おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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42話 勇者が学院に行く経緯を説明せよ

 

 

 夕陽燃える応接室にて。

 

「こちらの要求は変わりません。王国には物資を提供頂きましょう」

 

 会談の火蓋は、帝国の使者ウートラが切った。

 彼女は言いながら、一枚の羊皮紙を懐から取り出し、机に差し出す。

 

 オレンジ色の光を受けた紙は、くっきりと存在感を際立たせていた。

 

「ふむ……」

 

 フローラーリアは机に視線を落とす。

 応接室にはフローラーリア姫と、ウートラとマヒェリ、そして三名の護衛騎士がいた。

 

(いつもの配置だな)

 

 ウートラは意識から余計なものを取り去って、目の前の姫君に集中をする。魔眼の使い所(シミュレーション)は考えなくてはならない。かなりの回数は使えるが、無限ではないのだから。

 彼女はヴェールの中で広がる黒い髪を払って、唾を飲み込んだ。

 

「嫌とは言わないでもらいたいものです、ソラナム王国には帝国と行った七十年前の取引の件が御座います。なので、よりよい返事を期待しておりますよ。早いうちに、ですがね」

 

 よく響く声を意識し、喉を鳴らせばフローラーリアは不服を顔に表現した。

 

「過去の取引による負債は毎年ごと決まった金額を返しておる筈じゃが……」

 

 彼女は唸るように言うと上等な羊皮紙に描かれた文字と数字を追った。

 書かれていたのは帝国の要求だ。

 

 その一に数年分の食料供出、鉄製武具の供出。

 その二に燃料となる油の供出、一部土地の租借。

 

 

 どれもこれも、王国にとって非常に苦しいものだ。しかも、王国に軍事的なもののうち、兵士や軍を貸せとは求めていない。王国の弱兵は要らぬから物資だけよこせと言っているようなものだ。

 

「かなり譲歩いたしましたよ」

 

 ウートラが言う。

 マヒェリは来客用の椅子に腰を沈めて、欠伸をした。

 

「分かっておる」

 

 物資に関しても、一つだって、ソラナムを搾り上げてようやく達成出来るような事柄。このような要求が続けば。民衆は苦しみ、不満を募らせ、国は崩れる。

 

 だが、そんなことよりも。

 難しい要求をなされているということよりも、緊急のことがあった。

 

「…………」

 

 フローラーリアは羊皮紙を睨む。

 

 このラインナップに、時期。

 彼女は蒼い髪を耳にかけて、透き通った瞳を使者に向けた。

 聞かねばならないこと。

 それは、()()()()()()()()()だ。

 

 

「帝国は、戦でもなさるおつもりか」

 

 

 誰がみても、あからさま。

 これから一戦、おっ始めようとする者たちの品物リストに他ならない。姫は眉間の皺を深める。不可解なのは、王国の周りにも帝国の周りにも戦の気配が全く無いこと。普通なら、戦が起きる前はどこかしらきな臭くなる筈なのに、諜報からの情報でもそういったものはない。

 

 まるで、この紙だけが戦の気配を感じ取っているようで──

 

「答える義理は御座いません。あくまで王国が差し出せるもので、帝国の資になるものを選んだまで」

 

 薄いヴェールの奥で黒い瞳が細められる。ウートラは口許にかけて濃くなる衣を纏っているため、その表情は猛禽類のような鋭さを醸し出していた。

 

「既に、四度答えを保留頂いている。条件も二度、譲歩させて頂いた。なればこそ、今ここでお答えを頂きたい」

 

 彼女は不思議なほど響く声で告げる。

 水面に反射する漣のように、声は声として、耳を通り抜けて頭に届くように。

 白昼夢の中、聞こえてくる声のように。

 

 彼女の独特の喋り方は、技術で疲弊した相手の脳を揺さぶる。

 

 隣にいたマヒェリが目を擦った。噛み殺したあくびの名残が目の端に光っている。

 

「そう急くでない。分かっておる。焦るな」

 

 応接室の隅にある暖炉の薪が、一際おおきくパチンと弾けた。

 太陽は沈み始めて、長い影を部屋に伸ばしていく。

 

 フローラーリアは既にこの交渉に於いて、譲歩を引き出していた。大国である帝国相手によくやった方だろう。賞賛されるべき事柄である。

 もともと引かれていたラインを、彼女の力と弁舌でどうにか今のところまで持ってきたのだ。

 

