おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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38話 また、あした。

 

 

「ご馳走さまでした」

 

「おゥ、あんちゃんたち、お粗末さま!」

 

 魔王戦から二週間が過ぎて、蒼燕帝国の定食屋にて。

 一人の青年と、女性、それと真っ白な髪をした、ここらでは見かけない見た目の一行が席を立った。

 

 定食屋の店主は、老境に差し掛かりながらも人好きのする笑みで清算台に立つ。先ほど席を立った薄い茶髪の青年は“美味しかったです”と笑い懐から硬貨を取り出そうとした。

 

「いやいや、あの戦いで命をかけてくれた人から金は取れんよ」

 

 咄嗟に止めた店主が眉を下げて困ったように笑うと、青年は躊躇ったように動きを止めた。

 

「ですが……」

 

「それに、ほら。あんちゃんたちの分はもう、貰ってるからよ」

 

 店主が顎で店の奥を指し示す。テーブル席に座っていた包帯を巻いていた何人もの男達が応えるように手を上げた。

 

「よぉ、勇者。俺らは途中で気を失っちまったからな。いちばん前で戦ってた戦友のメシくらい出させろよ」

 

 片腕を無くした中年が笑う。つられるように他の男達も笑った。

 

 店内の客の視線が青年に集中する。彼はしばらく黙ったままだったが、やがて胸に手を当てて目を閉じた。

 

「そう、……ですか。では、ありがとうござます」

 

 オゥ、と店内の男達が言う。

 店主は青年が行った見慣れぬ敬礼の動作を珍しげに見ていたが、やがて彼らは荷物をまとめて店の外に出ていった。

 

 まず最初に青年が外に出て、白髪の少女がそれに続く。最後に月長石のように綺麗な髪をした女性が一礼をして出ていく。

 

 店主は彼らの背中が小さくなるまで、その姿を見送っていた。

 ひゅう、と冬の風が吹いてきて、おお寒、と身を縮こませる。

 

 店は未だ壊れたままで、入り口側の壁一面が崩れ、布で覆ったままの状態で営業をしていた。しかし客は誰もそのことを気にせず、今もまた注文が入る。店主は『はいよ』と言いながらここ二週間の出来事を思い返していた。

 

 

 ◆

 

 戦いが終わって一週間と経たないうちに国葬が開かれた。

 対象は戦没した兵士と、蒼燕を守り抜いた勇者カン・ミョウメイだ。

 

 指揮は第一公主が執った。

 場所は竜辰大路の前にある広場で、最も多くの兵士が散った場所でもあった。結界を最後に守り切った、激戦地。

 蒼燕の正装をし、壇上に立って言葉を述べる公主は終始毅然とした態度で、参列した人々の中にはそこかしこから啜り泣く声が聞こえた。店主の男も手を合わせた。

 

 

 一週間と少しすると都は徐々に元の喧騒を取り戻しはじめ、瓦礫の撤去も大急ぎで進んだ。

 

 

『大きいものは砕いて運べ、崩れかけは危険だから崩してからだ』

 

 大工や作業員に混じって瓦礫を運ぶ兵士の姿もあちこちで見かけて、ずいぶん早く仕事をするもんだと感心しきりだ。

 

 被害の爪痕は深くとも、徐々に復興は始まっていたのだ。

 なぜここまで立ち直りが早かったかと言えば、建物は崩れたが人は無事だったから。あの結界内にいた人々は誰一人として死ぬことなく、戦いは終わった。

 

 

 定食屋の店主は魚を鍋で炊きながら、戦いの直後、結界が解除されて、外に出たときのことを考えていた。

 きっと一生、あの瞬間は生々しい記憶として残り続けるだろう。

 

 

 はっきり言って、結界の外は地獄の跡地だった。

 地面は抉れ、建物は崩れ。あちこちに禁軍兵士の身体が転がっていた。無造作に、時には路地裏の隅に、打ち捨てられるように。

 

 咽せ返るような臭気に、思わず口を押さえる。

 結界近くの壁には虫の息の、身体中が赤色に染まった兵士がもたれかかって、霞んだ目で空を見ていた。最後の決着は空でついたからか。彼は視線を一切そこから動かさなかった。

 

 

「はいよ、お待ち! 白魚蒸しと、清酒漬けだよ」

 

 

