潜入捜査において、いらないもの。
無用な注目。正体の露見。相手を警戒させるもの。
潜入捜査において、欲しいもの。
無難な地位。穏やかな環境。情報が集まる場所なら尚更。
だからルークは願うのだ。
どうか、どうか。
平穏なクラスで、平穏な地位で、つつがなく任務が遂行できますように、と。
どうか、お願いしますと。
◆
入学式を終えて、同日の午後。
ダイアー魔術学院のぴかぴかの新入生たちは昼食を終えて、割り当てられたそれぞれの教室の席についていた。午後のガイダンスが始まる。
「あら、フムス様」
「やぁ、同じクラスになるとはね」
席が隣り合った生徒同士は初々しく挨拶を交わし、早くも交友関係を構築していく。
この教室の、廊下の扉上部に付けられた標識には1-Bの表示が書いてあった。
「はい、では静かに。説明を始めます」
コンコンと教卓を打ったのは白髪混じりの初老の男。
マートン・ウィリアムズ。魔術の物理的影響に関する論文で名声を博したこともある人物である。
彼は教師の証である深い色のローブを羽織り、几帳面そうに眼鏡を直す。
「静粛に、静粛に──」
彼は氷魔術を使用した輸送技術に使われる理論を提唱した学者で、凄い人なのだが、いかんせん理論が難解であり細かい部分であった。なので彼の名前を知る人は少ない。世間に聞いても『誰?』と返されるだろう。
だが、学院の中に限っては、違った。
みんながマートンのことを知っていた。
何故ならそれは──
「静粛──おい、早く黙らないと、その嘴を溶接するぞ」
バキン、と教卓の前で一瞬にして氷の結晶が出現して弾ける。
だが破片は席には飛ばず、全て細かな砂のようなプリズムに変わって、後に残ったのは白い冷気だけだった。
容赦のない、脅し。
躊躇いのないやり方。
「──はい、よろしい」
しんと静まり返った教室で、生徒は多くのことに思考が真っ白になっていた。
人の頭大の大きさの結晶を一瞬で呼び出したこと。
それを砕いたこと。破片が周囲に飛び散らず細かく砕かれたこと。
一連の動作だけでも凄まじい魔術の腕を感じさせる行為であった。
いったいどれだけの理論と研鑽の積み重ねの果てに、先ほどの無造作な魔術行使があるのか。というか高等の無詠唱をあっさり生徒を静かにさせるために使ってくる精神性はどうなっているのか、など。
結果。彼のあだ名は歴代の学生の間で受け継がれている。
曰く、『石像マートン』または『アイスデビル』。
「これからガイダンスを始めます」
突然の威容に黙りこくったクラスを見渡して、彼は初めて、薄く笑った。
午後の穏やかな日差し差す教室での出来事だった。
◆
「ですから、魔術西棟は夕方、五つの鐘がなった以降は近付かないように。魔獣関連の実験が行われていますから」
教室の形状は後方ほど高くなる階段教室だ。ここでは様々は背景を持った者たちが、統一の制服を着て座っている。ある者は頬杖をついて。横にいる子は背筋を伸ばして。後ろの方では欠伸。前の方では真面目に。
先ほどの注意があっても、たった数十分でここまでの状態になれるのは若さ故か、この学院に入れる才能故か。20人のクラスはそれぞれが自身の特色を既に発揮し始めていた。
「定期試験は夏と冬の2回。合格出来なければ進級はありません。各教科にはそれぞれの教授が付きますので、楽しみにしておくこと」
前方にある壇上ではマートンが手元の紙に時折目線を落としながら説明をしている。紙を捲るしゃりとした擦過音が教室に響く。床はタイル張りでよく音を反射した。大きな窓が外の景色を映している。
「追試はありますが、これに賭けていると大抵落ちますので。そういうものです」
彼は一度話を切ると神経質そうに髪を後方に撫で付け、胸元を直した。ネクタイは寸分の狂いもない左右対称だ。
ちなみに、このクラス自体の担任は彼だ。
