キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第21話「ゲヘナの風紀委員会」

 忙しなく、切羽詰まった様子を見せたアロナとアヤネ。

 そんな2人の異口が同じ音を発した時、幾つもの衝撃と風圧がこの場に居る全員を襲い、店内は一気に混迷を極めた。

 

「っ……皆大丈夫!?」

「は、はい!!私とアヤネちゃんは大丈夫です!!」

「私も大丈夫!!大将は!?大将無事よね!?」

「あ、ああ……ちょいと体を打っちまったみたいだが……!」

 

 窓が割れ、机や椅子が端方まで吹き飛ばされ、他物も例外無くひっくり返り、辺り一面に散乱している。

 綺麗に整頓され、柔らかな暖かみを感じさせていた店内は、たちまち真逆の様相となってしまった。

 

「ショウマさん大丈夫!?怪我してない!?」

「俺は大丈夫!!皆は……!?」

「わ、私達も平気です!!それよりこれは……!?」

「狙われてるんだよ!!ここ……いや、私達が!!」

「えええええ!?何で何で!?私達何かした!?」

「そりゃしてるでしょ色々と!!」

 

 幸い中に居た人物達は全員無事。

 だが店内の様子が一変して尚揺れが治まる気配は無い……このままでは、早くにもその言葉を撤回しなければならなくなるやもしれない。

 

「とにかく、今はここから出ましょう!!」

「賛成ね!!皆行くわよ!!」

「大将こっち!!私に掴まって!!」

 

 それこそ、今は敵も味方も関係無い。

 アビドスの少女達も、便利屋の少女達も、柴大将もショウマも、皆一斉に店内から外へと脱出し、近くの裏路地に身を潜める。

 

「……目標(ターゲット)、現れました。」

「よし、歩兵第2小隊まで突撃。取り囲むんだ。」

 

 そんな一同の様子を遠くから伺う、多数の生徒達。

 今しがた一同を混乱に陥れた迫撃砲の砲口から白い煙が僅かに立ち込める中、リーダー格とおぼしき銀髪の少女が指示を飛ばす。

 その有り様はヘルメット団や傭兵のようなならず者達とは違う、組織化された格上の風格が漂っていた。

 

「砲撃は……止んだみたいですね。」

「もう!!一体何処の誰よ!?お店の周りあんなグチャグチャにして……!!」

 

 一方で裏路地へ隠れた一同は、ひとまずの脅威が治まった事にまず胸を撫で下ろす。

 しかし本当に安心するには全く至る訳が無く、爆発によって多数の穴が開き、見るも無惨な姿となってしまった柴関の前通りを窺いながら、砲撃を行ってきた者達の見えぬ姿に怒りを燃やす。

 

『皆さん!!先程観測した生徒さん達が四方から迫ってきています!!街頭カメラに写っている姿とデータを参照するに……ゲヘナ学園の風紀委員会かと!!』

「えっ!?うちの風紀委員会!?」

 

 そしてその正体が便利屋68の学舎の者だと判明した事で、アビドスの少女達の視線が一斉に便利屋の少女達へと向く。

 

「まさか、私達を捕まえる為にここまで……!?」

「ですが、勧告も無しに他校の領土で砲撃行為だなんて……幾らなんでも度が過ぎています!!」

「あんた達どんだけヤバい事しでかしたのよ!?っていうか今の声誰!?」

 

 どうやら便利屋68そのものの仕業という訳では無い様だが、もしカヨコが口にした通りの事が理由であるのなら、それは周り回って便利屋の仕業とも言え、結局こうなるのかと思わず気が憤してしまう。

 しかしそれ以上にアヤネが言った異常性の方が今は目立つ……故にここで言い争ったりしている場合では無いとして、状況把握の為にも一同が恐る恐る表通りへ姿を露にした時だった。

 

「やっと見つけた、便利屋68……全く、手を煩わせる。」

 