「さぁ、フローラーリア姫。もう、帝国は動いておりますよ」

 

 だからこそ、もう、これ以上は難しかった。

 姫の額に汗が浮かぶ。傾いてきた太陽が部屋を橙の一色に染めぬいている。

 

「さぁ、お答えを。……さぁ、さぁ!」

 

 ウートラは声を高くする。

 今回で勝負を決める気だった。

 この交渉条件というものは、王国が飲めば、苦しい物資の供出を強いられる。だが、飲まねばアダマンスヌス帝国がどう出るか分からない。

 

 書類の形をした毒杯を差し出しながら、帝国の使者は目を弧にして、姫に迫った。フローラーリアは拳を握りしめる。彼女の脳裏に様々な思考がよぎっていった。現在のフローラーリアより危険な判断を的確に捌き続けている父である国王は、この決断をどう思うだろうか。国民は。宰相は。

 飲んでも、よいのか。条件を受け入れたところで、すぐに国が傾く訳でもない。だが、打撃は受ける。ここは譲歩を──無理だ、ならば条件の見直しを──時間が足り──相手の目的の奥にある──いま考えるべき事ではなく──やるべきは、やらなくてはならない事は──思考が、加熱して。

 

「さぁ、今、ここで」

 

 

 

 

 ぱん、と。

 

 

 

 

 ガントレットの付いた手が、姫とウートラの間で打ち鳴らされた。

 目の覚めるような破裂音は、一瞬で場の空気を断ち切り、もとの応接室に強制的に引き戻す。フローラーリアは過熱しかけた脳に、酸素を届けるように小さく、はっ、はっと呼吸を繰り返した。

 

「おっと、すみません」

 

 ウートラは後の発生源に視線を向ける。

 下手人は、いつの間にか近づいてきていた地味な色合いの青年だった。姿格好は何処にでもいる、若い騎士の護衛そのもの。

 彼は部屋中の注目が集まるのを一切、意に介さず、爽やかな笑みを浮かべた。

 

「失礼、虫が居たものですから」

 

 そう言って、彼は窓に近づき、手から虫を窓に向かって放り投げた。飛んでいく姿を確認すると一歩下がり軽く目を閉じる。これでもう、最初と同じ、立派な存在感を消した護衛の出来上がり。青年は、何もおかしな事はしていませんよといった態度だ。

 

 あまりの事態に、呆気に取られていたウートラも、一気に頭に血が回ったように椅子から立ち上がる。

 

「貴様……!」

 

 彼女は声を荒らげる。

 必ずや、この、空気を読まず、無謀にも会談に介入してきた思い上がりのクソガキに、教え込んでやらねばならない、と。世の中の仕組みを。

 

 舐めた態度を取るとどうなるのか。

 自身の力を過信して、可愛らしい姫にいいところを見せたかったのか知らないが、過ぎた行いは身を滅ぼす。

 

 彼は理解しなくてはならない。

 ただの護衛騎士ごときに、何も状況は変えられないのだと。

 

「身の程を、弁えろ、この──」

 

 ウートラは掴みかかるような勢いで青年に近づく。と、同時に派手な動きで誤魔化した合図をマヒェリに送ろうと画策した瞬間。

 先見の魔眼が発動して、彼女の脳裏に映像を描き出した。

 

「ぁ──、な……ぇ?」

 

 それは、自分の意思で発動するのとは違う、緊急用の発動。

 ウートラの身に、衝撃が加わるような未来が高確率で起きる時に発動するようになっているもの。

 

「ば、かな……」

 

 それが、発動した。

 彼女は一瞬で青ざめ、腰が抜けたようにストンと椅子に座り込む。

 先ほどの威勢は袋の空気が抜けるように、一瞬で萎んだ。

 

「あ? なに? なんなの? ウートラの姐さんいきなりどうしたってワケ?」

 

 横で余裕の態度を崩していなかったマヒェリが、同行者の変わりように、深く椅子に沈めていた慌てたように身を起こす。異常事態を察知した。

 彼がウートラの顔を覗き込むと、彼女は焦点の定まらない目で口を薄く開いたままにしている。

 

「なぜ、……こんな、に……」

 

 その身はガタガタと震え、指先は宙を彷徨い、冷や汗がぶわりと吹き出している。

 尋常ではない。マヒェリは構えを取った。武器の類は持ち込んでいない。だが、手刀さえあれば武器となる。執務室が一気に緊張感を帯びる。肌がピリピリと痺れるような感覚が走った。

