おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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66話 傭兵畑でつかまえて

 

 

 

 人生の意味とは。

 

 照り付ける太陽の中、酷熱のした、汗水を垂らして生きていく事なのか? 

 苦しい思いを我慢して、いつ来るか分からない“おわり”にむかって歩いていく苦行なのか? 

 

 

 

 この身が砂となって朽ちていく瞬間まで。すべてが無意味に還る時まで。最後に崩れるものを、無感情に積み上げていくだけなのか? 

 

『下級の神官? それで……何がしたいの?』

 

 そう、聞かれた時の、冷たい目を覚えている。

 嫌な感情を向けられたわけじゃない。ただ、温度がないのだ。何も思われてないのだ。だから、冷たい。

 

『わたしは……だれかのために……』

 

 そんな想いすら、いつかは跡形もなく消え去る。

 自分の存在が。

 歴史に何ら影響がないと知って。何を起こしても結局はそうだと悟って。

 

『あっそう。ま、とにかく、仕事をすればいいんだから。えっと、……名前はなんて言ったかな……きみの……。ま、よろしくね、ぼちぼちと』

 

 じゃア、生きるのはなぜ、と聞かれてしまうと。

 使命のため、世界のため、だとか耳障りのいい言葉ばかり並べてしまう。それっぽいものばかり。

 

 でも本当は──。

 

 

 本当に生きる意味は──

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 砂漠の街の神殿は、その規模から入り口が複数街中にある。

 街の正門にある、豪華絢爛なものではなく、関係者しか通らないような、多少立派な程度の扉だ。中には普通に暮らしていて気が付かないような地味なものもある。

 

 特徴的なのは、扉の上の方にアーチ状の意匠があること。

 出入りするのが大抵神官服を着たものだということ。

 

『少ししたら戻りますから。待っててくださいね!』

 

 スゥは街にいくつもある、神殿の入り口の前で、異国から来た客人達に言い聞かせた。

 

Bene, intellego.(わかったよ)

 

 朝に通った大通りから一本入った、すこし狭めの道。

 そこにあるドアに、スゥはするりと身を滑り込ませた。そして後ろ手でドアを閉める。すると、世界が変わったように音の質が変化した。今まで聞こえていた、開放的な外のざわめきから、高さ4メートルほどの石材で出来た通路に響く静かな音へ。

 

 硬質な洞窟に入った時のような音へ。

 

 目の前には窓がいくつかついた通路。これが真っ直ぐ奥ににつながっている。道幅はスゥが余裕をもって3人は並べる程度。雑用をする神官たちの業務用の飾り気のない裏方の通路だ。

 

『……よし』

 

 静寂に耳を慣らさせて、スゥは頷き、通路の奥へ進んでいった。

 かつんかつんと音が響く。もう少し進めば分かれ道が出てきて、中級神官が常駐している部屋があるはずだ。

 

『…………』

 

 今日は別で皆仕事があるのか、廊下ですれ違う神官はいない。いつもなら一度か2度ほど、巻物や書類を持った神官か、インクなどの消耗品の道具を運ぶ下働きの神官がいるはずなのに。

 

 曲がり角に辿り着く。

 そこから見える扉の一つが、目をひく存在感を放っていた。

 

 スゥは足を止め、自然な動作で、神官服の一番上の釦だけをこっそり外した。下にもいくつかボタンがある。そのうちの一つを。

 

 扉の前までやってくる。スゥはコンコンとノックをして、すぐに返ってきた“入りなさい”の声に引かれて、入室した。

 

『失礼します』

 

『はい』

 

 部屋は狭く、奥行きは5メートルほど。正面には、刃物のように鋭い視線を持った、くすんだ金髪の中年の女性が座っていた。彼女は、中級の中でも高位の神官が着る、円と三角、楕円が組み合わさった紋様の服を着て、書見台で鳥の尾羽で出来たペンを走らせていた。

