キュアスカイ、キュアプリズム、キュアマジェスティが登場します。
朝の空は、どこまでも透き通るように青かった。
窓から差し込む陽射しが机を照らし、教室のざわめきと混じって、心地よい賑わいをつくり出している。
「ソラちゃん、おはよう」
ましろさんがいつもの柔らかな笑顔で声をかけてくれる。
「おはようございます、ましろさん」
私は背筋を伸ばし、丁寧に返した。胸の奥で少しだけ熱くなるのを、隠しきれなかった。
彼女は隣の席に鞄を置き、机の上にノートを広げる。髪を耳にかける仕草が、なぜかやけに印象に残る。
いつ見ても、彼女の仕草はやさしさに満ちていて、気がつけば目で追ってしまう。
「今日、帰りに公園のカフェに寄らない? 新しいメニューが出たって聞いたんだ」
「えっと……はい! ご一緒させてください!」
思わず声が大きくなる。周囲のクラスメイトがこちらをちらりと見たので、あわてて小さくうなずいた。
ましろさんは、口元に手をあてて小さく笑う。
「ソラちゃんって、本当に素直だよね」
その言葉に頬が熱くなるのを自覚した。胸の奥が、少し苦しいくらいに高鳴っている。
放課後。
二人で歩く帰り道、アスファルトの上に伸びる影が寄り添うように重なっていた。
「この道、ソラちゃんと歩くと、なんだか特別に見えるんだ」
「特別……ですか?」
「うん。空が広くて、風が気持ちよくて。ソラちゃんが一緒だと、余計にね」
私の胸の奥に、くすぐったいほどの温かさが広がった。
どうしてだろう。戦うときの勇気とは違う、けれど確かに力をくれるもの。
彼女の横顔を見つめるたび、それを強く感じてしまう
カフェのテラス席。
ガラスのグラスに満たされたソーダは、澄み渡る空のように青く輝いていた。
「これが限定のスカイブルーソーダだって。きれいだね」
ましろさんは、嬉しそうに目を細める。
「本当に……まるで空を閉じ込めたみたいです」
私は思わず見とれてしまう。だが、視線はソーダではなく、隣で笑うましろさんの横顔へと吸い寄せられていた。
「ふふっ、せっかくだから一口交換しない?」
「えっ……」
戸惑う私の前に、ましろさんは自分のグラスを差し出す。
代わりに、彼女の手がすっと私のソーダへ伸びた。
「はい、あーん」
ストローを軽く向けられて、胸が跳ねる。
「……っ、あ、ありがとうございます」
おずおずと口をつけると、甘酸っぱい炭酸が喉を駆け抜ける。それ以上に、彼女の仕草に全身が熱くなる。
「どう? こっちの方が甘いかも」
「そ、そうですね……」
隣では、ましろさんが何気なく私のソーダを飲んでいた。口元がほんの少し濡れ、陽光にきらめく。その光景を直視できなくて、視線をそらす。
椅子の上で小さく姿勢を変えたとき、肩がふと触れ合った。
「……っ!」
体が強張り、思わず固まる。
「ソラちゃん?」
「い、いえっ……なんでもありません!」
必死に取り繕う私を見て、ましろさんはくすっと笑う。
「そういうところ、かわいいな」
その何気ない一言に、心臓が痛いほど跳ねた。
その穏やかな時間を、ふいに空を裂く轟音が奪った。
大気を震わせる低い響き。
見上げると、青空に黒い亀裂が走っていた。
「な、なんですか……これは……!」
亀裂から漏れる漆黒の光が、まるで空そのものを呑み込もうとしている。
ましろさんの手が、不安そうに私の袖を掴んだ。
「ソラちゃん……いやな予感がする」
「……はい。変身して、確かめましょう」
胸の奥に溢れる熱。勇気が翼に変わる瞬間。
私とましろさんは、同時に拳を握った。
「ヒーローの出番です!」
「ヒーローの出番だよ!」
光が二人を包み、制服は鮮やかな戦闘装束へと変わる。
――キュアスカイ。
――キュアプリズム。
その姿で、私たちは空を裂く亀裂へと駆け出した。
「ふふふ……」
地の底を震わせるような低い笑い声が、裂け目の奥から響いてきた。
黒い光の奔流と共に現れたのは――全身を漆黒と紅の鎧に包み、筋肉そのものを鎧とした女。
身長は私たちよりも二回りは大きく、その鋭い瞳は獲物を射抜く猛禽のよう。
彼女はゆっくりと両腕を広げ、闇の瘴気をまとわせながら声を張り上げた。
「我が名は――女帝グランディーネ! 闇を束ね、力を統べ、すべてを跪かせる者!」
その言葉が響いた瞬間、裂け目から吹き上がる瘴気が空を黒く染め、岩盤が悲鳴を上げる。
大地ごと魂を押し潰されそうな威圧感。
「小さき勇者どもよ……わざわざ迎えに来るとは、殊勝なことだ」
彼女が一歩進み出ただけで、大地が震えた。
