おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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29話 少女行記

 

 魔王が蠢く。

 古来より生きていた、ふるい魔王が。

   

 魔王が目覚める。

 何かあったから、ではなく。ただのタイミングの結果として。

 

 魔王が空を見る。

 蒼燕の天はどこまでも続く色をしていた。

 

 魔王は動き出した。

 蒼燕の地で。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 どんなに自分が未熟でも。

 相手の言ったことには軽率に、頷かないことだ。

 

 シュンカは遠い目をしながら思った。

 

「Ha fu fu」

 

「おっ、と──飛ぶよ!」

 

 四本の角を持った羊が、牙を剥き出しにして突っ込んでくる。

 それに勇者ルークが素早く反応して、近くの枯れた珊瑚を足場に飛び上がる。まるで曲芸師のような早業に、勇者の腰に抱えられたシュンカは急加速のGを腹に受けることとなる。

 少女の柔肌に勇者の籠手が食い込み──

 

「ぐ、ェッ……!」

 

 結果、乙女が出してはいけない類の声を口から漏らす事となる。

 遠のく意識に、慌てる勇者の声を聞きながら、シュンカはこの状況に至った経緯を思い出していた。

 

(これじゃ、まるで走馬灯……)

 

 そんな思考を残しながら。

 

 

 ◆

 

 

 第一公主に龍の加護を授けて、次期皇帝を確定させることで、シュンカを政争から解放する。

 そのためには必然的に龍に会う必要があり、“何でも屋”によると龍への道は、78日後に飛燕山脈の頂上に開かれるらしい。

 

 

「じゃあ、3から4週間くらいしてから出発すれば、余裕を持って頂上に辿り着けるかな」

 

 永遠に春が続く『異界』はだんだん軋むような家鳴りを響かせて、閉じゆく前兆を感じさせた。

 その中で勇者ルークは肩の力を抜きながら言う。

 

「いや、お前さんら、今すぐ出んと、辿り着けんぞ」

 

 だがそれに待ったをかけるように、老婆が口を挟んだ。

 

「あの山脈の頂上は、特定の入り口がある。普通に山を登るでは辿り着けん」

 

「へ?」

 

「入り口は山脈の反対側にある。この都を出て、何日も森を抜け、人の住む領域でない平野と霊廟を超えて、その先にある地下堂を尋ねるんじゃ。そこに、山脈頂上へ行ける唯一の道がある」

 

 

 ◆

 

 

 そして、現在。

 “何でも屋”の情報から3日経過。

 残り 75日。

 

 三人とシュンカは素早く装備を整えたあと、急いで都を飛び出し。

 

 常磐木の森を借り受けた竜車で最速で駆け抜けたあと。

 ルーク達一行は、霧立ち込める人ならざる物の領域の平野に出た。

 

 そこは常に視界が十数メートルしかなく、辺りには枯れた木のような色褪せた珊瑚が突き出していた。足首までは牛乳のような濃い霧が漂い、状況が悪かった。

 竜車の竜は怖がって先に進もうとせず、結局都に帰すしかなかった。

 

 そして何より──

 

「Gya Gya gya 」

 

「右に三体!」

 

 角同士を打ち鳴らしながら、肉食獣の様相を呈した羊が、新鮮な肉を噛みちぎろうと迫ってくる。

 霧の中から血走った目と、飛び散る唾液の顔面が飛び出してくるのは心臓に悪い光景だ。

 

 銀の髪を軌跡のように靡かせながら、アスナヴァは横っ飛びをして位置を調整。そして構えた細剣で突っ込んできた三体のうち、一番右側の羊を耳から反対側の耳へと貫いた。羊は泡を吐きながら力を無くしたようにくずれ落ちる。

 そして残りの二体は既に空中に飛び上がっていたルークにより、落下の勢いのまま首を落とされる。

 

 ケッ、という空気の抜ける音を最後にあたりには静寂が戻ってきた。

 魔物との戦闘を経ても三人は無傷での勝利となる。潜り抜けてきた戦場の数と、連携の高さが伺えた。

 

「……ぅ、お、おわりまひた、か……? 異人さま……」

 

「あっ! ゴメン、大丈夫!? 咄嗟に掴んじゃってごめん!」

 

 青い顔をするシュンカを除いて。

 彼女は戦闘開始と共に、帯をルークに掴まれ、勇者の空中軌道を強制的に体験したのだった。もう三半規管は揺れに揺れ、腹は帯が締まって圧迫されるわ、普通なら体験できない惨状をたった数十秒で味わうこととなる。