 背後には硝子付きの窓。そこから太陽の光が差し込んで、室内を照らしている。

 いつも感じる緊張感に、スゥは意識して呼吸を一つして、額に右手を当てた。

 

『東の小神殿所属のアルスゥタです。タンタチャ(収集任務)より帰還した報告に参りました』

 

 はい、と返事がある。その間もシャラシャラと紙の上をペンが動く音は絶えない。不思議な香りは、紙の匂いだろうか。スゥは無意識のうちに浅くなっていた息を頑張って再開した。

 

『……以上ですか? では退出なさい』

 

 一瞬。ほんの一瞬だけ相手の神官の目がスゥを捉えた。溶かした金のような、均一な瞳がスゥを捉える。少女は慌てて首を振った。

 

『あのっ、もう一件ありまして……』

 

 その件とはルーク達の事だ。

 サンドワームに襲われかけた事は、街の外ならままある事だ。だが、明らか別の国から来た、パンのような優しい髪色の青年と、少し癖のある岩塩のような髪と瞳の女の人──岩塩よりも何倍も透き通ってキラキラしているが。

 それと、朝焼けの空色をした小さなドラゴン。剣に姿を変える白骨、赤玉に似たカラーの少女。

 

『人を保護、しました』

 

 それらを伝えなければならないだろう。

 勝手に街に引き入れたのは事実なのだ。さらさらとペンの音が響く。音が止まったと思って、スゥが情報の補強をしようと口を開くと、ただ、インクを付けるために一旦紙からペンをあげただけだった。

 

『……わるい方々ではない、と思います。言葉はあまり通じませんが』

 

 反応はない。

 窓から差し込む光がスゥを照らす。壁に向かって話しかけているような、この場にいるようないないような、駱駝色の少女を目立たせる。

 

『強さは、分かりませんが、とても身軽で……今はわたしの家にいます』

 

 反応はない。スゥの一人芝居のように、部屋に認められていないように、彼女がいても居なくても、相手の仕事は続く。スゥの言葉もだんだん尻すぼみになっていって、ついには震える口を意志のちからで無理やり閉じた。

 

『──あぁ。他には?』

 

 数秒沈黙があって、中級神官は顔を上げた。スゥは最初みたいに顔を見てやるぞ、目を合わせるぞ、なんて気概はなくなってしまって、少し俯きながら『ないです』と答えた。

 

『では、退出を』

 

『……はい、お時間ありがとうございます』

 

 ぱたん、とドアを閉める。

 それから2秒くらいスゥは部屋の前で地面を見つめ、この地方にあっても砂一つない廊下に、何度もなんども瞬きを繰り返した。

 

 それで、顔を上げる。

 

 帰らなくては。あの、外国のどこから来たかもわからない異邦人の人たちがスゥを待っているはず。

 スゥは歩き出した。その途中で二人、別の神官にすれ違ったが、会釈も特になく、過ぎ去っていった。

 

 やがてまた、出入り口のドアの前に立つ。

 そこでスゥは最初に外したボタンをそっと付け直した。神殿では身だしなみは重要だ。厳しく見られる。服を着る順番、帯を留める位置、帽子を被るなら被る際の深さ、身につける装飾品の角度。

 

『…………まぁ、そうだよね』

 

 だけど今回、誰にも咎められなかった。

 スゥはドアを押して、外に出た。パッと眩しい外の光量が一瞬視界を眩ませる。そして両耳に溢れる人々の喧騒。騒がしさ。

 

「あっ」

 

 胸のところで響くような、落ち着いた青年の声がして、スゥは一歩外にそのまま踏み出した。

 

Tandem advenit.(出てきた)

 

 身を包むのは、お昼に近くなってきた時間の暑さ。

 頭を振りながら声の主を探すと、背の高い、ここら辺では見ない顔立ちで、目尻を下げながらスゥを見る青年がいた。

 

「用事、おわり、済み?」

 

