おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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33話 怒気

 

 

『そっち行ったぞ! 退避、退避ィ!』

 

「うるせぇなぁ」

 

 耳に響く上官の声に文句をこぼしながら男は足を動かした。

 悪態とは裏腹に心臓はバクバクと鼓動し、手足が震える。

 

 

 なぜこんな事になったのか。

 男は回想した。

 魔王との戦いは、唐突に始まったのだった。

 

 

 

 

 

 一瞬で狂った市民と降ってきた悪魔により都は阿鼻叫喚となった。

 

 見慣れた風景は破壊と悲鳴の混ぜ物が支配する空間となり、いつもの日常との乖離をまざまざと見せつけていた。

 

「避難民を探せってったて、どこもかしこも悲鳴だらけじゃねえかよ……」

 

 女の叫び声。男の怒鳴り声。何かが壊れる音。

 禁軍の別部隊による号令。遠くで戦う誰かの音。

 

 あまりに非日常。

 兵士の男はガチガチと鳴る歯を無理やり噛み締めて止めた。

 

 

 蒼燕帝国が、上空にいる魔王に襲われ始めて十分たった。

 魔王はどんどんと大きく、地表に近づいている。

 

 

「おい、ビン。逃げ遅れた奴見つけたか?」

 

 同僚の禁軍兵士が息を切らしながら声をかけてきた。

 男は首を振る。

 

「いいや、あらかた逃げたんじゃねぇの?」

 

「そうかよ。クソ……なんだってこんな急に襲われなきゃいけねぇんだ」

 

 声をかけてきた男はそう言って槍を構え直し、普段なら商店で賑わう大通り通りを駆けていった。

 それを見送った男は、さっきまでさんざん走り回ったせいで震える足を叩いて、舌打ちをした。

 

 

『──hav¥@ナさャh!』

 

 

 

 少し離れて、遠くの通りでは先ほど空から降ってきた黒い触手の塊が、尋常でない声を出して暴れ回っていた。明らかに通常生物と違う。魔物とも微妙に違う、ナニカ。それは見ただけで恐ろしさを掻き立てるモノだった。

 

 そんなバケモノを対処するのは、若い茶髪の男。別の国の勇者だという。見た目はただの青年だった。それも、気の弱そうな温和なやつ。

 

 だがソイツは屋根と屋根の間を飛び回り、飛んできた触手を避けて、いなして、懐に何度も潜り込もうとしている。誰よりも獰猛に戦っている。

 ヒットアンドアウェイではなく、ヒットアンドゴー。

 血飛沫を上げながら青年が近くの建物に腹を貫かれて叩きつけられた。

 

 

「人外の戦いだ、ありゃ」

 

 

 ビンと呼ばれた、男は青年期をとっくに終えたくらいの歳だ。

 

 彼は五つほど通りを挟んだ先で行われる、勇者と黒い触手との戦闘風景を見ながら歯噛みした。

 

 大路の避難民をぶち込む結界もその近辺にある。非常に危険な位置だ。薄く桃色に染まった“箱”は竜辰大路を囲むように展開されている。あそこの中は安全だ。歩いて6分ほどだろう。辿り着けたら、の話だが。

 

「こんなとこに人なんか残ってるかよ、アホ。居たとしてももう、アレだろうが」

 

 

 がしゃん、がしゃん、と響いてくる戦闘音と、遠くからこだまする悲鳴。臆する心を誤魔化すように語気を強めて汚い言葉を使う。

 

 そして自動で『誰かいるか』と叫ぶ喉のまま、通りの裏道まで覗き込んでいく。

 男の部隊はこの区画の避難誘導を割り当てられていた。

 現在の命令は分隊ごとに分かれての取りこぼした市民の発見、および確保である。

 先程声をかけてきた兵士は、男のペアの兵士だった。入軍した時からの同期で既に10年以上の付き合いになる。腐れ縁だ。酒に弱い。女にも弱い。

 

「誰かいるか、逃げ遅れたやつはいるか。禁軍だ、助けに来たぞ、声を上げろ、無理なら音を出せ……やってられっか」

 

 また一つ通りを覗き込んで、舌打ちをする。

 馴染みの饅頭屋だった。店先は打ち砕かれて通りに木片が散乱している。

 

「くそ」

 

 汗が鎧の隙間を流れて不快だ。

 肩にのしかかる重さ。正規の武装は防御力こそ高いが、重たく面倒だった。午前の訓練が終わって、無駄に走らせやがってと愚痴を同期と言いながら営舎で鎧を脱いで休んで、同僚の兵士と今夜はどこで飲もうかなんて話してたら、いきなり非常の招集がかかった。それで走って営舎の前の広場に整列して、いきなり激戦地に駆け足だ。

