ルークとシュンカが裏路地で出会ったあと。
昼下がりの妙来軒は日当たりの悪さを存分に発揮し、暗い土の中に、4人の影を溶け込ませていた。
「もうすぐだね?」
「左様でございます」
こそり、とルークが尋ねれば、
「じゃ、やるよ」
そう言って勇者は可動するカウンターの端を掴んで、キィと動かした。
『すみません』
彼はそう言って一歩、踏み出した。蝶番は軋んだ音を出して、動く。
瞬間。
ばきゃり、と正面入り口から乾いた木がへし折れる音がした。
明らかな異音に、空気を伝わる揺らぎ。だが勇者ルークは慌てることなく、
ごばん! と破壊音がして、土煙と木片があたりに飛び散っている。逆光となる壊された入り口からは細身の影が覗いてきた。
「これ避けんのか。おっほー、やるッ……ッデェ!?」
聞こえてきたのは若い男の声。
彼が、この妙来軒の入口扉を蹴破り、攻撃を加えてきた張本人であるのだが、今現在、言葉の途中で全身をくの字に折り曲げ、苦悶の声を上げて固まっていた。
ルークはパチパチと弾ける符術の、陣に捕えられた黒い勇者の元まで歩いていき、少し屈んで目線を合わせた。
「カン・ミョウメイだね」
「あ!? 何でテメェが俺さまの……アデデェッ!」
「君のことは聞いて……あっ、シュンカちゃん、出力弱めて、弱めて!」
◆
数分ののち。
破壊された妙来軒の入り口には、電気信号をめちゃくちゃに送られる符術の罠のせいで身動きが取れない黒い勇者と、その横で話しかける茶髪の勇者の姿があった。
タネとしては単純だ。
シュンカの眼は過去を視る。痕跡や、映像、その人の来歴を。
そして彼女の眼は既に前の三巡も視ていたのだ。
だからカン・ミョウメイが何処から来るのか正確に分かったし、どんな攻撃をしてくるかも分かっていた。
Q、突っ込んでくる予定の、ルーク達三人を合わせたより強い勇者をどう対処すればよいか?
何処にくるか知っているなら、それはとても簡単な問題だった。
A、そこに非常に強力な罠を仕掛けておけばいい。
シュンカの使用する拘束の符術は、対象の筋肉に対し電気信号を流して動けなくするものだ。ミョウメイは両膝をつき、両手を後ろで縛られ拘束されていた。紐はアスナヴァが持っていた。
「手荒な真似、すみません。こんな状況で言うのもアレなんですが、僕らに協力──」
協力をお願いします。
そう言ってルークがしゃがみ込み、ミョウメイの顔を覗き込んだ時。ぷっ、と生暖かいものが勇者の頬に吐きかけられた。唾だった。
ルークが顔色を変えず、しかし言葉を止めると黒い勇者は笑っていた。
ギラギラと、野生の獣のように、歯を剥き出しにして。
そして彼は赤黒い髪を地面に付けながら、ゲラゲラと宣った。天上天下、俺さまのモノという態度で。
「ハッ、誰がテメェみてぇなクソの言う事なんぞ聞かなきゃアガガガが」
「シュンカちゃん?」
猛々しい言葉の途中で体を折り曲げ、痙攣を始めたミョウメイ。ルークがすこし困った顔で背後を振り返る。
「……あっ、申し訳ございません、つい……」
そこには、あっ、という表情をして両手を前に突き出し符を操作していたシュンカの姿があった。
電撃牢の出力が下がり、ある程度の自由が戻ってきたミョウメイはくた、と頭を地面に垂らした。
『ためらいなかったわね』
ルークの剣になっていたカランコエが、ぼそりとつぶやいた。
蒼燕の勇者、カン・ミョウメイ。
捕縛完了の瞬間であった。
◆
「この国はまもなく魔王に襲われる。それを退けるために力を貸してほしい。特に、貴方には」
そう言うと、ルークは頭を下げて頼み込む。
彼の薄い茶髪が地面に垂れた。
「はっ、それを信じろと? 何処の誰とも知らねぇテメェの世迷言を」
しばしの時間を置き、2人は会話を再開していた。内容は、先ほどと変わらず。
「僕じゃない。彼女を」
