それは紛れも無くタンルウィン搭載の核弾頭の炸裂光だった。
同時に炸裂した2発のそれが、主鏡側鏡板の中央部を蒸発、粉砕させると、最外周では1Gを遙か
に超える鏡翼の遠心力に引かれて、まるで何かの植物の開花をスローモーションで見せられている
かの様にゆっくりとシリンダーを引き裂いて行く。
鏡翼はそのまま千切れて飛び去るが、破壊の連鎖は最早止まらず、分厚い採光窓はいともたやすく
砕け散り、光の粒が広がる中を3枚の居住島壁がしなりながら外周方向へ引き剥がされ広がって、
同時に無数のデブリが窓の破片を追って同じく外周方向へ飛び散った。
合流を果していたムサイ計4隻は、この都市筒破片群から逃れる為に思い思いの方向に退避を図っ
た様だったが、程なくデブリ群に視界を遮られて確認を取る事が出来無くなった。
そして、我がコルレーンは、流石にこの距離では爆圧の影響無しとは行かず、弱くは有るが前方に
押し出され、推進器部の対熱塗料も恐らくは一部傷めただろう。
こちらに向かって来ていた人形共は、既に本艦の間近まで来ており核爆発と都市筒崩壊からは直接
影響を受けなかったが、母艦が気になったのか攻撃を行わずにコルレーンの脇を素通りすると、オ
ーラフスビークシリンダーの方向へ旋回を掛けて行った。
こちらに飛んで来たのはセンターハブ部の核爆発時の破片だけで、それらの密度は低い。
一瞬空いた戦闘の隙と、大量の破片を撒き散らしながら無音で宙に花開いて行く我が街が、その破
片群に揉まれる事無く傍観するコルレーン乗員、殊に外の様子を確認する事が出来る艦橋要員をし
て、その口から言葉を奪った。
暫しの沈黙を置いて、オクタヴィアン艦長が呟く様に口を開く。
「我々は本当に自らの手で、300万市民を宇宙の塵に変えてしまったのか…」
それは誰かに対する問いでは無かったのかも知れないが、艦橋クルー全員の視線が私に集まるのを
感じた。
「艦長、我々は市民達を送ったが、手を下したのはムンゾの兵だと私は信じている。敵が何故4行
政府庁筒のみコロニーを破壊せずに住民のみを排除し、移動させたのか、それは都市筒その物を質
量弾として地上に落とす為に相違ない。実際、他の都市筒はジッコ達の手により大気も入ったまま
で同じ様に破壊されてしまった、それも4都市筒が移動するのを待ってからだ。皆の気持ちは判る
が、私はオーラフスビークシリンダーとその住民を、地上を穿つ弾丸にしたくは無かったのだ。責
めは受けるがそれだけは信じて貰いたい。」
淀み無く紡がれる言葉に、自分自身が驚いていた。
だがそれも彼らには言い訳に聞こえるのだろう、それで構わない、少なくとも空耳で聞こえた息子
の言葉が一因だとは口が裂けても言えなかった。
ジッコ達の攻撃を目の当たりにしたテージョとサスケハナの乗員だったなら、少しは納得出来たで
有ろうか…奴らの攻撃は大気が有った分、より苛烈な結果で有ったであろうから…
「敵機接近中!」
声を上げたのはエラン少尉だった。
「数は?」
「6機居ます、例のロボット兵器、映像で確認済み。」
艦長が聞き返す。
「さっきの奴が戻って来たのか?それとも新手か?」
「判りません、ですが間違い無く6機です、CIWSの交戦距離内に侵入。」
「撃たせるな、弾は温存。」
私はCIWSに迎撃させなかった、どうせ効かないのだ。
「左舷側から降下、下に潜られます。」
艦長が回避を試みる。
「艦首、左舷および下方スラスター緊急噴射、ミラーチャフ展開!」
本艦は粗方主推力を削られており、本格的な回避動は最早不可能だった。
「敵の発射光を確認!」
チャフが展開し切る前に人形共は携行砲を放つ。
5000メートルは離れているか?低圧砲らしいが6秒程で来る。
コルレーンは艦首を上げつつ右に回頭中、その時エドガーレ少尉がレーザー通信に感有りと告げて
来たが、艦長は防宙誘導弾の放出を指示しており、エドガーレの報告は計らずも無視される。
次の瞬間、弾着がコルレーンを襲った。
今迄とは比べ物に成らない衝撃。
咄嗟に右手がヘルメットのバイザースイッチに伸びる、が、そこで殴られた様な感覚が私を襲う。
身体は後ろに飛ばされようとするが、シートとベルトがそれを許さない、意識はそこで混濁した。
何秒? いや、何分気絶していた? 意識が戻ると少なくともまだ船は沈められていない事だけは