土砂がぱらぱらと崩れ落ちる。
息をするだけで、胸の奥を圧迫される。これが――絶対的な強者。
「いきます!」
ソラの声に合わせ、二人同時に駆け出した。
敵へと突進するスカイの拳に青い光が集い、烈風を巻き起こす。
「スカイ・パンチ!」
振り抜かれた拳が空気を裂き、女帝の胸を狙う。
しかし、その一撃は――片手で止められた。
「……軽い。」
低い声。重みのある冷笑。指先ひとつで握り潰すかのように、女帝はスカイの拳を弾き返す。
「くっ……!」
「プリズム・ショット!」
すかさずプリズムが放った虹色の光弾が、夜空に花火のように散る。だが、女帝の周囲に纏う黒いオーラに触れた瞬間、弾は音もなく霧散した。
「何も……効かない……?」
「スカイ……下がって!」
プリズムが前に出て、スカイの肩を庇うように立つ。しかし次の瞬間、女帝の腕が一閃した。衝撃波が地を裂き、二人はまとめて吹き飛ばされる。
土煙の中、二人はなんとか立ち上がる。傷は浅いが、体に圧力がのしかかる感覚は消えない。
女帝は悠然と歩を進め、立ち尽くす二人を見下ろした。
「……ふん。わざわざ道を塞ぐ必要すらなかったか。まぁよい。」
「……道を塞ぐ? どういう意味ですか!」スカイは息を荒げながら問いただす。
女帝は嗤った。
「この地に降り立つ前に、私は手を打った。蝶も、翼も、そして神秘も――スカイランドから戻れぬようにな。お前たちに残された戦力は、たった二人。」
「そんな……! 揚羽さんも、ツバサくんも……! それにエルちゃんまで……」
スカイの目が揺らぐ。頭に浮かぶのは、今まで共に戦った仲間たちの姿。もし本当に戻れないのだとしたら――。
女帝はさらに告げる。
「私の目的は地上に闇の基盤を築くこと。
それを邪魔できるのは、プリキュアの力だけ。ゆえに私は分断した。……もっとも、この程度の力なら、そもそもその必要すらなかったがな。」
その言葉は鋭い刃のように胸を抉る。ソラは一瞬、呼吸を忘れ、心が折れそうになる。――私たち二人だけでは、とても……。
そのとき、温かな感触が指先に触れた。
「……ましろさん……?」
隣で、プリズムがそっとソラの手を握っていた。
静かに、それでいて強い声。
「大丈夫。ソラちゃんは一人じゃないよ。二人でなら、必ず立ち向かえる。」
その言葉に、スカイの頬がかすかに熱を帯びる。握られた手から伝わる温度は、確かな絆。胸の奥に沈みかけた心が、不思議と再び燃え上がるのを感じた。
「……はいっ! 一緒に、戦いましょう!」
二人の視線が交わり、力強くうなずき合う。
女帝の圧倒的な存在感に押されながらも、その瞳にはもう恐れはなかった。
女帝グランディーネはその姿を楽しげに見下ろしていた。
「ふふ……その目だ。その反抗、その輝き。……だからこそ、折る価値がある」
黒い闘気が渦巻き、次なる一撃が放たれようとしていた――。
女帝グランディーネの圧が、肌に刺す。胸がきしむ。けれど、ましろさん――いや、いまはキュアプリズムが強く手を握ってくれている。私は頷き、足を踏み出した。
「――いきます! ヒーローの出番です!」
私は地を蹴り、風を裂く。女帝の前に一気に踏み込み、拳を引き絞る。心臓の鼓動と同じリズムで、グローブのハートに青い光が満ちる。
「ひ~ろ~が~る! スカイパンチ!」
蒼い奔流となった私の拳が、黒い瘴気の壁に激突する。刹那、空気が爆ぜ、岩肌が震えた。だが――。
「無駄だ。その力も、その技も――我が前では羽虫の戯れにすぎん。」
女帝は腕を斜めに構えただけで受け止め、掌の返しで私の軌道を外へと弾く。体が回転し、地面に片膝をついた瞬間、頭上から影が落ちた。巨大な踵が、稲妻のように振り下ろされる。
「――っ!」
私は背で滑り、砂煙を切って退く。直後、地面が陥没し、放射状の亀裂が走った。足裏に伝わる震動が、彼女の質量をいやでも知らせてくる。
「スカイ、目をつむって!」
プリズムの声。彼女は前に躍り出て、両手を胸の前で合わせる。指先に集うのは、やわらかな白と桃の光。
「ひ~ろ~が~る! プリズムショット!」
掌から生まれた光球がぱっと弾け、眩い閃光が周囲を洗う。黒い瘴気の縁が一瞬だけ薄れ、女帝の視界が細く狭まった。
「……ふむ。」
女帝が眉をひそめた、その狭間。私は地を蹴り、プリズムが投げた二発目の光球を受け取る。肩越しに合図が飛ぶ。私は無言で頷き、天へ跳ぶ。空気が軽い。掌の球体を肘の後ろへ大きく引いて、カーブの軌道を描くように投げ放つ。光球は弧を描き、女帝の足元へ吸いこまれる――爆ぜる直前、女帝の足首がわずかに止まった。
