私は書面上の階級を確認すると、辞令をよこした士官の前に再び戻った。
「済まない、階級に誤りがあるのだが…」
だが、中尉の階級章を付けたその士官は、何事もないかの様に答える。
「ライナス、ワッケイン大佐ですよね、サイド1の西警護艦隊を指揮されていた。間違いなく貴官
は大佐で合っています。履歴をご覧になられますか?」
「そんな筈は無い、大体地方警護艦隊の指揮官職は中佐相当と決まっている筈だ。」
その中尉は自分の携行端末の画面を私に見せる、そこにははっきりとライナス、ワッケイン、連邦
宇宙軍大佐と記されていた。
自分の端末で再確認を取る、船外服等身に付けた殆どの物は借り物だったが、軍支給とは言え、個
人端末だけは自分用の物をここまで離さずに持ってきたのだ。
呼び出した個人情報はしかし、今し方見せられた物と全く同じ画面でしかなかった。
画面変移をしてみる、すると更に驚く結果が待っていた、 私が大佐を任官したとされる3年前よ
り古い記録が閲覧出来なくなっていたのだ。
「古い記録が見れなくなっているのだが、理由は判るか?」
中尉は迷う素振りなど見せずに即答する。
「現在、大量の軍籍喪失者の発生で、人事局のデーター閲覧に制限が掛けられていますので、その
影響かと。」
少なくとも今回昇進したので無い事だけは判った。
この中尉にこれ以上詰問しても無駄だろう。
「済みません、後がつかえているので宜しいですか?」
向こうから先に話を切られてしまった…
「最後に、この後私は何処へ向かえば良い?」
「それでしたら、そこに案内の者が待っていますが。」
振り向くと、何時から居たのか直ぐ後ろで私を待っている者がいた。
音も無く近づかれたので少し驚いたが、彼は特に気にする様子も無く立っている。
階級は辞令を配っていた者と同じ中尉だ。
「気付くのが送れて悪かった、私はこの後の事を何も知らされていないのだ、案内を頼む。」
「では、私の後に付いて来て下さい。」
「何処へ向かっているのか教えてもらえるか?」
「まずは大佐の使用する部屋にご案内した後、指揮して頂く艦艇の係留先へ向かおうと思っており
ます。」
ルナⅡの、土地勘と言ったら良い物か? が全く無いので少し不安になる。
「遠いのか?」
[いえ、係留窟の居住区は全てこの人工重力セクション内に有りますので、リフトグリップは逆に
使えないのですが…」
暫く歩かされると、個室が並ぶエリアに入る、その一つの前で彼は立ち止った。
「ここが大佐の使用される部屋になります、衣類等の支給品は既に運び込んでおきました。一応先
に艦艇を案内させて貰ってから此処に戻って来る予定ではおりますが、今、室内を案内しても構い
ません。如何されますか?」
順番が変わった所で何かが変わる訳でもあるまい、私は申し出を断った。
「では、船の待つ係留スポットへ参りましょう。」
そのまま部屋を通り過ぎ、1フロア階段を昇る、着いた先にはエレベーターの様な扉、扉の端には
階数表示の代わりに道路の信号機の様な画像が映っていた。
これは人工重力区域と無重力区域を結ぶ、移行リングへの乗り入れ口なのだ。
2階層の居住リングの内側には、旋回と停止を定期的に繰り返す移行リングが設けられており、信
号表示は、回転が同期した事を知らせるまさしく信号その物だ。ポートサイドから下船した後も、
これを使って人工重力区へと足を踏み入れた。
我々が集められるのに時間が掛ったのは、実の所これのせいであった。
扉の中は、実際エレベーターと似ているが、前後両方に扉があるのが相違点だ。
扉が閉まると1フロア分だけ上昇し、そこから回転にブレーキが掛かり徐々に重力が弱まる、そし
て完全に無重力になると反対側の扉が開く、逆も又然りだ。
エレベーターと最も異なるのは、これは一定の間隔で運転されており、個々に呼び出す事は出来な
いと言う事か、それで言うなら列車に近い。
6分程を掛けてようやく移行リングから解放され、円形の港湾施設をぐるりと一周取り囲む環状線
に出る。
エレカと呼ばれる電動車の車線と、人員用のリフトグリップを擁する通路が併設されているが、中
尉は迷わずリフトグリップでの移動を選んだ。
係留先は近いのだろうと踏んだのだが、わたしの予想以上に移動距離は長かった。
係留スポット3隻分程進んだろうか、ここで案内する中尉がつかんだリフトグリップを離し、脇道
