おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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37話 終幕

 

 

 

 彼女がいた空間は不思議なところだった。

 

 

 

 手足を動かすと水の中にいるような微かな抵抗感と、体を包む暖かさを感じる。

 肌の上を草の香りが含まれた風が撫でて、そっと目を開けると目の前には鮮やかな夕暮れ空が広がっていた。

 

「…………」

 

 ルークに眠らされた後のカランコエは、揺蕩うような空間で目を覚ました。どうやら部屋の中にいるようで、天井がなくて空の端が藍色になっているのが見えた。間も無く夜だろう。一番星がきらきらと輝いていた。

 

 天井の崩れた、白い部屋だ。

 何処まで人工的で無機質で、見慣れた壁。

 

 そこはカランコエがかつていた施設の、崩落後の様相を呈していた。

 

「風がある」

 

 魔女は呟くと、部屋の中央に鎮座している瓦礫、おそらくは天井の破片を迂回して窓から外に出た。一陣の風が流れ込んでくる。

 窓の外はなんだか時間感覚が曖昧で、何処までも続く草原だった。しかし空には蒼燕の瓦の建物が浮いていたり、枯れてしまった大木が枝をゆらゆらと揺らしている。少し横に目を向けると練兵場があったりした。空間が捻れていた。

 

 

 そよそよと風が吹く。

 その中でカランコエはふと自分の眼前に一本の剣が浮いていることに気がついた。

 

 

「これは」

 

 

 剣は少し反りが入った形状で、使いやすいように持ち手にはグルグルと布が巻かれている。全体的な色合いとしては紫で、特筆すべき異質さはないものの、良い剣だった。

 

『あれ、自分だけですか』

 

 カランコエがぼんやり剣を見つめていると、一人でに剣が喋り出した。パチパチと瞬きをすると剣は姿を若い男に変えて、彼は苦笑するように後頭部を掻いていた。

 

「ルゥ」

 

『……! 覚えていて下さったんですね』

 

 ぽつりと魔女が呟けば、男は目を見開く。

 そしてすぐに嬉しそうに眉を下げると、拳を握って胸に当てる蒼燕式の敬礼をちいさな魔女にした。

 

『改めて、自分は第24歩兵分隊所属。下級禁軍歩兵、ルゥです。あの時勇者さまに指南いただいた模擬戦、たいへん身になりました。……ま、まぁ、結果としてはこうした通りですが……』

 

 彼は、ルークとカランコエが禁軍の練兵場を訪ねた際に模擬戦を行った若者だった。歳の割には腕が立つ。しかしながら実直すぎる戦い方はルークによって十数秒で完封されてしまったのだった。カランコエはよく覚えていた。

 

 

 彼は前会った時の爽やかな笑顔のまま言う。

 

 

『やり切るだけやり切りました。それで、あなたが助けを必要としていると言うので、来たんです』

 

 でも、とルゥは続けた。

 先ほどまであった意気は少し萎んで、恥ずかしそうに笑ったまま目を伏せた。

 

『自分ひとりの剣だけじゃ、あんまり意味、ないですよね。あくまでただの兵士ですから』

 

「そうだけど、そうじゃないわ」

 

 カランコエのはっきりとした声色にルゥは顔を上げる。

 魔女は無表情のまま、一本の剣を何処からともなく取り出すと男の前に翳した。

 

「これはあなたの剣……」

 

 彼女はそこまで言ってハッとする。

 ルゥは最初から分かっていたようで、驚く魔女のことを優しい目つきで見つめていた。

 魔女はほっそりとした手で剣を持ち、呆然と呟く。

 

「思い、だした。わたしが、あなたを鍛造したの。戦場で」

 

『はい。悪魔を二、三体仕留めたところで腹を喰われまして。倒れる自分を剣にして戦っておられましたね』

 

 ルゥは穏やかに言った。

 彼は既に亡くなっていた。あの戦場で。

 

 ここにきてカランコエは自分のいる場所がどういうところなのか悟った。ここは彼岸だ。

 いのちあるものと、そうでないものの間。夢うつつの中にこの世界はある。

 

「……みて。ほら。この剣は真っすぐじゃなくて反りがはいってる。あなたの槍捌きは柔軟だった。とても。だからこうして反映されている」

 