「今!」
プリズムがもう一つ、光の球を足場のように紡ぎ出す。私はそれを踏み切り板にして、さらに加速する。女帝の側面、死角へ。刃のような前腕が切り払ってくる。頬を掠めた風が痛い。私は体を捻り、拳を再び握る。
「ひ~ろ~が~る! スカイパンチ!」
蒼光の拳が横殴りに炸裂。女帝の頬に、確かな手応え――だが、彼女は笑った。ほとんど首を傾けただけの動きで威力をいなし、そのまま私の腕を掴んで地面に叩きつける。肺が跳ね、視界が一瞬白んだ。
「スカイ!」
プリズムが滑り込む。彼女は私の背に掌を当て、もう片方の手で小さな光球を連続して生む。それは私と女帝の間に浮かぶ盾のように煌めき、衝撃波を少しだけ和らげる。
「守り合うか。良い。だが――」
女帝の足先が、軽く地を叩いた。黒い波が半円状に走り、光球をまとめて粉砕する。私たちは横に跳ぶ。砂塵の向こう、女帝は悠然と歩を進めながら、口元だけで笑う。
「ほう……まだその眼光を絶やさぬか。面白い。だが希望という名の火種こそ、踏みにじる価値がある。」
喉の奥で、何かが震えた。恐怖ではない。悔しさでもない。並んで呼吸を整える私の右手に、左の手が重なる。温かい。プリズムが、私を見て頷く。
「二人で、行こう。」
私は頷き返し、スカイミラージュを取り出す。プリズムも同じように構え、二人で視線を合わせる。小さく、息を合わせる。
「――スカイブルー!」
「――プリズムホワイト!」
スカイトーンWシャイニングをセットした瞬間、青と白の光が私たちの間を流れ、指と指をつなぐように絡み合う。足元に現れた巨大な光の台座が、ふわりと浮かぶ。私とプリズムは並んでその上に立ち、ボタンを力強く押し込む。
「プリキュア・アップドラフト・シャイニング!」
台座から放たれた光が、女帝の周囲に渦を巻く。黒い瘴気を巻き上げ、彼女を内側へと引きずり込む。空気が震え、光と闇の境目がぎざぎざに波立つ。私はプリズムの手をさらに強く握った。二人の体が、光の推進で前へ押し出される。
「――っ!」
女帝の鎧に、輝きがめり込む。裂け目から、紅い火花が散った。私たちはいま、届いている。届いて――。
「面白い。」
低く、乾いた声音。次の瞬間、光の渦の中心で、女帝が足を踏み鳴らした。黒い柱が内側から突き上がり、台座の底を抉る。私とプリズムの足が一瞬ふらつく。その隙に、女帝は両腕を十字に組み、闇を凝縮させた盾を胸前に形成した。光は確かに削る。だが、削り切れない。
「二人で組んでも、この程度か。」
闇の圧が逆流し、台座が悲鳴を上げる。亀裂が走った。私は歯を食いしばり、もう一押しを――その瞬間、プリズムが小さく声を漏らした。
「スカイ、右!」
反射で身を捻る。女帝の掌から放たれた衝撃波が、台座の端をえぐり飛ばす。私とプリズムは同時に跳躍し、光の台座から離脱する。背後で台座が砕け散り、破片が光に溶けた。
着地と同時、女帝が前に出た。大地が鳴動する。彼女の拳が一閃。空気が折れる音がした。私は両腕で受け、滑る。腕が痺れる。プリズムが背中合わせに位置取り、私の肩越しに光球を連射する。弾幕のような桃色の小球が、女帝の足元と視界を絶え間なく叩く。まぶしさで生じたわずかなブレ――そこへ私は踏み込む。
「ひ~ろ~が~る! スカイパンチ!」
拳と拳がぶつかる。骨を通じて伝わる圧。私は押し込む。押し込まれる。互いの足が地を刻む。
女帝の口元がわずかに吊り上がった。
「悪くない。」
低く呟いた女帝は、握ったままの拳にさらに重みを積み増した。重力そのものをねじ曲げるような圧が、肩から背へと突き刺さる。膝が沈む。視界の端で、プリズムが走る。彼女は私の横に並び、私の腕に自分の手を添えた。体温が、迷いを断つ。
「もう一回、二人で。」
息が合う。私は頷き、同時に踏み込む。私たちの足元に、プリズムが素早く小さな光球を二つ、足場として並べた。私は一歩、二歩、その上を駆け上がる。視点が一段高くなる。女帝の肩口、鎧の継ぎ目が見えた。そこへ――。
「ひ~ろ~が~る! スカイパンチ!」
上段から、真芯。衝突の火花が視界を白く染め、女帝の体が半歩だけ下がる。大地が沈み、土煙が巻き上がる。女帝の足が、確かに後ろへ滑った。
「……ほう。」
女帝の瞳に、わずかな愉悦が灯る。次の瞬間、彼女は私の拳を受け流し、空いた掌を私の胸元へ。重力の塊のような衝撃。体が地に叩きつけられ、石片が背に食い込む。肺から空気が漏れた。視界の端で、プリズムが光球を爆ぜさせて女帝の追撃を逸らす。
