キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第19話「黒いドレスの少女」

「お待たせ致しました、陸八魔様。」

「何がお待たせ致しましたよ⁉本当に待ったわよ!!6時間も!!ここで!!何で融資の審査に半日も掛かるのよ⁉別にうちより先に人も居なさそうだったのに‼私の連れは待ちくたびれてそこのソファーで寝ちゃってるし!!」

「私共の内々の事情でして、ご了承ください。」

 

 アビドスの少女達が口惜しく闇銀行を去っていった一方、その銀行の中では便利屋68のアルが反対に声を大きく荒らげていた。

 彼女にしては珍しく怒り心頭といった様子だが、その理由は銀行員の態度を考えればさもありなんといった所か。

 

「……ところでアル様、貴女はそのような態度を取れる状況では無いと思うのですが?」

 

 しかしアルのその怒りは筋違いなのだと銀行員は語る。

 この期に及んでまだ宣うかと彼女は堪らず噛み付きたくなったものの、銀行員の纏う空気の著しい変化に気圧されてしまい、思わず口を噤んでしまう。

 

「当行の助けが必要ならば、辛抱強くお待ち頂く事も大事かと……あ、それとお連れのお方ですが、そちらでお休みになられては困ります。」

 

 融資は相手に貸し出す価値があるからこそするもの……誰にでも提供するサービスではない。

 こと裏社会に於いては、それこそ客は神様ではないのだ。

 

「セキュリティ、あの浮浪者……いえ、お客様を起こして差し上げなさい。」

「了解、ほら起きた起きた!」

「むにゃむにゃ……うはっ⁉なになに⁉」

「っ……!」

「ああっ……す、すみません‼居眠りしてすみません‼」

「なっ……!?止めて下さい!そんな起こし方……!?」

 

 パチンッ、と銀行員が指を鳴らすと同時に、付近の警備員が動く。

 目的は指示された通り、連れの少女達を起こす為……そのやり方は仮にも客たる存在を足蹴にするという、裏社会の者らしいやり方だ。

 1人だけ起きていたショウマはその対象にこそならなかったが、彼に咎められてなお警備員の態度は全く変わる気配が無い。

 つまりは、これ以上上手に出ようとするなら4人にも矢面に立ってもらう……そういった意思を示されてしまい、4人の身を案じたアルはその唇を噛み締める他無かった。

 

「さて、では一緒にご確認を……お名前は陸八魔 アル様、ゲヘナ学園の2年生ですね。現在便利屋68の社長ですか……この便利屋、実はペーパーカンパニーではありませんか?書類上だと財政が破綻しているようですが?」

「なっ……ちゃ、ちゃんと稼いでるわよ!まだ依頼料をちゃんと回収出来ていないだけで……!」

「それと従業員は社長含めて現在5名ですが、室長に課長、そして平社員にアルバイト……正直に仰いますと、肩書きの無駄遣いでは?まさかとは思いますが、会社ごっこでもしているおつもりで?」

「そ、それは……肩書きが有った方が仕事の依頼を……!」

「……まぁ肩書きに関しては審査の対象外なので、お気になさらず。」

「じゃあ何で聞いたのよ⁉」

「大変失礼致しました、個人的な興味で……あとですね、必要以上に事務所の賃貸料が高いです。財政状況に合った物件を見つけて頂かないと。」

「そ、それは……ちゃんとしたオフィスの方が……仕事の依頼を……!」

 

 だが実際、銀行員の言う通りな部分もあったりして。

 多少意地の悪い聞き方ではあるものの、内容自体は正当な質問の数々に、アルはたじろぐばかり。

 

「アル様……これでは融資は難しいですね。」

「えっ……ええええ⁉」

 

 結果、審査に落ちて突っぱねられる事に。

 白目を向いてあんぐりと口を開けるというまた女の子がしちゃいけないような表情を浮かべるアルに向けて、銀行員がそれまでの態度を一変させて彼女に接する。

 

