部屋への道すがら、俺の頭の中では取り敢えず詰め込んだだけだった情報の整理が始まっていた。
そもそも開戦時の戦闘を経験していない俺には、現場の混乱ぶりが判らないのだ。
現場にいた者の証言が欲しくなるな…
部屋に戻ると、ファイルの中から薄い2冊を取り出す。
出来レースの裁判ごっこに真面目に取り組む事など無いのだろうが、こちらは落ちてきたコロニー
に家族を消し飛ばされているのだ。
北米に落ちたハッテ12バンチ、南行政区庁筒マロメウシリンダーは、俺の両親と兄一家を塵に帰
した。
あの大佐が吹き飛ばしたオーラフスビークシリンダーも、それがなければ地上に向かっていたのか
も知れない。
地方防衛艦隊は地元民で構成されるので、コロニーの中には大佐の親族も居た事だろう。
それでも彼はオーラフスビークシリンダーを破壊したのだ。
2冊のファイルは、当事サイド1北第一艦隊アビジオ艦長ジェレミー、エネルマンド少佐と、西艦
隊旗艦コルレーン、即ち大佐の乗艦で副長をしていたアレイア、マクミラン大尉より聴取した戦闘
況と意見陳述だった。
上手い事をする、これはわざと紙資料に落として有るな、元のデーターは残っていまい。
試しに卓上端末から軍警のデーターベースにアクセスして見たが、予想通り同名のデーターは何処
にもなかった。
ファイルをめくり、内容を改めて確認すると、そこには電波を封じられて圧倒的な不利の中苦闘し
たコロニー守備軍と、そして恐らくは善戦したのであろうザーン西艦隊の些細な行動、そして北艦
隊の行動の一部と、それぞれ大佐の行動を肯定する内容の意見陳述が記されていた。
この2人は証人として呼べるのか?
だが、検索して見ると現在は2人ともルナⅡにいて、彼らを呼ぶ事は適いそうもなかった。
そもそも余計な事はするなと言われるのがオチだろう。
大体、本来ならコロニー落着の救援が最優先で、軍法会議などやっている場合ではないのだ。
2人共、第2次ルウム戦を生き延びてはいるのだが…
現在、ルナⅡとの連絡便は全て止められていた。
ほぼ同じ時期に地球に降りて来たレビル大将がどのルートで戻って来たのか俺は知る由もないが、
少なくともワッケイン大佐をルナⅡから運んだ特別便が、同地を含め軌道上からの最後の便と言う
事になっている。
時計を見ると午後1時を過ぎていた。
昼飯にしよう、グズグズしていると又食いそびれる事になる。
例のストアに寄って見るが、出来合いの物は入荷した形跡はある物の、その殆どは既に売れた後ら
しかった。
寄るタイミングが悪いだけなのか?
珍しく店内に出ていた輜重課の兵に話を聞くと、やはりコロニーが落ちた後に商品数が激減したと
の答えが返って来た。
まあ、そもそも基地内ならば食堂を利用すべきなのだろうが、いささか遠いのだ。
廃棄食品が減ったのは有り難いとうそぶく店番の言葉を聞き流し、いつ寄っても同じならばと缶詰
類とパンを少し余計に買い込むと自室へと引き返す。
シナリオ通りにやれば良いと言われても、流石に事件に無知と言う訳には行かない。
ジャブロー入りが遅れたせいでもあるのだが正味2日しか時間は与えられていないのだ。
途中で足を止め個人端末でコックウェル伍長を呼び出す。
「済まない、明日の面会なんだが君の都合を聞きそびれていた。君の予定で不都合な時間があれば
教えてくれるか?」
「私には特に不都合な時間はありませんが、被告の立場で言いますと今日と同じか午後2時以降が
宜しいかと。」
「判った、では今日と大体同じとしよう。準備が整ったら一度こちらから連絡を入れる。もし連絡
がなかったら、その時は私が寝過ごしているだろうから起こして貰いたい。余計な仕事を押し付け
てしまうが宜しく頼む。」
音声通話を切り、俺は再び歩き始めた。
