おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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50話 因果応報を知りましょう

 

 

 闇からなにか、やってくる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 電気が消えてからのルークの行動は迅速だった。

 まずは周囲に素早く目を走らせ、地形を確認する。暗闇のせいでキチンとは見えないが、カランコエの魔力探知は働いている。異常があれば分かるはずだった。

 

『〜〜、〜〜』

 

 歌が通路の奥から響いてくる。ゆったりとした、教会の奥で聴くような讃美歌にもとれる不思議な歌。高音で、線の細い女性が歌っているようだ。いつまでも聞いていたくなるような惚れ惚れする旋律。

 

「こんな、場所でなければねっ!」

 

 

 現在は廊下の半ばあたり。

 ルークは服の下に手を突っ込み、内ポケットに縫い付けられている小袋を破った。そして人差し指ほどの鉄芯を取り出し、そのまま右手の指に挟み廊下の奥へと投擲する。

 

 

 キィンと壁にぶつかる音。

 途中で別のものにぶつかると思ったが、結果はネガティブ。鉄芯は何にも遮られず壁まで飛んでいった。少なくとも物理的な干渉は今のところ存在していない。だが安心することは無理だ。

 ルークは前で呆けていたウルペスの肩を叩いた。

 

「逃げるよ!」

 

 勇者は横で涙目で震えているレルの腰に手を回し、後ろに跳ぶ。慣性のせいで腕が彼女の柔らかなお腹に食い込み『ゔぇ』と声がしたが今はそれどころではない。

 一息に5メートルは飛んだルークは再び前方に注意を払った。

 

 そこに固まる人影がある。着崩した制服に、腰の剣。ウルペスだ。彼は歌の響いてくる廊下の奥を凝視して固まっていた。なぜだ、と思う前に勇者は叫ぶ。

 

「おい! ウルペス!」

 

 その声にウルペスが弾かれたように動き出す。

 2秒ほどの時間を置いて、彼はルークと同じ位置に戻った。顔を真っ白にして、廊下の奥を気にしている。

 

「どうした、何かあった?」

 

 不可思議とも取れる彼の油断し切った動きにルークが尋ねる。

 

「い、いや……」

 

 ウルペスは魔物を狩った経験があった。しかも大猪を剣で、だ。だからウルペスは大丈夫だろうとルークは判断し、実践経験のないレルだけを抱えて退避したのだ。

 なのに、先ほどの不審な様子。

 歌は依然、廊下の奥から響いてきていた。

 

「……すまん、動転していた」

 

 ウルペスは汗を袖で拭い、フッと息を吐いた。まだまだ顔色は戻っていなかったが、追求はあとだ。ルークは周囲を見て最優先事項を脱出と決めた。

 

「階段まで戻るよ」

 

 ルークはレルを脇に抱えたまま階段、つまり気配と反対側に向かって走り出す。

 ウルペスも今度こそは追従してくる。これで逃げきれそうだ、と思ったのも束の間。

 

 

「おいおいおい、どうなってやがる……!」

 

 

 ルークと並走しながら、赤茶色の偉丈夫が叫ぶように声を上げた。

 二人は既に一五秒以上疾走を続けている。そう、走り続けているのだ。

 既に1()3()0()()()()()()()は。

 

 

「景色が、変わらねぇ!」

 

 

 

 ウルペスが叫んだ。

 廊下が終わらない。

 いくら走っても、階段まで辿り着かない。

 

 廊下の全長は変わらないし、見た目は変わっていないのに。

 どこまでも続くように景色が変わらない。走っても走っても、残りの50メートルが埋まらない。

 

「きゅう……」

 

 ルークの腰にいたレルは疾走の振動に目を回した。

 全力疾走を続けるウルペスは、聞こえ続ける歌に後ろを振り返り、頬を引き攣らせた。

 

『〜〜、〜〜』

 

「おい、おい、なんか近づいて来てねぇか」

 

 その言葉にルークは一度減速し始める。足音が反響して歌が聞き取りづらかったのだ。隣を走っていたウルペスもルークに合わせてゆっくり足を止めた。

 

