ガチャ狂い魔女のお隣り戦記 作:トゥルシャ
その日の夜、ベルを言いくるめてダンジョン攻略を回避したトゥルシャは、相変わらずスマホでガチャを回していた。
「さっき完凸して終わったんじゃないのか?」
「何言ってるのよ、ベル。完凸したのはキャラだけだよ。モチーフ武器も完凸しなきゃ!」
「やれやれ、そんなに無駄遣いするんじゃない。お金だって無限にあるわけじゃないんだぞ!」
「心配性だなぁ、ベルは。このぐらいSランクのダンジョン潜ればすぐ手に入るから!」
「やれやれ……」
──ピンポーン。
トゥルシャがベルのお小言を聞き流しているとインターフォンが鳴った。
「誰だろ、こんな夜遅くに……。あと一つで完凸というところなのに!」
「やれやれ、常識のないヤツだな」
時刻は既に21時を回っていて、ベルが毒づくのも当然の時間だった。トゥルシャは勢いよく立ち上がって玄関へと向かおうとすると、再びインターフォンが鳴り始める。
──ピンポーン、ピンピンポーン!
今度は一回ではなく数回連打してくる。あまりに常識のない行動にトゥルシャは警戒心を強め、玄関に立てかけてあった杖を手に慎重に玄関の扉を開けた。
「ブヒ、ブヒ、ブヒィィィ!」
「なっ、オークロード?! なんでここに……」
そこにいたのは、王冠を被り豪華なガウンを身にまとった豚のような頭を持つ、オークの最上位モンスターだった。
「な、何で……」
トゥルシャの視線が、あまりにも異様なオークの体に釘付けになる。
「何で、ガウンの下が全裸なのよぉぉぉ!」
「ブヒ、ブヒ、イタダキマァァ──」
思わず後ずさってしまったトゥルシャに追いすがるようにオークロードが飛びかかってくる。
「近寄るんじゃない、この変態オークがッッ!」
流星のような勢いで飛びかかってくるオークロードを振りかぶった杖で勢いよく打ち返す。オークロードの体はまっすぐ玄関から飛び出して、向かいの家のブロック塀を破壊して止まった。
「ブヒ、ブヒ、ヤルジャネエカ。ダガ──」
全力で振り抜いたにも関わらず、オークロードはそれほどダメージを受けているように見えなかった。わずかによろめきながら立ち上がると、再びトゥルシャの方へと向かってくる。
「あ、お爺ちゃん。見つけた!」
「ちょっと! お義父さん。またご近所に迷惑をかけて……。それに王冠まで勝手に持ち出して、何やってるんですか!」
オークロードに近づく大小二つの影。それは二人の女性オークだった。大きい方の母オークがオークロードに駆け寄り、被っていた王冠を没収する。
「ヤメロ、ソレハ、オレノ、オレノダ!」
「はいはい、もう引退したでしょ! ボケてないで帰りますよ!」
「カエセ、カエセェェェ!」
悲痛な叫びをあげるオークロードを片手で引きずりながら、母オークはダンジョンへと消えていった。残された娘オークはトゥルシャの方へとやってきて、深々と頭を下げる。
「あ、あの。ご迷惑をおかけしました! 大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫ではあるけど……。まあ、気にしないでいいから」
最初は怒鳴りつけようとしていたトゥルシャも、あまりにも申し訳なさそうに頭を下げる娘オークに、すっかりと毒気を抜かれてしまっていた。
「ホントにすみません。あちらの壁は私たちで直しておきますので!」
そう言い残して、娘オークもダンジョンへと消えていった。先ほどまでの騒動が嘘のように静まり返った外の様子に、大きく息を吐いてトゥルシャも玄関を閉めて中へと入る。
「さって、残り1つ。サクッとゲットするよ!」
「そこまで出したなら十分ではないか。大して変わらんだろうに」
