おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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冒険の幕間

 

 

 

 

 

 王国より東にアダマンスヌス帝国はある。

 

 

 

 

 大きさは中央大陸のおよそ5割強を占めるという、誰もが認める大帝国である。

 

 

 鉱物資源の加工品は天下一とも謳われ、帝のおわす水晶の不落城が中央から栄華の街並みを睥睨しているようだ。

 

 ここは魔王との戦いの一大拠点でもあり、世界に名だたる英雄たちがその居を帝国に構えている場所としても知られていた。

 

 

『この街にいる英雄は誰か?』

 

 

 街ゆく人々に聞けば、響くような答えが返ってくる。

 

『エスメラルダの魔剣使い』

『極めた魔導のルベルウス』

『フェルムの洞窟屋』

『卑怯なキナバリ』

 

 そして、みなが口を揃えて言う、一際輝く英雄のひとり。

 

『帝国の勇者ルミナス・フィラリオン』

 

 フィラリオンは自身の棲家を帝の少し離れた位置に置いている。浪費癖の激しいフィラリオンは自身の邸宅に趣味の部屋を設けていた。そして、その日も部屋に入り、うっとりと武具のコレクションを眺めていた。

 

 

 ◆

 

「ああ、美しいよ……、君に触れると身体の奥からゾクゾクとする気持ちが溢れてくる……」

 

 壁に並ぶのは大きさもさまざま、纏う雰囲気も違う武具たち。共通するのは、そのどれもが強力な力を内包していること。

 

「今度の遠征は君と共に日夜駆け巡ろうか」

 

 ゆったりとした手つきでフィラリオンが撫でるは、禍々しい装飾が施された剣であった。結晶化した骸骨がはまった一本の両刃で、立てかけられた剣置きには幾重もの守護結界が貼られ、なお剣から漏れ出る炭のような煙が異様な音を立てていた。

 

「あっ、と……うん、うん。君も昂っているのだね……嬉しいよ」

 

 当然ながら魔剣である。

 そんな剣に触れるフィラリオンの指も爛れて──瞬時に快復する。

 

 とある日の戯れ。フィラリオンの優雅なひととき。

 それは邸宅の正面ドアを叩く音によって中断されることとなった。

 

 

 ◆

 

 

「……え? じゃあ王国からの依頼はパァ、なのかい?」

 

 そういうことになります、と伝令の若い兵士は額を拭った。

 

 

 場所はフィラリオンの邸宅の応接間。床に敷かれた異国情緒溢れるカーペットや壁に架けられた名前も知らない魔物の首が訪問者に威圧感を無言で伝えていた。

 

「確かあの魔王は面倒な手合いの筈だったけど……」

 

「消滅が確認されております」

 

「うーん、王国の誰かが倒したってことかな? 誰?」

 

「いえ、そこまでは判明しておらず……。情報がいくつか入り乱れておりまして、現在捜査中です」

 

 若い兵士はそこまで言い切って、ふぅと一息ついた。

 フィラリオン相手に緊張していた肩も少し力が抜ける。

 

 彼は帝国の勇者に伝令をするのは今回が初めてだったのだ。

 

 英雄たちは強力な力を持っているが、その分一癖も二癖もある。まともな常識で測れないのが英雄だと先輩伝令兵に伝えられていたから、ひたすらに竦み上がっていたのだ。

 

「ふうん……」

 

 それがどうだろう。

 フィラリオンは素直に話を聞いてくれて、(おそらく)納得してくれた。順調だ。なにも怖いものなんてなかったじゃないか。あとは暫くの待機をお願いして自分の仕事は終わりだ、と兵士は口を開きかけ──

 

 

「じゃあ、直接逢いにいってくるよ」

 

 

「あっ」

 

 その場からかき消えたフィラリオンの姿に反射的な声を漏らした。

 きっと鏡があるのなら、間抜けな口を開けた兵士の顔が映るだろう。

 

 この日、若い兵士は先輩の助言の意味を理解した。

 

 

『世界は常に魔王の危機に晒された、バランスの悪い天秤だ』

 

 先輩伝令兵の声が思い出される。

 

 魔王を放置すれば、世界は『大氾濫』を迎え人類の文明は滅亡する。どの魔王を放置しても大丈夫で、どの魔王が『大氾濫』の引き金になるか、なんて判別はつかない。だから倒すしかない。

