キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第20話「明かされる真実、立ち込める暗雲」

「たっだいまー♪いやー良い事有ったねー♪」

「結局銀行からお金は借りられなかったけどね。」

「些細な事よ!何せ今の私達にはこの大量のお金が有るんだから!このお金を元手にすれば、前回以上の兵力を確保出来る……依頼の成功はまず固いわね!」

 

 夕暮れ時、事務所まで戻ってきた便利屋68とショウマ。

 わざわざブラックマーケットまで赴いたのは銀行から融資を受ける為であり、本来はそれが叶わなかった現実に打ちひしがれるべきなのだが、あの覆面水着団のブルーなる女性が残した物を手にしている彼女達に、そのような色は見られない。

 カヨコも止める様子が無い事から、もうこのお金は彼女達の中で使う事が決まっているようだ。

 

「……本当に、するつもりなの?」

 

 その中に、アビドスを襲撃するという目的も含めて。

 ショウマの、まるで呟かれたような小さき声……しかしその言葉には大きな意味が含まれていて。

 それを聞き逃さなかった便利屋の少女達は一度互いに目を配せ合い、問われたそれに真摯に答える。

 

「うん。それが私達の仕事、私達が選んだ生き方だからね……大丈夫、前にも言ったけど、この依頼にショウマさんを関わらせるつもりは無いからさ。」

「依頼が来るという事は、それだけ依頼主が私達の事を信用しているという事。だからその信用を裏切らない為にも、私達は受けた依頼は必ず最後までやり遂げるのよ。成功しようが、失敗しようがね……それに何もアビドスの子達をやたらめったら傷付けるつもりも無いわ。ただちょっと、依頼主が満足するまでこの土地から離れて貰いたいだけだから。」

「とはいえ、流石に目の前でこんな話をするのは不謹慎だったね……ごめん。」

 

 分かっている、けどそういう事じゃない。

 そう言いたいショウマの思いは、便利屋の少女達も理解している。

 でも仕方の無い事なのだ……全ては依頼人の意思のままに。

 金さえ貰えれば何でもする、何でもしなくてはいけないのだから。

 そんな便利屋68の理念は、ここで思わぬ形を以て揺らぐ事となる。

 

「じゃあこの話はここまでにしてさ、代わりに今日の晩御飯の話しなーい?折角だからムツキちゃん、前言ってたすき焼きが食べたいなー?」

「すき焼きねぇ、本当は依頼を成功させたらって思ってたけど……良いわ、今日ぐらいはパーっと行きましょう!近くに美味しいお店無いかしら?」

「取り敢えず、まだ夕飯まで時間有るだろうから、バッグの中に何円有るか数えてみるよ。そっちはそっちでそのまま夕飯の話でもしてて……ハルカ、手伝ってくれる?」

「は、はい!……って、あれ……?」

「どうかした?」

「これ……何でしょうか?中に入っていたのですが……。」

 

 ハルカがバッグの中から何かの書類を見つけたようだ。

 預かってみれば、それはどうやらあの銀行の集金確認の書類のようで。

 そういえばあの時、覆面水着団のブルーが現金以外にも何かを要求していたような素振りを見せていたが、それがこれだったようだ。

 にしても結構な枚数が有る……下手をすれば年単位になるのではという書類の束にざっと目を通してみると、それらがある程度共通した内容となっている事にカヨコは気が付く。

 

「……これ、全部アビドスの名前が有る。」

「え……?」

「ほら、毎月アビドスから大体788万円が集金されてる。内訳は借用金の返済……つまり借金って事?アビドスって闇銀行からお金を借りてるんだ。」

 

 ちらりとショウマの様子を窺う。

 彼は困惑した様子を見せていた……念の為口頭でも聞いてみるが、彼はアビドスが借金をしているという事実しか知らないようで。

 そういえば学校の復興が何とかという話をしていた気がして、それならば確かに全うな銀行からの融資は難しいかと1人で納得しながらさらに書類を読み進めていくと、アビドスから現金を徴収した直ぐ後にカタカタヘルメット団に対して任務の補助金名目でその徴収されたお金が提供されていたという事実が目に留まった。

 

「(ああ、典型的な横流しか。返済したお金が自分達の敵の力になってたなんて、結構皮肉な話……。)」

 