 カランコエは珍しく言葉に詰まった仕草をしたあと、説明をまた始めた。剣を持って、しっかりと見せるように。刃の表面に夕空の茜色と夜の藍色が反射して、剣を美しく染め上げた。

 

「持ち手の布は、滑り止め。刃の厚さは耐久性を保証してくれる。たくさん、走り込んだから。だから剣も最後まで付いてきてくれるような分厚い形になってる」

 

 言葉を続ける。

 夕空の中、広い草原のなかで少女はたくさん伝わるように剣を説明する。

 喋りながらカランコエは何度か言葉が止まりそうになった。

 

 青年は何も言わず、驚いたり、微笑んだり、辿々しくなされる少女の言葉に耳を傾けている。

 

 魔女は目の奥に走るツンとした痛みを感じる。

 いままでも何度か感じたことはあった、訳もわからない感覚。

 

 少女は、気がついてしまった。

 

「鍔は広くて、何かに……なにかに、突き刺しても持ち手を守る」

 

 もう、この青年にしてあげられることは無いのだと。

 彼はもう命を落としていて、これから助けてあげることはできない。手を伸ばしてももう、届かない。

 

 彼はもう、死んでしまったのだ。

 命は逆行しない。

 

「細かな所にある装飾は細部に至るまで装具を丁寧に扱っていたから。ずっと、そうしていたんでしょう?」

 

 カランコエは首を倒す。さらさらと髪が揺れた。視界の端に茶髪が混じる。ルゥは眩しそうに目を細めた。

 

『……驚いたな。そんなことまで分かるんですか。確かに、武具の手入れはずっと欠かさず、時には居残ってもやっていました』

 

「だから、いい剣ね。耐久力は目には見えないけど、とても頑丈」

 

 魔女の口から紡がれていた言葉が止まる。

 それでも何かを伝えようとして、口を開き、閉じて、ふるふると震えた。

 ルゥは軽く首を振った。

 

『……ありがとうございます。とても、嬉しいです。微力でしょうが、役立ててください。あなたの大切な人がまだ、戦っておられるのでしょう?』

 

 ね? と青年は言った。

 カランコエは言葉を探す。もう終わりだ。彼は行ってしまう。でも、何か、まだ何か出来ないのか、と。

 

 そこで少女は思い出した。

 練兵場で隊長が言った“応援”の話と夜の林でアスナヴァが語った“ことば”の話を。

 

「代わりになにか、伝言でもしましょうか」

 

 だからその言葉はするりと喉から出た。

 最後に出来る、精一杯の案だった。

 どうかな、とカランコエは思う。これが彼にとって素晴らしいものになれるのかと。

 

『ほ、ほんとうですか』

 

 効果は劇的だった。

 青年はわなわなと震え、目を開き、微かに潤ませる。

 思った以上の反応に魔女は紅い目を瞬かせた。

 

『いいんですか!? でしたら、西区に住んでいる妹に、身体に気をつけて、と』

 

 彼はカランコエに詰め寄って、その両手を取った。

 魔女がちょっとのけぞりながら頷くと、ルゥは安堵や複雑な感情の入り混じった吐息を吐いて力が抜けたように屈んだ。

 

「それだけでいいの?」

 

 魔女が尋ねる。

 

『はい。“それだけ”が何より自分にとってはありがたいんです。手の届かない場所にあったものを、あなたは掴ませてくれた。それだけで』

 

 ルゥは『はは』と力の抜けた笑みで言った。最初の頃の快活さはなく、しかしそれ以上に彼は穏やかな表情だった。

 

「ええ。ええ。しっかりと、承ったわ」

 

『ありがとう。これで、もう……』

 

 ルゥは、ありがとう、ともう一度言って、カシャンと剣になって地面に落ちた。カランコエが丁寧に拾い上げると、もう、剣は何も言わなかった。手に馴染む、実直な一振りだ。

 

 

 空を見上げる。

 星が瞬き始めて、夕空は暮れようとしていた。

 吹きそよぐ風にカランコエは身体を預けて目を閉じると、背後でかしゃりと鎧が鳴る音がした。

 