 

「だいっ……じょうぶですから……あの、やっぱり少し離れていただいてッお──」

 

 

 そこから先は語るべくもない。

 乙女の尊厳は、険しい顔をしたアスナヴァによってかろうじて保たれた、とだけ。

 

 

 ◆

 

 

「索敵したが、他はいないようだ」

 

「ありがとうございます、アスナヴァさん。いつも助かっています」

 

 いつもより腰の低い姿勢でルークは頭を下げる。彼の長い茶髪が垂れて、アスナヴァは無表情のままひとつ息を吐いた。

 

 横にはぐったりとしたシュンカ。目隠し布をしていても目を回してグロッキーだと分かる。寒い平原にあっても、この時だけはすこし薄着になっていた。理由はさっきの惨状のせいだ。

 

「深く、反省をしております……」

 

 勇者ルークは低い声で述べる。

 

 彼は先ほど、咄嗟のことで仕方ないとはいえ淑女の扱いについて少しアスナヴァに怒られたのだった。とはいっても彼女とて戦場は知っている。そこに気遣いが必ずしも必要とは考えておらず、今回の件も、異性との付き合いの経験が圧倒的に乏しい勇者のために一般常識を教えた形だ。つまり形を変えた茶番。茶番の形をした勇者に対しての教育だった。

 

 曰く、女性を運ぶ時は腰帯を掴んで持ちやすいように持ってはいけない、と。

 

「やるなら、こうだ。いわゆるお姫様抱っこというやつだな」

 

 銀髪の麗人は真顔のまま、何かを横抱きにするポーズを取る。真剣な表情だった。勇者はなるほど、と頷く。平常心ならきっと違和感に気がついただろうが、怒られた後であり、なによりアスナヴァが真剣な顔をしていたので信じた。

 

「こうすれば婦女はたちまち君に心臓を高鳴らせる筈だ」

 

「なんの……はなしを……しているのでしょう」

 

 そんな2人のやり取りを聞いていたシュンカは、息も絶え絶えになりながらも、小声で声を上げざるを得なかった。

 

「さあ」

 

 答えたのは、剣の状態を解除して、背中をさすってくれていたカランコエだけだった。

 

 ◆

 

 この平原の名前は“海底幽野”というらしい。

 

 その名の通り、辺りは時折、細い木がある以外に遮蔽物はほとんどない。霧は濃くなったり薄くなったりをするが、たいていは前方になるにつれ木の緑色は白色に絡め取られぼやけていく。

 

 時折地面からは枯れた珊瑚や、直立する海藻類が生えていた。まるで海底の水だけがなくなったような平原だ。基本的にはぞくぞくとするほど気温が低く、吐いた息は白くなった。

 

 

 魔物の死体はカランコエが鍛造をして三振りの剣にした。シュンカは驚き、剣を見せてもらうと、それは等間隔で溝の入った、羊の角のような直剣だった。全体的に黒ずんだ黄色の艶がある。

 

 

 そうして戦闘後の点検を終えて、一行はしばらく歩く。足元は濃い霧が沈澱し、歩くたびに巻き上がる。そんな風景を見ながら歩き続ける。

 

 すると前方に白い壁が見えてきた。

 近づいてみてみると、ぼろぼろの壁材だった。漆喰が剥がれて地面に積もり、手で仰いで地面近くの濃い霧を祓うと、剥がれた壁材の上に苔が生えていた。

 

「廃屋、か」

 

『ぼろぼろね』

 

 屋根の一部は崩れ、瓦が落ちている。人が住んでいるようには見えない。

 

 中に入ると、地面は木の板で出来ていたようで、一部は腐り自然に還っている。どこからか種が飛んできたのか背の高い植物が中に存在を主張していた。まるで出ていった家の主人の代わりに所有権を主張するような堂々さだ。

 

「ふむ」

 

 廃屋は2部屋のこぢんまりとした作りで、壊れた壁からは外を見ることができた。外を見ると、家の近くには潰れた水溜の桶が壊れて散乱していた。きちんと機能していた時はきっと樽を縦に半分割ったような形をしていた筈だ。ずいぶんと時間が経っている。

 

 

 現在ルーク達がいるのは比較的大きな部屋。そして奥にもう一つある、一段床が下がり土間となっている部屋が廃屋の全てだった。小さく、それこそ旅人に向けた休息用の建物だったのだろう。ルークの王国にも似たようなものはあった。

