都市筒両末端の大門ハブ部と、採光窓で仕切られた三つの島とを結ぶ昇降施設は、メインの一般用
昇降軌条と、コロニー公社が都市筒建設と保守の為設けた資材運搬用軌条がそれぞれ一本ずつだ。
軍が使用している物は、公社の資材運搬用軌条の両岸一本ずつを共同使用と言う形で実質借り上げ
た物で、因みに降りる先は三つの島のそれぞれ別に成るのだが、その運搬用軌条の隣に軍が自前で
敷設した人員用軌条との2種となる。
私が使うのは無論自前の人員用の方だ。
居住区域勝手の姿勢で搭乗する為、降る時は、中央ハブ部の無重力状態から昇降機の加速により頭
向きに加速度を受ける為、遊戯施設の様なガイドバーで身体を固定する。
軍人しか使わないので簡素な造りだが、これが一般用ともなると、これはバーティカルレールゴン
ドラと言う左右の幅広な軌条を跨ぐ円筒状で回転するキャビンを持つ凝った造りの物となる。
加速と疑似重力の変化に合わせてキャビンが回転する客室ユニットが常時数機軌道上で一方向に循
環し続ける物で、軌条は昇り降りの2階建て、両端末には発着駅と上下入れ替え軌条、そして予備
キャビンの退避スペースがある。
実際は全く別物なのだが、人々はこれを大門エレベーターとかハブエレベーター等など、押し並べ
てエレベーター呼びで通しており、バーティカルレールゴンドラなどと呼ぶ者はいない。
司令室から軍自前の昇降機搭乗口まで4分、昇降機待ちで3分、降りるのに7分、降りてから宿舎
の自室まで8分程を見積もると往復でおよそ45分、1時間で戻るには滞在15分位か… まあ、
大した荷物も無いし、十分間に合うだろう。
いつもなら部屋に寄る事などせず、着のみ着のまま乗艦するし、その為の準備もしてあるのだが、
何故か今回は何かが胸のなかで騒いだ、指揮官特権の乱用ともいえるが。
私が乗ったエレベーターは、いや、私もエレベーター呼びしてしまっているが… に同乗者はいな
かった、なので途中の資材管理棟に降り客が居なければ下まで直通と言う事になる。
エレベーターは加速を終え等速区間に入った、この高度ではまだ疑似重力は微弱だ。
外の景色を見やると幾らか陽に陰りが伺えた、採光窓に遮光発電帯が引き出され初めている。
そう言えば丁度今時分だったな… 息子へのプレゼントを探しあぐねて彷徨っていた記憶が蘇って
きた。
あの蘭屋の主人はどうしているだろう、あれは不思議な出会いだったな…
気が付くと足先にしっかり体重を感じる様になって来た。
減速を掛けなかったと言う事は資材管理棟は素通りで、下まで私の貸し切り状態と言う事だ。
外の景色の移り変わりを、見るでは無しに一時の無心に身を委ねる。
と、不意に個人端末の振動を感じた、相手を確認すると駐屯地の守衛事務所からだ。
「本人だ、何か?」
「ライナス、ワッケイン中佐ですね、御自宅より音声通話が入っているのですが、お繋ぎしても宜
しいですか?」
自宅、エレノアか?、何か有ったのか…
「済まない、頼む。」
この端末は軍用の隊内通信用なので外部ネットワークとは直接繋がってはいないのだ。
「ご存じかと思いますが、防諜の為、会話の内容は記録されます、では、お繋ぎします。」
マニュアル通りのガイダンスの後、回線は切り替わった。
「済まない、待たせたなエレン、何かあったのか?」
だが、帰ってきた声は妻の物ではなかった。
「僕だよ、父さん。」
予想外だったが、確かに妻なら自分の端末を使うだろう事が後から思い浮かぶ、息子には、まだ携
帯端末を持たせていないのだ。
「良くここのアドレスが判ったな、どうした、エレノアは?]
