懐かしい料理屋の、あの油の匂いは遠く。
燃える煙と、髪の毛の溶けた香りが鼻をつく。
少女は空を見上げていた。
◆
シュンカが巻き戻った日の夜。
蒼燕の下町、仕事終わりの人々で賑わう大衆料理屋は、ある種の緊張感を保っていた。
「あ」
「あ?」
少し前に、シュンカという第七公主を巡り、戦った両者。
王国の勇者と、蒼燕の勇者は、食べ物の匂いに包まれながら、邂逅を果たしたのだった。
◆
「なんで手前ぇがいんだよ。こんなトコによ」
揺らぎのない、腹から響くような声。
赤黒い髪を持つ蒼燕の勇者である、ミョウメイはつかつかと歩み寄る。
他の客達はすこし椅子を引いたりして、彼にぶつかられないよう距離を取った。
店の明かりが揺れる。店員の女性が行燈のようなものを立てかけ直して調整した。
「おい、勇者。お前、分かってんのか? あんな事があったってのにまた俺さまの前にのこのこ現れたってことは……」
ミョウメイはズイと顔を近づけ、ルークに迫る。勢いは胸ぐらを掴んでしまいそうなほどで、まもなく手が届く、というところで、スッとしなやかな手が二人を遮った。
「ミョウメイ、座りぃ。
静かな声を出したのは、藍色の髪を持つ、狐族の女性。ホウファンだった。
彼女は先ほどまで纏っていた軽薄な雰囲気を一切消して、真剣な目で黒い勇者を見つめていた。深い夜空のような瞳が凪いでいる。
「……クソババアも居んのかよ」
「ホウファンさまー!」
ミョウメイは勢いを無くしたように舌打ちをする。すると、彼のすぐそばでハラハラとした顔で成り行きを見守っていた狐の少女が、ミョウメイの後ろから飛び出して、ホウファンに抱きついた。
「おぉ、フゥリちゃん。お久しゅう。元気、しとったかー? このあほ勇者にヘンな事されてへんかったかぁ?」
「はい! フゥリは元気です! 主様もお優しいです! 今日もご飯を食べに連れてきてくださいました!」
ホウファンは腰のあたりに抱きついてきた少女を慣れた様子で抱き止める。そしてそのままフゥリの髪の毛を梳くように撫でた。氷河のような青色をした少女の髪がさらさらと流れた。気持ち良さそうな声がくるくると響く。
ミョウメイは表情をさらに崩して、嫌そうにした。
「クソッ、こんな事ならとっとと帰りゃよかった」
「まぁまぁ。ミョウメイ、お国のことやで。話は聞かんと、やろ?」
ホウファンがそう言って、最後に軽く首を傾げるようにミョウメイを見ると、彼は心底嫌そうに舌打ちをひとつ。そして近くから空いている椅子を引きずり、ルーク達の机にくっつけるとドカリと腰を下ろした。腰につけた青龍刀がかちゃかちゃと揺れる。
「あの、どういう……」
ルークは困惑げに言う。ホウファンの話にミョウメイの名前は挙がっていたので、知り合いだとは思っていたが、想定より親しげな二人のやり取りには目を丸くするものだった。
その様子に気がついたホウファンは楽しげに鼻を鳴らした。
「あぁ、ミョウメイはわっちのお付き、みたいなもんやね」
お付き。
ルークが同じ言葉をなぞるように口にする。
「そ。説明、あったかいな? わっちは大砲としてはまぁまぁなんやけど、あんまり守りが硬くないんよぉ。やから、わっちが叛意を抱いた時とか、乱心した時に頸を跳ねるんがミョウメイの仕事の一つ」
そう言って狐の彼女は胸を張って杯をあおった。
内容はぞっとしないものなのに、誇らしげな友達の話を自慢するような響きだった。
ルークは少し驚く。
ホウファンという女性は、隣に自分の首を切り落とすギロチンの刃を置いて、楽しげに笑っているのだ。彼女の細い首を、血管と頚椎と神経の束ごと、まとめてぶち切る青龍刀の輝きを見て、穏やかなのだ。
「ペラペラ喋んな、性悪女。お前ぇの口はろくなこと喋らねぇんだから閉じとけ」
