キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第15話「恩知らずな葛藤」

 

 

 

 

 

─何でだよ……何で俺は弱い……!?

 

 

 

 

 

 ……懐かしい記憶である。

 同時に、きっと一番眩しく輝いている記憶でもある。

 

 

 

 

 

─だから何も守れない……!

 

 

 

 

 

 それまで灰色でしかなかった自分の世界に、初めて色が付いた瞬間だったから。

 

 

 

 

 

─でも……ここでは……これからは!!

 

 

 

 

 

 初めて自分で、生きる道を決めた瞬間だったから……。

 

 

 

 

 

 砂漠化の影響により、アビドスは年々人口が減っている。

 故に夜にもなると多くの場所が暗闇に支配され、たとえ街中であっても星の光が良く見える。

 それは学校の屋上であっても例外では無く、ショウマが見上げるその先で、幾多もの星々が自らの存在を誇示するように光を放っている。

 

「ショウマさん……。」

「ノノミちゃん……。」

 

 その中でも一際煌めいている星をふと己の、その始まりとも言える記憶に例えてみれば、他の星の瞬きも同じ様に見えてくる。

 あの星には、あの思い出が。

 あの思い出は……あの星であろうかと。

 これまで生きてきた証が、彼の眼に燦然と拡がっていく。

 

「……ごめん、勝手な事しちゃって。」

「いえ、その……。」

 

 そうだ……この星空は、己の生き様だ。

 今まで生きて、そして刻んできた歴史が、余す事無くこの景色の中に詰まっている。

 

「……ごめんなさい、やっぱり聞かないといけません。」

 

 しかし星空とは、星々の光だけでは成り立たない。

 光が光として瞬く為に必要な、漆黒の夜空という下地が必要なのだ。

 ならば、この記憶の数々を輝かせる、己の下地とは何なのか?

 

「どうしてショウマさんは、そこまでするんですか?どうしてそこまで、誰かを助けたいと思うんですか?」

 

 語らなければならない。

 信頼を得る為でも、まして同情を貰う為でも無い。

 ただ、贖罪の為に。

 光に満ち溢れた数々の記憶と共に在る、決して無に帰す事の出来ぬ己の過去を……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おっと、セリカちゃん何処行くのかなー?」

「……トイレよ。」

「ストップだよ、セリカちゃん。ここはノノミちゃんに任せるって話だったでしょー?」

「いや本当にトイレだから!何!?まさか殴り込みに行くとでも思ったの!?」

「うーん……ごめん、セリカちゃんならやりかねないかなーって……。」

「私の事何だと思ってるのよ先輩は!?」

 

 一番の親友と、一番の先輩……2人がじゃれ合う姿というのは、普段から見慣れています。

 ですが今この場に於いて、2人のそれは本当にその言葉で通るものなのでしょうか。

 親友には悪いけれど、私は先輩の言葉に内心頷いてしまった。

 だって、私自身が同じ事を思う位なのだから……。

 アビドス廃校対策委員会の部室……便利屋率いる傭兵との武力衝突を回避した私達は、その後何事も無くここまで帰って来れました。

 ただ1つ、ショウマさんの心傷を除いて。

 当然、人として放っておく事は出来ません……ですが同時に、あの人がその傷を負う事になった要因についても見過ごす事は出来ません。

 予めの警告を聞き入れて、これまでの日々からその警告が嘘では無いと理解もしていた筈で、それでも命に関わる危険に身を投じた当時の心境がどのようなものだったのか、私も直接本人に問い質したかった。

 もうお人好しという言葉だけでは片付けられない……初めて出会った時から続く、もはや気狂いとさえ言えてしまう程のそれを支える、彼の本質を。

 

「まぁ口うるさくなっちゃうけど、ここはノノミちゃんに任せよう。実際にショウマさんを連れてって危険に晒したおじさんは論外だし……ショウマさんの事なら多分ノノミちゃんが一番分かってるだろうって満場一致の意見だったからね。」

 

 先輩の言う通り、今それを聞き出せるのはあの人だけでしょう。

 ここに居る3人では最悪感情が優先してしまって、なんて事も有るかもしれません。

 決して疎ましいからという理由では無く、純粋に心配しているからこそ……。

 それ位ショウマさんという存在が私達にとって深い場所まで入り込んでいる事に心の中で静かに驚きながら、私は部屋の扉に手を掛けようとする先輩の姿を視線で追う。

 

