「はいどーも、ホンティでーす。今回もハルファ進めてくよー。前回ソラナム王国のあたりで素材集めしまくったからそろそろ限界突破させたいねー」
暗い部屋に画面が一つ灯っていた。
分割された中身には配信をするためのソフトの状況と、今やっているゲーム画面。そしてコメントがずらずらと流れている。
手慣れたものだな、と彼女は笑う。
・おつー
・まだやっとるんか
・素材集めで1時間半雑談をする女
「ま、その雑談を聞きたいからみんな来るんでしょ? じゃあウィンウィン!」
・ちがうが?
・そうだよ!
・アンタのキレのあるキレ芸を見に来てんだワ
画面に流れる言葉の羅列を見て、彼女は口許を緩めた。
ソーシャルゲームとして有名なハールドファンタジア──ハルファ。すでにサービス開始から一年と少し経過しており、多くの攻略動画や実況動画が流れてきた。美麗なイラスト、深みのあるストーリー、そしてキャラクターごとの個性やバックボーン。ハルファはソーシャルゲーム群雄割拠の時代に、それらが合わさり有名ソーシャルゲームの仲間入りを果たしたのだ。
配信活動をしている橋野原もまた流行にはなるべくセンサーを張っておこうとしていた。だがしかし、“やろうやろう”と言っていても機会がなく、結局触れずじまい。
これから配信を始めてストーリーを見たところで一年遅れの二番煎じでしか無い。目新しさもない。
そこで考えたのが“じゃあ寧ろ初見リアクションを配信しよう”だった。
幸いハルファのストーリーはほとんど知らず、SNSに流れてくるイラストが主な情報源だった。
そう考えて初めてみると視聴者の反応もよく、何より橋野原自身もハルファのストーリーに惹かれて続けているのだった。
「第3章もやばかったねぇー、あれ」
・はよ4章進めろ
・北方大陸の氷塊熊にビビって中央に里帰りした女はこいつです
・なんで地元の大陸戻ってウロウロしてんだよ
・↑素材集め
「なははー……あの熊すんごい強いのにフィールドにうじゃうじゃいるんだもの。あっこの大陸のひとは逞しいねぇ、ガタイいい人ばっかなのかな」
・そうだよ
・大酒飲みのカフチェク人とか
・あの国ね……メインクエで行けるんやけどね、ね
「分かった、わかった! というか前回で素材は集まったから限界突破しますよ! はい、どーん!」
カチカチとマウスをクリックし、キーボードを叩く。
ゲーム画面では褪せた金髪に身体中傷だらけの剣士がぶっきらぼうなセリフを吐いた。
「あぁ〜、ゼルさん相変わらず声がいい……」
・草
・酒飲んだ時みたいな声出してる
・確かにゼルさん声いいよね。
・アンタのパーティむさくるしいよ
「いいでしょ、ほら。てか、先進めないと。メインクエストやりますよー。あ、このおじいちゃん何かアイコン出てる」
素材集めのためにいた中央大陸から、メインストーリーがある北方大陸に移動しようとすると、小さな村に辿り着いた。特に何かあるわけでも無く、訪れたことのない村だった。
その中央にいた老人の頭上についているクエストアイコン。思わず調べてしまうと、会話が始まった。
『おお! 旅の人よ! ちょうど良いところに! ……実は三日後の村での祭りで人手が足りんくて……手伝ってもらえるかの?』
老人は身振り手振りで困った様子を表現する。
あっ、と思った時にはクエストが追加されていて、メニューを見てみると“サブクエスト”の欄にnewという文字が金に光っていた。
「んー? “踊り子大募集!” サブクエかー」
・おじいちゃん必死や
・これ主人公の性別が女じゃないと発生しないやつだっけ?
