──魔王を倒せ。
それが神の課した至上命題。
白く輝く太陽と、赤茶色の砂の海。
酷熱の砂と古の土地にて。
◆
「砂が、口に……ぅ」
突然、異常な存在に巻き込まれて砂漠に投げ出されたルーク達。
じゃりじゃりとしたものを吐き出しながら、ぐるりと首を回す。
突如転移して一分足らず。
訳もわからない状況に巻き込まれたとき、大事なのはひとつ。
ルークは次の行動を起こしていた。
「情報をっ」
出来るだけ周囲を観察して、把握や整理をする。
やぶれかぶれにならない事。冷静を早く取り戻すこと。
これが基本にして、応用まで続く基本原則。
例に漏れず、ルークは自身の周囲を素早く見渡し、状況を把握しようとした。周囲一帯は時折、黒っぽい岩があるだけで何もない。視程はおよそ数十キロほど。周りには赤茶色の砂だけが波のように広がっている。
遠くの景色が熱で揺らいで見えた。気温は40℃を超えているだろう。
「気温が高い、布を巻け」
ルークと同様、周囲を見渡しながら近づいて来たアスナヴァは、背嚢にあった布を取り出して、口元から顔全体を覆うように巻いていた。そして近くにいたルークにも投げてよこす。
「はいっ」
確かに、この数分足らずで直射日光に晒された箇所は熱を持っている。勇者はグルグルと顔の周りに布を巻きながら、足裏に伝わる、砂の上に立つ不安定さと、天頂にある太陽の刺すような熱波を感じていた。
細かく、小さな砂が汗をかいた肌に張り付く。
『あちらの方に建物がございました!』
ひゅるりと空からちいさな龍が降りてきて、ルークの耳元でホバリングをして情報を伝える。
空を飛べるシュンカはこういった時に非常に能力を発揮する。龍の鱗は日光を防ぐのか、普通にしていた。我慢しているだけかもしれないが。
「行くよ!」
ルークは素早く方針を決定する。
見ず知らずの町を訪れるリスクもある。だが、こんな、水も満足にない高温の環境で彷徨う方が危険だった。一瞬の迷いは、致命的な結末につながる。
地面から熱された砂のもわりとした熱さがやってきて、ルークは粘つく唾を飲み込んだ。ここにいては簡単に干からびてしまう。
金属の装備が熱を持ち始める。ルークは力のうまく伝わらない砂を蹴って走り出した。
目指すは、街の方角。
辿り着くまでは数時間ほどかかるかもしれない。だが、少なくとも、ここは見晴らしが良すぎる。遮蔽物のある箇所に移動しなければならなかった。
直後。
振動。
地面が揺れる。
「なにが──」
起きた、とルークが言う前に、がくんと地面が
もはやそれは、世界そのものが揺れていると錯覚するほど。上下にシェイクされる大地は、不安定な砂を周り一帯ごと振動し始めて、霧が生まれるように砂埃が立ち込める。
『な、な、なんでしょう!?』
前を飛ぶシュンカが、目の前を塞ぐ砂埃に停止する。
そして目の前の地面が、蟻地獄のように数メートルべこんと凹んで、カランコエの警告が耳に届いた。
『したっ』
「──っ!」
考えるよりも早く、横っ飛びで思いきり飛び退く。
砂のせいで飛距離は思ったより稼げなかった。
そのすぐ後。
轟音を伴って、先ほどまでルークがいた地面の砂が爆発した。現在地の3メートルほど手前の出来事だ。赤茶色の焼けたような色の砂が吹き上げられて、目に入る。ルークは細かな粒に涙を流しながら、巻き上げられた砂で少し暗くなった視界を瞬きを繰り返す事で必死に確保しようとした。
そして映ったのは肌色の肉の壁。
『Ge Ge Gu Gu !!』
動く肌色の壁が、噴火のように天を目指してルークのすぐ前で屹立していた。
「サンドワームかッ!」
横で、崩れる砂から離脱しながらアスナヴァは叫んだ。
勇者は目から涙を流しながら、上下左右がぐちゃぐちゃになり始める地面から離れようとした。
サンドワーム。