 マヒェリは問う。

 

「アイツが?」

 

 アイツが原因か、と。

 

 護衛で立っていたあの青年である。緊迫した事態に、フローラーリアは毅然とした態度で座っているが、額には汗が浮かんでいた。

 

 件の青年は涼しげな顔で成り行きを見ている。

 平気な顔で、それどころかウートラを案ずるような仕草まで追加して。

 

「待て……マヒェリ。それではこちらが一方的に過剰反応している馬鹿者だ……」

 

 ウートラは震える手でマヒェリの肩を掴み、下がらせた。

 マヒェリは納得が行かなそうな顔をしながらも、ウートラに従い後ろに回る。

 場の緊張感が薄らいだ。ウートラは呼吸を整えるつもりで息を深く吐いた。

 

 

 彼女が見たのは、未来の可能性。

 こうしたら、こうなる、という分岐先。

 

「失礼、取り乱した」

 

 マヒェリに指だけで指示をして、青年を痛めつけようと思った。いや、痛めつけなくても良いから、驚かすだけで。

 この格好つけの見栄っ張り野郎にマヒェリの一撃を見せて、情けない悲鳴でもあげさせて鼻っ柱をへし折るつもりだった。それで、一度逸らされた会談の主導権をこちらに戻すつもりだった。

 

 だったのに。

 

「一体どうしたのじゃ。気分が優れんようなら別日にするかの?」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 その、()()()()()()()()()()目の前の青年は完璧にこちらを叩き伏せてきた。ある時は一瞬で剣を虚空から顕現させて、または壁際のランプをちぎり取り投げつけて、テーブルを足で踏み割り破片ごと突っ込んで。

 どの未来でも、彼は対応せしめてきた。一切の動揺なく。

 

 つまり、もし仮に彼の前で敵対的な行動を一瞬でも取ったのならば。

 次の瞬間、現実はウートラの視た光景と同じになるだろう。

 

(……どれだけの地獄を巡ってきたらあんな男になるんだ)

 

 ウートラは早鐘を打つ心臓を押さえつけた。

 

 幸い、まだ、バレてはいない。

 ウートラが視たことは、伝わっていない。証拠に、青年はウートラをきょとんとした顔で見返してきている。

 

 それだけは安堵の材料だとウートラが内心胸を撫で下ろしていると、彼の胸の鎧、その隙間からひょいと何かが首を伸ばして。

 青年は興味深げに、こちらに向ける視線を切らず、何かの言葉に耳を傾けた。

 

「飛龍……か? なぜ、あんなに人に懐いて……」

 

 彼は何度も小さく頷き、最後にはウートラに視線を向けてきた。

 龍はなにかぼそぼそと鳴いている。こんな所に従魔を持ち込むな、とか、龍と話して何になるとか。思考は巡る。

 くだらない推察の数々に、ウートラはひとつのお伽話を思い出していた。

 ──年を経た龍は、人語を解するほどに知能が高く賢くなる。

 

 馬鹿な、と思った。

 寝物語に子供に聞かせる冒険譚に出てくる類の話で、目の前がそんな幻想的なものがあるはずがないと決めつけ、再び前を見ると──

 

 

 

 

「へぇ」

 

 

「あ」  

 

 

 

 

 

 ただ、呟くようなひと言。

 青年の目が少しだけ細められて、ウートラを見た時、彼女は全てを察した。だから、間抜けにも女児のような、なんの装飾もしていない心からの声が漏れてしまったのだ。

 

「え? ホントに何、ウートラ姐さん」

 

 ウートラの、すべてのオーラが霧散したような悄然とした様子にマヒェリが慌てて尋ねる。それほどまでに、彼女の変化は劇的だった。

 

「先に、謝っておく、マヒェリ」

 

 ウートラは肩を落として、下を見つめ、呟くように言った。

 

「私たちは、全て読まれた」

 

 恐らく、だが。と付け加える。

 

「は? つまり?」

 

「下手を打ったということだ」

 

 まるで、虎の尾を踏んだようだ。なぜ、こんな所に普通にいるんだ、と。

 ウートラは地面を見つめ、マヒェリのキンキン響く声をどこか遠くに聞きながら思った。

 何の特徴もない男だと思った。いつもと同じ交渉だと思った。武力も知力も、こちらより上回る存在はいない、楽な仕事だと思った。

 