ミョウメイが発した強い口調に、ルークは首を振って否定を示す。そして背後に視線を向け、後ろに控えていたシュンカを差し示した。
「彼女に聞いてみてくれ。君は“照合の加護”を持っているはず」
ルークの発言にミョウメイの顔が歪む。何故知っているのか、疑問なのだろう。それは、ルークの発言が嘘ではないと分かっているだけに。
“照合の加護”は情報では、嘘を暴き、真実を照らし合わせる加護であった。ルークは概要としてその情報だけを持っていた。そこそこに有名な加護であったから。所有者が目の前の勇者だとは知らなかったが。
「仮にそれが本当だとして、俺さまが信じるか? このガキは自分の妄想を心底信じきっているヤツかも知れねぇんだぞ」
ミョウメイはルークの言葉に、皮肉げに顔を歪めて嘲笑で答えた。
元、ソラナム王国の勇者は、彼の国の原風景である、麦畑の色をした目でミョウメイを見つめ、言った。
「真実を照らし合わせる加護。そんなモノを女神さまに授かるような人が、本当のことを見誤るようには思えない」
ルークの言葉に、ミョウメイは一瞬、野生のギラつきを収め、静かな顔で勇者を見つめ返した。黒い目に理性の輝きが現れる。
数秒の静寂があって、黒い勇者は“おい”と少女に声を飛ばした。
「お前の話は本当で、この国の危機か? 俺さまが必要なやつか? 返答には慎重になれよ。テメェの貧相な指を飛ばされたくなければな」
「全て本当のことで御座います。そして、貴方さまのお力が必要なことも。この眼で、視ました」
シュンカが霞色の髪を揺らし、頷いた。
いつもの目隠しは懐に丁寧に仕舞われ、彼女の金の瞳がミョウメイの黒々とした瞳とぶつかる。爬虫類じみた瞳孔が、薄暗い店内に浮かぶように輝いていた。
やがてミョウメイは舌打ちを一つして、肩の力を抜いた。
「分かった。やってやるよ、だが……」
そこでミョウメイは言葉を切り、微かに周囲に視線を散らす。戦闘能力のある程度高い者でなければ気が付けないほどの微かな周囲への警戒。もしくは、捜索。
「──ああ。もしかして、探しているのはこの子ですか?」
その様子に、合点がいったというルークが手を鳴らすと、妙来軒の破られた入り口から、木片を踏んでやってきた影があった。
「主様ぁ〜! 申しわけございませんぅ! フゥリはお役目を果たすことができず、できずぅぅ……! 役立たずの子であります……」
それはアスナヴァに拘束された水色の髪をした狐の少女だった。
少女は身長の高い銀髪のアスナヴァに腰で抱えられ、涙目だ。
ミョウメイは目を見開き、すぐに視線をルークにやった。王国の勇者はそれを受けて穏やかな顔で言った。
「お二人で協力いただけるなんて心強いです」
と。本当に穏やかに。心からの言葉で。
──これに関しては本当に、蒼燕の勇者と協力関係がひとまず得られた事が嬉しかっただけなのだが、状況を見れば完全に人質を取って脅すやり口だった。
事実、ミョウメイは憤怒の形相で歯をギチギチと噛み締めている。
合図と同時に店内に入り、そこですべての状況を一瞬で察したアスナヴァは、フゥリを拘束したままツカツカとルークの元に歩み寄った。そして躊躇いもなく、少し強めにチョップを勇者の頭にかました。
「それではまるきり悪党だ。考えろ、おバカ」
ルークは対人能力が少し低いだけなのだ。戦闘能力に振りすぎただけなのだ。
こうして、悲しい誤解は、銀の麗人の手によって未然に防がれた。ルークは彼女にとても感謝すべきである。
一行は魔王戦に向けての準備を着々と進めていく。イェン・シュンカの過去知識をフル動員した、タイムアタック攻略である。
「じゃあ、次の作戦に移ろうか」
ルークは言った。
そもそも、なぜ蒼燕の勇者を、罠に嵌めてまで捕まえるという強引なやり方をとったのか。協力者に彼を選んだのか。
その理由は数時間前に遡る。
◆
ルークとシュンカの初遭遇から少しして。
まだ、昼前の時刻。