のそれに乗り換える。
私も真似をすると、幾らも進まない内にリフトグリップのレールは突き当りに行き着いた。
その先には、解放されたままだが一応エアロックが有り、その先は袋小路の小部屋になっていた。
室内は通常より天井高が有り、壁の上側40センチ位と天井の一部がガラス張りになっていて、外
が見渡せる造りになっていた。
窓の外側は港すなわち真空状態、壁の上側40センチと言ったがその直ぐ下は外から見ると床面ら
しく、要するにこの部屋は外の床面から少しだけ窓のある頭を出している格好の様だ。
「ここは?」
「詳しくは知らないのですが、我々の間では展望室と呼んでいます。軍事基地には必用無い物です
が… 本来は侵入者に対する監視廠らしいですが、ルナⅡに侵入者とは考え難いですし、監視カメ
ラもあるので個人的には疑問が残ります。因みにこれが有るのは新設の第5と第6係留窟だけです
。因みに此処に足を運んだのは、臨成第4の所属艦を見るのに丁度良い場所だからです。それに普
段は人が居ませんので。」
成程此処なら船外服など要らず、さりとて港湾事務所の様に作業している者の邪魔に成る心配も要
らない。
「で、どれが私の指揮する船になるのだ?」
私は窓に近づくと中尉に尋ねる、天井が高くとも無重力なので関係ない、天井には、クッション材
に包まれた手摺も備わっていた、いや、もしかすると天井では無く床に相当するのかも知れないが
…
「この部屋から見える左右ともそうです、右側がマジョルカで左がサド、マジョルカに隠れていま
すがその隣がグレアムとなります。3隻とも進宙したばかりです。」
「サラミス級の乗組員は定数何人か判るか?」
「はい、リバー級と同じで44名です、これには艦隊司令は含まれておりませんが。」
「本当に人は居ないのか? 一応、乗組員も一緒に来た者からとは聞いているが…」
「その説明で合っています。本来、人員はジャブローから送り込まれる事になっていたのですが、
戦争が先に始まってしまい、現在の状況では大量の人員をこの高度まで安全に運び上げる事は不可
能です。しかし、ルウムで敵を押し止める為には増援が不可欠です、そこへガンマとデルタ両基地
に味方の損傷艦が集積しているとの一報がもたらされた事から、ルナⅡの司令自らの発案でその人
員をそっくり流用しようと言う画策が実行に移された訳です。大人数を運べるポートサイドがガン
マ基地に居たのは幸運でした。」
「進宙したと言ったが、艤装は終わっているのか?」
「勿論終了しています。ルナⅡの、特に第4と第5係留窟のドックは他とは違い、ある程度建造が
進むと艤装工事が平行して行われます。建造は無重力を利して極力自動化が進み、起工から竣工ま
で平均で約2ヶ月半、無論推進器のイヨネスコ反応炉は別ラインでの製造ですが、この数字はそれ
も考慮しての物です。但し、これらの建造ラインはサラミス級の建造に限定され、それ故の早さで
もあります。第5と第6係留窟は言ってみればサラミス級建造をメインに造成された様な物なので
す。」
成程、足りないのは人だけだと言う事なのだな、しかしこの中尉は存外に詳しいな…
「良く判った、ここで船を見ていても仕方が無いので部屋に戻りたいのだが。」
ではそうしましょうと中尉は応じ、我々は元来た道を引き返した。
部屋に戻り、中を一通り説明して貰ってから、キーのナンバーを教えて貰う。
ほぼ身一つで連れて来られた為、運び込む私物などなかった。
いや、元より私の私物は、オーラフスビークシリンダーやコルレーンと共にデブリと化していたの
だが…
「私の指揮する3隻に割り当てられた乗員はどうなっている?」
中尉は携行端末を見ることもなく即答作する。
「マジョルカにはムーア北警護艦隊のダーリング、グレアムは同じく南艦隊のセバーン、サドは、
これもムーアの東警護艦隊のボルホフの各乗員が振り当てられています。」
アビジオの乗員は、私の傘下には入らなかったようだ。
「全てムーア所属の艦からだが、何か理由は有るのか?」
「さあ… 単にムーア生き残りの船が多かっただけでは? 私には判りかねます。」
8時に到着して今は11時前、この後の予定はまだ誰からも説明されていなかった。
「辞令を受け取ったのみで、この後どうすれば良いかはまだ聞けていないのだが、知っているので