 それ自体は決して珍しい話では無い。

 本来ならば集金したお金は一旦全額銀行内へ還元されるものであろうが、違法に手を染める闇銀行ならそういった流れを手間と判断して省略する事ぐらいする。

 そうして流されたお金は銀行が別で契約している者の手の中へ……。

 

「……ん?」

 

 だがカヨコの目には、決して珍しくない筈のこの一連の流れが何故かおかしく映った。

 

「ちょっと待って、これ……。」

「カヨコ課長……?」

 

 カヨコの様子が変わった事に気付いたハルカが訝しげな声を掛けるも、カヨコはそんなハルカの声を無視して手元の書類にさらに意識を向ける。

 

「(アビドスは闇銀行からお金を借りていて、返済したお金はヘルメット団の資金になっていた。でもそのヘルメット団は私達が仕事を引き受けるまでは依頼人によってアビドスを襲撃するよう言われていて……。)」

 

 書類に記されている情報を読み解き、整理し、そしてカヨコは気が付いた。

 決して珍しくない筈の一連の流れがおかしく映った、その違和感の正体を。

 

「社長、ちょっと良い?」

「あ、ここ美味しそうじゃない!……え、何?どうしたの?」

「社長、今回のアビドスの襲撃を依頼した人ってさ……一体誰なの?」

「えっ!?そ、それは……!」

 

 気付くが早く、カヨコはアルの下へ詰め寄る。

 そして問うたのは、アビドス襲撃を依頼してきた人物について。

 だがそもそも社員である自分達にも語る事が憚られると言っていた程である為、問うたとて彼女はそう簡単に口を割ろうとはしなかった。

 

「ん?何これ……集金確認書……?」

 

 だから彼女にもこれ(集金書)を見てもらう。

 仮にも社長の座に就く者として、会社の経営については彼女が一番学が有る。

 この書類の違和感……彼女ならば自分以上の事に気付ける筈だ。

 

「……え、待って、何これ……どういう事!?」

「やっぱりおかしいよね、それ。」

「ん?何々?難しい話ならムツキちゃんお断りだよー?」

 

 案の上、直ぐに様相を変えるアル。

 同時に側に居たムツキが冗談めかしておどけた仕草を取るも、それに対していつものように構っている場合ではない。

 

「いや、これは真面目にならなきゃいけない話だよ……今回の依頼に直接関係する問題だからね。」

「へ?」

「まずアビドスは理由は知らないけど経営難に陥っていて、銀行からお金を借りている状態。でもその銀行が全うな場所じゃなくて、所謂闇銀行だった。だから徴収されたお金がそのまま別の場所に流されてる……今回の場合だとヘルメット団の所に流されていたみたいだね。でも問題なのは、そのヘルメット団がアビドスを襲ってたって事なの。」

「うーん?そうなの?あんまりそうは思えないけど?」

 

 カヨコの説明に、ムツキは今一要領が得られていない様子。

 分からなくはない……何度も言うが、銀行は契約者とお金のやり取りをして、その契約者同士が実は争い合っていて、という構図は別に珍しい事では無い……表の世界でも十分起こり得る話であるし、裏の世界なら尚更だ。

 だが問題なのは、契約者同士を結んでいる線に銀行の手が加えられている事だ。

 

「よく考えてみて。もしこれでアビドスの連中がやられたら、銀行にもヘルメット団にもメリットが無くなるんだよ?銀行は貸したお金が戻って来なくなるし、ヘルメット団は資金源が無くなる。こんなやり取りをしてるぐらいだし、お互い知らないなんて話もそうそう無い筈。」

 

 そう、契約者同士が勝手に争い合っている分には分からない話では無いのだが、アビドスとヘルメット団の間には銀行が関与している妙な動線が有るのだ。

 となればカヨコの言う通りこの構図はおかしなものとなる……銀行側もヘルメット団側も、自分達のお金が失くなる事をまるで厭わずに行動している事になるのだから。

 

「つまり……どういう事?」

「分からない……依頼人が銀行もヘルメット団もアビドスも、とにかく色んな所に痛手を負わせたいって理由ぐらいしか思い付かないけど……。」

 

