おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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第五章 煌めく季節に、キャッチ・ミー!
39話 勇者が帰る理由を答えよ


 

 

 

 フツウでよかった。

 

 普通の体に、普通の人生。

 特別なんて嫌いで、ただただ平凡でありたかった。 

 そうじゃなければ、こんな思いをせずに済んだのに。

 

 

 

 だから、大それた運命なんていらない。

 

 

 

 ただ、何処にでも溢れている日常の、ひとかけらを構成する背景になりたかった。フツウの、ありふれた未来が欲しかった。

 

 

 ──それが、なにより難しいと、知っていても。

 

 

 ………………………………

 

 

 暗く冷たい部屋があった。

 光は一切なく、湿っていて不快な空間を作り出している。

 

 ら、ら、ら。

 

 誰かが歌う。

 部屋の中で誰かが。

 

 ら、ら、ら。

 

 声の主以外、誰もいない。

 孤独な部屋の中で。

 

 ら、ら、ら。

 

 誰かが歌う。

 間も無く春が来る。

 そしたらきっと、この歌は途絶えるのだ。

 

 声の主の絶命を以て。

 春がきたら、帝国の学院に向かう。

 そう、命ぜられたから。

 

 ら、ら、ら。

 

 人に化けて、人の輪に入り込み、破滅をもたらすために。

 

 ら、ら、ら。

 

 声は歌う。

 今だけは誰にも邪魔されないと知っているから。

 そう、今だけ。

 

 ら、ら、ら。

 

 だって、計画の末路を知っているから。

 多少上手くいったところで、いずれ帝国の勇者にバレる。そしたらこの首は空を飛ぶのだ。だから、逃げ場はない。命の期限をみつめて、あとはどう使ってやろうかと思うだけなのだ。

 

 間も無く最後の春が来る。

 きっと、来年は、もう、消えているから、最後の春。

 

 どうせ死ぬなら、楽しくやりたいな、と。

 

 

 ら、ら、ら。

 

 声は歌う。

 高らかに、暗い檻のなかで。

 

 春を待ちながら。

 

 

 ◆

 


 

 

 

 

 村での祭りから一夜明けて、翌日の朝。

 

 ルーク達が身支度を整えて出発の準備をしているところに、前の晩カランコエと一緒に踊っていた少女が挨拶に来た。

 

 朝早くの風は冷たさを含みながらも草木の匂いを届けてくれる。まだ冬が最後にここにいるよ、と伝えているような風だ。

 

「あなたも今日?」

 

 少女は首を傾げて尋ねる。

 今日出発するのか、という問いだ。ルークは首を頷かせて首肯した。

 

「うん、そろそろ出ないと。待たせすぎちゃうからね」

 

「そう」

 

 銀灰の髪に、少しだけ淡い青色が混じっている少女は、古い楽器が鳴るような、懐かしい不思議な声で喋る。

 実は彼女とは大迷宮都市のヴァンデにて一度会ったことがあった。勇者の胸中には様々な思いが去来するが、なにも言うことはなかった。

 

 あの迷宮で死に掛けたのも、迷宮の管理者に無謀な戦いを挑んだのも、ぜんぶルークが決めたことだ。だから、助けたいと思った相手が目の前で息をしていて、喋っていることにどれほど思いが溢れようと、口にすることはない。ただ笑顔で何事もないように対応するだけだ。彼女は彼女できっと冒険をした。それでいい。

 

 

 そんな風に笑う勇者の右手にそっ、と触れる感触があった。

 視線を向けてみると、カランコエだ。村で行われる祭りの片付けを見ながらすこしだけ手を触れさせていた。決して勇者の方は向かない。だが、しっかりと小さな手はルークの手をつまんでいた。

 

「…………うん」

 

 ありがとうと内心ルークは呟く。

 彼女は本当に聡い魔女だと思った。彼女の高潔さに、優しさに。なんど救われたか数えることも出来ない。魔女と勇者。本来相入れないはずの存在同士が一緒に居られるのは、運命の止まり木のような時間で、奇跡的なバランスの上に成り立つ偶然の産物だとしても。いつか道が違うその時まで。いつかがなるべく遠くなるように。

 

 ルークは勇者として歩き続けるのだ。

 

 

 

 改めて気を取り直したルークは銀灰の彼女に、自身がソラナム王国出身で里帰りをするのだと言った。なぜ自分の情報を開示したかというと、次に彼が問いかけるため。

 

「君は? 次にどこに行くのかな」

 

 さら、と勇者の麦色の髪が揺れた。

 横に立っていたカランコエが勇者の長い後ろ髪を一房捕まえて、川の水に晒すように手を翳した。

 

「私は北方大陸へ」

 

 少女が答える。

 ルークは目を丸くした。

 

「北方……へぇ! そうなんだ! 実は僕達も北方大陸から来たところで」

 

 ルークは驚いた顔で声を上擦らせて説明をしようとする。だが言葉は少女の灰色の瞳に止められてしまった。深く、どこまでも落ちていきそうな瞳に。

 

「どんなとこ。北方はどんなとこ。私は世界を救わなくちゃいけない。向こうの大陸は」

 

 ──どんなところ。

 

 いきなり灰が風で吹き上がるように勢いを増した少女。朝日が顔を出して村の中を照らし出す。だが、夜の名残はまだ地面に落ちていた。ルークは一瞬面食らったように体をのけぞらせ、対面する少女を落ち着かせようとしたが、目を見て止めた。

 

 この目をしている人にかける言葉は、宥める言葉じゃない。

 

 

