「……はい、分かりました。では一度、そちらまで赴きますね……はい、また後程。」
連邦捜査部
砂に塗れ閑散としていたアビドスから段々と様相が活気付いていく街並みを、それまでリンの運転する車の助手席の窓から静かに眺めていたが、信号待ち等で停車する度に運転とは別の事で忙しなくしている彼女の姿が視界の端でちらついて気になってしまい、遂にはインカムによる通話を終えた彼女に話し掛ける。
「何かあったの?」
「各学園から多数の生徒が連邦生徒会まで押し寄せて来ているそうです。大方、いつまでも復旧の目処が立たないインフラ整備に対する抗議の為でしょう。」
「……大変なんだね。」
「いえ、先生に気を遣われる程では。」
行政官というのは、その名の通り社会性の維持や公共管理等の行政を一手に担う存在。
そしてリンはその中でも首席の座に就く、簡単に言えば行政官の中でも一番の担い手。
それもキヴォトス全体を統括する連邦生徒会のであるから、多忙であるのは自明の理。
特に最近は連邦生徒会長が失踪した事によって内部の混乱が極まり、手を付けようにも出来ない状態が続いてしまっているのだとか。
現在はハイランダー鉄道学園を初めとした、各行政に利用可能な設備を持つ学校学園に協力を仰いで対応しているようだが、連邦生徒会という名の土台が不安定である以上、当然ながら限界というものがあって……それが、今の電話の内容なのだろう。
「ですので本来ならこのまま目的の場所まで向かう予定でしたが、一度連邦生徒会の本部に立ち寄ります。申し訳ありませんが、先生にも付き添いを戴きますね。」
心無しか、リンの声音には疲れが見られる気がする。
気を遣われる程では無いと口では言っていたが、その心中は大いに察する事が出来、同情の念を掻き立てられるも……。
「その、先生っていうの……。」
「慣れませんか?」
先に初めて顔を合わせた時から言われている、先生という呼称……それがどうしても引っ掛かる。
むず痒いと言うか、自分がそう呼ばれるに値しないと言うべきか……その名称は、もっと別の人物に与えられるべきであるという感覚が拭えず、仕方が無いのだ。
「申し訳ありません、どうにも色々と手違いが起きてしまっているようで……このような事態、あの連邦生徒会長の手引きであれば普通引き起こされないようなものなのですが……。」
「その連邦生徒会長ってどんな人なの?多分知らない人だと思うんだけど……写真とか有る?」
リンの悩みの種にしろ、ショウマの悩みの種にしろ、共通しているのは連邦生徒会長という存在。
連邦生徒会長が失踪したから、連邦生徒会長が指名したから……ならばその連邦生徒会長とは一体誰なのか。
恐らくは、知らない人物の筈だ……今一度思い起こしてみるも、やはり自身の知る者達の中でそのような肩書きを持っていた人物というのは全く思い当たらないし、そもそも面識の有る人物ならわざわざこんな回りくどく、かつ横暴な方法で連れてきたりはしないだろう……直接面と向かって言えば良いだけの話の筈だ。
となれば向こうが一方的にこちらの事を知っている関係という事になるが、それこそ何故の一言に尽きる。
「見ての通り運転中なので写真をお見せする事は出来ませんが、そうですね……一言で言うなれば、超人でしょうか。」
「ちょ、超人……?」
「同僚の生徒達がそう言っているのをよく耳にしていました……実際タスクスピードもリーダーシップも、彼女は他の追随を許さない程優秀な方でしたね。」
「あ、連邦生徒会長って女の子なんだ……。」
キヴォトスの生徒はそれぞれ目を見張るような才能を持っているが、彼女はその中でも一段とそれが際立っていたらしい……彼女無しではこのキヴォトスは成り立たなかったと言っても過言では無い、そう言える程に。
「ですが……。」
「……居なくなっちゃったんだよね。」
しかし彼女は消息を絶った。
碌な書き置きも残さず、誰にも訳を話さず、ただショウマという人物を先生として招き入れるよう指示があっただけ。
「何で居なくなっちゃったんだろう……。」
「分かりません……本当に急にとしか……。」
そして彼女は決して仕事が嫌になったとか、そんな理由で姿を消すような人物では無いとも、リンは語った。
「……もうすぐD.U.の管轄に入ります。じきに本部にも到着しますので、今の内に降りる準備をなさってください。」
連邦生徒会長……彼女が何を思ってショウマを
「着きました。ここが連邦生徒会の本部、サンクトゥムタワーです。」
D.U.と呼ばれる地区に入って暫く。
整いきっていない交通網に足を取られながらも、2人はどうにか昼過ぎに連邦生徒会の本部であるサンクトゥムタワーへ到着した。
正面から向かうと面倒になるとの事で裏口から建物内へ入り、そこから改めて正面口へ向かっていると……。
「来たわね、リン行政官。それと……そちらが噂の先生?」
道中、とある生徒から声を掛けられる。
着ている服の系統や耳の形状等、ある程度リンと共通した要素を持ちながらも、短く切り揃えた竜胆色の髪や意外にぱちりとした大きな瞳が、彼女とは似て非なるクールで大人びた印象を見る者に与える。
「ええ。紹介しますね、先生。彼女は連邦生徒会の財務室長を務めている……。」
「
「アオイちゃんだね、分かった。俺は井上 ショウマ、よろしくね。」
お互いに名を明かし握手を求めれば、アオイはショウマの目をじっと見詰めながらそれに応じる。
その眼差しがどんな意味を含んでいるのかは、誰に言われずとも分かっている……彼女のそれは、値踏みをしている目だ。
ショウマという存在が、先生と呼ばれるに相応しきかどうか、見極める為の。
「それでアオイ、状況は?」
「アユムを初め、他の室長も駆り出されている始末よ……防衛室長は別みたいだけど。」