『〜、〜〜』

 

 

 勇者が耳を廊下の奥に向けて傾けると、聞こえてくる不思議な、子守唄のような歌は確かに()()()()()()()()

 

「まずい、走れぇッ」

 

 確実に、迫ってきている。

 ルークが叫ぶと、同時に二人は駆け出した。

 

 走る。

 床からは木材特有の反発感とくぐもった音がする。窓が何個も通り過ぎていく。教室の扉が視界の端に消えていく。違和感がある。

 景色が変わらない事以外に違和感が。ルークはあらゆる感覚をもう一度総動員して、違和感の元を探ろうとした。

 

 ドン、ドン。床が軋む。

 木製の古い床は鉄板入りの靴で踏み込むと砕けるかもしれない。

 そこで、気がついた。

 

(音か!)

 

 音が、やけに遠かった。

 普段聞くより何倍も、ドォン、ドォンとガラス越しに聞くような、不明瞭なヴェールを被っている。

 

 そこで、ルークは脚に急制動をかけて、停止の勢いそのままに体を回転させた。繰り出されるのは速度をそのまま威力に変換した回し蹴りだ。

 

 対象は廊下の窓。鋭いルークの踏み込みのせいで床の木がべきりと少し凹み、放たれた蹴りが木製の窓枠をぶち抜いた。ばこんと、水の中にいるような音がした。

 

 むわ、と古い木材の香りが一気に開放されて、ばらばらになった木片が飛び散る。窓をぶち破って廊下から脱出しようという考えだった。

 

「塞がれてやがる!」

 

 ペタと窓があった位置を触ったウルペスが叫ぶ。彼の手は薄紫色のガラスのようなものに触れていて、叩いているが変化はない。アメジストを貼り付けたように向こう側は透けているようで不明瞭な景色が見えていた。

 

「結界……?」

 

 終わらない廊下、窓の外にある紫色の壁、そして全ての音がくぐもって聞こえる現象。そこから勇者は記憶を辿り、同じような状況を引き起こす現象を引き出した。

 

「空間が閉じられたのか!」

 

 

 前と後ろを糊で貼り付けてしまうように。

 空間が、弄られて歪められて、中に放り込まれた。

 

 何者かの干渉を受けている。

 魔王かもしれない何者かの。ルークは素早く次の判断をした。

 

 

「どこかに隠れる!」

 

 周囲を見渡したルークが選んだ次の行動は、一時避難であった。この空間を仕掛けてきた相手の姿すら確認できない状態では戦うにしても何もできない。そこで一度身の安全を確保しようとしたのだ。

 

「教室はどうだっ」

 

 ルークの指示にウルペスが少し先の扉を指し示した。

 彼はそのまま教室のスライド扉の引手に指をかけ、開けようとする。だが何かの力か鍵のせいで動かなかった。

 

「離れて、──ぶち破る」

 

 言いながらルークはウルペスを少し横にどけて、手を引き絞る。

 脳裏に一瞬、扉の補填とか騒ぎの収集とかがよぎったが、優先順位が下のためすぐに消えていった。

 

 そしてそのまま勇者は貫手を扉の鍵の部分にぶち当て貫いた。べきょという扉の断末魔の音と共に鍵は破壊された。

 瞬間、ずっと扉に力を込めていたウルペスの手により、扉は先ほどまでの抵抗を諦め、ガラリと床をスライドする。

 

「入れ!」

 

 ルークは叫んだ。今度こそウルペスはその言葉に従って教室の一つに駆け込んだのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

「奥へ……!」

 

 

 教室は階段教室ではなく、机と椅子が規則正しく並んでいるタイプだった。古い埃の匂いがする。

 部屋に飛び込んだルークは机と椅子をいくつかどけて部屋の奥に進み、レルを下ろす。すっかり目を回していた彼女は、目の前の出来事にまだ理解が追いついていない様子だった。

 