「スカイ!」
プリズムが駆け寄る。私は親指を立てて応える。立てる。立てる。立てる。私は立ち上がる。足は震えていない。震えを止めてくれているのは、隣の温度だ。
「……まだ立つか。」
女帝が一歩、また一歩。黒い瘴気が濃くなる。肌が粟立つ。私は息を深く吸い、吐く。プリズムが横で、私の手をもう一度握った。指先が、かすかに震えている。けれど、その目はまっすぐだ。
「二人なら、届く。」
私は強く頷く。スカイミラージュを握り直す。プリズムも同じ。二人で視線を合わせ、短く息を合わせる。
「スカイブルー!」
「プリズムホワイト!」
「プリキュア・アップドラフト・シャイニング!」
再び光の台座が生まれ、二人の体を押し出す。今度は迷わない。私は台座の端に片足をかけ、溜めた力を最後のひとかきとして放つ。プリズムは私の背を両手で押し、推力を重ねた。白と青が混ざり、蒼白の奔流となって女帝へ突き刺さる。
黒と白の境界が、悲鳴を上げて歪む。女帝の鎧が火花を散らし、瘴気が剥がれ落ちる。女帝は――笑っていた。圧倒的な重さはそのままに、楽しげに、笑っていた。
「良い。実に良い。二人で、ここまで。」
光が爆ぜ、遅れて衝撃波が街路樹の葉を舞わせる。私とプリズムは地に着地し、肩で息をする。女帝はほこりを払うように肩を回し、私たちを見た。
「だが、翼も蝶も神秘も戻れぬいま――お前たち二人だけでは、絶対に止められない。」
宣告。冷たく、確信に満ちた声。喉の奥が焼ける。けれど、私の手はもう震えない。繋がれた指先の温度が、胸の奥の火を絶やさないから。
「――それでも、立ち向かいます。」
私は前に出た。プリズムも隣に並ぶ。女帝の唇が、楽しげにわずかに吊り上がった。
黒い闘気が再び膨れ上がる。
女帝グランディーネの影が地を覆い、重力そのものが増したかのように体が沈む。肺に入る空気が重い。息がしづらい。
「……ここまで、だな。」
女帝の低い声が落ちる。その掌に渦巻く瘴気が槍の形を成し、私とプリズムを串刺しにしようと迫る。
「――スカイ!」
「――っ!」
互いに声をあげて飛び退く。槍が突き刺さった地面が一瞬にして抉れ、瓦礫が宙を舞った。
息を合わせて跳び込むも、追撃は止まらない。振り下ろされた腕の一撃で石畳が波打ち、衝撃波が背中を叩く。私は前のめりに転がり、何とか立ち上がる。
「ふ、はは……」
女帝の笑い声が響く。私とプリズムの肩はすでに荒い息で上下し、足元はよろめいている。
――勝てないのか? 二人では。
胸の奥に、熱が込み上げる。悔しさ、無力感、そして……何より、守りたいという想い。
私は拳を握り、無意識に前へ踏み出していた。
「スカイ……」
プリズムが小さく名を呼ぶ。その声に一瞬、理性が揺れたが――私は首を振る。
「プリズム…ましろさん……あなただけは、生きて帰ってほしい。」
胸が焼ける。視界が赤く染まる。私は力を溜める。全身の生命力を拳に集める。
わかっている。これは、ただの暴走だ。撃てば、私は命を落とす。
でも――。
振りかぶった腕が震える。蒼い光が、いままでにないほど濃く拳を染めていく。
女帝の瞳が愉快そうに細められた。
「ほう……命を削ってでもか。悪くはない。その蛮勇、確かに火花は散ろう。」
私は一歩を踏み出した。
「――やめてっ、ソラちゃん!」
振り返るより早く、柔らかな温もりが触れた。
唇と唇。
衝撃に、心臓が止まったかと思った。いや、それよりも――胸が、溶けそうに熱い。
「……っ!?」
蒼光が、拳からすぅっと霧散していく。力が抜け、膝が折れそうになる。
目を見開く私の前で、プリズム――ましろは、顔を真っ赤にしながら、でも真剣に見つめ返していた。
「一人で死ぬなんて、絶対に許さない……! 私も一緒に戦う。二人でじゃなきゃ、意味がない!」
涙がにじむ。胸の奥で、暴れ狂っていた衝動が鎮まっていく。
私は拳をほどき、ただその温もりを受け止めた。
「プリズム……」
「大丈夫。私たちなら、絶対に負けない。」
指先が重なる。震えはもうない。
女帝はそれを眺めて、鼻で笑った。
「ふふ……面白い。命を懸けた拳よりも、くだらぬ情が力になるとでも?」
だが私は、もはや迷わなかった。
「そうです。私たちは、二人で一つです!」
闇が渦巻き、大地を軋ませる。
体の芯まで凍えるような圧力に、膝が折れそうになる――だが、私は拳を強く握りしめた。
「……まだだ」
重苦しい気配が肺を押し潰しても、倒れるわけにはいかない。