「自分で調べた、母さんは出掛けているよ、父さんは街を守る船に乗っているんだよね?」
「そうだよ、あ、一寸待ってくれ、今エレベーターに乗ってて丁度降りる所なんだ。」
話している間に下に着いていた、通話中の端末を握り締めたままエレベーターを降り、宿舎へと歩
きながら話しの続きを始める。
「私の仕事を良く知っているな、丁度明日から船で外に出るんだ、てっきりエレノアへのプレゼン
トの報告かと思ったよ、急ぎの用かな? 今私は急ぎの用があるのだが…」
私は余り家には帰らないし、息子のいる前で仕事の話をした事はほぼ無かった筈だ、エレンから聞
いたのだろうか…
「あれはね、母さんとっても驚いて喜んでくれたよ、だけどね父さん、今じゃないともう遅いんだ
よ。」
「遅い?何が?」
「怖い人達がもういっぱい来てるの、みんなともう会えなくなっちゃうんだよ。」
怖い夢でも見たのだろうか、だが、それならばエレンに頼るだろう、わざわざ調べてまで私に話し
をするとは何だろう?
「何か見たり聞いたりしたのかな?」
息子は一瞬口籠もった。
「違うけど、わかるの。嘘じゃないよ。」
まあ子供の言うことだし、だが頭ごなしに否定するのも違うと思えたので話は合わせる。
「大丈夫、明日出発と言ったけど実は夜明け前だから今晩出航だ、その怖い連中は全部私達で追い
払ってしまうから。」
「父さんの船は強い?」
「ああ、ウチの船は強いぞ、みんなを守る船だからな。」
「じゃあ、大丈夫、だよね…」
ひとまず安心した様だ、もう自室に程近い所まで来ているので話を切り上げる。
「任せておけ、用事が有るので済まないがそろそろ終わりにするぞ、エレノアの言う事を良く聞く
んだぞ。」
「わかった、父さん、忙しい所ごめんなさい、きっとだよ。」
「ああ、約束だ。」
通話は息子の方が先に切った、話しながらの歩みは遅くなる、自室での滞在時間は10分有るか無
いかになった。
きっちり1時間で戻ると言った訳では無いが、何か胸騒ぎがして遅れるべきでは無いと理性が囁い
ている。
部屋に入ると急いで荷支度をして取って返す、恐らくは何かが抜け落ちているだろうが、そもそも
ストックが有るので気にしない。昇るエレベーターの中から外を見ると、丁度隣の資材用エレベー
ターを追い越す所だった。
こちらは軌条に1機のみで稼働する本物のエレベーターに近い造りとなっている、積み荷は長距離
誘導弾、核弾頭付きを運び上げている所だ。
自ら下した指示とは言え、実戦を想定した出撃である事を再認識させられる。
しっかり働かねばな…
司令室へは3分遅れで戻る事が出来た。
弾薬の搬入は20時頃、推進及び酸化剤は22時、糧食と水、予備の空気は23時半に積載を終え
る見通しだ。
人員は常に不足しており、その皺寄せは港湾作業員が被ってしまっている。
平時の単艦での緊急出動をさせている分にはこなせている物の、その状態に甘んじていたツケを今
払わされている格好だ、本来ならば今日中にも出港出来ている所だろう。
それでも予定時刻に出られる目処は立った。
南、北、東の各艦隊は大体7時半前後に出る算段で動いている様だ。
ザーン総司令部からの要求は、それで十分満たされているのだが、我が西軍は既に触れた通りヘル
マンニ少将の判断で全軍前倒しで展開準備中だ。
明、午前4時出航と言うのも部隊の現状をふまえつつ、有る程度のマージンを見越した私の判断で
、ヘルマンニ少将からは準備が整い次第出港して構わないと言われている。
「一寸早いが食堂に夕食の準備を始める様言ってくれ、作業しながらなので全員が摂り終える迄時