 ウルペスは部屋に飛び込むと同時に後ろ手でドアを閉め、机を扉の前にズラした。無いよりはある方がいい程度のバリケードだ。いい判断だ。ルークは思った。

 

 

 三人は教室の左後ろで息を潜める。

 身を寄せ合って、声を出さないように口を閉じ、先ほどの疾走による影響で肩で息をしていた。

 上下する胸部がやけに大袈裟に見えるほど神経が張り詰めていた。

 

 自身の暴れる鼓動さえ聞こえてくるような急転した静かさ。

 

 

 

 ガラリと音がした。

 扉を開ける音だった。

 

 

「っぁ!」

 

 声が漏れそうになったレルの口を、ルークが咄嗟に押さえて塞いだ。

 

 

 声を出させる訳にはいかない。意図しない声なら尚更。

 彼女はぴくんと一瞬反応して、身体をこわばらせた。なにしろ後ろから抱き抱えるような形になったから。だが、これが最適解だった。

 

「開いたドアは、別の部屋だ。大丈夫。だから、レル。シー」

 

 勇者の両腕の中に閉じ込められた少女は、目の前の恐怖で前後不覚になったかと思えば、すぐそばに感じるのは青年の体温。

 

 恐ろしい歌に喉が引き攣りそうになったかと思えば、鼻には青年のすこし土にも似た香り。

 

「──! ──……!?」

 

 バタバタとする手足はすぐさま抑え込まれる。

 

 レルはもはや、頭がパンクしそうだった。耳元で“静かに”と発せられた無声音も、頭がどうにかなりそうな要因にしかならない。恐怖と他の何かがぐちゃぐちゃになって、心臓が耳に届くぐらいまで跳ね上がってる。わけがわからない、と少女は目を回した。

 

 ガシャン、と外で音がする。

 また別の場所からだった。ドアが開けられる音だ。良かった事は、この教室のドアでは無かったこと。悪かった事は、先ほどよりも確実に近づいてきていること。

 

「ひとつひとつ確認してやがる……」

 

 ウルペスはルークの横で剣を抜き、額に汗を滲ませて、前の髪の毛が少し張り付いていた。剣の鋒は少しブレている。

 

 ガシャン。また、一つ開く。

 

 姿形のまったく観測できていない存在が、確実に迫ってきている。薄暗い灯りの消えた廊下の空間で。閉じ込められたネズミをジワジワと追い詰めていくように。

 廊下の照明がパチパチと燃えるように鳴いた。

 

『たんぞうしましょうか』

 

 ルークの懐で、リンと鈴のような耳触りの良い声でカランコエが提案してきた。流石に潜ってきた修羅場から、“まだどうにかなる”範囲だと判断しているのか、落ち着き払った声だった。頼もしい。ルークはポンと服の上から短剣を叩き、それだけで彼女は『そう』と言って押し黙った。

 

 まだ、彼女を使う時ではない。

 とはいえ、このままではジリ貧だ。

 

「ひっ」

 

 また一つガシャンとドアが開けられた。

 ルークの両手の中にいたレルの肌が湿っていた。冷や汗をかいているのかもしれない。

 

「レル、レル。お願いがあるんだ」

 

 そっと顔を近づけてルークは囁く。

 距離が近いのは、不意に彼女が驚いて不測の行動を起こす前に抑制するため。小声で指示を伝えるため。

 

 肩を揺らした少女は、ゆっくりと背後のルークに向かって振り返った。その瞳は雨に濡れた花のように光を反射している。

 つまりは涙目だ。

 

「な、なにを……」

 

「ここに近づいて来てる相手の、気を逸らす魔術をお願いできるかな?」

 

 震える声で聞き返してきた彼女に、ルークは意識してゆっくりと答えた。コツは呼吸をなるべく相手に合わせること。救助作戦時に動転した市民を落ち着かせるためによく使っていた手だった。老年の兵士に教えてもらったやり方だ。

 

「大丈夫、レルなら出来る。もしダメでも僕とウルペスが対処する。だから、お願い」

 

 昼間に見せたようなおふざけの顔があると思えば、今度は真剣で真っ直ぐな青年の態度。

 

 

 レルは視線を一度左右に散らし、逡巡を経たあとにこくんと頷いた。

 彼女は腰の杖を抜き取ると、一度先端を額に当ててから教室の外に向ける。一連の動作は手慣れていて、ぎこちなさは一切ない。

 

私はここには居ない(En ole täällä)私はここには居ない(En ole täällä)

 

向こうに行ったぞ、追いかけろ!(Tuonne se meni! Perään!)