 

 

 今日の予定もおじゃんだ。

 昨日は給料日だったのに。独身のやつと、酒に酔いながら文句を言って、魚の蒸し焼きでもつつくはずだったのに。

 

 

 店どころか、都ごと壊れてやがる。

 ちくしょう、と口の中でこぼす。そりゃ、いつかは戦に行かなきゃいけないとは思っていたが、今かよ、と。

 10年ちょっと前に親に追い出されて、衣食住の揃っている軍の門を叩いた自分を恨む。あの頃は未来の展望なんてなんも考えてなくて、とりあえずそれっぽいことをしよう、仕事を見つけりゃ安泰だとしか考えてなかったのだ。

 

「一人見つけた! 結界に向かう!」

 

「了解。手が空いてるやつは援護しろ!」

 

 ちょっと離れた所で声が上がる。誰かが逃げ遅れたやつを見つけたらしい。男は自分のいる現在地が声の発生源からは遠かったので、避難の援助は別のやつに任せる事にする。

 

 だが、次の瞬間。

 爆発音が近くの民家から発生した。

 

「うおっ」

 

 何か、重たいものが砕ける音。埃っぽい匂い。

 土埃を払って目の前を確認してみると、切り飛ばされた黒い触手が、家の屋根を掠って建材の岩が目の前に落ちてきたのだ。

 

 ひときわ大きな岩は、がん、ゴンゴンと鈍く中身の詰まった音を響かせて、細かな石片を飛ばし岩はバウンドする。

 

「あぶねぇ……!」

 

 その破片のうちの一つが頬を掠めて、熱を持った。

 ぬるりと血が口元まで垂れる。

 

「…………」

 

 胸に手を当てる。

 胸当てに阻まれて鼓動を感じることはできなかったが、暴れ回る心臓が体全体を揺らしていたから自身の状況がわかった。

 

 目を細めて、改めて触手が飛んできた方を見る。

 バケモノは全身をイソギンチャクのように無軌道に振り回しているように見えて、その実全てが相対する若い男を殺そうとする軌道をしていた。あの、どこにでも居そうな優男を。

 

「勇士……勇者か」

 

 とんでもない、と男は思う。

 常人では出せない速度で地を蹴り、化け物に突っ込んでいく。大人の胴より太い触手を白く、微かに輝く両刃の剣で切り裂いていく。

 

 化け物が吠えた。

 耳鳴りがして、頭痛が襲ってくる。だが離れているため耐えられない程じゃない。

 化け物は自分の触腕が切断されたことにめちゃくちゃに暴れ回って、周囲の家々や、地面を壊して行っている。巻き込まれたら間違いなく死ぬ、死の渦巻き。

 

 それなのにあの勇者は、自分の身体に触手が当たって吹き飛んで、血だらけになっても、なっても、また剣を振る。バケモノを倒すために立ち上がる。

 その斬撃一つ一つも建物を容易く切り裂く凶器だ。

 

「…………」

 

 男は眉間に皺を寄せる。

 さっき、少し前に同じ仕事をした仲間の兵士の死体を見つけた。腰から下が反対に曲がって、おかしな事になってた。

 

 視線の先で、勇者は飛ぶ。

 触手の乱撃を掻い潜り、黒く穢れた液体を撒き散らす触手を確実に切り飛ばしていく。頂上の、高みの戦い。

 

 

 

 くそったれ。

 

 

 男は吐き捨てた。

 

 

 

 お前にはわからんだろう。

 

 鎧が重い。脚が痛い。

 

 あの勇者にはきっとわからないだろう。

 

 普通の苦しみが。高みにいるお前には。泥を這いつくばって進むしかない惨めさが。体の重たさが。

 

 分かってる。

 僻み、妬み、嫉妬だ。

 だが、抱かずには居られなかった。

 

 女神の寵愛を受けて、戦場の花形を担う。

 戦果をあげれば英雄で、悲劇の死を遂げれば吟遊詩人に語り継がれる。

 

 

 だからこそ、やってられっか、と思うのだ。

 

 

 二つ離れた通りで、仲の良かったやつが首を掻っ切って死んでいるのを見た。よく笑うやつだったが、最後には道に落ちてる物体に変わり果てていた。

 

 兵士の死なんてそんなものだ。

 誰も気に留めやしない。

 

 目の奥が痛い。

 心臓がうるさいくらいに鳴っている。

 

 

 

 しねよ、超越者どもが。

 

 

 

 男は唸った。

 