そこにはきっと、ホウファンとミョウメイの間で積み重ねてきた物語があるのだろう。そういう関係性の積み重ねが、いまこうして二人の間の空気として析出している。
機嫌が良さそうなホウファンとは反対に、ミョウメイはずっと不機嫌を表に出し隠そうしない。だがホウファンも慣れた様子で、すこし高いトーンで口に手を当てて大仰に驚いてみせた。
「んま、そんなこと言って。性格の良いか悪いかなんて、判断するヤツにとってあれこれ変わる不正確なもんやろ。結局は相手によって益か害かで判断するもんやけ」
言葉と一緒にピンと張ったミミが、店の照明を浴びて橙色に染まる。
店内は夜が深まるにつれ、寄った客のざわめきで音が溢れかえってきていた。
食欲を誘う、油の匂いが空気に乗って漂ってくる。
「性格の良し悪しなんて、そんな不確かなもんで一喜一憂する方がムダやわぁ。結局は自分にとって性格が良ければ、それでええやない」
ホウファンは機嫌良さそうに持論を語る。
その口調は滑らかで、何度も語り慣れている話なのだろうな、とルークは思った。ちび、と自分のコップに入っている果物水を口の中を湿らすように飲む。店の環境か、油の多い食事をしたからか。思ったよりも喉が渇いていたらしく、水は乾いた砂に染み込むように美味しかった。
「まぁ、でもわっちはこの国にとって益やし、その意味でいったらわっちは蒼燕にとって性格が良い、ってことやね」
「よくそこまで舌が回るな。何枚かあんのか? だから味覚が壊滅的なのか、お前は」
ミョウメイは吐き捨てるように言う。
ホウファンはシッポをぼん、と膨らませて席を立ち上がった。
「はぁー? そないなこと、あらへんわ! ……ま、でも。わっちの頸飛ばすようなことがあったんなら、んふふ、ミョウメイ。また、汚れ仕事やねぇ」
だがその勢いも最後までは続かず、彼女は言葉の途中でくすりくすりと笑い出し、またご機嫌な様子で椅子に腰を下ろす。
ミョウメイは頭が痛そうに右手で額を押さえた。
「くそ。とっとと本題に入りやがれ。俺さまは忙しい。お前と違ってな」
「せっかちやわぁ。ま、端的に言おうか。なんでも、この国に近々災いが来るらしいわ」
しなやかな手が、酒の入った杯を机に置いて、白い肌を撫でる。ホウファンは目を細めながらミョウメイの顔を覗き込みながら言った。黒い勇者の鼻の頭に皺が寄った。
「……それを信じるとでも? クソババア、だが、手前ぇがそう言うって事はなんか根拠があんだろうがよ。勿体ぶってねぇでそこまで話せ」
「そこのシュンカ様が“視た”んだと。アンタも龍眼の事は知っとるやろ? この意味、分かる筈や」
ホウファンに指し示されたのは、目隠しをした霞色の少女。
彼女は日陰にある花のように身を縮こませてすこし俯いた。ほんの少し前に、彼女を襲撃し、攫おうとしたのは他でもない目の前にいる獣のような勇者だったから。
「で?」
ミョウメイが言う。
喉を鳴らすような、よく通る強者特有の声。自分が強いと知っているものが出す、他のか細い声を掻き消す類の発音。シュンカは自身の心臓が、意思とは関係なしに速くなっていくのを感じていた。止めたくても、止まらない。既に本能に刻まれた記憶は、身体に反応を出力し続ける。
「そうです」
その背中に、そっと手を置いてくれたのはルークだった。
心臓の鼓動がきっと彼にも手を伝わってわかってしまう。シュンカはルークを見上げるが、彼は気にした様子もなくミョウメイと目を合わせていた。
シュンカはだんだんと、鼓動が静まるのを感じる。彼の意図を察して、心の中で静かに礼を言った。ありがとうございます。こんな怯懦な心を支えてくださって。なにより、こんな様子を見つけてくださって。
「せやからぁ、ここは一つ。そこな勇者さま達と力を合わせて、危機を乗り切ろうって事やないの」
ホウファンの呆れたような声。