 

 ルークの知らない文言で呪文が紡がれる。彼女の魔術は固有詠唱が多分に含まれているため、呪文から効果を推察する事が出来ない。

 レルの周囲で魔力が高まっていって、杖の先に収束していった。目には見えない力。魔力を探知できない人に説明するとしたら、魔力の高まりは不思議と存在感が増すような感じだ。

 

「──上級魔術 “錯綜する足音たち(Sotkuiset jalanjäljet)”」

 

 

 彼女の薄い赤の瞳が瞬くように輝いて、すぐに消えた。

 すると、部屋の外からギシギシ、ゴッゴッと音が聞こえてくる。なんの音か、と考えたルークは理解と共に思わず息を呑んだ。

 

 あれは、足音だ。しかも三人分。驚くべきは、その足音の種類。ブーツを履いたウルペスの重たい足音、レルの軽い足音、そしてルークのあまり音が鳴らない足音。すべて完全に再現された物たちが廊下の奥で、この部屋から遠ざかって、階段の方に向かうように進んでいる。

 

 王国軍でもこんな繊細な調整と構築をしてみせた魔術師はいない。

 というか、ルーク自身魔術ってこんなことが出来るのか、と驚いたのだ。

 

 歌と気配は一瞬動きを止める。

 無限にも感じる静寂の中、再開した歌の歩みは、レルの放った魔術の足音を追うようにルーク達のいる教室を通り過ぎていったのだった。

 

 

 静かさが周囲に満ちる。

 誰も声を上げずに、ただことの推移を見守る時間が三十秒ほどたっぷりあった。

 

 やがてクークーと音がした。

 夜鳥の声だ。窓の外を見ると、ありふれた夜の景色に戻っていた。

 

 ルークがそっと立ち上がり、周囲の確認をする。異常はない。夜の、あまり使用されてない教室の静寂の中にクリアな足音が響いた。音が正常に戻っている。

 彼はそのまま教室の扉を開けようとすると、動かなかった。不思議に思い鍵の部分を見てみると、しっかり施錠されている。先ほどルークが貫いた破壊痕はどこにも無かった。

 

『べつの空間でうわぬりされてたのね』

 

 感心するようにカランコエが言う。

 彼女も魔術に興味があるのだろうか、と勇者は思案した。思えば、カランコエは『鍛造の魔法』しか使っているところ見たことがない。彼女が魔術を覚えたらどんなものになるだろうか。魔術は使い手によって変化をすることが多いから。それは本人の気質や特質によく影響される、と講義を思い出しながら鍵を解錠。

 幸い内側からロックは解除できるタイプだったため、ガララと音を立てながら勇者は廊下に出た。

 

「…………なにもない」

 

 先ほどの気配も、なにも。

 あるのは月明かりの差す、青白い廊下と同じ色に染まった床板だけ。

 

 一歩二歩階段に向かって歩いてみると、その歩数分景色が変化した。もう無限に廊下を彷徨う事はない。

 ルークはさっきまで隠れていた教室まで戻って、外から中に顔だけを突っ込んで中にいる2人に声をかけた。

 

「どうやら助かったみたいだ」

 

 二秒ほど静寂が場を支配して。

 気の抜けた安堵の声が部屋の中から響いてきた。

 

 

 ◆

 

 

 緊張と緩和は精神的な疲労もそうだが、肉体的にも疲労する。

 

「つ、つかれた……」

 

