おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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69話 安穏期の終わり。魔曲。

 

 

 翌日も、情報収集のために傭兵待機所を訪れていたルーク一行。今日も通訳とか意思疎通のためにスゥが同行していた。

 

 

 天気は晴れ。じりじりと灼かれるような気温。

 だからこそ、建物の中の日陰はありがたいものだった。

 

『ですから、変なこと、最近ありませんか?』

 

 スゥがテーブルに手をつきながら訊ねる。

 相手は昼間から酒と短剣を研いでいた男だ。ドカリと背もたれのあるボロボロの椅子に腰掛けて唸る。

 

『変な? んー、そうは言ったってよぉ』

 

 昨日の残りの酒を舐めながら、頭に傷跡のある男が言う。

 そして顎髭をじょりじょりと撫でながら、悩むように声を出し、数秒。あっと何かを思い出したように言った。

 次の瞬間。

 

『緊急だっ!』

 

 また、待機所の簡易的な扉をぶちやぶる勢いで若い短髪の男が飛び込んできた。デジャヴを感じるような、同じ構図。ルーク達は入り口に目を向ける。

 傷跡のある男も、自身の会話が遮られたことを気にする様子もなく、入り口に目を向けた。

 

 若い男はごく、と喉を鳴らす。

 そしてすぅ、と息を吸って大声を響かせた。

 

『出たぞっ!』

 

 待機所は一瞬で静まり返り、若い男の言葉を聞く体勢に移行する。

 先ほどまでだらけていた者たちとは大違いの、あまりの変わりようだが、既に経験していたルーク達は困惑することなく男の言葉の続きを待った。

 

『あいつ、……あいつだ』

 

 若い男は走ってきたようで、珠のような汗をかき、息を必死に整えながら言う。横から革袋に入った水が飛んできて、彼はそれを慌ててキャッチしてぐい、と飲み干した。

 

『で? 何が出たって?』

 

 よく通る声で、待機所の奥から問いかけが飛んできた。

 アルタニャだ。彼は相変わらずカウンターに両足を乗せて行儀悪く、黒い目を向けた。

 

『さ、“サソリ”だ。あの処刑サソリが出た、マークしてない個体だ』

 

『そうか』と、アルタニャ。彼は続けて、出動か? と聞いた。若い男は“ああ”と頷く。

 

『命令は、半日以内に、行商人が目撃したっていうサソリの調査と討伐だ。もう下ってる』

 

 静寂。

 ルークにはサソリ、が何を指しているのか分からない。

 だが場に走った微かな緊張が、相手の厄介さを示しているようだった。開けっぱなしになっていた、逆光の入り口から風が吹いて、ざらついた砂を室内に運んできた。

 

『よし』

 

 と声が響く。

 アルタニャはギシと椅子を軋ませながら立ち上がり、腰の大鉈を抜き取り、カウンターに叩きつけた。

 

『おら、出動だ! 宴の支度だ! 行くぞ、クズども!』

 

 建物をびりびりと震わせるような大声。

 スゥは耳を塞いで涙目になりながら体を小さくした。そして一拍おいて『応!』と中の全員が答えた。

 

 

 また、始まるのは隷属民たちの討伐戦。

 命が軽い、無理無茶の出動が今日も掛かったのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 午前中の、すでに天頂近い太陽を睨みながら一行は進む。

 

 アルタニャの号令からたった数時間でルーク達は砂漠に出ていた。

 

『いいか? 気をつけろよ』

 

 ルークの横を歩く、背の高いツノの生えた男が低い声で言った。

 東方の地域から流れてきた一族らしい。彼は欠けた片方を指しながら言っていた。

 

『処刑サソリとか呼ばれてるやつは、この砂漠に一種類しか居ねぇ』

 

「つよい、ですか?」

 

 ルークが汗を拭いながら訊ねれば、男は渋い顔をして頷く。

 

『ああ。だが、強い上に厄介だ』

 

