「いや、ほんと、ご心配をおかけしました……」
夜の外でうずくまった夜の翌日。
朝の眩しい光が満ちている部屋の中で、ルークは深々と座りながら頭を下げた。
気温はだんだんと高くなっていて、すでに肌が汗ばみそうな程度だ。
「昨日の君の顔はひどかったからな」
「うッ……やっぱ、そうですよね」
寝具のラグと、枕代わりの布の塊を片付けながらアスナヴァは頷いた。ルークは痛いところを突かれたように、胸を抑えて呻き声を出す。それを見て、麗人は長い睫毛を瞬かせた。
「だが、まだ険があるとはいえ、大分すっきりとしたな」
彼女が作業を止めて、ルークの方を見てから言うと、青年はポカンとした顔をした後、すぐに力みの抜けた顔で“はい”と言った。
『ルークさま、何かやりたい事や見たいものがあればシュンカに申し付けくださいね』
荷物番をしていた小さな龍は鳴く。ルークは穏やかな顔でお礼を言いながら、手を伸ばして、彼女の頭の真ん中あたりを爪先ですこし掻いてやった。気持ちよさそうに龍が鳴き、ちょうど部屋の奥からクリーム色の髪をした少女のスゥが底の深い容器を持って出てきた。
『Aka alwa manq'awa. Janiw kuns wali askïkiti, ukham amuyta』
彼女は丁寧に、ルークが地面に引いた別の食事用の藁で編んだゴザの上に置く。地面が少しボコボコしているので、容器は傾いている。
容器の中身は昨日の、薄めた乳製品のようだ。
「気にしないで、ありがとう」
スゥがなんと言ったかは分からないが、態度からして食事の内容を申し訳なく思っているのだろう。下がった眉と、すこし下がった口元が教えてくれた。
そもそも食事を用意してもらっている時点で大変ありがたいのでルークはにこやかに返す。すると彼女も緊張がほぐれたようで、はにかむように笑った。
どうぞ、とスゥが食事を差し出す。
青年は“ありがとう”と言ってパンを受け取った。
食事の内容は、手のひらの半分ほどの硬くなったパンに、乾燥した赤茶色の果物のみだ。
「女神の御恵みに感謝します」
ルークはそう言って手をつけ始めた。
スゥは微笑んで、どうぞどうぞとする。
ルークはもう一度貴重な食料を分けてくれた彼女に頭を下げて、薄い色の液体を飲む。鼻に微かに抜けるミルクのような独特の匂い。だが味は薄い。湿らせた口にパンを運べば、水分は取られていった。
「おいしいよ、ありがとね、スゥ」
『Jumatakix walikiti?』
「うん、たぶん」
こてん、と小首を傾げた対面に座る神官らしき少女に、ルークはうんうんと頷く。相変わらず言葉はわからない。というか、現在ルーク達は、お世辞にも生活が豊かとは思えない少女の家に転がり込んで、食料を消費するだけの存在である。穀潰しとも。
「あー……」
ルークがぽりぽりと頬を掻いて、食料があれば分けたかったなぁなんて少し後悔をしていた。この地域に飛ばされるまではチャマ・ワイラに入る目前だったので特に保存はしてなかったのだ。唯一あったものも最初のゴタゴタでどこかに飛んで行った。
今頃は砂の下だろうか。
「さて──、次はどうする」
ルークの横で品よくパンをちぎり口に運んでいたアスナヴァが尋ねた。朝方の薄い暖色の光に照らされて彼女の細い銀髪は、硝子細工のように透き通る。
ほう、と見慣れない見た目をしてる異邦人に対してスゥが見惚れたように声を漏らした。アスナヴァの水晶の瞳がルークに向けられる。
「情報を集めないと、ですね。毎度の如く」
ルークの横で、特別に用意された小さな容器に頭を突っ込んでいたシュンカが鳴いた。よく見れば金色の瞳がすこし輝いている。栄養を摂れたから、彼女の瞳を使っているのかもしれない。
何か分かれば教えてくれるはずだ。