 彼は辿々しい言葉でスゥに問いかける。少女はその顔があんまり直視できなくて、誤魔化すように目的地を見るフリで笑顔を浮かべて『はい!』と言った。

 

『次は、いよいよ聞き込みですね! 情報が集まる場所といえば……』

 

 その時のスゥは、なんだか他の神官に出会したくなくて、早足に足を進める。先頭を歩く彼女の後ろで、ついてくる足音がして、スゥは説明をしようと口を開こうとする。

 

「ちょっと、ごめん、するよ」

 

 瞬間、スゥの視界に影がさして、青年の柔らかな草木の香りがする。突然の事態にスゥは身を固くして動きを止めた。

 

「はい、これで。かわいい、スゥ!」

 

 パッと青年が離れる。

 何が起きたのか、と真っ白な頭でスゥが青年の顔を見ると、彼は満足げな顔でスゥの背中の一部分を指していた。

 

「おび、おび? ベルト? ほどける、なおす」

 

『……あっ!』

 

 どうやらスゥの神官服の後ろにある帯がすこし絡まっていたらしい。彼はそれを解いてくれたのだ。

 スゥが状況を理解したことを理解した青年は、にこ、と笑う。その表情が、スゥに全て向けられていると感じた時、彼女の身体を駆け巡ったのは。

 

『──!!』

 

 訳のわからない衝動。

 叫び出したくなるような、身体が熱射病にかかった時のような熱がカッと回る。それは頬の辺りを特に染めて、スゥは何かを言おうとして言葉にならば、ぱくぱくと口を動かすだけになった。

 

「……スゥ?」

 

『な、な、なんでも、ないですよっ』

 

 クリーム色をした少女は、それだけ返すことが精一杯だった。

 青年は不思議そうな顔をするだけで、よく分かっていない様子だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 砂漠の街、ミルシット周辺には魔物が出る。

 強烈な毒を携えた鎧の蠍に、岩に擬態したトカゲ。意思を持って獲物をとりに来るサボテン、軍隊を成す蟻ども。空を旋回する大鳥たち。

 そして砂漠の王者、大砂蚯蚓(サンドワーム)

 

 それらに対処せねば人は暮らせない。柔らかい肉は格好の獲物だから。人が集まるところは守る存在が必要になる。

 それが兵。

 

 だが、兵を育てるにも、補充にもコストがかかる。

 じゃあどうするか。

 

 

 

 委託すればいい。

 最初に魔物にぶつける鉄砲玉を作ればいい。

 

『はい、着きましたよ!』

 

 昼を回った時間帯。

 大通りを更に進んで、人通りが多くなり、雑多感が増した賑やかな場所。その中に二階建ての砂漠色をした石造りの建物はあった。

 

「おぉ」

 

 と青年は建物を見上げる。

 見た目は無骨なただの建物。だが、ところどころに感じるのだ。気配を。それは頑丈な建物の、よく見ると見える線の傷だったり、中が見えるように上下に大きく隙間の空いたドアだったり、人が飛び出せるくらい大きな窓だったり。

 

 そして中から漂う金属と、それに付随する油、革、人の匂い。

 

 外からでも分かるほど中はがやがやとうるさかった。

 

『行きましょう!』

 

 スゥは扉を押して中に入った。ルーク達も続いて入る。

 瞬間、沈黙。殺到するのは視線。何十という目が、命のやり取りを日常的にしているものの目がジロリと値踏みをするように突き刺さった。

 それも一瞬。すぐに多くは元の会話に戻って喧騒がかえってくる。一部はまだ相手を定めるように見ていたが。

 

「ここ、戦う、人、ばしょ、だよね」

 

『はい、特別傭兵の方々の待機所です』

 

 ルークはまるで獣のテリトリーに入ったような気分を味わいながら床を踏み締める。香辛料の嗅ぎ慣れない香りと、汗と鉄の匂い。剣の擦れる音。床には何かの木片や、陶器のかけらのようなもの、砕けた石が転がっている。