間が掛かる筈だ、食事の時間を前後に1時間延長する、手の空いた者から上手く交代で食事を取れ
、ここに居る者もだぞ、それと全員分の携行食の手配も頼む。」
そこでふとタンルウィンの内火艇の事を思い出した。
「タンルウィンの2番艇は戻って来たのか?」
しかし、誰からも返答はなかった。
私はタンルウィンを呼び出させた、ホー艦長は既に船上の人だ。
「ホー艦長、君の所の2番艇は戻って来たのか?」
「いえ、まだ帰って来てません。」
そこへ、司令室付きの管制士官が情報を入れてくれた。
「太陽側大門は40分程前にようやく一般入出港を再開した所です。向こうは出入り共大渋滞して
るらしくて、太陽側への入港を諦めた一部の船がこちらに流れて来ているので、こちらもかなり混
み初めています。今頃は出航待ちをしているのでは?」
自分達の準備にばかり気を取られていたが、成るほど、外を見やれば目と鼻の先に有る一般桟橋に
は、いつに無く多くの船が着けている。
「呼び出しましょうか?」
「いや、それはホーの決める事だ、そうだなホー艦長。」
無線越しに話を聞いていたホー艦長は直ぐに答えた。
「あ、はい、急ぐ必要は無いと言った手前も有りますので放っときます。」
「忙しい所悪かったな、後は頼むぞ。」
ホー艦長は返事をせずに通信を切った。せっかちな奴だ。まあ、忙しいのは判るが…
しかし、通信を取り次いでくれた士官は何やら訝しがっている。
「何か気になるのか?」
「いえ、あ、はい、今の通信は向こうが切った訳ではない様です。」
「肝心な時に故障とは頂けんな、原因はどっちだ?」
「少なくともこちらの問題では無い様です。いえ、待って下さい、電波そのものが来てません。」
「タンルウィンの送信側か?」
「いえ、そうでは無く、司令、携行端末使えますか?」
彼は自分の端末をこちらに向けて見せる、私も言われるがまま自分の端末を取り出すがどちらも不
通の表示が出ている。
と、港の信号灯が一斉に緊急停船表示に替わった。
「レーダーは死にました。中波以下のラジオは全てダメですね。」
司令室内も騒然となって来た。
「各艦と連絡を付けるのが最優先だ、伝令を出して各艦の艦橋に仮設の有線を敷く様伝えろ。」
しかし、この光景には覚えがある。
頭の中で記憶を辿ると思い出した、2年程前、同様の電波障害事件がここであったのだ。
原因は連邦の新鋭艦の公試中の事故だった。
素粒子物理界に革命をもたらしたミノフスキー粒子論は、殊に核融合の分野に多大な知見をもたら
し、イヨネスコ式と呼ばれる小型、高効率の融合炉の実現を見るに至った。
この、俗にM型反応炉とも呼ばれる炉は、宇宙船の推進器にも小型化の革命を起こし、まずは軍用
艦への応用が先行して進んだ。
それは、この炉と対を成す技術とも言える新様式の荷電粒子砲の存在があったからなのだが、この
トレンドに連邦は一歩出遅れた。
この分野の第一人者がムンゾの人だったからだが、この遅れを取り戻さんと連邦は現在、新型艦へ
の更新作業を急いでおり、ザーンの有るラグランジュ4にも岩塊を人工的に結合させた融合天体を
設け、そこにM、R、R(ミノフスキー、リアクトル、ロケット)型新鋭大型艦専用となる建造施
設を多数設けたコンペイトウ工廠基地を開設し、新世代の主力艦を鋭意建造中なのだが、その5番
目となるマゼラン級大型巡航艦、ベリンス、ガウゼンが当時公試の為ザーン近傍を航行中、炉の遮
蔽装置に不具合が生じ、周囲の電波透過を遮断する事故を起こしたのだ。