 

 その為の英雄。世界の味方。魔王という病原菌に対する自浄作用の者。

 

 だが、総じて。

 

 

 

 英雄は、扱うのが大変だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにだが、茸の魔王を倒したルークは既に王国を出ている。

 仮にフィラリオンが魔王を倒した者の正体──つまりルークを突き止めたとしても、そこにルークはいないのだ。

 

 その事を知らないフィラリオンは、いろいろと無茶な事をするのだがそれはまた別の機会だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王国より西には原初の野生が息づいていた。

 

 

 どんな智者でも獣人の隠れ里の場所は知らない。

 常人では決して獣人の隠れ里の場所まで辿り着けない。

 

 何故なら、太古の時代より続く獣の氏族達がその里を現世より守っているから。

 

 吟遊詩人はその里には、手にした者に先祖の加護を与える秘宝があると唄うが、誰も正確な位置は分からない。

 

 

 そんな伝説の里の中は、王国より西にひっそりとある獣人の住処であり、当然日常生活を送る普通の設備が置いてあった。

 

 その、木でできた建物の中でも一際大きな木のウロにて。

 

 

「では、モーファス平野にあった巨大な()()()が、茸の魔王の消滅に確実に関係あると?」

 

「おそらくそうやろ。直前に大気のマナの唸りも感じたものが多くおる。あの跡を作り出した一撃で魔王は仕留められたと考えるのが妥当だがや」

 

 何人もの強烈なオーラを纏う獣人達が車座になって、膝を突き合わせ会議を行なっていた。

 

「だが、森一つ斬り飛ばすほどの物となると……明らかに超越者のたぐいではないか」

 

「帝国の勇者が動いたか?」

 

 ここは獣人の隠れ里、いくつもの氏族が集まった獣人の“国”である、

 その各氏族を取りまとめる氏族長たちの会議、族長会議の場であった。

 百戦錬磨の猛将達が一堂に会する場は、時に里の方針決定の場であり、時に裁判の場であり、時に新たな族長を決める場でもあった。

 

 ちなみにお茶出しが一番嫌がられる会議でもある。

 座っている全員が怖いから。

 

「いや、そんな情報はない。ソラナム王国の手によるものではないか?」

 

「あそこは農業だけの土いじりの国じゃろう。こんな事を成し遂げる英傑がいるなど聞いたことがないわい」

 

 目元に傷のある獅子頭が響く声で言う。

 

「勇者か? たしかあの国にもいただろう」

 

 それに虎獣人の男が頬を掻きながら答えた。

 

「居るにはいるが……あまり強くはない」

 

 ああ、とその場に満ちるのは納得の空気。

 やがて会議がひと段落したのか、あたりには終わり間際の独特の空気が漂い始めた。

 

「ともかく」

 

 そんな中、空気を引き裂くようなひと言。

 放ったのは一番体格の大きな熊獣人。そしてこの場で一番の高齢であり、その年まで戦士として生き抜いてきた──つまり相手を殺し抜いてきた老兵であった。

 

 氏族の長はすべて対等という体裁であったが、彼の存在はそれでも一目置かれていた。強さを尊ぶ獣人の感性ゆえに。

 

「探りを続けなくてはなるまい。我らが里に降りかかる災いは、この爪で切り捨てるのみ」

 

 彼が言う。

 先ほどまでの弛緩していた空気は一瞬で獣の縄張りへと姿を変え、ビリビリと空気が張り詰めた。

 

 熊獣人は億劫そうに立ち上がり、軽く頭を下げ、右手をすこし持ち上げると、告げた。

 

「我らが爪の誇りにかけて」

 

 すると他の長たちも同じような姿勢を一斉に取り、復唱した。

 

『我らが誇りにかけて!』

 

 空気の魔力が震える。

 誰も魔術を行使していないのに、魔力に干渉するほどの誓い。

 儀式的な行為だけで一つの魔法に近い形まで昇華した歴史と伝統と、血と誇りが沈澱した一つの行為的結晶である。

 

 こうして、ある日の族長会議は、獣族の誓いによって締め括られた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 王国より北には聖なる都『宗教国家 デア・ルクス・レギリオ』がある。寒冷な土地に相応しい、白を基調とした見た目を晒す緻密な国だ。