部屋に戻ると買って来た物で昼食を済ませ、サイド1の防衛戦関連の戦闘記録を卓上端末から更に
漁って見る。
見つけた記録は少なかった物の、西以外の区域の戦闘詳報もそれなりには残っていた。
しかし、一見しただけでは余り俺の気を惹く物は見当らない。
端末を閉じ、紙資料を改めて見直す。
見た目少なく思えた現物のファイル類は、その実なかなかな量があった。
結局此処にある物で全てなのだろう。
資料を読み進め、大体の戦闘の流れを俺流にまとめると、明日大佐に確認する項目を一覧表に書き
出す。
面倒でも、これが一番俺に合っているのだ。
ある程度まで時系列に従いまとめて見た物の、西艦隊の行動は、一両日で行なったとは思えない程
多岐に渡っており、つい容疑と直接関係ない部分にまで気を取られてしまう。
良く短時間にこれだけの事を…
西艦隊司令部は艦隊の指揮だけでなく、コロニー内の戦闘や、住民避難の為の民間船の徴用、電波
障害の応急対策まで行なってるのだ。
資料同士での事象の相互確認もあり、大体形になったのは23時を廻る頃だった。
シャワーを浴び、パンを囓り、ともかくベッドに倒れ込む。
コックウェル伍長に起こされる事は避けたい…
6時にセットしたアラームで取り敢えず目は覚めた。
くそう、夢の中でも事件の事を調べていた気がする…
一通り朝の用事を済ませ、もう一度資料を斜め読みし、身支度を調えると伍長を呼び出して大佐の
収監されている部屋へと向かい、そのまま入室する。
室内に机はないので確認事項のリストは個人端末から、やり取りは伍長が室外で録音すると言うス
タイルだ。
「まず階級の件ですが、結論から言えば貴方は現在大佐で間違いありません。少なくとも軍歴デー
ターは貴方が大佐である事を裏付けておりますので、この件に関しては此方からこれ以上の事を申
し上げる事は出来ません。」
実は昨晩、ブッフェハーゲン大佐に真相を確認したのだが、それを本人に伝える事は厳禁、そして
本番の会議中に彼が自分の階級に対する疑問を口にせぬ様納得させるのは俺の仕事だと釘を刺され
てしまった。
だが、説得に足る材料を持ってい訳でもなし、この件に関しては強引に押し切る他にない。
「誰に聞いても同じ答えだ、自分の階級を間違う軍人などいる筈もないのだがな。経歴が全て変更
されていると言うのならば、上が一枚噛んでいると言う事か…」
納得させられたのかは定かではなかったが、さりとて説き伏せうる話も思い付かないし、時間も限
られているので何事もなかったかの様に次の話題へと進む。
取り敢えず開戦当初から事件に関係しそうな項目の確認を取っていく。
「まず、開戦に先立つ事約6時間前から応急の赤外線通信機制作に着手していますが、この時点で
敵の侵攻を予見していたと言う事ですか?」
「いや、電波障害がその1時間程前から発生していたので単純にその対策として行なったに過ぎな
い。われわれの目は敵が攻めて来るその時まで月に向けられていた。この質問はオーラフスビーク
破壊と何か関連があるのか?」
いや、資料を読み進めて行く内に、防衛戦その物にも興味を惹かれて聞いて見ただけなのだが、痛
い所を突いてくるな…
「個人的な関心を否定はしませんが、一応時系列を追って大佐の行動を確認しているつもりです。
コロニー防衛戦の戦闘記録は提出された物が少なく、比較しうる類例が余りないのです。」
「いや、此方も不要な発言だった、尋問されていると言う事を忘れている訳ではない。」
尋問しているつもりはないのだがそこには触れず次に進む、時間は貴重なのだ。
取り敢えず開戦後、艦隊が外に出るまでの大まかな動きは確認が取れた。
提出された戦闘詳報は正確で、現場で知り得た情報を粗方網羅しており、良くも悪くも大幅な改ざ
んの兆候は見られない。
問題は、大門入り口に留め置いた船の核弾頭を起爆可能にしたタイミングと経緯だ。
