おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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34話 像流星一樣

 

 

 

 その勇者は、あまりにも粗野で、野鄙で、乱暴者だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ルークが地上にて触手の化け物と戦闘をしている頃。

 

 舞台は上空7,000メートルに移る。

 

 気温マイナス35℃。時には時速100キロを超える風が吹く、酸素濃度の低い人類が生存し得ない領域。

 

 

「ハッ、図体ばっかデケェ」

 

 蒼燕の勇者、カン・ミョウメイは腕を組み深い青の鎧を纏って天を見上げていた。

 視線の先にいるのは、どこまでも続くと錯覚するほどの魔王の巨体。その腹。赤黒い肉が蠢き、黄色い眼球がいくつも忙しなく動いている。

 眼球一つで大人1人は優に超す大きさ。

 

 魔王との距離は1,000メートルほどだった。ここから見れば、天にもう一つの地面があるようにすら思えるだろう。

 

「……」

 

 ミョウメイは鎧の兜をかしゃんと下げた。

 彼の鎧は通常の禁軍兵士のそれとは形状が大きく異なり、全身の要所を覆うような形状、そして龍を彷彿とさせる棘と流線型の部位が組み合わさったデザインをしている。彼専用の、特注の鎧だ。それだけ期待される存在でもあった。

 

「先ずは──腹ァ、ぶち抜いてやる」

 

 獣のような勇者は青龍刀を構え、空中で半歩下がる。まるでアスナヴァが貫く刺突を繰り出す前のような姿勢。

 

 ぱち、と顔の横で紫電が弾けて──

 

紫電貫孔(ズーディエン・グワンコン)

 

 

 剣の先端から放たれた雷が、周囲の空気を焼きながら音速を超えて爆音を鳴らし魔王の腹に着弾した。

 

「ふぅん、そこそこか」

 

 肉が煙を上げて、凹みを作る。

 それを確認したミョウメイは半目になって着弾点を見つめた。

 そして、獰猛に笑う。

 

「じゃ、紫電貫孔。()()()

 

 

 轟音、雷鳴。

 鼓膜を直接震わせる重低音が連続して途切れず続く。

 ミョウメイの青龍刀は熱を帯び、赫く赤熱した。

 

『──! ──!!! ー』

 

 

「ははははッ!!」

 

 

 魔王は大きく身体を震わせて、銅鑼のような、人が聞き取れる外の音を出した。魔王の巨体にとって小さな穴でも堪えるらしい。

 

「じゃ、行くか」

 

 蒼燕の勇者はそう言って空中で足を折りたたみ、グッと踏ん張ると、弾かれたように飛んだ。

 十発の電撃を喰らわせた地点へめがけ。いまだ煙の燻る肉の焼ける不快な匂いを突っ切って勇者は上昇を続けた。

 

 やがて、肉の洞窟を抜ける。

 

 開けた空の上には黒く明るい景色が広がっていた。

 空の限界の色だ。

 

「到っ、着ゥ……」

 

 ふぅ! と穴を抜けた()()にミョウメイが降り立つ。

 そこは、何処までも続くような遮蔽物のない地面。

 つまりは魔王の背中だった。彼は魔王の腹から電撃で穴を作り、そこを通って魔王の背中へと到達したのだ。

 

 黒い空。ミョウメイがいる魔王の背中の高度はその領域だった。

 

 

「規格外だな、こりゃ」

 

 地面を踏み締める。生き物のような、木のような、不快な感触。

 魔王の背中は灰褐色のゴムのような材質をしていた。

 勇者はそれを確かめると、腰から無骨な飾り気のない鉄芯を取り出し、くるりと一回転させた。

 

「規格外の……デクの坊だ」

 

 長さはミョウメイの肘から指先ほど。

 彼はそれを何の躊躇いもなく魔王の背中に突き刺した。深く、深々と。

 

「よし、始め、だな」

 

 ミョウメイは脚に力を込め、踵を浮かせると、パリと紫電が瞬いた。そう認識した次の瞬間には十数メートル離れた地点に移動しており、そこでもミョウメイは鉄芯を速度を落とさず突き立て、また跳んだ。

 

「お前が蒼燕をメチャクチャにするんならよ」

 