判った、何かの警告音が耳につく。
左側の視界がない、目をやられたと思ったが右手でなぞろうとすると堅い感触、そうだ、バイザー
を下げていたのだ。
視界の効く右側で、そのまま掲げた右腕のコントロールパネルを見ると空気の流出警報が点滅して
いた、警告音はこれだった、潤滑油か何かが船外服の腕を汚していた。
取り敢えず腰のエマージェンシーバックから補修テープを手探りで取り出すとヘルメットの正面左
側に貼り付けようとするが上手く行かない。
エマージェンシーバックを手探りするのは船外服装着訓練では最初に叩き込まれる事なので造作も
無かったのだが、流石に鏡も無しでバイザーの漏出部に勘だけを頼りにテープを貼るのは骨が折れ
た。
それでも、一応警告は止まったので何とか成った様だ、警告音のせいもあったが、漏出音も聞こえ
無かったので僅かな漏れだったのだろう。
敵はどうなった…
コンソールパネルに目をやる、不自由な視界に入ったのは消えてしまった画面、いや、戦闘艦橋内
の状況確認の方が先だった、意識はまだぼやけているのだ。
艦長は? 左が見えない為、余計に首を振らなければ成らなかったが、巡ってきた視界にオクタヴ
ィアン艦長の身体が見えた。
それは、正に身体だけだった、左腕から頭にかけてがそっくり失われていたのだ。
気付けば自分の船外服は彼の返り血でドット柄になっていた、腕に付いていた斑点はこれだったの
だ。
艦橋内を見回す、どうやら室内の空気は完全に抜けてしまった様だった。
自動で作動する筈のウォールフィルムバブルは急激な減圧で間に合わなかったのだろう、同装置は
完全に空気が抜けてしまうと役に立たない。
パイロットは正副共一目で致命傷と思われる状態、通信担当も一人やられた、大きな外傷は無さそ
うだがヘルメットのバイザーが下りておらず、窒息したのだろう。
斜め左下から貫入した敵砲弾は2発、そのまま右上へと貫出して艦橋内には残っていなかった。
我々は装甲された戦闘艦橋に居たが、艦長の回避命令が逆に仇となり、丁度装甲のされていない部
分を砲弾が抜けたのだろう、装甲自体も敵の砲に対応した物では無かった。
敵弾は徹甲弾で炸薬は無く、恐らくは貫出側の装甲の内側で止まっているのだろう、貫入時の破片
は皮肉にも艦長の身体が盾となり止めてくれていた。
艦長用と繋がっているコンソールパネルは死んでおり、最早有線での通信も出来ない。
正面に向き直ると、突然視界が真っ白になった、目を細めると作業灯で誰かがこちらを照らしてい
る様だ。
無線が使えないので会話は通じない、眩しいので止めろとゼスチャーすると、光は私から逸らされ
た。
照らしたのは火器管制手席からだった、どうやら火器チーム2名と副長、機関士、通信の片割れは
生き残っているのが判ったが、ここからでは何も出来ない。
シートベルトを外すと、私を照らした者が居る火器管制手席へと泳ぐ、泳げると言う事は現在艦は
慣性移動中だ、パイロット2名の状況を見れば明らかだが…
近づくと、私を照らしたのがリシュアン少尉で有る事が名札で知れた、そのまま頭突きをする様に
ヘルメット同士を当てる。
「司令、無事でしたか。」
「私は何分寝ていた? 敵はどうした?」
「判りません、接敵から3分経過、私は艦長共々倒れられたのかと。」
「で、今敵は何処だ?」
「ロボットはこちらが誘導弾を放つと回避した後、反転、退去しました。敵機の退いた方角からム
サイ2隻が接近中。」
私が敵のパイロットなら、そのまま取り付いて撃ち据えると思うのだが…
「判った、ムサイ2だな、良く敵を退けてくれた。」
彼のコンソールパネルに目をやる、主砲射撃指揮装置は映像で件のムサイ2隻を捕らえていた、距
離は約70キロ、先程展開したチャフ雲はもう殆ど霧散している。
「レーザー砲と長、誘導弾の準備。」
敵弾によるレーザー砲塔の損傷は私には判らなかったが、オクタヴィアン艦長が下した命令で、キ
ャパシターには1斉射分位の電力は残っているだろう、長距離誘導弾は発射管の損傷が無ければ残
り14本の筈だ。
リシュアン少尉が手振りで左舷艦首2射線の発射管が使えないと教えてくれた。
すると残りは9本か、隣に居るのはエラン少尉だな、彼は何をしている?