「主鏡側大門入り口にタンルウィンを係留した目的について聞かせて下さい。」
「戦闘詳報の通りだ、赤外線通信機を介して港内と外の艦隊との仲立ちを意図した。それとタンル
ウィンが損傷により戦闘能力が低下した側面もある、戦闘の継続が難しかったのだ。」
「タンルウィンを係留したのは3日の5時を回った頃と記録されていますが、その時点で敵が住民
に対しガス兵器を使用した事をご存じだったと言う事で宜しいですね。」
「全ての事実関係は戦闘詳報に記載している。係留を行なう1時間程前だったか、敵が行なったシ
ェルターに避難した住民に対する殺害報告の第一報を受けたのは… 正確な時間は戦闘詳報から拾
って欲しい。」
「32バンチ連隊の報告ですね。それがほぼ全てのシェルターにまで及んでると判断した経緯を聞
かせて下さい。」
「確認に行かせた者からの報告で、主鏡側に近いシェルターも同様の状態にあると知ったからだ。
僅か数個のシェルターの状態から都市筒全体のシェルターで起こった事を類推するのは飛躍した考
えかも知れないが、コロニー公社の管理事務所で確認した状況もそれを強く裏付けており、全ての
シェルターを確認する人手も時間も我々にはなかった。生き残ったシェルターがあれば、其処に避
難していた住民を殺したのは私で間違いない。タンルウィン係留の時点で艦隊各員に情報の公表は
した筈だ。」
1月3日の戦闘詳報は日付が変わってから午後の1時過ぎまで非常に詳細に記載されていた。
当然だが、今大佐の手許に情報を確認出来る物などある筈もない。
「判りました、それではテージョにタンルウィンの長距離ミサイルを回収させた時、核2発を残し
たのはオーラフスビークの解体を意図しての物でしたか?」
ワッケイン大佐は少し考え込む素振りを見せる。
「正直私にも判らない、核2本を残したのは作業時間が不足したからだが、同時に私はタンルウィ
ンの艦長に起爆装置の細工も指示している。実は既に頭の中でオーラフスビークの破壊を決めてい
たのかも知れない。」
だが、資料で追った彼の行動は、安易に住民ごとコロニー1本を消し飛ばせる人物像とは結び付か
ない。
「実際に起爆信号を送るまでに1時間半程ありますが、最終的に起爆させるに至った要因は何でし
ょうか?」
これは核心を突く質問だ、茶番の裁判であっても、いや、茶番だからこそその答えが正しいと思え
る物語を作らねばならない。
大佐は暫く考えてから答える。
「あれが私が起爆を命じられる最後のタイミングだと思ったからだ。アビジオの救援は想定外だっ
た。」
「その時点でまだ都市筒内に多数の生存者が取り残されている可能性を考慮した上での下令であっ
たと言う事ですね。」
「そうだな、その通りだ。ザーン西艦隊の兵達にも恨まれていよう。その兵達も私が殺してしまっ
たがな。そうだ、西艦隊の生存者、ひいては32バンチ守備連隊の生存者リストを君は持っている
のか?」
俺に預けられた資料にはそこまでの情報は含まれてなかった。
「いえ、コルレーンとアビジオの関係者以外、消息の情報を私は持っていません。」
「気になってはいるのだが、調べる時間もないまま拘束されてしまった。君なら調べる事が来るの
ではないか?」
実は俺も生存者がいるのなら話を聞いて見たいとは思っていたが、いかんせん軍法会議まで時間は
迫っていた。
加えて現在、コロニー落着やルウム戦の後始末で戦死傷者が急増し、未だ緒戦期の消息情報はデー
タベース化が追い付いていない。
そしてこの案件は特別扱い…
「軍法会議が明後日ですので時間的に無理かと思います。」
「そうか… いや、ただの妄言だ、忘れて欲しい。」
「いえ、これは私が個人的に弁護活動の一環として話を伺っているだけの事で、公式に内容が記録
される事はありませんのでご安心を。」