ルークと出会ったシュンカは、一通り感情を吐き出すと、腰を落ち着ける場所として、最初にお婆ちゃんが開いていた店を提供した。
あの、古臭い見た目の料理屋、妙来軒である。
ルークたちはガタつく椅子に腰掛け、一息を入れると切り出した。
「じゃあ、情報を整理すると……」
以下がシュンカの語った情報である。
1.三週間か二月の間に魔王の襲撃がある。
2.魔王はおそらく狂気を振り撒く能力を有しており、住民が発狂する。
3.発狂した住民は悪魔を召喚し、さらに混乱に陥る。
4.そこに魔王の大質量が落ちてくる。
というものである。
「ぜんぶほんとうなら、かんがえることが、たくさんね」
ルークの隣の椅子で、届かない足をぶらぶらとさせながら魔女が言った。実は彼女の興味はあんまり話に向いてなく、調理場から漂う香りの方に向いていた事を契約者のルークは知っていたが、それは黙っておいた。
「住民の避難をしないといけないのか……」
「その為には有力者に頼み込むしかないだろうな。私たちでは余所者だから言葉に力が無い。いくら呼びかけたところで無駄だろう」
くしゃ、と髪を掴んで呟いたルークに、アスナヴァが腕組みをして応えた。人気のない妙来軒は妙に寒く、空気が冷たかった。
他に人の気配はない。
「そうですけど……そもそも有力者、ってモノにあまり縁が無いんですよね、この国だと」
カランコエがふぁと欠伸をした。
ルークは天井を見上げて、軽く肩の筋肉を伸ばした。しなやかな身体がぱきばきと音を立てる。
思い出すのは、故郷の麦畑。そして、笑顔のフローラーリア姫。威厳に満ちたソラナム国王。
元気にしているだろうか。知る術はないが、そうであってほしいと願うのは癖のようになっていた。
フローラーリアはよく、下町まで城を抜け出しては遊びに行っていた。普通なら大変危険で、お叱りものだが、彼女はむしろ攫いにきた者たちを逆に探知して犯罪組織を突き止めたりもしていた。
無茶な成果のあげ方である。姫がやることでもない。そして、たいていそんな無茶に付き合わされるのは勇者のルークであった。
「懐かしい…………あっ」
少しの間、瞼の裏に浮かぶ景色を眺めていた勇者だったが、急に目を見開き、がばりと体を起こした。
「シュンカちゃん、その、この後襲撃してくる“勇者”の雇い主って、誰だっけ?」
「え……と、ねえさま──第一公主で御座います」
「ふむふむ、なるほど」
ルークは思考を整理するように顎に手を当て、考え込む。さらりと前髪が彼の顔に落ちた。しかし、勇者は気にする様子もない。思考に没頭し、あらゆる可能性を考慮し、演算している。アスナヴァはその横顔を見て、普段の仏頂面をすこし柔らかくした。
そして、勇者はぱっと表情を変えると、不敵に笑った。
「良いことを思いついたかもしれない」
目元の泣き跡がまだ目立つシュンカは、突然の勇者の発言に目を瞬かせる。
「わるい顔、ふふふ」
料理の香りに夢中だったカランコエが、隣のルークを横目で見てくすくすと言う。勇者はその発言にさらに笑みを深めて、考え抜いた案を口にした。
「このあと、蒼燕の勇者に襲撃されるんだよね? ……なら、襲ってくるらしい勇者を捕まえて、……第一公主様の所に逆に行ってしまおう」
これが、策のあらましだった。
結果は、知っての通り。
◆
「こっちだ、クソ」
その日のうちの夕方。
蒼燕の都を出て、少し歩いた林の中。
ミョウメイは地面の一部を指差し、手を地面に当てると何かを唱えた。不思議な呪文である。少なくとも、中央大陸には無かったイントネーションであった。
すると周囲の景色が霞んだレンズ越しのように歪み、ねじれ、元に戻った時には地面に下へと続く階段が存在している。
アスナヴァが目を細めた。
「隠し通路か」
「そうだよ。黙っとけ。ま、これ以降使おうったって、その頃にはここを廃棄してるから使えねぇけどな」
