キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第22話「アビドス街の死闘」

「よし進め!アコちゃんが言った通り、アビドスと便利屋の連中は全員制圧だ!」

「風紀委員会が行動を開始しました!皆さん迎撃を!」

 

 アビドスの街中に響く、二者の号令。

 それを端に発し、アビドスと便利屋、そしてゲヘナの風紀委員会がぶつかり合う。

 

「カヨコ!」

 

 まず先制を取ったのはカヨコ。

 アルから名を呼ばれた彼女は、そこに含まれている彼女の意図を瞬時に理解し、愛銃であるP30の改造銃デモンズロアの銃口を天へと向ける。

 何故空を目掛けて?

 そんな大勢が抱いた疑問に対する答えは、アルがその先で紡いだ言葉によって、そして彼女の言葉に従わなかった者達にはより一層を以て示された。

 

「耳塞いで!」

 

 アビドスや柴大将、そしてショウマへ向けられた言葉。

 それに全員が反応出来たのは、既に便利屋の面子が同じ対応を取っていた事と、その語気が今まで聞いてきたそれとは違い、完全に強く真剣なものであったからだろう。

 

「「っ……!?」」

 

 そして引かれる、銃の引き金。

 瞬間、周囲一体に響く金属音。

 凡そ拳銃の発砲音とは思えないそれは、カヨコが音響兵器として改造した銃弾によるもの。

 音嫌悪症(ミソフォニア)の症状から着想を経て、生物の持つ本能的な恐怖心を刺激し、耳を塞いでいても背筋に悪寒が走る程の威力となったそれは、直撃を喰らった風紀委員等を激しく動揺させ、足を竦ませ、そして統率を乱させる。

 

「ムツキ!」

「はいはーい♪」

 

 次にアルが指示を出したのはムツキ。

 彼女もまた掛け声1つで含まれている意図を察し、迅速な行動へと至らせる。

 

「せーの!」

 

 提げていたバッグを漁り、取り出した幾つかの品を近場の風紀委員等目掛けて投げ付ける。

 それは彼女手製の改造爆弾……その威力はそこらで売られている代物よりも高めになるよう作られており、未だ棒立ちとなっている者が多い風紀委員等を纏めて吹き飛ばす。

 

「突破するわ!ハルカ!」

「は、はい!」

 

 これで布陣の一部に打撃を与えられた……更なる狙いの邁進の為、今度はハルカに指示が飛ぶ。

 

「アル様が通ろうとしている道の上に立つなあああああ!!」

 

 FP6、或いはSDASSという名で知られるショットガンを改造した専用銃ブローアウェイで以て突貫するハルカ。

 普段の彼女を知る者からすれば目を疑うような気迫であるが、これまでの言動からある程度察せられる通り、彼女はアルに心酔している部分が有る……そのアルの邪魔となるような存在を排除しろと命令されたのだ、こうもなるのは必然の話だ。

 

「行くわよ!」

 

 これで展開されている布陣に完全な穴が開いた……そう、アルの狙いは四方を囲まれている現状からの脱出であった。

 それを他の人員も理解し、故に機が生まれた瞬間の行動は皆迅速であった。

 

「囲まれる訳には行かないわ!何処か背中を預けられそうな場所は無い!?」

「探してみます!ひとまずこのまま進みましょう!」

 

 一矢乱れず、通りを進む一同。

 アルの言う通り、この少ない人数で全方位を警戒しながら戦うのは無理が有る。

 せめて後ろを気にせず3方向に絞れればまだ手の打ち様が有るとして、アヤネが手元の端末を使って付近の地理情報を確認しだす。

 

「待って!2人を連れてく訳には行かないわ!近くの避難シェルター寄れない!?」

 

 と、ここでセリカから意見。

 彼女が言う2人とは、柴大将とショウマの事……要は非戦闘員たる2人を先に安全な場所に匿う事が先決ではないかという意見だ。

 

「そうね、戦えない人を連れ回す訳には行かないわ……道案内よろしく!」

「分かりました!近くの避難シェルターは……!」

 