それを聞いて大佐は怪訝そうな表情になる。
「弁護? 私が裁かれるのは軍事法廷ではなく軍法会議だと聞かされているが?」
これは失敗した、この2日間で俺自身の説明がすっかり抜け落ちていたのだ。
それで尋問されていると思ったのか… 確かに大佐には会議の詳細は伏せられているからな…
「説明されていない様ですが、今回の軍法会議は特例で、外部に公開の元、通常の裁判に準じる形
で行なわれるそうです。私は大佐の弁護役を命じられて此処に来ています。」
「そうなのか、では、宜しく頼む。」
大佐は自身の弁護役には関心がない様だった。
まあいい、最後に階級の件について畳みかける。
「そろそろ時間ですので最後に、地上にコロニーが3本も落ちた今、会議は大佐に有利に進むと思
われます。そこに階級の件を言及されますと法務士官側の大佐に対する心証を損ないかねません。
不満もあるかとは思いますが今回その件には触れない方が賢明かと思います。」
大佐は黙って聞くのみだった。
「今日は此処までとしましょう。次に会うのは本番の会議になると思います。」
そう大佐に伝えると、俺はコックウェル伍長を連れて部屋を後にした。
翌日は朝一番から法務士官役の軍警佐官2名と会議の内容について詰めを行なう。
この造られた裁判での一番の問題は肝心の被告がその事実を知らない事だけだ。
会議の内容を表すフローチャートは幾重にも及び、大凡の流れを確認出来たのは午後4時を過ぎた
頃だった。
結果をそれぞれ持ち帰り、お互いの立場での回答例を書面に起こす。
法務士官側の物とデーターを交換出来たのは21時を回る頃、ベッドに入ったのは23時過ぎだっ
た。
そして翌朝はとうとうコックウェル伍長のモーニングコールの世話になってしまう。
肝心な時に限って寝過ごすとは、何やら自分の人生の縮図を見せられている様だった。
急いで身支度を整えると、きっかり8時に迎えのエレカは到着した。
台数は2台、恐らく被告と俺を別にする為だ。
向かい合わせ乗車のコミューターではなく、黒塗りのセダン形エレカの後部座席にはカーテンが引
かれ、運転は無論自動。
助手席には俺達を迎えに来た軍警の少尉が座り、俺の隣にはコックウェル伍長が乗り込んだ。
もう1台の同型車にはワッケイン大佐が乗り込んだ筈だが、カーテンのせいで彼を見る事は出来な
かった。
走り出してから約1時間、何処をどう通って来たのかは全然判らない。
この軍法会議の性質上というか、そもそもの目的の為、民間の報道陣を招いているのでジャブロー
内部の施設は無論使えない。
カーテン越しに入る日差しが地上に出た事を教えてくれた。
着いたのはサンタレン市の連邦地方裁判所、此処を会場に借りる様だ。
ルートは判然とせず、途中かなり速度も出ていた様だが、大体俺のいた区域はサンタレンから車で
1時間半程の範囲内にあると言う事だけは判った。
ジャブロー出入り口の機密保持の為取り上げられていた個人端末を返して貰い、裁判所に着いたの
は9時40分頃、これから20分以内に全ての準備を終え、10時には法廷に着いていなくてはな
らない。
「少尉、私はワッケイン大佐の元に付かねばならないので、御一緒出来るのは此処までです。」
同乗していたコックウェル伍長はそう言い残し、先に車を降りて行った。
続けて降り立つ俺の周りを涼しい風が吹き抜けて行く。
外気温は22~23度と言った所か、本来なら蒸し暑さに苛まれている所だろうが、5日ぶりの太
陽は今日も厚い雲の向こうだった。
案内する者がいないので、入り口の詰め所で話を聞き、控室となる部屋に荷物を一度降ろすと、必
要な物だけ小脇に抱え、2つある法廷の第一へと足を踏み入れた。
一般の施設を借りているので正に法廷だ。
傍聴席には既に報道関係者が陣取っていたが、その数は思ったより少なかった。