「では次に──」
「失礼。マートン先生。ちょっと」
マートンが顔を上げ、口を開きかけると同時に扉の開閉音。彼がそちらを見れば中年の女性が教室前方、右の扉を少し開けて手招きをしていた。濃い紫の癖のある髪を後ろにかかっている女性だ。
「はい、どうされましたか」
マートンが一時説明を中断して扉に歩み寄る。なんだなんだと、学生たちはすこしだけ興味深そうに二人の教師のやりとりを見ていた。
「……ですから、──で、……」
「はい、はい。──分かりました。では、すぐに」
やがて話は終わったのか、マートンは再び中央の教卓まで戻ってくる。
彼はガイダンスの説明を再開する代わりにクラスの名簿を教卓の中から取り出して、パラパラとめくった。そして最後のページで手を止め、2秒ほど見た後に頷いた。
「ああ、はい。では、注目」
マートンが手を鳴らす。
魔術を使っているのか、彼の手から発せられた破裂音は教室にいる若い学生たちの意識にスッと割り込むように響いた。
ある者は驚いたようにマートンを見つめ、ある者は迷惑そうに顔を顰め、ある者は再びこんな簡単に魔術を無詠唱で使ってみせたことに目を輝かせた。
「では、諸君。このクラスに居なかった最後の一人が来たようです。彼はソラナム王国からの留学生なので、みな分からない所は助けてあげるように」
その一言が終わった瞬間、再び教室はざわめきだす。
20人のクラスに、唯一いた欠席。彼ら彼女らは貴族らしく入学前に各々の家を予め知っていた。もし仮に有力貴族の跡取りに粗相をしてしまったら大変だし、家と家のパワーバランスを把握して立ち回る事が当たり前のように必要であったから。だが、そんな彼らにも唯一データが乏しい存在がある。
他国からの留学生である。
「ねぇ、知ってる? 彼、入学式で倒れた子の介抱してたから遅れたんだって」
だからこそ、想像が膨らむ。
事前情報がない分、好き勝手に姿を思い描けるのだ。
それも、今から登場する人物が入学式を人助けで欠席したミステリアスな属性も合わさればなおさら。
あちらこちらで噂好きの令嬢が、近くの人とこそこそと盛り上がっていた。
「えっ、何それ! まるきり『ルードゥと薔薇の姫』のランドル王子と同じじゃない!」
「どんな人かしらね」
いまや教室中の視線は前の入り口に向けられている。
あそこの扉を開けて、謎のヴェールに包まれた最後の1人がやって来るのだ。
「入ってくれ」
マートンがよく響く声で合図をした。
ガラリと扉の音。
「失礼します」
そうやって大勢にジッと見られながら入ってきたのは、目の覚めるような美丈夫、
「ソラナム王国から来ました。ルーカス=トゥラエディアです。よろしくお願いしますね」
落ち着いた、どこにでもいそうな髪色に温和な顔立ちの青年であった。
目立った所はなく、唯一他と違うのは少し身長が高いくらい。
魔道具の炎を、ツマミを調節して弱めていくように、教室内のざわめきと、どこか漂っていた根拠のない期待は静かになっていった。
何故なら、期待していたよりあんまりにもインパクトがなかったから。
ルーカスは軽く自己紹介をしたのち、マートンに示された席に向かっていった。その自己紹介というのも、運動が得意ですとだけ。味のしないものだった。彼は教室の左奥の席に歩いていき、何事もなかったかのように着席した。
「では、ガイダンスを続ける」
◆
その後、魔術の実技クラスを決める試験が外で行われた。
自身の得意な魔術を一つ、試験官の前で披露するのだ。
他の学生が螺旋に煌めく炎の槍や、電撃を伴う弾丸、蜃気楼を作る虹という高等魔術を披露していく中、若干の注目が残っていたルーカスは『水の縄』という初歩の初歩の魔術しか使えないとなって、完全に、どこにでもいる男爵令息として見なされたのだった。
◆