 

 土間の部屋に入ると、窓が一つ高い位置にしかなく、木製の柄をもった鍬や、数打ち品のようなシンプルな剣が植物の蔓の中に囚われていた。その他、ちぎれた縄や木箱がある。どうやら物置のようだった。

 

「今夜は此処にしようか」

 

 ルークのその一声で、今日の旅はひとまずの終わりを迎えたのだった。

 

 

 ◆

 

 これで、いいのか。

 

 幾度となく問いかけてきた疑問を浮かべながら、シュンカは廃屋近くの乾いた木を拾っていた。近くに林があり、浅い位置なら安全に木を拾うことが出来たのだ。一応、近くにルークがいる。

 

 ある程度の数が集まったところで、廃屋の外で夕食の準備をしているアスナヴァの所へ向かう。

 

 

 この旅は、自身のために行われているものだ。

 

 

 シュンカは考えながら、目の前で切り分けられる肉を見る。火を使う関係上、外で調理が行われる夕食の支度は、霧を通して見える朧げな夕陽の中で、鮮烈に見えた。

 

 今日の肉は、襲いかかってきたあの羊をアスナヴァが可食部を剥ぎ取っていた物だ。主に、脚の周辺。内臓のあたりは場合によっては毒があることがあるので解毒設備がない限りは基本的には廃棄する。そうすれば獣が食べると彼女は言っていた。シュンカは解体作業に顔を青くしながらも、知らぬ知識に頷いていた。

 

 

 肉が切り分ける用の岩の上に乗る。段々と見慣れた形になってきた。これは、今日、命を散らした獣たちだ。

 シュンカの旅の途中で襲いかかってきたからこそ、仕留められた命だ。

 

 この旅の中で、シュンカのために奪われた命だ。

 

「さ、塩を取ってくれ」

 

 シュンカは勇者ルークの荷物の中から手のひらより小さな瓶を取り出し、アスナヴァに手渡す。初日にも同じことを求められて、そこで初めてこの荷物に塩があることを知った。

 

 瓶を手渡したあと、塩を揉み込まれる獣の中を背景にシュンカは自分の手のひらを見る。綺麗な手だ。卑怯ものの手だ。

 

 こんな、他の命を押し退けてまで生きる価値はあるのか、と。シュンカは思いがけずぽつりと呟く。

 その言葉は、隣で鍋の用意をしていたルークに聞こえたようで、彼は視線を向けずに言った。

 

「戦わないと死んじゃうからね」

 

 僕たちは。 

 

 勇者は石を集めて四角の囲いを作り、薪を下に敷いていく。そしてシュンカが傍に集めていた追加の薪を手に取ると、懐から火打石を取り出して打ち鳴らす。そして火種を作った瞬間にすかさず魔術を行使して親指くらいの火種に変えた。

 

 シュンカが初日に『それは何をしているのですか』と尋ねると、小さな火花を初級生活魔術で大きな火種に増幅しているんだよ、と教えてくれた。地味だが便利な魔術だと思った。星の動きなら知っているが、こういうことはどれも知らなかった。

 

 

 薪に火がつく。

 ぼうっと熱が周囲に広がり、見えない手で撫でられているようだ。手や指の冷えた末端が少しくすぐったい。目の辺りがちくちくする。これが火の近くにいるということ。シュンカは瞬きをする。

 

「──魔物は放置すればいずれ人の生存域まで存在を探知して近づいてくるからな。出会ったら倒さねば、誰かが襲われる」

 

 食材を切り分け終わったアスナヴァが、鍋に食材を投入しながらそっと補足する。肉から先に鍋に入れることで水炊きに、肉の出汁をつけるのだという。逞しい考え方だなと思う。これまで、繊細で計算し尽くされてきた料理ばかり食べてきたシュンカにとってはそうだった。

 火の眩しい橙色に、アスナヴァの綺麗で静かな銀色の髪が反射する。彼女の整った氷のような横顔と相まって、まるで火の精霊のようだ。

 

 野生動物とは違うから、魔物なんだ。

 

 アスナヴァは最後にそう言って野草類を追加していく。ぽちゃん、ぽちゃんと根菜類が水を跳ねさせて沈んでいった。これらは先ほど摘んだもので、この地域で食べられるものを事前に聞いていたらしい。すごい人だ。

 