一般の傍聴人はいない。
軍法会議のメンバーはほぼ揃っており、最後にコックウェル伍長がワッケイン大佐を伴って入廷す
ると、きっかり10時に会議は始まった。
俺の役職名は一応被告弁論補佐、我が軍の軍法会議に本来弁護人は付かないので完全なでっち上げ
だ。
一般の検察に当たる法務士官(実は軍警の者だが)の中佐が起訴状を読み上げる。
報道にはどの様にこの会議の事が伝えられているのか気になったが、俺には詳しい説明がなかった
ので判らない。
結局集まったのは映像媒体2社、文字媒体5社程度で、これで十分なプロパガンダになるのか不安
になる。
正面に向かって左側に座らされた大佐の横にはコックウェル伍長が付いており、大佐を挟んで反対
側が俺の席だ。
時間通りに開廷すると、一般の裁判らしく被告の本人確認、司法士官役の軍警中佐によるが起訴状
の読み上げが行なわれたが、黙秘権については触れない。
それが終わると被告に対する罪状認否へと進む。
ここからが本番だ。
ワッケイン大佐に起訴状についての相違が問われたが、彼には争う気がない様で、あっさりと起訴
状の内容を認めてしまった。
これは十分予想されていた事だが、ここから無罪まで持って行くのには少々込み入った話が必要に
なる。
司法士官役の冒頭陳述に続き、俺の番が回って来た。
「司法士官側の冒頭陳述で今回軍規違反に当たるとされた一連の事象に付いては、その行為に至る
十分な理由と根拠があり、戦闘経過を紐解けばそれは必ず立証されます。従って私は被告が無罪で
あると確証する物であります。」
大学は途中で辞めたし裁判にも縁はなかったので言い回しに不安がつきまとう。
こんな感じで良いのか…
だが、そんな事はお構いなしに会議は進んで行った。
会議は次の証拠品監査となった、今日司法士官役が持ち込んでいる物が俺の手許にある物と同じザ
ーン西艦隊の戦闘詳報である事は昨日の打ち合わせで確認している。
「当日のザーン西警護艦隊の戦闘詳報を証拠品として提出します。」
裁判官達にそれぞれ与えられた卓上端末を介して、戦闘詳報の内容は共有された。
通常の裁判長に当たる主判事を務めるのは高高度軌道軍のゼーゲン中将。
他に判事は2名のみ、人数が少ないのは軍法会議だからだと言い訳が聞こえてきそうだ。
残りの判事はコロニー防衛軍集団のパロ少将とイスワダ少将、言ってみれば彼らは各コロニー守備
隊の元締め役であり、当然ワッケイン大佐も広義では彼らの部下と言える。
軍法会議では上司が審判を下すので彼らが判事をするのは正しいのだが、ほぼ壊滅したコロニー守
備隊のトップ連中が何故ここにいるのかと言えば、彼らは現場ではなくジャブローで指揮をしてい
たからだ。
ゼーゲン中将が司法士官に対して質問をする。
「この戦闘詳報は被告自身が作成した物である様だが、そうであれば客観的な証拠と呼ぶにふさわ
しいか疑問を感じるが。」
司法士官役のアルサレマ中佐が回答する。
恐らくこれも予定された質問なのだろう、俺は判事役の将官とは打ち合わせの機会を持たなかった
ので詳しい事までは判らないのだが、恐らくは今後この戦闘詳報に添って話を進める為の地ならし
を行っているのだ。
「ただ今主判事からご指摘がありましたが、開戦時の状況は混乱を極めておりまして、現在明確に
証拠品として提示出来うる最善の物はこの戦闘詳報をおいて他にありません。内容についての信憑
性は、この後公判内にて明らかに出来うるとの判断の元、証拠品として提出致しました。」
実際、この地区に於ける公式な戦闘記録としては、これが最も詳細に表した物であるのは紛れもな
い事実ではある。
「宜しい、証拠品として採用する。」
アルサレマ中佐が、戦闘詳報の記述以前の開戦前日の動きと、詳報自体の内容について要約された