 今回ルーク達が追うのは五メートルを超える、黒く光る鎧のような甲殻を持った魔物。

 サンドワームに次ぐ、もう一体の、砂漠の厄介者。

 暗殺者、黒い騎士。黒甲殻大蠍(ハチャ・チヤラ・カタリ)

 

 

 これも、通常なら想定外の個体は居ない筈だった。

 

 この魔物は強力すぎて、周囲の生き物を()()()()()。だから、砂漠には食物の関係上、継続して10体しか存在できないのだ。

 その、十体は、おおよその位置をマークされていた。(マヤ)から(トゥンカ)まで。誤差はある。だが、少なくとも最低最悪のタイミングと、最高の場所に現れるはずが無かった。

 

「それで──」

 

 ルークが続けて質問をしようとする。

 だが、その時、“居たぞォ!”の声とともに、鋭い風切り音がした。

 

 ルークが抜剣して声の方を見ると、まるで全身をガチガチの鎧で固めたような、動く黒い金属が居た。いつの間に現れたのか。

 まるで砂漠に場違いなものが持ち込まれたような違和感。

 

『KI KIKIKI』

 

 サソリは、両手に流線型の鋏を掲げ、甲冑のような脚と何重にも重なった先端がピックのようになっている尻尾を持っていた。

 よくよく見れば、周囲を砂が舞っている。

 突然現れたタネは地面の中から飛び出してきたからだろう。

 

『来るぞっ!』

 

 午前、砂漠。晴れ。

 大蠍はその光沢のある、大人一人分はあるハサミを振り上げ、戦端は開かれたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

『はあっ……はあっ……よし……』

 

 

 数十分後。

 砂漠には、転がった黒い甲冑のような物体と、汗をかく隷属民達の姿があった。

 

 大蠍の死骸である。

 

『死んだやつはいるか?』

 

 アルタニャが雑に聞けば、いねぇ、と疲れた返事が返ってくる。

 

 突発的に開かれた大蠍戦は、アルタニャの采配で、怪我人も出しながら、死者ゼロで倒し切ったのだ。

 

 驚異的なことだ。ルークは剣を収めながら戦いを思い返す。

 

 彼は大サソリの唯一の脆い弱点の、関節部に何本もナイフを打ち込むように人を動かし、最後にはサソリは自身の関節に差し込まれたナイフのあまりの多さに可動限界を迎えて千切れた。

 

 アルタニャは今回がサソリ戦だと知っていて、最初から大量の切れ味の良いナイフを用意させていたのだ。関節部から自壊したサソリはもはや戦う者の脅威ではない。

 そこをよってたかってトドメを刺したのだ。

 

 凄まじい連携である。またもルークの仕事は無かった。

 

『あ゛〜!! つかれた!!』

 

 腰をぼきぼきと鳴らしながら、アルタニャが叫ぶ。

 周囲では血を流したりしながらも倒したサソリに安堵の空気が広がる。

 命の緊張が途切れた雰囲気だ。

 

 弓を片付けた森人の女性が、欠けた矢尻を拾うために腰を屈めていた。

 

『いやー、よかったよかった』

 

 昨日の晩、ルークに絡んでいた猫獣人の女性もナイフを手に、やれやれといった様子で呟く。赤い髪の収まっていたフードを暑そうに外して、ぱさりと髪が風に靡いた。額には汗が滲んでいる。近くにいた男が笑いながら“まったくだ”と仲間の死体処理がなくてよかったと笑う。

 

 ルークは今回も特に出番はなく、だがある程度予想はしていたのでわいわいとする騒ぎを遠巻きに、ふー、と表情を緩めて肩をすくめた。

 あとは帰るだけだ。また街の平穏は守られた。

 

『オッ、新人クーン、今日もエラかったぞ〜、生き残ることはエライことだ!』

 

 と、そんな様子のルークを見つけた猫獣人の女性が、ニコニコと笑いながら手を振ってきた。汗に張り付いた髪が数束、彼女の額にくっついていた。すこしボサついた髪。爛々と輝くエメラルドの瞳。元気な様子にルークは苦笑いをして手を振りかえす。

 