ルークの知識にある魔物のサンドワームとは、砂地にいて、足首をかじってくるような、ちょっとトラップみたいな存在なのだ。大きくても体長は1メートルほど。焼くと美味しいらしいがゲテモノ扱いだ。
『Gu Ge Ge Ge Ge』
なのに、これはどうだ。
蛇のような体の直径は8メートルを超え、体長に至っては100メートルを越しているだろう。
事実、超巨大サンドワームが地面から抜けた事で発生した隙間に砂が流れ込み、周囲はサンドワームを中心に窪み始め気を抜けば流される地形に変化していた。
まさに先ほど見た蟻地獄の巨大版だ。ただ、現れるだけで地形を変化させるほどの強大な魔物。蟻地獄は既に高さ4メートルを越していて、中央のサンドワームに向かって砂は水のように流れ始める。その中腹でルークは空気を鍛造した足場を蹴って飛び上がった。
「もうちょい!」
『はいはい』
蟻地獄から飛び出す、だけでは飽き足らず。ルークはさらに足場を要求して天高く駆け上がった。まるで見えない階段を数段飛ばしで駆け上がっていくように。そして、とうとう地表に立ち込める砂埃の高さすら超える。太陽の日差しが眩しい。地面を叩く轟音が響く。もうもうと立つ砂煙を見下ろして、勇者はサンドワームの全体を見た。
「でっ、か!?」
上空からみた魔物はやはり規格外に大きく、重量があった。体を地面に潜らせたり、出したりしながら魔物は街からは少し離れた方に進む。頭の方を見ると、目は退化していて、円形の、樽の内側に肉と刃物を敷き詰めたようなグロテスクな口が広がっていた。
あれでは中に入った生き物は“削り取られ”たのちに、“擦り潰される”。
『Ga Ga Ge Ge!』
空気が揺らぐと錯覚するほどの声。
事実、サンドワームの体に触れた、人の身長より大きな岩はいとも簡単に砕けて、擦り潰されていった。これが人体であったらと考えるとゾッとする。巨大な質量はそれだけで脅威なのだ。
幸い魔物はこちらを認識していないようで、ひとまず退避しようとルークが決めた時。か細い何かの声が聞こえた。
『Jani, jayt'añamti…… kunatsa……』
「──はっ?」
空中から地面に降りる途中、ルークが声の方向を見ると、サンドワームのぞろりと機械のように牙が生え揃った口元に、何かが引っ掛かっているのが見えた。
ばさばさと紐がたなびいている。あれは布だ。
『¡Kunasasti, akhamäñatixa!』
サンドワームの口元で、また人影が叫ぶ。
枯れ葉色のフードが付いていて、帯や紐が垂れている、妙に古めかしい神官服を着た人だった。
その人、おそらくは彼女は、引っ掛かった服のせいで身動きが取れず、サンドワームの激しい動きのたびにか細い悲鳴をあげていた。周囲に人影はない。彼女が抵抗する様子もない。悲鳴は、身体がぐわんぐわんと振り回されて、反射的に出てしまっているだけのものだった。
ぐったりと、なすがままになってしまっていた。
「──行くよ、カランコエ」
だから、彼に迷いはない。
戦ったならばサンドワームは非常に脅威になるであろう。もはや塔が動いているようなものだから。こんな魔物は中々報告されない。もし冒険者や商人に発見されたのならば、
「シッ──!」
勇者は魔女に地面の砂を鍛造してもらった足場を起点に、サンドワームの頭まで跳ねるように近づいていく。
『Ah, ah…… jach’a yatiri tayka……』
件の人物まで、地上から10メートルほど。建物四階建ての屋根程の高さだ。
ルークはサンドワームの死角となる顎の直下に尻尾の方から近づくと、機会を伺った。バチバチと小石がサンドワームの移動で弾け飛んで頬に当たる。ルークは瞬きを止めた。
『Gu Gu Gu』
サンドワームの移動で生じる轟音と、銅鑼のような鳴き声で全ての情報が塗りつぶされる。ルークは移動を続けながら相手を観察する。チャンスは一瞬。
すると、その時。