文章を読み上げ、此処で証拠の追加を行なう。
「証拠品として更に、本件の現場であるザーン西地区32バンチ、オーラフスビークシリンダー守
備連隊とザーン北艦隊、アビジオの戦闘詳報を追加します。」
その言葉を聞いて、ワッケイン大佐が声を上げた。
「バンチ連隊の戦闘記録が残っているのか? 脱出した隊員は生還出来たのか!」
ゼーゲン中将が勝手に発言したワッケイン大佐をたしなめつつ、アルサレマ中佐にバンチ連隊の戦
闘詳報の出所を確認した。
「オーラフスビークシリンダー守備連隊は336人が民間旅客船2隻により同都市筒より月面ツォ
ルコフグラード市に生還を果たしております。戦闘詳報は同連隊長、マドリーン大尉より提出され
た物となります。」
それを聞いたワッケイン大佐の表情に、安堵の色が見えた様な気がした。
アルサレマ中佐は追加の証拠品の内容の公表を略し、データーとして閲覧出来る事を説明した後、
西艦隊の当日の行動についてワッケイン大佐に問いただす。
「では、被告人に質問します。貴官は、開戦前日の防衛会議終了より翌朝4時出港を目指して出撃
準備を下令していますが、これは他地区の艦隊より際立って早い時刻です。防衛会議終了時点で敵
の襲来を予見していたと理解できますが下令の根拠について聞かせて頂きたい。」
最初の質問はかなり時間を遡った物だった。回答如何では敵との繋がりにも及ぶ物ではあるが、大
佐にその容疑は掛けられてはいない、俺の予想より遡る時間は長かったが、この質問には別の目的
があるのだ。
「いえ、私は敵の攻勢は月面を指向している物だと思っていました。早期の出撃準備は西区の防衛
を指揮し、私の直属の上官でもあるヘルマンニ少将の意向を汲んだ物です。」
心配していたが取り敢えずは無難な答えに一息ついた。
暫く様子を見る事にする。
「次に移ります。ザーン西警護艦隊、以後略して西艦隊と呼称しますが、これにあっては1月2日
18時前より独自の赤外線通信機の制作を開始しています。今一度尋ねますが、敵の攻撃以前より
その兆候を掴んでいた訳ではないと言う事で宜しいですね?」
「そちらの手許にある戦闘詳報の通りで間違いありません。通信機の制作はその1時間程前から発
生を見た電波障害への対策でした。」
流石に将官を前にしているので、言葉使いもそれなりの物だ。
「敵の攻撃が開始されてから、西艦隊の最初の1隻が出撃するまでが大凡20分後、そこから残り
3隻の出撃まで1時間程の時間差がありますがこの理由について説明頂きたい。」
先の質問に加え、これも直接事件と関わりがある話ではない。
これらは全てマスコミに向けた開戦当日の経緯解説と、批判が多い軍の初動体制を擁護する為に組
み込まれた物なのだが、果たして理論派で少々気が短い部分の見えるワッケイン大佐が穏やかに返
答してくれるか…
「その問いに答える必要はあるのか? 何の為に戦闘詳報を公開しているのだ!」
主判事が大佐の発言を止める。
やはりしつこく感じたか… 此処は俺の出番だろう。
「弁論補佐より発言の許可を求めます。」
主判事からの許可を取ると、俺が代わりに説明を行なう。
「コロニー防衛にあたる各地方警護艦隊は基本的に4隻編成で、そのうち常時1隻が緊急対応配備
に就いています。現場では当番艦と俗称しておりますが、それ以外は緊急発進の体勢にありません
。全力出動を命じられたのが2日の正午過ぎでそこから約半日を出港準備に当て、その間に当番艦
も含めた赤外線通信機の設置作業がありましたので、それを含めて当番艦とそれ以外の艦に発生し
た出撃準備時間の差が約1時間だったと言う事になります。」
「今の発言内容に相違はないか?」
尋ねられたワッケイン大佐は既に冷静さを取り戻していた、いや、元々言葉程に気を高ぶらせてな
どいなかったのではないか?
