おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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4話 おつかれ勇者さま

 

 

「お、おぉぉ!?」

 

 突如割れた地面に、落下するルークは、必死で空中で姿勢を制御し、着地に備える。目測、何の対策もしなければ着地と同時に潰れ死ぬ。

 

「地下空洞かっ!」

 

 地面の下は空洞になっていて、10メートル以上も高さがある地下空間、そこに茸の魔王の菌糸がびっしりと森のように張り巡らされていた。

 

『右から』

 

 剣になったカランコエがそう言えば、ルークは声に従って遮二無二に剣を振るった。手応えがあり、切ったのは鋭く伸びた白い槍のような菌糸。落ちて来る獲物に茸が放った攻撃だ。

 

 攻撃をいなしたと安心したのも束の間、切った菌糸からすぐさまひどい腐臭と白い石灰のような煙が溢れ出した。

 

『──息をとめて』

 

 カランコエが言うと同時にルークは眼を塞ぐ。

 これは胞子だ。センピテルヌスの悪辣な繁殖方法。

 

 吸い込んだものを己を守る傀儡に変える、脅威の粉だ。

 やがてルークは地面に着地、ぶにんという感触のあと、ブシュという間抜けな音がしたと思ったら、地面の白い部分から粉が舞う。

 

 ルークは即座にその場を横っ跳びに離脱し、足元に極力衝撃を加えないように制動をかける。

 

「あ、あぶなかった」

 

 そう言って状況確認のため素早く目線を巡らせる。

 

 広い。

 王城の大広間なら入ってしまいそうなくらい、パッと見ただけでスペースがある。

 

 ここは魔王センピテルヌス・フングスが掘り進めた地下空間だ。高さは12メートルほど。至る所に蜘蛛の巣のように、あるいは坑道の支柱のように、まるで森のように白い菌糸が生えている。

 

 地面も一部が菌糸により侵食され、踏んだ結果はさっきの通りだ。胞子が吹き出し、体を蝕む毒が撒かれる。

 

 

 そこまで考えて、ルークは顔を顰める。暑いのだ。気温が上がったわけではなく、湿度がものすごく高い。周囲の土が湿って黒くなるほどに。そして防護布越しでも伝わる腐臭。肉が腐る臭いと木が腐る臭いが混じってとてつもない複雑な鼻をつく臭いだ。

 

 目を凝らしてみれば、至る所に白い骨や肉が転がっていた。

 ここに落ちた生き物たちの成れの果て。そこに蠢く菌糸がまだ残る肉に根を張って吸収を始める。

 

 まさしく別世界。

 それも、地獄に類するタイプの。

 

「ふぅ──っ」

 

 ルークは息を整え、あたりを探る。

 天井は高すぎて上がれそうにない。あたりを覆う菌糸は振動やら魔力やらを探知して襲いかかってくるのだろう。だが、じっとしていてもバレるのは時間の問題だ。あたりをうろつく寄生された魔物(センピテルヌスの兵士)にいつ見つかるかも分からない。そもそも時間がたつごとに胞子を吸い込み体の自由が利かなくなっていく。

 

「厄介だ……」

 

 そう。厄介なのだ。侵入者もすぐには死なない。この魔王がそこまで攻撃的に侵入者を殺しにこないのは、ただ待てば勝手に死ぬから。この胞子の森で。そして寄生され、センピテルヌスを守る兵士となる。

 

 行くも危険、止まれば確実な死。ゆえに手早く魔王本体を見つけ、討伐しなければ。

 

 ルークは思考を固めて一歩踏み出す、と同時に目の前の菌糸塗れの地面がボコリと割れた。

 

「!」

 

 中から姿を現したのは、濁った目をした青蛙。成人男性なら軽くひと呑みに出来そうな蛙だ。群生地に誤って踏み込んだ銀級冒険者がなぶり殺しにされるくらい危険度の高くなる魔物だが、一体だけ。

 

「GYRP」

 

 蛙が鳴く。茸に寄生されて、粉のような胞子を撒き散らしながら鳴く蛙が勇者と()()()()()。ルークが瞬きをする。

 

「Gecu」

 