あれば説明してくれるか?」
「承っております、この後、昼までは部屋に荷物を運び込む等に使って頂き、昼食後、艦隊幹部と
の顔合わせとルナⅡ司令との面談が組まれています。但し、司令は多忙ですので司令の都合でどち
らが先になるかはまだ未定です。1300にもう一度私が大佐を案内に伺います。それまでは自由
にして貰って結構です。」
運び込む私物など無いが、不足品の補充の方法と、何より食堂の場所は聞いておかなければならな
い。
「支給品は何処で貰える? それと食堂は何処にある? そもそも食堂に集められた組は終わった
のか?」
「何か不足がありましたら1フロア上に営繕課の窓口が4カ所ありますので何処でも利用出来ます
。食堂に集められた組は既に解散している筈です。その食堂はこのフロアに2カ所、ここから近い
のは回転方向側に20メートル程、最初にこのフロアに入って来た通路から逆側に直ぐの所です。
利用法は他の基地と変わりません。時間に拠っては結構込みますので、反対側を利用するのもあり
ですが、個人的には遠いので可能なら時間をずらす方を勧めておきます、一応24時間利用出来ま
すので。」
「判った、又、後ほど世話になる。」
中尉は敬礼すると今説明してくれた食堂の方向に去って行く。
私は混むと脅された食堂へ先に向かう事にした。
食堂は説明通り部屋から近かった。
自分の貰った部屋が高級士官向けであることが直ぐに判る。
中は8人掛けのテーブルが横3列、縦9列の216席、縦3列ごとにパーティションで半分仕切ら
れ、さらにその奥に10人掛けテーブルが2つ、ぜんぶで236席の大食堂で、配膳カウンターは
仕切りに従い3カ所、メニューに選択肢は無く、海軍の様な上級士官だけ別メニューなどと言う事
も無い、アレルギー対応以外、当然注文も無いので順番通りに並んで貰って来るだけだ。
メニューはあいも変わらず主菜、副菜、スープにパンで、主菜は合成肉のソテー、基地隊員には様
々な宗教を持つ者がいるが合成肉は植物蛋白なので文句も出ない、菜食主義者は準アレルギー扱い
だ。
手近な所に腰掛け食事を終えると、自分に宛がわれた部屋へと戻り、支給品のチェックを始めた。
下着も含め衣類は一通り揃っており、取りあえず不足は無い、軍服に予め付けられた階級章はやは
り大佐の物になっていた。
クリーニングも営繕課で良いのか? などと考えながらも、つい壁のコネクター類や外せそうなパ
ネルが気になってしまう。
いや、自分がここにいる事自体が余程不自然だ、コルレーンの乗員は既に救助されているし、バン
チ連隊や港湾管理の隊員だって本当に戦闘に巻き込まれたかは判らない、彼らがオーラフスビーク
シリンダーに起こった事を証言すれば、私は拘束されてもおかしくはない筈だ。
その時、携行端末が振動を始めた。
端末を取り出すと、アーノルド、ボーラー中尉からの音声通話リクエストと表示されている。
そう言えば、案内してくれた中尉の名前を聞いていなかったな…
「ライナス、ワッケインだ、先程の中尉か?」
「はい、名乗っていなかったので申し訳ありません、それで、ルナⅡの総司令であるゴドレー、ア
ムスキュア大将から1320に大佐を第2ブリーフィングルームに呼ぶよう申しつかりました。今
日ですと大将にはそこしか空き時間が無いようです、臨成第4の艦長達には私からスケジュールを
伝えておきます。ブリーフィングルームの場所は判りますか?」
「いや、到着したばかりなので何も知らないのだが。」
「でしたら、先程説明した食堂の方向へ進んで左の脇道へ、最初に出て来た道ですが、そこから1
フロア昇り、上がった先を同じ方向に進むとブリーフィングルームが4つ並んでいます。後は部屋
の番号を記した札で判るはずです。宜しいですか?」
「言っている事は理解した、迷う事は無いとは思うが、問題があれば誰かに聞く様にする。時間は
大体どの位見ればよい?」
「フロアに上がるまでは判りますね、その先は少し離れていまして普通に歩いて7分位掛ると見て
おいて下さい。」
「君は来るのか?」
「済みません、別件でご一緒出来無くなりました、これで宜しいですか?」
私は礼を伝えて通話を切った。
まだ時間には早かった。
それにしても1時に迎えに来る予定だったのが、来れなくなる用とは何だろうか?