「まずはより堅実な職に就いてみてはいかがでしょうか?日雇いや期間工など、手っ取り早く始められるものもありますが……。」

 

 それは本心からの助言であった。

 いくら裏社会に身を置いているとはいえ、銀行員は銀行員……仕事は打算無くきっちりこなす、それぐらいの誇りは有る。

 というより、そう言わざるを得ない程にアル達の条件が滅茶苦茶だったというか……。

 

「(ムカつく……もう大暴れして銀行のお金を持ち出しちゃおうかしら……いや、それは駄目ね……ここからお金を持ち出せたとしても、ブラックマーケットから抜け出すのは至難の業……あちこちにマーケットガードも居るし……それにここは仮にも()()()の依頼主の……。)」

 

 しかし当のアルはただ馬鹿にされているとしか感じなかったようで、心の中で良からぬ事を考え始めていた。

 

「(情けない……キヴォトス1のアウトローになるって心に決めたのに、融資だのなんだの、こんなつまらない事にばかり悩まされて……。)」

 

 普段から様々な依頼を受け、ともすれば他の生徒よりも早く大人としての生き方を選んでいるやも知れない彼女達ではあるが、やはり内面はまだ子供……そうも言われてしまうのに自分達にも非が有るとは容易に認められず、または思い当たる事が出来ず、ただ悔しい思いが募るばかり。

 

「(私が望んでいるのはこんなものじゃない……何事にも恐れず、何事にも縛られない、ハードボイルドなアウトロー……。)」

 

 

 

 

 

 そう、なりたかったのに……。

 

 

 

 

 

 その時だった、アルの視界が途端に黒色に染まったのは。

 

「な、何事ですか⁉」

「停電⁉一体誰が……⁉」

 

 いや、アルだけでない……何が理由か、電力が落ちた事で銀行内に居る者全員が暗闇の中に囚われてしまったのだ。

 声からして職員が総出で慌ただしくしているものの、電気はすぐに復旧する様子は無い……ひとまず離れた所に居る4人に声を掛けるべきかと、アルがそれまで閉ざしていた口を開こうとした時だった。

 

「うわっ⁉あああっ⁉」

「何が起き……ぎゃあああ⁉」

 

 誰かのそれを皮切りに、次々と辺りで起こる悲鳴。

 それと同時に聞こえ、また時折暗闇の中で光を放つのは……。

 

「じ、銃声⁉皆は……⁉」

「アルちゃんこっち‼」

 

 銃口から火が吹かれるそれであって。

 突然の展開に一瞬気が動転してしまうアルであったが、奇跡的にも自身の耳が仲間の声を拾った事で、彼女は転がり込むようにその声の下へ。

 

「あああ、アル様‼ご無事ですか⁉」

「私は大丈夫よ‼皆は⁉」

「こっちも平気!けどこれは……⁉」

 

 互いに背中を預け、暗闇の先へそれぞれの銃口を向ける便利屋一同。

 その姿に、いつもどこか抜けているような印象は一切感じられない……完全に想定外の事態を前にして、揃って本気になっている。

 そしてそれは当然、ショウマも同じ事であった。

 

「何が起きて……!?」

 

 まだ全員目がこの暗闇に慣れていない……それでもひっきりなしに響く悲鳴と銃声。

 騒ぎを起こしている相手の気配も目的も、何も分からない事に多大な焦燥感を覚えてしまうが、それでも全神経を集中させて少しでも情報を捉えようとする。

 どこから来る?そもそも狙われているのか?

 立ち向かうべきか?逃げるべきか?