リシュアンの右隣を離れ、二人の間に入り込むと、エラン少尉は既にムサイの予想進路を割り出し
、誘導弾を撒く位置の候補を数箇所選んでいた。
今度はエラン少尉のヘルメットに頭を付ける。
「長は残9本だな、全部撃て、任せる。」
リシュアンのヘルメットに再び接触する、この状況では最早命令伝達もまともに出来ない、二人を
信用するしか無かった。
「エランに誘導弾を任せた、君は着弾直言まで待ってからレーザーを放て。」
指示をしている傍から長距離誘導弾の放出が始まった、4射線で9発撃つには15秒弱は掛かる。
だが、敵からもこちらは丸見えだ、こちらが誘導弾を放った直後に、敵はメガ砲を撃って来た。
今更レーザーチャフなど間に合わない。
斉射ではなく、ばらけた単射のビームがコルレーンに襲い掛かった。
命中の衝撃を感じるが、空気が無いので音は聞こえない、2発喰らった様だが、場所までは判らな
かった。
だが、1発は間違い無く艦橋に近い部分だ。
命中の衝撃で艦が回頭を始めるが、パイロットは2名共倒れたので止める者は居なかった。
いつの間にか砲撃は止んでいた、いや、先程放った長距離誘導弾が敵艦に接近し、彼らはそちらの
迎撃に移っていたのだ。
敵のメガ砲が短連射ビームに切り替えられて放たれているのが想像出来る。
操艦席では、副長のマクミラン大尉だろうか、戦死したパイロット2名の内、頭を飛ばされた副パ
イロットの方を席から除けようとしていた。
正パイロットの方は遺体の損傷が酷く、躊躇われたのだろうが、いずれにせよ艦のコントロールの
復旧は最優先事項だ、私も手伝う為操艦席へと泳ぎ渡る。
近づくと、やはりマクミラン副長だった。
彼は左の二の腕を負傷している様だ、補修テープが幾重にも貼られており、その廻りには自身の血
がこびりついていた。
ヘルメットを当てる為顔を近づけると、ややくたびれた表情の目がこちらと遇った。
「副長、負傷はどの程度だ?」
「司令ですか、ちょっと判りません、何かが刺さっていて…」
痛いのだろう、無理も無い、負傷の程度もそうだが船外服の気密を保つ為、刺さった破片をそのま
まにして補修テープを貼ったのだろうから。
「私が替わる、後ろへ下がれ。」
「いえ、司令は指揮を、向きを変えるだけなら私にでも。」
そう言いながら彼は副パイロットのシートベルトを外すと遺体を除けようとするが、反作用で自身
の身体も他所へ流されそうになる。
取り敢えず副長を捕まえると血まみれの操艦手席へ座らせる、コンソールパネルにも血飛沫が飛ん
でいるが、操作自体は出来そうだ。
そこに又作業灯の光、今度は誰が私を照らしている?