彼女は斜め上に頭を傾けながら、気難しい人への説明に時間をかけている役人のようにポーズを取ってみせた。ミョウメイは“そこな勇者”と呼ばれた存在に目だけを動かして視線を送る。
黒い勇者は何か言いたげに、肺を膨らませたが、多くを飲み込んで、はぁ、と深い息を吐いた。
「あのなぁ……クソババア。知ってんのか、コイツ、こんな人畜無害そうな顔してとんだイカレ野郎だぜ」
「そうなんかい? ありゃ、見かけによらず激しいひとなんやね」
からからとホウファンは笑う。
反対に、ミョウメイは後頭部を、苛立ちをぶつけるように乱雑に掻き、ドンと机に拳を叩きつけた。
そしてぎらつく獣のような瞳で勇者をジッと見据える。
「おい、気狂いクソ勇者。一つ聞かせろ。手前ぇは、何のために勇者に成った。俺さまは、この国のためだ。手前は、いったい何のために女神の加護を拝受した」
「僕は……」
話の舞台が自分に向けられたルークはそこで言葉を一度切る。
多くの視線が王国の勇者に向けられていて、意識が冴え渡っていく。
ホウファンは興味深そうに。
ミョウメイは野生の狼の如く、自分の剥き出しの感情を視線に乗っけるように。
ルークは息を吸い込んだ。
嘘や誤魔化しは、通じない。それをする場面でもない。
思い出すのは、姉の豊かな胸骨の、隙間を肉を押し除けて。強制的に切り離しながら進むナイフの感触。
細胞と細胞のあるべきつながりを致命的に、乱暴に、暴君のように壊していく血に濡れた刃物。
ルークは目を閉じて、息を吐き言った。
「僕は、償いのために。殺した姉の、補填をするために」
だから、彼の口から出された言葉は内容とは裏腹に、ひどく静かなものだった。くだらない、罪の告白だった。
「そうかよ」
意外なことに、蒼燕の勇者の返答はシンプルだった。
飾り気のない返事がひとつだけ。彼はそれだけ言うと、軽く頭を揺らした。
「カン・ミョウメイだ。蒼燕の勇者。『照合の加護』を持ってる。他は教えねぇ」
「僕はルーク。『一刀の加護』を授かってるよ。彼女はカランコエ……あれ、どこ行ったかな」
こうして、場末の酒場で。
蒼燕の勇者と、元王国の勇者が、術尊の導きにより手を取るという摩訶不思議な状況が生まれた。
全てはこの国を襲うという災いに対処するため。
この国に生きる人々のため。
こうして話がまとまったあたりで、黒い勇者は連れの少女の姿がないことに気がつく。彼は頭を振って、あたりを見渡し、水色の髪を探した。そもそも彼がこの店に来た理由は、彼女にせがまれたからであるのに、一体どこに行ったのか。
「おい、フゥリ。どこいんだよ、お前メシが……」
「あ、主様ぁ……」
か細い声が聞こえてきたのは、ミョウメイの斜め後ろ。彼がそちらに視線をやると、狐の少女は銀髪の女性の膝の上に抱えられていた。
「……何してんだ、お前」
「わ、わかりません……とつぜん、フゥリは抱き留められてしまいましたぁ……」
アスナヴァは白い腕を狐の少女の帯のあたりに回し、固定している。もう片方の膝はカランコエが抱えられていた。両膝に少女だ。
「アスナヴァさん?」
「うむ」
一行の中でツートップに小柄な少女が、長身の女性に抱えられている姿はなかなかにシュールなものだった。
「失礼」
アスナヴァはごく自然に、彼女の狐の耳の間に顔を埋めると、深く息を繰り返していた。
「あ、あぅ、あぅ」
頭の上で、凛とした顔つきの麗人が息をするたびに、顔を真っ赤にして身を固くするフゥリ。
「とても、良い、な。カランコエも」
彼女はカランコエの白い髪にも同様に顔をくっつけて呼吸を繰り返す。すぅ、はぁ、と。
その光景は、端的に言えば小さな少女達を、“吸って”いた。
「……もしかして、間違えてお酒、飲まれました?」
ルークの発言に、アスナヴァは普段の硬い視線とは違う、ふにゃりとした視線でルークの方を向き、緩く首を振った。