 異論は無い、予定変更だ。

 まずは近くのシェルターに行き、2人をそこへ預け、その後迎撃スポットを探す。

 幸い何処が該当する箇所か見当を付けなければならなかった迎撃スポットとは違い、既に場所が明確になっている地点……探し、見つけ、向かうまでにそう手間と時間は掛からなかった。

 

「大将大丈夫?1人で歩ける?」

「平気だ、ありがとなセリカちゃん。」

「念の為救急車も呼んでおきますので、ここで待っていて下さい。」

 

 柴大将は平気だと言っていたが、全身を打ったという事実に変わりは無い……万一に備えて救護の手は施しておいた方が良い。

 後はショウマもここに置いて、自分達は迎撃スポットを探しに……。

 

「いえ、呼ぶのはまだ先の話よ。」

 

 が、周囲を警戒していたアルから一言。

 まさか……いや、そのまさかだ。

 

「うへ、来るのが早いねー……こりゃ動きが読まれてたかな?」

『当然です、あの程度で私達の裏をかけるとは思わない事ですね。』

 

 既に自身等の周りに、ゲヘナの風紀委員会の姿が。

 どうやら悲戦闘員を何処かに預けるというこちらの考えが読まれて、先回りされてしまっていたようだ。

 こうなったら、ここで戦闘を行うしかない……避難シェルターに被害が及ばないよう、何とか立ち回らなくては。

 

「ショウマさん、これ。」

 

 不意に、ムツキがショウマへ向けて何かを手渡した。

 それはシッテムの箱……彼女がショウマと便利屋を繋ぐ為を理由として手元に置いていた物だ。

 

「一旦返すね、少しでも余計な物減らしておきたいからさ。」

「ショウマさんもこのままシェルターの中へ。後は私達が……。」

 

 さっき間違えて爆弾と一緒に投げちゃう所だったし、とあくまで普段と同じおどけた調子を見せるムツキと、反対に声色からも分かる程に普段とは違った様相を見せるノノミ。

 どちらも今の事態に本気で当たらなければいけないという、それぞれの気概の表れだ。

 

「……ううん、俺は残るよ。」

「えっ、でも……!?」

 

 ならばその気概に、自分も応える。

 その旨を伝えて、だがムツキはショウマの事を凝視する。

 確かにアルがああ言っていたものの、恐らくあれは気持ちの問題であって、実際には戦う術など無いではないかと。

 

「大丈夫……やれるよ。」

 

 しかし彼の目が、答えていたのだ。

 言葉にせずとも、彼の鋭く尖っている眼差しが、言葉にした通りに違い無いのだと。

 

「……なら良いけど、そんなには構えないからね?」

「後ろに居て下さい、私達がお守りしますから。」

 

 その眼差しを受けて納得はしきれていないものの、現状が待ってくれないとして渋々ショウマを自由にするムツキ。

 ノノミは既に何度も同じ様な経験をしたからか、彼を引き止めるような事はしない。

 しかしより一層、覚悟に満ち溢れた姿を見せる彼女……その心持ちは、言わずもがなであろう。

 

『流石に避難シェルターを巻き込む訳にはいきませんね……向こうもそれを前提に戦線を動かそうとする事でしょうし……ならばそれには乗りましょう。私達の最優先目標は、S.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生の確保……分かっていますねイオリ、チナツさん?』

「分かってる!さっさと終わらせてやる!」

「では前線はお願いします、イオリ。」

 

 さしもの風紀委員会も、全くの無関係者を戦場の引き合いに出すつもりは無い様子……不幸中の幸いとでも言うべきか。

 これで再び、双方向かい合う形となった……ここからいよいよ本格的な戦闘が始まる。

 

「さあ、1人残らず撃ち抜いてあげる!風紀委員長さえ居なければ、あなた達なんて!」

「どうでも良いけど、一々そんな格好付けないと戦えない訳⁉」

 

 スナイパーライフル、PSG-1を改造した愛銃ワインレッド・アドマイアーを掲げ、狙撃を行うアル。

 身も隠さず素立ちのまま片手で撃つという、一見何の戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)も無い優美な(格好付けている)だけの姿勢から放たれる彼女の狙撃はその実非常に正確であり、たとえ相手が回避行動を取ったとしても、弾丸はほぼ相手の身を掠めている。