「では、酒場か、ギルドか……。この規模の街であればどちらか、あるいは両方ともあるだろう」
アスナヴァの提案にルークは頷く。
ちら、と目を動かせば、部屋の隅では白い直剣が無言のまま横になっていた。右手の甲にある契約の印に意識を向ければ、カランコエの意識は割とはっきりしていて、伝わってくるのは眠いという感覚だった。
ありがとう、とルークは声に出さず口の中で呟く。
そして正面に戻せば、クリーム色の、髪をした言葉の通じない少女。
どこに行くにも、まず彼女に伝えなければ不義理だろう。あと酒場とかがある場所を知りたかった。
「えーっと、なんて伝えたら……うぅん」
ひゅうと風が外で吹いて、窓の代わりの木の板にぱらぱらとぶつかる音がした。隙間の多い家だからか、次に口に含んだパンには砂のような感触が混じっていた。
「えっ、と、僕、たち。行きたい、酒、のむのむ」
『? Mä umaña munasmati?』
「あー、ったぶん伝えられてない……うーん」
ルークは腕を組み頭を下げて唸る。どうしたら。対面のスゥも不思議そうに首を傾げているが、聞いてはくれる。きっとこちらのニュアンスを汲み取ろうとしてくれているのだろう。ありがたい事だ。だからこそ、ルークは自分の思いが伝えられないことがもどかしかった。
「水……ちがう、のど、かわく、のむ、ばしょ、……」
『?』
スゥはまた頭を横に倒す。
不思議とジェスチャーの意味は共通なのだ。
そうしてルークがうんうん唸っていると、カタカタと震える音がして。
『じゅんばんがちがうわ』
「えっ?」
部屋の端に丁寧に置かれていたカランコエが震えていた。
『Kuna!? ¡Khitisa, khitisa?!』
突然響いた少女の声に、スゥがビクンと肩を揺らして、目をまんまるに開いてきょろきょろと周囲を見渡す。
そんな混乱なんか知らんとばかりにつるぎの魔女は、しゃらんと音を立てて少女の形になった。
ぺた、と降り立つ裸足の音と、腰に届かないくらいの髪を一部三つ編みにした白髪がふわりと揺れる。
「アスナヴァにやってもらったわ」
「うん、似合ってる。似合ってるけど、スゥが本当にびっくりしてるから。ほら腰抜けちゃってる」
「わたしはかわいいものね。とうぜんよ。それで、あなたの言葉なんだけれど」
「ちょ、ちょっと説明タイム挟んでいいかな!? スゥに対して!」
こうしてルークは、対面で腰を抜かして、びくびくと震えて涙目になっているスゥに、なんとかカランコエが仲間であることをジェスチャーで伝えたのだった。10分かかった。その間、必死で身振り手振りで苦戦する青年を背景に、件の魔女さまは子龍と遊んで待っていたという。
おおよその事情が伝わりきったあと、疲労困憊でぐったりするルークの背中をさすってくれたのはアスナヴァだけだった。
◆
「あなたの使ってる……ほら」
そしてひと段落したのち。
カランコエは部屋の隅にあった、よくわからない木彫りの棒のようなものを弄びながら、“順番が違う”と再び講釈を述べた。
「え? 使ってるって……」
共通語ではないのか、とルークが言いかけて止まる。
この魔女さまが言葉足らずなのは今に始まった事ではないので想像を働かせる癖が付いていた。彼女が言う、ルークの使っている共通語ではない言葉といえば──
「詠唱か!」
そう。
魔術の詠唱に使う、魔術語。
ルークが使う言語など基本この二種類しかない。
魔術は基本的に発動に詠唱を伴う。それと似た部分がスゥの話す言葉にあったのだ。
確かに、サンドワームからの逃避行の際に、聞き取れそうな部分があった。ルークは思い出す。
「せいかい」
カランコエは興味なさげに呟いた。
この場にいるみんなが会話の行方に行き先を傾けているというのに、魔女はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。部屋の散策で忙しい。ぺたぺたと土の床にカランコエの足音がする。