「──大丈夫。向こうの大陸のひとたちは勇敢な人たちだ。北の風の如く吹き荒れる力と、暖炉のような暖かさを持っている。そして何より、自分たちの力を振るう時を知っている」

 

 だからルークは優しげに目を細めて答えた。彼の目に映った少女の瞳にはひたすらに真摯な想いと、真剣さが滲んでいたから。低い言葉で真実を伝えた。これまでルークが見てきた、豪快で、明るく野鄙なカフチェク人を。実直で忍耐を持つ蒼燕の人びとを。

 

 性格も体格も違うような彼ら彼女らには共通していた強さがあった。それは、己が命をあるべき時に使おうと奮い立てること。怯えていても、怖くても、最後には立ち向かう。ルークはそれを勇気と知っている。

 悲しいが、それ以上に頼もしい彼らの遺した熱は胸の中に残り続けていた。

 

「だから、大丈夫」

 

 最後にもう一度。

 揺れる少女の目と目を合わせて頷けば、彼女は逡巡のあと、納得したかのように目を閉じて息をした。深い水底から浮上してきたように深い息だった。

 

「──わかった。ありがとう」

 

 笑顔はない。

 だが謝意は伝わってきた。ルークの周りには表情があまり変わらない人が多いから、きっと彼女もそうなのだろうとすぐに分かった。勇者は“力になれたなら、よかった”と表情を緩める。そんな飾らない態度が功を奏したのか少女もまた、少しだけ表情を緩めて、勇者を見つめた。

 

「あなたはソラナムが祖国だと言った。北方の情報をくれたお礼に、私も情報をあげる」

 

 話は終わりかと思われた時にピン、と立てられた少女の指。猫のような彼女の目はぱっちり見開かれて独特の輝きを放っている。

 

「最近、ソラナムに帝国の使者が頻繁に出入りしている。民衆の殆どは気が付いていないけど、貴族達は『いよいよ帝国がソラナムを刈り取る準備をしに来たのだ』と怯えている」

 

 は、と肺から絞り出すような声。

 出したのはルークだ。思いもよらない故郷の話に一瞬思考を飛ばして身体が反応したのだ。

 

「……本当に、かい?」

 

「ええ。証拠は出せないけど」

 

 帝国。

 中央大陸においてその名が示すものは一つだけである。

 王国より東にある、アダマンスヌス帝国。

 

 大きさは中央大陸のおよそ5割強を占めるという、誰もが認める大帝国でありながら鉱物資源の加工品を得意とする、帝のおわす水晶の不落城がある都。

 

 魔王との戦いの一大拠点でもあり、世界に名だたる英雄たちがその居を構えている場所としても知られている国。

 

 そして何より──

 

 “帝国の勇者 ルミナス・フィラリオン”のいる国。

 

「帝国が、ソラナムを消そうとしている?」

 

 ルークが表情を無くしたまま呟く。

 

「わからない。私は聞いたことを伝えただけ。勘違いかも知れない。でも、なにか、手遅れになる前に」

 

 少女は首を振った。

 

 実際、帝国がソラナム王国を強引に取り込むなんてこと出来るか否かで言ったならば、ぶっちゃけ簡単ではあった。

 帝国と小国ソラナム王国では国力に差がありすぎる。ソラナム王国は農業が盛んで、国外に農作物の輸出も盛んに行う国だ。仮に帝国が多少強引に手に入れても無駄になることはない。併合か、侵略か、はたまた別の手段か。とにかく理由はいくらでも挙げられる。帝国がソラナムを飲み込む理由は。

 

 

 

 勇者の頭によぎったのは、故郷の景色の数々。

 風に揺れる一面の麦。夕陽を受けて黄金に輝く国の宝。

 城下町の煉瓦街、パン屋の湯気、お使いに来た子供。冒険者の真似事に怒る母親。白いソラナム城。整えられたカーペットに、騎士たち。

 

 そして、ヤグルマギクのような髪を伸ばした、闊達に笑う彼女。

 

 国がなくなるということは。

 それら全てがなくなる可能性があるということ。

 いくら全てを守りきれなかったソラナムの勇者とて見過ごせる訳がなかった。

 

 真っ白になっていく頭のまま、勇者は荷物をひったくって叫んだ。

 

「出発します! 今、すぐに!」

 

 アスナヴァも状況を理解しており、無言で頷くと追随していく。カランコエは不機嫌そうに目を細めて、しゃらんと変身し勇者の腰に剣として収まった。シュンカはぴぃ、と鳴くと走り出す勇者と同じ速度で飛び出す。

 

「やばい、里帰りどうこうじゃなくて、国がなくなるッ!」

 

 こうして勇者の帰郷は慌ただしく、運命の渦の中に巻き込まれていったのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 そして数週間後、ソラナム王国の応接室にて。

 

 

 結論から言ってしまえば、勇者は帝国の使者からひとつの命令を下される。

 

「そういうわけで、貴様の次の任務だ。──帝国の学院に潜入し、紛れている魔王を特定し、殺せ。さもなくば──分かっているな?」

 

 

 どうしてこうなった、と内心勇者は頭を抱えながら“はい”と頷くのだった。

 

 

 かくして次の舞台は決まった。

 場所は帝都のダイアー学院。古くからある大陸随一の学び舎。

 魔術飛び交い、議論が交わされ、若き芽が育つ活力溢れる地にて。

 

 巣食った邪悪を見つけて、討伐せよ、と。

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 勇者は再度呟く。

 

 冒険の幕が開くには、まだもう少し説明が必要だが、兎にも角にも章は進んだのだ。

 次の章へと。

 

 


 

 

第五章 煌めく季節に、キャッチ・ミー! 

▶︎ 開始

 

 

 

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