おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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44話 対処法の答え合わせ

 

 

 春、うららかな風吹く午前中。

 

「えっ、と……」

 

 アダマンスヌス帝国の魔術学院では入学式が行われていて、おおくの新入生がピカピカの制服で希望に満ち溢れて話を聞いていた。

 

 このあとの授業はどうなるんだろう、友達は出来るだろうか。

 本で見た魔術理論の権威に話を聞いてみたい。

 

 誰も彼もが(殆どだが)ワクワクとした感情に胸を高鳴らせ、自分の将来が明るいものだと疑っていなかった。疑う、という段階にすらならなかった。

 

 未来は明るいものだから。

 自分たちの可能性は無限大だから。

 

 ──ああ、だから、早く。

 ちょっぴり退屈な入学式よ、終わってくれ! と。

 

 

 そんな大講堂の外、人気のない茂みの奥。

 正道から外れた不良が屯するような場所にて。

 

()るなら、やればいい! 躊躇うな! 現場見られたらからには生かして帰さないのはお決まりでしょ!」

 

 地面に組み伏された少女が涙を目の端に溜めながら、威勢よく叫んだ。

 ロシュアのような、薄桃色の髪が芝生の緑とコントラストを奏でている。妙に色彩がマッチしているように見えるのは、今が春だからだろう。

 

 両手首を掴み、少女の頭の上で拘束したままのルークは渋い顔をした。

 

「あたしは悪には屈しない! あと勘違いした正義にも屈しなーい!」

 

 少女が叫ぶ。

 やめて欲しい。勇者は切実に思った。

 

 人に見られたくなかった。

 

『あら、こんなおんなのこを、つかまえてどうするの?』

 

 懐の短剣が震えて言った。

 やめてくれ、と勇者は心の中で頭を抱えた。

 表面上冷静だったが、内心は汗ダラダラである。彼女はこの現場を犯行現場か何かと勘違いして見られたら困ると信じている。

 

(いやまぁ、見られたらマズいんだけど。……ホントにまずいんだけど!?)

 

「なに、なんなの! そんなジッと見たってあたしは変わらないただ一つの新入生!」

 

 少女が叫ぶ。

 制服のスカートは芝がついて、すこしくしゃりとなっていた。

 

 こんなもの、側から見たら婦女に馬乗りになる青年だ。ルークは汗を垂らす。

 しかも2人とも新入生の制服。もし、見られて、ルークの正体が魔王討伐のための潜入捜査だと奇跡的に露見しなかったとして。

 

 任務が続行できたとして。

 

 それはそれで、うら若き男女が入学式に出ないで何をやってるかと注目されてしまう。

 先ずは一旦、ルークの行っている極秘任務の事情を知る帝国の者に来てもらって、助力を請おうか、なんて考えていると。

 

 ひゅるりと頬を微かな風が撫でた。

 ただの自然現象かと切り捨ててしまうほどの何気ない一瞬。

 だが、龍がぴいと鳴いて、短剣はくすくすと笑う気配を消して、ルークにエマージェンシーを送るようにピリ、と短い痛みを発生させた。

 

『まじゅつ』

 

 魔力探知に優れた彼女たちが感じ取ったのは、魔術の起こり。

 地面に倒れた彼女が、一切の予備動作をせず構築をしていたのだ。

 

 カランコエの短く、シンプルな警句を受けた勇者の行動は迷いがなかった。「恨んでいいから」とルークは少女の首筋にトン、と手刀を強めに打ち、意識を刈り取る。

 

 新入生の制服を少し皺にした少女は、首筋に来た衝撃に「えぅ」と短い酸素を吐き出す声をあげて、ぐてんと脱力をした。

 

 こうして正真正銘、ルークは引き返せない道を進んだのだった。

 

『あら、まあ』

 

 魔女のカランコエだけが楽しそうに、カタカタと震えていた。

 

 

 ◆

 

 

「急ごう」

 

 ルークは周囲を見渡して、立ち上がった。

 

 いつ騒ぎを聞きつけた人が来るか分からない。

 現場を素早く脱出するため、彼は一息すらつかず、力の抜けた人形のような少女の脇の下に手を入れそのまま自身の首を通して一気に担ぎ上げた。ちょうど肩と首で人を支えるやり方である。ファイヤーマンズキャリーとも言う。

 

「さ、行こう。……シュンカちゃん? なんでそんな目で見るのかな」

 

 周囲をぐるりと見渡した勇者は、目の前の中空で滞空しながら気まずそうにする飛龍に気がついた。

 彼女は一部が霞色の羽毛に覆われた翼をぱたぱたと羽ばたかせながら、ルークを見つめて、首を忙しなく動かしている。

 