 合わせたかのように、彼女達の前に立つ人影……それは先程多数の生徒達へ指示を飛ばしていた、あの銀髪の少女。

 彼女の名は銀鏡(しろみ) イオリ……ゲヘナ学園風紀委員会の2年生だ。

 

「やっほーイオリ、久し振りじゃーん。元気ー?」

「そんな馴れ馴れしく口を聞くな馬鹿。自分が置かれている状況、分かってないのか?」

 

 さらには、彼女の指揮下に置かれているゲヘナ学園の風紀委員会の生徒達。

 見える限りではざっと20人程度……だが先程アロナが言っていた事を加味すれば、付近には凡そ50人程の人員が居ると予想される。

 

「イオリ、アビドス高等学校の生徒とおぼしき人達が居ますが……どうします?」

「ん?そりゃ私達の邪魔をするようなら相手をして、そうでないならほっとくだけだよ。」

「なら余計ないざこざにならないよう、先に事情を説明した方が良いと思いますが……。」

「良いよ、それよりもあいつら(便利屋の連中)だ。」

 

 そしてその中に、イオリと同じ様に目立つ生徒が居た。

 多数の医療器具がちらと見える特大のバッグを傍らに持つ、黒縁の眼鏡を掛けた少女……ショウマは以前、彼女と出会った事が有る。

 

「(あの子……確か前に……。)」

「っ!あの方は……。」

「ん?どうしたのチナツちゃん?」

「……すみませんイオリ、やはり少しだけ私に任せて貰えませんか?皆さん、一旦銃を降ろしてください!」

「え?ちょっ……!?」

 

 ショウマと少女、2人が互いの存在に気付いたのはほぼ同時であった。

 そして少女はそこから早く、イオリからの返事も聞かずに1人前へと出る。

 

「お久し振りです、先生。ご息災のようで何よりです。」

「あ……えっと、久し振り。確か……。」

「火宮 チナツです。それで、先生がこちらにいらっしゃるという事は……今はアビドスに?」

「うん、一応……。」

 

 火宮 チナツ……以前連邦生徒会へ赴いた際に顔見知りとなった彼女は、再開の挨拶もそこそこに彼から視線を外す。

 代わりに向けたその先には、アビドスの少女達。

 

「アビドス高等学校の皆さんですね?初めまして、ゲヘナ学園の風紀委員会に所属しています、火宮 チナツという者です。突然の訪問となってしまった事、心よりお詫び致します。」

「……アビドス高校の3年、小鳥遊 ホシノだよ。取り敢えず、そっちがうちの自治区まで来た理由を聞いても良いかな?」

 

 礼儀正しい言葉遣いでは有るものの、訪問というには野蛮が過ぎるとして、アビドスの少女達は強い警戒心を向ける。

 それでもホシノが対話に持ち込んだのは、やはりゲヘナの風紀委員会が何故アビドスの自治区まで来たのかを問い質したいから。

 理由そのものは分かっているつもりだが、やはり他校の領土で何の通達も無しに公務に踏み切る程のそれを、本人達の口から直接聞き出したかった。

 

『それは私の方からご説明をさせて頂きますね。』

 

 そして実際にそれに応じたのはチナツとは別の、また見知らぬ少女であった。

 

「アコ行政官……!」

『ご苦労様です、チナツさん。ここは私が引き継ぎますので、貴女はイオリの側で待機してください……一同、休め。一旦公務を中止してください。』

「えっ⁉でもあいつらが……⁉」

『構いません、今はこちらの問題を解決するのが先ですから。』

 

 チナツの横に現れる、アコと呼ばれた少女。

 ホログラムという高度な技術で以てその姿を晒した彼女は、チナツに代わって風紀委員会の代表者として名乗りを上げた。

 

『では、改めて……初めまして、アビドス高等学校の皆さん。私はゲヘナ学園の風紀委員会で行政官を担当しております、天雨(あまう) アコと申します。以後、よろしくお願いしますね?』

 