 蛙が勢いよく舌を伸ばし、絡め取ろうと攻撃を仕掛ける。

 

 勇者は手慣れた動きで舌を切り飛ばそうと腕を振りかぶり──地面から伸びて来た菌糸に止められた。

 

「は」

 

 当然襲いくるのは青蛙の舌による質量攻撃。直撃した瞬間に腹の奥まで突き抜けるような衝撃にルークは肺の空気を強制的に吐き切らされ、そのまま吹き飛ばされる。弾き飛ばされ、迎える地面は当然菌糸。

 

「──!!!」

 

 乱雑な着地の結果は、あたりにぶち撒かれた胞子でもって迎えられた。

 そこから勇者ルークの判断は早かった。青蛙のいるであろう方向へ一閃。ぐぎゃ、という断末魔を聞かずに森の奥へと走り出した。

 

「マズイ、バレた! 音を聞きつけてあたりの寄生された魔物が寄ってくる!」

 

 その前に場所を変えなくては。

 ルークは痛む胸部を無視しながら走った。

 だが──

 

『だめね、おそかったみたい』

 

 勇者の脳内にカランコエの鈴のような声が響く。

 その言葉と通り、少し前の地面が盛り上がり、青いぬめぬめとしたカエルの頭部が顔を覗かせていた。

 

「まだ、もう一体だけなら!」

 

 切り捨てる。そう口にした所で周囲に広がる土の匂いを感じた。

 

「GROP」

 

 

 

「Grup」 「Gyop」 

  「group」  「Gyop」 「grup」「GROP」

 「Gyop」  「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」

  「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」        「Gyop」       「Gyop」 

   「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」

 「Gyop」  「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」

     「Gyop」「Gyop」「Gyop」

       「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」     「Gyop」          「Gyop」

  「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」「Gyop」

 「Gyop」「Gyop」    「Gyop」「Gyo「Gyop」「Gyop」

 

 

 あたり一面を埋め尽くす、気味の悪い翠青。

 蛙が新しく顔を出すたび致命の胞子が舞って、悪趣味な登場演出だ。

 

「は、は、は」

 

 

 勇者ルークは口だけで笑って、茸に操られた亡者たちとの戦闘を始めたのだった。

 

 ◆

 

 

「ふっ、……ぅぐ!」

 

 一つ切る。一つ被弾する。

 魔王センピテルヌスの森は、いまや蛙の体液と、胞子と、そして勇者ルークから流れる血液が混じった粘性の高い空間と化していた。

 

 蛙がルークの背後から舌を伸ばす。

 勇者は振り向きざまに剣を薙ぎ払い、蛙を両断する。タイミングを合わせるかのように右上部の壁に張り付いた二匹が飛びかかってくる。薙ぎ払った剣を慣性を殺さず振り抜こうとして、足首を菌糸に巻き取られ、転ばせられる。

 

「うぉぉっ!」

 

 ルークはうつ伏せに地面に倒れ伏したまま、肩を外す勢いで思い切り背中側へと剣を走らせた。なんとか飛びかかって来た2匹は切り伏せられたものの、すぐ目の前に迫っていた舌に防御が間に合わず弾き飛ばされる。

 

「──っ、がはっ、ごほっ、ごほ……」

 

 ルークは額に汗を浮かべた。

 思考がだんだん鈍くなって来ている。胞子を想定より吸い込みすぎた。すでに鼻の中は腐乱臭でおかしくなっている。

 

「、からん、コエっ! 見つかった!?」

 

 横に現れた蛙を弾きながらルークは叫ぶ。胞子が飛ぶ。吸い込む。強かに打ち据えられる。菌糸の根っこに引きずられる。足首の防御が薄い所を菌糸の槍で刺される。それら全てをダメージを抑える、というジリ貧でルークは戦っていた。

 

 この劣勢は全て、カランコエの探知が終わるまでだと信じて。

 

 茸の魔王 センピテルヌス・フングスは本体を叩かなければ終わらない。そう、学者たちは口を揃えて言った。良いことに本体はおそらくそこまで強くはないだろう、とも。だが、そもそもその本体にたどり着くまでが極めて難しいのだ。だから、ルークは『魔法』を使えるカランコエに魔力の強い方向を探知してもらっていた。