ルーク達が階段に足を踏み入れると、ヒヤリと湿って冷たい空気が内部に満ちていた。ミョウメイと行動を共にしていた狐の少女が符を空中に浮かべ、それが発光し光源となる。
「フゥリは役に立つです」
「黙っとけ」
ミョウメイが悪態をつく。
符術の白い光は足元をぼんやりと照らし、どこまでも続く通路は、奥が暗く見通しが効かない。あるのは深い闇で、それは化け物の食道じみていた。
かつん、かつんと足音が高い音で反響する中を一行は歩き続ける。
なんとなく、ルークはドゥシアー島の洞窟を思い出していた。
あの時も、今も、ずっとこういう暗い通路を通る時は誰かの命がかかっている時だ。それはある種の宿命のようでもあった。勇者として、多くの命を殺してきたものの、定めだ。
「着いたぞ」
やがて階段は終わり、数十分の通路は上がり調子になる。
そして新たに豪奢な木彫りがなされた細工の扉をミョウメイが開けると、そこは整えられた一室であった。
天井を見上げると、精巧な金属の枠組みに、紙を貼り付けた照明がぶら下がっている。
カランコエがすこし口を開けて、地下との光景の落差に目を開いていた。彼女の赤い瞳が橙の灯りを反射する。
「姉上さま。シュンカで御座います」
ルークたちが周囲を観察している隙に、シュンカは迷いなく歩みを進め、部屋の中央に辿り着くと、霞色の髪を整え、少女は片膝をつき頭を下げて言った。
部屋は長方形で、奥には簾のようなものが掛かっており、向こう側の様子を窺い知ることは出来ないが何人かいることは分かった。ここは秘密の部屋だ。ルークは判断を下した。
「まぁ、……驚きね。生きていたの」
「はい。卑しくも命を繋いでおりました」
簾の奥の声は、そう、とだけ答えた。
声の主は、おそらく第一公主だろう。この場所が特定されぬよう、わざわざこの道を選んできた。実際、ルークにはこの部屋が都のどこにあるのか分からなかった。それに、護衛の気配と張り詰めた警戒心が部屋に満ちている。なにより、この部屋には──
(窓が一つもない)
凄まじい戦力を持つカン・ミョウメイは部屋の隅に静かに陣取り、壁にもたれ掛かっている。
だが、その立ち姿には少しも隙も見つけることは無かった。彼はじっ、と黒い瞳で、この国の皇族である姉と妹の会話を見つめている。
「我が愚妹よ。なぜわざわざ私の眼前にやってきたの? また、殺されに来たのかしら。愚か愚かだとは思っていたけれど、そこまでだとは思わなかったわ」
「申し上げたいことがあり、参ったのです」
「なに? それは私の時間を割くほどのものなの? 貴方の口から価値のある情報が吐けると思っているのかしら」
会話はポンポンと進行する。
シュンカが頭を下げたあたりで、ルーク達も同時にシュンカと同じ姿勢をとっていた。
「はい。その通りでございます」
この場における主導権は、シュンカというちいさな少女に託されていた。
だから、ルーク達はただ見守る。それしか出来ない。ここは、舌で戦う戦場だ。
「
「へぇ。続けなさい」
「この国はまもなく、都を覆うほど巨大な魔王に襲われます。魔王は無辜の民を狂わせるのです。ですから、民を避難させるのに姉上さまの力をお借りしたいのです」
「ふぅん」
簾の奥で鼻の奥から響くような声。
どこにも引っ掛かることのない、流れる水のように耳馴染みの良い声だった。そして、シュンカの声ともよく似たものだ。
「ミョウメイ」
簾の奥の女性は、名前を呼ぶ。
ルークが膝をついたまま、目線だけを動かし部屋の隅を見ると、ミョウメイがため息をつき、軽く頷いた。きっと彼の“加護”に確認を取ったのだ。そして、ミョウメイの加護はシュンカの発言を真と断定した。
「……ま、分かったわ。でも、その、襲撃に関する正確な時期は分からないんでしょう、どうせ」
呆れ声で女性は言う。
