けた。
「それでも一つだけ許せなかったとすれば、ひとの尊厳を簡単に踏みにじったこと」
ルークは懐から布を取り出し、部屋の物を動かしていたシュンカを呼んだ。彼女は不思議そうな顔で素直に勇者の前まで小走りで来ると、疑問を表すように頭を少し傾げた。
「尊厳を、触れられたくない場所を、配慮なしに抉ることは許してはいけない。許したら、どこまでも人は踏み躙られる」
はい、とルークは手に持ったくしゃくしゃの布を渡した。
それは先ほど、ミョウメイに剥ぎ取られた彼女の目隠し布だった。この空間に招かれる前、回収していたのだ。
思いもよらない物を受け取ったシュンカは龍の眼を大きく見開き、震える手で藍染の布を受け取った。
「……ありがとう、ございます。異人さま」
彼女は布を直ぐにはつけず、そっと胸に存在を確かめるように抱いた。そうしてしばらく目を閉じて自分の心の中で何かを噛み砕くと、慣れた手つきで布を目元に装着した。その動作は流麗で、水のように美しかった。
出会った頃と同じ格好に戻ったシュンカは、改めてルークに深々と両手を合わせ頭を下げる。そうしてまた部屋の物を動かしに窓際まで走っていった。
「ところで……あなたは?」
心残りだった件がひと段落して、霞色の後ろ姿を見送ったルークは、かねてからの疑問を老婆にぶつけた。
「ほっ、ほ。ワシのことは気にするなぃ。時がくれば分かるじゃろうて」
不思議な雰囲気を持つ老女は、そう言っててこてこと中庭まで歩いていってしまった。来る時も急だったが、帰る時も急だ。
あまりに自然に動くので、ルークは呼び止めることも忘れて呆気に取られてしまった。
どのくらいそうしていたか。
老女の行方や正体について探るのは一旦諦めて、大人しく出された茶を二、三度啜ったあと。
部屋の配置替えが終わったシュンカが横に来て、ぺこりと頭を下げた。
「丸薬をお持ち致します。また、少しお待ちください」
◆
こうして三人だけになった部屋で。
正確には二人と剣の状態になっているカランコエだ。いまだ、最低限の戦闘状態は解いていない。
「探知魔術はどうでしたか、アスナヴァさん」
「異常はない。周囲に何もない壁のようなものがあるが、危険な反応は無かった」
そうですか、とルークは頷く。
そして腰に下げられているカランコエをちらりと覗き込み、ぽんと叩いて合図をした。
「カランコエ」
『なーんにも、ないわ。ふしぎなくらい』
その言葉を聞いてルークは顔を上げ、アスナヴァにアイコンタクトを送った。
「ひとまず危険はなさそうです、が何かあったら直ぐに脱出しましょう」
そう言うことになった。
二人は湯呑みに注がれた茶を一口、口の中を湿らせるように含んだ。渋みが薄く、風味が柔らかい。異国から来たことを配慮した茶葉を選んでくれたのだろう。
「それにしても、彼女が、殺されかけた行方不明の第七公主、か」
アスナヴァが机にこと、と湯呑みを置き呟いた。
いまカランコエは剣になっていて、傍目から見れば二人だけなのだが机の上にある湯呑みの数は三つある。
「やったのは、帝位を継承する権利が一番強い第一公主か、第二公主、でしょうか」
ルークは顎をさすりながら言った。
下手なことは言えないが、大抵こういう継承争いはパターンが決まっている。決めつけるのは危険だが、予想はできた。
その中にシュンカが命を狙われるほど、深く巻き込まれた理由としては──
「龍は特別な存在みたいですからね。龍の特徴を持つ彼女は祭り上げられて、本来なら安泰なはずの公主たちを彼女が望まずとも脅かしてしまう……」
そうして危険に思った公主たちが排除に走ったのだろう。
『なんぎね、せいじのことは』
興味なさそうな声色でカランコエが震えた。
実際、彼女の興味は卓上にある湯呑みに向かっていた。飲みたいのだろう。いま戦闘状態を不用意に解除するわけにはいかず、ルークは謝罪を込めて柄頭をぽんぽんと叩いた。ぱち、と魔力が走って微かな痛みがある。怒らせてしまったようだ。
「整理すると、僕たちは
そうだな、とアスナヴァが首肯する。
「なら、悪役はきっと僕でしょうね」
さっきの老婆との問答を思い出す。
状況を並べて、俯瞰してみるのは過去王国で戦場にいた時に得たやり方だ。状況を冷静に分析しなければ袋小路に追い込まれて、いつの間にか死ぬ。ルークは特に含みもなく、ただ日常会話のようにそう言った。
「ここから先に進むのなら、続く物語は帝国にとっての、悪役側の物語になるだろうな」
すこし息を吐きながらアスナヴァが天井を見上げた。
装飾のある梁が走っている。これも龍を象っていた。
『あら、たのしそうね』
カランコエが一定の周期で震えた。きっとこれは笑っているんだろうなぁとルークは思った。
「善とか悪とか。考えてはないです。僕は僕の道を歩くしかないんだから」
「ほう、凄い割り切り方だな。どうした、君らしくない気がする」
天井を見ていた麗人が、ぐっと腰をそらしてルークに目を合わせた。
無言で話の続きを促す。彼女は戦闘の腕は確かだが、それ以上に医療の人であった。だからこういう機微には聡い。そして彼女の瞳は透き通った水晶のように、相手をそのまま映すのだ。