「防衛室長が?何故……?」
「あら、他の役員にも収集が掛けられた中でそれに応じないだなんて、サボりを除けば理由は1つしかないと思うけれど?」
「つまり、防衛室長程の手を煩わせるような事態が起きたと……具体的には?」
「流石にそこまで詳しい事は分からないわ。でもこのタイミングですもの、きっとすぐにでも分かる事でしょうし……それよりも早く表へ顔を出しに行った方が良いわ。あなたが行かないといつまで経っても収拾が付かないもの。」
「……分かりました、ありがとうございます。行きましょう、先生。」
ショウマからすれば少々反応に困るアオイとの邂逅を終えた後、改めてリンと共に正面玄関へ向かう。
そうして到着したその場では、混迷という言葉が相応しき光景が拡がっていた。
「連邦生徒会は速やかに行政の復興に従事しろー!!我々を目の前にして、この声が聞こえないとは言わせないぞー!!」
「ですので、行政の復興に関しましては私達も手は尽くしています!決して皆様のお声を無視している訳では……!」
「ねぇ~もう勘弁してよ~!こっちはまだお昼ご飯も食べてないんだからさ~!」
「それはこちらとて同じ事だ!!そんな戯れ言、レッドウィンターはおろか、どの学校でも通用しないぞ!!」
「ふあぁ……ねむ……。」
制服という要素で統一された、それでいて様々な装いの生徒達が、思い思いの野次を飛ばしている。
中でもレッドウィンター連邦学園という学校の生徒、
成る程、アオイが言っていた通りである……と、横から溜め息が聞こえた事で、ショウマがリンの方を見ると、彼女も彼女で疲れたように目を瞑っており、やがてショウマに一度この場で待っているよう伝えて喧騒の下へ。
「お待たせしました、皆さん。後の事は私が引き継ぎます。」
「リン行政官……!」
「やった!これでお昼行ける!」
「あ、もう良い感じ?じゃあ後はよろしくね~……。」
リンの登場により、抗議に来ていた生徒達の視線が全て彼女に集中する。
決して自身へ向けられている訳では無いが、疑念や憤怒……様々な感情が入り交じっているそれらの視線は、彼女の後方に居るショウマの身を思わず萎縮させる程であって。
「やっと来た……!待ってたわよ代行!さぁ、すぐに説明してもらうわ!どうしていつまで経ってもキヴォトス全体の行政が回復しないのか!こっちはとうとう学校の風力発電もシャットダウンしたんだから!」
その中から先んじて前へと出たのは、
キヴォトス三大校の1つ、ミレニアムサイエンススクールに所属している生徒だ。
「ミレニアムだけではありません。現状このキヴォトスに於けるあらゆる機関が大きな打撃を受けています……連邦生徒会でも、矯正局で停学中の生徒の一部が脱走したという噂も耳にしました。」
続いて声を上げたのは、同じくキヴォトス三大校の1つであるゲヘナ学園の生徒、
彼女が発した不穏気な言葉が、背後の生徒達の集まりにどよめきを生む。
「トリニティでもスケバンのような不良が登校中の生徒を狙う頻度が高くなり、治安の維持が難しくなっています。」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない兵器の不法流通も、数にして2000%以上増加しています……このままでは以前のような正常な学園生活に戻れなくなる可能性が有るかと。」
それを証拠だと言わんばかりに2人並んだのは、それぞれ
どちらもトリニティ総合学園……つまりはキヴォトス三大校の内の、最後の1つから来訪してきた生徒だ。
「こんにちは、各学園からここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。」
「今暇そうって言い掛けたわよね?少しは誠意ってものが無いのかしら?」
「我がゲヘナ学園の風紀委員長も、今の状況について納得のいく回答を要求されています。いくらキヴォトス全体の統治を行っている連邦生徒会だとしても、対応如何によっては今以上の抗議の手を上げざるを得ませんが?」
キヴォトス三大校の全てが、そしてそれ以外にも多くの学舎が、もはや抑えきれない程の不満を抱えている。
そしてその不満をぶつけられる先というのは、連邦生徒会……ひいては首席行政官であり、現在は連邦生徒会長代理でもあるリン1人だ。
「連邦生徒会長が失踪されたというのは、1ヶ月前の全体放送でお伝えした通りです。問題はその連邦生徒会長がキヴォトスの行政制御権を握る、このサンクトゥムタワーの最終管理者であったという事です。」
抗議に来た生徒達へ弁明をする彼女の表情は、先に隣で溜め息を吐いていた時と同じく疲れているように見える。
それを受け、やはりそうであったかとショウマは眉を下げる……アビドスで初めて出会ったあの時から、彼女が既に同じような空気を陰に纏わせていた事に薄々ながら気付いていたから。
「つまり連邦生徒会長というキヴォトスの全権を握る存在が居なくなってしまった為に、今の連邦生徒会で何もする事が出来ないと……?」
「何よその欠陥しかない構造は……普通たった1人にそんな権限集中させるものじゃ無いでしょ……!?」
「こちらとしても何とか認証を迂回出来ないか方法を探していましたが……つい先日までは、そのような方法は見つかっていませんでした。」
「それでは、今は方法が有るという事ですか?」
自身の知りたい事や、アビドスの少女達の言い分を通す事を優先としてはいるものの、そのような空気を纏っていた彼女に同情を覚え、何か出来ないかと……ショウマがリンからの申し出を受けたのには、そんな背景も有った。
「……あの先生こそが、その
そしてそれを為すには相応の決意と覚悟が必要であった事を、この時のショウマはまだ知らない。