 

『……ルーク』

 

「! 分かったのか!」

 

 蛙のベロで横腹を削られながらもルークはぱっと顔を明るくした。鎖帷子がぎゃりぎゃりと音を立てて削れていった。

 

『わかった。分かったのよ。これ、()()()()()()

 

「…………は?」

 

 剣戟を続けながら、間の抜けた声を放った。

 どういうことだ? と。

 

『だから、この魔王に倒せばおわる()()()()()()()わ。あなたやわたしのまわりにあるこれ、すべてが本体なのよ』

 

「ぇ、あ、そっか」

 

 勇者はあたりを見渡す。

 一面に張り巡らされた菌糸は、まるで()()()()()。そして、地上にも茸の森が広がっている。

 その、全てが魔王本体。文字通り、広大な森そのものを滅さなければ魔王討伐は成らない。

 

 

 

 そんなこと誰に出来る? 

 

 

 

 ルークは鈍化していく思考とは別に最後の蛙を切り飛ばし、荒い呼吸で片膝をついた。あたりに胞子が飛ぶ。体が痺れて来た。

 

 魔王討伐は一筋縄にはいかない。

 誰もが無理だと匙を投げるから、魔王と呼ばれるのだ。

 

 ルークはふと、霞んできた視界の先で何かが蠢くのを捉えた。

 

 

「……いやになるね、ほんと」

 

 それは茸に寄生され、狂化された魔物たち。森狼、トゥレント、青蛙、そして食人鬼となった人間の成れの果て。

 それらが、ざっと100体ずつ。

 

 森の戦力がここに集中して来ていた。

 

(ああ、なぶり殺しだ)

 

 あと数分もしないうちにあの大群はこちらに来て、物量でルークは飲み込まれる。仮に切り抜けたとしても魔王を討伐することは出来ない。誰が森ごと倒せるのだ。逃げたとしても、もう胞子に身体を侵されている。逃げられない。

 

 ルークは遂に両膝をついて、手に持った剣を眺めた。

 白く、鋭く、そしてわずかに装飾のある魔女の剣。短い間ながら何度も窮地を助けてくれたつるぎ。

 

「カランコエ、30秒後に君を地上に向けて放り投げる」

 

『なんですって?』

 

 魔女の声が聞こえるが、ルークは気にせず続けた。剣を持つ手の端に、茸が生えてきていた。ジクジクと熱がうざったい。時間はもう尽きていた。

 

「太陽のギャレオンも一緒に投げる。たぶん、地上には届くはず。それで君は逃げろ」

 

『あなた、死ぬ気?』

 

「…………いや、…………うん。どうしようもない。そうだね。死ぬ。勇者ルークはここで終わりだ」

 

 肯定した勇者の声は穏やかだった。間も無く、迫り来る魔物の群れに勇者はなぶり殺される。そんな中であっても、青年の声は落ち着き払っていた。魔女にはそれが、どこか、重い荷物を下ろしたような声色に思えた。

 

「さ、時間もない。いくよ、さん、にぃ、い──」

 

 そう言って最後の力を振り絞り、暗く湿った地下から、地上の光に向かって魔女の少女を届けようと、身をかがめた瞬間。しゃらん、と。手の中から剣の重さが消失した。

 

 

 そして頬にパチン、と平手の痛む感触が伝わって来た。

 

 

 なにを? とルークが正面を見ると、そこにはまだ幼さの残る顔立ちを、ひどく不機嫌そうに歪めた魔女が立っていた。

 

「気に入らないわ」

 

 少女は言う。

 苦虫を噛み潰したように。

 

「あなた、死ぬことをなんとも思ってないの? なんでそんなカンタンに諦めて……諦めがよすぎないかしら? いいえ、ちがうわ──」

 

 魔女の言葉にルークは目を大きく見開く。

 彼女は見た目にそぐわぬ聡明な知能で勇者の秘していたことを一枚ずつつまびらかにしていく。

 