 

『ちょっと、嬢ちゃん。伝言頼めるって、ホントか』

 

 

 少女が目を開いて首を回すと、ちょうど斜め後ろの位置に全身武装の男がいた。髭の生えた丸々とした顔は愛嬌を感じさせる。

 二人目の登場にカランコエはすこし顎を引いて応じた。

 

「ええ」

 

『なら、じゃあ、おっかあに、頼めるか。“身体に気をつけて、長生きしてな”って。そんで、冬に編み物の集会行くのはいいけど、ちゃんと厚着してけよ。あと、さきに死んじまってごめん』

 

 頼めるか? と男は言った。

 彼は言葉を喋るたびに身振り手振りを加える人で、その度に鎧が擦れ合って鳴るのがなんだかおかしかった。

 

 カランコエは忘れないように一冊の本をイメージする。

 頭の中にある、表紙のない本。そこに彼から預かった言葉と届け先を一つ一つ書き留めていく。

 

「おぼえたわ」

 

 カランコエがそう言うと、男はニヤッと笑って、手を振った。

 

『餞別だ。持ってけ』

 

 かしゃん。

 剣が落ちる。やはり紫色を基調とした一振りの目立たない剣。

 彼の剣は幅広で、まとめて全てを叩き切れそうな力強い形をしていた。カランコエは剣を拾い上げる。

 

『じゃ、次俺いいか?』

 

 また、声がする。

 頬に傷のある男が立っていた。カランコエは頷く。

 

『大通り南東二番通りに住んでる、妻に。隠してあったへそくりは戸棚の奥の、酒壺の中にあるからな! お前はいい女なんだから、とっとと新しい相手みつけて、俺のことなんか忘れちまえ! ……以上だ』

 

 彼は言い切ると鼻を啜った。

 男の目元が赤くなっているのを魔女が見ると、彼は照れたようにはにかんだ。

 

『と、すまんな。はは』

 

 よろしく頼む。魔女が頷く。

 また彼は剣に変わる。刃の短い、取り回しの良い剣だった。

 

 

『──次、いいか? お嬢』

 

「ええ」

 

 また、ひとり。

 

 

『身重の妻に伝えて欲しい。子供の名前を考えたんだ。力強く、人に優しくなるようにと』

 

 また、ひとり。

 ひとり、人が魔女に言葉を伝えて剣になっていく。

 時間感覚の曖昧な中、カランコエは頭の中の本にひたすら彼らの最後の言葉を書き記していった。

 

 禁軍兵士の魂は、近くで亡くなった誰かにも声をかけて、数珠繋ぎのように人が集まってくる。言葉を聞くたびに剣に変わっていく彼らはだんだんと、数が少なくなってきていた。

 

『よぉう、嬢ちゃん。()()会ったな』

 

 人だかりが少なくなったころ。

 髭面の獰猛な顔つきをした男がいた。

 

「ガンリャオ」

 

『そうだ。じゃあ、俺も手短にやるかな。息子二人に、一字ずつ。練を大切にせよ。武を忘れるな、と。いけるか?』

 

 もちろん、と魔女は頷く。

 隊長の男は笑ってすぐに消えた。あっさりした引き際だった。

 

 

 繰り返し繰り返し、言葉を預かる。

 そしてついには周囲に剣だけが散らばり、魔女はひとり、藍色になった空を見上げた。

 

 静かだ。

 目を閉じる。

 

 風が吹く。

 髪がさらわれて、くすぐったかった。

 このまま、この草原で寝てしまいたい。

 

 カランコエは揺蕩うように意識をうかばせた。

 どれだけそうしていただろうか。

 

 契約を通じて、声が聞こえてきた。

 

 

『──ェ、……カラン……カランコエ!』

 

 

 魔女は紅い目を開く。

 彼が呼んでいた。

 

 目覚めはすぐ、そこだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「そっちを抑えろ! ここは放棄していい!」

 

「抜かれてるぞ、意地見せろぉッ!」

 

 白い剣が閃く。

 悪魔が両断される。ルーク達は最終戦の場所として大路に近い広場を中心に陣取り、結界に近寄る悪魔と対抗していた。

 

