キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第23話「ゲヘナの風紀委員長」

「はい、イオリ。忘れ物だよ?」

「っ……。」

 

 ショウマによって叩き落とされたイオリの銃を拾い、それを彼女向けて差し出すムツキ。

 しかしイオリは銃を受け取ろうとしなかった……むしろムツキの事を憎たらしいとでも言うように舌を打ち、顔を背ける。

 何せ今のイオリはそのムツキがバッグの中から取り出した白縄によって捕らえられているのだから、銃を受け取ろうにも受け取れない。

 それなのに銃を目の前に置いて、にまにまとした笑みを浮かべて……明らかに馬鹿にしている。

 風紀委員として規則違反者を捕まえようとして、しかし結果は逆の立場となってしまったのだから、イオリの心は屈辱に塗れて仕方が無い。

 

「それにしても、さっきから向こうの動きが止まってるのは何でだろうね?」

「あのアコって奴、誰かと話してる……?」

 

 それはそれとして、先程から風紀委員会の様子がおかしい。

 アビドスと便利屋の少女達を追い詰めるべく展開されていた第三陣の動きが、何故かピタリと止んでいる。

 見れば彼女達の、皆して混乱しているような視線がある一点に向けて集中している。

 それはアコのホログラム……それまで戦場をつぶさに確認していた彼女が、今はその戦場に背を向けている。

 まるで背後に居る誰かと話をしているよう……そう当たりを付けていると、イオリと同じ様に捕らえられているチナツがその見当に肯定を示し、そしてより核心を突いた台詞を口にする。

 

「恐らく、来たのでしょうね……ヒナ委員長が。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……。」

「ひ、ヒナ委員長……!」

 

 ゲヘナ学園の風紀委員長、空崎 ヒナ……彼女の眼が、アコの瞳をじっと捉える。

 その眼差しは冷徹さに満ちており、相対しているアコの息を詰まらせる。

 

「そ、その……これは、素行の悪い生徒達を捕まえようと……!」

「便利屋68の事?確かに彼女達の拘束は私達の仕事の管轄内だけど……だからといって、他校の生徒を無作為に巻き込んで良い訳じゃない。ましてあそこに居るのは……。」

 

 そう言い、アコの背後……前線の方を見やるヒナ。

 どうやらS.C.H.A.L.E(シャーレ)の存在やショウマについて、彼女は既に知見を得ているようだ……自分とは違う見解を携えて。

 

「え、えっと……委員長、全て説明します!これはですね、色々と深い事情が……!」

 

 分かる、分かっている。

 不用意に触れるべからずというその見解がきっと正しい事だというのは。

 しかしこれは何よりもあなたの為に……そう話せばきっと分かって貰える筈だと、アコは必死に弁明をしようとする。

 

「……いや、良い。大体理解した。」

 

 しかしヒナはそれらを1つも語らせる事無く、前線の方へ歩いていってしまう。

 嗚呼、終わった……きっとこの件が終わった後に待つは、山盛りの始末書であろう。

 それが敬愛する彼女の意思であるならば……いやしかし、いくらそれが敬愛する彼女の意思であっても……と、アコはそれまで張っていた肩肘を解しながら、己の中の複雑な心境に、深い深い溜め息を吐いたのだった。

 

「あれは……。」

「何?あのちびっこいの……?」

「う、うわあああ⁉⁉そ、空崎 ヒナ⁉⁉やばいやばいやばい、今直ぐ逃げないと⁉⁉」

「えっ⁉に、逃げるんですか⁉」

「いや~もう無理じゃないかな?思いっきりこっち見てるし。」

「いよいよ年貢の納め時か……。」

 

 途端に消えたアコのホログラム、そして代わりに現れた謎の少女……どうやら彼女がゲヘナ学園の風紀委員長、空崎 ヒナであるらしい。

 小柄な身形でありながら、不思議と圧倒的な存在感を放っている彼女……もしや、彼女を含めての第三陣という事なのだろうか。

 だとするならば、非常にまずい……彼女が近付いてくる度、その圧倒的な存在感は威圧感へと変わり、相対する者達の身を徐々に竦ませていく。

 これは先程までのショウマにも通ずる感覚であり、ならばショウマがそうであったように、彼女もまたその威圧感に違わぬ実力を秘めていると窺える。

 何より彼女の事を知る便利屋の面子がこの有り様なのだから、ほぼ確実であろう。

 それ程の人物を、よもや今から相手にする事になるとは……。

 

「アビドス高等学校並びに便利屋68、そして連邦捜査部S.C.H.A.L.E(シャーレ)に告げる。私はゲヘナ学園風紀委員会風紀委員長、空崎 ヒナ。それぞれの代表の者と話がしたい。」