私ひとりなら折れてしまっても仕方ないかもしれない。けれど隣にはプリズムがいる。
彼女と一緒に生きて帰る――そのためなら、何度でも立ち上がれる。
「二人で帰るって、決めたんだから……!」
闇を切り裂くように、気持ちを奮い立たせる。
身体が悲鳴を上げても、心は折らせない。
私の拳は、まだ空を掴める。
女帝が嗤った。
「愚かしい。希望の火種など、踏みにじるほどに価値がある」
それでも私は一歩、前へ踏み出す。
絶望の影に抗うように。
拳に残った力を絞り出し、再び戦う覚悟を燃やす。
――その瞬間。
閉ざされたはずの通路から、柔らかな紫の光が差し込んだ。
闇を裂き、花が咲くように広がる光。
「なに……!?」
女帝が動揺に目を見開く。「封じたはずの道が……!」
光の中から、ひとりの少女が姿を現した。
長い銀紫の髪を風に揺らし、王冠を戴いた気高いシルエット。
純白とラベンダーの衣装を纏い、凛と立つその姿。
「――降り立つ気高き神秘! キュアマジェスティ!」
胸が熱くなる。
間違いない。エルちゃん……いや、今はマジェスティ。
小さな体で笑っていたあの子が、こんなにも堂々と――。
女帝はなおも叫ぶ。
「なぜだ! 闇を越えられるはずがない!」
マジェスティは胸に手を当て、静かに答える。
「ソラとましろを助けたいって願ったとき、胸の奥から力が応えてくれたの」
その瞬間、彼女の背後に淡い幻が浮かぶ。
それはマジェスティに驚くほど似た容姿を持つ女性――伝説の初代プリキュア、プリンセス・エルレイン。
朧げな光の残滓が、確かに彼女に重なっていた。
「……エルレインさまが、私に力を貸してくれたの」
マジェスティの言葉は静かで、けれど胸の奥に響く。
マジェスティは胸元から、淡い光を帯びた古風な扇を取り出した。
小さな宝玉が埋め込まれた、いかにも由緒正しげな造り――だが。
「エルレインさまが……私に託してくれたの」
マジェスティは扇を掲げ、澄んだ声で告げる。
「――“すこやかシャイン☆バタバタ扇”!」
あまりに場違いな響きに、私は思わず瞬きをした。
隣でプリズムが小さく「……名前……」と呟く。
けれど次の瞬間、扇から溢れた光はすべてを払った。
淀んでいた闇が一気に吹き飛び、空気が澄み渡る。
体に絡みついていた重さが消え、呼吸が戻る。
マジェスティがこちらを振り返り、やわらかく微笑む。
「闇が弱体化したわ。さあ、三人で一緒に…終わらせよう」
闇の瘴気を吹き飛ばす光が広がり、呼吸がようやく楽になる。
手足の力が戻り、心臓の鼓動が強さを取り戻す。
「スカイ、プリズム。無事でよかった」
マジェスティが微笑みかけてくれる。その声に、胸の奥が温かく満たされた。
「マジェスティ……ありがとう!」
「エルちゃん……いいえ、マジェスティ。来てくれて、本当に……」
プリズムの声も震えていた。
女帝は忌々しげに舌打ちする。
「チッ……余計な小娘がひとり増えたところで、何も変わらぬ!」
しかし、その声には先ほどまでの余裕がない。
扇から放たれた澄んだ光が、彼女の纏う闇を確実に削ぎ落としているのがわかる。
「変わります。だって……三人で戦えますから!」
スカイの声が自然と高ぶる。
隣にプリズム、そしてマジェスティがいる。その事実だけで、心の炎は強く燃え上がる。
「――プリズムショット!」
ましろ――いや、プリズムが放つ光弾が女帝の進路を阻み、爆ぜる閃光が闇を裂いた。
「――はぁ!」
マジェスティの放つ高速の打撃と蹴撃が女帝を押し返す。
「スカイパンチ!」
私は全身の力を拳に込め、女帝の胸元に突撃する。
拳が衝撃を刻み、巨体が後方に弾かれた。
「ぐっ……ぬぅ……!」
女帝が呻き声を漏らしながら、なおも立ち上がる。
だが、その身体を覆う闇は確かに削がれ、揺らいでいた。
「小癪な……! 貴様らごときに、この我を追い詰めるなど!」
怒声とともに、女帝の身体から濁った闇が再び噴き出した。
だが、それは明らかに焦りの証でもあった。
私たちの攻撃が、確実に届いている。
「スカイ、プリズム、油断しないで!」
マジェスティの声が響いた瞬間、女帝が巨大な手を広げ、闇の渦を生み出す。
「うわっ!」
咄嗟に身を翻すが、渦の余波が肌を切り裂くように掠める。
背筋が凍るような殺気。これまで以上の力を無理やり引き出しているのが分かる。
「ならば――余をここまで追い詰めたことを後悔させてくれる!」
女帝の体表にひび割れが走り、そこから黒い光が噴き出した。