「にょんで、ない」
「とんだ嘘じゃないですか」
アスナヴァはカフチェクの人らしく酒に酔い潰れる事は滅多に無いが、酔うまでは極めて短かった。すぐに酔うくせに異様にしぶとい。それがアスナヴァ=ニイという女性だった。
「……」
カランコエはアスナヴァの奇行に、背後を首だけ動かしてちら、と見ると、すぐに戻す。そして手に持った果実水をちびちびと飲みながらなされるがままになっていた。アスナヴァなら、別にいいという事らしい。
「アスナヴァさん、離しましょう?」
「いやだ、な。こどもは宝だ。かわいい、かわいい」
ルークの言葉に聞く耳も持たず、アスナヴァは少女の頭に顔を埋める。
どうにか引き剥がそうとするルークだが、アスナヴァは磨かれた戦闘センスを遺憾無く発揮し避け続けている。フゥリはちいさく悲鳴を上げ続けていた。
「お前の仲間は、お前含め、マトモなヤツはいねぇのかよ」
そんな光景を見ながら、ミョウメイが据わった目で吐き捨てた。
さもありなん。
◆
「あ、ぁぁ……」
その五週間後。
再び王国の勇者は、契約者の魔女と共にその命を散らし。
銀の麗人は二度と帰らぬ眠りについた。
「敵は……敵は……、上にいたのですか」
目の奥が疼く。一度目よりはるかに強く、針で刺されるように。
シュンカの旅は終わらない。
なぜ順調と思っていたものがこうなったのか。
シュンカは意識を過去に飛ばした。
燃える都を背景に、また、もう一度。
時は数週間前、あの大衆料理屋でミョウメイとホウファンの協力を得た直後に遡る。
物事はすべて、多少のぎこちなさを残しつつも順調のはずだった。
ルークはミョウメイと協力し、禁軍の援助を得られないか交渉をしていた。相手の全貌がわからない以上、軍事力は強力な対応力となる。
蒼燕にとってまったくの外部の人間であるルーク達に国の軍が協力してくれる事は困難を極めたが、蒼燕の勇者が提言した事が大きかった。
徐々に話は聞き入れられ、皇帝不在の間、禁軍を操る権限を持っている第一公主とのやりとりも可能になりかけていた。
ホウファンはシュンカが伝えた、蒼燕終末の景色の原因を探っていた。
彼女が語った光景とは、あちらこちらで火の手が上がり、空は毒々しく赤く染まっているもの。
黒煙が大蛇のように天を舐め尽くし、悲鳴が耳障りな人間の喉を楽器とした音楽を奏でる。
真っ暗な空には、真っ赤な星がありえない大きさで浮かび、それが都を目指してゆっくりと落ちてきていた光景を。
それを聞いたホウファンは天体の観測を始めた。原因が空にあるのではないか、と。
空の星と、風と、建物の風水を操る彼女は、この国一番の瞬間火力であると同時に、この国随一の研究者でもあった。
最新の設備である、大人五人分ほどの大きさを誇る巨大な天体望遠鏡で、空を観測するための高楼に登り、シュンカの言っていた星を探る。
何日も何日も、極められた集中力で無限に広がる夜空の海をひとつひとつ探っていく気の遠くなる作業。
それをホウファンは日々の様々な業務の傍ら、やり続けた。
そうして数週間が過ぎたある日。
いつものように彼女が望遠鏡を天に向け、観察を続けていたその、最中。
何を彼女は見たのか、発狂した。
15秒間、ホウファンは完全に身体の制御権を無くし、大気中の魔力を束ねた砲を夜空に照射した。
25秒の後に異変を察知したミョウメイが駆けつけ、ホウファンの四肢を切断。無力化をしたが、同時に傷を負った。
それと同時期に、都の魔力耐性の低い人々が一斉に発狂した。
普段通りの会話の途中に、切り替わったようにめちゃくちゃに暴れ出し、目の前の人の命を奪おうとする。料理中の女は手に持った包丁で、一緒に住む男を刺し、鍛治をしていた若い見習いは赤熱した鉄を兄弟子の横隔膜に突き刺した。