・そのはずー
・調べたら報酬、上級巻物けっこー出るってよ
ハルファにおいてサブクエストとはストーリーの進行に関係のない、クリアしても大きな変化もないクエストだ。
だが報酬の巻物とは経験値アイテム。先ほどメインアタッカーの“ゼルドナー”レベル上限を解放した橋野原としては手に入れたいアイテムの一つだった。
それに──
「どうしよっかな。巻物出るんだったらやるかー。……ハルファってサブクエとかでもたまにすごいストーリー出ることあるし」
・それはそう
・作り込みどうなってんだってなるよな
・アンタの好きにしてええんやで。その反応が見たくてみてんだから
ただのお使いクエストかと思いきや、思わぬ壮大なお話や意外なキャラクター同士の繋がりが明らかになったりする。
ハルファはイベントや隠しクエストの数が膨大で、新たな事実が日々発見される度にWikiが更新されることもしばしば。
キーボードに手を置いた彼女は、うんと頷き時計を確認して口を開いた。
「じゃ、時間もまだあるし、今日の枠はこのサブクエやってからメインクエスト行きますかー! 助走ってことで」
キーボードを押し込み、画面を操作しクエストを受諾する。
『踊り子大募集! 〜開始〜』の表示とともに老人が喋り出した。
『おお! 本当か! 謝礼は相応に。……しかし、踊り手は二人必要なのだが、お主たちを含めても後一人足りぬな。──まぁ、良い! 後一人はこちらでどうにか見つけよう!』
あれ、と思い橋野原がパーティ編成を開くと女主人公の調律者を除き残り三人は筋骨隆々な男たちであった。完全に自分の趣味が出ているパーティ編成に、コメントも呆れ半分、笑い半分といった塩梅。
クエストの内容として森に木の実を取りに行っている踊り手の子を呼んできてほしいと頼まれる。自分たちで行きなさいな、と思いながらもマップに示された場所に向かうと、魔物の出る森の中だった。
さっさとサブクエストを終わらせてメインクエストに行こう。橋野原は改めてキーボードをコントローラーに繋ぎ直して近くに置いてあったペットボトルから水を一口口に含んだ。
◆
・だから粘魔狩るのが一番効率いいんだって
・趣味じゃろ?
・はい
・認めんのかよ
サブクエストでは森の中に踊り手の子を呼びに行くと、ちょうど魔物に襲われる所だった。
いつものように敵を倒し、踊り手の子に感謝されながら村に戻る、ありがちな形式だ。
橋野原はあくびを一つ噛み殺すと、目をしぱしぱとさせた。明日は休みであるが、疲れはある。祭りのために一晩のダンスレッスンをするプレイヤーキャラを見ながら、ダンスモーションもあるなんて凝ってるなーと感心する。
眠気を覚ますように水を口へ。
ミントの風味が効いた液体はさっぱりと口の中を流してくれる。ちらりとコメントを見れば、進行について話しているのが1割、あとは雑談といった様相だ。
そして祭りで使う薪を集めるだの、特別な化粧の粉を精製するだのといったいくつかお使いのようなイベントを順調にこなし、ゲーム画面は祭り前日の夜となった。
『今日はこの子も参加するから!』
いつものようにキャラクターがダンスをするモーションが始まるかと思いきや、挟まれるイベント。おや? と思って画面を注視すると、NPCの子に示されたのは真っ白な髪に赤いジト目の女の子。
「うわっ、うわわわっ、か、かぁわいいー!!」
細い髪に、不釣り合いな表情。
びっくりした感情のままに思わず叫ぶと、コメントも加速する。
・何!? このキャラ!?
・こんなイベントだったっけ?
・ハルファはけっこー条件によって分岐する
・カランコエちゃん!
