便利屋68に拾われるという予期せぬ展開から一夜明け、朝早くに目を覚ましたショウマ。
そのまま力を入れてみれば、体は思う通りに動いてくれる。
昨日あれから促された通りに一眠りをし、昼夜もしっかりご飯……献立はどちらももやし炒めしかなかったが……を食べたお陰で、少しは体調が良くなったようだ。
であれば……と、ショウマは寝床として利用していたソファから立ち上がり、事務所の中を彷徨き始める。
目的は、ムツキが持っていたシッテムの箱の回収……自身が居る中でこの部屋に置いてある可能性は低いだろうが、彼女があれを何処に保管したのか分からない以上、探してみる価値は有る……所謂ワンチャン、というやつだ。
無論他人の部屋を勝手に漁るのは良くない事だと承知はしているが、シッテムの箱は一応借り物でもあるのだ……たとえ無礼を働いてでも、一刻も早く手元に置いておきたい。
せめてもの謝心で物に触れる時はそっと触り、途中でペンとメモ用紙を拝借しながら探索を進めるが、やはりというか、目当ての物は見つからない。
便利屋の少女達は隣の部屋で寝ている……彼女達が起きてくるまでにせめて端末がありそうな場所に目星を付けておかなくてはと考えていたが、その隣の部屋へ繋がる扉が不意にガチャリと開かれる。
「ん、もう起きてたか……早いんだね、起きるの。」
「えっと……お、おはようカヨコちゃん。」
「おはよう、ショウマさん。折角だし、コーヒーでも飲む?」
慌てて開けていた事務机の引き出しを閉め、室内に入ってきた者の姿を窺えば、それは白と黒のツートーンカラーの髪と、少々強面な顔付きが特徴の少女……カヨコであった。
彼女はショウマが事務机の前に立っていた事を不審がるような素振りを見せず、綽々とコーヒーを淹れ始める。
「砂糖は入れる?」
「うん、お願い。」
「分かった。ブラックは飲めない感じ?」
「飲めない訳じゃないけど……どうせなら甘い方が良いなって。」
「甘党なんだ?」
「そうだね、お菓子とか大好きなんだ。」
「そっか、じゃあそもそもコーヒーじゃない方が良かった?」
「ううん大丈夫、コーヒーも好きだよ。大人の飲み物って感じで。」
「よく言うよね、それ。私としてはもっとポピュラーな飲み物って認識で良いと思うけど……はい、どうぞ。」
「ありがとう、頂きます。」
コーヒーが出来るまでの間の、軽い談笑……どうやら事務所内を物色していた事はバレていない様子。
その事に内心安堵しながら、ショウマは渡されたコーヒーを口に含む。
砂糖の甘さが、多分に苦々しいコーヒーの中に隠し味の如くひっそりと含まれており、非常に味わい深くなっている。
「カヨコちゃんは今日みたいにいつも朝早く起きてるの?」
「そうだね。日課って訳じゃないけど、よくこうして誰も居ない事務所の中でコーヒーを飲みながら他の皆を待ってる事が多いかな……そういうショウマさんこそ、普段から朝早いの?」
「どうだろう……結構まちまちかな。7時までには絶対起きるようにしてるけど。」
「良い事だよ、うちも皆起きる時間がその日によって結構バラバラでね。ムツキやハルカは割かし早く起きる方ではあるけど、ムツキはよくふざけて二度寝しようとするし、ハルカも社長が起きるまでは絶対側を離れないっていつも言って聞かないし、何よりその社長がね……。」
そう言って溜め息を吐き、しかしコーヒーに口を付けるや、一転して微睡むような表情を浮かべるカヨコ。
それは単純にコーヒーの美味しさに顔を綻ばせているようにも見えるし、苦言を呈していた少女達の事を何だかんだ悪く無く思っているようにも見える。
その顔立ちから一見して少々恐いというイメージを彼女に抱いていたが、実際に接してみれば非常に穏やかな気質の持ち主であった。
「でも、あなたが今日早く起きたのには理由が有るんでしょ?」
「え?」
「そこの引き出し、微妙に閉まってない……さっき慌てて閉めようとしたでしょ?大方、あのタブレットを探してたんだろうけど……それにソファの前のテーブルの上、昨日は置いて無かったペンとメモ用紙が有る。もしタブレットが見つかったら、書き置きでも残して出ていくつもりだった?」
そして、よく物事を見ている。
指摘された部分は決してそこまで大きくない変化であると思うのだが……彼女はしっかりとその違いを言い当ててきた。
「因みにタブレットなら事務所の中には無いよ。ムツキが枕元に置いてるから……アビドスからもそうやって?」
「……うん。」
おまけに、勘も鋭い。
カヨコに言われた事でアビドスの少女達の顔が思い起こされてしまい、ショウマは堪らず目を伏せてしまう。
「私は別にそっちの事情の縺れとか、そういうのには興味無いけど……そういうやり方は止めた方が良いと思うよ。いくら書き置きを残したからって、そんなの黙って居なくなるのと変わらないから……言い方悪いかもしれないけど、お世話になった人達の事を裏切る行為だと思う。」
そうとしか言えなかった。
何も取り繕えなかった。
分かっていた筈だ……あのような別れ方が、人の為にならない事を。
誰かを悲しませる結果にしか繋がらない事を。
─ウマショー……!アンタ挨拶も無く出て行くとか本当無いんだけど!?どういうつもり!?