 可能性が有るとすれば、依頼人が有無を言わさぬ発言力の持ち主で全てを黙らせているか、或いは同じく依頼人が言葉巧みに全てを騙しているか。

 何れにしても依頼人の存在が強い事は確かだろう……何せこの書類に書かれている事が事実なら、あの闇銀行はカイザーローンと密接に関わり合える程の存在……下手をすれば同じカイザーグループとしての系列店という事になるのだから。

 もしかすると表の金融をカイザーローンで、裏の金融をあの闇銀行で一手に担おうなんて画策しているのかもしれない……そんな表裏共に野心溢れるカイザーグループを欺ける程となると、成る程アルが言っていた通り依頼人の名を明かす事も憚られるし、失敗も許されない訳だ。

 

「……それは有り得ないわ。」

 

 だが事実は、想像していた遥か以上の裏を秘めていた。

 

「だってこの仕事の依頼人は……カイザーコーポレーションの理事の人なんだから。」

 

 耳を疑うしかなかった……もし本当にそうであるならば、依頼人は自分で自分の会社を潰すような真似をしている事になるのだから。

 

「……ごめん、もっかい聞いて良い?つまりどういう事?」

「分からないわよ!だから有り得ないって言ったんじゃない!」

 

 そんな真似をして何か得になるような事は……全く想像が付かない。

 

「社長……この仕事、本当に引き受けて大丈夫……?」

 

 何か、今までに無い大きな陰謀に加担させられている。

 少女達の中で、そんな予感が静かに渦を巻いたのだった……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「皆さん、今日は色々とありがとうございました。」

「変な事に巻き込んでしまってごめんなさい、ヒフミさん。」

「こっちの件が落ち着いたら遊びに行くから、その時はよろしくねー。」

 

 ブラックマーケットから撤収した私達は、そのままトリニティの自治区へ戻ろうとするヒフミさんを見送る為にアビドスの駅まで赴きました。

 そして駅の改札を前にしてヒフミさんは改めて私達の方へと向き直り、ホシノ先輩の言葉にもちろんだと笑顔を見せますも、直ぐにその表情を引き締めます。

 

「まだ詳しい事は明らかになっていませんが、あの書類の存在や業者のやり取りはカイザーコーポレーションが犯罪者や反社会的勢力と何かしらの繋がりが有るという事実上の証拠に成り得ます……私も学園まで戻ったら、この事実をティーパーティーへ報告しますね。」

 

 ヒフミさんが言うあの書類とは、ブラックマーケットの銀行で目撃した集金確認の書類の事。

 手にする事は叶いませんでしたが……やはり、あれらの存在は黒としか思えません。

 

「それと、アビドスの皆さんの状況についても……。」

「お、ありがと……でもまあ、ティーパーティーなら私達の事なんてとっくに知ってるとは思うけどねー。」

 

 そしてもしそれが事実なら、明らかに私達の手でどうにかなる問題ではありません……どこか他所の力を借りなければ対応出来ない事態なのは目に見えており、その為にヒフミさんは自身の通う学園の生徒会へ話を持ち掛けようと考えていたようですが、ホシノ先輩は何故かそれを遮りました。

 

「あれ程の規模を持つ学園の首脳部なら、それぐらい把握してると思うんだよー。皆遊んでばっかりじゃないだろうしさ。」

「そ、そんな……知っているのに、皆さんの事を……。」

「ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけど、そっちに知らせた所でこれといった打開策が出る訳じゃないだろうし、却って私達がパニくる事になりそうな気がするんだよねー……ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん?だからトリニティやゲヘナみたいな大きな学校からの動きをコントロール出来る力が無いんだよー……言ってる意味、分かるよね?」

 

 ヒフミさんの事を純粋で良い人だと称しながら、しかし世の中はそこまで甘くないと論するホシノ先輩。

 そんな先輩が何を言いたいのか……その意図をヒフミさんも、そして私達も読み取れてしまいました。

 

「サポートをするという名目で何かを企まれても、それを阻止出来ないという事ですよね……確かにその可能性も無くはありませんが……。」

 

 残念ながらホシノ先輩の言う事は、今までの連邦生徒会とのやり取りを省みれば事実と言わざるを得ません。

 しかし状況が状況故に、今回はこれまでと違って本当に他所から助けが貰えるかもしれません。

 これまでの事が有るとはいえ、先輩の考えは少し悲観的過ぎる気がしますが……。

 