「うーむ、まさか一番下のクラスに配置されるとは……」
実技試験が終わって、着替えを済ませたあと。
ルークは廊下を歩きながら呟いた。
実技の結果は、芳しくなく、その場で“
初日は、こういった魔術の腕前ごとに振り分けられたクラスで、最後に顔合わせをするらしい。
こんなに順位付けをするのは大丈夫なのか、とルークは考えたが、それがダイアー学院の厳しさであり、格を担保しているものなのだろう。だからといって露骨に『劣っている』と言われた側は穏やかではないだろうが。
ともかく、この顔合わせが終われば初日は解散だ。
なかなか濃い1日だったがそれも終わる。あともう一踏ん張りだ、とルークは首を回した。
そんなルークは現在、自身の割り当ての場所を目指して歩いていた。
今いる場所は教室棟から離れて、一度外を経由して辿り着く特別棟。
外観は古く、五階建ての外壁は年季を感じさせる建物だ。学院開設当時からあるのではないかと疑う見た目。
木張りの廊下をゴッ、ゴッとブーツの踵が音を奏でながら進む。人の気配は時々すれ違うくらいで、目的の場所に近づくにつれてより一層静かになっていった。そもそもがこの特別棟は教室棟から離れた、学院の中でも端っこにある建物で、人の気配が少ないところでもあった。ダイアー学院に入学するのは、たいていが一族の中で一番魔術的才能がある者ばかりなので、この見習いクラスに割り当てられるのは稀なのだ。その稀がルークである。そもそも彼は貴族でもない勇者なのだが。
こうした事情から、口かさがない者は“左遷クラス”とも揶揄している。
『さっきのクラスとは別なの?』
人気がないと判断したカランコエがルークの懐でそっと震えた。
既に太陽は西日に変わり始めていて、廊下のあらゆる物の影を作り出していた。電気は少ないのか、ここの廊下は暗かった。勇者は頷く。
「うん、これは実技のクラス分けだね。さっきのは座学とか、あとは表向きにはされてないけど身分とか立場とか考慮したクラス分けになってる」
ダイアー魔術学院には座学のクラスと、実際に魔術を使用する際の技量に合わせた実技クラスという二つの組み分けがある。座学の方は先ほどガイダンスを行っていたクラス。名前はそのままクラスでいい。
そして実技の組み分けは実技クラスと言う。とは言ってもこの呼び方をしている者は殆どいない。こちらは通称、ゼミと呼ばれている。5〜10人程度の少人数で魔術の特訓や研究を行うからだ。
「で、僕が今から向かうのが、そのゼミ。組み分けの中でもいちばん魔術が苦手なひとたちが集まるところなんだよ」
『そう』
周囲に人目はない。観察されている様子も無かった。周囲を見渡した勇者の茶髪がさらりと流れた。今日は一房、三つ編みがなされている。朝起きたらカランコエが結んでいた。
「でも、まぁ、あんまり下手に目立たなくて良かったよ。あとは平穏そうなゼミなら言うことなし、だ」
最初こそ、入学式の近くもあって注目されていたが、魔術を披露して完全にその注目は消えていた。
使えるのは初級の水魔術のみ。おまけに身分は男爵家ときている。
おおかた、魔術が一応使える貴族だから人脈と実績作りに送り込まれただけ、と思われているのだろう。ダイアー学院にも数は少ないが、一定数そういう人間はいる。そしてルークはそう言う人たちを否定する気持ちはない。
「あ、蜘蛛の巣」
歩きがてら、天井近くに白い網を見つけて勇者は呟く。
それにしてもこの特別棟は古い建物だった。
立地もそうだが、所々が木製なのだ。
廊下の窓は時々補修の跡が見えて、奥に進むにつれ整備度合いが下がっていく。
「合ってるのかな、これ……」
教室棟や、職員がいる建物とはあまりに違う様相に、ルークはキョロキョロと見渡しながら呟いた。なんだかひと世代がふた世代前の建物のようで、現在の用途は倉庫といった方が正しいのかもしれない。証拠に、廊下の途中には脚が一本取れて、傾いたままのクローゼットが放置されている。