「そういう先輩は何処行くつもりなのよ?」

「おじさんは帰るよ。普段ならもうとっくにおねむの時間だからねー。」

 

 そう言って、部屋を出ていく先輩。

 心に思う所が有るのは、誰だって同じ。

 先輩もまた、自ら語ったように今回の件に強い責任を感じているのでしょう。

 私の親友も同じ事を思ったのか、去り行く小さな背中にそれ以上の声を掛ける事はありませんでした。

 

 

 

 

 

 ……ただ最後に、微かに聞こえたあの呟き。

 

 

 

 

 

「私はやっぱり……。」

 

 

 

 

 

 先輩が溢したその台詞が、必要以上に重く聞こえた事だけは、聞いておいた方が良かったのかもしれません。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「俺の実家がね、お菓子を作る会社だったんだ。俺の大叔父さんと祖父に当たる人……おじいさんがその会社を創って、2人で色んなお菓子を作ってたんだって。」

 

 

 

 

 

─デンテ、これを菓子の材料に使えるか?

─やってみないと分からんが……これは?

 

 

 

 

 

 大叔父、デンテ・ストマック

 そして祖父、ゾンブ・ストマック

 全てはこの2人から始まった……ゾンブが販売及び材料の仕入れ担当、そしてデンテが開発担当としてストマック社の名の下、細々と……しかし平穏に製菓業を営んでいた。

 

「でも……ある時、おじいさんが持ってきたお菓子の材料が、全てを狂わせた。」

 

 

 

 

 

─異世界で手に入れた、未知の材料さ……。

 

 

 

 

 

「その材料で作られたお菓子は、凄く美味しくて売れもしたみたい……だからおじいさんはそのお菓子を改良していく事で、会社を大きくしようと考えたんだ。皆が他のお菓子に目が向かないように、味も依存性も高めていって……。」

 

 唐突に始まった、井上 ショウマの身の上話。

 それがこれまで話題にしていた事と一体何の関係が有るのか……。

 ただ彼の、今までに見た事が無い程の暗さを纏う姿と、話の節々に混ざっている不穏な言葉の数々が、ノノミの逸る気持ちを抑えさせ、彼女に話を聞く姿勢を取らせる。

 

「人間を材料にした、そのお菓子……闇菓子を。」

「え……!?」

 

 だから不意に溢されたその一言が、彼女の心に深く突き刺さる。

 同時に、耳を疑わざるを得なかった。

 人を菓子の材料に?一体何を言っている?

 困惑するノノミを置いて、ショウマの話は続いていく。

 

「俺が生まれたのも、その中で起きた事だった……おじいさんが亡くなって、父さんが会社を継いで、変わらず人間を材料にしたお菓子を作る為に人間を攫っていく中で、母さんと出会って……。」

 

 

 

 

 

─私の新しい妻、みちると……お前達の弟、ショウマだ。

 

 

 

 

 

 何故そうなったのか、何が見初められた要因となったのか……本来闇菓子の材料として連れてこられただけの人間の女性、井上 みちるは父であるブーシュ・ストマックと夫婦の間柄となり、自分(ショウマ)を身籠る事になった。

 そこに、愛が無かった訳では無いらしい。

 しかしそれはあまりに一方的なもの……実際は(ブーシュ)(みちる)を無理矢理襲い、身籠ってしまった事でそういう間柄となるしかなかっただけ。

 母から父に対する愛情は、欠片も無かった……己が受けた仕打ちに対する怨情で一杯であった。

 だからその象徴とも言える自分(ショウマ)の事も、同じ目で見られても何らおかしくなかった。

 

 

 

 

 

─ショウマ、絶対一緒に人間の世界へ戻ろうね……あっちで幸せになろうね。

 

 

 

 

 

 だが、自分は愛された。

 忌み子として、疎まれて当たり前と言える存在なのに、母は自分を愛してくれた。

 たとえ望まぬ形であったとしても、生まれてきたかけがえのない命であるから……。

 

「でも結局、俺の家では人間は闇菓子の材料としてしか見られなくて……。」

 

 

 

 

 

─ショウマ……早く、逃げて……!!