取り立てて疑問に思う事でもないのだろうが、私の中では何か引っかかる物を感じた。
ザーンでの行いから、自分を責める意識がそう思わせているだけだと判ってはいるが、それでも携
行端末が使えるとやはり調べたくなってしまう。
アーノルド、ボーラー中尉と検索を掛けてみる、だが、それで拾えたのは先程の通話記録のみ、そ
もそもルナⅡの勤務者名簿には彼の名前が見当たらない。
これは恐らく偽名なのだろう、と言う事は情報部絡みの人間が思い浮かぶ。
私の質問にも良く答えてくれる人の良さそうな男だったのだが、まさかその手の者だったとは…
だが、私を拘束する様な素振りを彼は全く見せなかったのも事実だ。
色々な憶測が頭の中を駆け巡るが、そこで我に返った、私は逃げようとしているのか? そうでは
無いだろう、何の事はない、私の方から申告すれば良いのだ。
覚悟などとうに出来ている、丁度大将と会うではないか、そこで戦闘詳報を提出して、事実を述べ
れば済む事だ。
もし拘束されるなら早目の方が艦隊の人事に与える影響も減るだろう。
腹が決まると憶測達は何処かへ消え去った、盗聴を気にした自分が馬鹿らしく思えて来る。
正午前に昼食を済ませてしまったので結構な時間が出来たのだが、この部屋で私がする事など思い
付かなかった。
拘束されればこの部屋にも用はなくなるのだ。
暇なので、備え付けの卓上端末で頃合いまでルナⅡの構造図を眺めていると、思いの外時間は早く
過ていく。
1時前となったので私は部屋を後にした。
情報部中尉殿の道案内は的確であったが、それ以前に間違い様が無い位道順は簡単だった。
ただ、1フロア上がってからは恐らく実際より長く歩いている感じがした。
人工重力区なので通路が上方向に湾曲しており先が見えないのと、無重力に慣過ぎたのか、リフト
グリップが使えない事も距離を感じる原因かも知れない。
それでも予定より7分程早く部屋の前までたどり付くことが出来た。
4つ並んだブリーフィングルームは全て同じ造りらしく、丁度ひと部屋で昔の学校の教室程の広さ
はあろうか。
ナンバーは先の方から順に振られており、私は逆から来たので2部屋通り越さねばならなかったが
、ともかくも第2ブリーフィングルームと呼ばれる部屋の前までは来た。
先に入室しても問題なかろう、ブリーフィングルームの扉には鍵も無いし、軍人は時間前行動が原
則だ。
先の方の扉が正面側なのだろう、結局3部屋分近く通り過ぎた事になる。
前の2部屋は既に誰かの話し声が漏れ聞こえていたが、この部屋からは余り人の気配がしない。
ここしか空いていなかったのだろうな…
誰も居ないつもりでドアを開けると、中には軍人と言うよりは文官を匂わせる、歳の頃60位の男
性がたった1人で佇んでいた。
付き人も従えてはいないのだが、肩に青線2本付きの3つ星、この人は大将だ、この人がアムスキ
ュア司令本人なのか?