 同時に他の風紀委員の動きをチナツ以上に抑えた、そんな彼女は行政官として風紀委員会内に於ける2番手の立ち位置に居る者だと自らを称した。

 行政官と言えば、連邦生徒会で言うリンと同じ要職に就いている存在……本人はあくまで風紀委員長を補佐する秘書のようなものだと謙遜した態度も見せたが、非常に強い権限を持つ人物である事には全く変わらず、相対している者達に一律した緊張を走らせる。

 

『まずは、先程までのこちらの行いについて、謝罪させて頂きます。委員1人の独断によって、他校の自治区で無差別の発砲行為が行われてしまった事、誠に申し訳ありませんでした。こちらの監督不行届に他なりません。』

「え?……もしかしてこれ、私が悪く言われてる?」

「まあ……発砲指示を出したのはイオリですし……。」

「嘘⁉私は命令通りにやっただけなんだけど⁉」

 

 アコが一連の行為に非がある事、そしてその非は自身等に有ると認め、頭を下げる。

 だがその誠実な姿勢が逆に怪しさを掻き立てているとして、アビドスの少女達は警戒を緩めない。

 ここから続く言葉に、彼女の本質が含まれている……そう確信してじっと構えていると……。

 

『そして厚かましくはありますが、その上で皆さんにお願いがございます。既に予想が付いているとは思いますが……ここから先の私達の公務の執行を、どうか皆さんには了承して頂きたいのです。そこに居る便利屋68はゲヘナ学園の校則に違反して許可無く企業を立ち上げ、あらゆる学園自治区で不当な働きを行っている危険な集団です。早急に対処しなければ、最悪キヴォトス全体に大きな混乱を巻き起こすかもしれません。』

 

 やはりそうだ、彼女の狙い。

 上辺だけでも誠意を見せる事でこちらの情を誘い、目的を押し通させる……ある程度の真実と、そして限りなく真実となるであろう予測も交えれば、正当性の有る懇願として十分成り立つ。

 

「んー、言ってる事は頷けなくもないんだけどさ……流石にこれは駄目でしょ。」

「そうです!他の学校が別の学校の自治区で堂々と勝手に戦闘行為だなんて……自治権の観点からして、これは明らかな違反行為です!」

 

 だからこそ、彼女の意見を押し通させる訳にはいかない。

 一度でもそれを許してしまえば、その事実に付け入ってさらに無茶な要求をしてくる可能性が高いからだ。

 ましてや既に武力を振りかざしている程の強行さ……そうしてこない事の方が考えにくい。

 

「そういう事だからさ、さっさと帰ってくれないかな?便利屋の子達もこっちの方で対処するからさ。」

「そうよ!それとお店と、お店の周りぶっ壊した分のお金も払って貰うからね!」

『……そうですか、それは困りますね。こちらも公務である以上、違反者の拘束は引くに引けない事情ですし……。』

 

 アコ本人はそのような事は無いと否定するも、この状況では疑わない方が無理が有るというもの。

 少女達の、アコやゲヘナの風紀委員に対する姿勢は、既にそういった懐疑の下に固められていた。

 

『貴方はどうお考えですか?S.C.H.A.L.E(シャーレ)の井上 ショウマ先生……貴方はアビドスの生徒さんの意見と私達の意見、どちらに賛同致しますか?』

「え……?」

 

 しかし、彼ならばどうであろうか?