─ウチらと別れて、大好きなお菓子も有るこの世界離れて……もう帰って来ないつもりだった?ウマショーそんなの幸せ?
それなのに、どうして同じ過ちを繰り返してしまったのだろう……。
「少なくとも、ムツキはあなたの事を悪いようには見ていない……だからあの子を裏切るような真似だけはしないで。」
あの子、意外とあなたの事を気に入ってるみたいだから……と言うカヨコに、ショウマはまともな返事を返せず再びコーヒーを飲む。
さっきまで感じていた甘味が、今は微塵も感じない。
思い出と共に、全身を苦さが染み渡っていく。
「おっはよー♪ショウマさん起きてるー?」
「おはようございます……。」
「おふぁよ~……ふあ……。」
「おはよう。皆揃ってだなんて珍しいね……コーヒー飲む?」
「うん、ミルク多めねー♪」
「わ、私もそれでお願いします……!」
「んー……んん?えっ!?誰あなた!?」
「いやショウマさんでしょ。昨日うちに泊めるって話ししたじゃん……社長まだ寝惚けてる?」
「あ、ああ……そうだったわね……。」
それを甘んじて受け入れていると、隣の部屋からぞろぞろと人が押し寄せてくる……どうやら残りのメンバーが起きてきたようだ。
それぞれカヨコからコーヒーを受け取り、地味に存在を忘れられたりされながら少女達の朝支度が終わるのを待っていると、やがてアルが気取ったポーズを取りながら目の前に立つ。
「おはようショウマさん、気分は如何かしら?」
「うん、寝たらすっかり良くなったよ。ありがとね、ここを使わせてもらって。」
「どういたしまして。その様子だと、もう1人でも十分動き回れそうね。」
「うん、それじゃあ……。」
ショウマの目線がアルから外れ、ムツキの方へと向く。
目的は当然、彼女が今も手にしているシッテムの箱の返却だ。
昨日彼女は寝て元気になったら返すと言っていた……言葉とは違って多少空元気な所は有るが、それでも今の自分がその条件を満たしている事は充分見て分かるであろう。
「やだ、あげない。」
「何で……!?」
話が違うではないか。
伸ばす前に空を切った手を支えにして、ショウマはムツキに詰め寄らんとばかりにソファから立ち上がる。
「だってぇ、倒れてた所をわざわざ拾ってあげてぇ、優しく看病してあげてぇ、寝る所も用意してあげてぇ、それなのにな~んにもお返しが無いなんてちょっとズルくなぁい?」
「働かざるもの食うべからず……という事で、あなたにはうちでアルバイトをしてもらうわ!」
「今までアビドスの方を優先してたから、保留にしていた依頼が幾つかあってね……それを手伝ってもらおっかなって。」
返ってきたのは至極尤もな意見と、その対価の掲示。
昨日と似たような状況に陥った事でつい再び警戒心を強めてしまったが、やはり便利屋としての仕事が挟まらなければ、彼女達は真っ当な考えを持つ子達であった。
「……分かった、でも約束して。それが終わったら、今度こそそれを返すって。」
「ええ、約束するわ。それじゃあこの後早速お願いするわね?」
先程のカヨコとの会話もあり、これ以上恩を仇で返すような真似はしたくないとして、ショウマはその提案に乗る事に。
かくして便利屋68との交流を継続する事になった彼の姿を目で追いながら、ムツキは手元の端末に向けて静かに語り掛ける。
「……これで良ーい?」
『はい、ありがとうございます。』
ムツキの声に返事をするアロナ。
そう、アロナは既にムツキや他の便利屋の少女達と面識を持っていた。
そしてショウマの身を便利屋68の下に置かせるという今の状況を作り出したのもまた、彼女の考えであった。
「この人……昨日アビドスの子達と一緒に居た人だよね?何でこんな所に……?」
あの時、どうしようも出来なかった自分の下に聞こえてきた声。
見ればそこには、便利屋68に所属している生徒……浅黄 ムツキの姿が。
本来この上無き幸いとなる、人との出会い……しかしその人物が人物であるとして、アロナの背筋には戦慄が走る。
依頼を受けたという便利屋68にとって、アビドスは仕事上の標的……そしてショウマはそのアビドスの側に居た存在。
ならば今、ここで彼の事を処すなんて事態に発展する可能性が非常に高いのだ。
まさか、こんな時に出会す事になるとは……画面の奥で、アロナは一抹の希望に縋るように両の手を握る。
「ま、いっか。気にはなるけど、流石に拾って帰るのは難しいし……。」
その祈りが通じたのか、ムツキはショウマの事を手に掛けようとはしなかった。
その代わり、救いの手を差し伸べもしない……ショウマの事を放って、ムツキはこの場を去ろうとしていた。