 料理を運ぶ。湯気が立ち昇って、客の笑顔がこぼれた。

 店主の男は満足げに笑う。こうして料理を出した客に喜んでもらうことが生きがいだったから。だが、そんな時でも目の奥には、先ほど出て行った彼の、この戦いの英雄の一人にしては寂しげな背中がいつまでも焼き付いて離れないのだった。

 

「いつか、胸張ってまた来なよ、あんちゃん」

 

 店主の呟きは風に乗って、どこかへ飛んで行った。

 どうか、彼に届きますように、と。

 

「──店主、料理追加いいかい!」

 

「はいよ!」

 

 

 ◆

 

 

 

 

「美味しかったね、あそこのお店」

 

 晴れた日の昼下がり。

 ルークは膨らんだ腹を撫でながら空を見て言った。横を歩いていたカランコエは“そうね”と肯定する。

 

 遮るものがない空からは陽光が降り注いで、道を明るく照らしていた。ルーク達はその端を、竜車や馬車の邪魔にならぬよう歩く。

 

 戦いが終わってもなお、彼らはまだ蒼燕の都市にいた。

 

 

 なぜ彼らが蒼燕に留まっているかというと、現在待機中であったからだ。

 そもそもの彼らがこの国を訪れた目的が、ルーク達が元いた中央大陸に戻るために蒼燕帝国の飛龍艇を利用するためだった。途中の魔王絡みのあれやこれやで今の今まで延期になったが。

 

 運行再開は二日後。

 それに合わせて発つ予定だった。

 

「ルーク。君は今日も復旧の手伝いか?」

 

 アスナヴァが言う。

 ルークは視線を斜め後ろにやった。よく見なければ気が付かない程度だが、彼女はすこし眠たそうに目尻が下がっている。魔王戦から疲労が抜け切っておらず、また連日バタバタしていたせいもあるだろう。

 

「はい。アスナヴァさんも診療所に顔を出されるんですよね」

 

「ああ」

 

 ルークは首をちょっとまわして道の両脇に建つ建物を見まわした。

 

「それにしても、早いですね。もう、こんなに片付いて、商売も再開している」

 

 ここの通りは激戦地からは外れているが、それでも店の一部が崩れたり、ものによっては完全に倒壊しているものもある。だが、人々は壊れた箇所は応急処置を施して、または無事だった店の軒先を借りて商売を再開していた。午後の通りに呼び込みの声が響く。勇者は目を細めた。

 

 力強い。生きる人々はこうも、力強いのだ。

 

 

「ん? あれは」

 

 

 勇者がそんな感慨を抱いていると、前がすこし賑やかになり、何かと目を凝らしてみる。どうらや前方からルークの胸元くらいの身長の、小柄な少女が歩いて来ているところだったらしい。

 彼女は艶のある黒髪を肩口で切り揃え、愛らしいぱっちりとした目を左右に動かしていた。

 

 足を止めたルーク達に向こうも気がついたようで、彼女は表情をぱっと明るくして、足を早めてルーク達の前にやって来た。

 

「勇士さまがた! こんにちは!」

 

「こんにちは、ヤオちゃん。お仕事中かな?」 

 

 バッと頭を下げた少女はハキハキとした声で挨拶をした。ルークのすこし後ろにいたアスナヴァの頬が緩む。勇者は見逃さなかった。

 

 ルークはヤオ、と呼んだ少女の右手に繋がれたちいさな男の子に目を向けた。視線の意図を理解したようで、ヤオは大きく頷く。

 

「はい! 警邏……パトロール中に、迷子の子供を保護したので、ご両親のもとに連れていく途中であります!」

 

 それは偉いね、と勇者は笑う。

 後ろでアスナヴァがうずうずしている気配がしたので軽く体をずらすと、彼女はスッと前に進み出て、しゃがみ、ヤオと目線を合わせた。

 

「どうだ、突然()()()()()立場になって無理はしていないか。体調の悪さを感じたら勇気を持って休むんだぞ」

 

「承知しました! ですが、ヤオも()()に恥じぬよう、立派に務め上げなければ!」

 

 少女はそう言って腰に佩いていた“青龍刀”をなぞった。

 彼女の格好は胸元に防護の鎧をつけて、各種動きやすい革の防具を付けている。街中のため軽装だが、武装をしていた。

 

 