「特に相違点はありません。」
「では、次に移ります。」
アルサレマ中佐が、徐々に事件の核心部分へと話を進めた。
「開戦後まで話を進めます。戦闘で被弾した西艦隊の1隻、タンルウィンが主鏡側にある艦隊基地
に引き返したのは3日午前2時半頃、これに対し同日午前5時半に主鏡側大門入り口に移動させ、
同艦の係留作業を命じていますが、これは当都市筒破壊の意図を含んだ下令でしたか?」
此処でシナリオは完全に舵を切った、大佐も質問内容の変化に気付いている筈だ。
「いえ、本来の目的は未だ筒内で任務に当たっている隊員達の指揮を中継する通信基地局として運
用する為です。」
「しかし、敵に拠る住民の殺害行為を知らせる第一報入電は4時15分頃と記録されています。そ
れが正確ならタンルウィンの係留作業を命じた時点で被告は既に敵による住民殺害を認識していた
事になります。それを踏まえた上での今の回答と理解して宜しいですか?」
此処で大佐は口籠もった。
司法士官役は一寸急ぎ過ぎなのではと思ったが、質問をしたアルサレマ中佐も、もう一人の司法士
官役であるワトレー少佐と何か小声で話を始めたので、もしかしたら上から何らかの指示があった
のかも知れない。
再び発言許可を主判事から貰うと、取り敢えず大佐のフォローに入る。
「今取り上げられた住民殺害の第一報は、当時西艦隊と連携行動中の32バンチ連隊によってもた
らされた物だと認識しますが、この時の報告内容を見るに全ての住民に殺害行為が及んでいると判
断する材料としては不十分な物であります。」
裁判所のホストコンピューターが、証拠品提出時に内容説明を省かれたバンチ連隊の戦闘詳報中の
該当部分を天井から吊されたモニターに表示する。
「被告は質問に対する回答を。」
主判事にうながされた大佐は、黙秘ではなく「判りません。」とやや弱いトーンで答えた。
此処は話の流れを引き戻さなければならない、思わず発言の許可も取らずに口を挟む。
「オーラフスビークシリンダーの内情については、バンチ連隊からの第一報に先立つ事約1時間前
の敵に拠る筒内大気外部解放、一報より50分後には艦隊基地のある主鏡側シェルターでのガス兵
器使用の確認を順次確認しており、ガス兵器を運搬したと思われる大気運搬船より類推されるガス
剤の容量、コロニー公社内への敵兵の浸潤と攻撃発起点が太陽側である事、更にはこの第一報以前
に北及び東のいずれも行政府長筒に対する簒奪したメテオキッカーに拠るとみられる都市筒の移動
などを判断材料として、段階的にオーラフスビークシリンダーのシェルター避難民への敵の掃討作
戦完遂を結論するに至った物で、明確に判断の時刻を特定するのは困難であります。」
会議の進行を早めると言うのならこちらも従う、どうだ、詰め込んだ情報を一気に吐き出してやっ
たぞ…
勝手にしゃべり始めた事は咎められなかった…
「被告にあってはどうか?」
主判事が再度大佐に回答を促した。
「私としては、旗艦であり乗艦のコルレーンが戦闘能力を失った時点で最後の決断をしましたが、
どの時点から都市筒解体を選択指の1つにしたかの問いについては、戦闘中の混乱もあり明確に答
える事は出来ません。」
この回答にアルサレマ中佐が絡んで来る。
「少なくとも3日午前4時50分頃には艦隊員に向けて住民の生存は絶望的であるとの宣言を行な
っていますが、その時点では既に都市筒の破壊が選択指の1つに入っていたのではないですか?」
本物の裁判らしさを演出したいのだろうが、此処では余り突っ込まないでほしい所だ。
「何とも言えません…」
立ち直りかけた大佐の歯切れの良い答弁は、また力を弱めてしまった。
「では質問を換えます。主鏡側大問入り口に係留を命じたタンルウィンより、テージョをして核弾
頭付き長距離誘導弾の回収が行なわれましたが、2発を残置しましたね。戦闘詳報をしてこれは時