 そんな意図で以て問われたそれは、ショウマは勿論他の少女達も全く予見していなかった事だった。

 

『あなたの事は、以前ゲヘナ学園を代表して連邦生徒会へ抗議に行って貰ったチナツさんの報告書に記載がされていました……連邦生徒会長が直々に設立を行った、このキヴォトスのあらゆる学校、学園の事情に介入する事が出来る権限を持つ極秘組織。そしてそれを率いるのが、キヴォトスの外からやって来た大人の方……あなたであると。そんなあなたが今この場に居るという事は、つまりそういう事なのでしょう?』

 

 違う、そんなつもりは無い。

 自分はただ巻き込まれただけ……それを言いたくて、しかし出来なくて。

 言ってしまえば、自分は少女達が直面している現実から背を向ける事になる。

 それはカヨコにも言われた、人を裏切る罪となる行為……再び犯す事は許されない。

 

「俺は……。」

 

 かと言って、そういう事だと認めたとして、次に迫られるは()()だ。

 アビドスの少女達の選択を取るか、ゲヘナの風紀委員会の選択を取るか。

 しかしどちらを選んだとしても、きっと事態は思わしくない結果を辿る事になるであろう……それなのにおいそれと口を開けるような覚悟なんて有る訳が無い。

 

『沈黙、ですか……それはどう捉えればよろしいのでしょうかね?……いえ、或いはどう捉えても構わないというという意思表示なのですか?』

 

 井上 ショウマは先生という要職を全うしているものだと前提を組んでいたアコとしては、そんな彼の内情など知る由も無く……予想していなかった反応だとして、頤に手を添えながらその沈黙の中に含まれているであろう真意を読み取ろうとしたものの、そもそもの認識にズレの有る両者の間には、それは全く意味を為さず。

 

『……であれば。』

 

 やがて真意を読み取る事を諦めたアコが、それまで添えていた手を離し、指を鳴らす。

 するとそれまで待機していた風紀委員等が一斉に動き出した。

 肩幅に足を開いて、手を後ろに組んで、害を為す気は無いと見せていた姿勢から、一斉にヘイローから銃器を取り出し、身構えて。

 まだ銃身こそ下げられているものの、周りを囲む彼女達の瞳の中に、温情といった要素は見られない……指示があれば直ぐに、躊躇い無く銃口を向けてくるだろう。

 

「っ⁉待って、何を……⁉」

『何をと仰られましても、S.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生であるあなたが不干渉を貫くというのであれば、これ以上の時間を割く理由は有りません。意見も対立してしまった事ですし、ならば私達も自分達の仕事を全うするだけ……。』

「そんな……!!」

 

 周りを囲む、ゲヘナ学園の風紀委員……学園自治区の治安を維持する組織の者達として、その実力は決して烏合の衆という訳では無い筈だ。

 対してアビドスと便利屋68の少女達は合わせてたったの8人、それも互いに手を取り合えるかどうかは全く分からない……数も繋がりも、差は歴然である。

 挑めばきっと、その差による荒波に呑まれてあっという間に終わる事だろう……そうして荒波に呑まれた後の、アビドスと便利屋の少女達の処遇は?

 無いとは思いたい……けれど、どうしても、かつてセリカが辿りかねなかった未来が脳裏を過ってしまうのだ。

 ならばやはり、向こうの意見に賛同するべきなのだろうか?

 それで本当に、少女達の安全が保証されるのか?

 いや、ちゃんと事情を説明をし、説得をすれば……。

 

 

 

 

 

─生憎ここじゃ、そんなボケた考え方は通用しないよ?撃って、撃たれて……それが私達の生き方なの。

 

 あの時のように、ただ突き放されるだけなのでは?

 

 

 

 

 

「(どうして……。)」

 

 分からない……何が正解なのか、どんな選択を取れば良いのかが分からない。

 そしてその選択を取れてしまう、迫られてしまう、S.C.H.A.L.E(シャーレ)という存在が……先生という概念が分からない。

 何故自分にそのような概念が押され、そのような存在に与されているのだろうか?

 どうしてそのような鎖が巻かれ、離れられないようになっているのだろうか?