「わかった。あなたは、死ににいくことをなんとも思ってない。むしろ、しんでもいいか、なんて思ってる。ああ、そうね。もしかしたらって思ってたけど、あなたは──」

 

 今までの勇者の言動。

 頭の隅に引っかかる違和感。それらが統合されて、ひとつの答えを作った。

 

「あなたは」

 

 

 

 

 ──死ねば発動する加護をさずかってる。

 

「なんで」

 

 魔女の問いの答え合わせは、ルークの狼狽した態度だった。カランコエはその姿を認めるとより一層顔を不機嫌にした。

 

「gya!!」

 

 魔物の中でも特に脚の速い森狼が2人の近くまでやって来る。

 位置はルークの正面。カランコエから見て背後から、森狼は食いかかろうと口を広げる。だが、その牙はカランコエが無造作に手を横に伸ばした瞬間に現れた無数の透明な剣によって防がれた。

 

「空気をつるぎと、す」

 

 彼女は唄うように告げる。

 一息ごとにどんどんと森狼は増えてくる。空気で作ったつるぎの耐久性はそこまでなのか壊れる音が連続して響く。ガラスが割れるみたいな音だ。その度にカランコエは新たに空気を『鍛造』して壁を補強する。

 

 やがて、魔女の鼻と口から粘度の高い血が、たら、と垂れた。

『鍛造』に次ぐ『鍛造』。負荷が許容量を超えている証だった。

 

「気に入らない。きらい、きらいだわ、そんな加護を与える歪んだ世界が。そしてなにより──あなたの態度が」

 

 ガンガンと魔物の吠える声と、甲高いガラスの割れる音。

 その中でもカランコエの声はスッと何者にも邪魔されることなく空間に響いていた。

 ルークはただ、それを聞いていた。

 

「ね、わたし、姉さんが4人いたの。みぃーんな死んじゃったわ。だから、命をだいじにしないひとなんて、だーいっきらい」

 

 だから。

 

「あなたの思い通り(しなせて)なんてさせてあげない」

 

 少女の姿をしたカランコエは笑った。

 凄絶な笑みだった。魔性の者の笑顔だった。それが、すべて、1人の人間。勇者ルークに注がれている。ルークは声が出せなかった。

 

 カランコエが小さな手を伸ばす。

 汗と血と、胞子に汚れたルークの頬を両側から挟み込む。ひんやりとした温度と、すべすべとした感触がルークの思考を埋めた。

 

「聞かせなさい。あなたの、その態度のわけを。いまここで。死地のどまんなかで」

 

 

 カランコエの脳を舐めるような声色。

 勇者ルークは、失った血と、胞子により霞がかる意識の中で普段なら開かない口をちょっと開いて声を漏らした。

 

 

 

 

 

「……疲れたんだ。もう」

 

 消え入りそうな声だった。だが、カランコエは爛々と輝く瞳でただ話の続きを促した。

 

 そうして勇者ルークは、一つ壁を隔てて魔物の大群が自身を殺しにかかってる最中、ぽつぽつと語り始めた。

 

 彼の死にたがり、疲れの理由を。

 

 

 ◆

 

 

 世界には勇者という役割を与えられた者たちがいる。

 彼ら彼女らは人智を外れた強大な力を持ち、それを以て人に仇をなす存在と戦ってきた。ある者はひとたちで山を割り、ある者は街ごと癒しの風で包み込み、ある者は雷より速く駆けた。

 

 

 そんな中、勇者ルークはいわゆる“ハズレ”た勇者だった。

 授かった加護は二つだけ。一つは死ななければ発動しないし、もう一つはピーキーで使い勝手の最悪な『一刀の加護』。

 

 神話に出て来る傑物のような身体能力もなく、特別な才能もない。

 若き希望を胸に抱いていた勇者ルークはそんな現状でも腐らず、強くなろうと駆け巡った。ゴブリンロードに襲われる砦があれば、自ら砦から飛び出し、ゴブリンの群れと傷だらけになりながら戦った。だけど時間と武器が間に合わず、砦は陥落した。人が大勢死んだ。

 