『また、お酒飲もうねぇ。次は、横来てよ』

 

 ね? と彼女がちょっと疲れた顔で、だがそれ以上に楽しそうに笑う。ちらりと白い犬歯が覗いて、ルークは顔をこわばらせる。

 また、夜にはどんちゃん騒ぎだ。

 宴が始まるだろう。皆んなそれを知っていて、撤収作業も手慣れた様子だ。あれはどこに行った、ベルトが無くなった、剣は回収しろ、だの騒いで、騒いで──

 

 

 

 直後。

 赤髪の、猫獣人の彼女の背後で砂が盛り上がり、背後に()()()のサソリが出現したことに誰も気がつかなかった。

 

『えっ』

 

 誰も見ていない。

 反応が遅れた。

 

 猫獣人の彼女は、狩りの終わりの撤収作業の少し離れた位置にいた。彼女の短剣が戦闘中に遠くまで飛んでいってしまったのを回収する為だった。周囲に人はいない。彼女を狙った、狙い澄ました一撃。一人を確実に葬るための、不可避の一撃。

 

 猫の耳を動かす時間すらなく、彼女は反射で振り返りながら何が起きたのか分からない表情だった。

 

 翠の瞳に黒々とした鋏が迫る。

 

 油断。

 想定外。

 

『おっ──』

 

 気がついた誰かが叫ぶ。

 だが遅い。別の作業をしていて間に合わない。

 

 

 何が致命的に悪かった訳ではない。

 

 

 ほんの少しのミス。集団から離れたこと。戦闘後で警戒を一瞬切ったこと。それだけ。

 

『にげ』

 

 だが砂漠はそれだけで、容易く、猫獣人の彼女の命を攫っていく。

 ここは常にギャンブルなのだ。賽を転がして出た目がダメなら簡単に、意思や努力や信念なんか関係なく、無表情に殺していく。

 

 

『ひっ、あ』

 

 迫る、視界を埋め尽くす黒光りする鋏を見ながら。

 スローモーションの世界で、彼女は身体の力が抜けていくのを感じていた。

 

 黒色が照り返しを受けて光る。

 風が顔を叩く。光がゆっくり反射を変えて、きらきら光る。

 まわりの人たちが慌てて準備するのが見える。間に合わない。

 

 ──これで、おわり。

 

 彼女は引き延ばされた、最期の時間で自問自答する。

 

 おわり? 

 そうだね。運が悪かった。でも、こんな、こんな? 

 こんな所で、おわり? 

 

 待って、だって、まだ。

 

 まだ──

 

(恋愛だってちゃんと出来てないんだよ?)

 

 鏡面みたいにつるりとしたサソリの甲殻に、自分の表情が写って。

 

 彼女の身体が蠍が出てきた砂の余波でちょっと浮く。走馬灯で出そうとした解決策が破滅していく。ダメダメダメ。どれも打開策なり得ない。どう足掻いたってもうおしまい。旅はここで途切れて、砂漠にたくさんある屍の一つになる。自分が無表情に晒さられる干からびた死体に加わる。

 とうとうもう、どう頑張っても回避が無理な所までサソリは迫り、鋏に断ち切られそうになり。

 

 

 

 

 

「──シッ!」

 

 

 

 

 

 

 白い剣が、その軌道を止めた。

 

 

『えっ?』

 

「お、おおっ!」

 

 彼女の目の前。鼻先に誰かが立っていた。

 よくよく見れば、それはあの、純朴そうな薄い茶色の青年だった。彼女は声が出ない。

 髪の毛が触れそうな位置で、彼はサソリに押し込まれるようにジリジリと鍔迫り合いをする。あの目立たない、彼女にとっての“新人クン”が。

 鬼気迫る表情で、鋏と剣で火花を散らしていた。エメラルドの瞳に火花が反射する。

 

『きみ……』

 

「はやく、ッ!」

 

 彼は呻くように声を絞り出す。

 この瞬間もぎゃりぎゃりと鋏と剣が拮抗していた。

 

 ──彼女は知らない。あの、ぽやぽやとした青年は。

 