ルークは目を見開いた。こんな短い会話でこちらの状況の一つを当ててくるなんて、ずいぶんな聡明な女性であると思ったから。
頭の回転が早い。声が揺るぎなく、魔王襲来という衝撃的な知らせを受けても平然を保ち続けている。冗談だから動揺していないのではなく、シュンカの発言の可能性を十分に受け止めた上で動揺していない。
この国の最上位層に位置する者の片鱗を覗いた気がして、ルークは少し肌を粟立たせた。
「シエン」
凛と通る声が部屋に響く。第一公主の声だ。
それに応じるように、簾の奥で誰かが動く気配がした。
「はい、そろそろ水冬の至りでしょうか」
若い男の声だった。相変わらず姿は簾で隔てられていて見えないが、声の聞こえる位置からして第一公主の後ろに控えているのだろう。
「そ。なら、祭りでも開きましょうか。なるべく多くの民を大路に集め続けるように」
「承知しました」
そこで会話が終わる。
決定的な内容もないまま進んだ状況に、ルークが困惑気味の雰囲気になると、簾の向こうで布が擦れる音がした。
部屋の香がすこし強くなる。焚きしめた、服のかすかに甘い香り。
「あら、知らないの? 無理もないわね。あなた方は異国のものだもの」
知られている。
ルーク達の出自を、確信を持って知られている。
やはり第一公主は計り知れないな、とルークは思った。
彼女は続ける。
「いいこと? あの無駄に大きな竜辰大路がただの商いの為の道だとお思いで?」
思い出すのは、どこまでも続きそうな巨大な一本道。
両脇には商店が軒を連ね、民族衣装に身を包んだ人々がいる大路。
盛んに響く呼び込みの声に、店先に並ぶ、金銀の装飾品、海鮮、衣服、果ては武器や異国の珍しい獣。
馬車が10台以上横並びになっても余裕がありそうな道幅に、砂の地面。そこは異国の活気が染み込んだように騒々しい場所だった。
「あそこは時空を捻じ曲げた空間に繋がる場所よ。この意味、分かるわよね」
つまりは、あそこは蒼燕の民を入れる避難所となると言っているのだ。
思わぬカミングアウトに、茶髪の勇者は少し動揺した。このような情報はその国の軍事に関わる情報で、多くは機密指定されているシロモノだったからだ。
そう考えていると、シュンカが小さくルークに『この国では子供でも知っている内容でございます』と教えてくれた。
つまりは、竜辰大路の秘密は大っぴらにしても問題ないほどの性能を誇っているということか。彼は考えた。
(もしくは──敢えて存在を明かすことで牽制にする目的かな)
なんにせよ、あそこはただの大きな道ではなく、複雑な思惑の入り混じった道だと言うことだ。
であるなら、簾の奥にいる彼女がシュンカの提案をすんなり受け入れたことも合点がいく。
祭りの形式をとって人を集めるならば、仮に魔王襲撃が発生しなくても損失はない。魔王が言った通りに襲撃してきたならばそのまま避難に移ればよい。
この一瞬で、よくここまで頭が回るものだ。
ルークは再度、感嘆をした。
そういった策略は、ルークよりも、あの天真爛漫なフローラーリア姫の方が得意だったから。
彼女は、親しみやすく、庶民に感性が近い姫と言っても、王族に身を連ねる者なのだ。笑顔でいても、無邪気に見えても、頭の内側はさまざまな考えが巡っている。勇者として国に仕えていたルークはそれを知っていた。
「で? 言いたい内容はそれだけ?」
簾の奥で声がした。
シュンカがまた一段と深く頭を下げて肯定する。
「そ。じゃあ、話は終わりね」
それきり場の空気はルーク達を排斥する雰囲気を帯びた。
もう、用が済んだなら去れ、という無言の圧力。当然シュンカもそれを感じ取ったようで、少女は“失礼します”と言い立ち上がると、ルーク達に目配せをして、元きた扉に足を進めた。
最初にアスナヴァが扉を開け、ルークが続く。シュンカも扉を潜ろうとした時、声がかかった。
「愚妹。待て。少し待ちなさい」