M型炉には一つ大きな欠点があり、臨界状態に達すると周囲の空間をミノフスキー場的に励起して
、出力に相応する周波数帯の電磁波の透過を遮断してしまう。
艦艇用に広く使われる出力規模の炉が阻害する周波数帯が、丁度中波から超短波にかけての領域に
なるのだ。
その為、この炉の運転にはミノフスキー場の干渉遮蔽設備が必須なのだが、ベリンス、ガウゼンは
装置の不備に気付かずザーン近傍で炉を定常運転状態にしてしまった。
その結果、ザーン全域で電波障害が発生し、通信障害に加え、無人運転の公共交通機関は中央官制
センターとの交信途絶で全停止、そして外部発電所からの超短波送電が止まり、都市内の送配電シ
ステムのデータ通信も止まって、結果、大停電を誘発してしまった。
宇宙都市での停電は生命維持に直結する重大インシデントであり、ザーン全域が大混乱に陥ったの
だ。
電波障害よりも停電の印象の方が強烈だった為、ベリンス、ガウゼン大停電 と伝えられる事とな
ったこの事件以降、停電対策は行われており、以前程の大混乱にはならないとは思うが、このまま
復旧しなければ艦隊運営への影響は必至だ。
「太陽フレアの情報は入ってたか?」
断定は出来ないので別の可能性も考える。
「いえ、情報無しです、磁気嵐も。」
今、この近くに居るM、R、R艦は中央派遣のサラミス級3隻だけだ、衛星艦隊の同3隻は低重量
兵団の強襲揚兵艦を守り月へ出払っている。
我々警護艦隊の装備艦は彼らのお下がりである旧式の非M、R、R艦だ、中央派遣3隻のいずれか
がやらかしたか…?
だが、それを確かめる術はなかった。
いずれにせよ積み込み作業の遅れは免れ無い、船外作業服の無線が使えないので、指示も合図も号
令も声では通らない。
離れた相手とのやり取りは、手旗や作業灯を使ったモールスになるか… 海軍でもあるまいし、ま
さか宇宙世紀のまさに宇宙で手旗信号とは…
大体旗なぞ下の資材管理棟の玉掛用位しか無いだろう、そもそも訓練も形だけしかやっていない筈
だ、モールスは必須だが、大丈夫なのか?
取りあえず太陽側の西軍司令部と連絡を取らねばならない。
統括司令部とは大容量の有線回線で繋がっているので問題は無い筈なのだが、応答にはいささかの
時間を用した。
「西軍統括司令部が出ました。」
私は通信士官の席まで泳いでいくと、彼はもう一組のヘッドセットを差し出してくれた。
「西警護艦隊責任者のワッケインだ、電波障害についての情報と、今後の対応について協議したい
、話の判る者を出して欲しい。」
「私で用が足りるかね? ワッケイン君。」
いきなり司令が出るとは思わなかった。
「ヘルマンニ司令ですか? これは失礼致しました。それで、現在の状況はどのようになっており
ますか?」
「それなんだが、まずレーダーとラジオは駄目だ。他の都市筒やサイド、ルナツーなどとはレーザ
ー通信でのみ繋がっている、ルナツーとノアを除く全域で此処と同じ事が起こっている様だ。
我が都市筒は一部で停電も起こっているが詳細は不明、一応停電対策の効果は出ていると見た。
マイクロ波も駄目なので、筒外の太陽光発電所からの送電も止まってしまったが、丁度夕方の時間
帯に差し掛かっているので、暫くすれば採光窓の遮光発電帯が働き始めるだろう、実は電子レンジ
も使え無いのに気付いたか?」
「いえ、そこまでは… しかしこれはM、R、R艦が原因で確定の様ですね、しかもこれだけ広域
となると事故なのかどうか… 近くにムンゾ艦が居て、故意に遮蔽を解いたと言う線も考えに入れ