見覚えのないキャラクターに公式サイトを覗こうという気持ちがグッと湧いてくるが寸前で堪える。こういう初見の反応が楽しくてみんな見ているのだ。だからやるべきは新たに登場した彼女の観察……なのだが。
「マジで見れば見るほどステキな子だな」
眠たげな瞳。
小さな手足。だがどこか漂う不遜な態度。
限定キャラか何かかなと予想するが、相変わらず見覚えはない。ガチャで限定排出のキャラならば、特定の時期にSNSにイラストが溢れるのだが、彼女の姿は見たことがなかった。特徴的なのは前髪が一房、薄い茶髪なところくらいだろうか。
『カランコエよ』
女の子が自己紹介をして、イベントは進む。
コメントは相変わらず速度を増しているが、拾い見た情報によるとどうやら彼女はプレイアブルキャラクターではないらしい。
これでNPC? そんな贅沢ある? と思いながらダンスレッスンは続いていく。
踊りは伝統的な西洋のアレンジで、農民同士が楽しく踊るような足の入れ替えがあるダンスだ。慣れてしまえば楽しい踊りなのだが、現実にやるにはなかなか体力の消費が激しいだろうな、と橋野原は思う。
だがそれよりも気になるのは──
・あ、また転んだ
・すっげー不服そうな顔してる
・べちょって言ってるやん
・脚がからまってますね。実際やったら絶対俺もそうなるけど
「この子、ダンス下手ぁ……!」
最初こそ出来ているものの、だんだんとリズムについていけずに、遅れを取り返そうとして何度も何度も脚がからまってすってんと転んでいる。
教えている女の子も苦笑いだ。
だが、当の女の子──カランコエちゃんというらしい──は不機嫌そうにしながらも文句の一つも言わず練習を続ける。
その姿はなんというか、胸の奥から形容し難い感情を呼び起こし、言葉にするならばそう。
「なんか、なんか、すっごいいじらしいなぁ!」
・わかる
・下手っぴなんだけど一生懸命ではあるよね
踊り手たちは村の広場のような場所で夕陽に照らされながら練習を続ける。そんな場面は思わずスクリーンショットを撮ってしまうくらいには絵になる場面だった。画像フォルダがまた豊かになる。
『やぁ、カランコエ。調子はどうだい……って聞くまでもないね』
日が沈みかけてきたころ。
イベントがまた少し挟まって、村の奥から薄い茶髪の青年が姿を現した。軽装で特に目に留まるような特徴は無いが優しげな顔立ちをしている。今後重要になるNPCかな、と橋野原は見ていたのだが、コメントが再び俄に騒ぎ出す。
・!?
・ルークやん!
・ルーク君!
・なにしてんすかお前そんなとこで
「えっ、なになになに、この子も有名キャラなの?」
連続で出てきた新キャラクターに目を丸くする。
サブクエストなのにこの量。これがハルファが有名になった一因でもある。橋野原がキャラクターを知らなさすぎるだけかもしれないが。
『えっと……この子、あんまり踊りを覚えられないみたいで……』
踊り手の女の子が口ごもるように続けると、新しく登場した青年は顎に手を当て頷いた。
『ふむ、えっと、確か……こうして、こうして、こう──だっけ?』
『──! すごい! お兄さんお上手です!』
『まぁ。昔やったことあるからね。で、どう? カランコエ。次はゆっくりやるよ。よく見ててね。……こうで、こうで、……こう! どう? 覚えられそう?』
青年は長い手足を使って優雅なモーションを披露する。橋野原から見ても彼の踊りは一段上で綺麗なものに見えた。それだけ彼の運動神経やらリズム感が良いのだろう。思わず感心の声を漏らす。
だが当の白髪の子は、といえば。
『ええ、おぼえたわ。──いかりを』
拳をギュッと握り、真っ赤な瞳を細めて眉間に皺を寄せて青年のことを睨んでいた。褒められるか、ありがたがられると思っていた彼はタジタジだ。
「ぷっ、あははは! なにー? このやり取りー。めちゃめちゃ仲良いじゃんー!」
ぽんぽんと繰り出される会話劇に思わず笑ってしまう。見れば視聴者も同じようで、初めて見るイベントに大盛り上がりだ。
「それにしても……見逃さないよ。一見地味だけど私のイケ男センサーは反応している! この青年、たぶんめっちゃ“イイ”!」
さらりとなされる気遣い。自分の顔の良さを気にかけない性格。そして小さな女の子に尻に敷かれているような関係性。ここまで揃えばもう、わかる。コイツはイケ男だ、と。
・草
・あんたのセンサーめちゃぬくちゃだけど感度と精度だけはいいのなんなん?
・ああ、ついにホンティにルーク君が見つかってしまったか……
・ホンティをそんな獣みたいに……
・違うんか?