「ひけ、にげ、……“引け”!!」

 

 この世に戦いがあって。

 

「いきてるならっ」

 

 誰かが傷つくのなら。

 

「あなたを、たすけるっ!」

 

 

 一番危険な場所に、彼は迷いもなく現れる。

 

 

 猫獣人の彼女は、我を取り戻し、いつのまにか尻餅をついていた姿勢のまま、二、三歩の距離を地面を這って稼いだ。脚に力がうまく入らなかった。がくがくと、夢のように身体はふわふわ浮いている。なぜかといえば、もう、身体は死ぬことを受け入れてたから。

 でも、頭で考える前に青年の声に押されて必死に距離を取る。

 

「──よし、いい」

 

 そして、数メートル稼いで顔を上げた時、青年が抑えている右の鋏と反対側の鋏が降りかかり、彼に襲いかかってくる瞬間を目撃した。彼からは死角の一撃に、彼女はサアッと血の気が引くのを感じる。

 

『あ──』

 

『KI……KIKI?』

 

 危ない、そう言いかけて、言葉は激しい金属音に止まった。

 風が彼女の赤い髪を揺らした。砂漠の熱気のした、揺らぐ蜃気楼とともに勇者は剣で反対側の鋏を受け止めていた。

 

()()()()()()()()

 

「ぼくだって、二つめを、つかうさ」

 

 彼女は驚く。

 いつの間にか彼は、もう一本赤茶色の捻れた剣を反対側に持ってサソリの一撃を受け止めていたのだ。

 どのタイミングで装備したのか、いつから持っていたのか。そんな疑問をよそに彼は片脚で目の前にいるサソリの足を思い切り払った。

 

 ギィん! と金属がぶつかる重たい音。

 ルークのブーツにある鉄板と、蠍の甲殻が衝突する音だった。耳の良い獣人である彼女は耳の奥が痺れて反射で涙が出てくる。

 だが、青年はまったく怯んだ様子は見せず、脚を振り切った。

 

 ──実はこの時、ルークがカランコエに鍛造してもらったのは、サソリの足元の砂だ。地面を圧縮して砂を固めて打って。出来た剣で反撃すると共に、足元の砂が鍛造に使われるとどうなるか。

 

『KIa!? KIKIKI』

 

 蠍がガチャガチャと細かな金属片を叩くような独特の声で吠える。

 ルークの足払いと、()()()()()地面陥没により、サソリの身体は大きく傾いた。ちょうど、踏み出しの時に躓いた形に近い。その懐に青年は躊躇いなく入り込む。腰を屈めて、四足歩行の獣のように。

 

『すご……』

 

 猫獣人の彼女は、助けに入ることも忘れるほどぽかんと目の前の戦いを見ていた。あまりに高速で、澱みなく、動作の切れ目がない独特の戦闘だったから。そして、超がつくほどの近接戦闘だったから。

 

 ルークは魔女カランコエに魂を打ちつけられ、鍛造され、擬似的な回復を得ている。だが、危なくないか、と言われれば否だ。

 即死をすれば、カランコエの鍛造が間に合わず、ルークも死ぬ。当たりどころが悪ければ、攻撃をいなしきれなければ、死ぬ。そのリスクを踏み越えてゆく。

 いつだって、死と隣り合わせ。

 

 死と生が曖昧になる戦いの最中で、彼の動きはキレを増していく。

 汗が飛ぶ。きらりと剣筋が光る。裂帛の声が重なる。砂が舞う。

 

「せ、あッ!」

 

 ただ、澱みなく、剣を振り、蹴りを放つ青年。ときどき赤茶色の剣を何処からともなく掴んでは、サソリに突き立てていく。刺さりはしない。だが、衝撃でダメージは与えていた。

 

『KKKAA!!』

 

 彼女の目の前、数メートルの位置で薄い茶色の頭の上下が、曲芸のように入れ替わる。

 白い剣の煌めきが、複雑な軌道を描いて、黒い甲殻と踊り出す。

 ルークも無傷ではない。細かなかすり傷や裂傷を受けて血を流している。だが、この砂の上で、三メートル近い高さの蠍と全身を使って戦う彼の姿は。

 