 周囲には何十人もの禁軍兵士。彼らは皆一様にボロボロになりながらも勇者ルークが飛び回る広場にてサポートを続けている。

 

 勇者は止まらない。

 何度もなんども手傷を追いながらも縦横無尽に剣を振るい、時には民家の瓦礫を利用しながらあらゆる戦法を駆使して悪魔を倒す。

 

 だが、彼の頬には体温上昇以外の汗が伝う。

 このままでは。

 

(ジリ貧だ……)

 

 悪魔の数は数千。

 こちらの戦力は多く見積もっても数百。加えて悪魔は一体一体が強力だ。今はかろうじて拮抗しているように見えるが、何か一つでも偶然が起きてしまえば容易く崩れる。

 

 だからこそ、どうにか打開策を、と探りながら戦い続けていたルークは不思議な現象を目にした。

 目まぐるしく変わる自身の視界の中、前髪がふわりと何かに反発するように浮かんだのだ。慌てて現在地から飛び退くと、バチン! と道に一条、紫電が走って進路上にいた悪魔を焼き焦がした。

 

「そこ……ど、けぇ……」

 

「ミョウメイ!」

 

 紫電の発射地点にいたのは、あちこちが焼けこげた一人の人物。

 姿形がだいぶ変わってしまっているが、身に纏うオーラだけは変わらない。

 

「お、い、くそ勇者……この、ままなら、負けるぞ」

 

 彼はよたよたと戦場を歩いてくる。

 手足はだらんと垂れて、右脚に至っては半ばから千切れかけていた。悪魔も当然、死にかけの獲物にとどめを刺そうと襲いかかるが、紫電に迎撃されていた。

 

()()刺さって、る。そして、これが、さいごのいっぽん」

 

 ミョウメイは懐から一本の鉄芯を取り出す。

 長さは肘から手指の先ほど。

 

 ミョウメイの言葉だけでルークは事態を把握した。

 事前に説明を受けていたプランの一つ。

 

 今回のエイの魔王──狂気の魔王改め、『門の魔王』の最大の脅威は空の向こうの存在を呼び寄せること。ではなく。悪魔の召喚、でもなく。その巨体だ。

 

 大きさは強さだ。

 

 半端な攻撃では魔王の体積をわずかに削るだけで効果は無く、単純な大質量は地面に落ちるだけで都市を一つ壊滅させる。

 

 だから編み出した魔王討伐の方法。

 

 即ち──

 

「けし、とばす」

 

 魔王にマークを施し、誘導し、極撃砲を叩き込む。

 巨体が問題にならないほどの火力を叩き込めばいい。

 

 五本の鉄芯を打ち込むことで、この戦いにおいて、最初から最後まで全霊で動いていた人物の一人。ホウファンの砲撃が発動する。

 この大陸一番の瞬間攻撃力を持った女傑が練ったエネルギーを。

 

 

 ホウファンのチャージは既に、終わっていた。

 空中に時々、燐光が瞬くのが合図だった。

 

 

 魔王は上空900メートル地点を切って、地上に落ちんとしている。

 一番簡単なのは、魔王が何十メートルの地点まで落ちてきた時に誘導鉄芯を刺してしまえばいい。

 だが、それだと──

 

「持た、ないよね」

 

「……は、分かってんじゃねぇか」

 

 剣戟を続けるルークの横で、荒い呼吸を繰り返すミョウメイが引き攣ったように笑った。

 相手が完全に落ちてくるまで待っていては最後の防衛線は崩れてしまう。だからこちらから刺しに行く。ギリギリの綱渡り。

 

 

「悪魔は僕たちが引きつける」

 

 ルークは溜めのある一撃で周囲の悪魔を薙ぎ払うと、近くの兵士に合図を送った。

 

 やるのは、蒼燕帝国禁軍が有する陣形の一つ。

 燕雀穿突の陣。

 突出した一人を陣の最前列に配置し、そこから扇のように兵士が広がっていく、貫通力だけを高めた、危険度の高い陣形である。

 

「総員ッ! 燕雀だ! 十の後に向かう! 我らに続けぇ!」

 

 声をかけられた兵士が槍を振り上げて合図をした。

 ルークは当然、陣の穂先だ。

 