光源は通信手席に居た、振り向くと手招きをしている。
「副長、今は艦の回転だけ止めてくれれば良い。」
そう言い残して今度は通信手席へと向かった、手招きしたのはエドガーレ少尉だった、倒れたのは
相方の方だったか。
エドガーレはコンソールパネルのピンジャックとヘルメットの右耳辺りを交互に指差した、ヘルメ
ットのそこには通信手用のヘッドセットとしても使用する為に有線ケーブルが収まっている。
ヘルメットからピンコネクターを引き出すと、コンソールパネルのジャックへと繋ぐ、船外服のヘ
ルメットは全兵科共通仕様だ、このヘルメットは4年前から宇宙軍全体で刷新が行われた物で、当
時は正面装備の更新で手一杯なのに、なんでこの時期に要らん機能を盛り込んだ高額な物に入れ替
えるのかと批判の種にされた物だが、ゴップ軍需総監のゴリ押しで採用された顛末がある。
これで代わったのは時代遅れも甚だしいと酷評されたこの有線ケーブルの併用装備もそうだが、一
番の変更点は正面バイザーの開閉機構だった。
高度の気密が要求される宇宙服で開閉機構を設けるのは中々の技術が必要で、この為価格は従来品
の3倍にも達し、只でさえ予算食いな宇宙軍の浪費の対象と揶揄されたのだが、今となってはその
有り難味を痛感していた。
これが無くば無線が使えない状況での戦闘行動は不可能に近かったし、リバー級には間に合わなか
った物の、M、R、R艦では艦橋コンソール全般にピンジャックが装備されているとも聞く。
「通じましたか、司令、先程よりレーザー通信器に断続的な受信有り、応答しますか?」
接触通信では無く普通に話せるのは助かる、だが、それは別として近くに味方艦が居るのか?
「敵の降伏勧告では無いのだろうな? 送信方向は?」
「敵は先程の核爆発で無力化された模様、敵と反対舷側に味方艦が接近中、その艦からです、送信
方向にデブリが通過中なのと核爆発の影響で艦名までは不明。」
核爆発?そんなの物が有ったのか、外が見えないので判らなかった…
「核爆発が有ったのか? それで応答してはいないのだな。」
「はい、直接見られませんでしたが、接近中の味方艦より警告を貰いました、それとデブリの影響
で安定した交信が得られないので受信だけです。」
「取り敢えず応じて見ろ、後は内容次第だ。」
エドガーレは回線を開いて応答したが、やはりデブリのせいで交信状態は良くない様だ。
「断続的に途切れますが、北艦隊のアビジオを名乗っています。」
「救援を要請してくれ、本艦は継戦不能だ。」
エドガーレは救援を要請した、アビジオは応じてくれたがそのままではデブリの群れを突っ切る事
になる。
デブリが通過するまで接近出来ないか… 別の敵がいないのを祈るしかないな。
「アビジオとの交信は維持し続けてくれ。」
エドガーレ少尉にそれだけ言い含めると、ピンコネクターを抜き、火器管制手席へと戻る。
艦の回転は副長が止めてくれて、お陰でかなり泳ぎ易くなった。
エラン少尉のヘルメットに触れると、先の核攻撃の話しが堰を切った様に出て来る。
「本艦発射の誘導弾に遅れ、別の弾群が追随して、その中に核が…」
「判っている、北艦隊のアビジオの援護だ、今こちらに向かっている、敵の動きはどうか?」
「現時点で新たな敵影は認めません、デブリ群の影に居るのが味方ならば。」
アビジオはデブリの向こうだ、デブリが飛散してからこちらに向かうとして、後何分掛かる?