『あの、……その、持ち方で行かれるのですか?』

 

 聞かれたルークは、何を言われたのかよく分かっていない様子で首を傾げた。

 

「……? うん、これが一番早いし効率がいいから」

 

 ああ、とシュンカは片方の翼で器用に顔を覆い、過去の旅を思い出した。

 あの、腹に食い込む籠手の感触。

 まだ人の体を持っていた時に失った少女の尊厳。あれはあれで勇者の近くでくっつけて役得であったが、それはそれ。

 

 マナーとか淑女の扱い方とか色々あるが、実利的な問題としてこの運び方は()()()()()()()()

 仮に道ゆく学院生に、こんな背負い方で人を運ぶ──もはや輸送する者を見られたらどう思われるだろうか。まず怪しい。そして疑われる。

 

 だから運び方を変えさせなくては。

 

 イェン・シュンカは一般的な常識を兼ね備えた少女であった。

 なんと言って説明しようか、と彼女が言いあぐねていると、その沈黙を何と思ったのか勇者はパッと顔を明るくして、相手を安心させるように落ち着いた声で話し始めた。

 

「大丈夫、僕この方法で一度に三人負傷兵運んだことあるから」

 

 勇者は自信ありげだ。

 勇者ルークには乙女心が分からぬ。それでも人の運び方だけは、人一倍敏感であった。荷物の運び方とも言う。

 

()()()()()わね』

 

 ぼそりとカランコエ。

 結局、シュンカが思いついたのは一言。

 

『アスナヴァさまに怒られませんか……?』

 

「あっ」

 

 

 ◆

 

 学院の中庭と繋がっている廊下を歩く。

 日の光が床の石材の半ばまで差していて、風が心地いい。

 

 入学式が終わった午前中の学院は、予想に反して静かだった。教室棟は現在ルークがいる場所とは反対にあるからそう思うのだろう。

 

 コツコツ、とルークのブーツが歩く音だけが反響していた。

 

 結局ルークは少女の運搬を前で抱えることにした。いわゆるお姫様抱っこである。次案としてカランコエが人の姿に戻り、おんぶするというものがあったが、そもそもこのちいさな魔女の存在自体が秘密である上に、カランコエは力が無かった。潰れる。

 

 そんな判断があって、ルークが人目を気にしながら抱えて進むという形に落ち着いたのである。

 

『ソラナムのお城みたいね』

 

「確かにね」

 

『ちょっと違うけれど』

 

 装飾の施された柱や、整えられた庭園。

 高級さと歴史を感じさせる数々にカランコエが呟いた。

 

 ダイアー学院の廊下は広い。

 それこそ馬車の一台でも楽に通れるのでないかと思えるほど。

 

 貴族や、時して王侯が通うのだから当然か、とルークが考えながら歩いていると、外と接している廊下は終わり、突き当たりに出た。

 

 そのまま右に曲がって建物の中に入り、少し進むと両開きのドアがある。

 上には帝国の文字(ソラナムも同じものを使用しているが)で『医務室』と書かれた看板が掲げられていた。ここが目的地だった。

 

「あったあった、ここだ」

 

 文字は所々掠れており、来訪者に年代物を感じさせている。

 

 ルークはコンコンとドアをノックして、返事を待たずに扉を押し開けた。

 

「失礼します、あの、一人体調不良の子が出てしまって、ベッドをお借りしたいのですが」

 

 ふわりと漂ってくるのは消毒液や何か薬品の匂い。

 それと清潔なシーツが発する、独特の潔白さ。

 

 部屋は入ってすぐな所は布で仕切りがなされていて、奥にはベッドがある。入り口すぐの位置から姿は見えないが、中からは楽しげな、何人かの声がしていた。

 

「すまない、急患のようだ」

 

 扉の開閉音に気が付いたのか、会話の中にあった凛とした声がひときわ響く声で告げる。

 えー、と不満の声が上がり、涼やかな声は嗜めるように二言ほど言葉を続けた。

 

 ルークが布の仕切りを超えて奥に進むと、医務室の全容が見えてきた。広さは町の食堂ほど。そこそこに広い。壁際には棚と、瓶が並び奥には五つの空きのベッド。手前には机があって、資料がいくつも乗っていた。

 

「さぁ、邪魔になるといけない。行け」

 

 声の主は机のところにいた。白衣を着た女性だ。彼女が手で出入り口を指差す。

 

 保健室には彼女の他に数名の男子生徒がいた。ルークがちらりとタイの色を見る限り、上級生だろう。

 彼らは最近入ったという若い治療師を目当てにこの部屋に来ていたのだったが、今日来たルークにそれを知る由はない。

 