「──切り開く」

 

 狙いはひときわ高い、鐘楼までの道。

 高さ約三十メートルの塔を足掛かりにしてミョウメイは跳ぶ。

 だからそれまでの道を、何百何千といる悪魔を押し除けて通さなければならない。

 

「とつ、げきぃぃぃッ!!」

 

 兵士が叫んだ。

 広場からルークを先頭に兵士が道へ雪崩れ込む。鐘楼までは70メートル。平常時なら数秒で駆け抜けるはずの道を、彼らは己を肉の壁として切り拓き続けた。

 

「前へ、前へェ!」

 

 悪魔たちは困惑する。

 散発的な抵抗を続けていた人間たちが急激に纏まり、自分たちの身を顧みず前に進み出したから。

 

『George!』『Kirk!』『ハハハァ!』

 

 人間たちの意図は分からない。だがなんにせよ纏っているならボーナスステージだとばかりに悪魔は総攻撃を仕掛けた。

 1人、また1人と脱落していく。

 燕雀穿突の陣は奥に進むにつれ痩せ細り、進む速度も遅くなっていく。

 

「止まるな、前に、進めぇッ!」

 

 しかし止まらない。

 何人もの脱落者を出して、隣の奴が喰われようとも見向きもせず、ただ前へ。前へ。

 前のやつが消し飛んだら、その分前へ! 切り開いた距離を無駄にはせず、自分の灯火をたった数十メートルの距離を稼ぐのに費やした。

 

 そしてとうとう──

 

 

 道が──開いた。

 

「行けえぇェェ!!」

 

「お、ゥ」

 

 悪魔の群れの中に切り開いた、悪魔のいない一本の道。

 何十メートルか先にある鐘楼へ、障害物のない直線を滑走路にミョウメイが走り出した。

 

「はっ、はっ、……ハァッ!」

 

 彼は最早歩ける状態ではない。

 だから体の一部を電気にして、一歩踏み出す。始めは遅かった。だが、二歩、三歩と重ねていくたびに速度は加速度的に上昇していく。

 

「とべぇぇぇぇ!」

 

 やがて道の終点で蒼燕の勇者は紫電になり、文字通り雷の速さで鐘楼を駆け上がった。カタパルトのように射出された身体は上空を引き裂き、魔王の肉体へと肉薄する。

 

 

『うわっ、何、なに!? ……まさかっ!?』

 

 極彩色になった魔王から焦りの声がする。

 だがその時にはもう遅い。ミョウメイはあと数秒で魔王まで到達する位置に跳び上がっていた。

 

『あ、ああ、ああ! まさか、まさか! ……──なぁーんてね。うひゃひゃ!』

 

 ぼん、と何かが弾けた。

 慣性のまま魔王へ向かうミョウメイの新路上に透明な、巨大クラゲが大量に浮かんでいた。

 

「──は?」

 

 それが弾けて、中にいた悪魔()()()が一気に姿を現し、開けた道を潰し、空を覆った。

 

 もはや、あれだけ巨大だった魔王の姿すら見えない。すべて、悪魔に遮られてしまったから。

 

『そんな簡単に行くわけないでしょ、ヴァーカ!!』

 

 魔王が笑う。

 道は空中で塞がれた。全てを出し切って、それでも動いていたミョウメイに悪魔の壁を突破する力は残されていない。

 それを知って魔王は、けたけた、けたけたと笑い続けた。

 

 これで、お前らの望みは潰えたな、と。

 

 

 

 

『──いいえ?』

 

 凛と、声がした。

 

「っ! ミョウメェイ! 脚を止めるな!!」

 

 ルークが叫ぶ。

 

 カン・ミョウメイは空中である程度走ることが出来る。

 だから魔王手前の悪魔の壁で減速し、足を止めかけていたのだ。

 

 それにルークは地上から更に声を張り上げる。

 まだ、終わってない、と。

 

『──あまねくを鍛え、つくりだす』

 

 契約を通して伝わってくる。

 彼女が、帰ってきたことを。

 

 

『受け取るは、魂のことば』

 

 この短期間でも懐かしく感じる、無愛想だけれど暖かい彼女の声。

 