 百発百中にも近いその腕が、もし敵として立ち塞がるような事があったら……いつしか実際にそうなりかけた時の事を思い出し、そしてもしそのまま衝突していたらと考えると、セリカは堪らず悪態を吐いて浮かんだ予想を誤魔化すしかなかった。

 

「それじゃあ、私達も行こっか!くふふっ、ムツキちゃんに合わせられるかなー?」

「お安いご用です!」

 

 次に動くはノノミとムツキ。

 ノノミのミニガン(リトルマシンガンV)、そしてムツキが愛銃としているMG5(マシンガン)の改造銃トリックオアトリックが同時に火を吹く。

 それはまさに弾幕の嵐と呼ぶべきであり、並み居る敵を全く寄せ付けさせない。

 

「アル様の邪魔をするなら消すアル様の邪魔をするなら消すアル様の邪魔をするなら消す‼」

「うへぇ……怖いけど頼りになるねー。」

 

 ハルカとホシノの2人も負けていない。

 被弾も辞さない捨て身なハルカと、堅実に守りを固めながらのホシノ……2人の特攻が合わされば、如何に精鋭揃いの風紀委員会と言えど瞬く間に伸されていく。

 

「カヨコさん、でしたか……戦時中ではありますが、お互いの戦力について情報交換をしましょう。誰がどんな装備を持ち、そして何が出来るのか……簡単に擦り合わせるだけでも、この即席の連携は上手くいく筈です。」

「良いけど……ここを乗りきったら、また敵同士になるかもしれないって事は忘れてないよね?」

 

 そして既に予想以上の歯車の噛み合い方をしてはいるが、より一層その噛み合いを円滑にする為に、アヤネとカヨコが互いの知恵を巡らせる。

 物量の差によって一瞬で終わると思われたこの戦いは、意外にも拮抗した状態が続いていた。

 

『ふむ……まずは様子見をと思ったのですが、中々どうして……。』

 

 これにはアコも予想外だと反応を示す。

 彼女もまた戦力比からして第一陣で決着が付いてもおかしくないと考えていたが、どうやら流石に舐めて掛かっていたようだ。

 そう考えを改めた彼女は再度状況を分析し、配下の風紀委員等へ細かな指示を出し、第二陣を展開してくる。

 

「何人来ようが同じよ!」

「返り討ちにしてあげます!」

 

 当然、応戦をするアビドスと便利屋の少女達。

 しかし先程までと違い、進軍してくるその中には1人名だたる者が混じっていた。

 

「全員大人しく捕まってろ!」

 

 イオリだ。

 彼女は出撃の許可が降りるや、いの一番にその場から駆け出し、少女達へ勝負を挑む。

 1人突撃してくる彼女の姿は一見すると猪武者にしか見えず、格好の的であるとして集中砲火を浴びせられるが、驚く事に少女達の放つ弾丸が彼女を捉える事は無かった。

 速いのだ……履いている黒のスカートから覗く褐色の肌が眩しい彼女の両足は、委員会の切り込み隊長として日々を過ごす中で養われた事により優れた健脚さを持ち合わせ、その結果全く足を止める事無く常にフルスピードで戦場を駆け回るという戦術を彼女の中で確立させたのだ。

 そこから放たれる、狙撃銃を使用している事による鋭い弾速の一撃……狙いもスコープ等を使用していないにも関わらず正確であり、アビドスと便利屋の少女達はここに来てたった1人を相手に大きな苦戦を強いられる事となった。

 

「……。」

 

 その様子を後方から見据えていたショウマ。

 しかし少女達の旗色が悪くなりだしたのを見て、彼はおもむろに行動をしだす。

 着ている服の腹部のチャックを開け、自身のガヴを露出し、手近に呼んだポッピングミゴチゾウをガヴの口の中へ入れる。

 そして側部のハンドルを回し、反対側のボタンを押し込んで……。

 

「っ……。」

 

 反応無し。

 ここまで来て、まだ機能しない……その事実は如何にショウマとて苦虫を噛んだ表情を浮かべざるを得ず、彼に多大な無力感を蓄積させる。

 少女達と同じ様に戦うと決めて、しかしこの有り様では……。

 