「ヤオは勇者ですから!」

 

 

 そう。

 彼女はミョウメイが斃れた後に選ばれた次の蒼燕の勇者だった。もともと都の剣術道場に通っていた彼女だが、紆余曲折の出来事があり勇者に選ばれたのだ。詳しいことはルーク達は知らないし、それで良いと思った。なぜならそれは、ヤオの物語だったから。きっと、必要があれば関わるだろう、と。

 

 ヤオの答えにアスナヴァは頷くと、表情を変えず少女の頭をそっと撫でた。ヤオは一瞬くすぐったそうにしたがすぐに気持ちよさそうに目を閉じる。しかし自身の右手に繋がれた男の子の手を思い出したのか、ハッとして一歩アスナヴァから距離を取った。

 

「申し訳ありません、なっ、名残惜しいのですがヤオはお仕事中なので! では!」

 

 軽装の少女はまたぺこりと頭を下げると男の子の手を引いて道の先に歩いて行った。ルークがその後ろ姿を見ていると、迷子の男の子が首だけ振り向き、手を振った。

 雑踏の中、声は聞こえなかったが何を言っているのかは口の動きで分かる。

 

『ばいばい』

 

 だから勇者ルークも微笑んで

 

「バイバイ」

 

 と、手を振り返した。

 

 一分ほどそのままでいた頃。

 穏やかな昼下がりの風が吹いて。

 

「……」

 

 勇者ルークは、その場に力が抜けるように、お尻を浮かせたまま、座り込んでしまった。道の端でちょうど人通りはない。通路の窪んだ場所で、誰にも見られないような場所だった。

 

 アスナヴァが慌てて勇者の顔色を確認すると、正常だ。ルークは自分の顔を覗き込んできた麗人と目が合うと、力無く笑った。

 

「すみません、なんか、気が抜けちゃって」

 

 アスナヴァはルークの言葉に、良いとも悪いとも言わなかった。ただ、彼女は何も言わずに屈んでそっと、勇者を抱きしめた。

 ルークは突然の出来事に僅かに身を固くする。だが以前にも同じような事があったのを思い出し、アスナヴァの香りに包まれて脱力した。

 

「君の故郷に帰ったら、すこし休もう。疲れ過ぎたんだ」

 

 そうですね、とルークは言った。

 顔を上げると、カランコエは窪みの入り口付近に立って外を見ているようだ。ルークは彼女が人が来ないように見張ってくれていたのだとすぐに分かった。

 

「カランコエも、ありがとう」

 

「べつに。わたしには()()()()()()できないもの」

 

 ルークが礼を言うと、彼女はそっけなく言った。何のことか分からず、魔女の視線の先をみると、アスナヴァの体の柔らかな部分。それが今まで体に当たっていたことに気がつくとルークは無言で顔を赤くし、ばっと飛び退いた。

 

 アスナヴァは普段の鉄面皮を崩してくすくすと笑い、初心(ウブ)だな、と面白そうにしていた。

 

 

 

 

 

 戦いの途中で、名前が消えた少女がいた。

 ◽️▫️◽️◽️。雪景色に霞んでいくような記憶を頼りに、必死で書き留めたメモには第七公主とあった。公式の記録では()()()に事故死をしている。

 

 

 ずいぶん、長い戦いだった。

 

 ルークは暖かな光が降る青い空を見上げた。

 もう、邪魔するものはなにもなかった。

 

 

 ◆

 

 

 そして二日後。

 全ての荷物をまとめて蒼燕の都の外にある発着場をめざし、宿を出る時。

 

 ルークは外に立っていた老婆に一冊の冊子を手渡された。

 彼女はあの竜辰大路の結界を維持した異界を作れる技能を持った人で、この戦いにも大きく貢献をしていた。

 

「これは、何でしょうか」

 

「さぁね」

 

 老婆はそれきり何も言わずに踵を返す。

 彼女と会ったことはあったか、ルークは曖昧な記憶を探ったがいまいち要領をえないぼんやりとしたものしか返ってこない。

 

 疑問符を浮かべながら、勇者は渡された冊子に目を落とした。

 いくつかの紙を厚紙の表紙で挟み、紐で止めたそれ。中をペラペラとめくってみるとどうやら誰かの日記帳らしい。

 

「誰のだ」

 

「名前が書いてなくて……」

 