 

『奥で聞き込みをしましょう』

 

 スゥはその中を歩いていった。ルーク達も続く。

 

 その建物は吹き抜けの二階建てで、右側にテーブルと椅子がいくつか。酒盛りをしている鎧をつけた者ども。その中には片腕が無いものや、ボロボロの布で眼帯をしているもの。そして全身に毛の生えた獣人。種族や年齢さえごった煮。

 

 正面にはカウンターのようなものがあって、仕切りの奥ではパイプに火をつけて、煙を燻らせる髭面の男がいた。年季の入った、場違いな程に高級そうな椅子を軋むまで後ろに反らせ、カウンターにブーツの足を置く姿勢の悪い姿。だが、この男こそがこの雑多で野鄙な場所の主人だと分かる雰囲気を出していた。それは彼があまりに自然だったから。

 

『こんにちは、アルさん』

 

 スゥはカウンターまで歩いていって、声をかけた。髭面の男はちら、とそちらを見て、ぷかと煙を吐き出す。

 

『おぅ、街の神官じゃねぇか。何のようだ? こんな掃き溜めに』

 

 ざらつく、灼けたような声だった。

 二日酔いの人間の声のような。とにかく目の前の男からは血と狂乱の世界にいる感覚がした。ルークは特に表情は作らず、相手を観察する。スゥはカウンターの向こうにいる男に丁寧に告げた。こんな場にあって、スゥの清廉な神官服は浮いて、異物感があった。

 

『お聞きしたいことがあって……』

 

 スゥが言う。

 ほう、と男の目が細められる。

 あまり見ないボサボサのうねった黒髪に、獣のような黒い瞳。

 そこから白い歯が一瞬、ちらりと覗いた。

 

『何を欲する。嬢ちゃん、アンタは何が欲しい。魔物の血か? 牙か? それとも洞窟の奥にある宝玉か?』

 

 この砂漠において。

 借金、産まれ、種族、犯罪者、流れもの。身分によって物と同じような扱いをされる隷属民たちがいる。ここにいる彼らは、その中でも、労働ではなく、魔物と戦う時の一番前の盾役を選んだ者ども。誰かに一生こき使われるのではなく、ある程度の自由と引き換えに、命を魔物の前に晒すことを決めたものども。

 

 つまりは本番の兵士を温存しておくための使い捨てだった。

 ここで戦う役目を見せなければ切り捨てられても文句は言えない。

 そんな、吹けば飛ぶような、入れ替わりの激しい顔ぶれの中で、唯一変わらない顔があった。

 

『言いな。アンタの望むモンは、何だ』

 

 それこそ、この使い捨て戦力──特別傭兵待機所の元締めを任された男である。

 

『金も、ガラクタも、俺らの薄汚れた血液でアンタの元に積み上げてやるよ』

 

 けけけ、と笑う黒い男。

 隷属民という立場でありながら、唯一二つ名を冠した豪傑。

 がらくたの親分、血染めの隷属民、砂の襤褸布。

 

 

 

 “禿鷹(マルカ)”アルタニャ。

 

 

 

『俺らの命すら、誰かの所有物だからな』

 

 神官サマよ、とアルタニャは笑う。

 砂漠の乾いた大空を舞う、屍肉喰らいのように。

 

『そ、そんなんじゃありません! ただ、情報がっ』

 

 この街で一番情報が集まる場所ならば、迷わずここだろう。彼らは街の外に多く出て、異常があれば真っ先に向かわせられる。だから生存と噂話は直結するのだ。あの場所がおかしかった。日の入りがやけに早い、ここの砂丘はこんなに大きくなかった、など。

 

 だから、最近の異常や噂話を教えてくれ。

 