「先生。」

 

 と、背後から声を掛ける者。

 それが誰なのかは、もうその声色で分かる……チナツだ。

 どうやらイオリが前線で注目を集めている間に、裏から回り込んでいたようだ。

 

「申し訳有りません、先生。ですが、これも命令なので……抵抗せずに受け入れてくださると非常に助かります。」

 

 彼女の側には、護衛としての役割を持つ他の風紀委員2人しか居ない……裏取りを気取られぬよう最小限の人数で行動する為でもあったが、これはショウマに対するチナツなりの配慮でもあった。

 幾ら命令といえど、共に死地を潜り抜けたかの人物を力で押さえ付けるのは気が引ける……大人数で圧を掛けるなど以ての外だ。

 イオリが動いた事により、意外と分からないと見えていた戦況も徐々に様相を変えていっている……出来ればこのまま、彼には勧告を受け入れて欲しいものだが……。

 

「ごめん……!」

「えっ⁉」

 

 しかしショウマは一言だけ謝罪の言葉を口にし、振り向き様にチナツへ向けて何かを投げ付ける。

 驚愕した彼女の目が一瞬捉える事の出来た、その投げ付けられた物とは……何やら可愛らしい、玩具のような物。

 

「痛っ……!?」

 

 そう、ショウマはガヴに入れていたポッピングミゴチゾウをチナツへ投げ付けたのだ。

 そして本来の用途とは大きくかけ離れた使われ方に涙しながら投げ飛ばされたゴチゾウは、予想外の反撃に対応出来なかったチナツの眉間へぶつかり、彼女に一瞬の隙を作らせる。

 

「……!」

 

 その隙に、ショウマが動く。

 チナツと同じ様に虚を突かれた、護衛の風紀委員……彼女達が己の気を取り戻し、次の行動に移る前にショウマはチナツへ接近するや、彼女の腕を掴み、足を払い、そして彼女を地面へ強く押さえ付けたのだ。

 

「(逆に拘束された⁉)」

 

 その鮮やかな手際に、チナツは内心激しく動揺する。

 前回の共闘から察するに、彼には直接戦う力も術も無いものだと読んでいた前提が、まるで間違えていたのだから。

 

「ショウマさん!」

「全く、油断も隙も無いね……!」

 

 と、ショウマを呼ぶ声。

 それと同時に護衛の風紀委員2人がどこからか放たれた銃撃を受けてダウンする。

 見れば、付近に居たカヨコとアヤネが異変に気付いてこちらの方へ銃を構えていた。

 ならばとショウマは捕まえているチナツの身を、2人の居る方へと突き飛ばす。

 

「くうっ……⁉」

 

 完璧な意思疎通……2人の集中砲火が、未だ無防備たるチナツの体を穿つ。

 三者の連携の直撃を受けたチナツは、一度に予想以上のダメージを受けた影響か、その場に倒れて苦しげに呻いている……自力で立ち上がれそうにはない。

 

「チナツ⁉よくも……‼」

 

 チナツのダウンを目にして、それまで前線で立ち回っていたイオリが激昂露に動き出す。

 その、それまで以上の身のこなしにアビドスと便利屋の少女達は彼女に狙いを定める事が全く出来ず、あっという間に射線を抜けられてしまった。

 

「えっ!?速っ……!?」

「ショウマさん!!」

 

 正直に言えば、イオリはショウマの事を全く知らない……何やらチナツと面識が有り、同じく何やらアコが警戒を示している人物という、見たままの事しか。

 そしてそこに追加する事が有るとすれば、先に行われたアコとの問答からして優柔不断で気弱な性格をしているように見える事、その癖チナツを伸せる程には近接戦闘に心得が有るという事と……。

 

「(違反者として取り締まれるならやってた所だな!!)」

 