「上級者のゼミは学院の中心にある研究室って感じだけど、ここは郊外って感じだ」
床板から伸びた木のささくれを、誰かが踏んで怪我してしまわないように折る。ぺき、と乾いた木の音がして空中にすこし粉が舞った。窓から入るオレンジ色の光がそれをスポットライトのように照らしている。
『わたしはこっちのほうがこのみだけれど』
「人少ないからでしょ、それは」
勇者が指摘すれば、短剣からばち、と抗議の痛みが一瞬入って彼は口を閉じた。カランコエは相変わらずだ。基本的に外部に対する評価は厳しい。その価値観は、彼女が魔女となった来歴に由来しているのだろう。ルークは軽く首を動かした。
まだもう少し、目的の部屋までは距離がありそうだ。
少し時間がある。ちょうど良いとルークは先ほどの、実技試験のことを思い出していた。
試験では、驚くほど才能を見せた学生もいた。
特に伯爵家の、輝くような赤い髪をした彼の炎の槍は凄まじかった。
赤熱した人の身長ほどある槍を出現させて、目標の金属鎧を着た案山子を吹き飛ばしていたから。射出速度、威力ともに高水準。地面を見ると、着弾地点は拳大の幅で地面が
流石に一番の威力らしく、クラスメイトからは悲鳴や歓声が上がる。そんなものを受けて、彼は浮き足立つことなく冷静に結果を出し続けていた。まだ若いのに凄い、ルークは内心拍手をしていた。
他にも侯爵の令嬢は自身の位置を別の場所に映し出す、水の屈折を使った魔術を披露していたり、別の生徒は人の背丈半分くらいの土人形で鎧を破砕していたり。
そんな中、ルークの番になり、彼が出した魔術といえば。
「便利なんだけどなぁ、
手のひらから青く透き通った縄を作り出すことだけ。
なんの変哲もない、初級水魔術のロープである。
試験官役の教師が『次は?』と言ってきたので、もうタネがないルークはヤケクソで少し縄を振り回してみたりしたが加点はなかった。当然である。魔術の試験なのだから。
『そういえば、それ。あんまり使ってるところ、みたことないわ』
懐で短剣が震えて、疑問を口にした。
だが、それも当たり前のことであった。ルークは肩の力を抜きながら、短剣をポンポン叩いて言った。
「そりゃ、今はカランコエがいるからね」
『かんしゃなさい』
かつてカランコエと出会う前。
ルークは加護の関係上、どれだけ多くの剣を持ち運べるかが死活問題にもなっていた。
そこで使用していたのが、試験でも見せた『水の縄』である。革のベルトと併用して、戦闘中の機動でも予備の剣が落下しないように。
「身体強化の魔術ならなぁ、割と得意なんだけど。でもパッと見で分からないし、勇者だってバレるかも知れないし」
ルークは手のひらをグーパーして、握ったり離したりを繰り返す。単純な動きをしているように見えて、体内では魔力を通わせたり、切ったりして身体強化の曲芸のようなことをしていた。
『うえ……やめて、それ、うごきがきもちわるい』
「き、きも……」
ルークと命まで結びついた契約をしているカランコエにはそれが分かったのか、不機嫌そうな声で抗議をしてきた。ストレートな罵倒に、勇者はがっくりと項垂れた。
「次の角を曲がると見えてくる筈なんだけど……うっわ」
気を取り直して、まもなく目的の場所に辿り着くという時。
見えてきた入り口を見て、勇者は思わず声を漏らした。
そこにあったのは、人一人は容易に通れそうな高さの古い両開きの扉。
問題は、扉の片方が外れて近くの壁に立て掛けられていること。
取れた扉に近寄って見ると、古い木材の匂いがした。蝶番がねじれて切れて、修復は不可能なようだ。
「いや、もう考えるのはよそう……。とにかく入って挨拶を」
一歩踏み込むと、床が軋む。