 夜、月の見守る建物の外で膝をつきながらレルは俯いていた。この建物に来た時と比べてローブはヨレて、どこかくたびれている。それだけ先ほどの出来事が衝撃的で精神を削るものだったのだろう。

 

 あの後、空間が正常に戻ってからルーク達は周辺を調べた。(レルは嫌がっていたが安全確保のため仕方がない)結果、異常は見つからず、ただ古びた建物があるだけだった。

 

 だからひとまず三人は安全に気を払いながら旧実験棟の外まで出たのだった。

 

 と、靴の状態や建物の外観を見ていたルークに影がかかる。月の光を遮るように立っていたのは、先ほどから無言だったウルペスだった。

 

「なぁ、兄弟……ルーカス」

 

 彼は一度言葉を切って、唾を飲み込んだ。そして、『聞きたい事がある』と重たげな口を開いた。

 

「何だい?」

 

 ウルペスの表情はあまりに真剣で、真顔に近い。問いかけられた勇者は姿勢を正す。レルが空気を察して呼吸をひそめた。

 

「……変なことを聞いてるって自覚はある。こんなこと、知らないだろうとは思うが、一番冷静だったお前に意見を求めたい」

 

 彼はそこで言葉を一度切り、唇を噛んだ。

 眉間に皺がよっている。苦いものを無理やり飲み込むように、直視したくない事実を見るように、彼の唇から絞り出されるように言葉は落ちた。

 

「オレには姉がいる。()()

 

 初耳の事だ。

 だが、彼の人懐っこい犬のような雰囲気は、確かに姉弟の関係で育まれた純真無垢さのように思えた。

 

「姉さんは、五年前に馬車の事故で死んだ。雨の中、社交界の帰りに横転した車輪のスポークが背中から喉にかけて飛び出てた」

 

 淡々と語られる口調に温度はない。

 簡単に感情に落とし込めないものがあるからこそ、彼は努めて無機質に喋っている。

 レルが背後でウルペスの語る内容に目を大きく開いて口を押さえていた。

 

「埋葬、したさ。まだオレは九歳だったがよく覚えてる。土に隠れてく、姉さんの棺桶を。真っ白になったあの肌を」

 

 滔々と事実が羅列されていく。

 彼が見た主観的な映像記録が並べ立てられていく。

 ウルペスは無表情だ。

 

「優しい人だった。オレは昔からヤンチャばかりして叱られて、部屋に閉じ込められた事もある。でも決まってそん時は姉さんがこっそり食べ物を持ってきてくれた」

 

 無感情に思い出が披露されていく。

 ルークはウルペスの背後にある感情を察することしかできない。彼が何を思っていま、この思い出を話しているのか想像することしかできない。

 

「今でも覚えてる。父親からの叱責に不貞腐れてるガキのオレにいつも“仕方ないわね”って困ったように笑うんだ。熱が出て、社交に出席出来なかったオレの代わりに行く羽目になった時も、ベッドのそばで眉を下げて笑っていた。その帰りに死んだ」

 

 最後の言葉に合わせて、ウルペスが自嘲気味に笑った。

 

「意地ばかり張ってたオレの、唯一の味方だった。暗い物置の外から、夜の星といっしょにいつも子守唄が聞こえてきていた。姉さんだ。扉の前に椅子を置いて、オレが寂しくないようにそこにいた」

 

 レルは泣いていた。

 感情を見せずに喋る当事者と、その背景を考えてしまって泣いている部外者。対照的な組み合わせだった。

 

「そう、死んだんだ。確実に。よく歌ってくれていた子守唄は聞くことはできないし、あの静かな声はもう屋敷には響かない、はずなんだ」

 

 夜の空気は静かで冷たく、ほのかに土の匂いがした。

 三人の他に、旧実験棟の周囲に人影はなく、夜の幕が周囲を覆っている。ウルペスの独白を聞くものは、二人の他に誰もいなかった。

 彼は地面を見つめ、望洋とした目で尋ねる。

 

「……人は……クソッタレ……。魔王に変化しうるのか?」

 

「可能性は、ある」

 