『綺麗……』

 

 場違いながら、剣舞のようだった。

 

 

「て、あッ、ぁぁ!」

 

『k KKKAA!!』

 

 ルークも叫ぶがサソリもまた、必死だ。

 強力な不意打ちの初撃は防がれたが、砂漠の厄介者の名前は伊達ではない。鋏の一撃は瞬きの間に質量と切れ味をもって相手を刈り取るし、尻尾の薙ぎ払いも相対する存在からは意識外の鞭打のようになる。おまけに毒付きだ。強敵、人類の敵。圧倒的狩る側の存在。

 並の相手ではすぐにサソリの前に立てば肉の塊と化す。

 

「ぜ、あ!」

 

 だが相手はルーク。

 鋏がブォンブォンと振られるたびに血を流すが、致命傷は避けている。そしてその流れる血や、切り取った蠍の甲殻すら“鍛造”して武器にする。一度振った剣はポイと投げ、新たな剣を片手に突っ込む。

 彼に武器の破損や、不足といった事態は当てはまらない。魔女がついているから。

 

『は、はぁ! く、ふふ、なんだ、ありゃ』

 

 まるで竜巻のような戦いは、誰も介入することを許さない。

 猫獣人の彼女のさらに後方、二十メートルほど離れた地点で戦闘を見守りながら、アルタニャは遠巻きに戦いを観察して、顎を撫でて嗤った。

 

(強い強いとは思っていたがよ)

 

 あの青年の戦い方は、“処理の押し付け”だ。

 

 地形を削りながら、相手の姿勢を崩し、その隙に入り込み削る。距離を取ろうなどという考えはない。砂に埋まった石が戦闘の余波で転がって来れば迷いなく掴み、投げつける。装備の布が千切れれば、サソリの眼の部分に投げつけ一瞬の目眩しにする。相手が踏み込んできたら、魔術か何かで踏み込み地点を窪ませて勢いを削ぐ。狙いを誤らせる。ズレた部分に身を滑り込ませて、いつのまにか()()()剣で切りつける。

 

『ありゃ、戦いたくはねぇな』

 

 アルタニャは笑いながら、眉間に皺を寄せる苦笑いに近い表情で呟いた。あの青年と戦う相手からしたら、躊躇なく突貫してくる上に、武器もどんどんと変化し、自分の足元にも注意を払わなければならないし、意識を逸らせばすぐに別の攻撃が飛んでくる。対処するべき事項が多く、頭が焼き切れる思いだろう。

 

 怪我をものともしない。とんでもない、インファイター。

 砂漠の連中にも負けない、とんでもない、気狂い。

 

 

『K A k A k a!!』

 

 

 気がつけば。

 

 勇者の周囲には無数の剣が突き刺さり、蠍が鋏を叩きつけるたびに剣が何本も砂ごと宙に浮かび上がるような風景になっていた。まるで戦場跡だ。ルークはその剣を器用に掴んで、また新たな攻撃にする。

 戦闘開始からもう、数分が経っていた。

 

『こんな、戦いかた……』

 

 ルークの後ろで、庇われるようになっていた猫獣人の彼女は呟く。

 彼の戦闘は凄まじい。激しく、粗暴で──美しい。

 だが、あんな無茶な機動、人間が続けていれば酸素は無くなり、身体は空気を求めて悲鳴を上げる。ミスは増えて、それは死に直結する。無茶だ。

 時間は確実に彼を窮地に押しやっていた。

 

『ねぇ、ねぇ! アタシも戦うから、一回引いて! そんなんじゃ、死んじゃうよキミ!』

 

 震える手で短剣を構え、叫ぶ。

 だが彼の動きは止まらない。それどころか加速し始め、彼女は声にならない悲鳴をあげた。

 

『死んじゃ、しんじゃう! お願い、もういいから、一回距離を取って!』

 

 

 だが、戦闘開始から数分が経つということは。

 