こうしてイベントは進んでいく。
橋野原は気がつけばのめり込むように画面を操作し、ただのサブクエストに夢中になっている自分に気がついた。
なぜだか、このゲームの登場人物は不思議と目を惹くのだ。生きているように、実際にそこにいるように。だから、このゲームはいろんな感情を呼び起こしてくるのだ。賞を取ったのも頷ける、と納得した。
◆
『ありがとうございます、旅の方。おかげで祭りは成功ですわい。お礼と言ってはなんですが、こちらと、ご自由に祭りをお楽しみくだされ』
イベントが一通り終わり、村長の老人に頭を下げられる。画面は夜の村で、中央にはキャンプファイヤーのように揺れる薪と、その周りで楽しそうに酒を酌み交わし、踊りを踊る村人たちがいた。祭り当日の夜だ。
バナーで『〜踊り子大募集! 〜クエスト完了』と表示されて、報酬のお金と強化アイテムが手に入る。確認してみると、なかなかの量だった。これは美味しい。思わずホクホク顔で口を開く。
「いやー、なかなかほっこりイベントだったんじゃない?」
・そうね
・ダンスのモーションよかったな
・絵面が綺麗ですわ
橋野原は締めくくりながらキャラクターをうろうろと歩き回らせる。どの村人に話しかけても会話は返ってきて、感謝だの酔っ払いだのという言葉をもらった。時々、お酒のアイテムも貰えるがこちらはショップで買えるものだ。タダはありがたいが希少性は低い。なのでせっかくなのだからとアイテムをその場で使用してしまう。橋野原は雰囲気を重視するタイプだった。
「アー、お酒がうまいんじゃ〜、おら、もっともってこーい」
・なにしてんすか
・セルフ酔っ払いムーブ
・ホンティの中の酔っ払い像が分かるね
・実際酒癖わるいしな
「うるしゃい」
このまま北方大陸にワープし、メインクエストに進んでも良かったのだが、ふと思い直し夜闇を照らす橙の炎に目を向ける。このイベントが終わり、マップを離れればきっと村は元の状態に戻るだろう。祭りをやっているのはこの期間だけなのだ。
「……せっかくだから、少しだけ探検して終わるか」
そう言ってコントローラーを動かした。
村の中は年に一度の祭りともあって、普段とは違うハレの舞台となっている。赤ら顔の村人や、おめかしをした子どもたちの間を歩き回るだけでも楽しいのだが、ふと、中央の焚き火から離れた位置に静かに座る人影を見つけた。
影の正体は丸太を横にしたようなベンチに座っている、さっきの青年──ルークとカランコエ。橋野原の操作する調律者はちょうど二人の背後から近づくような形になっていた。ルークとカランコエ。二人の背後に伸びる影は重なり合うようにも見え、あぁ〜と言いながらスクリーンショットを撮った。
「うわー、いいなぁ。ホント、仲良いねぇ、この二人。なんか格好も高貴なお嬢様と従者の純朴青年っぽいし、主従関係とか?」
・そうやで
・違うわ
・そいつ勇者やで
・分かりづらいけど彼もガチャから出るキャラで勇者ユニットだよ
・カランコエは魔女
「へぇぇ、カランコエちゃんは、魔女? で、ルーク君が勇者、と。で、で? ん、カランコエちゃんが剣になってルーク君がそれを使う?? なんて童話? それ」
設定モリモリだな、と思いながら会話あるかなとボタンを押す。こういう、一時期しか聞けない会話は全て回収してしまうのが彼女のクセだった。
『どうだい、カランコエ。楽しかった?』
おっ、会話あるじゃーんと橋野原は笑う。
いい感じのが聞ければ、それで満足や、と。
青年に話しかけられた少女は、むすっとした顔で口を開いた。
『さいあくよ、足がいたい。いやなおまつりね』
そっか、と青年が笑った。
思ったよりもきちんとセリフが用意されてるらしい。会話の内容的に二人のおしゃべりを後ろから聞いている設定のようだ。
橋野原は画面を注視した。
『この祭はさ、昔に村を守って散った人々や先祖をもてなすための祭りなんだってさ』
青年が言う。
『いい祭りだね』
ね、と顔を横の少女に向けて。だが彼女はそちらには目を向けずしばらく黙っていた。
『……そうね』
「あらあらあら〜? なーんか、とっても良さげじゃないー?」
夜の祭り、人混みを外れて会話する二人という空気に思わず声が上ずる。こんなベタなイベントが今どきあるのか、と。高揚感はマックスだ。なんだかんだ言って、好きなのだ。このテのやつは。
・出たな近所のおばさんムーブ
・出た
・うわ出た
コメントも横目に甘酸っぱい青春? を送る若い男女を見やる。
会話は続く。
次の口火を切ったのは少女の方だった。
『あなたも、こんな形になるまでがんばりなさいね』
「ひぇー、あっ、あっ、すごい、これ、すごい! つまり、これって、そういうことでしょ!?」
画面に表示されるテキストに奇声を上げる橋野原。
含みがあって、ストレートでない言葉。表現。この女の子にぴったりだと思った。
会話は続く。
『僕の名前は覚えられなくてもいいんだよ。僕のいる場所は、だいたい戦場だから。破壊とか悲鳴とか、死とか。とにかく悲しい記憶の場所に僕はいるから、だから僕のことを思い出さなくてもいいくらいに平和になればいいなって』
「え? おいおいおい、勇者クン、そんな悲しいこと言うなよ〜、魔女ちゃんも悲しむぞぉ!」
青春モノかと思いきや、重たい過去を匂わせるような発言。思ったよりもこの二人の関係は複雑なのかもしれないと橋野原は認識を改めた。
会話が終わる。
まだ聞いていたいとボタンを押し込むと、思わぬことに会話の続きが表示された。
橋野原は見入るように文字を追いかけた。
『泣かないで、カランコエ』
『ないてないわ』
「泣かしてんじゃねぇか! オイ!」
思わず声が出る。何女の子泣かしてんじゃい、と。
しかし、画面の女の子は涙の痕はない。ハルファはイベントによってはしっかりと泣くエモートなどもある為、実際彼女は涙を流してはいなかったのだろう。
それにしたって、アレだが。
・草
・声デカ
・女の子表情変わってないよ
・じゃあ、二人にしか分からないっ……てやつ……!?