声は簾の奥から。
耳に抵抗なく入ってくる、支配者に類する人の声。
だが、シュンカに似た、柔らかい響きも感じさせる声。
「最後に答えなさい。その──」
その声が、最初に聞いた時とはすこしちがう音を伴って発せられていた。明確な変化はないが、言葉にするなら、困惑を伴ったような、言葉を選ぶような、そんなものを。
「昨夜は何を食したのかしら」
思わぬ質問にシュンカは目を丸くする。
無言の時間が数秒過ぎて、少女は戸惑いながら答えた。
「栗粥に、薬膳茶、
「そう」
それ以上、簾の奥から声がすることは無かった。
結果を見れば、ルーク達は想像していたよりずいぶんとあっけないほどに、第一公主の協力を取り付けて、豪奢な秘密の部屋を後に出来たのだった。
「そう……」
だから、最後の響きは誰にも、それこそシュンカにすら聞こえることは無かったのだった。
◆
「し、信じられないのです。そこの娘は実の妹なのですよね! あんなに冷たい態度、信じられません!」
地下通路を通って、階段を上がり、一行が再び林に出たころ。
青い髪をした狐の少女、フゥリが憤懣やるかたなしといった調子で声を荒らげた。
どうやら先ほどのやり取りが幼い彼女にとっては信じられない類のものだったらしい。しっぽをぼんぼんに膨らませて、頬を膨らませている。
「姉と、妹、なのですよ! 血の、つながった!」
幼い彼女にとって、姉妹とはお互い慈しみ合う存在で、殺し合いなどもってのほか。せっかく会いに来た妹であるシュンカにあたたかな言葉の一つでもかかると思えば、先のやり取りである。
ルークが目線でミョウメイに、『シュンカが第一公主に殺されかけて宮を離れたことを伝えていないのか』と問い掛ければ、黒い勇者は不機嫌そうに舌打ちをした。
「あんなぁ、フゥリ、いいか──」
そしてミョウメイは怒り続ける狐の少女の頭に雑に手を置き、掴み、ぐるりと向きを変えて目線が合うようにする。
「お待ちください」
そこで待ったをかけたのは、帰り道で一言も喋ることなかったシュンカであった。
「良いのです」
彼女に目線が集まる。
少女は深い青に染まり始めた空を見て、思考を整理するように、白い息をふぅと一つ吐くと藍色の目隠しにそっと触れた。
「この目隠し布を下さったのは、姉上さまです」
誰も彼も、少女の独白に耳を傾けていた。
傾けざるを得なかった。先ほどの簾の奥にいた女性と似た声をした少女が、ぽつりぽつりと語っているのだから。いちばん傷ついてしかるべき立場の子が、喋っているのだから。
「ヨウカねえさまは、あの宮においても、ひときわ厳しいお言葉をくださいました。叱責も、いくつも頂きました。ですが、ただの一度もわたしの事を無視したことはなかったのです」
低くなり始めた気温に、ルークが外套の襟を立てた。
木々がざわめく。冬でも緑を絶やさない木が葉っぱ同士を揺らして、細かな音の粒を人気のない林に染み渡らせていった。
「姉上さまはわたしを殺そうとしました。でも、目隠し布をくださいました。叱責なさいました。でも、絶対に声をかけてくれた……」
何処かで夜鳥の鳴く高い声がした。
土の匂いが強くなって、人の領域が終わっていく。夜が始まっていく。
「ねえさまは、確かに“良き姉”ではないかもしれません。完全無謬で非の打ち所がないワケでもないのかもしれません。でも、全ての人が心のままに振る舞える訳ではないですから」
シュンカはそうして目隠し布を取り去り、雅に笑った。
背後に浮かぶ満月は、彼女の瞳と同じ黄金色をして彼女と重なり、空に浮かんでいた。
「わたしは、殺されそうになっても、姉上さまが好きです。ええ、頭のおかしな話と思われましょうが」
そうして少女は話を切った。
足を進めるのは都の方だ。次は、大衆料理屋にいるはずの、最大火力、ホウファンにコンタクトを取るのだ。