 なのに、実際は。

 

「……ひッ」

 

 ちらりとウートラが視線を青年に向ける。

 バレないようにこっそり、わずかに向けただけなのに。

 その視線はばっちりと、彼の鳶色の瞳に捉えられていた。

 

「は、……」

 

 実際は、とんでもない傑物が、なんてことない顔をして、後ろの壁で護衛として立っていたのだ。

 

 青年がニコッと笑う。

 人好きのする笑みで。警戒心を抱かせない、優しい表情で。

 

「随分な真似をしましたね?」

 

 小さなその声を聞いたウートラは、今度こそ己の思い描いていた交渉には、この青年が紛れ込んでいた時点でならなかったのだと悟った。

 

 

 ◆

 

 

「フローラーリア姫、質問を宜しいでしょうか」

 

 五分ほどの休憩を経て、会談は再開された。

 しかし、口火を切ったウートラの言葉には先ほどまでの勢いはない。まるで燃え終わった灰のように小さくなっていた。

 

「構わん」

 

 フローラーリアが後ろのルークを一瞬気にしながら答えると、ウートラは机に視線を落としたまま、平坦なトーンで言った。

 まるで、もうこの部屋から抜け出して会談を終わらせたいが、身に降りかかる責任のため動き続けているカラクリ人形のように。

 

「……そこの護衛の歳はいくつでしょうか」

 

「なんと?」

 

 予想外の言葉に思わず聞き返すフローラーリア。

 ウートラは姫の様子に沈んだ目のまま、答えた。

 

「ですから、そこの、後ろに控えてるばけ……青年の歳は幾つでしょうか、と聞いております」

 

「……十八じゃ」

 

 ウートラはてっきり青年本人に答えさせようとしたのだが、意外なことに姫が回答した。なぜ彼の年齢を即答できるのかはこの際置いておいて、突然青年の歳を聞き始めたことによる姫の猜疑の視線をどうにかしようと、ウートラは出された茶を一口飲んだ。

 柔らかな口当たりが広がる。この王国特有の、薄めの茶だった。

 

「成程。では、もし、フローラーリア姫がお望みなら、この紙に書かれた条件を全て白紙に変えることが出来ます」

 

 まだ、疑いの目は残っている。

 当然だ。自分でも頭のおかしなことを口にし出したというのは分かっている、とウートラは内心自嘲した。

 

「これより先は我が国の機密事項です。漏らさぬことをお願いしたい」

 

 真剣味を増した声で言えば、フローラーリアは頷き、人差し指で机の足をコン、コンと叩いた。周囲にあった気配が遠のいていく。姫の青い瞳がウートラを見つめ返してきたことを合図に、魔術師の女性は語り出した。

 

「現在、我が国には魔王が一体潜伏しております」

 

 語られるのは、巨大国家帝国の、最新の秘密。

 

「通常ならば、判明した地点に火力を注ぎ込み、ある程度周囲ごと殲滅してしまうのが正しいのでしょうが、この潜伏している場所というのが悩みのタネとなりました」

 

 フローラーリアは暫し考え込んだように話を聞いていたが、目をおおきくひらくと、小声で“まさか”と呟いた。

 この姫はやはり、頭の回転が早い。ウートラは心の中で舌を巻く。

 

「ええ。お察しの通り。年齢を聞いたのもその為ですが。──魔王が潜伏しているのは帝立ダイアー魔術学院。……まぁ、王侯や貴族が通う学校です」

 

 マヒェリが苦々しそうな顔をした。

 ウートラは話を続ける。

 

ウチ(帝国)の英雄達は多くおりますが、何せ()()()()()。フィラリオンなんか送ったら一撃でしょうが、そんなもの国内外に喧伝しているも同じです」

 

 つまりは。

 帝国の学院に魔王がいると知られれば。

 

 世間に魔王が忍び込んでいるとバレると、こう高らかに宣言することとなるのだ。

 

 どうもみなさん。──帝国は次世代を担う中枢たる貴族学院に魔王の侵入を許した国家であります、と。

 

「だから、顔が割れていなくて、腕が立ち、若い者が必要だったのです。幸い、魔王は隠匿特化ですぐに暴れるような事もないようですし。が、そんな人材を他国がおいそれと貸してくれる訳もないのです。──ソラナム王国以外は」