裂け目から覗くのは、もはや人の形を逸した禍々しい肉塊。
四肢が伸び、背から突起が生え、濁流のような咆哮を放つ。
「な、なんて……!」
プリズムが息を呑む。
マジェスティが険しい顔をして答える。
「……闇の力を、自分の体に取り込んでいる……! こんな無茶をしたら……!」
「無茶でも……やり遂げるのだ! 余の勝利のために!」
女帝の声が混濁し、理性を失った怪物の吠え声へと変わっていく。
胸の奥で鼓動が高鳴った。
これまでの戦いとは桁が違う――でも、ここで怯むわけにはいかない。
「二人とも……行きましょう! 私たちで、絶対に止めます!」
闇に包まれた女帝の肉体は、なおも肥大化を続けていた。筋肉の線が裂け、膨張し、赤黒い紋様が全身を覆っていく。
そして――耳をつんざく咆哮。
次の瞬間、巨体とは思えない速さで迫ってきた。
「――ッ!」
気づけば、視界が一瞬で黒い壁に埋まる。女帝の怪物じみた肩が私を弾き飛ばそうとしていた。
衝撃。骨が軋み、肺が震える。拳で受け止めたものの、体重ごと吹き飛ばされ壁を砕いて転がった。
「スカイ!」
「くっ……まだだっ!」
立ち上がる間もなく、再び影が覆う。今度は連撃――腕が唸り、鈍重なはずの巨腕が、空気を割く音を響かせて襲い掛かってきた。
マジェスティが手刀で受けるが、その衝撃で床に亀裂が走る。
プリズムの光弾も撃ち込まれるが、まるで意に介さない。
女帝の動きは乱雑で粗暴。けれど――力の爆発だけで押し潰してくる。
三人とも完全に押し込まれていた。
――息を荒げながら拳を交わす。
重い、速い、痛い。それでも、私は諦めずに目を凝らした。
「……これは……」
彼女の攻撃を紙一重でかわした瞬間、直感が弾けた。
振り下ろす腕は確かに凄まじい速度だ。だが――軌道が直線的すぎる。
「――そうか!」
私は拳を打ち返しながら叫んだ。
「さっきまでの鋭さがない! 人間の時に確かに感じられた技巧が――全部消えてる!」
プリズムとマジェスティの目がこちらを向く。
「ただ暴れてるだけ……なら、隙は作れる!」
「プリズム、牽制を!」
「うん!」
プリズムの光が散弾のように怪物へ降り注ぐ。動きが一瞬止まったところへ、私は拳を叩き込む。
「はぁああああっ!」
拳が肉を割り、骨を砕く感触が返ってくる。
その隙にマジェスティが滑り込み、手刀に凝縮させた光を叩き込む。鋭い閃光が怪物の肩口を切り裂き、断面から黒い血飛沫が弾けた。
「はあッ!」
彼女の蹴りが巨体をよろめかせる。
「いい……! 効いてる!」
三人で畳みかける。プリズムが足を縫い止め、私は拳で胴をえぐり、マジェスティが刃のような一撃を首筋に突き立てた。
怪物が大きく仰け反る。確かにダメージは通っている。
だが――。
「……そんな」
抉られた肉が、ずるり、と音を立てて再生していく。
切断したはずの腕が、再び隆起して伸びる。
焼け爛れた皮膚からは新たな血肉が芽吹くように盛り上がり、瞬く間に元通り。
「なんて……再生力なの……!」
プリズムの声が震えた。
「これじゃ……いくら叩いても、削っても……!」
歯噛みしながら私は拳を握る。
確かに押し返せる。戦える。だが――決めきれない。
女帝の咆哮が、暗闇に轟いた。
「プリズム!」
「うん――っ!」
私と彼女は同時に飛び上がり、互いの手を重ね合わせた。
胸の奥から、呼吸と鼓動を揃える。
「――アップドラフト!」
「――シャイニング!」
ふたりの声が重なり、天空へと光の渦が走る。
拳に宿った蒼と白の輝きが唸りを上げ、巨大な竜巻のごとく怪物を包み込んでいった。
轟音。空間が軋み、天井のゲートが開いて吸い込みを始める。
怪物は咆哮しながら暴れ、竜巻に押し上げられていく。
「これで――!」
私の叫び。だが――。
巨体は、確かに持ち上がっていった。
だがその重さ、力強さは尋常ではない。
ゲートに吸い込まれながらも、両腕を大地へ突き刺し、爪を喰い込ませて抵抗する。
そして――。
「なっ……」
裂けた肉体が、またも再生していく。
竜巻に削がれた傷口も、ゲートに引き裂かれた箇所も、黒い肉が溢れ出しては塞がっていく。
「っ……足止めしか……!」
プリズムが苦しげに歯を食いしばる。
――決定打にはならない。
「……倒しきれない」
そう呟いた時、背後から落ち着いた声が届いた。
「だったら、次はちょっと違うやり方を考えよっか」
マジェスティが歩み寄ってきた。
その表情は穏やかで、けれど芯の強さを感じさせる。