これで良い、彼が殺されなかっただけで十分である。
だが、これで彼が助かったとは全く言えない……ここで彼女が居なくなってしまえば、また現れるかも分からぬ誰かの存在に縋らなくてはならなくなる。
だが今、目の前には……。
『……待ってください!お願いです、この人を助けてください!』
「ん?何今の声……あ、これ?」
突然誰かに呼び掛けられた事で、ムツキは暫く辺りを見回していたが、声の出所がショウマの抱えるタブレットである事に気付くが早く、彼女はそれを拾い上げる。
「もしかしてアビドスの誰か?もしもーし、お電話代わりました、ムツキちゃんでーす♪」
『あ、いえ!私はアビドスの生徒では無く、この端末に搭載されているAIのアロナです!ムツキさん、ご迷惑を承知でお願いします!どうかこの人を……先生を助けてください!』
「あれ、違ったか。珍しいねー、喋るAIが搭載されてるタブレットなんて……売ったらどれぐらいになるだろ?」
『う、売ろうとしないでください!この端末は凄く大事な物なんですから!』
賭けるしかなかった、目の前の可能性に。
彼の身を再び危険に晒す事にはなるが、限りなく0%に近い可能性に賭けるよりも、目の前の1%に賭けてみたかった。
「でもさぁ……助けてって言われても、私にはこの人を助けるメリットが全然無いんだよね。むしろここで止め刺しちゃった方が
『だ、駄目です!!それだけは……!!お金ならあげますから!!だから……!!』
「ごめんごめん、流石に仕事でも無いのにそんな物騒な真似はしないよ……っていうかさ、この人の事を助けたいっていうならアビドスの子達に連絡でもしたら?電話掛けるぐらいならムツキちゃんやるよ?」
『それは……出来ません。あなたの居る便利屋68で保護してもらいたいんです。』
「む、訳有りと来たか……でもさ、それならやっぱり私がこの人を助ける理由は無いんだよね。そりゃお金が欲しいのは事実だけどさ……それだけじゃムツキちゃんは動いてあげられないなー?」
誰かに声を掛け、願いを聞き届けて貰わなければ何も出来ない。
だからこそ、それで成し遂げるのだ……彼の命を救うという業を。
たとえ救ったその先で、自身の存在意義を否定されて終わる事になったとしても。
後悔したままで、終わりたくは無いから。
『私からの依頼……という事では、駄目でしょうか?』
「……あはっ♪良いよ、乗ってあげる!初めてだよ、依頼人がAIだなんて!」
彼が望む事を側で支え、叶えさせる……
「お待たせしました。変動金利等を諸々適用し、利息は788万3250円ですね……全て現金にてお支払い頂きました。」
黒のスーツに身を包んだロボットの方が会釈をする……私達アビドス高校が借り入れをしている金融会社、カイザーローンの人です。
今日は月によって決められた借金の返済日……セリカちゃんと一緒に返済金を持って校門前で待っていると、やがて大仰な車体が私達の前に止まり、業者の方が数人車から降りて、慣れた様子で作業に当たる。
「カイザーローンとお取り引き頂き、毎度ありがとうございます。来月分もまた、よろしくお願い致します。」
暫くして、再び目の前のロボットの方が会釈をする。
当たり前ですが、借り手と受け手というだけの社交辞令……その振る舞いは礼儀正しくは有るものの、情の無い上辺だけのものである事が見て明らかです。
「何とか今月も乗り切ったわね……。」
やがて作業を終えて早々に立ち去っていく業者の車を見送ると、それまで張り詰めさせていた空気を解きながら、セリカちゃんが1人ごちる。
そんな彼女は目下の懸念が今まさに去っていった後だというのに、未だひりついた雰囲気を纏っている。
その理由については、もう分かりきっている事……ショウマさんが居なくなってから、私達の間に流れる空気はすっかり変わってしまいました。
「おかえりー、どうだった?」
「いつも通り、特に問題は有りませんでした。」
教室へ戻ると、先輩達2人が出迎えてくれました。
その内ホシノ先輩は特に変わった様子は見られません……これまで通り、間延びした声とだらけた様子で机に体を預けています。
「借金の完済までは、あとどれぐらいでしたっけ?」
「309年返済なので、今までの分を入れますと……。」
「言わなくて良い!どうせ死ぬまで完済出来ないんだし、計算しても無駄でしょ!?」
ですが……ノノミ先輩。
あの人も普段と変わらないような姿を見せていますが、それは表面上の話。
浮かべる笑顔には活力が、声には弾みが、明らかに失くなっています。