 彼らはまだまだ顔にあどけなさを残しつつ、大人の片鱗を十分に見せて、格好も垢抜けていた。『ジャマって、ひっどー』なんて軽い調子で言いながら椅子から立ち上がり、白衣の女性におどけてみせていた。

 

「すまない、君たちと話しているのも楽しいのだが、()()なんだ」

 

 だが、そんな彼らの対応を女性はにべもなく切って捨てる。すでに彼女はベッドの一つのシーツをほぐしていて、いつでも寝かせられるように準備をしていた。

 

 “俺らとの話は仕事じゃないんですか? ”

 “今度東の森に行きましょうよ、先生のことは守ってあげますから”。

 なんて調子で医務室に屯していた彼らは笑っていた。

 

 短く髪を刈り上げた青年が鍛えた胸を張る。

 治療師の女性は軽くあしらう。

 いつもの事なのか、結局彼らは唇を尖らせるだけで、ぞろぞろと部屋から出ていった。

 

「じゃーねー、センセイ。また来るよ」

 

「怪我をしたら来い。怪我を」

 

 最後の青年がひらひらと手を振り背後の扉を閉めると、医務室は静かになった。邪魔にならないように一歩横にいたルークを、彼らは一瞥しただけで去っていったところを見るに、興味は持たれていないようだ。

 

「さて、待たせたな」

 

 改めて、といった口調で治療師の女性は居住まいを正した。回る椅子がキイと音を立てる。

 

 ここらじゃ見ない顔立ちに、鋭い目つき。

 まるで水晶の尖った破片のような雰囲気を持つ女性は白衣の裾を一度叩くと、改めてルークに向き直った。

 

「あの……」

 

 勇者はきょろきょろと部屋を見渡しながら口を開くと、銀髪の女性は得心がいったように手を軽く叩いた。

 

「心配しなくとも、ここは私だけだ」

 

 そうですか、とルークは近くのベッドに抱えていた少女を下ろす。

 治療師の女性は素早く少女の首筋に手を当てたり、目を軽く指で開かせたりして簡易的な診察をしていく。淀みない、慣れた手つきだった。そして数分で患者の確認を終えると、ふぅと息を吐きながら小さく『問題はないな』と呟いた。

 

「で、初日から君()()は何をしているんだ?」

 

 少女を診るために軽く屈んでいた姿勢から腰を伸ばしながら女性がルークに目を向けると、彼は冷や汗をかきながら必死に目を逸らした。

 

「か、彼女の容態はどうでしたか? 結構強めにいったんですけど」

 

「問題はない。念の為に治療術もかけておいた。じき目を覚ます」

 

 すっぱりとした口調。

 余計なものを挟まず、迷いなく。聞くものの耳にすんなりと届く彼女の声は戦場でもよく聞こえる。

 白衣の女性は机を一度コツンと叩いて付け加えた。

 

「ついでに君の疑問も先回りして答えておくと、前任の治癒術師であった御老公は、その高齢ゆえに少し前に退任なされた。だから私が自然な形で入り込めた」

 

 彼女は無表情のまま両手を広げ、部屋を指し示すように動かす。

 

「いまは、この医務室は私の城、だな」

 

 そうなんですね、とルーク。

 目はどこか遠いところを見ていた。

 

「では、最初の疑問に答えてもらおうか。──初日から何をしたんだ? 君は」

 

 そう言って伶俐な雰囲気を纏う治療師の女性──アスナヴァ=ニイその人は勇者に詰め寄ったのだった。

 

 ◆

 

「ふむ……」

 

 アスナヴァは椅子に座ったまま、顎に手を当てて思索に耽る。

 

 勇者ルークは事情を話した。

 入学式に向かう途中で不審な気配を見つけた事。式を抜け出して気配をつけると、何人かの他国からの刺客であったこと。魔王関連ではなかったものの、見逃すことはできず制圧したこと。

 

「で、見られた訳か」

 

「はい」

 

 来客用の椅子に座りがくりとルークは頷いた。

 学院から支給される服に身を包んだ麗人は、奥のベッドを一瞬見た。あそこにルークの連れてきた少女が寝かせられている。

 

「君たちが接近に気が付かない程優れた隠蔽魔術の使い手か……」

 

 彼女が言葉を選ぶように呟くのも当然だった。

 勇者や魔女ですら気が付かなかった接近。たまたま、使い手の少女がルークの犯行現場を目撃したために、動揺し、発見に至ったのだ。

 