 同じように鉄芯を突き立てることを何度か繰り返して、本数が五本を超えた頃。

 ミョウメイはその5本の中心に立ち、両足で地面を踏み締め、剣の鋒を天に向けて、両手で構えた。

 

「俺さまはお前の背中をメチャクチャにしてやるよ、クソ野郎」

 

 五本の鉄芯、それぞれを起点として雷が集まり、空中に球のように滞留する。そして、球は針を伸ばすように電撃の線を作り、剣を構えるミョウメイの頭上で一つの大きな塊を形成した。

 

 

「いくぜ──薙擬紫電(ティイ・ズーディエン)

 

 

 球から雷が青龍刀に落ちて、粘度のある液体のようにまとわりついた。結果としてミョウメイの青龍刀は何倍にも大きくなり、雷を纏う。

 

 

「先ずは、一撃目ェ!」

 

 そして、それを躊躇う事なく地面に突き刺し、振り切った。

 

 ズダン、と千切れる肉。

 溢れ出てくる青黒い魔王の血。

 

 それらを浴びながらミョウメイは剣を振るい続けた。

 魔王の背中を破壊し、滅しきるために。

 

「はははぁ!」

 

 

 

 カン・ミョウメイは魔術を主体として戦う者だった。

 これは蒼燕においては珍しく、奇異の目で見られる事もある。

 

 だが、それら全てのやっかみや陰口をたたき伏せたのは、彼の紛れもない実力によるものだった。ミョウメイの扱う紫電は空気を裂き、焦がし、時には音の速さを超え、指先ほどの大きさで大岩を粉々にするほどの強力なものだった。

 

 そんな破壊の塊のような力を纏った青龍刀をミョウメイは走り、振り続ける。

 

(時間をかけ過ぎると、都が落ちる)

 

 口の中に血の味が混じり、蒼燕の勇者は顔をすこし険しくした。

 ちんたらやってれば、魔王の巨体は質量で蒼燕を押しつぶすだろうしその前にカタをつけなければいけなかった。

 

 青い血飛沫が舞う。

 地面が揺れる。何の備えも無しに聞いてしまうと、鼓膜を破壊するほど大きな可聴音外の悲鳴が地鳴りのように続く。

 

「ははははハッ!」

 

 だがミョウメイは動きを一瞬も止める事はなく、切り刻み続けた。

 

(このままいけば、あと一五分で()()()()()──!)

 

 すべてはこの魔王を堕とすため。削り切って、切り分けて、蒼燕を破壊させないため。

 そう、一歩踏み出した時。

 がくんと地面──魔王の皮膚がヘコみ体勢が崩れた。

 

 蒼燕の勇者はコンマの反応速度でその地点を飛び退き、数メートル離れた地点に着地する。

 

「……」

 

 そして足が取られた地点を見ると、波打つように皮膚が蠢動していた。

 

「あぁ?」

 

 突然の出来事に、魔王は曇った苦しむ声を出す。更に皮膚が蠢き、形変えると、それは一つの形を作った。

 

「召喚陣かよ」

 

 そう、悪魔召喚の陣を。

 本来ならば地面や金属、本のページに書くそれを肉で表現したのだ。

 

「チッ──」

 

 ミョウメイがその事に気がつき、剣を振るうも既に陣は完成を迎えていた。

 

 周囲が消失して、代わりのように中から、悪魔がずるりと這い出してきた。

 

『随分な所に召喚されたもんだね』

 

 光沢のある、金属質の皮膚を輝かせて悪魔は丁寧に周囲を見渡した。

 

「ケッ、上位に近いのかよ」

 

 苛立ったようなミョウメイ。

 この規格外の大きさの魔王は、肉体を変化させ召喚陣を作り、自身の肉体を贄として捧げたのだ。

 

(人語を解してんなら、ランクはC+は最低だな)

 

 対処に中隊規模以上が必要なレベル。街レベルの対処が必要な強さ。冒険者で言うところの銀級上位が対処しなければならない存在。

 

『ああ、そして──私()()()()()()

 

 金属のような、ねじくれた角と長い手足を持った悪魔は笑う。歯だけが人と同じ、臼のような形をしたそれが打ち合わされた。

 

 

 