 破廉恥な奴、という印象だ。

 大胆にも腹部を露出し、何か赤い奇妙な物体を外部に晒し出しているその様は、イオリからすれば堂々と風紀を乱すような輩というイメージしか抱かない。

 そんな輩に仲間がやられて、何も思わない筈が無く……手荒な真似はするなと言われたが、多少は目を瞑って貰う事になるやもしれない。

 そんな彼は迫るイオリを前にして1歩も退く様子を見せていない……どうやらこのまま、真正面から対応しようとしているみたいだ。

 意外にも接近戦に長け、それがチナツ相手に通用した事への自信の表れ……そう捉えたイオリは、馬鹿にしてと内心更に怒りを燃やす。

 確かに先程チナツを相手にした様は、見方を変えれば見事と捉えられなくもない。

 だが彼女は本来陣頭指揮や負傷者の救護を担当している者……元より戦闘担当である自分を、同じ様に捌けると思うな。

 

「……。」

 

 そう血気盛んに直進してくるイオリを目前にして、ショウマはというと……彼は再びおもむろとガヴに手を掛け、その上顎を開く。

 そして自身の右手を、何やら悲壮な眼差しで以てじつと見つめると……。

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 その手を容赦無く、ガヴの中に突き入れた。

 

 

 

 

 

「ぐうっ!?ううううう……!?」

「なっ……!?」

 

 途端に苦しみ出すショウマ。

 決して立ち止まる事無くを基本とし、まして激情に駆られている今なら尚更と思っていたイオリも、流石に目の前の異様を前には足を止めるしかない。

 何だ?何をしている?

 額には明らかな脂汗を浮かべ、今にも崩れ落ちてしまいそうに足を震わせて……どう見たって深刻な自傷行為ではないか。

 何の為に?何が起きている?

 苦悶に呻く……いや、叫んでいるその声はイオリだけに留まらず、やがて場に居る全ての者の耳に届き視線を集め、そして等しく血の気を引かせる。

 困惑、混乱……気付けば誰もがショウマの姿に見入られ、故に奇しくも、或いは皮肉にも、その間だけは戦闘そのものが止んでいた。

 

「うあああああっっっ!!」

 

 やがて意図せず訪れた静寂の中、ショウマが一層の悲鳴を上げ、同時にガヴへ突き入れていた手を抜く……その手にある物を握り締めながら。

 

「ショウマさん……!?」

「な、何あれ……!?」

 

 ショウマが自身のガヴから引き抜いたそれは、基部を黒色、細部を赤色とした機械的な見た目の……剣。

 二又に分かれているその刀身が、本来仕様に無い虹色の液体で濡れているのは、ガヴの中から摘出されなかったゴチゾウ達の成れの果てがこびりついてしまっているから。

 そんなグロテスクとも言える見た目となってしまっている武器……ガヴガブレイドを、力無く下げさせていた姿勢から正面向けて構えるショウマ。

 切っ先を地へ這わせ、耳障りな音を立てながら正眼に構え、荒い息を整える事無く俯かせていた顔を上げる。

 そしてそこから見えた彼の眼差しに、敵も味方も関係無く、誰もが戦慄を覚えたのだ。

 

「「っ……!?!?」」

 

 人を射殺すような目、とはまさにこの事かと。

 普段の彼を知っている者なら尚更、そうでなくてもその眼差しからは、先程カヨコの術中に嵌まっていたのと同じか、或いはそれ以上の身の竦む思いを抱いてしまう。

 

「っ……だからって!!」

 

 はっ、と気を取り戻したイオリが再び走る。

 如何な凄みを前にしたとて、自分はゲヘナの風紀委員なのだから……為さねばならない務めが有る。

 そう己に活を入れ、イオリはショウマを捕らえようと手を伸ばす。

 

「……ッ!!」

「なっ……!?」

 

 だが伸ばしたその手は直ぐ様引き込む事となった。

 ショウマが、剣を薙いできたからだ……伸ばした手を目掛けて、躊躇った様子無く。

 

「おおおっ!!」

 

 そこから次々と振るわれる剣撃。

 上から、下から、横から、斜めから……何れもイオリの回避の前に攻撃としての意味は為していないが、やはり振るわれるそれに迷いといった感情の類いは感じられない。

 優柔不断で気弱な奴と踏んでいたが、その獣の如き荒々しい剣捌きも相まって、イオリにはショウマの事が段々不気味な存在に思えてきた。

 