「臨時集成第4艦隊の指揮を任ぜられたライナス、ワッケインです、アムスキュア大将とお見受け
しますが。」
彼は立ち上がると、私に柔らかい視線をよこして来た。
「私はここで総司令をしているゴドレー、アムスキュアだ、君の行動は軍人の規範として非常に正
しい、まあ私は軍人らしくない総司令と影で言われているがな。時間には早いが始めよう、後がつ
かえているのでな。」
「はい、案内の将校から総司令の空き時間に付いては聞かされております。他の者はまだな様です
ですので、今の内に私から上申すべき事柄が有るのですが。」
「ん、此処に呼んだのは君だけなのだが… まあいい、話してみたまえ。」
私だけ? やはり件の話で間違いあるまい。
「開戦時、ザーンの西行政府庁筒で起きた事象に付いて、閣下は何処までご存じでしょうか?」
アムスキュア大将は特に表情を変える事無く、私の質問に答える。
「ザーンの32バンチは戦闘中に崩壊し、生存者は極僅かだと言う事になっているが、それだけで
は不十分なのか? 君の家族もそこに居たのだろうから無論同情はするが、私の娘夫婦もムーアで
行方不明、息子はハッテで戦死した、今や身内がサイド住民の者なら皆犠牲者の縁者だ。」
「いえ、都市筒を破壊したのはムンゾではなく私なのです。私が核を使用して都市筒を崩壊させま
した。詳しくは戦闘詳報をご覧下さい。」
私はポケットからピンメモリーを取り出すと、アムスキュア大将に手渡した。
「実はそのくだりは既に見知ってはいる。複数の戦闘詳報がオーラフスビークシリンダーの顛末に
ついて触れており、都市筒内で何が起こっていたのかも大凡把握してはいる。問題になるのは一艦
隊司令独断の判断だった事と、恐らく都市筒内にはまだ生存者がいたと言う事だが、私はその件に
関与する事はない、私が今欲しいのは艦隊指揮に長けた司令と操艦に長けた艦長やパイロット、実
戦を経験した船乗り達だ。」
「中佐相当がすべき判断からは逸脱していると承知しています。処分は謹んで受け入れます。臨成
第4艦隊の指揮は別の者に任せるのが妥当と思われますが。」
「重ねて言うが君の処分に付いて私は関与しない、それに確か君の階級は大佐だと聞いている。そ
れよりも私は君に艦隊指揮そのものに付いての話を聞きたい。独自の通信手段で指揮をしたと聞
いているが、どうやって思い付いたのだ?」
「いえ、たまたまです。部下に理工系を修めた隊員が多く居たのは救いでした。それより小官はこ
のまま艦隊の指揮に就いても良いのですか?」
「先程からそう言っているつもりなのだがまだ問題が有るのか? 済まないが時間が来てしまった
様だ。元々15分程しか時間が取れなかったのだ。続きは予定が空いたら機会を設けたい。因みに
軍警が何やら動いている様なので何かは有るかも知れないが、少なくともルウムに指揮官として行
って貰う事だけはルナⅡ司令の裁量で決定事項だ。」
少々気分を害してしまった様だ、ここは退くしかあるまい。
「判りました、臨成第4艦隊の指揮に全力を注傾致します。」
「頼んだぞ、味方のサイドはもうルウムしか残っていないのだ。あそこには未だ住民が多数生存し
いるが、避難させる事は事実上不可能だ、そもそもサイドの住民を丸ごと避難させるなど想定すら
しなかった事態なのだ。サイド民による都市筒の破壊を予想しなかったのは考えが甘かったのだろ
うが、今となっては戦って守るより他にない。」
そう言い残してアムスキュア大将はブリーフィングルームを退出した。
拘束されるのを覚悟していたのに何事も無かったのには正直拍子抜けした。
ここに居てもしょうがないので、私もブリーフィングルームを後にする。
しかし、本当に私1人だけと会談するつもりだったか… 例の話以外で何が大将の気を引いたのだ
ろう…
入って来た扉とは逆から外に出ると、反対側で人が待って居るのが目に入った。
その人影は私を見るなり駆け寄って来る。
「こちらからでしたか… ライナス、ワッケイン大佐で間違い有りませんよね?」
幾ら言っても埒が開かないので、もう階級の事を口にするのは止めた。
「その通りだが、私に何か用か?」
「臨時集成第4艦隊所属の艦長達が待っていますのでご案内致します。」
流石に今回は最初に名前を尋ねる。
「私は、大佐の配下でマジョルカの副長を賜ったフォン、キルセンバーグ、階級は大尉です。」
「そうか、ご苦労、艦長達はもう集まっているのか?」