 望んでいなかったのに……ただ、帰りたかっただけなのに……。

 

『とはいえ、先生のお気持ちも良く分かります、私達も無用な争いは避けたい所……ですから、こういうのは如何でしょうか?先程アビドスの皆さんが便利屋の処遇を決めると仰っていましたが……ええ、それで構いません。ただ最後に、彼女達の身柄をこちらへ引き渡して頂く……それだけで良いので。勿論、先程の砲撃での損害賠償も、慰謝料込みで払わせて頂きます……ですので先生とアビドスの皆さんには是非、私達と共に便利屋68を捕らえるお手伝いをして頂ければと。無論先程の件も有りますからね、私達の事は好きに扱って頂いて構いません。私達とあなた方の、共同戦線と行きましょう?』

 

 垂らされた糸。

 それは懊悩という地獄に嵌まっていたショウマにとって、まさに救いの手そのものであった。

 向こうも争いは望んでいない、手を取り合おうとしてくれているのだと。

 撃って、撃たれて……やはりそれだけが全てでは無いとして、ショウマは心から歓喜して。

 そうして彼が迷い無く垂らされた糸を掴もうとした時だった。

 

「全く……さっきから聞いていれば、随分と呆れた物言いね。」

「本当、共同戦線だなんてよく言うよ……ショウマさん、騙されちゃ駄目だからね。」

 

 聞こえた声……それはアルとホシノのものであった。

 相手を侮蔑するような態度の彼女達……そしてそれは、周りに居た他の少女達も同様であった。

 皆一様に銃器を取り出して……どうして?何で?

 折角分かり合えるチャンスだというのに、誰も傷付かずに済むかもしれないというのに、何故そうも毎回争い合おうとするのか。

 

「相変わらず抜け目が無いね、アコ。私達を囮にして本来の目的を達成しようとするその考え方……昔から全然変わってない。」

「目的……?」

 

 しかし、アルとホシノに続いて声を発するカヨコ……そこに含まれていたとある言葉が、ショウマの気を強く引く。

 

『あら、カヨコさん……面白い事を仰いますね?私達の目的はあなた方校則違反者の取り締まり……ただそれだけですよ?』

「そのただそれだけの為に、ゲヘナの風紀委員会が他校の自治区に無断で侵入?ありえないね……こんな非効率的で危険を侵すようなやり方、あんまりにもらしくない。それにたかが私達を相手にするには動員している生徒の数が多すぎる……まるで他所の学校と一戦交えるつもりみたいに。とはいえアビドスの生徒は全員集めても4人しかいない……。」

 

 そしてその言葉によって、ショウマは真にこのキヴォトスでの理想と現実を知る事になる。

 

 

 

 

 

「なら答えは1つ……アコ、これはあんたの独断行動であり、その目的はS.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生……ショウマさんだ。」

 

 

 

 

 

 ……彼女が何を言っているのか、分からなかった。

 それまでゲヘナの風紀委員会の公務に纏わるいざこざが話の主であった筈だというのに、何故急に自分が主題として挙げられるなんて事になるのか。

 

『……嗚呼、便利屋にカヨコさんが居る事をすっかり忘れてました……呑気に雑談なんてしている場合じゃありませんでしたね。』

「待って……どういう事……⁉俺が狙いって何……⁉」

 

 アコも否定する様子が全く無く、その言葉が決して的外れなものではない事を、遠回しに認めている。

 ますます以て訳が分からない……そう困惑しているショウマを見ながら、カヨコは言う。

 

「簡単に言えば……ショウマさんは騙されてるんだよ。」

「えっ……!?」

『騙すだなんて酷い言い掛かりですね?私はあくまでS.C.H.A.L.E(シャーレ)とも衝突するという最悪のシチュエーションを想定していたまでで、別にこの状況を意図して作ったという訳では……。』

「嘘、でしょ?」

 

 ショウマへ向けていた視線をアコへ向けるカヨコ。

 彼女の鋭い眼光に当てられたアコは、しかし全く臆する事無くむしろ呆れたような仕草をも見せ、改めてショウマ等へと向き直る。

 

『……仕方ありません、先生も状況を呑み込めていないようですし、事の次第をお話ししましょうか。』

 