 少しでも選択を誤れば狩られる……そんな緊張状態が、いつ果てるともなく続いていた。

 が、パッ……と黒一色だった世界が途端に色取りどりに満ちていく。

 どうやら電力が復旧したようだ……そして同時に、それまで聞こえていたあらゆる音がしなくなる。

 荒くなっている自分達の息遣いのみが大きく耳に届く中で、ゆっくりと周囲を見回してみれば……。

 居た、明らかに先程までは居なかった影。

 この騒ぎを起こした者の姿が、ショウマ達の目の前に。

 

「君は……⁉」

 

 

 

 


 

 

 

 

「あーあ、結局何の収穫も無しかぁ……。」

「すみません、お役に立つ事が出来ずに……。」

「ううん、ヒフミちゃんは十分力になってくれたよ。ありがとね。」

 

 闇銀行の下を去り、尚も違法兵器の手掛かりについて調べ回っていた私達ですが、それからも碌な情報は出てこず、遂にはアビドスへ帰還する予定の時間になってしまいました。

 

「それに、本当に収穫が無かった訳じゃありません。あの業者……カイザーローンがブラックマーケットと繋がっているかもしれないという疑惑は掴めましたから。」

 

 学校へ戻ったら、もう一度現金輸送車の移動ルートを探ってみようと思います。

 いくらデータをオフラインで管理しているとはいえ、じっくりと調べれば必ず足取りを追える筈です。

 手に入れられた情報はただ1つ……今はそれに一縷の望みを賭けるしかないのですから。

 そうして、ヒフミさんの事もありますし、今日の所はこのまま大人しく引き下がるべき……そう誰もが判断した、その時でした。

 

「ん……?」

 

 それは本当に、音も無く現れたと言って良いでしょう。

 奇跡的に私達の視線が互いに向けられて正面から外れ、それが元に戻った瞬間に、()()は現れたのです。

 長く流麗な銀の髪に、黒いドレス。

 そしてその端正な顔立ちからは美しくもどこか儚げな印象を見る者に与える……そんな不思議な風貌の女性が。

 

「えっと……?」

 

 目の前に現れ、そして明らかに自分達と向かい合っている彼女は、それでいて特に行動を起こす事無く、ただじっと私達の事を見つめてきている。

 何かを問おうにも、その瞳孔だけが白と黒とのオッドアイである水色の瞳に見つめられていると思うと、まるでその瞳に意識や魂といったものを吸い込まれてしまいそうな感覚に陥ってしまい、揃って口を聞く事が憚られてしまって……。

 

「……これ。」

 

 と、目の前の女性が漸く行動を起こしました。

 持っていた大型のバッグ……そこから何か紙束のようなものを取り出し、それを見せてきます。

 警戒する者も居れば、興味の方が勝っている者も居る中で共通している、書類の正体についての訝しみ。

 見慣れぬそれを前にしていると、ヒフミさんが先んじてその正体に当たりを付け、声を上げました。

 

「それ……さっき業者の方が書いていた集金記録の書類じゃないですか⁉」

「必要な物なんでしょ?あげるよ。」

 

 そうと定めて見てみれば、確かにあの時業者と銀行員との間を行き来していたあの書類、そしてそれと同じ様式の紙束に間違い無く。

 有れば私達の目的への大きな手掛かりとなるそれを、しかし諦める他無かったそれを、どういう訳か目の前の女性は手に入れ、それをこちらへ渡そうとしてきている。

 であればこちらが抱く感情など、1つしかありません。

 

「どうしてこれを……?」

「……私にはいらないものだから。」

 

 何故そのような事を、という疑問です。

 私も、セリカちゃんも、ノノミ先輩も、ホシノ先輩も、当然ヒフミさんも……誰も彼女と面識が無い、初対面の筈。

 だというのに目の前の女性がこちらの益になるような行動を取る理由が全く分かりません。

 今度は女性の眼差しに臆する事無く、代表してノノミ先輩が訳を聞いてみますも、彼女はそれに答えらしい答えを返さない……精々その透き通るような声色を一段下げた位です。

 

「流石にそれだけが理由じゃないでしょ?」

 

 と、ホシノ先輩がノノミ先輩と女性の間に割って入りました。

 先輩はいつものようににへらとした笑みを浮かべながらも、半目に開かれているその眼差しはどこか鋭く厳しい。

 