爆音の中でも少し離れた位置で岩が砕ける甲高い音がした。ルークが素早くそちらに視線を向けると、アスナヴァが細剣で所々にあった黒い岩の一つを砕いた音だった。
サンドワームの頭がアスナヴァの方に向く。
「ありがとう」
アスナヴァさん、とルークは心の中で礼を言って、ルークは素早く顎の真下に位置取りを終えた。
『はい、どうぞ』
魔女がすこし戯けたような、呆れたような口調で言って、キラ、と空中に数メートル間隔でガラスのように透明な輝きが光る。ルークは地面を爆ぜさせながら飛び出して、跳ねる球のように空中に等間隔に浮いた剣を足場に飛び上がった。カランコエが作った空気の階梯。
『GE GE GE』
そして、たった二秒ほどでルークはサンドワームの、口元。赤く、鮮やかな口の中の肉に着地する。生臭い息と共に、弾力のあるゴムのような感触が足裏から伝わる。すぐそばにある牙は一つ一つがルークの膝くらいまであって、
「やぁ、聞こえる? 僕はルーク」
辿り着いた勇者は自分の腰にある予備のベルトを解きながら、なるべく軽く、楽天的に聞こえるように、サンドワームに引っ掛かっている人物に声をかけた。
位置はちょうどルークの二歩先のところだ。ローブだか、神官服だかの背中の部分が食い込んで、外を向いている形なのでルークの姿は見えないだろう。彼女は予想外の声に驚いたようにぴくんと肩を跳ねさせた。
『Khitisa!? ¡Khitisa!?』
悲鳴のように、彼女はルークの知らない言葉を繰り返す。
勇者は分からない言葉に、見えないとわかりつつも笑顔を浮かべて一歩、揺れる地面に注意しながら近づいた。
「ここ、風すごいね。──大丈夫、君をここから助けるよ。落ち着いて」
ガクンと重力が斜め下に変わる。
サンドワームの口だから、すこし揺れるだけでこの有様だ。よく、目の前の子は耐えてきたと思う。ルークは革のベルトを相手の腰にぐるりと回し、自分の右手に固定する。これでもう、激しい動きをしても離れていかない。
『Kunsa, kunsa luraskta!?』
突然触られた事に、相手はわちゃわちゃと手足を動かす。ここで暴れられて落下してしまっても愉快ではない。それに、外に落ちるならまだしも、最悪、自動でサンドワームのお昼ご飯に変わる可能性がある。
「さっ、飛ぶよ!」
だからルークは悪いとは思いながらも、多少力を込めて相手の手足を制しながら、準備を終える。そしてサンドワームの頭が少し地面に近くなった瞬間に空中に身を投げ出した。
『jamuqa? ¡Suyt'am, ukax k'ariwa! ! ! ?』
ふわ、と身を包む浮遊感。
内臓を浮かすマイナスG。髪の毛がばさばさと空に向かって伸びるように、重力に従ってルーク達は落ちていった。しっかりと手で固定した
近づく地面を見つめながら、勇者は冷や汗をかいて、“しまった、またアスナヴァさんに怒られる”と思いながらくるくると回転し着地した。
◆
サンドワームは何事もなかったように、何ならルーク達に気が付かなかったように去っていった。砂漠の大蚯蚓から着地したルーク達は、そのまますぐには動かず、息を潜めた。
やがて遠ざかっていくサンドワームを見送って、着地のせいで砂だらけになったルーク達は深く息を吐き、装備を払って、改めて助けた少女と向き合っていた。
『Yuspajarapxsmawa, ¿kunjamsa yuspäratax uñachtʼayasma』
小鳥が鳴くような、元気な声で彼女は片手を自身の額に当てて何かを唱える。感謝の言葉とジェスチャーだろうか。ルークには判断が付かなかった。
彼女は身長が150センチほどで、ルークの肩より少し低い。
枯れ葉色の、頭部がすこし四角いフードと、その両端から垂れる長方形の細長い布。布には四角と三角が組み合わさった複雑な紋様が描かれている。まるで儀式に使うような格好をした彼女は、横から現れたアスナヴァから手渡された水筒から水をもらうと、一瞬の遠慮のあと、乾きが勝ったのかちびちびと飲み干し、その後丁寧に水筒を返した後、ペコペコと頭を下げ始めた。