 シュンカは与えられた薪集めの仕事も終わり、料理を手伝うこともできず、火の前で小さくなるように膝を抱えた。あまり、役に立ってはいない自覚はずっとある。

 

 シュンカは火に当たる。

 身体が冷えていた。

 

 なぜシュンカが連れてこられたかと言えば、皇族の血が必要だから連れて行けとルーク達がお婆ちゃんに言われたからだ。

 

「ごめん、シュンカちゃん。ちょっと天幕張るから手伝ってくれる?」

 

 そう考えていると、いつのまにか廃屋の方に移動したらしい勇者から声がした。シュンカは頭にまとわり付いていた考えを振って落とし、はい、と返事をしながら裾についた土を払って立ち上がった。

 

 

 ◆

 

「それじゃあ、そっちの端持って……そう。じゃあ、いちにのさんで広げるからね」

 

 シュンカが持つのは厚手の布。ツルツルとした素材で、何が原料かは分からない。ともかくこれをいちばん下に敷くのだそうだ。

 

「いち、にの、さん!」

 

 ぱっと薄灰の色が広がって、羽が落ちるようにゆっくり地面に張り付いていく。どうやら綺麗に広げられたらしい。対面にいる勇者は手慣れた様子で金属の細い柱を地面に立てて、布とくっつけていく。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

「はい……お役に立てたのなら……」

 

 家の中に天幕を張るなんて、なんだか不思議な感じだった。天幕にはこの後、寝る直前に布をさらに敷くらしい。地面からの冷えを予防するために高くするのだという。知らないことばかりだ。

 

 シュンカは暗くなる空を見上げて、鍋の前に戻った。霧はだんだんと薄れていって、遠くの空に一番星が微かに見えた。

 手のひらはまだ、冷たかった。

 

 

 ◆

 

 

「さぁ、出来たぞ。熱いからな」

 

「ありがとうございます、アスナヴァさん。──では。女神のみめぐみに感謝します

 

「……め、女神のみめぐみに感謝します

 

 慣れた様子で食前の祈りを口にした勇者に倣い、シュンカもぎこちなく追従をする。

 すると、隣に座っていたアスナヴァが少し目を見開いた。4人の位置としては、鍋を中心に囲い、各々が地面に椅子がわりになるものを敷いている。

 アスナヴァは驚いた表情からすぐに柔らかいものに変わり、ちいさく微笑んだ。表情が変わらない彼女にしては珍しい反応だ。それだけに、シュンカはちょっと真似ごとをしただけで過剰に誉められている気がして居た堪れず、肩を窄めて身を小さくした。

 

 差し出された木の椀を両手で受け取る。じんわりと暖かさが身体に染み入ってくるようだった。

 

 一口飲むと、あまりの熱さに目を回してしまう。どうにか飲み込むと、正直にいってくさいと思ってしまった。獣の匂い、と言うのだろうか。

 

「悪くない」

 

 同じくスープを飲んだアスナヴァが呟く。

 

「美味しいです、とっても」

 

 同じようにルークも続いた。

 

 シュンカがちら、と周囲の様子を伺うと、ルークとアスナヴァは満足そうに舌鼓を打っている。白髪の、同じくらいの歳のカランコエだけは無言でスープを飲んでいた。

 

 もう一口飲む。

 さっきよりも、奥にある肉の美味しさが感じられるようだった。

 でも、すこしくさい。

 

 そんなことを思いながら、シュンカは胃に食べ物を落としていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 そして夜。

 天幕の中に、携帯用の毛布にくるまりシュンカは墨色の布を見上げる形で、目が冴えていた。

 外ではルークとアスナヴァが少しの間作業をしていた。シュンカとカランコエは先に寝るよう言われている。耳をすませば2人の会話が聞こえてきた。何を言っているかまでは分からない。

 

 もぞ、と毛布の中で身動きをした。

 

 天幕の中は意外なほど暖かい。それは、先ほどまで焚いていた焚き火の炎を消して、赤く光る状態までにした熾火を集めて、灰を被せていたから。熱源が近くにあり、寝る分には問題がない。

 

 シュンカは寝返りを一つ打った。

 

「ねれないの? さっきのこと、ずいぶん、きにするのね」

 

 びっくりした。

 シュンカは肩を跳ねさせて、ゆっくりと首だけ振り返る。そこには白い髪を地面に放り投げて、向こうを向いている女の子がいた。カランコエという剣に変わる不思議な少女だ。彼女の髪は本当に真っ白な、象牙のような髪だ。一房、そこに勇者の色が混じっているのが気になる。