「ちょっと聞きたいんだけどさ……その書類、どうやって手に入れたのかな?おじさん達が最後に見た時には、もう銀行の中にしまわれちゃってた筈なんだけどなー?」

「……銀行に行って、貰ってきたの。」

「絶対普通に貰った訳じゃないよね?言ってはいどうぞってくれるような物でも無いし……それにそのバッグ、随分重そうだね?ちょっと中身見せてもらっても良いかな?」

「……これはあなた達には関係無いから。」

「ぶっちゃけて言おうか、盗んできたんだよね?銀行強盗……君がどこの誰で、どういう意図で私達にそれを渡そうとしてるのかは知らないけど、流石にそんな曰く付きの物を受け取る訳にはいかないなー。」

「でも……あなた達には必要な物でしょ?」

「確かに必要と言えば必要なんだけどさー……犯罪で手に入れたものは駄目だって。」

「でも、こうでもしないと手に入らない。」

 

 そしてその目線の通りに先輩の言葉には敵意とも取れる棘が有り、女性もいかなる理由かそれでもなおと食い下がりますも……。

 

「じゃあそれで実際に欲しいものを手にして、次はどうするの?その次は?」

 

 ホシノ先輩が発したその言葉を受けて、彼女は口を閉ざしました。

 

「そんな方法に慣れちゃうと、ゆくゆくは平気で同じ事をするようになって、きっと戻れなくなる……それは人としてどうなのかなーって、おじさんは思うんだよねー。」

 

 はっ……と、何かに気付いたような、或いは思い当たったような、そんな様子を見せた女性は、ホシノ先輩の話を黙って聞いている。

 

「今回は悪人から取ってきたものだし、君がこれまでに何回同じ様な事をしてきたか分からないから、これ以上の追及はしないよ。でも出来れば、君にはこういった事は二度として欲しくない……って、これは流石におせっかいが過ぎるかなー?」

 

 そう言って、いつもの調子に戻るホシノ先輩。

 少し、意外でした……ホシノ先輩が見知らぬ人相手にここまで世話を焼くような発言をするだなんて。

 でも、何となく分かる気がします……相変わらずその眼差しに吸い込まれそうな感覚がして落ち着きはしませんが、私もこの人の事を見ていると、不思議と放っておけないなとも思ってしまうんです。

 

「……ううん、そんな事無い。ありがとう、気に掛けてくれて。」

 

 そのはにかんだ笑顔が、何故かとても……とても愛おしいものだと、そう思えてしまうんです。

 

「じゃあ、本当に良いんだね?これを渡さなくても。」

「うん、気持ちだけ貰っておくね。」

「ん、分かった……それならそろそろここを離れた方が良い。もうすぐここに便利屋68が来る……まだ顔を合わせたくはないでしょ?」

「便利屋の皆さんが?」

「本当に?どうしてそんな事が分かるのよ?」

 

 予言めいた事を告げてくる女性。

 助言とも受け取れるそれもまた何を理由にしているのか、そもそも本当に彼女達なのかと、つい皆して半信半疑な態度を浮かべてしまいますが……。

 

「いえ、確かに少人数のグループがこちらに向かってきています。数は5人ですが……何れにせよ、今は余計な接触は避けるべきかと。」

 

 付近を警戒させているドローンから送られた信号……それを端末の画面に反映させてみれば、確かに5つの光点がそれまで自分達が辿ってきた道程を移動している姿が表示されていました。

 このペースだと、もう間も無く視界にもその姿を捉えられる事でしょう。

 

「ん……それじゃあ。」

「あ……待ってください!あなたのお名前は……⁉」

 

 仮にこのグループが本当に彼女達であった場合、このまま出会してしまえば戦闘は避けられない……全くの無関係者であるヒフミさんも側に居る中で、そのような事態に陥る訳にはいきません。

 女性にはまだ聞きたい事が有ったものの、仕方の無い状況に私達は付近の路地裏へ隠れる事にしました。

 