 

 世界で最も信仰されている女神の息吹が行き届く宗教国家である。

 

 彼の国は、霊験あらたかな霊峰を背後に背負い、大陸の端に位置している。その中枢は大理石の輝く“光の大聖堂”だ。

 

 世界中から巡礼者が訪れる大聖堂の祈りの場は、多くの人が行き交い、中央大陸の中でも屈指の人口密集地である。

 

 白亜の荘厳な聖堂は、女神の威光を何も知らないものにも()()させるような巨大さを誇っていた。

 

 

 

 

 だが、舞台はその、遥か地下。

 

 

 

 

 尋常な手段では決して辿り着くことのない聖都の深部は、薄暗い明かりと、僅かな神気が満ちていた。見る人がみれば、そこは都市の下に存在する、巨大な洞窟による地下空洞であると分かるだろう。

 

 

 漂う神気が一番濃いのは、深部の真ん中にある透明な天然の地下泉であった。

 そこに1人の女が腰まで浸かって地下空洞の天井を見上げている。

 

 これより先は、足を踏み入れる事を躊躇った方がいい。

 世界の、宗教都市の、最重要機密であるから。

 

 

 ◆

 

 

 長い髪は水面に薄く広がり、色のついた絹糸が揺蕩うような幻想的な景色を作り出していた。

 お(ぐし)の主は目元を聖別された帯で閉じた一人の聖女。

 

 泉に浸かる彼女の側には、聖職者の衣装を身につけた目つきの鋭い人物が微動だにせず控えていた。彼はそっと聖女に声をかける。

 

「聖女さま」

 

「寝ていませんよ、カミエラ。私は仕事をしています」

 

「お名前を呼んだだけですが……」

 

 目つきの鋭い人物はやれやれと首を振った。

 態度こそ軽いものだったが、言葉の端々に“聖女”と呼ばれた女への敬意が見え隠れしているようだ。

 

 

 

 

「はい、()()()()()。ケール農園の牛さんは今年いっぱいは良い乳を出すようです。餌を変えたのが良かったみたいですね。裏庭のシロカスミは今朝咲きました。三十二本です。騎士団のデーツは針子のアンとデートの約束を取り付けられたみたいですね。場所は西通り二番区の二十五日前に開店したカフェのようです。北にある吊り橋は老朽化が進んでいたので守り人のジョーさんが修理をしてくださいました。アマルダは懐妊しましたね。あと、魔王が一柱討たれました」

 

 

 

 

 聖女の口からは雑多な情報が壊れた機械のように止めどなく垂れ流される。目つきの鋭い人物は手帳を携えて必要な情報に耳をすませ、最後の一言でバッと振り返った。

 

「聖騎士団に伝令! 第三、第五隊を出動準備にさせろ。観測隊も引っ張り出して“視させる”」

 

 はっ、と声が暗闇に響く。

 そこには最初から待機していた何人もの白く輝く鎧を纏った特級聖騎士達が控えていた。彼らは命令の言葉に迷いなく動いていく。目つきの鋭い人物は頭で別のことを考えながらその様を見ていた。

 

 ああ、それと。

 

 鋭い目つきをそのままに、彼は告げた。

 

 

「表通りにあるパン屋のアマルダに、お祝いの言葉を届けとけ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そして、そんな渦中の人物ルークは何をしてるかと言えば。

 

 

「お願いします! カランコエさん! 先っぽ、先っぽだけで良いから!」

 

『せいいが足りない。もっとあたまを下げてちょうだい』

 

「お願いしまぁす!!」

 

 野営地にて、焚き火を前に、地面に置いた剣に対し、土下座をしていた。

 

 王国をたってから、三日目の夜だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 街道沿いの、野営に適した場所はわずかに開けた作りになっていた。だが利用する人もあまりおらず、辺りに人影はルークのみである。彼は王国から出た移動の最中、3日目の夜を迎えここで夜営を行っていた。

 カランコエは剣のままだ。

 つまり、先ほどの行為は側から見れば紛う事なき奇行である。だがルークは真剣だった。

 

『まあ、いいわ。その必死さにめんじて』

 

「ありがとう!」

 

 言うが早いが、ルークは魔女の剣を取る。そして目の前にある包み布に置いた干し肉の塊に向かって剣を構え──そっと切り分けた。

 