「調子に……乗るな!!」

 

 ガギリ、と重い金属音が鳴る。

 それまで素手で応戦していたイオリが堪らず銃を使ったのだ。

 ショウマの一撃を銃身で受け止め、弾き、しかしその反動をも利用して身を翻し、攻め手を弛めようとしないショウマの戦闘センスに驚嘆さえ覚えながら、振るわれる剣撃をまた受け止める……と見せかけて、イオリはその場から大きくジャンプした。

 足には自信が有るのだ……速さに関しても、跳躍力に関しても。

 直前で跳んだ事により、ショウマからすれば忽然と姿が消えたと錯覚させる事が出来た筈。

 このまま頭上を飛び越え背後に着地し、奇襲を掛ける事が出来れば……。

 

「(貰った!!)」

 

 目論見通りショウマの頭上を飛び越し、彼の背後へ降り立つイオリ。

 着地狩りをされなかった事から、こちらの読みが完全に相手を上回ったのだと確信した彼女は、そのまま気絶を狙う為に彼の無防備な背中へ銃底を叩き付けようとする。

 怪我をさせるな、という命令を守っている余裕は無い……それまでに彼女の中で蓄積されてきた不気味さが、既に目の前の男は危険な存在だと判断を下していたのだから。

 

「ッ⁉」

 

 そんな彼女の目論見は外れ、代わりに予感は的中した。

 彼女が銃底をショウマの背中へ当てようとした瞬間、彼がぐるりと背後を見た。

 そして軽く跳躍すると同時に体の向きを変え、剣を構えて。

 その間、イオリは全く動く事が出来なかった……金縛りにあったかのように、体を動かせなかった。

 ひゅっ、と息を呑んでしまった。

 それまでの比では無い程の恐怖に、身を蝕まれてしまった。

 

 だって、こちらを向いたショウマの目が。

 

 視線の合わさった、その瞳の色が。

 

 

 

 

 

 バケモノのように、妖しい紫光を帯びていたから……。

 

 

 

 

 

「だあっ!!」

「ッ……!?」

 

 衝撃が、イオリの全身を襲う。

 そしてまた、はっと気を戻す。

 そうだ、今は戦闘の最中……そして自分はあまりに無防備な姿を晒していた。

 ならば今の衝撃はまさか、斬られた感覚だとでもいうのか?

 傷は?血は?応急処置の必要は?

 イオリは自分が錯乱している事に気付かないまま自身の体に手を当てたりなどして、異変が無いかを探る。

 

「(怪我は……してない……?)」

 

 どうやら、その心配は無用であったようだ。

 であれば先程全身を襲った衝撃は一体……?

 

「ふっ!!」

「かあっ……!?」

 

 と、未だ錯乱状態から抜け出せていないイオリの腹部にショウマが回し蹴りを入れる。

 強烈に、深々と突き刺さったその蹴りは、イオリの体を容易くその場から吹き飛ばす。

 

「こいつ……!!」

 

 その後彼女は直ぐに受け身を取ったものの、それは単なる反射行動……体が覚えていた感覚で無意識にそう行動しただけの話であって。

 だが流石にここまでされれば、イオリも真に我に帰る。

 不気味で、危険で、恐ろしい。

 もう、こんな奴を相手に捕らえるなんて意思では臨めない……イオリは己の手の中に収まる愛銃を握り締め、命令違反も承知の上でショウマの事を倒そうとした。

 

「……?」

 

 が、その決意が実る前に、イオリは気付く。

 おかしい、何かが変だ……そんな言い知れない感覚が次第に不安を呼び、イオリは堪らずもう一度愛銃を握り締めようとして、そして気付いた。

 

「(っ!?無い……!?)」

 

 そう、今まで握り締めていたのは、ただ己の拳。

 手の中に収まっていた筈の愛銃は、忽然とその姿を消していた。

 一体何処へ……辺りを見回し、見渡し、遂に見つけると同時にイオリは再び戦慄した思いを抱く事に。

 

「(私の銃……!!)」

 