「チッチッチ、何を言ってるの。完凸はプライドみたいなものだよ」
しばらくガチャを回していたトゥルシャだが、魔法で確率を上げているにも関わらず、五連続ですり抜けていた。信じられない事態にトゥルシャは頭を抱えてのたうち回る。
「また、すり抜けたぁぁぁ。なんでよぉぉぉ!」
「ざまぁないな。無駄に浪費するからバチが当たったのだ」
「もっとガチャに使えそうな魔法ないの?」
「あるわけないだろ! いいかげんにしろ! 魔女の力は、そんな下らないものに使うためにあるんじゃないんだぞ!」
「ちぇ、残念……」
魔法を使っても確率が100%になるわけではない。低い確率ながら、五連続すり抜けもあり得ないわけではない。逆奇跡のような確率を引き当てたトゥルシャが意気消沈して項垂れていると、再びインターフォンが鳴った。
──ピンポーン。
「今度は誰だろう?」
玄関の扉を開けると、先ほどの娘オークが使い捨てフードパックを差し出してきた。
「先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありません! こちらお詫びに、トンカツを持ってきました!」
「おっ、美味そうじゃないか!」
「トンカツって、まさか……?」
トンカツの匂いに釣られて玄関にやってきたベルが歓喜の声を上げる。一方トゥルシャには、トンカツの背後に先ほどのオークロードが透けて見えていた。考えていることを察したのか、オーク娘が慌てて手を左右に振って、トゥルシャの考えを否定する。
「いえいえ、違います! これは普通の豚肉で作ってますから。決してお爺ちゃんじゃないです!」
「そうだぞ、普通はダンジョンのモンスターが死ぬとドロップアイテムを残して消えるからな」
「普通ならね。でも絶対じゃない」
「だから、大丈夫ですから。召し上がってください!」
「あ、ごめん。ありがたく頂くわ」
トゥルシャがトンカツを受け取ると、娘オークが深々と頭を下げてダンジョンへと消えていった。
「このトンカツ揚げたてじゃない!」
「そうだな。やっぱり揚げ物は揚げたてに限る」
トンカツを一口放り込むと、最初にカリッとした衣の香ばしさが口いっぱいに広がり、その後を追うように豚肉の肉汁と脂身からにじみ出た脂が口の中で混然一体となる。肉質は柔らかく、スッと噛み切れるけれども、奥歯で噛むと逆にしっかりとした肉質が程よい弾力を生み出す。その顎の動きに合わせて衣の香ばい香りと豚肉の野性味あふれる香りが鼻を抜けた。
次に一緒に付けてあったソースをかけて一口。ただでさえ素晴らしいトンカツの味にソースの塩気と酸味、そして煮込んだ野菜の旨味が加わり、複雑な多層的ハーモニーを舌の上で奏でる。
「こ、このトンカツ。ヤバすぎる!」
「そうだな!」
美味しすぎて言葉を失うとは、まさにこのこと。トゥルシャもベルも多くを語らず、ひたすらトンカツを口に放り込んでいく。
「ごちそうさまでした!」
「なかなか美味いではないか」
「だね、蕎麦も美味しかったけど、トンカツも──ほら、攻略しなくて良かったでしょ!」
「むっ、そ、そうだな。今回はお前の意見が正しかったと認めてやろう」
「素直じゃないなぁ……」
意外と量があったトンカツを食べ終え満腹になったトゥルシャは、少し食休みをしてガチャを再開する。
「まだ続けるのか?」
「当然でしょ。まだ完凸していないんだから!」
「やれやれ、お前を働かせてくれるようなヤツが、どこかにいないかな?」
「もぅ、私はこれまでメチャクチャ働いてきたでしょ。三年くらい休んでもいいじゃない!」
こうしてトゥルシャとベルのいつもの言い争いが始まった。この程度は『お隣さん』の脅威の序章にしか過ぎないことを、この時のトゥルシャには知る由もなかった。