「アップドラフトシャイニングはすごく強いよ。でも、あの巨体を削りきるにはまだ足りないんだ。もっと直接的に叩き込む必要があるんだよ」
彼女は私を真っ直ぐに見て、ふっと笑う。
「スカイ……“スカイパンチ”あるよね。あれを、プリズムの力で支えて強くしようよ。ふたりならきっとできる」
「えっ……!?」
「……スカイパンチを……二人で?」
プリズムの頬が赤らみ、私の胸もざわめいた。
マジェスティはくすっと小さく笑った。
「だってさ……ふたりはちゃんと気持ちを確かめ合ってるでしょ?」
そのまま指先を自分の唇にそっと触れさせる。
「……だから大丈夫。ラブラブなふたりなら、絶対力を出し切れるよ」
一瞬、頭が真っ白になった。
プリズムも肩を震わせて真っ赤になり、視線を逸らす。
「ちょっ、ど、どうしてそれを――!」
「スカイランドにいたはずなのに……!」
マジェスティは少し困ったように笑って肩をすくめた。
「ふたりのこと、隠せてると思ってたんだ?すぐ分かっちゃうくらい仲良しだもん」
その声にはからかいの色もあったが、柔らかくて、背中を押されるように胸が軽くなる。
やがてマジェスティは真剣な表情になり、拳をぎゅっと握った。
「だから……私が時間を作る。ふたりは新しいスカイパンチを完成させて」
「でも……ひとりでなんて!」
思わず声を荒げる私。
けれど彼女は静かに首を振った。
「今はそれしかないんだよ。だから信じて」
その優しい笑顔に、心が揺れた。
私は拳を握り直し、プリズムと視線を合わせる。
彼女も真っ赤な顔で、小さく、それでも力強く頷いてくれた。
「……分かりました。必ず……必ず決めます!」
マジェスティはにっこり笑い、踵を返す。
その背中が、一人で怪物へ向かっていった。
「プリズム!」
「……うん!」
視線を交わし合い、私たちは互いの拳に残る光を握りしめる。
吸い上げ続けていた竜巻はまだ怪物を押し上げていたが――決定打にはならない。
そのことを、誰よりも私たち自身が理解していた。
「――解除する!」
「――アップドラフトシャイニング、解除!」
ふたり同時に叫ぶと、光の渦が急速に萎み、天井のゲートが閉じていく。
拘束を失った巨体は、地に爪を突き立てて大地を震わせ――
「グゥゥオオオオオォォォ――ッ!!」
凶暴な咆哮が響き渡り、瞬間、暴力的な勢いでこちらへ突進してきた。
「来る!」
私が声をあげるより早く、紫の光が弾けた。
「任せて!私が抑える!」
マジェスティが飛び出し、巨腕に真正面からぶつかっていく。
地面を砕く突進に対し、彼女は手刀に光をまとわせ、鋭く振り下ろした。
衝突の轟音。火花のような光の奔流。
巨体がわずかによろめくと、すかさず彼女は踏み込み、逆の拳をえぐるように突き込んだ。
「――はぁっ!」
拳が黒い肉を裂き、蒸気のような煙を噴き出す。
だがすぐに再生の肉が盛り上がり、傷は塞がる。
「チッ……やっぱり、すぐ治るか……!」
吐き捨てながらも、マジェスティの目は鋭い。
彼女は紙一重で爪の連撃を回避し、空へ舞うように跳び上がって蹴りを打ち込む。
頬をかすめる風圧。髪がばらけて乱れる。
それでも一切の傷はない。ギリギリの回避を繰り返し、仲間のために前線を維持する。
「……っ」
その背中を見送りながら、私の胸は熱く締め付けられる。
彼女が一人で巨体を相手取っている。その一撃一撃は、私たちのために時間を稼ぐもの。
「スカイ……!」
プリズムが震える声で呼びかける。
私も頷き、拳を握り直した。
「……やるしかない。あの再生を超えるために」
「うん……!ふたりでなら……絶対!」
互いの手を重ね、指を強く絡め合う。
彼女の掌の柔らかさ、熱、脈動が伝わる。
それがまるで自分の力そのものへ溶け込んでいくようだった。
「スカイパンチを……」
「ふたりで――強化するんだ!」
私たちは大きく後方へ下がり、呼吸を整える。
胸の奥で鼓動が揃い始め、視線が重なる。
その瞬間、光の粒子が私たちの周囲に舞い始めた。
前線。
巨体の爪が地を抉り、粉塵が爆発のように舞い上がる。
マジェスティはその合間を縫い、滑るように身をかわしながら次々と斬撃を浴びせていた。
「はっ!やぁっ!そこっ……!」
彼女の拳や蹴りが入るたび、肉が裂ける。
だが再生が追いつく。終わらない。
それでも彼女は怯まない。
「……ふふっ、単純だからね。力押しは強いけど……読みやすいんだよ!」
次の一撃を予知するように跳躍し、巨腕をすり抜け、脇腹へ回し蹴りを叩き込む。
鈍い衝撃音とともに巨体がよろめいた。