─母さんッッッ!!

 

 

 

 

 

「何も出来なかった……目の前で母さんが殺されるのを、俺は泣きながら見てる事しか出来なかった。それから家を抜け出して、母さんが住んでいた人間界に来て……。」

 

 ぎゅっ、と拳を握り、言葉を詰まらせるショウマ。

 そしてそれは、話を聞いていたノノミも同様であった。

 異世界、人間を材料にした菓子、無理矢理の婚姻、忌み子、母親の惨殺……挙げれば切りが無い、絵空事の数々。

 しかし彼の発する一言一言、その重みがそれを否定する。

 言葉に重みが有るとはよく言うものだが、それを今、自分は真に実感している。

 自分でなくとも、誰であっても、答えるであろう……どれだけ虚構染みた事であっても、彼の言っている事に嘘は無い……彼が言っている事は真の事実であると。

 ならば、そんな絵空事のような数々を真実として経験してきた彼という存在は、一体何なのだろうか?

 彼は一体、何者であるというのだろうか?

 

「ショウマさん……あなたは一体……?」

 

 聞くしかなかった……そしてその答えを、彼は着ている服のチャックを開け放ち、これまで少女達の前では隠していた己の腹部を晒しながら告げる。

 

 

 

 

 

「俺の名前は、井上 ショウマ……そして、ショウマ・ストマック。グラニュートの父さんと、人間の母さんとの間に生まれた子だ。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ねぇアルちゃん、お鍋食べないの?もやししかないけど美味しいよ?」

 

 ショウマの口から真実が語られている一方で、便利屋68の面々はというと、事務所として借用している部屋の中でお手製のもやし鍋をつついていた。

 作り方は簡単、お鍋に水を入れたらコンロにセット。

 火を点けて沸騰してきたらお好みの調味料で味付けをし、もやしを1、2袋纏めて入れて煮込めば完成。

 適宜もやしを投入したり締めのご飯や麺類を用意すれば意外と幸せな気持ちになれる素朴の極みたる料理であるが、ムツキ、カヨコ、ハルカの3人が仲良く机を囲む中で、アルだけがそんな気持ちとは遠い表情を浮かべていた。

 

「……ごちそうさま、私の分も食べて良いわよ。」

「えっ!?そ、そんな……アル様の分まで頂いても良いだなんて、私明日にはクビですか!?」

 

 やがて彼女は箸を置き、1人部屋を出ていってしまう。

 鍋も1、2口程しか手を付けておらず、明らかに様子がおかしい……まぁ、理由は既に分かっているのだが。

 

「あーあ、こりゃアルちゃん相当ダメージ入ってるね~。」

「何で逆にそうなってるの……向こうの生徒達ならともかく。」

 

 アルがああも意気消沈としているのは、折角仲を紡げた者達が仕事の標的(ターゲット)であった事への未練。

 そして……ショウマという名の者との問答に、思う所があったからであろう。

 

「あははっ!いやでも中々面白そうな人も居たじゃん?今時居ないよー、あんなお気楽ご気楽。」

 

 銃での撃ち合いではなく、話し合いによる解決を……何とも素晴らしい理想論である。

 彼の素性は全く分からないが、少なくともその理想論がまかり通るような世界で暮らしてきたのだという事ははっきりしている。

 本当に……平和ボケした甘い世界だと思う。

 

「夢だけ追い求めて、それで全てが叶うんだったら苦労はしないよ……貰って良い?」

「良いよー。それにしても珍しかったね~……ハルカちゃんが自分から撃っちゃうなんて。」

「す、すみませんすみません‼あの時は何故か自分を抑えられなくて……私死んだ方が良いですよね?死んで良いですよね!?死にますっ‼」

「良いよ良いよ死ななくて、よーく分かるから。あんな綺麗事ばっかでどうにかなった環境に居なかったからね、私達は。」

 