『おぼえてもらえばいいじゃない。すくなくとも、わたしは覚えてる』
『希代の勇者ルークとして?』
『ダンスがうまいルーク』
『……カランコエって、結構根に持つタイプだよね』
『いいえ。……はぁ、あなたなんかだいっきらい』
そこで会話は終わる。
新規に無いかないかとボタンを押してももう反応しない。正真正銘これで終わりのようだ。
画面の右上に実績解除が表示される。
内容は“隠し会話を聞き届ける”で、どうやらこのイベントで無くても回収可能なもののようだ。
実績解除の報酬でガチャで使えるアイテムを僅かばかり獲得したが、それよりも言いたいことが橋野原にはあった。
「こんなとこで終わんなよ──!!」
と。
何か、とんでもない量の“なにか”を摂取したと確信した彼女は、しばらく二人の間をぐるぐる回ってスクリーンショットを撮った。途中で魔女の子に『なにしてるのかしら』と突っ込まれた事に嬉しさと驚きでまた叫んだのはご愛嬌。
そんなイベントだった。
◆
あれから数時間が経ち、配信後。ソフトを落とした画面の光が部屋を照らす。
橋野原は背もたれに体重を預けて、今日の配信の最初にやったサブクエストでの二人を思い返していた。
「なんか、良かったな」
あの二人、と。
目立たないが優しい青年と、ちいさな魔女のやりとり。
そこには生々しい傷が見え隠れしているように捉えられた。
今度、ガチャを回してキャラストを見てみようと決心するくらいには。
「あんな雰囲気で、どっか投げやりな男の子と、ぶっきらぼうな魔女の女の子ねぇ」
キレイに見えるひとも、ちゃんとどこかで苦しんで、もがいている。
あの青年は笑って、穏やかそうだけど内心はドロドロとした感情を抑えて笑っている人だった。短い会話でもそれがわかった。
橋野原はデスクに飾ってあった写真立てに手を伸ばす。
かつてあった日々と、なにも知らず笑っている自分が写っていた。
「あー、つかれたなぁ」
自分が頑張ってる人生に、おなじく苦しみながら取り組んでいる人がいる。真剣に向き合っているひとがいる。
なんだか、自分の人生の選択を肯定してもらえるようで。
そういうことを知るたびに、自分一人だけじゃないと少し前向きになれる。
苦しいことは多くても、横に同じく前を向いている人がいると知るだけで。
「……あたしも、ひさびさにやりますか」
いつか志していた夢のひとつ。
今も目指す目標の道具。
橋野原は眼鏡を外し、目元を揉むと、折り目のついたスケッチブックに手を伸ばした。
橋野原咲はファンタジーが好きだ。
両親がおらず、寂しかった子供時代からたくさんのファンタジーに救われてきた。
相手がたとえ物語の向こう側の登場人物だとしても、こういう、何気ない言葉に、彼らの人生が滲んだテクストに何度も心を助けてもらっていた。
だから、自分も発信する側に回りたいと思った。
鉛筆を手に、慣れた手つきで線を引く。
思い出すのは、あの二人。
二時間ほど没頭して、出来上がった物を見て、咲はふにゃりと笑った。
「あたし、やっぱ、好きだなぁ、このゲーム」