「言われてみれば、詠唱の文言は一部を除いて全大陸で同じだな」
私はあまり詳しくないが、とアスナヴァが座りながら、ほっそりとした指で顎を触った。
魔術語。
古代の神聖語だったり、未解読の言語をそのまま使っていると言われている魔術の詠唱に使う言語だ。普通の言語ではない。もう基本的には失われた言語。
唯一いる話者は相当古い時代から生きている長命種くらいのものだろう。存在するかどうかも怪しい。
過去には17体も魔王を屠った、伝説級のエルフの大英雄がいたというがその人も魔術に長けていたという。それが関係しているのかもしれない、とルークは考えた。
「誰でも使えたら、危ないですから」
そのままの魔力は耐性のない人にとっては有害なものだ。
普段使いしない言葉だからこそ、専門知識がいるし、知らずに言語を探り当てて暴発するなんてこともあるという。
「えっ、と確か……uk……違うな……
試しにルークが、古い記憶から詠唱のワンフレーズを引っ張ってぶつぶつと呟いてみると、効果は覿面だった。
『
スゥは、水色の瞳をまんまるにして驚いたようにルークを見る。ぽかんと可愛らしい口まで開いてしまって、ルークは思わず笑いそうになった。
「うーん、ちょっとだよ、ちょっと、……Ju……jug、? ……あー、
だが完全な理解にはまだ遠い。
言うなれば、言葉の時制や繋がりは分からなく、単語のみが浮島のように分かっているだけなのだ。
だが、それだけでもスゥにとっては素晴らしい成果のようで、目を輝かせて、立ち上がり、手を叩いて早口で捲し立てた。
『
「うわぁ! 分かんなくなった!」
急に上がるリスニング難易度。ふんふんと聞き取ろうと真剣な顔をしていたルークは素っ頓狂な声を上げた。
ふ、と横のアスナヴァが笑う。
青年はおどけて頭を抱えるフリをし、スゥがまたその大仰な動作にハッと自身の口を押さえて、申し訳なさそうにぺこりとした。
「気にしないで、スゥ……僕が頑張ればいい話だから……きにしない、えっと、なんて言えば……
「!」
スゥが眉を上げて驚いた顔をして、口を押さえたままコクコクと頷く。なんとか意味が伝わったか、とルークは安堵して、横目で我関せずを貫いている魔女を見た。
カランコエは言語やそこに関する知識が意外かもしれないがある。
出自はわからない。彼女は世間知らずではあるのだが、“知識”があるのだ。
「なに?」
見ていたのがバレたのか、紅い半目で見てくる彼女。
ルークは両手をあげて、何でもないよとジェスチャーをした。
カランコエにある、知識。
ルークにはそれが、彼女に何かを遺そうとしてくれた“誰か”の純心そのものに思えて他ならないのだ。
彼女を想った、優しい誰かの名残り。
姉、だろうか。
カランコエは過去を決して語らない。知識を得た経緯も、歌も、花の名前を妙に知っている理由も、ヘアアレンジが地味に得意な理由も喋らない。
だからこそ、察するところもある。なぜ、今、その“誰か”、もしくは“誰かたち”が彼女のそばにいないのか。王国のはずれで出会った時、なぜ彼女は一人だったのか。
「だから、なに」
「なんでもないって。そんなに怒らないでよ」
「おこってないわ」
別れのかおりがした。
カランコエが語らない場所には、特有の、しめっぽさがあるのだ。
ルークは少し目を閉じて祈った。敬意を込めて、祈った。
幼い彼女を想い、惜しみなく愛を注ぎ込んでいた、名前も知らない誰かへ。
「……」
こうしてルークは再びスゥと向かい合い、ぎこちない意思疎通を再開し始めた。
その様子をちら、とカランコエは一瞬だけ見て、窓の外にある透き通った、暑い青空を見た。
彼女がときどき感じる、姉の名残り。