『……おまたせ、待ったかしら』

 

「いいや、ベストタイミングだよ」

 

 ルークは血だらけの顔で、それでも屈託なく笑った。自分の持つ白い剣に意識が帰ってきたのだ。

 彼女は言う。幾千の力を内包して。

 

『みんな、よろしくね。── 魂魄の意思確認……完了。接続──』

 

 カランコエは唄う。

 新たな力を。

 

『回路、確立。目標、策定』

 

 まだ、魂がそこにあるなら。

 死者はちいさな魔女に言葉を託せるようになった。 

 それは“魂の鍛造”という彼女と相性のよい業だからこそ生まれた出来事。

 

 魔女はまた一つ階梯を壊した。人としての枠からまたひとつはみ出した。

 

 今のカランコエならば。

 死者の意思すら承って、継承しはじめる。

 

『魔力充填、魔法陣展開……』

 

 もう、自分で意思を伝えることが出来ない魂が、白く小さな魔女の耳を通じて言葉を伝えた。

 遺されたひとへ贈る、最後のことば。

 ひとはそれを、“遺言”と呼んだ。

 

『ことばを、つるぎと、す』

 

 大事なのは、ことば。

 だから、ただ、請願する。

 

『みんな、出番よ』

 

 きみたちの国の、一大事なれば。

 

 カキィン、と甲高い音がして。

 

 十何本、何百本、と剣が浮かび上がる。

 形状大きさ意匠。それら一つ一つはバラバラであるが共通する唯一の点があった。

 

 剣の色は紫であるということ。

 

『──継承鍛造。“対”軍勢用道開装具 「“禁軍(ジンジュン)”」

 

 それは何百本とある剣の集合体。

 一本一本は弱くとも、束ねて、貫く意思の表れ。

 

 全972本の剣。

 完全招来。

 

『じゃあ、ちょっとしつれい』

 

 カランコエがそう言うと、勇者の手元にあった白い剣はしゃらんと魔女の姿になり、彼女はそのまま勇者の額に流れる血を、ちゅ、と舐め取った。

 

「さいごのことばは、よろしくね」

 

 魔女は紅い口紅をつけて笑う。

 勇者は一瞬目を丸くして、笑い、天を睨みつけた。

 扇のように展開した剣を背後に背負い、白い剣に戻ったカランコエを前に突き出し、叫ぶ。

 

「──皇帝の都を守る兵たちよ」

 

 彼らは自らの命を顧みず、無辜の誰かのために血を流し戦い切った。

 英雄でなくても、地を割る力はなくても、自分のできる限りを費やし、人々を守った。

 結果、自分の魂が天に還ろうとも、戦い続けたのだ。誰かを守るために。

 

 ひとは、それを“勇者”と名付けた。

 

「天駆ける友のため──道を開こう(Viam sternamus)

 

 

 

 ──全軍、とつげきぃぃぃ!」

 

 

 キランと音を立てて、剣が一斉に飛翔していく。

 剣は天に落ちるように加速を続け、最初の剣がミョウメイの前に立ち塞がる悪魔の壁に突き刺さった。すると、剣は輝き、周囲に斬撃の嵐を降らせながら散っていく。

 悪魔は何体も地に落ちていくが、壁は微かに削れただけだ。

 

 しかし、──剣は何百本もある。

 

『Ga hahaha!?』『オイオイオイ、冗談じゃねェぞ!』

 

 

 雨のように剣は突き刺さり、突き刺さり、壁を削る。

 一本は凡百のつるぎなれど、彼らは、軍だった。

 

『待て待て待て! が、ぁぁぁ!!』

 

 悪魔が叫ぶ。

 道を塞ぐ。剣が飛ぶ。壁が削れる。

 

「振り返るな止まるな臆するな!」

 

 ルークが叫ぶ。

 ミョウメイは笑った。

 

「一直線に、進めぇ!」

 

 ミョウメイの背後から剣が飛び続けている。

 彼はその暴風雨の中、何にも邪魔されず、空に駆け出した。

 

 ── そこを退け! 我らが勇者が押し通る! 