 麗人はちら、とルークの右肩にとまる龍を見た。龍は視線を感じ取って、首をゆるゆると横に振った。怪しいところはない、という判断らしい。だが状況証拠として怪しかった。

 

 すこしの沈黙のあと、麗人はルークの姿を見て机の引き出しを開けた。何枚かの書類をどかし、やがて目当てのものに辿り着くと、一枚書類を抜き取って出し、ペンを構えた。

 

「少しそこで座って待っておけ。救護活動で入学式に出られなかった旨の書類を作ってやる」

 

「ああ、それは助かります。お願いします」

 

 ルークは自分の身体を見下ろし、そこで制服に身を包んでいることに改めて気がついた。おそらく彼女も勇者の見慣れない格好を見て、先ほどの申し出をしてくれたのだ。

 

 ルークはありがたくその好意を受け取ることにした。ついでにちょうどいい機会だ、と来客用の椅子をもう一つ持ってきて、制服の下に隠してある各種の装備を取り外し、点検を始める。

 

 棒状の薄い刃、服の中に這わせてあるロープ、etc……

 

 勇者の肩の上で龍が欠伸をする。力を使いすぎて疲れたらしい。寝ていていいよという意味を込めて頭を指先の腹を使って撫でてやると、彼女はきゅるきゅると鳴いて丸くなった。

 尻尾はルークの肩にぐるりと一周巻きつけて仮に寝たとしても落ちることはない固定だ。

 

 ややもしないうちに小さな寝息が聞こえてきて、勇者は微笑んだ。

 

「ところで」

 

 と、話を切り出したのは書類を作成している途中のアスナヴァだ。

 彼女は目線を手元からあげずに続けた。

 

「私の方でも調査は進めている。だから、肩の力を抜いたって良いんだぞ」

 

 剃刀のような小刀を光に透かして接合部を確認していた勇者は、小刀に異常が無いと判断すると、パチンと半ばから二つ折りにして袖の中にしまった。

 

「そんなにですか、僕は」

 

「ああ。偶には戦場から離れて、学校生活を少し楽しんだところでバチは当たらないさ」

 

 アスナヴァはそれきり口を閉じて作業を進める。

 ペンが紙の上を撫でるサラサラとした音が響いていた。とくに返答を期待してのものではなかったらしい。

 

「……人の命が掛かっていますから」

 

 数十秒沈黙があって、絞り出したのはそんな小さな声。

 アスナヴァは目を伏せて、口許を緩めた。フッと笑って垂れた銀髪を耳にかけた。

 

「言ってみただけだ。君はそう、答えると知っているからな」

 

 ルークはズボンの縫い目に隠された針を取り出し、折れていないかを見る。正直、隠してある装備を広げて、整備をして、また隠し直すのは手間だ。だが命を預ける道具を怠ったせいで、自分でない誰かを助けられないのは許しがたい。だからルークは内心手間だなと思いながらも装備品を点検し続けるのだ。

 

「でも、私の本心でもある。君はすこし、普通の幸せや生活を触れてみるといい」

 

「僕は十分幸せですよ」

 

「分かってないな、幸せ、というものを」

 

 ほんの、軽口の応酬。

 

 ルークは、アスナヴァならば無遠慮に、無責任に“楽しめ”など言わないと知っていた。だからこれは、彼女なりの軽口と冗談と、そして気遣いが混じった言葉なのだ。

 

 なぜなら彼女は大勢の命のためなら、自分の大事な人さえ天秤にかけて選ぶことが出来る人だから。

 仕事に忠実すぎるとも言う。

 

 もし仮に、彼女に愛する人が居たとして。

 その人を助けるか、無辜の大勢を助けるか、どちらかしか選べないとなったら彼女は間違いなく後者を選ぶだろう。

 

 歯を食いしばって、自分の心の痛みに耐えながら。

 

 おそらく、ルークもそうする。

 

 アスナヴァと目が合う。

 相手がなにを考えているのか、何となく分かったらしくルークは苦笑いをした。

 

「似たもの同士、だな」

 

「ええ、悪いことに」

 

 悪いことだ。

 世界にはこんな愚か者が二人もいるのだ。

 

 しばらくペンの走る音と、装備の点検の音が響いた。

 

「ところで、さっきの人たちは」

 

 ルークは出入り口のドアを見た。年季が入っている。

 アスナヴァはペンを一度紙から浮かし、顎に当てて上を見た。

 

「ああ、どうも私を慕ってくれているらしくてな」

 

「なるほど」

 

 確かにアスナヴァは思わず振り返ってしまいそうになる雰囲気を持つ女性だ。冷たい表情に、氷のような佇まい。

 言葉は甘くなく、決して飾らない。だが、あの頃の青年達にはそれが寧ろ新鮮に、魅力的に映るのかもしれない。

 