 言うに、そもそものきっかけはあのトリニティ総合学園であるという。

 ショウマはまだ知らないものの、彼女……阿慈谷 ヒフミが通っており、またゲヘナ学園とは長らく敵対関係にあるらしきかの学園。

 その生徒会たるティーパーティーが、S.C.H.A.L.E(シャーレ)なる組織に関する報告書を手にしていると……そんな情報がアコの下に届いたらしい。

 

『当初は私もS.C.H.A.L.E(シャーレ)が具体的にどのような組織なのか知り得ていませんでしたが……ティーパーティーが知っている情報となれば、私達も知っておく必要があります。それでチナツさんが書いた報告書を確認したのです。』

 

 連邦生徒会長が直々に設立を行った、このキヴォトスのあらゆる学校、学園の事情に介入する事が出来る権限を持つ、キヴォトスの外から来た大人が率いる極秘組織……どう考えても怪しい匂いがする。

 

S.C.H.A.L.E(シャーレ)という組織は、とても危険な不確定要素に見えます……後に控えているトリニティとの条約にも、どんな影響を及ぼすか分かりません。ですからせめて条約が無事に締結されるまでは、私達風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせて頂きたいのです。』

 

 ついでに居合わせた不良生徒達も処理した上で……といった形で。

 そう告げたアコの、これまでにも度々浮かべていた微笑み……それが見た目通りの意味を持っていなかった事を、ショウマも漸く薄らとだが感じ始めていた。

 

「それで?私達がそのお願いに、はいそうですかって言うとでも思ったの?」

「ショウマさんにはやらなくてはいけない事が有るんです!あなた達にショウマさんを渡す訳にはいきません!」

 

 それでもまだ疑惑の渦から抜け出せないでいるショウマに代わり、アビドスの少女達がアコに対して楯を突く。

 しかし、それが何だというのか。

 

『……ふふ、やっぱりこういう展開になりますか。では、やはり仕方ありませんね。』

 

 アコにとって、そのような反抗の意志など意味は無い。

 口角こそ笑むように上げているものの、目元は全く笑わせず。

 そのアンバランスに浮かべている表情は、さらなる歪さとなってショウマの懐疑心を囃し立てる。

 

『ゲヘナの風紀委員会は、必要でしたら武力を行使する事も有ります。そして私達は一度でもその判断をすれば、一切の遠慮をしません……この意味は、分かりますよね?』

「っ……。」

 

 それでもショウマは、縋ってしまっていた。

 いくら彼とて、これまでの会話からアコが抱く真意がどのようなものかは凡そ察する事が出来た。

 しかしそれでも、そのような人を騙すような真似をしてまでなど……そこまでする必要など決して無い筈だと、信じたかったのだ。

 そうでなければ、自分はもうこの世界で何を信じれば良いのか分からなくなってしまうから。

 或いは自らの理想とする所が……これまでの経験から培われてきたと思われた信念が、やはり何の意味も無いものなのだと否定されるのが、怖かったから。

 

「迷っちゃ駄目だよショウマさん、戦わないと意味が無いんだよ。」

 

 そんなショウマの理想や信念は、無情にも容易く粉々に砕け散らかされる。

 

「ショウマさんってさ、本当お人好しだよねー……向こうの言ってる事、いつまで真に受けてるの?ここでやらないと、どのみちみーんなおしまいなんだよ?」

「今彼女が言ったでしょう?必要なら実力行使も躊躇しない、そして一度でもその判断をすれば一切の遠慮をしないって……私達はね、もう既にそれが必要だと判断されているのよ。そこに居るアビドスの子達も含めてね。」

 

 いや、無情ではないのだ。

 それを無情と感じる事こそ、彼が今まで気楽だ何だと言われた所以。

 

「そうなの……?」

「……こんな事言うのはあれだけど、そいつら(便利屋)の言う通りよ。」

「でも……さっき一緒にって……。」

「共同戦線の話ですよね?あのまま指示に従っていたら、私達は今頃不穏分子として風紀委員会に拘束されていた所だったでしょう……。」

「そしてそれは、ショウマさんもね。何かの条約が終わるまでって言ってたけど、きっと終わった後も飼い殺しにされ続けるんだろうね。」

 