 王国はずれの村の井戸に粘魔が大量発生して、パンデミックが起こった。死ぬ気で急いだ。遅かった。ルークが出来たのは、壊滅した村の後処理だけだった。

 

 ある時は坑道まで駆けつけた。異常に進化した吸血蝙蝠によって炭鉱夫が閉じ込められたと知らせを受けてのものだった。結局、蝙蝠を倒せたのは中で生きている人がいなくなってからだった。

 

 村にいった。森に行った。

 廃墟に行った。地下道に行った。

 洞窟に行った。兵士とともに戦った。

 

 

 その、どれもが。

 犠牲を防ぐことができなかった。

 

 

 それでも膝を屈しなかった。

 まだ出来ることがあると足掻き続けた。

 知識を得た。体力を培った。人脈を築こうとした。

 

 

 

 そんな若い青年ルークの膝を折ったのは、とある大臣にかけられた一言だった。

 

『おまえがいるから、人が死ぬのだ。役立たずのハズレ勇者』

 

 驚いたのは、それに何も言い返せなかったこと。

 ひどいと思った言葉に対して浮かんだのは怒りではなく、納得だった。

 

 

 

 勇者の総数は決まっている。

 

 今いる勇者が死ねば次の勇者が発生できる。

 こんなハズレ勇者はそうそうに、次の誰かにチャンスを譲るべき。

 

 しばらくした後に国の大臣たちが決めた、今回の遠征の本当の目的。

 

 

 

 ▶︎ゆうしゃはりっぱにたたかい しにました

 

 

 

 

 そういうこと。

 自殺遠征だった。

 

 それを受け入れた。

 夢を抱いた青年は、足を止めた時に、もう動き出せないくらいに疲れていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

「だから、もう、いいよ」

 

 もはやルークは腕を動かす気力すらない。

 ただ、魔女の両手に支えられた頬だけは前を向いていた。

 

「ほんとは『魔女』のウワサも半信半疑だった。無駄足でも、もういいと思ってた。数日後には死ねるんだから。でも、なんの偶然かそこにはキミがいた。そして、なんの偶然か、キミは僕と行動をともにしてくれた」

 

 こふ、と軽く咳き込んで、ルークは口から血を流した。肺がすでに茸で侵されていた。

 

「最期にこんなに()()()()に怒ってくれる女の子に逢えたなんて、それだけで、もう望外のしあわせなんだよ」

 

「──へぇ」

 

 カランコエは短く答えた。

 どこか納得するように、そしてそれ以上に目を細めて。

 

 

 勇者の知らぬことだったが。

 

『魔女』カランコエの行動理念はシンプルだ。

 だいじな大事な姉たちの命を踏み躙った世界への恨み。

 そして、その根底には

 

 

 

 

 ▶︎いのちをだいじに

 

 彼女は命をおもちゃみたいに軽く扱うヤツが大嫌いだ。だから世界がきらい。

 だから、世界を壊す。そういう魔女だ。そうやって産まれてきた。

 

 魔女カランコエはほんとうに、自然に、なんの気なしに。

 勇者ルークの額に、そっと口付けを落とした。

 

 

「契約、勇者ルークと、魔女カランコエ」

 

 広がったのは爆発するような魔力の波動。

 無色透明な揺らぎが、魔女の捩れた魔力が漣のようにつらなって、膨らんでいく。

 

 

【事実】

 この世界の『魔』のものは契約をする。

 すべからく、不安定で世界に認められていない在り方を、現世にとどめ置くための楔とするために。

 歴史を紐解けば、歴代の『魔女』は気に入った相手を契約相手としていた。

 御し易い傀儡として、便利な道具として、生涯の伴侶として。

 

 そして『つるぎの魔女』カランコエは、この気に入らない勇者と契約することを決めた。

 

「条件。ふたりの魔力の共有。今後の経験値の共有。いちぶ感覚の共有」

 

 あは、と魔女はわらった。

 彼女もまた血を吐いて。その血が口紅のようについて、妖しく艶やかにわらった。

 

「つまり、命と命をつなげたわ。あなたが死ねば、わたしも死ぬ」

 