「うへ、ごめんねー。どうにもおじさんは他人の好意を素直に受け取れない困った性格しててさー……でも、そういうもしかしたらや万が一を今まで棒に振られてきたのは、皆も知ってる事でしょ?」

 

 先輩はどうしても、そのこれまでを捨てきれなかったようです。

 そして先輩のそんな気持ちも理解出来てしまう私達は、それ以上の事を言えずにまた口を閉ざすしかありません。

 

「えっと……では、これからも大変だと思いますが……頑張ってください、応援してます。」

 

 ヒフミさんがおもむろに私達に向けて頭を下げ、別れの言葉を残して駅の構内へ向かっていきます。

 今のこの空気に耐えかねたのでしょう……最後まで笑顔を浮かべてくれていたのは、せめてもの気遣いでしょうね。

 

「……あの。」

 

 と、ヒフミさんが構内へ向けていた足を突然止め、そして何故かこちらへと戻ってきました。

 

「すみません、何も知らない私が言うのは烏滸がましい事だとは思いますが……。」

 

 そうして改めて向かい合った私達に、ヒフミさんは謙った前置きをした後に真っ直ぐ、そして強くはっきりと言葉にしてくれました。

 

「ショウマさんの事、やっぱり諦めない方が良いと思います……私だったら、諦めたくなんてないですから。」

 

 そう言い終えた後、先程以上に深々と頭を下げ、そして駅の中へと去っていくヒフミさん。

 ここへ来るまでの間に少しだけ語った、ショウマさんの事情……どうやら、ヒフミさんなりに考えて下さっていたようです。

 

「当たり前よ……そんな簡単に諦める訳無いじゃない。」

「色々と、考えてみないとねー。」

 

 大切だと思うのなら、尚更……そう最後に付け加えてくださったヒフミさん。

 その言葉を受けた私達の心には、ブラックマーケットを後にした時とは違い、強い意志の表れが宿っていました。

 

「……はい。」

 

 ノノミ先輩、ただ1人を除いて……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「はい、柴関ラーメン5人分ね。」

「「……。」」

 

 自身等が引き受けていた依頼、それが想像以上の裏を秘めているやもしれない事実を目の当たりにした便利屋68は、ショウマと共に柴関のお店を訪れていた。

 本来ならばムツキの言っていた通りすき焼きを夕餉にしていたであろうに、とてもそんな気分にはなれなかったのだ。

 

「あーあ、折角今日の夕飯はパーっといけると思ってたのに……。」

「仕方無いでしょ、社長がこんな調子じゃ。」

 

 カヨコが言う通り、見ればアルは注文していた(ラーメン)が来るが早く、一心不乱にそれを啜っている。

 まるで、自身を取り巻こうとするもの全てを拒絶しているかのようだ。

 

「っ……プハーッ!ふぅ……。」

「おおースープまで飲み干して、良い完食っぷり。」

「それで、どうするの?今回の依頼……ヤバそうだって思うなら、全部投げ捨ててゲヘナに帰るのも1つの手だと思うけど?」

 

 便利屋68を創業してから、それなりの数の仕事をこなしてきた。

 しかし今回の依頼は今までとはレベルが違う……依頼そのものの内容としても、そこから垣間見える裏にしても。

 思えば最初に依頼された、ヘルメット団への襲撃の時点で既におかしかったのだ。

 依頼の尻拭いを任せるのなら、単純にその後を継がせれば良い筈……わざわざヘルメット団を壊滅させるよう指示を出す必要は無い。

 要人要所に対する武力行使は過去にも別の依頼人から仕事を頼まれた事が有るし、何よりそれが今回の依頼人が望む事なのだからと、あまり深く考えずに引き受けてしまった事を今になって後悔する羽目になるとは。

 

「うーん、今更ゲヘナに帰るってのは無理なんじゃない?風紀委員の奴等が黙っちゃいないよ?」

「風紀委員、か……。」

 

 だが仮にここで今回の依頼を蹴ったとして、学び舎であるゲヘナへ戻るにはムツキが口にしたその名が許してくれないだろう。

 

「確かに風紀委員会は私達の事を目の上のたんこぶみたいに思ってはいるけど……今の私達は、奴等から逃げてきた訳じゃない。それと、そもそもうちの風紀委員会が時にキヴォトス最強とも言われてる理由は……風紀委員長、ヒナの存在があるから。」

 