カランコエから見て、3番目の姉。ひどい風邪でうわ言を言いながら冷たくなっていった。何日もかけて、ゆっくり死んでいった緑髪の彼女。
「さんちゃん」
ぼそりと呟く。隣で必死に喋っているルークたちの声でそのつぶやきは聞こえないだろう。
緑髪をした彼女が冷たくなって、目を開けなくなったあと。
回収によってがらんとしてしまった部屋の隅には、彼女が遺した魔法が100以上そのままになっていた。
──いいかい、ごーちゃん
声を再生する魔法は、たとえその主人がいなくなっても、健気に稼働し続けた。
聞こえてくるのは、明らかに自分より小さい子向けに噛み砕かれた内容。
誰に向けて、3番目の彼女がこっそり魔法を展開し続けていたのか。分かりきったことだった。
残った最後の姉が泣きながら『さんちゃんは、優しくて、コツコツ屋さんだねぇ』と言っていたのを覚えている。
カランコエはいつまでも、覚えている。
姉たちが見ることの叶わなかった空は、どこまでも続くように透き通っていて、カランコエは、ふん、と鼻を鳴らした。
◆
『Walikiwa, saraskakiñäni!』
「うん、こっちも準備バッチリ」
食事を終えたあと。
スゥはまた布の帯がいくつもある神官服に身を包み、外出の準備をした。ルーク達も装備を整えて出る支度を終えている。
『
「なるほど」
たぶん次の場所の説明をしてくれたのだろう。
ルークはまだ完璧に聞き取ることは出来ないまでも、汲み取れたニュアンスで頷いた。
これからスゥと共に、この街の神殿に向かうのだ。
要件は、スゥの帰還報告とルーク達の報告。そのあとに情報収集をこの異国の街で行う予定だった。
『Sarsna!』
ドアをスゥが押し開ける。
まだまだ朝の時間帯。地面に伸びる影が長い時間帯。
だというのに砂漠地帯の涼しい夜は過ぎ去って、直射日光はすでに痛いくらいになっていた。
「暑い……」
歩き出してすぐ、砂の少し積もったりしている石の地面を二、三分ほどあるいた所でカランコエが嫌そうな顔をする。そしてしゃらんとルークの腰に白い直剣として収まった。
勇者は仕方ないな、と苦笑いして道を歩き出す。
スゥの家の前は細い路地になっていて、角の削れた岩でできた家々が並ぶ。どれも年代を感じさせるもので、壁が削れている。これは風で飛んでくる砂による摩耗だろうか、とルークが少し触ってみた。表面についた砂と、ザリザリした感触が返ってくる。それなりに頑丈そうだ。
そうして10分ほど歩き、二つほど狭い道を曲がると、馬車一台は楽に通れる広さの道に出た。今まで誰ともすれ違わなかった、幅が人二人分くらいの細い道とは打って変わり、多くの人たちが行き交い、荷物や駱駝のような生き物を連れて歩いていた。
ざわりと喧騒が一気にやってきて、耳を包み込む。
「
朝の眩しい太陽に目を細めながら、ルークが少し前を歩くスゥに尋ねた。言っている最中にもすぐ横を髭面の、頭に布を巻いた男が歩き去っていった。白い長袖のゆったりしたローブを着ている。腰にじゃらじゃらと貝殻のようなものを付けて、それ以外に荷物はない。
『
スゥは迷いなく道の先に視線をやって、ひとをひょいひょいと避けながら進んでいく。
後を追いながら、ルークが反対側の道に目を向けると、人の胴体ほどの背負い袋を持った若い男が急足で何処かを目指していた。誰かにぶつかりそうになって、少し罵声が聞こえる。
みんな、目的地があってそこに移動しているような朝の風景だった。
鼻には嗅ぎなれない少し強めの香り。香水か、香木か。木箱を運んでいる子ども達の箱から同じような香りがした。商品だろうか。ざわざわと道はざわめいている。
その中で、ふと。
大通りに不意に現れる脇道の入り口。人が行き交う中で、暗く、止まっている場所があった。なんとなしにルークがそちらに視線をやると、そこではがくりと項垂れて、道の端にいる存在がいた。