るべきでは?」
「ミノフスキー場の励起をECMとして利用する話は以前から我が軍でも議論されていたが、敵の
みか自軍の目と耳を奪ってしまう為、懐疑的な意見が主流だった。が、ステルス技術として見れば
映らないに加え、発しないのだからまんざら無い話でもない。」
「もしムンゾ側が、本当に炉をECM装置として使う戦術で出てきたのなら、月に行った部隊はか
なり不利ですね、特に低重量兵は。宇宙服で無線が使えないと話が出来ない、空気のある所なら大
声で事足りる話も、真空では直接触れる範囲以外は全く通じません。ウチも今、港湾作業で大騒ぎ
している所です。相手は当然対策済みで出て来ているでしょうから… この近くにムンゾ艦が出て
来ているのなら捕まりませんか?」
「それは君の仕事だワッケイン君、だが悪い事に動員が掛かったお陰で何処の艦隊も当番任務は棚
上げになっているだろう?」
「はい、西艦隊も当番艦は再補給中で動かせません。」
「今、ザーン総司令部に問い合わせている所だが、まだ私も全容を掴んではいない、西区の把握で
手一杯、それすら満足では無い。それと、私を送ってくれた船を借りてるぞ。こちらの港が混乱し
ているので、私の権限で都市筒内を通ってそちらに向かわせた。
途中、上空から街の様子を見て、報告を上げる様命じてある。ラジオが使えんからそちらに着いて
からの報告となるな。あのパイロット、大気中での操船は大丈夫かと尋ねたら、「そんな下手くそ
は西艦隊には居ません」と、怒られてしまったよ。」
「部下の非礼をお許し下さい。」
「いや、良い部下を持ったな、こちらはそんな感じだ、新しい情報はなるだけ早く、全てそちらに
送る。取りあえずここまでだ、外の護りは頼んだぞ。」
西軍統括司令部との通信終わりと入れ替わりに、各艦への有線回線敷設完了の知らせが入る。
実は、普段使用してはいないが、ドックを使用せずに行う船体工事などで有線回線は普通に使用さ
れており、確かに仮設ではあるのだが、港側では常設の装備でもあるのだ。
「各艦、出港準備作業の進捗を報告せよ。」
それに答えて報告が集まって来た、予想された程の遅れは出ていない様だ。それでも予定時出港は
無理だろう。
そしてもう一つの最重要課題が残っている、艦隊指揮をどうするかだ。
取り敢えず、舷側灯などの航法灯火と探照灯はモールス信号や方向指示に使える。
宇宙船のサーチライトは一般の人達からすると意外かもしれないが、実は洋上艦並に重要装備だ。
遭難船や密輸船、漂流者の捜索の際や、桟橋、僚艦への接舷作業の際、太陽の食領域や大型構造物
の影に入るような場所ではこれ無しに仕事は出来ない。
最優先の課題は各艦長と私の意思疎通をどうするかだ。
この調子では食事を摂る暇は無さそうだ、ヘルマンニ司令は電子レンジがどうのと言っていたが、
冷凍物で済まそうとして食いそびれたのか? 家電にも影響ありか… レンジは別としても、赤外
線操作なら手許でも操作出来るのか、待てよ、それなら…
司令室の窓越しに外を見やると、兵達がジェスチャーを交えながら作業灯でチカチカやっている。
良い部下か、本当だな、ならば彼らに甘えて見るか。
「各艦長へ、乗員に工学科出の者が居たら急いで司令室までよこせ、非番組もだ、最優先で頼むぞ
。」
同じ内容を基地の全部署にも流す、そこへタンルウィンのドナート少尉が戻ったとの報告が入った
。
「艇長はどこへ向かった?」
内火艇との交信も無論駄目なので直接確認が取れない、ホー艦長の元へ報告に向かったか?