 脳裏に浮かべる、ゲヘナの風紀委員会の姿。

 その中でも強調される、ヒナと呼ばれた風紀委員長の存在。

 

「風紀委員会の戦力の大半は、殆ど彼女が担っていると言っても過言じゃない。でも言い換えるなら、ヒナ以外の風紀委員は大した事無いって事にもなる。計画さえきちんと練れば、十分勝算は有るよ。」

「そうなの?カヨコっち、そこまで考えてたんだ?」

 

 彼女達とは、いつか必ず相まみえる事になるだろう。

 そしてこれまでこなしてきた依頼から推測した自分達の戦闘力を考えれば、ヒナ抜きの風紀委員とは難なく渡り合えるというのがカヨコの見立てだ。

 百人力という言葉を体現しているような存在たるヒナという人物だが、力のみで風紀を正せるなんて事は無い。

 ただでさえ他の学園以上に破天荒な生徒の多いゲヘナに於いて、たった1人だけの監視網などたかが知れているし、その監視網を潜り抜ければ深く腰を落ち着ける事さえ可能なのだ。

 つまり、再起を図るとしたら今が好機でもある……カヨコとしては現在の状況を鑑みて、いっそこちらの選択を取る英断をして欲しいとさえ思うものの……。

 

「……今更ゲヘナに戻るっていう選択肢は無いわ。」

 

 アルはその選択肢を蹴って断った。

 アウトローとして望んでこの道を進んでいるのだから、それを貫くのみだとして。

 だが彼女は直ぐに「かといって……。」と深い溜め息を吐く。

 格好付けたかと思えばなよなよとした姿を見せて、その繰り返しで……。

 いつまでも煮え切らないその態度に普段から平静さを欠かないカヨコであっても苛立つ思いが募るのか、元々怖いと称されるその表情に更なる拍車が掛かってしまっている。

 このままでは最悪仲間内で衝突しかねない……ハルカはこういう時抑止力にはならないし、ショウマもまあ同様であろう……見かねたムツキが何とかするしかない。

 そうしてムツキは取り敢えず目の前のラーメンが伸びない内に食べるべきとでも言って茶を濁そうとした。

 

─とにかく、便利屋の連中がアビドスの何処に居るかよね……アヤネちゃん、ドローンとか使ってその辺調べられない?

─やってみます。非常に難しくはあると思いますが……既に便利屋の皆さんの情報はデータに入れていますので、不可能では無いかと。

─さっすがアヤネちゃん、頼りになるー。でも今はおじさん達のお腹の方を何とかしないとねー……ヒフミちゃんも誘えば良かったかな?

 

 しかし不意に、店の外から聞こえてきた声。

 何とも聞き覚えの有る声である……もしこのまま声の主達が店内へ入ってきたならば、その時はムツキが何とかしなければならなかった空気の変化が瞬く間に訪れるであろう。

 概ね、彼女達にとって思わしくない方向に。

 

「お邪魔しまーす。大将、いつもの4人来店で。」

「おお、セリカちゃん。今日はバイトお休みするって言ってなかったかい?」

「お客さんとして来たのよ。まあ必要なら厨房にも立つけど……って、あんた達!?」

 

 やっぱり、声の主はアビドスの少女達であって。

 途端に、カヨコから送られてくる視線……だからせめてこのお店だけは止めようって言ったのに、という視線だ。

 このお店は前にアビドスの少女達と初めて遭遇した店……再びのエンカウントがあっても何らおかしくは無い、むしろ有って当然と言うべきであり、入店しようとした時はムツキでさえ今は流石にと懸念を示そうとしたのだが、ここが良いとアルが言ったのだから仕方が無い。

 社長命令は絶対……文句は彼女に言って貰いたいものだ。

 

「ショウマさん……。」

「皆……。」

 

 それよりも、今は目の前の状況である。

 接敵してしまったというのなら応戦する他無いが、この状況は自分達にとって非常に分が悪い。

 何せこの店の出入口は1つだけ……その出入口に敵が居るのだから。

 戦闘になれば、こちらは狭い室内での戦いを余儀無くされるが、向こうはいざとなったら外に出て一方的にこちらを袋叩きにする事が可能なのだ……地の利は間違いなく向こうに有る。

 だが現在、アビドスの少女達はショウマの存在に釘付けとなっている……彼がどんな理由で向こうを離れたのかは今まで敢えて聞いていなかったが、様子を見るに単なる喧嘩別れという訳では無さそうだ。

 やはり何らかの事情によってやむを得ずといった所なのだろう……であれば、最悪は彼の存在を盾にすればどうにか……と、非人道的な行いさえ視野に入れてしまっていた時だった。

 

「……。」

「え、ちょっ、ノノミ先輩……!?」

 

 おもむろに、ノノミが1人前へと出ていく……そしてそのまま、自分達の下へ。

 わざわざ目の前まで来て、宣戦布告でもするつもりか?