間の不足を理由に挙げていますが、同時に暴発対策の無力化と遠隔起爆の準備も下令しています。
実際に、この2発がオーラフスビークシリンダーを破壊した訳ですが、先の下令時には少なくとも
シリンダーの破壊は視野に入っていたとの解釈で間違いありませんね?」
大佐は一瞬間を置いてから、「それについて異を唱えるつもりはない。」と答えた。
どうする?注釈を付けるべきか…
大佐の発言に続きがない事を確認したアルサレマ中佐が口を開こうとするのを遮る形で、俺は判事
に発言の許可を求めた。
「ワッケイン大佐、確認をしたいのですが、都市筒の解体策としてはタンルウィンに残置した核弾
頭付き誘導弾2発以外の方法も考慮しましたか?」
大佐はこれには即答してくれた。
「いえ、その2本はあくまで回収の断念を受けての保険でした。本来、核付きは全数回収する予定
の上、起爆準備は命令時に思い付いた物で、その時点では都市筒を解体せざるを得ない場合、稼働
艦より通常発射する核付きにて行なう物と考えていたと思います。」
「使用可能な核弾頭付き誘導弾は何発でしたか?」
「全艦に4本ずつ持たせたので、保有16本全数です。」
「最終的な使用状況は?」
「コルレーンとサスケハナは戦闘中に全弾消費、テージョはタンルウィン由来の2本を含む6本を
未使用のまま撃破され、タンルウィンの残置2本は搭載状態で起爆です。」
大佐も流石に今度は戦闘詳報に記した通りと言い放つ事はなかった。
「戦闘詳報の記述に相違はないようです。質問を終えます。」
俺に発言を遮られたアルサレマ中佐だが、特に気分を害した雰囲気ではない。
互いに相手の出方を予想しながら裁判を作り上げる、ある意味同志なのだから当然なのだが…
アルサレマ中佐は次へと話題を移す様だ。
「では次に進みます。オーラフスビークシリンダーの破壊命令の発令権について質問します。まず
最初に、本命令はワッケイン大佐個人の判断で下された物で間違いありませんね?」
「その通りです。」
「貴官の直属の上官であるザーン西部行政区統括司令ヘルマンニ少将に、本件の報告と承認を取り
付ける機会はありませんでしたか?」
「いえ、西軍総司令部とは3日0時過ぎを最後に交信が途絶しており、以後当艦隊は独自に行動し
ていました。」
「コロニーを破壊すると言う重大決定に対し、西部行政区総司令部より上位のザーン警護総司令部
や、ジャブローのコロニー防衛軍並びに高高度軌道軍への意見具申が行なわれなかった理由を説明
して頂きたい。」
アルサレマ中佐は命令責任の所在に話を進めようとしている。
少し助け船を出すか? いや、大佐の答弁を聞こう。
「電波障害により、一切のラジオ波通信は不通でしたのでザーンの総合司令部との交信は初めから
行いませんでした。北艦隊の各艦にレーザー通信機が配布されているのを知ったのはアビジオに救
助された後です。レーザー通信機は、ヘルマンニ少将から基地設置型を一基預かっており、コルレ
ーンにて稼働状態にありましたが、少なくとも当時アビジオ以外からの交信は受けられませんでし
た。ジャブローへの交信まで意識が回らなかったのは事実です。」
司法士官役2人は小声で何かやり取りをする。
それを見てか主判事のぜーゲン中将が司法士官側の質問を止めた。
「これまでの所、被告自身がまとめた戦闘詳報から外れる部分は見られない。従って一度被告に対
する質問を中断する。被告側から何か意見があれば申し述べよ。」
主判事の言葉にワッケイン大佐は、「全て戦闘詳報に記載された通りです、私から話す事は何もあ
りません。」と答えた。
恐らく判事は会議を中断するつもりなのだろう。
俺も追加の発言は思い付かなかったが、どうせ俺には何も聞いて来ないだろう。
「本日の会議は此処で一度中断する。次回は2日後、本日と同じ午前10時開廷にて司法士官の論
告より再開とする。」
ぜーゲン中将の宣言で第1回の会議は幕を下ろした。