ルークはその不穏な音を無視して元気よく挨拶をした。
「こんにちは! 新入生のルーカスです!」
返ってくるのは無言。微かに物音がしたのでルークは扉を潜って、中を見渡した。部屋は二つに区切られているようで、広さは一五人ほどが入っても余裕がありそうだ。そこそこに広い。正面には窓があって、学院の外がよく見えた。中央には木のテーブル。上には書類やら燃え尽きた蝋燭が無造作に転がって、埃がきらきらと光っていた。全体的には埃くさかった。
「よぉ! 来たか、兄弟!」
その、奥の部屋から出てきたのは赤茶色の、すこし広がった髪の青年。耳より少し長い位置に伸びた髪は、すこし切り口がバラバラな箇所があったが、取り立てて異質な見た目ではなかった。
彼は人好きのする笑みを浮かべながらずんずんと部屋を歩いてきて、ルークのすぐ横に来ると肩を組む。
ルークも身長が高い方だが、彼は同じくらいか、それよりも高かった。
「おんなじクラスのウルペス・アルデーンスだ。見覚えあるか?」
彼は犬のように懐っこい笑みで自身の胸板を親指で指す。
ルークから見ても、彼はなかなか体格が良く、トレーニングをしているようだ。
「勿論! 真ん中の右側に座ってたよね。えっ、と……顔合わせで来たんだけど、早く着いたかな?」
勇者が笑みを浮かべ、首を傾げるとウルペスは顔色を変えず、声のトーンもそのままで否定した。
「ん? いいや。オレたちが最後だぜ」
「え? じゃあ、このゼミは君と僕の二人だけってことかい?」
ますますルークは首を傾げる。
ウルペスは両目を閉じて腕を組み、なんと言っていいか言いあぐねている様子だ。
「あー、……何というか、他の国からわざわざ来てる兄弟の熱意と夢を壊したくは無いんだが、その、うーん。率直に言うと、だな」
嫌な予感がする。
ルークはなんとか微笑みを保ったままで、自身の予想が裏切られることを願った。
ルークの目的とするのは、魔王の特定と討伐。それも秘密裏に。だから、学院生活に望むのは、なんら不自由ない平穏な日常だった。任務に支障がない程度に波風立たず、情報が仕入れられる程度には友好関係がある環境。欲を言えば青春に少し触れてみたいかも、なんてアスナヴァとの会話を通して思ったりもした。
だが現実は無常だ。
ウルペスは苦笑いで後頭部を掻きながら、周囲を指差した。
「残りはみんな帰った。てか、そもそも来てすらいない奴もいる」
オレは真面目だろー? とウルペスは笑った。かちゃかちゃと音がするのでルークがそちらに目を向けると、彼の腰には鞘に入った長剣がぶら下がっていた。今のは剣と留め具がぶつかる音だ。ここは魔術学院だ。アカデミックな学校だ。間違っても、帯剣している者はいない。それも護身用とか装飾用とかではなく、持ち手に汚れた布が巻き付けられている
ルークの視線に気がついたのか、ウルペスは慌てて剣をサッと手で隠し、誤魔化すように笑った。
そしてスッと貴族の礼を披露する。芝居がかった動きだった。
「あー、なんだ。その、歓迎するぜ! ようこそ、ダイアーの
その時、カランコエがすんと鼻を鳴らした気配がして、すぐに不機嫌そうな声を出した。
『このひと、ちなまぐさいわ』
ああ、とルークは天を仰いだ。
人のいないうらぶれた埃くさいゼミ。そして唯一残っていたのは妙に使い込まれた剣を持つ男。血の香りのおまけ付きで。
「…………よろしく」
何十何百の逡巡を経て。
ルークはとりあえず笑顔を作って握手をした。
ウルペスは嬉しそうにその手を取って、『おう!』と返事をしたのだった。
夕方。
人気のないダイアー学院の隅っこの部屋での邂逅が、今回のお話の顛末につながっていくのだが、それはまだ誰も知らない。
知る余地もない事なので。
「は、はは……」
今はただ、勇者の乾いた笑いだけが真実だった。