 ショウマの足下、銃はそこにあった。

 そしてその銃身も含めて地面に突き刺さっているように見える、彼の剣。

 しかし実際には、剣は銃身を貫いてはいない……ガヴガブレイドの剣先は、二又に分かれているのだから。

 そう、イオリが先に感じた全身への衝撃……それはショウマが彼女の銃を巻き込んで剣を地面へ突き立てた際に起きた衝撃だ。

 彼女から銃を奪い、丸腰にする為に。

 それは明らかに計算された動き。

 視界から姿が消え、その行き先が自身の背後であると完全に想定していなければ……或いは視界から消えたものだと思い込ませていた動きを完全に目で追えていなければ、出来なかった動き。

 であるならば、自分はまさか、彼に……。

 

「(弄ばれてたっていうのか……!?)」

 

 あの剣の突き刺しは、見えなかった。

 幾ら彼の瞳の色の変化に怖じ気付き、集中力を欠いていたとはいえ、それでも何が起こったのか全く分からなかった……それまでの剣捌きは全て見えていたというのに。

 恐らく、手を抜いていたのだろう……相対している自分の事を、斬ってしまわないよう。

 それを、舐められたとは思わなかった……むしろどこまでが計算通りだったのかと、純粋に肝を冷やした。

 

「ごめんねイオリ、隙だらけだよ?」

「うわっ⁉」

 

 ショウマの底知れなさに釘付けとなっていたイオリ……それは明確な隙を生み、そして彼女(ムツキ)の接近を許す。

 気付いた時には、腹部に銃口を押し当てられており……。

 

「ぐうぅ⁉」

 

 弾倉およそ半個分、それをまるまると照射される。

 腹に穴が空いてもおかしくない程強引な手段に、イオリもその場で膝を付くしかない。

 

「くそっ……腹にマシンガン直当ては反則だろ……‼」

「あの剣で斬られなかっただけマシでしょ~?」

 

 そう宣うムツキの視線の先を辿れば、そこではショウマが他の風紀委員等を相手に大立ち回りを演じていた。

 またあの野性味溢れる動きで以て距離を詰め、そして理性の下に相手の銃器のみを狙って的確に攻撃する。

 手から叩き落とされ、或いは攻撃を受け止めた負荷に耐えられずに切り捨てられ、そうして無力化された風紀委員等の始末をアビドスや便利屋の面子に委ねて、自分はまた別の生徒の下へ……。

 ここで厄介なのが、彼を傷付けてはならないという命令が風紀委員等に下されている事だ。

 アコがその命令を撤回しない限り、まず射撃戦は行えず、接近戦での対処を余儀無くされる。

 しかしその接近戦こそが彼の十八番なのだ……恐らく彼もそれを考慮して、戦闘を行っているのだろう。

 だとするならば本当にどこまでが計算の内なのかと、彼の戦術眼に乾いた笑いさえ浮かんできてしまう。

 

『あら……まさか、ここまでとは……。』

 

 ゲヘナの風紀委員会の幹部2人が瞬く間に倒され、第二陣も今まさに大打撃を与えられている……その事実は、残る風紀委員等の士気に動揺という旗色を付与させる。

 アコもこれは予想外の状況であると、素直に驚愕を露にしているようだ。

 

「……まだ続ける?」

 

 周囲に居た風紀委員等をひとしきり倒したショウマの凄んだ眼差しに閉口するアコ。

 既に予想していた被害算出を上回っており、仮にここから結果を出せたとしても収支はマイナス……本当に、予想を遥かに上回っていた。

 決して甘く見ていた訳では無かった筈だが、これはもっと慎重に事を進めるべきであったか……。

 

『ですが……だからこそ、です。』

 

 そう……だからこそ、ここで退く訳にはいかない。

 そんな決意を胸に、アコは指を鳴らす。

 

「風紀委員会、第三陣を展開してきました!」

「っ……まだ居るの……⁉」

「この状況でさらに投入……!」

「た、大した事無いわよ!まだまだ戦えるんだから!」

 

 浮き足が立っていた風紀委員会の生徒達であったが、命令有らばと揃って歩みを進め始める。

 そうして展開されていく第三陣を前に、少女達はなお啖呵を切る……が、その様相には明らかな疲弊の色が見えていた。

 