 

「すみません、煩くしすぎてしまいました……」

 

 シュンカが小声で言えば、天幕の中で声が実体を持つようだった。彼女はいま、外と切り離された空間にいる。天幕の中はもう一つの小さな世界だった。

 

「このようなウジウジとした考え方……もう、異人さまがたは過ぎ去っているというのに」

 

 幾分か、自己嫌悪を滲ませた声でシュンカが言う。布が擦れて、シャリという音が鳴った。

 

「わたしも、むかし猪のまものをころしたことがあった」

 

 無言の間が続くかと思われたその時、白髪の少女は唐突に語り出すように口を開いた。シュンカはあわてて開きかけただった口を閉じる。

 少女の言葉を待つためだ。

 

「襲ってきたから、しかたなく。それで、こっちもぼろぼろになって、なんとかころして。くたくたのからだで、動かないにくのかたまりになった猪をみて」

 

 それで──

 

 

 

「すごくきぶんがわるかった」

 

 公主の少女は目を見開く。

 耳に入ってきた言葉が打ち水のような衝撃だったから。

 

「あなたが、悩むってことは、それだけ真剣にむき合ってること、……ね」

 

 カランコエは返事も聞かずに続ける。

 もともと、返事なんて期待せず、語り聞かせる口調だったから沈黙が返ってきても気にしていないのだ。

 

「それだけ大切に考えてるってことだわ」

 

 シュンカの衝撃は抜けない。

 まさか、遠い世界の住人だと考えていた彼女が、おんなじような考えを持っていたなんて、と。

 そう思った瞬間、なぜだか急に近くにいた同世代に見える彼女に抱きつきたくなった。

 話したくなった。

 距離をいっぽ、詰めてしまいたくなった。

 

「いつか……こんな、いやな、せかいをこわしたら……」

 

 カランコエの声が間延びしていく。

 鈴のような声が不明瞭になっていく。だんだんと眠気に押されて、白髪の少女は言葉の間が長くなってきた。

 シュンカは内から湧き起こる感覚を布団の中で押し留めるように、ぎゅっと両足を抱えるように丸くなった。

 

「だれも、しなない、だれも……きずつかない……きずつけることができない……そんなせかいに……」

 

 手足がじん、と血が巡る。

 ぼんやり暖かくなる。

 シュンカは毛布の中で、肌のざらつき、すこしぱさつく髪の毛、万全万事いってない身支度を感じた。でも、嫌じゃなかった。

 

「そしたら……そした……ら……」

 

 そうして天幕の中は静かになった。

 どれくらいしただろうか。

 

 外から歩いてくる音がして、入り口がちょっとだけ開かれる。外の冷たい冷気が流入してきて、その分新鮮な空気に頭が冴えた。

 

「……起きているか?」

 

 顔を見せたのは、小声のアスナヴァだ。

 彼女は中のシュンカと目があったのを確認すると、すこし目尻を緩めて言った。

 

「外を見てみろ。面白いものが見れるぞ」

 

 彼女はそう言って天幕の入り口から離れる。

 切り取られたような半端に空いた入り口からは、満天の空が見えた。

 

「わあ……すごい……」

 

 霧の晴れた夜空は蒼黒く、瑠璃の大岩石のようだ。そこに光る尾が何条も流れていく。

 なんども、なんども。光っては消えて、光っては消える。

 

 流星群だった。

 

「空に還った魂たちが、別の世界に渡っている。これだけ一度に見えるのは壮観だな」

 

 アスナヴァの声もそこそこに、シュンカは目の前で繰り広げられる星々のショーに目が釘付けだった。

 アスナヴァもその様子に気ついたのだろう。ふう、と優しい息を吐いて『少し寒いかもしれないが、ちょっとだけ開けておこう』と言い残し、そばを離れた。

 

「わぁ……」

 

 これまで狭い碧燕宮しか世界を知らなかった少女は、ずっとずっと、天を滑る星のかけらを見続けていた。

 

 ずっと、ずっと。

 それこそ、いつのまにか意識がなくなるまで。

 

 

 つらいことも多い。

 この旅に、未だ迷いもある。

 

 だけどシュンカは、この夜のことを決して忘れないだろうと思った。

 きっと、死ぬまで。ずっと。

 

 霧の平野で見た、流星群の夜空を。

 

 

 

 

 

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