「可愛いだろう」

 

 ルークが思案をしていると、アスナヴァが動く気配がした。勇者がそちらを見ると、彼女は別の書類に手を伸ばしている所だった。

 

「可愛いですか……?」

 

 寧ろ逞しい、若々しい、やんちゃという言葉の方が似合う気がする。

 ルークは腹に仕込んだ金属板を元に戻しながら首を傾げた。

 

「あぁ。子供は可愛いさ、みんな。──羨んでいるだけかも知れないが」

 

 アスナヴァは部屋にある窓を見る。どこか遠く、目の焦点は別のところに合わせられているように感じた。

 なんとなく、寂しそうに。

 

「では、彼らと二つほどしか離れていない僕も子供ですか」

 

 だからルークはあえておどけるように言うと、彼女は窓から視線をルークに戻して、珍しく目を丸くしていた。そしてぷっ、とちいさく吹き出すと、優しげに目を細めた。

 

「君は()()としては見れないな。私にそれを強要するのか?」

 

 ニヤ、と揶揄うような目線。

 ルークは慌てて撤退し、すぐさま肩をすくめて降参のポーズをした。

 

「しかし」

 

 会話がひと段落したタイミングで、話を切り替えるようにアスナヴァは上半身だけ後ろに逸らして、ベッドの方を見る。

 

()()()()()()な。本当に、ただ巻き込まれただけか」

 

 実は、彼女はルークが連れてきた少女に、目を覚ましたらすぐ分かる仕掛けを施しておいたのだ。

 

 魔術をほんの少しだけ使った、技術のようなものである。これならばたとえ相手が狸寝入りしていても分かる。だが少女は寝ているだけだった。もし間者や今回の任務の目標に何か関係のある者が偶然を装ってルーク達に接触してきたのなら、先程までの会話は聞き逃せない類のものだろう。

 

「あぁ、それは良かったんですが、彼女になんて説明しましょう」

 

 アスナヴァの報告を聞いて頭を抱える勇者。

 このままでは本当に一般人に手を出した不審者である。

 

「適当に、それこそ皇子の秘密の護衛とでもしてしまえばいい。帝国と彼女には私が伝えておこう」

 

 解決策はぽんと、軽く放り投げられた。

 ルークは目をぱちくりさせて、思わぬ案に頷くと深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます、いつも」

 

 勇者はアスナヴァに頭が上がらない。

 ついでにカランコエも彼女に時々怒られたり、嗜められたりするのであんまりアスナヴァには逆らわない。力関係だった。

 

「いいさ。好きでやっているんだから」

 

 カチャンとペンが置かれる音。

 椅子が軋んで、アスナヴァは手に数枚の書類を持ってルークの元まで歩いてきた。

 

「さ、出来たぞ。持っていくといい。このあとクラスには顔を出すんだろう?」

 

「はい」

 

 勇者は紙を受け取り、三つ折りにして丁寧に服の内側にしまった。

 そして散らばった道具類を綺麗に片付けると、部屋を出る準備をした。

 

 いざ、ドアを開けて行こうという時。

 

「では、こっちにおいで」

 

 ドア近くまで見送りに来ていたアスナヴァがルークに呼びかけた。

 勇者が振り返ると、思った以上に彼女は近くにいた。それこそ息がかかりそうなくらいに。ふわりと薬品の匂いがする。ずっと、彼女がいる世界の匂いだ。

 

「えっ」

 

「動かない。……よし」

 

 

 彼女は相変わらずの無表情に、すっと腕を伸ばし勇者の胸元に触れた。

 

 一体なにを、とルークが思う前に、麗人はキュッと勇者のネクタイを締める。

 そしてポンと肩に手を置き、そのままルークの身体を反転させてしまった。

 身長差のせいで首元から声がする。

 

「行ってらっしゃい、気を付けろよ」

 

 薬品の香りに混じってほのかに甘い匂いがする。

 なんと返事をしたか、ルークは覚えていなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 部屋を出て、しばらくルークは廊下を歩いた。

 

 無言で、迷いなく。コツコツと靴音を響かせて。

 そして周囲の人の気配が完全に無くなったことを確認すると、ネクタイのノットの間に差し込まれたメモを取り出した。

 

 そこにはこう、書かれていた。

 

『学園にて鳥の死骸発見。特筆すべきは全身の血液が失われていたこと。──注意されたし』

 

 

 


 

 

 

【手掛かり】

 

▶︎1.血のない死骸

 ⠀ ⠀

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