 ひょいと後ろからアスナヴァが覗き込んでくる。

 ルークはページを捲るが、書いてある内容はどれも固有名詞はぼかされていて全容を掴むことはできない。

 

 下からカランコエの赤い瞳が見つめてたので、勇者は屈んで中身を見せた。

 

「分かるかい?」

 

「いいえ。──でも」

 

 少女は首を振る。

 でも? と勇者が首を傾げれば、少女は自分自身も確証がないように、言葉を選ぶように頭を傾けた。

 

「たぶん、女の子の日記じゃないかしら」

 

「じゃあ、あんまり見ちゃいけないかな」

 

 パタンと日記帳を閉じて、ルークは日記帳を大事に背嚢にしまった。何故そうしたのかは分からない。返そうにも老婆の姿はとうにない。だから、もし、持ち主が現れたら渡してあげよう、と。

 

 カランコエがどうしてこの日記を書いた人物の属性を予想できたかは聞かなかった。カランコエ自身もよく分からなそうにしていたから。

 

「……まぁ、気にしても仕方ないか。時間が来ちゃうから行こう」

 

 そうして一行はまた歩き出した。

 時刻はまだ早朝といっていい時間で、朝靄が立ち込めている。周囲の家々は静かで、都市はまだ眠りの中にあった。

 

 十五分ほど歩くと都市の門が見えてくる。

 飛龍艇の発着場は本来都市のすぐ近くにあるのだが、今回の魔王騒動の余波で使用ができなくなり、少し離れた場所に一時的に移動していた。

 それでも運行を再開したのは、商人たちを対象とした臨時便だ。ルークはそれに乗せてもらう。

 

 都市の門を潜る時、門の守りをしている兵士には特に止められることはなく、敬礼がなされる。ルークもまた敬礼で返す。

 

 

 門の外に出ると一気に視界が広がって、西に平原と、東には飛燕山脈が見えた。

 

 まだ朝日が昇っていない地平線は夜の色をだんだんと消して、一日が始まろうとしていた。

 すると、門を出たすぐ横。朝靄の中に一人の人影が見えた。

 

「ホウファンさん」

 

 ルークが言うと、人影が笑う気配。

 

「あの戦いで活躍したお人が何も言わんと出ていくなんて、薄情やあらへんの」

 

 彼女は厚着をして、くっくっ、と笑っていた。

 見る限り持ち物はない。見送りのためだけにここに居て、寒い中待っていてくれたらしい。

 少しやつれた彼女の顔、そして赤らんだ鼻が目についた。

 

「いえ……」

 

 ルークはかぶりを振った。

 

 今日発つことは関係した部署には伝えてある。

 もとより復興の場面で、外部の人間であるルーク達が必要な場面はあまりなかった。

 

「そんな大層なものではないです。皆んな、復興で忙しいですから。……それに」

 

 勇者は言葉を切る。

 白い息が空に溶けて、表情を隠した。明け方は寒い。まだ太陽の熱が出ておらず、冷たい空気を吸いながら勇者は息を吐いた。

 

「守れなかったものも多いですから」

 

 彼は笑っていたが、言葉には苦いものが滲んでいた。そのことを感じ取ったのか、ホウファンは口調を少し強める。

 

「あんのばか勇者は自分の意志でやったんよ。悔いはない。最期に笑ってたんなら、わっちが口を挟むことでもなし」

 

 そうですか、と勇者が言う。

 少しの間沈黙があって、話題を変えるようにルークが顔を上げた。

 

「あの、フゥリちゃんは」

 

 ホウファンは静かに首を振る。

 ミョウメイの後をついていた幼い狐の少女は、戦いの後からあまり姿が見えていなかったからだ。

 

「あの子はミョウメイに懐いてたからなぁ。そのうち、落ち着いた頃にお腹すかせて出てくると思うわ」

 

 だからあの子の好きな揚げ物でも用意して待っているのだ、と。ホウファンは笑う。

 つられるようにルークも表情をやわらかくした。

 

 ふぅ、とお互いに息を吐く。

 冬の朝の空気は澄んでいて、肺に入れると痛いほど冷たかった。間も無く朝日が登ろうとしている。地平線から眩しい光の一端が見え隠れしていた。

 

「……何か、言っとった?」

 