 ぼごん、ぼごんと連続するのはくぐもった音。

 肉が消える振動。生贄に消費された魔王の肉体の、ざらざらと繊維ごと引きちぎった雑な断面から青黒い血が吹き出して、上空数千メートルの猛烈な風に飛ばされ、煙となって撒き散った。

 

『やっ、来たよ!』

 

『ひひひ、ひひひひ』

 

『ぬぅ、斯様な場に現界するとはな』

 

 

 出てきた悪魔は都合三体。

 最初の金属質のやつと合わせて、計四体の上位悪魔であった。

 

「…………」

 

 いかに、一体一体がランクC+と言っても、これだけ集まれば、脅威は下手な魔王にも匹敵する。

 悪魔たちはそれを分かって、上空数千メートルでけたけたと笑った。無謀にも1人で立っている人間を、嘲笑った。

 

『勝てるかな、この数の差に』

 

『しかもっ、こんな人に適さない苛烈な場所で!』

 

『地の利など無いと知れ』

 

 めいめい、悪魔が言う。

 実際にそれだけの実力を兼ね備え、中には過去召喚された際に国に甚大な被害を齎した存在も居た。

 

「あー……」

 

 それに対し、全身を鎧で固め、顔全体を覆う兜を装着しているミョウメイは面倒そうに後頭部を掻き、唸るような声を出した。

 

「お前ら、バカだろ。なぁ」

 

 明らかに呆れたような、分かりやすい声。

 悪魔は言葉を消し、ピリ、と殺気だった。しかしミョウメイは気にしない。カチ、カチ、と彼の体から音がしていたが風の音にかき消されて何処にも届く事はなかった。

 

「ただの人間がこんなとこ居るワケねぇだろ、ブァーカ」

 

『……よほど、死にたいらしい』

 

『挽肉より悲惨にして、お前の家族の前に晒してやるよ!』

 

『愚昧』

 

 悪魔たちが臨戦態勢を取る。

 風がひときわ強く吹きすさび、轟音が全てをかき消した。

 

「お前らの前にいるのは、俺さまだぜ? 言葉に気をつけろよ」

 

 その言葉と同時に悪魔がいっせいに動き出した。

 顔がアンバランスに大きい悪魔はガバリと顎を開き、青白い炎を吐き出した。火炎放射器のようなそれは建物一つを飲み込むほどの大きさで、空気を焼き焦がす。

 

 それと同時にもう一体の、悪魔が地面と同化し、ミョウメイの足場を固め回避を阻止しようとする。

 

 

 刀のような武器を持った悪魔は抜刀の姿勢を取り、()()()()()()()()()

 この悪魔が行ったのは、限定的な、禁忌ギリギリの因果干渉。切った事実を補強し、自身の望む結果に近づける、賢しい居合。

 

 

 それら全てが一つとなって、三体が一斉に襲いかかる、回避不能の一撃。

 固められ切られ焼かれる骨すら残らぬ即死技。

 

 

 だが──

 

「ナメんなって」

 

 瞬きの後に残ったのは、カン・ミョウメイ。彼は三体の悪魔の後ろに紫電を靡かせていた。

 そして頸を跳ね飛ばされた三体の悪魔。

 

『なぜ……』

 

 唯一攻撃に参加せず生き残った金属質の皮膚を持つ悪魔が驚いたように呟いた。

 ミョウメイはそれを聞いて、顔面を覆う兜越しに冷めた目線を送った。

 

「俺さまより遅ぇ。そンだけだろ」

 

『相手も悪かったか』

 

 最後の悪魔はそう言い残し、ミョウメイが消えると同時に細切れになって塵となった。

 

「時間くった」

 

 他に召喚される悪魔がいないと分かると、ミョウメイは再び剣を振るい魔王の背中の破壊にかかる。

 

 

 

 そう。カン・ミョウメイはただ、疾い。

 彼が保持する二つ目の寵愛。『加速』の加護。

 

 拍動、筋肉の収縮、電気信号、ホルモンの分泌、そして思考速度。

 その、全てを身体の負担という代金を払って前借りする。

 

「オラオラァッ!!」

 