 そう言いかけてスゥが口を開こうとした瞬間、ギャンギャンギャン、と金属を乱暴に叩く音が耳朶を叩いた。

 大きな音に思わず彼女は耳を塞いで身を縮こまらせてしまう。

 

『な、なに……!?』

 

『おおぃ! 緊急だッ!』

 

 入り口から息を切らせて、ドアを蹴飛ばし入ってきたのは、茶色い体毛を持つ犬獣人の男。左右で違う鎧を身につけた彼は、興奮した様子で口角から唾を飛ばしながら叫んだ。

 待機所にいた全員がそちらに注目して、黙って続きを待ち望んだ。

 

『く……っ、……クソミミズ(大砂蚯蚓)が出やがった!! 街の方に向かってやがる!』

 

 ざわ、とどよめく建物内。

 犬獣人の男は喉の渇きからくる粘ついた唾をごくんと大きく飲み込んで、大きく口を開けた。

 

『街まで三時間半、出動命令だッ!!』

 

 しん、と静まり返る建物。

 その静寂を破ったのは、灼けたような野太い声だった。

 

『野郎ども、出番だッ』

 

 腹の奥に響く、アルタニャの声。

 

『ここで逃げりゃ、命はねぇぞ! おら、クソミミズの口元に、飛び込むぞっ』

 

 次の瞬間、室内は爆発するように一斉に慌ただしくなり、武器を持つ者、装備を締め直すもの、でごちゃごちゃとする。

 

『おい、斥候は誰だ』『オッ俺がいく』

『バカ犬が! 酒を吐き出してから言えや!』

『オラの短剣が無くなったぞ』『この前死んだジャタのやつを使え』

『どこだよ』『奥の倉庫見て来い』

『水あるか』『裏の井戸に回れッ!』

『何で成体のクソミミズが急に現れんだよ』

『マークしてない個体だとよ』『はぁ!? 何でそんなん出てくるんだ』『おい、留め具壊れたから誰か貸してくれ』

 

 まるでパニックを起こした人々のようで。

 だが、決定的に違うのは驚くほどスムーズに物事が進んでいること。カオスの中に秩序があり、各々がやるべき事のために準備を進めていく。

 ルークは会話の理解に時間がかかり、取り残されるようにその中に揉まれてしまって、水筒に飲みかけの安酒を入れている別の、耳の尖った犬獣人に気が付かれた。ぱっちりとした目をした若い獣人は、ルークの腰を見て指差し叫ぶ。

 

『おい、異民族野郎(カル・ハキ)、武器持ってるってこたぁ、戦えるんだろ! 手ェかせ!』

 

 パッと手を取られるルーク。

 彼は早口で捲し立てられた為か状況がわかっておらず、困ったような顔をしていた。これに焦ったのはスゥだ。

 

『いえっ、この人はっ、依頼で、情報を……! あの、戦うわけでは無く!』

 

 ルークは身のこなしこそ素早いが、戦えるとも限らない。第一、スゥはこの、軽やかで、すこし頼りなくて、でも優しい異国の青年をわけも分からないうちに流れで死地に送り出すことを止めたかった。

 

『えぇ? なんて!? おっきな声で言ってくれ、ガキ神官!』

 

『だからっ、この人は、違うんだってーっ!』

 

 流れで戦いに参戦されそうになったことにスゥは焦って弁明をする。だが、ボルテージの上がった荒くれものたちは聞く耳を持たず、怒声、罵声、笑い声をあげて装備を固めていくばかり。

 こういった緊急の戦いでは、毎回二人から、ひどい時で20人以上の隷属の民が亡くなる。それだけ危険なのだ。捨て駒なのだ。

 だから行かせられない。こんな危ないこと、情報を聞きにきただけの客人に。

 

『そぉら! 弩は使えんのか! ダメそうならクソ兵どもどかして占領しろっ』

 

『あわ、あわあ』

 