「はい、総司令の予定が割り込んで来たので4~50分程遅くなると言う話でしたが、我々は他に
仕事もないので取り敢えず指揮官職だけでも集まろうかと言う事になり、艦長と副長の計6名で食
堂の隅に場所を借りて諸々話をしておりました。15分程前に総司令自らウチの艦長に当てて、今
、始めた所だが直ぐに終わる筈なのでそろそろ迎えをよこしてくれと連絡がありまして、それで私
が来た次第です。」
「事前に誰かから連絡はなかったのか?」
「有りました、それが最初に大将の予定を教えてくれたと話した物です。確かアリゼオ、バーナフ
とか言う中尉だった筈ですが、自分が直接受けた訳では無いので詳しい事は判りません。」
名前は違うが恐らくは自分を連れ回したのと同じ人物だ、御丁寧にもイニシャルだけはABで通し
ている。
だが、冷静に考えて彼は偽名を使った事以外は、きっちりと仕事をこなしている事も事実だ。
「判った、では食堂へ向かおうか。」
キルセンバーグ大尉を先に歩かせ、私は食堂の方向へと戻る。
私を連れ回した匿名の大尉は、第2次ルウム戦が終了するまで再会する事はなかった。
キルセンバーグ大尉は先程利用したばかりの食堂の一番端にある10人掛けテーブルに向かってい
るのが判った。
いや、奥とは言ったが反対側から来たので手前側と言うのが正しい。
2つあるテーブルの手前側に5人が集まっているので流石に私でも判る。
彼は真ん中に座る少佐の前に立つと報告を始める、少佐の正面側には誰も掛けていなかった。
向かい側には右端から大尉が2人、少佐の隣にも同じく少佐が2人なので恐らくは乗艦ごとに向か
い合わせで座っているのだろう。
私を連れて来た事を伝えると、少佐は私の方に向き直る。
『お初にお目に掛ります、大佐の指揮される臨時集成第4艦隊、マジョルカの艦長に任ぜられまし
たグラニト、エルムス少佐であります。取り敢えず乗艦ごとに座っておりますので順番に自己紹介
を。」
隣の少佐が立ち上がる、東洋系の顔立ちだ。
「私はグレアムを預かりましたコウメイ、ヨウ少佐です。先日までリバー級、セバーンを率いてお
りました。」
「私はフォルトナート、ゲンズフリー、同じく少佐です、サドの艦長を命じられております。そち
らの席は副長になります。」
ゲンズフリーと名乗った男がキルセンバーグ大尉の方を見る。
「私は先に紹介を済ませましたキルセンバーグです。隣は艦長達と同じ艦の並びになっております
、マジョルカ、グレアム、サドの順です。」
「今の話で私から伝える事は無くなってしまいました。バルテンミー、クライエ大尉です。」
最後は女性だった。
「私で最後ですね、サドの副長を拝命しました、ニコラ、ケレス大尉です。」
一通りの自己紹介が終わったので私の番だ、バルテンミー大尉は今の場所に座るのだろう、並びを
聞いて恐らくテーブルの反対側の方が良いのだろうと思い、エルムス少佐の隣に場所を移してから
、自己紹介ならぬ自分の説明を始めた。
「皆は既に知っているのだろうが、私がライナス、ワッケイン、君達の所属艦隊の指揮を任された
者だ。以後に禍根を残すと面倒なので始めに明らかにしておくが、私はザーンの西艦隊を率いて全
滅させた上、西行政府庁筒を独断で破壊した。階級は中佐の筈だが、今は大佐として扱われている
。人選は決定事項なので変える事は出来ないが、私に意見の有る者は今の内に話を聞こう。」
いきなり全てを話すのはどうかとも思ったのだが、実戦中の艦艇運用に支障をきたす事だけは避け
たかった。
私を信用出来ない者が居ても仕方のないことだ、それを頭に入れた上で指揮を執らねばならない、
ルウムへの出撃まで時間はないのだろうから…
私の言葉に、皆が少々驚いた事を空気で感じたが、質問や意見を述べる者は現れなかった。
エルムス少佐が声を上げる。
「実は、我々はアムスキュア大将から大佐の履歴について大凡伝えられていて、先程の内容を此処
にいるメンバーは既に承知しております。艦隊指揮に懸念を抱く者はいない筈です。」
そうだったか… だがもう私が大佐だと言う事で、外堀は埋められてしまった様だ。
こんな形での昇進は思う所ではなかったが、受け入れざるを得ないのだろう。
「では、改めてライナス、ワッケインだ、臨時集成第4艦隊の指揮を任された。私もそうだが諸君
にはM、R、R艦への習熟に最短で臨む事が求められている。全力で臨んで貰いたい。
私は、この一声で本当に臨成第4の指揮官になったのだった。