私とプリズムは、互いに顔を寄せ合いながら拳を重ね続ける。
彼女の頬が熱で赤く染まり、汗が光っている。
その表情は恥ずかしげで、それでも真剣だった。
「……スカイ、絶対成功させよう」
「うん。ふたりで、必ず」
胸の奥で、愛しさと闘志が混ざり合って燃え上がる。
その熱は拳へ、全身へ、そして二人の間を繋ぐ光の道へと流れ込んでいく。
マジェスティの声が聞こえてきた。
「大丈夫!ふたりならできる!信じて!」
その声に支えられ、私とプリズムはさらなる力を拳へ込めていった――。
私とプリズムは拳を重ね合わせ並び立っていた。
次第に心臓の鼓動が同調し、吐息のリズムが重なっていく。
「スカイ……感じる?」
「うん……全部、伝わってる」
青い光が私から、白い光がプリズムから溢れる。
二色の輝きが絡み、やがて虹の帯に変わる。
「……きれい……」
プリズムが瞳を潤ませる。私も言葉を失った。
光は二人を包み込み、さらに巨大なシルエットを描き出す。
それは拳――虹色の拳の形。
まるで私たちの想いが具現化したかのように、オーラの拳が大地を震わせた。
「これが……ふたりの!」
「新しいスカイパンチだよ!」
虹色のオーラが轟音を立て、空気を焦がす。
拳型の光は稲妻を散らし、怪物すらその圧にたじろぐ。
「プリズム!」
「うん、いっしょに!」
二人同時に大地を蹴った。
虹の拳を纏った体が、流星のように一直線に前へ突進する。
衝撃波が広がり、地面が砕け散る。
拳型のオーラが膨張し、前方のすべてを押し潰していく。
「スカイパンチ――ッ!!!」
「プリズムチャージ――ッ!!!」
声が重なり、拳型の虹光が炸裂。
怪物の胸を正面から撃ち抜いた。
「グオオオオオォォォッ!!!」
絶叫。
肉は砕かれ、再生すら虹の光に呑み込まれていく。
そして――
「……すみわたったぁ~~……」
怪物の顔はコミカルになり、奇妙に間の抜けた声が浮かぶ。
全身が虹色の粒子にほどけ、あっけなく弾け飛んだ。
爆発音ではない。
まるで朝の霧が晴れるように、静かに、柔らかく。
虹色の残滓は空へ舞い上がり、やがて雨のように降り注ぐ。
瓦礫と化していた街並みが光に包まれ、ひとつ、またひとつと元の姿を取り戻していく。
崩れたビルが再構築され、割れたガラスが逆再生のように嵌まっていく。
焦げ跡は消え去り、破壊の爪痕は穏やかな街並みに戻っていった。
静寂。
煙が晴れた跡に、敵の影はなかった。
「……ほんとに……倒せたんだ」
プリズムが微笑む。私も頷くしかなかった。
その背後から、マジェスティが歩いてくる。
髪は乱れていたが、傷一つない。
強気な瞳に、少しの安堵の色が混じっていた。
「ふたりとも……ほんとにすごいよ」
そう言って笑みを向ける。
私たちの胸に、熱が溢れた。
虹色の光はまだ漂っていて、三人を優しく包んでいた。
戦いが終わり、虹色の光が街を覆っていた余韻もようやく薄れていった。
変身を解いたソラとましろは、まだ熱の残る身体を抱えながら、瓦礫の消えた広場に立っていた。
「……ましろさん」
ソラは少し俯き、ぎゅっと拳を握る。
「わたし……あのとき、本当に命を投げ出そうとしました。けど……ましろさんが止めてくれたから……こうして、まだ生きていられる」
ゆっくりと顔を上げる。真剣そのものの瞳。
「だから……ありがとうございます。おかげで、今……ましろさんと一緒にいられます」
その言葉と同時に、ソラは不意を突くように身体を寄せ――。
ましろの唇に、短く、けれど確かな口づけを落とした。
「……っ」
一瞬の沈黙。触れ合った唇の感触が消えても、ふたりの頬は赤く燃えている。
ソラは耳まで赤く染めながら、それでも逃げずに言った。
「だ、だいすきです……ましろさん……!」
ましろの胸が熱く震える。驚きと、込み上げる嬉しさ。
「……私も……大好きだよ、ソラちゃん」
顔を赤らめ、微笑みながら答えたその声は、涙をこらえるように震えていた。
互いの視線が絡み合い、ふたりはただ見つめ合う。
戦いの緊張とはまるで違う、甘く静かな時間がそこにあった。
――その後ろで。
すでに変身を解いて、赤ん坊ではない成長した姿で佇んでいたエルが、頬を赤く染めながら腕を組んでいた。
「……わ、私、いるんだけどなぁ……」
小声でそう呟き、さらにぷくっと頬を膨らませる。
「やっぱり……ラブラブじゃん……」
ため息混じりのひとりごと。
けれどその顔は、どこか嬉しそうに緩んでいた。
虹の余韻が漂う広場に、三人の笑みが重なった。