 加護を併用しながら凄まじい勢いで破壊を続けていくミョウメイ。

 魔王は堪らず何十体もの悪魔を召喚し対抗しようとするが、雷の速度で移動を繰り返すミョウメイには追いつけない。それどころか召喚された悪魔は数秒で細切れにされていく。

 

 

『タgeX&¥tiLK!!』

 

 

 ひときわ空間の一部が歪むと、中からヘドロのような触手を持った何か、化け物が()()現れるが

 

「意味ネェんだよ、──多段加速(ドゥオドゥアン・ジャースー)ッ」

 

 更に加速を重ねたミョウメイの青龍刀でぶつ切りにされた。

 

「は、はぁっ……はははは!」

 

 カン・ミョウメイの強さは、全てが加護由来()()()()。ここに彼の恐ろしさがある。

 彼の授かった加護は『加速』、『照合』と『魔力湧き』。

 

 彼の戦闘力を支える判断力や剣技の冴え、そして代名詞とも言える雷の魔術らは、全て彼が元々保持していたものだった。

 

 そこに女神の加護が加わり、雷の魔術は無尽蔵の魔力で紫電を出力し続ける魔術となった。

 移動速度は、加速し、その分増える情報の処理を加護により常に頭の回転を早めて完全に処理しきる。

 こうして高速移動の最中でも完璧な精密技術で相手を切り伏せる。

 

 

 

 これが数千年続く蒼燕帝国、当代の勇者カン・ミョウメイだった。

 

『───、──、────』

 

 

 魔王は破壊され続ける背中、内部器官、神経系に何度も何度も咆哮を繰り返し、あらゆる生物を空の向こうから召喚してくる。頭と体が逆さまなもの。見た事ない体色を纏う不可視の存在。煌めく鉱石のような粘液。

 

 

 鼠色の背中はすぐさま目に痛いほどのカラフルな化け物と悪魔が入り混じる戦場となり、その中を一条の紫電が駆け抜け続けた。

 

「は、ぁ、は、は!」

 

 バチバチ、電撃が焼き、焦がし、青龍刀が肉を切り開き続ける。

 

「こんなっ、もん、だろっ!!」

 

 そして遂にカン・ミョウメイは魔王の十分の一程を破壊することに成功する。

 

「……は、……おぶ」

 

 だが、彼はそこで口の端から血を吐き、膝をついた。

 

「くそ……」

 

 加護の連続使用によるフィードバックだ。

 普段ならここぞという時にしか使用しない加護を彼は連続で使い続けていた。

 

 だがやめない。

 ミョウメイは加護をまた掛けると、息を吸った。

 動くのだ。

 

 何故ならここが正念場だから。

 地上の守りは他に一任した。だから魔王を破壊し続けられる。その分、地上はミョウメイ抜きで耐えなければならない。

 

 それが今回の作戦だった。

 

 

 

 ミョウメイは拍を刻み、それに合わせて立ち上がる。

 

「ごふ……」

 

 まだ、やれる。

 いや、やれ。

 

 

 血は出した側から乾いて張り付いていく。

 一刻も早く剣を振ろうとした時。不意に身体が軽くなった。

 

 

 

 

「へぇ、すごいじゃん」

 

 

 

 それは決して良いものではなく。

 重力がばらばらになって、自分の周りから消えていくような異様な感覚。異常な感覚。内臓が浮き上がる不快感。

 

 

 

「っていうか、こんなとこに人って来るんだねー」

 

 

 聞こえてきた、楽しげな声。

 ミョウメイが血走り始めた目を向けると、そこには可笑しな格好をした者が佇んでいた。

 

「こんにちは! いい天気だね! まだまだ雲の上だけどね!」

 

 黒曜石を完璧な真球にしたような周囲の景色を反射する頭部、寒冷地の防寒着のような白い全身を覆う装備。全身を一切の隙間なく覆われた、ひどく異質なもの。

 

 

「な、んだお前……」

 

 

 身長はミョウメイより頭ひとつ分低い。

 だが、相手を認識した瞬間、ミョウメイは強烈な吐き気に襲われた。

 胃の奥から酸っぱいものと、鉄の香りがするものが込み上げてくる。

 

「ああ、これ? EMUだよー」

 

「あ?」

 