「……あれは」
ルークの視線に気がついたのか、スゥが同じ方向を見る。そして顎に指を置いて、申し訳なさそうに告げた。
『あぁ、ええと……隷属民、ですね』
ルークにはスゥが何を言ったのか正確に分からない。語彙が難しいものだったから。
だから、青年はまたゆっくり瞬きをする。足はいつの間にか止まっていて、道の隅の方にいたからか、通行の邪魔にはならなかった。
「……
狼の獣人が。首を下げて、ぼさぼさの毛並みで、座っていた。
誇り高いはずの種族が。この道をゆく誰にも顧みられず、道に打ち捨てられた襤褸布のようにただ、そこにあった。
体つきも細く、健康状態は良さそうには見えない。その毛玉だらけの首には革のベルトが付いている。首輪だった。
ルークはあたりを見渡す。
誰もこの光景に疑問を持たないようで、素通りをしていく。みんな自分のやるべきことに足を向けている。見れば、雑踏の中にときおり、首輪をつけた者が歩いているのが見えた。
奴隷か、とルークは理解した。
借金や、罪人、その他の理由で身を落とした人間がなる存在。所有者と被所有者の関係になり、物として使っても構わない労働力だ。誰かの所有物になる、そんな制度。
ソラナム王国にはないが、ここにはあるのだろう。
『あの……
スゥがルークの顔を覗き込みながら、不安そうに言う。
ルークには、日陰になった場所にいる、その狼が。
この場所に飛ばされる前、チャマ・ワイラの街で出会ったあの陽気な狼獣人と重なり、なんだかとても身体がズンと重たくなる気がした。
『んがっ』
ルークが無意識に足を止めていたからだろうか。
狼獣人が鼻を動かし、ピクンと体を揺らしたかと思うと、眠気の残る目でパチパチと周囲を見渡した。
『
彼は目の前に戸惑ったように立つ、見慣れない風体の青年を認めると、上から下までジロリと商品を値踏みするように視線を動かした。
そして一周すると、ふん、と息を吐き大きな口を開けて言った。
『
「いえ……」
聞き取れる言葉から、意味を汲み取ってルークは返事をする。てっきりさっきまで衰弱し切って意識を失っていると想った存在が、若干のふてぶてしさをもって話しかけてきたから。戸惑いが表に出る。それを見て、狼獣人は得心がいったように大きく頷いた。
『あ? あー?
狼獣人の声は大きい。
アスナヴァやシュンカは一歩引いてルークのやりとりを見ている。スゥはルークが隷属民に興味を示したことが予想外なのかまだオロオロと対応を決めかねているようだ。
狼獣人はぼりぼりと爪で側頭部を掻く。毛がバサバサと抜けた。彼は下を見ながら、ざっくばらんに言い放つ。
『
目が合う。
金の少し濁った瞳がルークを捉えて、細道の暗い世界にいる狼獣人は朝日を浴びるルークに低い声で囁いた。
『
明確な拒絶。
すぐそばにいるのに、隔てられた世界。
その目を見て。
ルークは意識してゆっくりと一歩近づき、断りを入れると、相手が捉えられる速さで、無駄な警戒を抱かせないように狼獣人に集る羽虫を追い払った。
『ほぉ……』
薄い茶髪をした青年の正確な動きと、躊躇いなく踏み込んでくる意気に狼は感嘆の声を漏らす。
そして青年は何も言わず、目を一瞬閉じて黙礼をしたあとまた歩きを再開した。
ルーク達が目指すはスゥの所属する神殿。
まずはルークの身柄と、スゥが無事に戻ってきたことを報告するのだ。
その後に情報収集。だが、そこでまた、トラブルが起きるのだがそれは次に語られること。
いま、大事なのは──
歩き出した青年の背中を見つめる金の瞳。
それが、値踏みをするようについ、と細められたことだった。
『姉貴、なかなか凄いやつがいましたぜ』
その言葉は、細い路地の、闇の中に溶けるように消えていった。
砂漠の、朝の、雑踏の出来事だった。