 表情を変えずにルークが答えると、ウルペスは顔を歪ませて歯噛みした。ギリギリと臼歯が擦れ合う悲鳴が聞こえてきた。

 

「ちくしょう、あの歌は、声は、()()()のもんだ」

 

 血を吐くように、喉の奥から彼は言う。

 表情は怒りか困惑か、ごちゃごちゃになった複雑な色をしていた。

 当然だ。ここに来て、自身の肉親が、死後その安らかな眠りを妨げられ、辱められている可能性が出てきたのだから。

 

「三年前に行方不明になった、オレの……クソッ」

 

 ここは彼の過去と繋がっている。

 姿の見えない推定魔王は、ウルペスの姉の声と歌を持っている。彼の心の傷と繋がっている。

 

 カチャと音がした。

 ウルペスの腰につけた剣からだった。金属音は夜によく響く。

 夜に赤茶色の青年はギリギリと手の届かない真実に怒っていた。

 

「魔王の調査、続ける?」

 

 ルークは聞いた。シンプルな、先ほどまでの話を聞いていなかったようないつも通りの声色で。

 余計な同情や甘さはない、事実確認だった。

 ここより先に進むのなら、迷いは危険につながる。勇者としてはウルペスにここで折れて欲しかった。魔王探しなんかやってられるか、と。諦めて欲しかった。

 そうであるならば、彼は安穏とした立場で卒業まで迎えられるだろうから。

 

 魔王は秘密裏に、ルークが殺す。

 何も知らない学生は怯える必要はない。ただ、自分の青年期を謳歌してくれれば何も言うことはない。

 

 グッと音がした。

 ブーツが形を変える音だ。ウルペスは曲がっていた背中をまっすぐに伸ばして、口の端から一筋、血を流しながら真正面からルークを見つめ返していた。

 

「魔王の正体を知らなきゃいけねぇ。ここで止まると、オレはダメになる気がする。何でかは……分からねぇが」

 

 とにかくオレは行かなきゃならない気がする。

 ウルペスは迷いながらも言い切った。月を背にして立つその姿にルークは思わず目を細めた。眩しい。なんて、まっすぐで一途なひとなのか。ルークは彼の肩を叩いた。

 

「それが君の望む結末に繋がらないかもよ」

 

 表情を殺してルークが言った。

 ウルペスが『じゃあ、やめる』と言い出すことを期待してのものだった。

 だが、予想に反して彼はキョトンとし、その後力を抜いて笑った。

 

「やらない事には、分かんねーじゃねぇか。後悔するなら、オレは正しく悔やみたい」

 

 だから、一緒に魔王を見つけよう。

 

 

 星が瞬きはじめるころ、ウルペスは無言になる茶髪の青年の手を取った。片や魔王を殺すための存在。片や魔王の正体を知るための展望。

 この捻れが、二人の学院生活の終点にどう影響するかは分からずとも。

 

「君には、敵わないかも」

 

 ルークはついに折れて、疲れたように笑った。

 

 

 

 

 

 

「……ぅ、ぅ。つらいこと、あったんだね……で。それで、次はいつなの? このあと?」

 

 そんな二人の背後で、ずびずびと少女は、泣きながら杖をしまって言った。思わずルークとウルペスは顔を見合わせ、もう一度レルを見る。四つの瞳から一斉に視線を浴びた少女はたじろぐように目をぱちくりとさせた。

 

「な、なに、二人してそんな顔してさ」

 

 ぽかん、としたウルペスが後頭部を掻きながら呟いた。

 

「え、いや……来るのか? お前、あんな怖い思いしたのに? あんなに嫌がってたのに?」

 

 一瞬何を言われたのか分からず、口を開けた少女は、相手の言葉を理解した瞬間に顔を赤くして声を大きくした。

 

「そりゃ! そうだけど……。でも、えっと、だってさ、そんな苦しそうな顔したひと放って一人だけ知りません、って出来ないよ。できないでしよ?」

 

 一気に、困惑しつつも自分の考えを説明したレルは、返ってくる鈍い反応に不安そうに瞳を揺らした。

 ルークの懐の短剣がカタカタと揺れて、珍しく笑っていた。

 

『いい子』

 

「いや……何でもない。お前は最高の女だな」

 

 ニッと、いつものイタズラ小僧のようにウルペスが笑えば、レルが揶揄われたと思って怒り出す。

 ぎゃいぎゃいと続く口論を背景に、ルークは伸びをして骨を鳴らした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(信じられない!)