串売りの商人は、蜥蜴が刺さったままの商品の串で代金を手渡そうとしていた客の顔面を突き刺し、何も持っていなかった大衆浴場帰りの男は隣の友人を素手で引き裂いた。
都は血に染まり、宿屋で情報を整理していたルークは空が夜に変わり始めるころ。外で起き始めていた異変に気がつき、対処のために飛び出した。
いくつかの暴動を押し留め、都の中心地を目指し進んでいた時。ルークの前に血で描かれた召喚陣が現れる。すでに這い出ていた悪魔に対処しようとカランコエの剣を閃かせた。通常なら、悪魔の体を切り裂けたはずだった。悪魔が何かをする前に無力化する事が出来たはずだった。
だが、最悪に最悪な重なるモノ。勇者が剣を振り上げた瞬間。ホウファンの極光が勇者の脳天から足元までを貫き、蜥蜴の串焼きのように全ての内臓を含む体内を焼き穿ち、対処が遅れた迷宮門に飲み込まれた。
アスナヴァはルークから少し離れた場所で多くの狂気に陥った住民を制圧していったが、最後には一般市民の数に押されてリンチを受け、息を引き取った。
瞬く間に、蒼燕の都は狂乱の夜に陥った。
狂ってしまった人は、周囲の静止も聞かず、自身の肉体が壊れるのも厭わず、指を自ら自らの指でへし折り、吹き出た血をインクに陣を書き出す。
あちこちに悪魔を召喚する門が出来上がって、中から這い出てきた多種多様な悪魔の達に正気を保っていた人々も鏖殺され始める。
老若男女、多種多様な悲鳴のコーラスを聞きながら、火の手が上がる街のなかで、シュンカは気がついた。
ぐうぜん、何の気もなく上を見た時に、気がついてしまった。
都の上に浮かんでいたモノに。
だが違う。
あれは、空じゃない。
「あ……」
そして、分かった。
星だと思っていたものは鱝の腹にある、無数の眼球だったことに。
都と同じサイズの生物。そんな大質量が、上空10キロ地点から落ちてくる。タチの悪い夢のように、空を覆い尽くし、視界を塞ぎ、地表を目指して落下してくる。押し潰してくる。
ソレが近づくにつれ、大気は振動し、遠くで建物が倒壊した。地面が揺れて、場違いにも海の潮のような香りがほんのり漂う。
「あれが……魔王……」
シュンカはまもなく訪れる、絶対的な都の滅びを前に、呟いた。
魔王は、空に居た。
狂気を降らせながら、抵抗力を無くした都に落ちてくる。
きっと、そういう生態の魔王なのだ、と。
頭が痛い。
悲鳴を聞き過ぎて、耳が割れるようだ。
遠くで、誰かが誰かを引き裂いている。
混乱の中に国は落ちてしまった。不意打ちの、地獄。
運の悪いことに、この国一番の実力者と二番目の実力者は皇帝が遠征をしているため居ない。それを分かっていたのか、ただの偶然か。答えてくれるものは居ない。
「たすけ、たす……ぁぁ!!」
「おかぁさぁん! おかぁさん! どこ、ど」
規格外のバケモノを前に、対処が致命的に遅れた末路を、まざまざと見せつけられ続けた。
「私は、どうしたら……どう、したら」
こんな、地獄をどうすればいいのか。
あんなに頼りになった勇者も、ホウファンも、地獄という環境相手には翻弄される要素の一つでしかない。
それに、たたが身の丈に合わない身分を被せられた小娘一人でどう立ち向かえばいいのか。
「ははぁ! 生き残りだ!」
「はははほはは!」
そうしてシュンカの意識は途切れた。
電源を切るように。目の奥が最初より激しく傷んで、目を瞑って。
「──じゃあ、3から4週間くらいしてから出発すれば、余裕を持って頂上に辿り着けるかな」
また、もう一度。
いまだ、谷底の中。
くらやみのなか。
希望は、まやかし。
「あぁぁぁ……ぁ」
まだ、旅の中。
永无止境的旅程 第二巡目 終
第30話 → → 29話 少女行記◀︎
【脅威判明!】 ランク【???】
降下してくる狂気『
完全落下まで あと?? 日