 ホウファンはぽつりと呟くように言った。ルークはすぐに、ミョウメイの事だと分かった。あの戦場で、間違いなく最後に近くにいたのはルークだったから。

 

「ただ、“ありがとう”、と」

 

「そっか……」

 

 ホウファンは噛み締めるように俯く。

 それきり彼女は目を伏せて、何かを自分の中で必死に飲み込もうとしているようだった。

 ルークが何か言葉を足そうとして口を開きかけた時、彼女の藍色の目が真っ直ぐ勇者を射抜いた。

 

「なぁ、勇者」

 

 朝は静かだ。

 あたりに満ちる靄が音を吸い取って、世界にこの場所しか無いように錯覚させる。

 

「後ろばっかみてたら、あかんよ」

 

 ホウファンの言葉は優しかった。

 説教をする口調でもなく、警句を口にする口調でもなく。

 ただ、最後に言葉をプレゼントするように丁寧だった。

 

「命は繋がっとる。惜しむことも必要やけど、足を取られちゃ天に還った仲間に申し訳がないやろ? アンタだってそう思うはずや」

 

 だから──

 

 

 

「前向いて、歩いて行き」

 

 

 

 

 戦友はこの都市で、待ってるから。

 

 

 

 朝日が差してきて、あたりを包み込みはじめる。

 飛燕山脈の斜面が照らされて、雪が光を反射してきらきらと輝いた。

 ルークは何も言わず、ただ深々と頭を下げた。そして一度だけホウファンを見て、前へと歩き出した。

 

 

 

 蒼燕の草原には、清々しい風が吹いていた。

 旅立ちの日だ。

 

 ルークはもう、振り返ることは無かった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発着場まであと、三十分ほどになったころ。

 ルーク達は草原を地図を頼りに歩き続けていた。

 

 日差しは暖かさを増し、体は少し汗ばむほどだ。

 

 そんな中、ひゅるりと風が吹く。

 草の上を滑る空気の流れは素早く、ばたばたと外套がはためいた。

 

 

 その時、ルークの服の奥から紙がひらりと風に攫われて、あっ、と言って勇者は追いかけた。

 紙は風に遊んで、あっちに行ったりこっちに行ったり。ちょっと走って、ようやく勇者の手に収まった。

 

 何だこれは、と見覚えのないものを勇者が手に持って眺めると、それは複雑で、細かくて、キレイな符だった。

 

「あれ、なんだっけ……」

 

 勇者は首を傾げる。すると、少し上からぴゅい、と笛がなるような声がした。

 

「飛竜の幼体か。珍しい」

 

 アスナヴァが感心するように言う。ルークが首を動かすと、そこには小さな竜がパタパタと翼を動かしてこちらを見ていた。

 

 体の大きさはルークの肩から手首までより少し小さいくらいだろうか。

 霞色の体に、金色の瞳。飾り羽のついた尻尾。ふわふわとした羽毛が身体のところどころを覆って、凛とした顔つきながら愛嬌があった。

 

 ぴ、ぴ、ぴ。

 竜は鳴く。

 

 ずいぶん人慣れしている。

 不思議に思ってルークが手を伸ばすと、驚いたことに竜は怯えることなく近寄ってきて、ルークの腕にじゃれつくように体を擦り、目を細めた。

 

「以前、一緒に暮らしたりしたのか?」

 

「いえ、そんはことは」

 

 ルークは困惑気味だ。本当に心当たりがなかったからだ。

 だが、腕にじゃれつく竜を見ていると、なんだか、その色合いは一人の少女を思い出させた。

 

 

 

「……シュンカちゃん?」

 

 

 

『はい、シュンカです。異人さま?』

 

 

「えっ」

 

 するりと覚えのない名前が口から出て、それ以上に驚きだったのは竜が人の言葉を喋ったこと。

 少し高い声で、竜はルークの腕に絡みついたまま金の瞳で勇者を見つめている。

 

「どういう……」

 

 ことなのか。

 ルークはハッとして、記憶を探ると、今度は彼女との思い出がきちんと思い出すことが出来た。思わずアスナヴァやカランコエに視線をやると彼女たちも同様に思い出したようだ。

 竜──シュンカはおずおずと切り出す。

 

『その……魔王との戦いに際して、私は龍に対し、取引を行ったのですが、どうやら必要だったのは肉体だけだったようで、魂は手付かずでした』

 