 アスナヴァやシュンカは壁際に素早く移動して難を逃れている。だが、腕を掴まれたルークと、それに付き添っていたスゥは人混みにどんどん押し流されて外に向かう。ぶ、とスゥの鼻先に誰かの腰がぶつかって、彼女は涙目になる。前も後ろも分からない。もみくちゃの中、どうしようと泣きそうになった時、両脇の下から手が伸びて、ひょいと持ち上げられた。

 

「やっかい、ごと? 荒事?」

 

『──わ! と。そ、そうです! はやく逃げましょう! 巻き込まれちゃいます!』

 

 持ち上げたのはあの、異国人の青年だった。

 彼は目尻の下がった優しい顔立ちで、考えるように首を傾げる。スゥは宙ぶらりんの状態で言葉を言い募った。なんとか、この青年に状況を理解してもらうために。

 

 

『逃げないと! 一番前に送られちゃいますって! ねぇ!』

 

「うーん」

 

 スゥは焦る。

 早く、早くこの建物から出ないと。確かに今から戦う人たちは何人か死んでしまうかもしれない。だが、彼らはそれしか道がなく、選んだ人たちなのだ。外の人間であるルークが付き合う必要もない。街にサンドワームがたどり着けば数千の被害が出るかもしれないが、その前に結局は兵士が決死で対処してくれるのだ。

 

『おぉ! 俺らァ、どうせ使い捨てのクソ奴隷の身(ハン・サマラヤタ)!』

 

 誰かが鬨の声をあげる。待機所はもう、鉄と熱気のうねりになって、皆が笑った。

 

『宴の準備をしな!』

 

 酒瓶が飛ぶ。水で薄められた、隷属民の不満を鎮めるためだけに配られた安物のアルコール。それが床に落ちて音を立てる。

 先頭に立つ、大槌を背中に背負った小人が叫んだ。

 

『毎日宴をひらきゃ、宴の日に死ねるのさ!』

 

 ああっ、とスゥは声をあげる。

 いよいよ出発の雰囲気だ。逃げなければ。

 

 だが、彼女は勘違いをしていた。

 

「スゥ、スゥ。きいて」

 

 もし、世界のどこかで、誰かが声をあげてるとき。

 苦しんで、呻いている声を出しているとき。戦いに傷つく人がいるとわかっている時。

 

 それを知っていて、見てしまっていて、目と耳を塞いで知らん顔をして、楽しく生きることが出来ず、無視することが出来ないなんぎな生き方しかできないのが、この青年だと。

 

「僕、行くよ。スゥ、まっててね」

 

『! っ危ないから! ホントに! 危ないんだよー!』

 

 正面から向かい合うように、脇の下から支えられたスゥは口調も乱れて、ルークの胸板をペチペチと叩いた。だが、彼は微笑んで、そっとスゥを下ろす。そして脚に付けた短剣をしまったベルトを引き上げた。

 

「僕は、ルーク。ゆう……じゃない。ただのルーク」

 

 彼はルーク。

 こんなナリだが、齢十の頃より勇者として、人類の最前列で戦ってきた男。

 

「やぁ、そこ、きみ」

 

 青年は近くで拳を振り上げていた髪を剃り上げたエルフの肩を叩く。叩かれた方は不思議そうにルークの方を見て、格好を上から下まで観察し目を見開いた。

 

『よぉ、ひよっこ。そんなナヨナヨした格好で戦えんのか?』

 

「うん、戦う。助太刀、するよ」

 

 彼はルーク。

 加護を失っている勇者。

 

 肩書きや、煌びやかな英雄譚が先行して、分かりづらくなっているかも知れないが、いかに見た目が温和で、言動が優しくとも彼らは元より──荒事の専門家なのだ。

 

『足手纏いになんなよ! ガキ!』

 

「まかせて」

 

 

『ええっ!?』

 

 

「さ、いこう!」

 

 

 

 こうして。

 こうして、加護を無くした勇者の初戦。

 サンドワーム討伐戦が、始まったのだった。

 

 

 

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