 だって、そうだろう。

 

(アンタらが1人いるかいないかで戦局が大きく変わるんなら、俺らが命をかけるのなんて、バカらしいじゃねぇか)

 

 アンタらの輝きが、俺の薄汚ねぇ命の価値を貶してる。

 

 噛み締めた唇からつつ、と血が流れた。

 痛みで少し頭がスッキリして、男は少し歩く。路地を覗き込みながら。

 

 そして、一つの裏路地の入り口から奥を覗き込んだ時、思わず声を漏らした。

 

「まじかよ……逃げ遅れか?」

 

 そこには『ひっ』と短い悲鳴を上げる子供がいた。

 歳の頃は四歳か六歳か。よく分からなかった。木箱の裏に隠れて、通りを伺っていたらしい。

 

 

 助けに来たぞ、と口にしながらも男は内心悪態をついた。

 なぜ、こんなところに留まっている。なぜ、避難してない。

 

 だが、その疑問は子供のすぐ横を見て氷解する。

 血色を失った女が、子供のすぐ横で地面に脱力していたから。男は一言、子供に断りを入れて女の首筋に手を伸ばす。

 脈はなかった。完全に事切れている。

 

「残念だが、坊主しか連れてけねぇ。すぐ避難するぞ。抱えてくから動くなよ」

 

 そう言うが早いか、男は子供をひょいと抱き上げて体の前で抱えた。

 そして結界に向けて走り出す直前、一瞬だけ止まり、倒れたままの女性の腰に手を伸ばした。

 

「うし、坊主。これ、持っとけや」

 

 男は服の帯についた翠の石がついた佩飾をむしると、子供に握らせた。そして大通りに出て、子供を見つけたことを仲間に知らせる為に叫びながら結界の方に走り出した。

 

 ふっ、ふっ、と息が荒い。

 子供一人でも重たいのだなと考えながら一歩一歩進む。

 

「こっ、ちが近道だよな!」

 

 走り、大通りから一本右の道に入る。

 道幅は竜車が通り抜けできないくらいだが、ここをさらに一回曲がると結界の展開されている竜辰大路に出る。男が知っている近道だった。

 

 腕の中で男児は体を硬くして、男の鎧から出た紐をギュッと握っている。それを確認しながらも駆け抜けると、やがて少し背の高い民家に挟まれた狭い道。そしてその先に薄く桃色に染まった壁があった。

 

 結界だ。

 

 あと、距離は50メートルほど。

 男は息が切れてはいたが、速度を緩めることはなく、それどころか少し早めて走り出した。

 

 もう、すぐだ。

 

 もう、すぐ。

 

 

「あ?」

 

 

 羽虫の高い声のような不快な音が近くを一瞬で通り過ぎたかと思うと、男はバランスを崩し前のめりに道に倒れた。

 走っていた勢いのままだったので、抱えられていた男児は道に投げ出される。

 

「ったい、何が…………あ」

 

 何が起きたのか、腕をつっかえ棒にして上半身だけを起こし首で後ろを振り返ると、そこには赤、赤、赤。

 腰から下がなくなった自分の体と、周囲に刻まれた深い破壊痕。周りに飛び散っている黒い煙を吐く液体。

 

 遠くの方に目を向ければ、あの触手の化け物がうねる腕の先から黒く、光沢のある光線を乱舞のように射出している光景があった。

 

 つまりは、流れ弾だ。

 あの、バケモノの黒い光線に運悪く腰から下を持ってかれた。狙ってのことじゃないだろう。男のような、矮小な存在をわざわざ狙う理由もない。だから本当に、流れ弾だったのだ。

 

 意識した瞬間に急速に力と熱が体から抜けて行って、つっかえ棒にしていた腕が外れた。ばしゃん、と自分の腰から生まれた血溜まりに上半身を打ち付ける。限度を超えた痛みだからか、痛覚は熱に変換されておかしくなっていた。

 

 視線の先では、擦り傷だらけの男児が怯えた表情でこちらを見て、尻餅を付いている。

 

 

「いけ!!」

 

 

 反射的に、男は叫んでいた。

 血の混じった唾が飛ぶ。男児が目を丸くした。

 周囲ではまだ破壊の音が続いている。

 

「いけ!! なにしてんだ、クソガキ! 止まんじゃ、ねぇ!」

 

 あと通りを一本駆け抜けるだけ。

 たった20メートル走るだけ。それで、助かるのだ。

 

 男児は混乱したように、または男の剣幕に怯えたように、よろよろと立ち上がり、男に背を向けて走り出した。

 