ミョウメイが狐の少女の頭から乱雑に手を離して歩き出す。狐の少女は慌ててミョウメイの後を追った。
ルークもまた、周囲を警戒しながら灯りの灯る都へ歩き始めた。
「…………」
その場から動かないでいたのはカランコエ。
魔女は、歩き去っていくクロタネソウのような髪色をした少女の背中を、紅い瞳で見つめていた。
「不思議か?」
横にいたアスナヴァが前を歩くルーク達を見たまま、問いかける。
カランコエはよく分からないといった顔をして、首をかすかに傾げた。サラサラと白い髪と、一房の薄い茶髪が夜風に攫われて、空に流れた。
「世の中の全ては、明確な言葉になるわけじゃない。声にならない思いやりや、見えづらい愛もあるさ」
「それじゃ、無いとおなじじゃないかしら。それに、シュンカだって、あの姉が好きなら、言葉にしないとだめよ。──だって、死んだら、そこでおわり。もうつたえられないわ」
カランコエは珍しく饒舌に、自身の心のうちを言葉にしていく。
アスナヴァはそんな少女の様子に、目尻を緩めて息を吐いた。
「ああ。そう言う人もいる。だが、私はそうは思わない」
夜の林が、二人を囲んでいる。
さくさく、と少し離れた所で遠ざかるルーク達の足音が夜の空気に漂って響いてくる。
「見えづらくても、分かりづらくても、
カランコエは無意識に、自身にある一房の茶髪を弄った。
ルークとの契約時に生まれた、勇者の名残り。
アスナヴァが軽く咳払いをした。
夜の星がちかちかと空に現れ始める頃合いだった。
「それに、ものによっては、死んだ後に残るものもある」
カランコエが、それは? と問いかける。
「文字、手紙、言葉。そういった類は、書き手が命尽きても、相手に届くこともある。だから、一概に決めつけは早いさ」
ぐっ、と銀の麗人が伸びをした。
カフチェクの地はわずかに遠く、山脈の向こうだ。
「カランコエ。きみは賢い。魔女であるとか、そうでないとか関係なく。だから、いつか自分なりに分かる時が来る。これは慰めでもお世辞でもなく、純然たる事実として」
そう言ってアスナヴァは話を締め括った。
早く歩き出さなければ、ルーク達に追いつけない。
「そのときまでに、わたしが世界をこわしていなければのはなしね」
カランコエがふぅんと言った。
「そうか」
アスナヴァがふふふと笑って、歩き出した。
吐いた息は白く、空にある月と一緒に昇っていく夜のやり取りであった。
◆
【魔法展開 開始】
──『やあ、ごーちゃん。あたしたちの妹。また、会えたね』
『あたしの“再生の魔法”を使ってるってことは、あたしはもう居ないんだろう。だが、知識は不滅だ。勉強をしていくぞ。ほら、嫌な顔をしない。──ふふふ、見えてなくても、わかるよ、そのくらい』
『前回はこの世界にある、各大陸についての話をしたよな。今回は、その中でも北の大陸にある、面白い国の説明だ。その国は──蒼燕帝国といって、独特な文化と技術が発展した国なんだ』
『建物も、服も、文化も、食事も違う。そして何より、古い言葉が残っている。これは凄いことなんだ。次の魔法で教えよう』
『ごーちゃん。あたしたちの妹。まっさらな、かわいいいもうと。おまえは、どこまで行くんだろうな。あたしの言った国々に行ったり、するんだろう。世界は広いし、大きいから……。そんなとき、興味を持ったことは積極的に好きになってくれ。楽しんでくれ。いったい、おまえは何に惹かれて、何を知って、何を思うんだろうな。誰と出会って、旅をして、友達もつくって、そんで、恋なんかもして……
──あたしも、いっしょにみたかった。それじゃあ、おやすみ、ごーちゃん。しっかり暖かくして寝るんだぞ』
【記録終了】
【達成状況リスト】
・住民避難に対する協力要請 【済】
・戦力の収集 【一部済】
・魔王出現時期特定 【未】
・召喚悪魔への対応 【未】
・魔王落下阻止 【未】
・魔王討伐 【未】