「やった、これで食べられる……!」

 

 干し肉の塊は大人の拳より大きなくらいで、旅人が切り分けながら食べるようなものだった。普段であればルークは、授かった加護のためナイフが使えず、予め切り分けられたものを購入していた。しかし今回に至っては急な旅立ちであったので用意できたものが大きな塊しかなかったのだ。

 

『魔女をナイフがわりにするのは世界でもあなたくらいのものね』

 

 素直に切り分けナイフ役になっているカランコエは呆れたように声を出した。ルークは真剣な顔つきで切り分ける肉から目を逸らさず答えた。

 

「ナイフになれる魔女はキミくらいしかいないけどね」

 

 パチンと剣の持ち手に電撃のような魔力が走って、ルークは『いてっ』と声を漏らした。

 

 ◆

 

「よしっ、こんなもんかな」

 

 そう言ってルークは剣を丁寧に置く。包み布の上にはちょうど良いサイズに切り分けられた干し肉がいくつも鎮座していた。

 

 そして彼は手頃なものを二つ、人差し指と中指、薬指を使ってひょいと持ち上げた。慣れた手つきで残りの肉は布に包むと、手に取った一つを自分の口に、もう一つを剣のままであるカランコエに差し出した。

 

『いらないわ。魔女は食事でなくても魔力で動けるもの』

 

 魔女は大気にある魔力で最低限動くことが出来る。もちろん消費が激しい戦闘をすればその限りではないが、ここ数日は平和なものだった。

 だから拒否の言葉を吐いたのだが、ルークは意に介さず差し出したまま特に表情も浮かべずに言った。

 

()()()()()はいるだろう?」

 

 魔女ではなく。

 ルークは魔女からの返事は待たず、手を差し出したままにして自分の干し肉を齧り始めた。そして空いた片手で近くの枝を焚き火に投げ込む。パチパチとちいさな破裂音が夜の静かさに響いた。

 

 ルークは知っていた。もちろん勇者として扱われることは嬉しい。だが、勇者でなく、ルークとして扱ってもらえた事が嬉しい時もあると彼は知っていた。

 

 なぜなら、かつて自分にそうしてくれた優しい人たちがいたから。だから、身をもって知っている。そして、受けた優しさに報いるには、目の前にいる人に手を差し伸べるのがふさわしいとも。優しさや思いやりという暖かな気持ちは、貰ったのならそこで止めず、また誰かに手渡す。ルークは常からそう考え、行動するようにしていた。勇者になる前から変わらない、彼の哲学だ。

 

 

 だから、こうする。

 

 

 やがて、しゃらん、と音がすると、差し出したままの手から干し肉がそっと抜かれた。ルークは火の調整をしながら気にしてない風を装って横目で見ると、地面にちょこんと座った魔女が両手で干し肉を抱えて考え込んでいた。

 

「……あなたはずいぶん周りに恵まれたってわかるわ」

 

 カランコエはやや目元に皺を寄せて、考え込むように呟いた。

 ルークはすぐには答えず、ただ夜空に浮かぶ月を見上げて伸びをした。

 

「僕もそう思うよ。……あ」

 

 彼はそこで言葉を切って、空を見ていた視線をカランコエにやって、自分が考える限りのキメ顔をして言った。

 

「もしかしたら、僕が人の運に恵まれるのも女神さまの授けてくれた加護かもしれないね」

 

「クサイせりふだわ」

 

「手厳しい……」

 

 勇者は項垂れる。魔女は一瞥もくれてやらなかった。

 こうして二人の夜は更けていく。

 空には古代から続く満天の星がザラメのように広がり、魔女も勇者も、全ての地平に眠る生き物を見守っていた。

 

 

 二人の次なる目的地まであと五日。

 目指すは欲望(ひし)めく冒険者の墓場。『大迷宮都市 ヴァンデ』はあと少しであった。

 

 

「いやあ、楽しみだ」

 

 

 

 ──ちなみにだが、この都市でも勇者は騒動に巻き込まれ、結構な目に遭うのだが彼は当然知らない。

 

 そんな、物語の裏の、追放勇者と魔女の幕間であった。

 

 

 

 

 

 

 

次回▶︎『追放勇者、冒険者になるってよ』

討伐対象魔王→『???』

 

 

 

 

 

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