 そう言って相手は異常な頭部をポンと脱ぎ捨てる。

 中で絡まっていた髪が一気にジェット気流に攫われてばさばさと揺れた。

 中から出てきたのは、青と黄色の虹彩を持った、それ以外がモノクロの相手だった。

 

「宇宙服だね。だって、ここ宇宙近いんだもん。息苦しいよー、はー」

 

 何を言っているのか分からない。単語の意味がわからない。思考が鈍ってきたのをミョウメイは感じる。だが、これだけは確かだ。

 

 こいつは、ヤバい。

 

 止めどなく溢れ出す鼻血は拭う間も無く、高高度の乾燥した大気により一瞬で乾いて勇者の兜の中を固めていく。薄い糊を呼吸器に貼り付けられたような息のしずらさを感じながらミョウメイは剣を握る手に力を込めた。

 ぱき、と骨が鳴る。

 相手は気にしないようにキヒヒと笑った。

 

この子(魔王)、凄いでしょー? でっかくってさ。前に星々と地上を繋げられないかなって色々やってみたら禁忌犯してでもやり遂げてくれてさー。でも代償で知性を封印されちゃったんだけどねー」

 

 

 既に高度は5,000メートルを切っている。

 地上はどんどんと近づき、今この瞬間も都を押し潰さんと降下している。

 なのに、こんな一体のイレギュラーのせいでミョウメイは行動を起こせないでいた。

 

 

「元々神聖国の空の賢獣なんて言われてたんだけど、もうダメだねー。ま、こうしてボクが操ってあげればそんなデメリットもないんだけどさー。あ、君、見てたよ! 凄いね、この国滅ぼすのに障害になりそうだぁ! そういうのってさ、ボク嬉しいんだよ、だってその方が燃えるじゃん? 分からない? そっかー」

 

 

 ペラペラと、相手は構わず口を回す。

 ミョウメイは遂に両目からも出血を始め、それら無視してこっそり加速の加護を重ねていた。カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、音が鳴る。あらゆる感覚が引き延ばされる。世界の音が鈍くなる。

 

 だから出血が耳にも伝播する。フゥリが事前につけてくれた身代わりの符がばらばらと猛烈な勢いで剥がれていく。構うものかよとミョウメイは更に加護を重ねた。

 まだ、足りない。目の前にいるヤツの首を刎ねるには、まだ遅すぎる。

 

「まったくさー、せっかくグーさんが世界侵攻の計画立ててんのに、フィラリオンとか邪魔してくるしさー。おかげでいくつかの世界の侵攻は止まってるしー……、知ってる? ミョルド、カナーハ、あとは……チキュウだっけな?」

 

 既に心拍数は1分間に350回以上を記録し、腕に血管がくっきりと浮かび上がった。

 身体は紅潮し、吐く息は激しく熱を帯びていた。

 だがミョウメイはまだ足りないと加速を重ねていく。

 

「ま、でもこの国滅ぼしたら結構その後の計画楽になるっていうしさー。うんうん。あ、何言ってるか分かんない? だって分かるように話してないしさ。てか、君、ボクにあった時点でもう詰みだし? 理解させてあげても無駄? 的な」

 

 白黒の相手は滔々と語る。

 半分も理解できない、おぞましい計画の一端を。

 ただ、確かな事はひとつ。

 

(こいつはイレギュラーだ。それも、とんでもない)

 

 この場にいるはずのない、()()()()()()()()の威圧感を有した存在だ。それこそ絶対討伐種かもしれない。

 いずれにせよ、この場で討伐しなければ、魔王は止められず、この国は間違いなく滅ぶ。

 

「だから──」

「ッ──!!」

 

 白黒のバケモノが次に口を開いた時。

 ミョウメイは跳んだ。相手の首をめがけて。音速を超えた青龍刀は空気摩擦で赤熱し、空間に赤く輝く軌跡を残して頸を跳ね飛ばした。

 

「あわー!」

 

 くるくると、長い髪が回る。

 頭部がボールのように回って、ボトンと落ちて、転がって、全身から血を吹き出し、荒い呼吸を繰り返すミョウメイと目があった。

 

「何すんのさ! ヒトが話してる最中に……」

 

 頭部だけで話している。

 首から上の支えを失った身体はぐらぐらと揺れて──両手を伸ばし人差し指と親指で四角い窓を作った。

 