『ふふっ……予想通り、これ以上は流石に……。』

 

 確かに相手の戦力はこちらの予想を大きく上回ってきたが、それでも決して無敵という訳では無い。

 まして即席の同盟関係……その程度の仲では双方のペース配分というものが分からず、意識的であれ無意識であれ互いに必要以上の気遣いをしてしまい、結果的に息切れのタイミングも早くなる。

 ショウマに関しても同様だ……その実力が本物である事は既に疑い様も無いが、同時に彼がこちらの命令の隙を突いて戦っている事も目に見えている。

 ならばその隙を失くせば、途端に容易い話となるであろう。

 彼の負傷に関する事は全く嘘偽りない願いではあったが、こうなってしまっては仕方が無い。

 彼もこちらの考えを察したのか、それまで以上に眉間に皺を寄せ険しい顔を浮かべており、それが期待通りの表れである事に賭けて、アコは第三陣の展開の手を緩めようとしない。

 それにしても、こんな無理矢理が過ぎるやり方……これが()()に知られでもしたら、もれなく多量の反省文の刑であろう。

 そうならない為にも、ここで一気にケリを付ける……!

 

『アコ。』

『……え?』

 

 そう意気込んだのも束の間、彼女の決意はいとも容易く崩れる事となる。

 

『ひ、ひ、ヒナ委員長⁉』

 

 突如掛かってきた通信……そこから聞こえてくる声は、間違い無く()()のものであって。

 しかし、まさかそんな筈は……()()は現在単身出張中であった筈だ。

 計算では、まだ仕事を終えて戻ってくる段階では無い筈だというのに。

 

『アコ、今どこ?』

『わ、私ですか?私は……その……えっと……げ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです!風紀委員のメンバーと共にパトロールを……そ、それより委員長がどうしてこんな時間に……⁉出張中だったのでは……⁉』

『さっき帰ってきた。』

 

 あまり抑揚の無い声。

 その淡々とした調子が普段と全く変わらない事から、彼女が嘘を言っている訳では無い事を……元より嘘を吐くような性格はしていないが……理解したアコは、そうでしたか……と思わず生返事を返すしかない。

 彼女が居ぬ間に全て終わらせる予定であったのだが、どうやら彼女の手腕を見誤ってしまっていたようだ。

 

『その、私今直ぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありまして……後程またご連絡致します!今はちょっと、立て込んでいまして……!』

『立て込んでる?パトロール中なのに珍しい……何かあったの?』

『え、その……それは……!』

 

 今回の公務は彼女には一切告げていない……公務の内容も知られる訳にはいかない。

 故に何とかこのままやり過ごすしかないとアコは必死に事情を悟られぬよう言葉を紡ごうとする。

 

 

 

 

 

「他の学園の自地区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないような事が?」

 

 

 

 

 

 しかしアコは思い違いをしていた。

 アコは彼女の手腕を見誤っていたのではない……彼女の手腕を()()()見誤っていたのだ。

 

「……え?」

 

 声が、聞こえた。

 前線から遥か後方、ホログラムでは無い生身の自分の背後から、同じく通信越しで無い生身の声が。

 恐る恐る、振り返る。

 背後に控えさせている風紀委員の生徒等が皆揃って顔を青ざめさせ、自身もまた同じ顔色で以て視界に捉えたのは、1人の少女の姿。

 己の肩程までの身長しかない小さな彼女であるが、纏う空気(オーラ)はその何倍も大きく、威圧感に溢れている。

 

 

 

 

 

「アコ……この状況、きちんと説明してもらう。」

 

 

 

 

 

 彼女の名は、空崎(そらさき) ヒナ

 ゲヘナ学園の風紀委員会、その委員長の座に就く者だ。

 

 

 

 

 




 あの、皆さんが言いたい事は分かります……まだ変身しないのか、と。
 けど正直に言わせて下さい、ここで変身させたら後が詰まるんです……。
 これに関しては本当に他の作者さんを尊敬します……よくそんなポンポン変身させられるなと、ネタ尽きないのかと。
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