 そうだ、それでいい。

 げほっ、と咳き込んで、口から腸が出たと思った。

 実際はドロドロとした塊の血が、体という袋が押し潰されたせいでせり上がってきただけだった。

 

 冷たい。

 視界が端から暗く欠けていく。

 

 ぼやけ出した視線の向こうで、男の子が懸命に走っていた。

 

 もう少し。あと、少し。

 

 

 だが。

 

 

『jgXカヲは¥*duiA!』

 

 

 あの光線がまた、周囲を薙いで。

 男の子の上の、民家を一部削り取った。

 

 背の高い建物から石材や木材の太い柱が耐え切れず自壊して、崩れる。

 

 道の、真ん中に。

 

 それは走る男児の直上だった。

 

「あ──ァァァ!」

 

 男の子は気づいていない。

 自分の上を走り抜けた爆音に気を取られて、頭のすぐ上に死をもたらす物量が迫っている事に。

 

 

 男は叫ぶ。

 必死に体を動かそうとする。だが、動かない。命令に従ってくれない。

 

 あと、少しなんだ。

 

 

 あと少しなのに。

 

 

 瓦礫が落ちる姿はやけにスローモーションで。

 一瞬遅れて男の子が上を見上げた。

 

 

 あと、少しなのに、ダメなのか?

 

 

「ッ、らアッ!」

 

 

 瞬間、白い剣がダンダンダンと横の建物に突き刺さり、柵のようになり、瓦礫を防いだ。

 瓦礫は剣に当たり、軌道を逸らして男の子の脇へと逸れていく。

 

 何が起きたのか分からなかったが、男のやる事は一つだけだった。

 

 

「いけ!! いまのうちに!」

 

 

 男児は一瞬また男の方を見て、直ぐに走り出した。すると、結界までの道の両端に規則正しく、隙間なく剣がダンダンダンと突き刺さった。

 

 出来上がったのは一本の道。

 

 男の子はもう振り返ることもなく走り、桃色の結界の先に消えていった。

 

 後に残ったのは妙な気だるさと寒い体だけ。

 妙に辺りが静かだと思った。

 

 

 ああ、くそ。

 死ぬんだろうな、と思った。

 

 情けない。

 ここに来て一気に過去の後悔が押し寄せてくる。

 

 可愛い嫁さん貰って、通りから少し外れた一軒家を買って、そこに住みたかった。

 仲良い兵士のやつと仕事終わりに酒飲んで、家にかえりゃ出迎えてくれる人がいて、外で飲んできたことを怒られて。

 

「し、にたく……ねぇ、よぉ……」

 

『うん、うん。怖いわねぇ。死んでしまうのは、恐ろしいことだわぁ』

 

 喉から漏れた声に反応を返したのは、甘い女の声だった。

 視線を動かすと、女は男の直ぐ横にいて、地面に倒れた男に合わせるようにしゃがみ込んで結界を見つめていた。

 

 褐色の肌に、乾いた骨のような髪を持つ異国風の女。

 女は夜光虫のような青い輝きを周囲に散らしていた。

 

「……は? あ、あん、た……は、しにがみ、か……?」

 

『ふふふ、分かるのねぇ』

 

 女は艶やかに笑った。

 その姿はすべての光の影響を受けることなく、固有の色としてそこにあった。言い方を変えれば、女はどこか違う所に佇んでいるように見えた。見えるけど触れられない。そんな蜃気楼のような色彩。

 

『そうよぉ。死者の神。生を終えた魂を先導する存在』

 

 

 ──じゃあ、俺はもう終わりか? 

 

 

 疑問はもう、声にならなかった。

 だが女は聞こえているようで、こくんと頷いた。

 

『そう。戦士の君。まもなく君は旅に出る。ながい、ながい旅よぉ』

 

 やけに心が穏やかで、体が疲労感に包まれていた。

 だからか女の声は反響して遠く聞こえる。男は意識をなんとか保った。

 

『だから、その前の準備として。何か、心残りがあればできる限り叶えてあげるわぁ。仲が良かった人の夢枕に立って伝言を伝えたり……出来るから』

 

 

 とくに、ねがうこともないが。

 

 

『本当にぃ?』

 

 ほんとうに。

 残した大事な人も、子供もいない。生憎だが。

 

『そう』

 

 

 あぁ、だけど……

 

 

『言ってごらん』

 

 ……あの饅頭屋がもう一度、看板娘と一緒に幟を立ててくれたらいいな。

 

 

『ふふふ、そうねぇ。あそこは中身がたっぷりでおいしいものねぇ』

 

 そうだ。美味いんだ。

 それに、あの子も可愛い。笑顔がもう、弾けるようで。

 

 

 ……でも、それには。

 それには戦いが終わらなくてはいけない。

 

『戦いの中でお饅頭屋さんは開かれないものねぇ』

 

 

 ──うん。

 

 

 だから、癪だが。

 非常に癪だが。

 俺の知っている、強くて頼めるやつに、頼むしかない。

 ──その為になら、祈ってやってもいい。

 

 

 

 おわれ、おわれ。

 たたかいよ。

 だれも悲しむことなく、平和になってくれ

 

 

『ステキな願いねぇ』

 

 

 ──あぁ。最期に、幻じゃない神に導かれるのなら、悪くない。

 

 

 

『どうして?』

 

 どうして? 