「だから、少しお仕置き、しようか。……“存在解体”」

 

 窓の範囲に囚われたミョウメイはボロボロで千切れそうな身体を総動員してその場を飛び退く。

 だが左腕が肩から先、範囲に入ってしまった。その部分の感覚が一部消える。まるで腕が痺れた時のように、神経の通り道が水でふやけてしまったかのように。

 

「ちぇ、そんだけか。まぁ、いいや。“存在変革”→魔物になろっか」

 

 次の瞬間。

 ミョウメイの左肩から先がばきばきと音を立てて青紫色に変色し、鮫の頭部に変わった。

 

「ッッ!」

 

 異常に気がついたミョウメイはすぐさま右手で肩から先を切り落とし、地面に落ちてもなお食らいつこうとしてくる()左腕をぶつ切りにした。それでようやく鮫の頭部は動きを止める。自ら切り落とした傷口は青龍刀が先ほどの一撃でかなりの熱を持っていたため焼けて出血はなかった。

 

 

「うわ、凄い覚悟。ふつう一瞬で片腕捨てられる? きもー」

 

 ミョウメイは魔王の背中を破壊する戦闘と、加護の重ね掛け、先ほどの被弾により全身どこもボロボロだ。

 たった数秒で蒼燕の勇者は窮地に陥る。

 

 

「アッ、いいこと思いついたァ!」

 

 

 白黒のバケモノは首を失った身体で両手を打ち鳴らし、笑った。

 ギザギザの歯がガチリと噛み合わさる。

 

「うへへっ、……。さ、さ! 魔王ちゃん、頑張ろっか! 命令だよ──隕石を都の上空に繋げろ」

 

 消耗に膝をつくミョウメイを放置し、地面──魔王に向かって語りかける。普通なら喋っても巨大な魔王に言葉が届くはずもないのだが、バケモノが声をかけるたびに地面の揺れは答えるように大きく、激しくなっていく。

 ミョウメイは冷や汗が止まらなかった。

 

「それじゃあ、──隕石、いらっしゃーい」

 

 ガクン、と地面が揺れる。

 魔王のすぐ横に黒く深い色の時空が円形に滲むように広がって、そこから巨大な岩が姿を現した。

 

「デタラメじゃねぇかよ……」

 

「あははっ、そりゃ、ボクはキミたちとは違うからねぇ」

 

 岩は、遥か空の向こうから引き寄せられて連れてこられた。

 どこかの星の周りを回る中型小惑星を、運動エネルギーを保持したまま蒼燕帝国の上空に繋げたのだ。

 

 空気の摩擦で周囲を歪ませながら地表に壊滅的な被害を齎す直径約500メートルの隕石。

 

 白黒のバケモノは、本当に面白い見せ物を見るように首なしの身体で両手で拍手をして、キャッキャッとはしゃぐ。

 

「うっ、はっ、はぁ! これは、ヤバいよ! だって、これ、速度ついたまま召喚させたから、地面に落ちたら()の数発分の威力はあるよ! 都市は蒸発するだろうなぁ!」

 

 ミョウメイの全身から熱が抜けていく。

 

 血を流しすぎた。魔力で補っているが、それにも限度がある。フゥリの身代わりの符は少し前に剥がれ切った。これは悔やむことではなく、寧ろよくここまで念入りに符を貼り付けたものだと讃えるべきだ。

 だが、そうは言ってもミョウメイの窮地に変わりはない。打開策を考えるべく、鈍る頭を回し、状況を観察し、打開策を練る。

 

 すると、白黒のバケモノは地面に落ちた生首のまま、ぐるりとミョウメイに振り返り、目を細めた。

 その、瞳だけ色のついた有様が心底嫌になる。

 生首は語る。

 

「ね、ね。ボク、キミのこと好きになっちゃった。だって、分体とはいえボクの首を切ったんだもん。だから、()()()()()()()()()()()()

 

 悪魔の取引を。

 お前の命だけは見逃してやると。

 

(…………)

 

 ミョウメイには何故相手がこんな提案をしてきたのかわからない。

 そもそもこちらの尺度では測れないような相手なのだ。考えるだけ徒労かもしれない。

 