『Chiqpachansa aka favor kuttʼayarakï』
独特な、流れるようなイントネーションの言葉で何度も何度も彼女は頭を下げる。
フードの端からクリーム色の、ボブカットの髪の毛がのぞいて跳ねた。
だが悲しいかな。ルークやアスナヴァ、カランコエやシュンカも相手の言葉を理解することが出来ない。何を言っているのか分からないのだ。
『
彼女は首を傾げて続ける。すこしくすんだような藍色の瞳が困惑に揺れる。
相変わらず言葉が理解できない。とルークが眉を寄せようとした時、微かに意味の通じる単語がある事に気がつく。
『
とっかかりを得たルークはそれまで浮かべていた困ったような笑顔を消す。そして少し思案したあと、まずは名前をどうにか聞き出そうと決心した。
「えっと、これ、……ルーク」
一音ずつ分かりやすいように区切って、まず自分を指差す。ボブカットの子は不思議そうに瞬きを一回した。
「彼女、アスナヴァ」
近くに来た、いつものように氷のように硬い表情のアスナヴァを指差し、名前を言う。アスナヴァは顔色ひとつ変えないが、ルークの呼称に頷いてみせた。
「この子、シュンカ」
近くで羽ばたいている霞色の龍を指差し言う。シュンカは一瞬頭を上げて、ぴ! と鳴いてみせた。
「僕は、ルーク。君、は?」
名前を言うたびに指を指して音と意味を対応させていく。
初めはキョトンとしていた少女も、3人目あたりでルークの意図を理解したのか目を大きくして頷いた。
そして中指で自分のことを指差し、首を傾げる。疑問の時のジェスチャーは共通なようだ、とルークは思いながら軽く笑って何度も頷いた、
「そう、そう! 君、名前」
『Waliki……Al Su Ta。sutixax Al Su Ta』
「アルス……ゥイタ? ちがう? うーん、アウ、スータァ? これも違うか、……アル・スゥ・タ! ああ! アル、スゥ、タ! スゥか!」
名前と思しき単語をルークが拾い、繰り返す。最初は微妙な表情をしていた彼女も、発音が近くなるごとに顔を輝かせていく。
数度の惜しい発音に、もどかしい表情をしたあとに“スゥ”と勇者が呼ぶと、大きく頷いた。
「君の名前はスゥか!」
喜びにパッと笑った勇者に、スゥと呼ばれた少女は驚き、その屈託のない笑顔の勢いに照れたように一歩後ずさるのだった。
◆
ざり、ざりと砂を踏み締める。
先導するのは枯れ葉色の神官のような服を纏ったスゥである。
『Mä qawqha urasat ukankapxäwa!』
彼女はいつの間にか取り出した、身長ほどの粗い削りの木の杖をかざし、呼びかける。ルーク達はなんと言ってるか分からなかったが頷いて少女の後をついて行った。
目指すはシュンカが見つけたと言う街である。スゥが案内をしてくれることとなった。恐らくは。
ざり、ざり。
不安定な足場は歩くたびに筋力を消耗する。さらにブーツの間から細かな粒子の砂が入り込んで不快だ。
太陽は相変わらず容赦なく身を灼いていく。
顎を伝う汗を拭いながら、勇者は起きた出来事を整理した。
──勇者。女神の尖兵。にげた魔王の討伐、よろ
あの、ネベトと同じ威圧感と存在感を持った相手はそう言ってルーク達をここに飛ばしてきた。
つまりは。
「魔王を討伐するために送り込まれた」
『人づかいがあらいわね』
「…………」
ルークの腰にある剣が震える。
勇者は汗水垂らしながら歩く自分の一歩を眺めて、腰にある白い剣を見た。
「……ソーだね」
『ええ。ほら、足場作ってあげるから。がんばりなさい』
次に踏み出す一歩は岩を踏み締めたように歩きやすかった。カランコエが鍛造したのだ。