「はぁ……ふぅ……や、やっと追い付いた……。」

「アルちゃん急に走らないでよ~……私達スポーツマンって訳じゃないんだからさ~……。」

「さっきの銀行強盗……社長、一体何を……?」

「あ、アル様……?」

「(本当に便利屋の奴等じゃない……⁉何であいつらこんな所に……⁉)」

 

 それから間も無く聞こえてきた声、そして見えてきた姿は、女性が告げた通り便利屋68の面々でありまして。

 ブラックマーケットにも通じているとは調べが付いていましたが、よりにもよってこのタイミングで遭遇の危機に陥るとは……と、彼女達に気付かれないようさらに息を潜めようとした時でした。

 

「(って、あれ……ショウマさん!?)」

 

 一瞬、目も耳も、全ての情報を疑いました。

 他の便利屋の人達からさらに遅れてやって来た人物。

 私の端末の画面に表示されていた、5つ目の光点。

 本来便利屋68に存在しない5人目となるその正体が、親友がその名を呼んだ、あの人であったなんて……。

 

「(駄目ノノミちゃん!!今は行っちゃ駄目!!)」

「(ですが……!!)」

 

 途端に、隣から忙しない声と動きが。

 見れば今にも表へ飛び出してしまいそうなノノミ先輩と、それを必死になって止めているホシノ先輩の姿が。

 

「(えっと……お知り合いの方なんですか?)」

「(えっ!?あ……まあその……ご、ごめんなさい!今はちょっと説明が……!)」

 

 当然、その光景に訝しみを覚えるのはヒフミさん。

 説明をしたいのは山々ですが、生憎今はそんな余裕は有りません。

 ひとまずノノミ先輩の事はホシノ先輩とセリカちゃんに任せて、私は表の様子を窺う事にします。

 

「随分熱心に追い掛けてきたね?あの銀行に雇われでもした?」

「ち、違うわ!私達は敵じゃないの!」

 

 私が顔を覗かせる先で、女性と便利屋68が会話を紡いでいます。

 どうやら便利屋……とりわけ陸八魔さんが女性に対して入り用であるらしく、その詳細を彼女は「大した事では無いのだけれど……。」と前置いてから話し出しました。

 

「さっきの銀行の襲撃、見させてもらったわ……!ブラックマーケットの銀行をものの10分足らずで攻略して見事に撤収……稀に見るアウトローっぷりだったわ!正直凄く衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆な事が出来るだなんて、感動的というか……!」

 

 その内容を聞いて、驚きました。

 あの銀行は相当な警備態勢が敷かれていた筈ですが、まさかあの女性はそれをたったの10分程で制圧したというのでしょうか?

 仮に仲間が居て、よほど緻密な計画を練れば制圧自体は或いはと言えるかもしれませんが、10分以内という時間はほぼ不可能の領域でしょう。

 なのでここは陸八魔さんの過大表現と捉えるべきなのでしょうが、もし……もし本当にたった1人でそれを行ったのだとしたら。

 ふとホシノ先輩の方を見てみれば、聞こえていたのでしょう……「もしかしておじさん、結構危ない綱渡りしてた~……!?」とノノミ先輩を抑えながらも、珍しく明らかな苦笑いを浮かべていました。

 

「だから……私も頑張るわ!法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂!そんなアウトローになりたいから!」

 

 女性の正体についてより深い疑問が募る中、再び会話に聞き耳を立てますと、何でしょう……よく分からない方向に話が向いている事が分かります。

 何やら陸八魔さんが自身の矜持のようなものを述べていらっしゃいますが、それを理解するには少々要領が得られません。

 

「そ、そういう事だから、その……な、名前を教えて!今日の貴女の勇姿を深く心に刻んでおけるように!」

 

 と、それまでよく分からないという方向に向いていた話が思わぬという方向へ転換しました。

 女性の正体……とりわけその名前は、私達も気にしていた所。

 僥倖と言うべきでしょうか、それが明かされるやもしれない事態に私は再三聞き耳を立てました。

 