「敵影の警戒を厳とせよ、リシュアン少尉にも伝えておいてくれ。」
後ろを振り返ると、一人手の空いているものが居た、機関士のクルエナ少尉だ。
私が手招きで呼びつけると彼は直ぐこちらへ泳いで来た、向こうからヘルメットを当てて来る。
「済みません、炉は全て停止してしまいました、打つ手無しです。」
「判っている、今動けるのは貴官だけだ、後部に行って非番のパイロット組が無事なら此処へよこ
せ、それと、遺体の収納袋を出来たら頼む。」
開きっ放しのエアロックから、クルエナ少尉が後部に出て行った。
後部の状態は判らない、こちらに向かっての空気の流入が無いのは、途中のエアロックが緊急閉鎖
したか、それとも全部空気が抜けてしまったのか…
副長の様子が気になるので操艦席へと戻る。
「今、パイロットを呼びに行かせている、怪我の状態はどうか?」
「見えないので判りませんが、血は足りている様です。」
「判った、動かずに待て。」
三たびライトの光、エドガーレだ、
通信手席に向かうと、再びピンコネクターをジャックに刺す。
「どうした? アビジオは何処まで来た?」
「司令、アビジオからの呼び出しです。」
「判った、切り替えてくれ。」
エドガーレ少尉の操作で通話は私のヘルメットマイクとスピーカーに移る。
「ザーン西艦隊のコルレーンを現在預かっているライナス ワッケインだ、救援を感謝する。」
「西艦隊司令殿ですか? 貴艦の通信手にはそちらの艦長に状況の説明と、接舷作業の打ち合わせ
が出来るかお尋ねしたのですが…」
「済まない、本艦の艦長は戦死した、副長は負傷中だ、私が現在本艦の指揮官を兼ねているのだが
。」
「いえ、失礼致しました、本艦の艦長と替わります。」
一瞬の間を置いて音声は切り替わる、この通信機なら画像も送れる筈だが、相変わらず音声通信の
みだ、デブリの影響も有るが、こちらの状況も気にしてくれているのだろう。
「替わりました、ザーン北艦隊、アビジオ艦長、ジェレミー エネルマンド少佐であります。司令
は御無事ですか?」
「私は無事だが、艦橋に被弾した為艦長を始め死傷者が出ている、艦全体の損害も未だ全容を掴め
ていない。」
「判りました、自力航行は可能ですか?」
今気付いたが、交信がクリーンだ、デブリはもう飛散し終わったのだろうか?
「それに付いては動力炉が全て停止したので主推進器は使えない、姿勢制御スラスターは一部を除
き健在だが、推進剤と酸化剤のタンクの損傷確認も出来てはいないので、今は答えられない。」
副チャンネルでエドガーレが火器管制官が何か伝えたい様だと告げて来たが、今直ぐに彼らの元へ
行く訳には行かない。
「少し時間が欲しい、後部の損害を確認してから方策を決めたい。」
「判りました、では一度交信を切ります、ですが会敵の可能性大ですのでそちらからの交信が無く
ても5分後に再び呼び出します。」
「了解した、重ねて感謝する。」
通信を切ると、火器管制手席へと視線を向けた、右側はリシュアン少尉だったか、彼がゼスチャー
で大袈裟に何か伝えようとしているが今一判らない、隣のエラン少尉が作業灯を点滅させている、
モールスだ。
ア・ビ・ジオ? アビジオがどうしたと言うのだ。
すると、エドガーレ少尉が私を呼んだ、まだ、通信手席のジャックからコネクターを抜いていなか
ったのだ。
「司令、アビジオが接近中です、後数分で本艦と並ぶ距離。」
アビジオはまだデブリ群の向こう側で待機している筈では?