 便利屋の少女達はそう強く警戒を露にするも……。

 

「……お隣、失礼しますね?」

「「え?」」

 

 ノノミが発した言葉は、全く予想していなかったものであって。

 一体何を言っているのかと便利屋の誰もが理解出来ていない中、彼女は本当に言葉通り便利屋の隣の席へと座り、そして何食わぬ顔で店のメニューを見始める。

 そこに、自分達に対する敵意といったものは一切感じられない。

 

「……取り敢えず座ろっか。」

「えっ!?本当に……!?マジで言ってるの……!?」

「……。」

 

 そして理解を得ていなかったのは、他のアビドスの少女達も同様であった。

 彼女達もまた、ノノミの突然の行動に驚きを隠せないながらも、彼女1人を突出させる訳にはいかないとして、同じく便利屋の少女達の隣のテーブルへ着席する。

 

「注文は?」

「私は味噌ラーメンをお願いします。」

「いやいやいや、そんな呑気に注文してる場合じゃ……!?」

「んー、じゃあやっぱりおじさんはチャーシュー麺かなー?」

「ホシノ先輩まで……!」

 

 そしてそのまま日常の如く振る舞い始めるノノミとそれに乗じ始めたホシノの姿に、セリカとアヤネは困惑を隠せない。

 目の前に仇敵が居て、(ショウマ)も居て、何故行動に移さないのかと。

 

「(よく考えてみなよ、2人共。このアビドスの何処に居るかも分からなかった便利屋の子達とこうして偶然出会えたんだよ?これは千載一遇のチャンスってやつじゃない?だから慎重に行ってるんだと思うよ、ノノミちゃんは。)」

 

 しかし、「(それにここは店内だしねー。)」とも付け加えられたホシノの言葉にはっとする2人。

 確かにこんな所で戦闘になったら確実に(ショウマ)を巻き込んでしまう……それは自分達も望まぬ展開だ。

 何よりこの機会を逃したら、もう次は無いかもしれないと考えたら……。

 

「……私、柴関ラーメンで。」

「えっと……じゃあ、私もそれで。」

 

 どうやら自分達は逸り過ぎていたようだ……であれば、ここは思惑に乗るしかない。

 そうしてセリカもアヤネもその振る舞いに乗じた所で、見計らったかのようにノノミが便利屋の少女達向けて話し掛ける。

 

「便利屋の皆さんも、今日のお夕飯はここですか?」

「……ええ、まあそんな所よ。」

「良いですよね、ここ。安い上にボリュームも有って、お店の中も暖かみが有って……いつでも来たくなっちゃいます。」

 

 こうして、思わぬ出会いも有ったりしますから……。

 最後はそう呟くように言って、ノノミはショウマの事を見つめる。

 

「……お元気でしたか、ショウマさん?」

「……。」

 

 後ろめたさからか、ショウマは返事をしない。

 軽く俯いて……しかしノノミは構わないという素振りで、便利屋の皆さんの所でお世話になっていたんですねと言葉を続けると、彼女達に向けてぺこりと頭を下げる。

 

「ありがとうございます。ショウマさんの事、お側に置いて貰って。」

「……まあ、一応依頼だからね。」

「それで?返して欲しいって言いたいの?そっちで何があったかは敢えて聞いてないけど、一応この人は自分で選んでそっちから離れたんだからね?」

 

 カヨコの台詞が刺となり、ノノミの心に突き刺さる。

 分かっている……それは紛れもない事実、取り繕う事など出来はしない。

 

「ですから、その上で私からお願いをしても良いですか?」

 

 また、一同の間の空気がざわつく。

 仮にも敵同士という間柄を踏み倒してまで、一体何を願うつもりなのか?