「止めなきゃ都市は滅ぶけど、悩む時間も必要もないね! だってキミは瓦礫の下の兵士を見捨ててたし、そういうドライな人でしょ? でしょ? だから、行っていいよ! 逃げなよ! 命を大事に、でしょ!」

 

 相手は手出しをしてこないらしい。

 

 好都合だ。

 

 ミョウメイは再び加護をかけ始めた。

 頭の中で警鐘が鳴る。女神がやめろと止めてくる。

 

 

 これ以上は、お前の体の神経と血管と、心臓と脳細胞が耐えきれずに自壊してしまう。

 微かに上昇を始めた回復力。ミョウメイは一瞬驚いたように目を開いて、すぐに獰猛な目つきになった。

 

 

(女神よ、その心遣いは無碍にしちまう)

 

 

 死ぬな、死ぬな、勇者よ。

 遥か高みから女神が加護を下ろしている。天の座から降りることが出来ない彼女からしたらきっと、地上の様子は顕微鏡で見るものより細かく見づらい。

 

 それでもミョウメイの命の危険というアラートを頼りにこうして生命力を増強してくれているのだ。

 だからミョウメイは心の中で謝りつつ──その生命力すら薪にした。

 

「うわっ、行くの? ボク君のこと気に入ったから、見逃してあげるって言ってるのに、行くの? 足手纏いの弱者のために死ぬの? マジで?」

 

「弱えやつらが足手纏い……?」

 

 ばちん、ばちんとかつてないほど紫電を纏い始めるミョウメイに、首だけのバケモノが驚き、心底疑問のような声を出す。

 それにミョウメイは目だけで視線をやり、腹を抱えて笑い出した。

 

 

「はははッ! やっぱ、お前、バカだろ」

 

 

「は?」

 

 首が表情を無くす。

 思いがけない罵倒に能面のようになる。それがまた、ミョウメイにはおかしかった。

 だって、こんなにも簡単な事がコイツは分かっていなかったのだ。

 

「足手纏いのために死ぬ? ちげぇな。俺は、こいつらのタメに命ィ、張ってんだよ!!」

 

 ばち、ばち。

 視界が弾ける。

 周囲の空気がプラズマ化して、カン・ミョウメイは雷の化身となる。

 血を燃やして。魔力を焚べて。鼓動を捧げて。

 

 ただ、一つの目的のために。

 儚くも激しい(いかずち)となる。

 

「花屋がいる、串屋がいる、金物屋がいる、娼婦がいる、旅芸人がいる、女がいる、男がいる、子供がいる! 生きている! 一生懸命、自分のやることをやってる!!」

 

 もはや勇者の肉体に輪郭はない。

 凄まじい電撃の中ゆらめく二つの獣のような眼だけがカン・ミョウメイを証明していた。

 

 

「それを、こんな血生臭ぇとこに行かせねぇために勇者がいるんだよ。そういうのを守るために、ひとは勇者になンだよッ!」

 

 

 勇者は高らかに宣言する。

 

「行くぜェ!!」

 

 そして臨界を超えて超えて、“何か”に到達した雷は、魔王の背中から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのとき、地上のひとは見た。

 突如出現した隕石を。自分の努力やもがきを嘲笑うように無にしてしまう圧倒的な暴を。

 

 

 そして、見た。

 落ちてくる魔王の背中から放たれた紫電を。

 

 絶望の隕石をあっという間に砕いた、一条の稲妻を。

 

 

 

 全ての喧騒が一瞬止んで、後に残ったのは遠雷のような響きだけ。

 

 

 

「あるじ、さま……?」

 

 

 何十、何百の破片に砕かれた隕石のその中で。

 襤褸のような微かに帯電した何かが降り注いでいた。

 

 

 

 

 そしてそれは蒼燕の勇者の敗北を意味し──作戦の失敗を物語っていた。

 

 

 

「うそ、嘘や、ミョウメイ……」

 

 

 

 勇者がたおれた。

 希望が折れた。

 

「──きひ」

 

 ここからは、煉獄が始まろうとしていた。

 魔王討伐戦は最終局面へと突入する。

 

 

 

 

 

 この世の地獄へ。

 

 

 

 

 

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