 

 帝国に負債があり、物資面での供出では苦しい国が唯一ソラナム王国だった。

 

「期限は来年の秋末まで。冬には魔王が動き出すと帝国は知っています」

 

 そして、何の偶然か、唯一差し出してもダメージが少ない者が、この時国に帰ってきていた。

 彼ならば。“国のために”と言えば従うだろう。ソラナムの為に、身代わりで帝国に行ってきてくれと言えば、頷く。

 

「……少し時間を」

 

 だからこそ、ダメなのだ。

 フローラーリアは奥歯を一瞬噛み締めて、時間を取った。

 

 ルークを、また国に縛って良いものか。良いわけがない。

 せっかく苦しい思いを経て自由に飛び回る強さを手に入れたのに、また、こちらの都合で足を引っ張って良いわけがない。

 王国の姫の額に、彼女の細い髪の毛が一本、張り付いていた。

 

「姫さま」

 

 故に、ルークは後ろからそっと声をかけた。

 フローラーリアの揺れる瞳が彼を見つめる。水面に波が立つように、彼女の瞳は動揺していても別の美しさを見せてくれた。

 

 勇者は胸の防具に手を当てて言う。

 

()()()お役に立てそうです」

 

「──お主は」

 

 言葉を失う。

 フローラーリアは開いた口をなんども閉じたり開けたりして言葉を探したが、夜の海岸のように何も掴むことはできなかった。

 その間もルークは命令を待つように軽く頭を下げている。薄い茶髪が彼の側頭部を伝って地面に向けて垂れていた。

 

「……よいのか」

 

「そのために来たんです」

 

 迷いなく、肯定。

 鼻の奥がツンとするのを感じながら、フローラーリアは為政者としての損得勘定を経て、一度唇を噛むと凛とした口調で告げた。

 

「では、ルークよ。命令じゃ。王国のため──帝国に向かい、役目を果たせ」

 

「御意に」

 

 姫の命を受けた勇者はかるく屈めていた身体を起こし、部屋をぐるりと見渡した。

 その中に、未だ不安に揺れる姫の目を見つけて、彼はあえて軽く右手を頭の後ろに回した。

 

「えっと、潜伏しながら、探せば良いんですね? 業者か何かに扮して……」

 

 それなら何とか出来そうです、と笑う勇者。

 だがウートラとフローラーリアの視線が自身に集まっていることに気がつくと口を閉ざした。

 

「いや、貴様、何を言っている?」

 

「え?」

 

 ウートラが驚いたという風に首を傾げている。

 ルークは笑顔のまま固まる。こういうのはやめて欲しかった。

 

 勇者は、フローラーリア姫や帝国から交渉ごとのために送られたウートラみたいに、言外のやり取りで全部理解みたいなのは出来ないので。焦る勇者。ウートラは静かな瞳で口を開いた。

 

「なぜ、私が貴様の年齢を尋ねたというのだ」

 

「……」

 

 たらりと一筋の汗。

 彼の胸当ての隙間から飛び出したシュンカがパタパタと固まる勇者の周りを飛び回った。

 

『あの、あの、異人さま。その、恐らくなのですが……』

 

「言っただろう。扮するのは()()だ。貴様は表向き学院に通いながら、潜む魔王を秘密裏に殺すのだ。それが1番騒ぎにならん」

 

「マジですか」

 

「マジ、だ」

 

 言ってないですよ、と勇者。

 

 殆ど言った、とウートラ。

 

 会話の流れを聞いていれば予想を付けることは難しくない類のものだったが、なにぶん彼は戦闘一筋。

 別のことに気を取られて気がついていなかった。ウートラも予想外の出来事である。

 

 はぁ、と息を吐く帝国の魔術師。

 フローラーリアは慌てて、無理なら断ってもよいとルークに言ってくれたがルークは断った。ここで引くわけにはいかない。

 冷や汗ダラダラで余裕の笑みを崩さず“大丈夫です”と言った。男だった。

 

「まぁ、身分は……ソラナム王国から来た留学生でいいか。男爵家の息子ならば幾らでも誤魔化しがきく。ならば、──スヴェイン家か」

 

 やることが決まったのなら、とスラスラ今後の予定を並べ立てるウートラ。これにはフローラーリアも驚いたように身体をぴく、と反応させた。

 