 

 

 その日の夜。

 日付が変わる少し前の時刻。

 

 男子寮の外、茂みの中をがさがさとレルは歩いていた。

 通常であればこんな時間帯に人がいれば声をかけられるか、通報されるだろう。

 

(今回だけ……今回だけだから……!)

 

 だが、今の彼女はそうはならない。

 なぜなら()()()()()()()から。

 

「おっ、ノラネコか?」

 

 開いた一階の窓から外を眺めていた栗毛の生徒が声を出した。彼が手を伸ばしてきたので、レルは『にぁん』と鳴いて身を捩りするりと逃げる。

 

「逃げられた……、にしても、毛並みのキレーな子だなぁ」

 

 そう。

 今のレルは猫になっていたのだ。

 

(まさかこの手を使うとはね)

 

 少女は嘆息するが、その声はにゃむにゃむといった鳴き声に変換されていく。

 彼女が使ったのは、姿を一時的に変化させる魔術。『吾輩ハ猫デアル(ミナパ・オレン・キッサ)

 レルの使用できる超上級魔術のひとつ。変化できる動物は小動物だけであり、魔術の使用にも複雑な儀式とそれなり以上の魔力が必要な技である。しかも、この魔術は通常の魔術体系とは異なる枠組みにあるため、魔力が足りていても使用できるのはレルくらいのものである。これが彼女が天才と言われる所以でもある。

 

(たしか、ここを曲がって、3階の奥だったはず……)

 

 そんな猫に変化したレルは灰色の毛並みに、ピンク色の瞳を輝かせながら寮内に侵入。目指すべき場所はなんと、ソラナム王国からの留学生、ルーカス男爵令息の部屋だった。

 

(バレたら、マズいけど……でも!)

 

 では、なぜ彼女がそんな真似をしているかといえば。

 

(あんな事があった後に、一人部屋で寝れるワケないじゃーん!?)

 

 そう言う事である。

 閉じられた空間に閉じ込められて、後一歩のところで襲われると言う恐怖体験をしたのに、解散て。

 レルは内心憤ってた。

 

 レルに同部屋はいない。

 貴族でない彼女に頼れる繋がりもない。

 

 だから、安全な場所、かつ二人部屋を一人で使っているというルーカスの部屋に猫の姿でこっそり侵入し、朝まで空きベッドで眠ろうとしていたのだ。

 

 ウルペスは同部屋がいるし、なにより同じ恐怖体験を共有してない人のところではなんというか、休まらない。だからこその、(本人にしては)苦肉の策のルーカスの空き部屋の空きベッドを使うという選択だった。

 

 羞恥心と安全であれば、けっこう悩んだ末に安全を取る。

 レルとはそういう少女であった。

 

 

(ここで、こうだから、……あった!)

 

 やがて猫は一つの扉の前に辿り着く。

 忘れもしない、今朝訪れた部屋の扉だ。

 なんの変哲もない、外開きの木製の扉。ドアノッカーが付いているから、魔術で揺らしてルーカスが出てきた瞬間に入ってやろうかと考えていた瞬間。

 

「こんばんは」

 

 ガチャ、と扉が勝手に開いて。

 中から()()()()()()()()少女が出てきた。

 

「いい夜ね」

 

「……んにゃ!?」

 

 彼女は乏しい表情の中、ゆらめくふたつの紅い瞳を輝かせて、レルに手を伸ばしてきたのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

【手掛かり】

 

▶︎1.聞き覚えのある子守唄

 2.漏れてるウワサ話

 3.血のない死骸

 

 

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