 振り返り、ホシノ達3人を見やるノノミ。

 申し訳無い、と……そんな風にしか見えない彼女の瞳。

 そのような色を携えた彼女が願おうとしている事。

 

 

 

 

 

「……ショウマさんの事を、よろしくお願いします。」

 

 それは、悲壮な決意に他ならなかった。

 

 

 

 

 

「ショウマさんには帰りたいと仰られている場所が有るんです……そこへ帰る為のお手伝いを、お願いします。」

 

 そう言って、深々と頭を下げるノノミ。

 皆、ショウマの事を取り戻したいと願っている……探して、見つけて、そしてもう一度、と。

 しかしそもそも、彼には彼の願いが有る。

 その願いを、果たして自分達が共に居て叶えられるのか?

 彼の事を受け入れられなかった、自分が?

 もう一度と言えば聞こえは良いかもしれないが、実際は先にカヨコが言って、そして感じた通り。

 その点、彼女達(便利屋68)は上手くやっているようだ……彼の事情について敢えて聞いていない、という距離の取り方がその秘訣なのだろう。

 ならば、彼女達こそ、彼が寄るべき場所ではないのだろうか?

 便利屋という職業柄、様々な地域へ赴く事であろう……アビドスに滞在しているより、ずっと情報も集まる筈。

 何より彼自身、元は何でも屋を生業としていたのだ……居心地も、そちらの方が良い筈だ。

 ホシノの、アヤネの、とりわけセリカの願いを踏みにじる事にはなってしまうが、これがノノミが出した結論であった。

 自分勝手と罵られようと、きっと彼にとって最善となる、選択であった。

 

「……残念だけど、それは聞き入れられないわ。」

 

 しかしアルはそんなノノミの願いを聞き届けて間も無く、それを拒否した。

 やはり、敵同士という因縁がそれを許さないのだろうか?

 

「だって、あなたの目が言っているんだもの……私達に言いたいのは、そんな事じゃないって。」

 

 いいや、違った。

 アルはノノミが口にするべき台詞が明らかに違うから断ったのだ。

 

「あなた達も、そんな後ろから見ているだけで良いの?あなた達の目も、この子と同じ目をしてるっていうのに。」

 

 同時に、残りの3人がノノミに任せきりの態度を取っているのが気に食わないと。

 そしてそんなアビドスの少女達を見て、彼女の中でもある覚悟が決まった。

 

「目には目を、歯には歯を、無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く……あなた達を見て、私も決めたわ。碌に自分の本心を晒せないような依頼を引き受けるような事はもうしないって。だから言ってみなさい……私達に依頼したい、あなた達の本当の願いを。」

 

 今受けている依頼を蹴り、目の前の願いを聞き入れる……と。

 しかしアビドスの少女達は、まだ覚悟が決まっていないようだ。

 皆黙って、互いに視線を交わし合って……それは長いような、短いような時間であって。

 しかしながら、次第に意見が纏まったようだ……悲壮な色に染まっていたノノミの瞳が別の色に変わった事からも、それが窺える。

 彼女達の覚悟は決まった、なら後は……と、ここから先の次第に意識を向けながらも、アビドスの少女達が一丸となって言おうとしている言葉に耳を傾けようとした……その時だった。

 

『た、大変です皆さん!』

「ん?どしたのアロワナちゃん?」

『誰がアロワナですか!?……ってそうでは無くて!大変なんです!』

 

 代わりに聞こえてきた、別の声。

 ムツキのバッグの中から声を上げた、アロナからのものであった。

 折角良い雰囲気だったのに水を差すような真似を……と、表情には出さないながらも頭の中で文句の1つが思わず浮かんでしまうが……。

 

「これは……!?」

「どうしたの、アヤネちゃん?」

 

 同じ様な声をアヤネが上げた事で、それが単なる水差しでは無い事が示唆される。

 

『ここから約1km先の場所に多数の武装した生徒さん達を発見しました!』

「50㎜迫撃砲の存在も確認出来ます!弾道予測からして、推定着弾地点は……!」

 

 忙しなく、切羽詰まった様子を見せるアロナとアヤネ。

 そんな2人の異口が同じ音を発した時……。

 

 

 

 

 

『「柴関(ここ)……!?」』

 

 幾つもの衝撃と風圧が、この場に居る全員を襲った。

 

 

 

 

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