 いくら使者を任されているからとはいえ、すぐさま男爵家を、それも帝国から見たら小国のソラナム王国の、息子がいてもおかしくない家を一つ言えるなど。

 帝国が送り込んでくるだけあって、彼女はやはりかなり優秀らしい。

 フローラーリアは動揺を悟られないように脳内に資料を展開し、条件に合致する家をピックした。

 

「名乗るならば、トゥラエディア家じゃろう。スヴェインよりも領地が帝国から離れておる上に十数年前に当主の長男が産まれておる」

 

「成程。では、そのように」

 

 あれよあれよと勇者の処遇が決まっていく。

 住むところは寮で──、制服は騎士のタイプで──、定時報告は商業街の建物の二階で──。

 

 てっきり、ルークは帝国の学院内でハイドアンドシークを繰り返し、探る。そんな東方にいるという戦える間者、ニンジャのような任務かと思っていた。

 なのに、実態は生徒。

 

 おいおいおい、何でこうなった、と勇者は自身の過去を悔いる。

 

 ソラナムの勇者、ルーク十八歳。実は今の今まで、学校というものに通ったことが無かった。勉学は姫の近くに控える事もあるから、と一通りは修めているが、付け焼き刃だ。

 

 だらだらと垂れる冷や汗。

 礼儀作法は、騎士としての基礎があるからギリギリオーケー。

 魔術は多少使える(かなり生活と実戦に振った地味な魔術だが)。

 でも勉強に自信はない。そもそも学院生活に自信がなかった。

 

『まあ、がっこうね』

 

 ここに来て、小さく変形して懐に潜んでいたカランコエが声を上げた。

 ルークは“そうだよ”と咄嗟に知ったかぶりをした。学校なんて知らなかった。

 

「いいか、貴様に対しては念の為に言っておくが、潜入してからは勇者ということを隠せよ。発見する魔王に余計な警戒を抱かせる事になる。あぁ、では名前も変えなければな。ルークか、……ルイス、ルドウィル……ルーカス……うん、ルーカスでいいだろう」

 

 ウートラが口の中で言葉を転がすようにルークの偽名を決めていく。やがて納得がいったのか、頷く。

 ルークが勇者だということは先ほどフローラーリアが伝えたのだろう。計画がすべておじゃんになったウートラの目はすわっていて、もう驚きはしなかった。

 小声で舌打ちをし『フィラリオンめ』と忌々しげに吐き捨てたが、ルークは聞かないことにした。

 

「お兄さん、お疲れ様、だね」

 

 フローラーリアと話すウートラの後ろからマヒェリが出てきて、ルークに言う。口調にはなぜだか、同情が滲んでいた。

 

「えっと……」

 

「お兄さんも選ばれたのかも。フィラリオンのチケットに」

 

 訳のわからない事を言うマヒェリに、ルークは困惑する。

 少年はその様子に気がつくと、言葉を付け加えるようにしていった。

 

「あの勇者曰く、自分はスカウトマンなんだってさ。いずれ来る一戦のための。歴史に絶対残り、神話にすらなりうる戦いの、参加者に」

 

 じゃあね、と言いたい事は言い切ったのか、マヒェリはまた元の位置に戻る。ルークはどう言うことか、と聞き返そうとしたが、目の前にいるウートラと目があった。

 

「いいか、よく聞け」

 

 ウートラが言う。

 

「貴様は今から帝都特務部隊に一時的に所属する特別潜入捜査兵だ。特務隊潜入捜査兵ルーカス=トゥラエディア。はは、良い名前じゃないか」

 

 物事はトントン拍子に進んでいく。

 いつの間にか、学校経験のない勇者は身分を隠して魔王を探すために学院生活を送らなければならないという役目を芽生えさせて。

 

 

 ああ。

 勇者は心の中で盛大に叫んだ。

 

 

「そういうわけで、貴様の次の任務だ。──帝国の学院に潜入し、紛れている魔王を特定し、殺せ。さもなくば──分かっているな?」

 

 

 

 ──なんか、可笑しくないか! と。

 

 

 

 

 こうして勇者の、春からの役目は決定されたのだった。

 帝国の、若い芽たちの群れの中で。剣を振るい、魔王を滅せよ、と。

 

 

 


 

 

 

 

【目的決定!】

▶︎学院に潜む魔王を突き止め、倒せ。……学生に扮して。

 

 

 

 

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