 カランコエは背後で魔物が唸り声を上げ、防壁が崩れる中で楽しそうに言った。

 

「これで、かんたんに死のうなんて、思えないでしょう?」

 

 絶句。

 勇者ルークは、自分がとんでもないヤツと出会ってしまったのだと遅まきながらに理解した。

 

 狂ってる。たかがひと1人のために、会って間もないやつの行動が気に入らないから、自分の命を投げ込むなんて。

 人の常識とか倫理とかの外側にいる。

 

「ね?」

 

 カランコエはそう言って、ルークの手を取った。茸に侵され、力を使いすぎ、動かなくなった勇者の手は、そっとカランコエの手を握らされた。

 

 やるべき事は分かっている。

 契約は双方向の同意が必要なのだ。

 この魔女のちいさな手を取れば後戻りのできないところまで行くんだろうな、と分かった。それが魔性のものの手を取るという意味だ。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「……キミが、そう言うなら」

 

 

 ルークは手を取った。

 

 とりあえず、預けようと思った。

 捨てられた自分の命に、自分以上に真剣に向き合ってくれているなら。

 勇者ルークの命に、役立たずと烙印を押したのは周りの人間だけじゃない。ルーク自身も自分にバツをつけた命を『価値がある』と断じてくれるなら。

 

 

 

 満身の力でルークは魔女の手にそっと口付けをした。

 

 

 

 パキンと音がして、周りに渦を巻いていた魔力が2人に収束する。その途端、世界の見え方が変わった。

 カランコエが感じている、どれを『鍛造』できるか、というものが直感的に分かった。カランコエが何に意識を向けているのか感じ取れるようになった。

 2人の間に(えにし)が結ばれた。

 

「なかなか、似合ってるわ、その紋章」

 

 その言葉にルークは熱を持っていた手の甲を見る。そこにはつるぎの意匠がある紋章が刻まれていた。それを確認したあと、目の前にいるカランコエに目を向けてみると白い髪に一房、麦のような色の髪が混ざった。勇者ルークの髪色だ。

 

「キミこそ、ステキじゃないか」

 

 返し言葉にそう言えば、魔女は先ほどとは違う、幼い少女のような屈託のない笑みで、えへ、と笑った。

 

 ──この時、ルークは決して口には出さなかったが、目の前の少女に自分の色が混じったことが、ひどく背徳的に思えて慌ててその思考を打ち消した。

 

 こんな考えは目の前にいる彼女に失礼だ。

 

 悍ましくも、それ以上に優しい行動理念の魔女さまに。

 

「それじゃあ、斃しましょう。魔王を。さあ、たって」

 

 勇者ルーク、と名前を呼ばれる。

 すると不思議なことに、指の一本すら動かないと思っていた身体が軋みを上げながらも立ち上がった。

 代わりにカランコエは少し顔色を青くしている。それでも満足げだ。きっと、これも契約の効果の一つ。体力の一部が共有されているのだろう。

 

 最後の剣の防壁が崩れる。

 魔女がしゃらんと音を立てて、ルークの手元に白く光る剣が収まる。

 

『ふふふ』

 

「楽しそうだね」

 

 ルークが言えば、手元の剣はふるふると微かに震えて言った。

 

『あなたが死んで、まんぞくなひとたちが。いのちを粗末にするようなやつらが。処分されるはずだったあなたが生きて魔王を倒して帰って来たら、どんな顔をするかしら!』

 

 ルークは剣を握る。

 目の前に自分を殺しに来る魔物の顎門が迫る。

 

 

「ああ──それは」

 

 

 

 

 

「それは、すこし楽しみだなぁ」

 

 

 こうして勇者は再び剣を手に取った。

 誰が知るかも分からない、彼と彼女の物語は動き出した。

 

 

 

 

 

『勇者』ルーク Lv.17『魔女』カランコエ Lv.4
スキル▼

『一刀の加護』

『???の加護』

 ・身体強化魔術

 ・生活魔術

 ・初級水魔術

 

状態▼

汚染(茸)

契約(魔女カランコエ)

スキル▼

『鍛造の魔法』

 

状態▼

契約(勇者ルーク)

 

 

 

 

 

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