 そう、甘いのだ……話し合いで解決出来ればそれに越した事はないなど、誰だって分かっている事だ。

 けれでも現実は、それだけで成り立つ程単純ではない。

 誰もが分かっている事だからこそ、誰もがそれを利用しようとするのだ……お互いの為ではなく、ただ己の為だけに。

 世界はそういう、自己中で溢れている……結局人など、自分の世界が幸せならばそれで良いのだから。

 

「ええ、そうよ……だから私達はこの道を選んだの。このアウトローの道をね。」

「お、アルちゃんお帰り~、おセンチ終わり?」

「今更戻ってきてももやしは残ってないよ。」

「別に食べに戻ってきた訳じゃないわよ!」

「あああ!?す、すみませんアル様‼アル様の分のもやし食べてしまいました‼は、吐いて戻します‼その後で死にますっ‼」

「吐かなくて良いし死んじゃ駄目だから!!」

 

 部屋を出て、しかし扉越しに話を聞いていたアル。

 そのやり取りを耳にして、彼女は自らに活を入れる。

 こんな事で参っているようでは、社員として付いてきてくれているこの子達に対して申し訳が立たぬ。

 何よりも、己が掲げる理想の為に……この手に取るべきは、やはりそれぞれの愛銃だ。

 

 

 

 

 

 ……そうであるべきなのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「グラ……ニュート……?」

「うん。そういう名前の種族で、こうしてお腹にもう1つ口が有るのが特徴なんだ。俺のは改造されてるから、ちょっと見た目が変わってるけど……。」

 

 その色合いから赤ガヴなんて呼ばれもした己の腹口を、優しく指で擦るショウマ。

 何度も何度も、繰り返す度にその名称を蔑称として呼んできた兄姉達の姿が脳裏を過る。

 父の前妻が産んだ5人の兄姉達……彼等彼女等の手によって、自身の母が殺された当時の記憶が鮮明に甦る。

 

「悔しかった……あの時、何も出来なかった自分が。それで決めたんだ、もう大切な人を……ううん、誰かを闇菓子の材料になんてさせない……俺が守るんだって。」

 

 無論キヴォトスで起こる争いに闇菓子は関わっていないが、要は延長線上の話である。

 大切な人を失った怒り、悲しみ……そういった経験が、ショウマをあれ程の無謀へと至らせた1つの要因。

 

「それに俺は、皆に……。」

 

 そう、ショウマがそれ程までの事をするのには、もう1つ理由が有る。

 そして彼はそのままその理由をつつと言葉にしようとした。

 

「……!」

 

 しかしそれは目の前にいる少女の様子を窺った事により叶わなくなってしまった。

 目の前の少女、ノノミが向けてくる視線……それが、あまりにも奇異で満ち溢れていたから。

 その眼差しを、ショウマは知っていた。

 事情を知り、しかし理解に及ばず、故にかの者を異質で奇怪な存在として見るしかない。

 そう、それはかつて多くの人々が自身へと向けていた……。

 

「……ごめん、1人で勝手に話して。」

「あっ……ち、違うんです!その……!」

 

 ノノミとしても、それは決して意図していたものでは無い……本当に、思わずそのような目線となってしまっていただけだ。

 それでも、与えてしまった印象は覆らない。

 

「……。」

「ショウマさん……。」

 

 ショウマはもう、何も語ろうとしなかった。

 俯き、背を向け、拒んでしまった。

 罪を償おうとする事さえ、止めてしまった。

 それを促してしまったのは……。

 

「……ごめん、なさい。」

 

 居たたまれなくなってしまったノノミは、その言葉だけを残して去ってしまう。

 今にも泣き出してしまいそうな、絞り出すかのような……そんな声を出させてしまった事に心の中で詫びながら、かつて仲間の1人が上げた言葉が思い起こされる。

 

 

 

 

 

─皆落ち着けって!こいつは■■■■じゃない!■■■■から皆を助けた……!

 

 

 

 

 

「(でも……ここでは……。)」

 

 家族が悪事に手を染めて、その家族に母親を殺されて、故に誰かの命を守る事に固執する……しかしその生まれは人を食い物にする事の出来る、人ならざる血を継ぐ者。

 それでも何食わずに普遍な人間であるかのように振る舞い、故に誰からも理解されない、される訳の無い……。

 

 

 

 

 

そんな、()()()()だ。

 

 

 

 

 

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