見つめられた勇者はたまらず目を逸らし、沈黙した。
アスナヴァは何も言わない。
じっと、ルークを見ている。
「……剣を初めて持った時から、これは殺すための道具だと分かっていながら握った時から、きっと僕はこの後、自信を持って明るい所を歩けないと覚悟していましたから」
結局、勇者はぽつぽつと話を始めた。
語り口の言葉が遅い。それだけ、彼にとって言いづらいことだった。
「そんなことは」
ルークの言葉に咄嗟にアスナヴァが反論するが、勇者は穏やかな顔で、ゆるく首を振った。
「たくさん、殺しました。おおくを、取りこぼして、命を切断しました。息の根を止めて、望みを断ち切ってきた。あの時の感触は忘れない」
ルークは遠いところを見て言った。
そう、誰がどう言おうと。
ルークは他の人の血で、手を汚し、顔に臓物を浴び、魂が汚れてしまったから。そう思ってしまったから。
そんな自分をいちばん知っているのは、他ならない自分だから。
だから。
「殺して、殺して、殺してきた
ルークは言った。
勇者は言った。
己の抱える罪と、見える世界を。
「だって、そうじゃないと、こんなモノが報われてしまったら……ダメでしょう」
「その手は殺す手かもしれないが」
アスナヴァはそう言いながら勇者の手をそっと取った。ほっそりした彼女の手が急に触れて、茶髪の青年はびくりと震えた。冷たい、女性のしなやかさに抵抗することすら忘れる。
アスナヴァはそんな反応を見越していたのか、躊躇わず、力の入らないルークの手を自身の胸に添えさせた。
「え、ちょ、ちょ!?」
ルークが慌てる。
かといって振り解きもできず、あわあわとするしか出来ない。腰の剣がカタカタと震えた。
アスナヴァの瞳と目が合う。水晶のように冷たい、静かな瞳が麦色の目を捉える。
それと同時に、手のひらに伝わってきた温度と、一定間隔の拍動があることに気がついた。アスナヴァの心臓の音だ。
「それに救われた命もある」
静かに落とす声で彼女は言った。
「剣を振らなくてもいい世界に生まれたなら。君はきっと、いちども命を奪わないで済んださ」
もし仮に。同じことをルークはアスナヴァに言うだろうか。
彼女は思う。
『殺してきたお前は、ろくな結末を迎えないだろう』とアスナヴァや、他の戦士たちに言うだろうか。
言わない。きっと、彼は言わない。
人にはそういう態度なのに、自分のことだけは許していない。それが勇者ルークの歪みで、現実を正しく認識しきれていない部分で、きっと彼にある幼さなのだろう。
「ふふ」
そのことが、むしろアスナヴァには嬉しかった。
勇者ルークがまだ、年相応の幼さを残していることが喜ばしかった。
「──私は君の手の汚れを嫌なものとは思わない。ひとは何かを選んだなら、動いたのなら。どこかしら汚れるから。世界は君が考えているほど、綺麗ではないさ」
かつて彼女は吐瀉物に塗れた男を見たことがある。骨が剥き出しになった腕を見たことがある。膿が吹き出した身体を見たことがある。
そのどれもが、戦った証だった。
「だから、私には、そういう汚れや嫌さが醜いものだとは、とても思えない」
そして。
「そんな君だからこそ、彼女もついて来てくれるんだろう」
今度は一度だけ。
ルークの腰にいつまでも在った剣が、微かに震えた。
「だから、君に問おう。これは君の仲間として、よりも人生の先輩として、の言葉だ」
「
ルークはその疑問に答えられなかった。
アスナヴァは、それでもいい、と思った。
「君は自分に対して諦めが多くて、それであまり直視できていない。だから──」
「ゆっくり行こうか」
しばらくは。
心が君に追いつくまでは。
アスナヴァは穏やかにそう言った。
◆
「お待たせいたしました」
しばらくして。
中庭の扉が開いて、両手に盆を持ったシュンカが部屋に入ってきた。
紅い塗料で艶のある色をした盆の上には黒紫の丸い、小ぶりな木の実のような物が山のように積まれている。
「妙来軒特製の造血の丸薬です。お飲み頂ければ、失った血が早く戻ります。貴女様の選んだものをわたしが先に飲んで見せますので、どうか」
シュンカはそう言って盆を机の上に置き、しずしずと指し示す。
アスナヴァはそんな彼女の様子を見て苦笑し、ひょいと一粒を摘んだ。
「そこまで疑ってはいないさ」
そして飲みこむ。
その後、直ぐに彼女にしては珍しく眉間に皺を寄せた表情をした。
「……苦っ」
その声は、ぼそりと、小さく、注意しなければ聞き取れないほどのものだった。
ルークはシュンカを見る。
龍の瞳を持つ第七公主を見る。
霞色の彼女が不思議そうに見つめ返してきた。
選択の時間だった。
このまま、彼女を助けて明らかな政争の渦を巻き起こすか。
それとも、ここで彼女と別れ、元の大陸に戻るか。
勇者は考える。
あらゆる可能性と、選択肢と、命を考えて。
考えて考えて、その脳裏のどこか遠いところで、くすくすと笑う魔女の声を聞いた。
答えは始めから決まっていた。
ルークは、×××なのだから。
【選択肢】
▶︎ [彼女を助ける。]
⠀ ⠀ [見捨てて元の大陸に帰る。]ほんとうに?
【Y/N】