 

 

『──おい、あれ、なんだ』

 

 

 

 獅子奮迅の動きを遠巻きに見ていた誰かがぽつりと呟いた。

 その言葉に、目を凝らした狼獣人の男がジッとルークを見る。

 

『ありゃあ、なんだ』

 

 狼獣人の男も訝しげに言う。

 ルークの肉体からは、汗と血とは別に、紅い粒子と黄金色の粒子が立ち昇りはじめていた。

 

「シ──ィッ」

 

 戦闘継続時間によって、ルークはもう一つの力を持っている。

 戦いが長引けば長引くほど、エンジンが掛かり、力を増す寝起きの悪い異能。

 

 

 発動するは、北の英雄の能力。

 

 

血煙立ち昇る我が膂力(グラニオゥズ・ニキティチ)

 

 

「せぇ、いッ!」

 

 横薙ぎに振るわれた鋏をスウェーでかわしながら、ルークは蠍の足を右手で掴む。通常なら人の力では動かすことも出来ない蠍の足。それを青年はみきみきという異音を響かせながら引っ張る。

 

『KI !? KAKAKIKIKI!』

 

 異常に気がついた蠍が甲高い声を上げながら、やたらめったらに鋏や尻尾を振り回すが、それが却って周囲にある剣に体を擦り付ける羽目になる。ぎゃいん、ぎゃいんと金属、甲殻が擦れ合う音が連続する。

 

「ッ──!」

 

 無数に突き刺さった剣は、相手への妨害と、自身の手数にする二重効果。地面から抜けて浮かんだつるぎは勇者が空いている左手で掴み、蠍を切り付ける。攻撃はあくまでいなすだけ。ルークの本命は、今掴んでいる蠍の脚。

 

「あ あ ぁぁ ぁッ!!」

 

 びきびきと甲殻が割れ出す。隙間から白っぽい体液が染み出してきて、ばたぼたと砂に落ちる。

 

「あ あ あ!!」

 

 そしてついに。

 ぶりん、という奇妙にも滑稽にも聞こえる音と共に、蠍の足は一本捩じ切られた。

 

『ka KAKAKAKAA!!』

 

 蠍は叫ぶ。

 ガクンと体勢を崩しながら、目の前にいる憎き“敵”に毒を分泌して噛みつこうとした。だが半身になってかわされる。

 

 敵の右手には黒く輝く鎧の残骸のようなサソリの脚がぶらりと揺れている。

 

「さて」

 

 身体から分離したパーツがあればどうなるか。

 くっつけて再生など許さない。相手から切り取った一部は本体と引き剥がされても尚、強靭さを失わない。

 

 で、あるならば。

 

「カランコエッ」

 

 強敵の身体は、つるぎの魔女にとっては最高の素材でしかなかった。

 

『はぁ』

 

 この魔女は、すべてを叩き、打ちのめし、鍛え上げる。

 鉄、土、木、骨、肉、そして魂までも。

 

 ルークがサソリの攻撃を首を捻り、地面の砂を蹴ってかわす。続いて鈴を転がすような静かな声。機嫌はちょっと、悪そうだ。

 

『また、むちゃばっかり』

 

 ばかじゃない? という声とともに、勇者の右手に光とともに収まるのは、周囲の光を反射する、光沢のある一本の槍のような細長い剣。

 

 

 

 魔女は、蠍の脚を鍛造した。

 

 

 

 蠍が怒り狂い尻尾と鋏でルークを叩き潰そうとする。彼はその瞬間に前に出て、相手の射程をずらし、むしろ攻撃を足場に空中に飛び上がった。

 

「おおおおぉッ!」

 

 高く、蠍よりも高く、地上七メートル地点までの跳躍。

 砂漠の太陽が青年を逆光に照らす。真っ暗な影となった彼が、手に持った、まるで高跳び棒のような長剣を掲げ、体重を乗せるように身体にピタリと沿わせ

 

「ごめんね」

 

 ──ずぶり、と蠍の頭蓋に突き刺した。

 同じ素材なら、負ける道理などない。

 