 

 剣が唄う。

 悪魔がミョウメイに爪を伸ばして、すんでのところで幅広の剣に突き刺された。

 

 ──そこを退け! 我らが人類の先鋒、鋒が退けと言っている! 

 

 剣が震える。

 放たれた魔術は何本もの剣が殺到してかき消した。

 

「お」

 

 ミョウメイが振りかぶる。

 魔王が必死に妨害をしようと悪魔を集らせるが、邪魔は入らない。

 

 

「おぉぉおおおッッ!!!」

 

 勇者は既に、鉄芯の射程圏内に入っていた。

 あとは投げるだけ。

 

 勇者は肩をしならせ、骨を割り、最後の一投を放った。

 鉄芯は一直線に魔王に向い──

 

 

 

 不可視の力で弾き落とされた。

 

 

 

『は、はははは! まさか、ボクにこの手を使わせるとはね! 本体にも少なからずフィードバックがあって使いたくなかったんだけど、もう、終わりだ!』

 

 落ちる鉄芯。

 落下地点は到底ミョウメイの届かない場所だった。

 

『おわり、おわりだぁ! あははははッ!』

 

 その、悪魔の影に隠れていた1人の人物。ルークが傷だらけのアスナヴァの補助を受けて、空中の悪魔を足場にして、鉄芯を掴んで、槍投げの姿勢で投擲準備をしていた。

 

「全く、無茶ばかりだな、君は」

 

 別の戦場で戦っていた銀の麗人は呆れたように笑い、体の至る所から血を滴らせながらも、勇者を抱える。

 

 いくら空中に上がったところで、ルークのいる地点は地上100メートルほど。この距離は届くはずがない。

 

 だから──腹をすえろ。出来ることを探せ。

 

 既に彼の肉体を、紅い粒子と黄金色の粒子が包んでいた。

 発動するのは、北の英雄の能力。その、萌芽。

血煙立ち昇る我が膂力(グラニオゥズ・ニキティチ)

 

 まだまだ勇者はそれを十全に使いこなせている訳ではない。だが、英雄タポールの力はそれで十分過ぎるほど強化を勇者の肉体にもたらした。時間経過とともに向上する膂力が勇者の筋肉を押し上げて、鉄芯は放たれる。

 

「受け取れぇ、ミョオォォメェイッ!」

 

 飛び出す一本の棒。

 加速したそれは悪魔が止めることは出来ず、1人の手に再び収まった。

 

「──あリがとよ」

 

 蒼燕の勇者は最後にそう言って、棒を魔王の肉体に突き立てた。

 次の瞬間、発動するのは最終魔術。

 

 

 ──大陸間国家崩撃砲

 

 

 ホウファンが尻尾を何本も増やして命を削って使った、風水を利用した極光砲。

 発動に使う砲身は、()()()()()()()

 風水を意図して作られた建物や水路の配置はすべて、この一撃に込められた。

 

 

 ──発動。

 

 

 瞬間、全ての音が消え去って、白光が空を埋め尽くした。

 視界の全てが白く、感覚が消え去る。

 

 大陸を超えて届きうるエネルギーの収束砲は数秒単位で放出を続け。

 

 

 

「あぁ」

 

 

 

 風が吹き荒び、力を使い果たしたルークが地面に落ちながら空を見上げる。

 後に残った空は、魔王も悪魔も存在せず、綺麗な夕焼けが広がっていた。

 

 

 魔王は討ち取られたのだった。

 

 

 

 

 


 

 

【討伐完了】

 

降下してくる狂気『ルゥオ・シン・フゥフェン(星の如き大エイ)

 

ランク【?】

 

 ▶︎『勇者ルーク』

『魔女カランコエ』

『アスナヴァ=ニイ』

『勇者カン・ミョウメイ』

『術尊ラン・ホウファン』

『蒼燕帝国禁軍』

 

 

《Result》

 

 現在、魔王高度、0m、

 避難完了、数十万人。

 禁軍残り人数、26,286人。(-1,235)

 勇者、1名。(-1)

 

 

 

 地表到達まで、──。

 

 防護対象──蒼燕帝国、首都全域。

 ↓

 

 

 

 

 ……完了。

 

 

 

 

 

 

 

魔王戦──終幕

 

 






次回、第四章のエピローグです。
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