だが彼は間もなくここへ顔を出した。
「良く戻ったな、ホーの所へ行ったかと思ったが。」
ドナート少尉は当然と言った顔で理由を説明する。
「ヘルマンニ統括司令に現状の報告をしなければなりません、タンルウィンからでは現在通じ無い
可能性が有ります。それと、統括司令から司令に渡す様言われた預かり物があるのです。」
そうだった、彼は統括司令から使い走りを命じられていたのだ。
「それは正しい判断だ、そこが有線で向こうと繋がっているので報告を行いたまえ。それと、預か
り物とはなんだ?」
「はい、レーザー通信の送受信機一式です。これが有れば西軍とザーンの総司令部、中央派遣艦隊
との交信が出来ます。」
そう言うと彼は通信担当に西軍統括司令部を呼び出させ、私にも聞こえる様、わざと声を張って報
告を始めた。
内容はやはり市街地の混乱を伝える物だった、交通機関は対策も実を結ばず、結局止まってしまっ
たらしい。
モザイク様に停電も発生していると彼は言っている。夜時間に入ったので上空からの確認は易かっ
たろう。
聞き耳を立てている所へ、続々と兵達が入室して来た。
先程招集を掛けた人材か、これは予想より大人数だ、司令室では狭すぎる。
手近に居た司令室詰めの士官に尋ねる。
「今、使って居ない部屋はあるか?」
「二つ奥が空いています。」
「よし、工学科出身者は二部屋戻って入室待機、後続の者にも言付けよ、私はここに居るので何か
有ったら来い。」
大凡集まるのに15分程見てから、私は彼らの元に向かう。
三つあるブリーフィングルームの一つに30名程が集まった。比較的若い顔ぶれだ、結構だ、現役
学生に近い歳の方が適任だろう。
「諸君も知っての通り、現在電波障害の為通信に支障をきたしている、そこで諸君には赤外線によ
る簡易的な通信システムを作って貰いたい、基地にある物を利用して、出港までに各艦分4セット
をなんとか立ち上げろ、諸君の柔らかい頭脳に期待しているぞ。
取り敢えず、システム検討、材料調達、制作の3班に分かれてそれぞれ代表者を決めろ、ある程度
目処が立ったら全員制作に加われ、では掛かれ!」
直ぐに班分けと代表者は決まり、彼らは動き始めた、後は彼らに任せる他ない。
私は司令室に取って返す。
「港湾倉庫と資材管理棟へ、今、私の命で特務班が向かっているから言いなりに資材を引き渡せと
伝えろ。」
後6時間程で日付が変わる、さて、統括司令の贈り物をどうするか… 司令部に設置なら、送、受
光部を港の外に据えて、信号線を引き込まねばならない。
艦隊が出撃すれば私は不在だ、実の所、選択肢などなかった。
「ドナートはまだ辺りをうろついているか?」
「司令、私ならここにおります。」
「済まないが、タンルウィンには戻らずに例の品をコルレーンに降ろしてくれ。」
「了解しました。どの道艦には戻りませんので。」
ドナート少尉への指示を済ませると、旗艦のコルレーンを呼び出させる、艦長は直ぐに出た。
「オクタヴィアン、仕事が一つ増えたぞ。レーザー通信機が手に入った、君の船に据えてくれ。
今、タンルウィンの内火艇がそちらに運んでいる、済まんが間に合わせてくれよ。」
「それはまた… やっては見ます。」
そこに西軍統括司令部から追加情報が届いた、近くに居ると見られるムンゾ艦の目撃情報が民間船
から得られ、北艦隊の当番艦が臨検に向かったと言う事だ。
レーダーが使えない今、期待された光学監視網が機能する事はなかった。
管理システムに何者かが侵入、妨害したらしい。
犯人は捜索中だが、何より接近小天体の掃天監視システムと言う在野のインフラに便乗して、軍独
自の監視体制の構築を怠ったツケを今、払わされた格好だった。
北艦隊は当番艦をそのまま待機させていたのか… 流石と言わざるを得ないが、1隻で大丈夫なの
かと言う不安も過ぎる。
相手はM、R、R艦なのだ、戦力差は大きい、撃って来る事は無いとは思うが、自分より弱い相手
にすんなり臨検など許すだろうか?
不安は尽きないが他所の事、我々は出来るだけ早く自分の艦隊を港から出す事に集中せねば…