ルークは“カランコエも歩いてよー”と口にしかけた自分を恥じて、謝意を込めてそっと剣を撫でた。
魔女は何も言わず小さく震えるだけだった。
ともかく。
「もとの、場所に、もどらない、とっ」
息を吐き出しながら、勇者は少し窪みになっている場所を踏み越える。
元の場所に戻り、親書を届けるという任務を達成するには、あの存在が課してきた課題を達成しなければならないだろう。勇者ルークはめげない男だった。あと基本的に真面目である。
そうでなくても、魔王がいる可能性を野放しにして見過ごすことは一人の勇者の端くれとして出来なかった。
つまり、探さなければならない。
魔王を。
この砂漠にいるという魔王。
探し出して、それで戦って、討伐。
やるべき事は多くある。
地理の把握、装備の調整、身体の整備。
そしてなにより。第一に必要なのは。
情報収集。
また、魔王討伐の始まりだ。
太陽がじりじりと照りつける。
風は無風でただ暑い。日光に当たるところが熱い。
身体の感覚がなんだか変だ。
「……あれ?」
そこでルークはおもむろに立ち止まり、腰から予備の短剣を抜き取ると、まじまじと見つめた。
青年が止まった方に気がついた先頭のスゥやアスナヴァも“どうしたのか”と足を止める。
「どうした?」
アスナヴァの声が届いてこないように、勇者は短剣を人のいない方に上から下へと振るう。
勇者ルークには加護がある。一振りで剣の持つ全てのポテンシャルを解き放つ代わりに、一撃で砕けてしまうという加護が。
「────」
勇者ルークの振ったつるぎは。
すん、と空気を切り裂いて
えっ、と喉の奥から声が漏れて、ルークはもう一度剣を振った。
だが、返ってくるのは空気を切り裂く感覚ばかり。何事もない、冷たいつるぎの冴えばかり。
「君……」
空気に気がついたのか、いつの間にかルークを見ていたアスナヴァが目を大きくする。異様な雰囲気が広がり、勇者は手に収まる無言の短剣を、何度も上から下に。下から上に。右に左にと切りつけた。
「……は」
だが、手にあるのは無言の短剣だけ。
急に刃物を振り回し始めた青年にスゥは不思議そうな顔をし、シュンカは心配の気持ちはあるもののどうしていいか分からず右往左往。
アスナヴァは真っ青な顔で剣を見つめる青年の肩に手を置いた。
未知の土地。
未知の魔王討伐。
調べるための情報を得ようにも言葉が通じない。
そして──
「女神、さま……?」
勇者ルークは、──青年ルークは、それまで共に戦っていた女神の加護が消えた事に。女神に見放されたかもしれない感覚に。
大いに動揺して冷や汗を垂らすのだった。
あの、時を操るおそらく神。
本来は介入しなくてよい魔王という事象に、わざわざルークを放り込んだのだ。人の興亡など些事でしかない神が、わざわざチャンスをくれたのだ。それだけで温情とも言える。
言える、が。
「え? か、加護が……えっ?」
あまりにも説明が少ない。
薄れていく現実感と、冷めていく全身の血液を感じながら、ルークの頭の中は、女神を失望させた、見放されたのでは無いかという混乱でいっぱいだった。
『ちょっと、あなた。おちついて、おちついて……』
珍しくすこし慌てたようなカランコエの声も遠い。
砂漠は暑くとも、体は氷のように。
心臓は脈打ち、暴れる。
誰かが言った。
神は、試練を超克する者を尊ぶ。
それも、課される難題が、大きければ大きいほどに。
「はっ、……はっ……っ!」
荒くなる呼吸で、口許を抑えた勇者に、銀の麗人と龍、そして白い剣がカタカタと震えていた。
討伐する魔王の情報──なし。
現在地の情報──なし。
共通言語──なし。
加護──なし。
失敗した際の被害──不明。
「はあッ……はっ、はッ……!」
無い無い尽くしの旅の始まり。
「は、──うっ」
青年は単身、その身のまま、魔物ひしめく見ず知らずの熱砂にて、魔王を討つという試練を課されたのだった。
続。