戦闘艦橋のメインモニターは死んでいた、操艦手席はここから遠く、副長は手負いだ、外の様子を
一番良く見ていたのは火器管制官二人だった、彼らはアビジオの接近を私に伝えようとしていたの
だ。
アビジオはデブリの流れを強引に渡って来たに違い無かった。
その気になって見れば、エラン少尉の手振の意味も判った、アビジオは天地も既に本艦に合わせて
いるらしい。
そうだ、後部の状況だ。
ジャックからコネクターを抜こうとする手を、エドガーレ少尉が止める。
「司令、待って下さい、後ろから人が来ています。」
入って来たのは二人、最初に入室した方が操艦手席へと向かい、副長のシートベルトを外し始める
、後の一人が私に近づいて来た。
「司令、副パイロットを連れて来ました。後部は左舷側が無気圧ですが右は生きている区画有り、
炉は全滅ですが補助発電機が健在。」
「正パイロットは駄目か、それとタンクはどうなっていた。」
「正パイロットは負傷、タンクは酸化剤8番と推進剤4番は被弾せずも残量不明。」
「判った、それと、袋は駄目だったか?」
「いえ、報告を優先しました、応援が来ます。」
彼の文言は接触通信を意識して簡潔だった、後部は彼に任せる事にする。
「副長を連れて後部の生存者をまとめてくれ。」
敬礼だけをして無言で戻る機関士と入れ替わりに、エドガーレがアビジオからの再通信を伝えて来
る。
「繋いでくれ。」
「ジェレミーです、本艦は貴艦の右舷側に付けますので、貴艦は操艦せずに待機していて下さい。
損害状況は確認出来ましたか?」
「概要は把握した、艦中心線より左舷側が減圧してしまっている、炉は全停止を確認したがAPU
が生きている、推進剤、酸化剤タンクは共に右下1器ずつを残すのみで残量は不明、乗員の安否は
確認中、今判っているのは此処までだ。」
「了解しました、外観から観察、推定した状態と大凡違いは無い様です、反対舷への接近で間違っ
ていない様ですので、最初の通りやはり右舷側に付けます、取り合えず50メートルまで寄せます
ので6分程頂きます。」
エネルマンド艦長はそう言い終わると通信を切った。
先程聞いた応援二人が現れた。
彼らは入り口でしばし立ち止った後入室して来て遺体の収容を始める、だが、それぞれ別の遺体に
取り付いて作業を始めたので上手く行かない、火器管制の一人と私が手伝いに入った。
私は艦長の遺体収容を手伝う、遺体は損傷は激しく、私は無くなった頭と左腕を探したがそれは見
つからない、と、赤い戦闘照明に何かが浮かんでいるのが見える、床を蹴って近づくとそれは眼球
だった。
弾丸が直撃したので頭部も腕も原型を留めずに吹き飛んでしまったのだ、室内が暗いせいで気付か
なかったが、戦闘艦橋内は血液と肉片が漂う状態だった、減圧が急だった為、空気と一緒に出きら
なかったのだろう、血は減圧後も吹き出していたか…
応援に来た二人が入室を躊躇う様に見えたのは気のせいでは無かったのだ。
私が右手に掴んだこの眼球も、もしかしたら艦長の物では無く、パイロットどちらかの物かも知れ
ない。
だが、鑑定など出来ない、掴んだ眼球を遺体袋に入れるとチャックを閉め、操艦手席へと向かう。
副長に避けられシートの後ろに私がテープで固定した副パイロットは、もう収容作業が始まってい
た。
私は正パイロットの方に取り付くが、その状態は艦長を超えて悲惨な物だった。
ほぼ下半身しか残っておらず、断面から内蔵がこぼれ落ちんとしていたのだ。
腰に回されたベルトがずれて、折れた脊椎で止まっていた。
此処で流石に吐き気を催すが堪える、火器管制手席から応援に来たのはリシュアン少尉だった、二
人でパイロットを袋に入れると、私は通信手席に戻る。
「後部から有線通話、副長です。」
エドガーレ少尉が接触通信で私に告げて来た、再びコネクターをジャックに刺すと、スピーカーに
副長の声が響く。
「司令、マクミランです、腕の応急処置は済みました、後部の生存者は18名です。」
「個室通話機は生きていたのだな、そこは何処だ? 指揮は執れそうか?」
「はい、大丈夫です、今、内火艇格納庫前の第一待機室に居ます、生存も全員一緒です。」
「判った、全員船外服を着ているな、副長も着がえろ、アビジオに収容してもらう。」
「司令、それなのですが、APUが生きているのでこのまま船体をレスキューバレル代わりに使え
ないでしょうか? 幸い、生命資材も残っておりますし。」
艦橋の惨状からアビジオに収容して貰う事ばかりを考えていたが、そうか、そう言う方法も確かに
有る、牽引側パイロットに能力を要求するが。
「判った、アビジオと相談してみる。」
エドガーレ少尉はアビジオと交信を保持していた、交信を替わってもらう。
「替わった、ライナス中佐だ、貴官は通信手だな、もう一度艦長と話しがしたい、替わって貰える
か?」
「了解しました、お待ち下さい。」
船体を救命艇代わりにするにしても牽引して貰わなければならない、時間の問題も有る、判断はエ
ネルマンド艦長に委ねられた。