先輩が変わってしまった訳、変わらせた人……しかしながら、変わる事になった一番の理由は、他ならぬ自分達にあって。
そう……変わってしまったのでも、変わらせたのでも無く、私達が変えてしまったんです。
私達自身も……そして、あの人の事も。
その事実がささくれだった気を刺激するのか、セリカちゃんの態度が必要以上に荒いものに。
「……では、遅れましたが全員揃ったので会議を始めましょう。今日は2つの事案についてお話ししたいと思います。まず最初に、先日私達を襲った便利屋……彼女達は、便利屋68という部活です。ゲヘナ学園に於いて、かなり危険で素行の悪い生徒達として知られています。」
このままでは彼女を筆頭に拗れかけている仲に不和が生じてしまう可能性が有ります……少し強引ですが、話題を変えましょう。
借金の返済作業でおざなりになっていた今日の会議……最初の議題は、あの便利屋68についてです。
「部活のリーダーの名前は、陸八魔 アルさん……自らを社長と称しているようです。」
「そういえば言ってたねー、他にも課長とか室長とか……平社員の子も居たっけ?」
「その通りです。彼女の下には3人の部員が居まして、それぞれ室長の浅黄 ムツキさん、課長の鬼方 カヨコさん、平社員の伊草 ハルカさんの4人で部活動を行っているそうです。」
「いやー、聞くと結構本格的だねー。」
「まぁ、あくまでそれぞれの肩書きは自称なので……それで今はこのアビドスのどこかのエリアに潜伏しているようです。昨日の朝にも出会しましたし……。」
ショウマさんの失踪という事態にかき消された、昨日の出来事を脳裏に過らせる。
いつも通りセリカちゃんと学校に向かっていて、その道中で浅黄 ムツキさんと出会して、すわここで会ったが……という事態になるかと思いましたが、彼女は仕事で請け負っているだけだから、それ以外の時は仲良くしても構わないという理解し難い理由でちょっかいを掛けてきて……。
結局セリカちゃん共々眼鏡っ子ちゃんやら黒猫ちゃんやらと弄ばれただけで終わりましたが、1つ違えば本当に戦う事になっていたかもしれなかった……ああして全く予期せず出会した事も考えると、いつ彼女達に1人で居る所を襲われてもおかしくありません。
ショウマさんは、大丈夫でしょうか……。
「続きまして、セリカちゃんを襲ったヘルメット団に関する事です。先日の戦闘で回収した
「取引されていないって事は、もう生産もされてない筈って事?そんな物どうやって手に入れたのかしら……?」
次に議題として挙げたのは、攫われたセリカちゃんを救出したあの日から尾を引く案件……ヘルメット団が保有していた兵器について。
ヘルメット団はアビドスのみならずキヴォトス各地に派閥を持つ大規模な集団ではありますが、そうは言っても突き詰めてしまえばただの不良の集まり……高射砲なんていう兵器を持つには本来至らない存在。
たとえ喉から手が出たとしても、普通ならば決して届かない筈なんです。
ですが、それを可能にする方法が1つだけ有ります。
「生産がされていない型番を手に入れる方法は……キヴォトスではブラックマーケットしかありません。」
「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか。」
ブラックマーケット……簡単に言えば、闇市場を指す言葉です。
連邦生徒会の手が届いていないあの場所……様々な裏稼業を営む人達だけでなく、休学や退学などの理由で不登校となった生徒が集団を形成して違法な品物の売買を日々行っているあの場所ならば、ヘルメット団が戦略兵器を手にするなんて分不相応な事が起きる可能性も十分に有り得ます。
調べた限り、便利屋68もブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしているみたいですし……何かしらの関係があってもおかしくありません。
「では、そこが重要なポイントという事ですね?」
「はい。2つの出来事の関連性を探すのも、1つの方法かもしれません。」
「よし、じゃあ決まりだねー。ブラックマーケットを調べてみよう。」
ショウマさんの行方も気になりますが、私達を取り巻く環境の変化、その真相の解き明かしを後回しにする事も出来ません。
意外な手掛かりが有るかもしれないね、というホシノ先輩の言葉に端を発し、私達はブラックマーケットを調査する事にしました。
それが私達の予想を遥かに上回る、大きな陰謀へ近付く行為であったとは知らずに……。