 相手のものすら武器に変える。

 

 

『K……aka……i ……』

 

 

 一本の串が刺さったような蠍は、ぶるぶると震え。

 ずしゃりと崩れ落ちた。

 

 ルークは息を荒らげながら着地する。

 周囲は静かだった。

 ぜい、ぜいと汗が落ちる。視界が揺れて、耳が異音を拾う。

 

『く、そ』

 

 金属の混じった、声が聞こえた。

 ルークはバッと振り返る。

 声の主は、蠍からだった。殻の下で、無機質な眼がこちらを見ている。

 

『がらんどうの、ころしやが』

 

 血の海で溺れるような、怨嗟の声。

 深く、深く、などと上がってこないものの声は小さすぎて、ルークにしか聞こえないようだった。アルタニャ達が駆け寄ってくるのが見える。

 蠍の声は止まらない。いや、果たして聞こえていたのか。極度の疲労からくる幻聴か。

 

『くるしんで、しね』

 

 魔物が喋った。

 カタと、殻が最期の揺れをした。

 

『しね、くるしんで』

 

 その言葉を聞いて、ルークは力の抜けた、ふっとした笑みをする。

 この魔物は何を言ってるのか。自分を殺した相手を、最期の景色に睨みつけて焼き付けるように、言葉を吐いたのだ。

 

 しね、しね、と。

 

 だから、ルークは何を今更と、息を荒らげたまま、肩をすくめるのだ。

 

「言われずとも」

 

 身体に疲労がまとわりつく。

 高温環境での戦闘による気怠さが襲ってくる。

 やっと、戦いが終わった。

 

 これで、これで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうとも、死ね、勇者よ」

 

 

 

 

 

 

 ぱちぱちぱち、と拍手が響いた。

 蠍の横に、誰か立っていた。

 

「勇者、勇者。加護を無くした勇者よ」

 

 ルークの知る言葉で喋る、グレーの髪を後ろに撫でつけ、貴族のようなマント付きの服を着た、不思議な男が。

 強烈な、重力が歪んだと錯覚するほどの悍ましい存在感が急に襲ってくる。ルークは反射的にカランコエの剣を構えていた。

 

「よくも我が臣民を殺めてくれたね」

 

 瞳の色も、グレー。

 だが、金色に錯覚するほど魔力に満ち溢れ、周囲が蜃気楼のようにぼやけていた。

 

「吾輩は逆行の魔王」

 

 男は慇懃に、貴族の礼をした。

 飾り紐がちゃりと垂れる。男が“魔王”と名乗った瞬間にルークは即座に斬りかかった。

 頭より体が先に反応していた。何度も嗅ぎ慣れた、魔王の匂い。

 

 だが、剣がズレていた。

 ルークの狙いが魔王にズラされたのだ。

 振り終わった瞬間にルークは理解した。

 

「あの街と、()()()()()()を、滅ぼしに来た魔王である」

 

 魔王はペラペラと高説を続ける。

 青年は再びロマンスグレーの男に下からの切り上げを行うが、また狙いが逸れる。身体が氷になったように、背筋が青ざめていた。

 

()()()()

 

 ルークが冷や汗を垂らしたと同時に、ロマンスグレーの男はやれやれと肩をすくめた。

 

「当たらんよ。吾輩は時間を操る」

 

 再度、横薙ぎ。

 しかし軌道が乱れて男には当たらない。魔王と名乗った男は優雅に微笑み、眉を下げる。わかりやすい困ったような表情。

 

「実は、未来でな。我はある勇者に殺されかけているのだ。もう、喉元まで刃が迫っててな。このまま戻れば我は死ぬ」

 

 逆行の魔王はゆっくり首元のスカーフを取る。首元に傷。半月状の切り跡があった。そこから血が垂れてる。決して塞がらない傷のように、そこだけが鮮明に見えた。

 

「だから、策だ。勇者の根本から絶てば、目の前にある勇者は消える。我輩は生きられる。我が臣民たちも生きられる」

 