 竜の言葉にルークは魔王戦の時のことを思い出す。

 アレはシュンカちゃんによるものだったのだ、と今正しく理解することが出来た。

 彼女は続ける。

 

『それで、私の肉体の意識が消える直前に、“超過分のサービス”、と声が聞こえて……』

 

 そう言ってシュンカはパタパタとあたりを飛び回った。まるで自分の体を確認するように。

 

『なぜ、ここに居たんでしょうか。気がついたら空を漂っていて、何かに惹かれるようにここに引き寄せられて……』

 

 あっ、とシュンカは声を漏らした。

 視線はルークの手にある紙に向いている。

 

『その符、幸運の符、持っていて下さったんですね』

 

 シュンカは嬉しそうだ。

 ルークの前で留まり、こてんと首を傾げると無邪気に彼女は聞いた。

 

『なにか、良いことはありましたか?』

 

 良いことはあったか。

 確かに、この符はおまじないのように幸運をもたらすのだったなとルークは思い出す。

 今に意識を戻した前を見れば、ぱたぱたと飛ぶ竜がいた。

 勇者はいろんな言葉を呑み込んで、目の奥から溢れてくるものを堪えて笑った。

 

「──うん、とっても可愛い子に出会えたよ」

 

『……? そうですか、それは良かったです!』

 

 シュンカはそう答えると、今度はパタパタとカランコエの前まで移動した。

 ルークは、ずず、と腕で顔を覆い、肩を振るわせた。そんな勇者の背中をアスナヴァが優しい顔でさすっていた。

 

 シュンカはカランコエと目線を合わせると、竜の顔でも分かるくらい笑う。それはどこか、友達とイタズラが成功したことを打ち明けるような気軽さと喜びが含まれている。

 

『また、会えましたね』

 

「ええ、またあえた」

 

 彼女は当然のようにカランコエの頭に着地をすると。ぐるりと塒を巻くように身体を丸くしてしまった。小柄なシュンカの身体はそれだけで収まってしまうようで、カランコエも珍しく微笑んで歩き出した。

 

 ずんずんと進み出した少女たちの後ろを泣き腫らした顔のルークが慌てて続く。

 

「待って、シュンカちゃん。次の目的地は中央大陸だよ」

 

 当たり前のように着いてきた竜にルークは声をかけた。

 次の目的地はこの大陸ではない。だから、帰らなくていいのか、と。カランコエの頭の上にいる竜は楽しそうな声色で答えた。

 

『はい。どうやらこの世界では私のことを正しく覚えておられるのは、異人さまがただけのようですし……それに、その、る、ルークさんの故郷も気になりますから』

 

 だから、ご一緒します、と竜は言った。

 

「え、えぇ?」

 

 勇者は思わず足を止めて目を丸くした。

 キャッキャッと前を行く少女達は楽しそうだ。ちょっと進んだところで、カランコエが振り返ってポカンとするルークに“はやく”と言って急かした。

 

 

 ルークと一緒に止まっていたアスナヴァが“行こう”と苦笑いをして、勇者の手を取る。

 

 

 

 大地は朝日が照らし、生き物が動き出す。

 

 

 蒼燕の都市ではひとびとが起き出して、慌ただしい一日が始まっていく。失ったものは多くとも、明日はやって来たから。

 家族をなくした人たちは夢で彼らの言葉を聞いた。それは蒼燕の不思議な話として語り継がれていく。

 

 失ったものはある。

 でも、手元に残ったものもまた、確かにあった、なんて綺麗事かもしれないが。

 それでも前に進むことが正しいと信じて。

 いつか報われると信じて。

 苦しさや痛みも連れて、歩き続ける。

 

 

 これはそういう物語。

 勇者と魔女と、麗人と。新たに竜が加わって、進んでいく。

 

 朝日が大地を照らす。  

 新しい一日がやってくる。

 

 

 勇者たちはそんな眩しい光の中、次の場所を目指して歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 第四章 終

 

 

 






これにて第四章も結びとなります。
少しでも楽しいと思っていただけたなら、幸甚です。
次はオマケやら補足のお話を挟んで、また新しい章になると思います。

ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。
感想や評価など、とても励みになりました。ほんとうに!
次の冒険もまた、気が向いたらぜひ覗いてみて下さいね。
では。

──調味のみりん
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