 どうしてアンタを幻じゃないと思ったか? 

 

 

 ──なぜって、そりゃ。アンタみたいな別嬪さんを俺の頭じゃ考えつかないからな。

 

『ふふ』

 

『もう、いいのぉ?』

 

 

 

 ──ああ、行こう。

 

 

『それじゃあ、手を取って』

 

 

 あとは、上手くやってくれるさ。

 

 

 男は目を閉じた。

 

 

 

 

 

『──鍛造』

 

 

 さいごに、そう、きこえた。

 やさしい、こえだった。

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「子供、1人来ました!」

 

「奥に回せ! 怪我は!」

 

「擦り傷だけです!」

 

 結界の中では、新たに入ってきた子供に慌ただしく対応が始まる。

 子供はすぐさま大人の手により保護がなされ、奥の傷病者用の場所へと運ばれていった。幸いにも大きな怪我はなかった。

 

「……」

 

 男の子は傷の治療を受けてる途中、手に翠の佩飾を握りしめ、自身が入ってきた結界の方を見つめていた。

 ここまで運んでくれた兵士の男が来る事は、ついぞなかった。

 

 

 

 

 

 

 開戦から約7分 禁軍残り人数、27,443人(-78)

 10分 27,231人(-290)

 15分 27,032人(-489)

 17分 26,859人(-662)

 19分 26,658人(-863)

 

 以後、戦闘継続中。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「はあっ、ハアッ……! っ」

 

 悪臭を放つ、黒いオイルのような触手の塊の中。

 バケモノの切り開かれた肚の上で、勇者ルークが体の数カ所を欠損させながら両膝をついた。

 全身で血に濡れていない所はなく、片目もなかった。

 

 

 蒸気に焼かれながら、辺りは破壊の跡。

 

「けほ」

 

 カランコエが剣から戻って、ぶにぶにとする死んだ触手を踏みつけながら、バケモノから降りていく。

 

 周囲に突き刺さるのは、無数の形状をした薄紫の剣たち。

 残弾が足りなくなったカランコエは、転がる亡骸を()()()()()()戦っていた。

 

 

「けほ、けほ……」

 

 

 ──どれだけ手を伸ばしても。

 どれだけ手を尽くしても。

 

 

 剣を一つ手に取る。

 真っ直ぐとした長剣だ。この剣になった人物の性格もきっと、そうだったのだろう。

 

 もう、知るすべはないが。

 

「う……」

 

 どれだけ手を伸ばしても。

 

 命は隙間から溢れていってしまう。

 生命の輝きは枯れた花のように萎んでいってしまう。

 

「わたしは……」

 

 愛しい命は、呆気なく散らされてしまう。

 

 剣を手に取る。

 細かなところまで作り込まれた片刃の剣だった。

 

 剣を手に取る。

 剣を手に取る。

 

 

 

……

 

 いつしか、パキ、と罅が入った音がした。

 

「わたしはぁ……っ!」

 

 

 

 空には悠然と浮かぶ魔王の姿。

 白い魔女は怒気を発しながら、天を睨め付けた。

 

 

 魔王戦、依然終わらず。

 中盤に段階を進める。

 

 

 生と死を猛烈な勢いで振り撒きながら、戦いは続く。

 

「…………ころしてやる」

 

 魔女は呪詛を吐く。

 犯してない禁忌は、まだまだある。

 世界を壊す、力を。

 

 

「いんがよ……せかいよ……」

 

 真っ白で無垢な魔女を、変貌させながら。

 

 

 

 

 

 

 だが、忘れてはいけない。

 

「…………」

 

 魔女の白い髪には一房、茶髪が混じっているという事を。

 勇者は喘鳴を繰り返しながら、未だ回復しきらない身体を引きずった。

 

 助けるべき相手は、一人じゃない。

 手を伸ばす者はここに。

 あの子がしてくれたように、また、もう一度。

 

「カランコエ……!」

 

 

 

 

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