「私の名前は……。」

 

 その様子からして、女性も名を隠すつもりは無いようです。

 彼女は目を閉じ、一度深呼吸をすると、やがて目の前に居る便利屋68の事をじっと見据え……。

 

 

 

 

「……覆面水着団のブルー!」

「ッッッ⁉」

「(……はい?)」

 

 

 

 

 ……とても、そうとても、いえかなり予想外な答えを口にしました。

 

「覆面水着団の、ブルー……⁉」

「そう、普段は巷で噂のアイドルをやってるけど、必要とあらば悪を倒す正義の怪盗として活躍する……それが覆面水着団。」

「いや覆面水着団って……覆面してないし水着でもないじゃん。」

「しかも夜でもないのに活動してるし……。」

「えっと……お1人、ですよね……?」

「ん、そこうるさい。」

 

 そこから急に饒舌になる女性。

 他の便利屋のメンバーからのツッコミにも即座に反応する程の打って変わり様に、ますますもって彼女の事が分からなくなります……。

 

「や、ヤバい……超クール‼カッコ良すぎるわ‼」

「え、嘘でしょ……⁉」

「あーあ、アルちゃんド嵌まりしちゃったねー……これは面白い事になりそう♪」

「目には目を、歯には歯を、無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く……これがモットーだよ。気に入ったなら覚えておいて。」

「我が道の如く魔境を……ええ‼その言葉、しっかりとこの心に刻ませてもらうわ‼」

 

 謎が謎を呼ぶ女性……いえ、ブルーさんでしたか……彼女のあまりに掴み所の無い言動に否応にも気が引かれる中、ふと彼女の視線がそれまでとは違う方向へ向けられている事に気が付きます。

 目前に居る便利屋68の皆さんより後方を見ている彼女の視線の先に居るのは……ショウマさん?

 

「な、何……?」

「……ううん、何でも無い。それじゃあこの辺で……何だっけ……確か……そう、アディオス☆」

 

 ショウマさんも気になったのでしょう、その視線の意味をブルーさんへ問いましたが、彼女はそれにまともな答えを示す事無く、またキャラがブレているような仕草を取ってどこかへと去っていってしまいました。

 主な話題の主であったブルーさんが居なくなった事で、恐らく表通りの動きはこれで治まる事でしょう。

 であれば……。

 

「(……落ち着いた?ノノミちゃん?)」

 

 表へ向けていた視線を背後へ移すと、それまで逸らせていた意気が沈んだ様子のノノミ先輩の姿が目に留まります。

 横座りの膝の上に、握り締めた拳を置いて。

 力が入っているが為に震える体とは反対に力無く伏せられているその瞳は、とてもやるせない思いに満ち溢れていました。

 

「(私達も行きましょう。今はショウマさんが無事だという事が分かっただけでも……。)」

 

 良しとしましょう、とは言えませんでした。

 今の先輩を前にしてそれを言葉にするのは、あまりに不謹慎でしょうから……。

 これ以上ここで出来る事も、何も有りません。

 私達はそのまま、思わぬ事実の連続によって生じた重い空気を引き摺りながらこの場を去るしかありませんでした……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「えっと……何だったの、これ?」

「さあ?でも面白かったから良いんじゃない?」

 

 一方、唯一残った便利屋68もアル以外は頭上に大きな疑問符を浮かべるしかなく。

 取り敢えず未だに目をキラキラさせて羨望に耽っているアルを正気に戻す所から始めるかとカヨコが声を掛けようとするが、ふとハルカがある物を目にし、そして手にもした事でその役目が代わる事に。

 

「あ、あの……このバッグ、どうしましょう?あの人が置いていったみたいですけど……。」

「ええ⁉た、大変‼忘れ物じゃない⁉ど、どうしましょう⁉どうやったら彼女に連絡を……⁉」

 