 何を言っているのか。

 ルークには分からない。ただ、正攻法で行っても攻撃が通用しないと分かり、一歩下がって観察した。

 魔王は満足そうに、長い腕を広げて高らかと声を上げた。

 

「故に、我は宣言す」

 

 アルタニャ達は何をしているのか、無事かとルークが周囲をさっと見渡すと、彼らは失神するか、その場で膝をついて吐いていた。

 魔王の放つ異常な魔力と、圧力と、気持ちが悪くなるくらいの違う常識に生きる存在が当たり前に存在する認知の歪みによって。

 魔王は、ただそこに存在するだけで脅威となる。

 

 そんな死屍累々のオーディエンスを背負って、魔王は宣った。

 

「宣戦布告だ。吾輩は正面より滅ぼし、勝って我が王国を生きながらえさせる。だから、──未来での勇者発生を阻止するために、過去800年前に遡ったいま、女神教および女神の発生を阻止しよう」

 

 は、とルークの口から息が漏れる。

 すると魔王は青年の様子に気がつき、目を丸くして驚いたという風な表情をした。

 

「何だ、気が付かなかったか、未来の勇者。あの街に居る、今代の大巫覡こそ、女神となる存在の人間時代だぞ」

 

 唐突に判明した情報。

 何の前触れもなく現れた魔王。

 そして情報すら与えてくる。

 

 意味がわからず、ルークは混乱する。

 魔王はそんな混乱が分かっているように、無視をして砂漠の奥の奥を指差した。街とはちょうど反対側だ。

 

「この砂漠の奥に我が拠点はある。そこから我輩の軍は打って出て、この街を三日後から轢き潰そう」

 

 

 そこで、気がついた。

 蜃気楼の奥の奥。

 ゆらめく視界の、赤茶色の大地の奥に、()がある。

 壁がある、尖塔がある。街がある。

 

 

「うっ、そだ」

 

 

 そして、その街は()()()()()

 規模は分からない。見える範囲は限られている。今は遥か遠くだ。ルーク達のいる町までは宣言通り三日ほどかかるだろう。

 だが、動いていた。蠢いていた。建物がゆらゆらと、城壁がズルズルと。動いていた。

 

 

「嘘ではないさ。有言続行。支配者の義務である」

 

 

 かつて聞いたことがあった、お伽話。

 

 とある、白い石で有名な、豊かな国があった。

 噴水と大理の石、整った街並み美しい国民性。そんな豊かな国を治める王様がある日とつぜん、狂った。

 

 そして、その国丸々一つを魔に堕としたのだという。

 国民の、一人残らずを。

 

 結果、どうなったか。

 

「我が国()()()で、女神教をほろぼすぞ」

 

 国民全員が魔に属する、移動する最悪の厄災となった。

 歴史に名を刻む、存在が確認されている魔王の一つ。()()の一つ。

 今までに六つの国を引き殺してきた、その名は──

 

 

 

侵蝕蠕動国家 パンデモニウム

 

 

 

 

 この魔王に限っては、相手は魔王、ではない。

 この魔王の根城とする国家、そのものだ。

 これがどれだけ最悪なことか、分かるだろうか。

 

「なんっ、でこんなとこに居るんだ!」

 

 ルークか思わず叫びながら、剣を構える。

 だが、魔王は気にもせず、楽しそうに構えて歌い出すが如く。

 

 

 

「戦おう! 争おう! 殺し合おう! ──自由のために」

 

 

 

 そう言って指をパチンと鳴らす。

 それだけで、その場には景色が切り取られたように魔王の存在だけが消えていた。風や音すらなかった。

 

 

 

 

 宣戦布告がおわり、魔王による征伐が──始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

【討伐対象開示】

 

侵食蠕動国家『パンデモニウム』

ランク【EX】(規模によりB〜Sまで変動)

 

【失敗条件】

 

大巫覡の死亡→女神教の消滅

 

 

 

 

 

 

 

▶︎START⠀ ⠀ ⠀

【Y/N】?⠀ ⠀ ⠀

 

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