 彼が歩んできた道筋……勝ち取ってきた未来、培ってきた経験。

 そのどれもが、彼が想像していた以上に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を知らなかったから。

 

「全部……嘘だったんだ……。」

「ショウマさん……。」

 

 井上 ショウマ、或いはショウマ・ストマック……今は先生という役割をも与えられている彼は、しかしこの世界で生きる誰よりも……。

 

 

 

 

 

 ()()であったのだ。

 

 

 

 

 

「ショウマさん、これが現実よ。あなたが望む、話し合って、手を取り合って……そんな事はこのキヴォトスではまるで通用しない。ただ相手に寄り添おうとする姿勢だけ見せてたら、その相手に漬け込まれるだけよ。私達は皆、それを知っているの。」

 

 目の前で、変わらず微笑んでいるアコ。

 それが張り付けただけの能面である事、或いは裏で多分に含んでいるものがある事を、ショウマももう疑わなかった。

 今しがたアルが語った通り、これが現実なのだ。

 

「だからショウマさん、もし……もしそれでも、私達の事を思うのだとするなら……。」

 

 

 

 

 

「貴方も同じ様に、戦いなさい。」

 

 

 

 

 

 俯いているショウマ。

 前にもそうであったように、その表情には窺い知れない影が差し込んでいて。

 

「……分かったよ。」

 

 しかし彼はそう呟いた……拳を握り、体を震わせながら、確かにそう、呟いた。

 

「それが……この世界で必要な事なら……。」

 

 その握り締める拳に、震わせている体に、どんな思いを込めているのか。

 ゆっくりと、俯かせていた顔を上げた先……。

 

 

 

 

「この世界で正しい事だって言うのなら……!」

 

 その瞳に宿している、心とは……。

 

 

 

 

『交渉決裂、ですか……仕方ありませんね。』

 

 何れにせよ、と。

 アコは一度だけ目を閉じ、しかし直ぐにその閉じた目を開かせる。

 それまで浮かべていた笑面を、行政官という立場に在る者として相応しき冷徹なものへと変えながら。

 

『風紀委員会、攻撃を開始します。対策委員会と便利屋を制圧して、先生を安全に保護してください。くれぐれも怪我をさせないよう細心の注意を。』

「まあ、結局こうなるか……手っ取り早くて助かるけど。」

「先生……。」

 

 アコの命令を受けて、まずイオリが動き出す。

 命令への依存など何も無い、誰が敵となろうとも容赦はしない……Kar98Kの改造狙撃銃クラックショットを肩に担ぎ前へと出るその姿が、彼女のそんな信念を良く表している。

 チナツも若干の躊躇いこそ見られるものの、愛銃(サポートポインター)を引き抜き、命令に背く様子を見せない事から、その意思はあくまで風紀委員の理念の下にあるらしいと分かる。

 だがもう、それでも構わない。

 

「……やろう皆、あの子達を倒すんだ。」

「……分かりました。」

「うへ、そうと決まれば、ここはこっちが共同戦線と行こうか?」

「い、一緒に……ですか……?」

「仕方無いでしょ!私達全員でやらないと勝てないのは目に見えてるんだし!今だけは見逃してあげる!」

「ふーん、優しいじゃん♪どうする、アルちゃん?」

「決まっているわ!信頼には信頼で報いる、それが私達便利屋68のモットーよ!」

「また変なモットー追加されてる……っていうかこれ信頼されてるって言うの?」

「それでは、対策委員会と便利屋68で一時共闘をし、ゲヘナの風紀委員会を撃退します!皆さん、臨戦態勢を!」

 

 戦う意思は、既にこちらも固まっているのだから。

 もうこの場に、甘い幻想たる話は無い。

 有るのはただ、無味たる現実……それだけだ。

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