 ハルカが手にした物……それはあの女性が持っていたバッグであった。

 確か銀行を襲撃していた際に中に現金を詰め込んでいた筈であるが、もし忘れていったとなればとんでもない。

 白目を剥いてあんぐりと口を開ける、もはや通例とも言える表情へ態度を一変させたアルは、そのままどうすればと1人慌てふためくも……。

 

「……いや、忘れ物じゃないっぽいよ?紙挟んである。」

 

 それまでバッグを観察していたムツキが、仕込まれていたメモ用紙を見つけた。

 開いてみれば、そこには1文……有意義に使って欲しい、とだけ書かれていた。

 

「ま、まさか……このバッグは私達の為に……⁉」

「だとしても理由が分からなさすぎる、迂闊に手を出すべきじゃないよ。」

「でもこれ結構重たいよ?いくら入ってるんだろ……ちょっと開けてみるね。」

 

 ハルカから譲り受けたバッグは、ズシリと重い……カヨコから釘を刺されて直ぐではあるものの、好奇心の勝ったムツキはバッグを地面に置き、他のメンバーも見守る中で閉じられているジッパーを引く。

 

「「……っ⁉」」

 

 そうして開かれたバッグの中を見て、便利屋一同の目が大きく見開かれた。

 

「ひょええ⁉」

「かなりの額は入ってると思ったけど……予想以上だったね……。」

「さ、札束が……こんなに……⁉」

 

 キヴォトスで流通している一番高価な円紙幣が100枚綴りで1、2、3、4……まだ有る、まだ眠っている。

 女性が持っていたバッグの中……そこには便利屋68の4人が両手で抱えてもなお溢れる程の大金が詰め込まれていたのだ。

 

「アルちゃんこれは貰うっきゃないでしょ!これがあればいくらアルちゃんが散財しても困る事無いって!」

「社長、やっぱり止めよう。こんな大金手にしてたら、何か別のトラブルに巻き込まれるかもしれないよ?」

「あ、あう……えっと……⁉」

 

 即座に始まる金銭巡りの論争。

 さらりとアルの事を貶しながらこの大金を手にするべきだと主張するムツキに、この大金を災いの元になるとして手放すべきだと主張するカヨコ。

 どちらの言い分も理解出来るが故に、どちらの意見を採用するか決められず、狼狽するアル。

 しかし……。

 

「もしかして……もうこれで食事を抜かなくても良いんですか?」

「ッ……!!」

 

 そんなハルカの言葉を聞いて、アルの中で即座に答えが決まった。

 

「回収するわよ!!このお金は覆面水着団のブルーが私達へ与えてくれた、私達の為のお金よ!!厚意には甘えてしかるべし‼」

「やったー!今日の晩御飯何にするー?」

「社長、またそうやって……本当に知らないからね……。」

「え、えへへ……。」

 

 結局用紙に書かれていた通り有意義に使うという方針に決まり、4人は大金の入ったバッグを抱えてそそくさとその場を後にする。

 ショウマもまた、銀行での騒動からの一連の流れに複雑な思いを抱えながらも4人の後を追おうとした。

 

「ん……どうしたの?」

 

 しかし足下から珍妙な声。

 見れば現状数少ないゴチゾウ達の内の1匹が、ショウマに何かを伝えようと声を上げていた。

 何を伝えたいのか、手に取って伺ってみると……。

 

「えっ……アビドスの皆が……!?」

 

 ゴチゾウ達には常に自身の周囲の警戒を任せている……それ故に目にしていたのだ。

 すぐそこの裏通りに、アビドスの少女達が居た事を。

 自身の姿を見つけた途端、皆居ても立っても居られない様子を見せていた事を。

 

「……。」

 

 ショウマの心が激しく揺さぶられる。

 しかしシッテムの箱……アロナの事もある。

 彼もまた複雑だった思いを口惜しいものへと変えながら、便利屋の少女達の後を追うべくその場を離れていった。

 こうして、ブラックマーケットに於けるそれぞれの探訪録は終わりを迎えた……黒いドレスの少女という新たな、そして大きな謎を交えながら。

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