「よ、呼ばれてますよアル様……。」

「わ、私ぃ⁉⁉」

「いやどう考えてもアルちゃんでしょ。うちの社長誰だっけ?」

「……い、今からでも誰か社長にならない?」

「なる訳無いでしょ、ほら行く。」

 

 と、ヒナから突然の招集が掛けられる。

 今になって話がしたいなど、何が目的であろうか……一瞬判断に迷ったが、ひとまずその召集に、アビドスからはホシノが、便利屋からはアルが、そしてS.C.H.A.L.E(シャーレ)としてショウマが応じた。

 

「どーも、アビドス高等学校の小鳥遊 ホシノだよ。」

「べ、べべ、便利屋、し、68の、陸八魔です……。」

「……S.C.H.A.L.E(シャーレ)の、井上 ショウマだよ。」

「ありがとう、呼び掛けに応じてくれて……まず、確認をしたい。今回の一連の騒動は、こちら側からの一切の事前通達無しでの他校自治区内に於ける兵器の運用、そして公務の強行による他校生徒達との衝突によるもので相違無いかしら?」

 

 本当はそう名乗る事に抵抗が有るものの、戦うと決めたのだから、意思も強く持たなくては。

 そんな決意を胸に秘めるショウマは、三者を一瞥して淡々と言の葉を紡いだヒナの問いに、真っ先に首を縦に振った。

 

「なら……。」

 

 ヒナがその場から一歩下がる。

 やる気か……ホシノは戦う姿勢を、アルは逃げる姿勢をと、他の2人もそれぞれ身を構える中で、ショウマもまた剣を握る手に力を込める。

 

「事前通達無しでの兵器の運用、そして公務の強行による他校の生徒達との衝突……これらについてはゲヘナ学園の風紀委員会風紀委員長である私、空崎 ヒナが正式に謝罪をする。」

 

 しかしその先で彼女が取った行動は、意外なものであった。

 

「今後、ゲヘナ学園の風紀委員会がこの地に無断で立ち入る事は無いと約束する……だからどうか、許しを願いたい。」

 

 そう言って、頭を垂れるヒナ。

 その深々とした姿勢は、間違い無く誠心誠意の謝罪の印であった。

 組織という体系を為している以上、その組織を纏める者の言動は、組織全体の意思という事になる……つまり時としてキヴォトス最強の風紀委員会とも言われるゲヘナの風紀委員会が自分達の行動を全面的に否と認め、許しを請うているという事になる。

 二度とこのような争いを、無用な関わりを起こさないと遜って。

 

「……その言葉、嘘じゃないよね?」

「ええ、固く誓いましょう。」

「……うん、なら良いよ。皆、その子達を離してあげて。」

 

 流石にこれは先のように性急な行動は取れない……ちらりと視線をホシノへ向け、彼女に判断を委ねれば、彼女はその申し出を受けると決めたようだ。

 証明として、囚われの身であったイオリとチナツの拘束が、ホシノの言によって解れていく。

 

「感謝するわ。今回の戦闘で生じた被害についても、賠償金を支払わせて貰うわ。」

「いや、そこまでは良いよ。お互いこれ以上の貸し借りは無しでいこう?」

 

 その様子を横目に2人のやり取りを見ていると、ふとヒナの視線がホシノに強く向けられている事に気付く。

 それはただ会話をしているからでは無く、何か別の意味が込められている視線であった。

 

「ん?もしかして何か不満だった?」

「いえ……ただ、驚いたと思っただけよ。1年生の頃とは随分雰囲気が変わったと感じたものだから。」

「んー?どこかで会った事有ったっけ?」

「いいえ。ただ昔、各自地区で要注意とされる生徒の情報をある程度耳に入れていたから。あなたが1年生の時に起きた、あの事件……正直に言えばあの事件の後、アビドスを離れたものだとばかり……。」

 

 そしてその意味について軽く触れると、ホシノの様子が明らかに変化した。

 これまでも大事を前にすれば普段と違う様相を見せていた彼女ではあるが、今の彼女は何れでも無い。

 その眼差しに濁りを宿し、傍目でも分かる程に剣呑とした空気を纏っていたのだ。

 

「……ごめんなさい、余計な話だったわね……気分を害してしまったなら、重ねて謝罪するわ。」

「ううん、良いよ……有名になってたんだなーって思っただけだから。」

 

 一体、何なのだろうか?

 ヒナが触れようとした、ホシノの過去に纏わる何か……強く気を引かれはしたが、少女達の手から解放されたイオリとチナツがこちらへ向かってきた事で考えが四散する。

 

「委員長……。」

「お帰りイオリ、チナツ……帰るよ、撤収準備を。」

「ま、待ってくれ委員長!便利屋の連中はどうするんだ!?」

 

 イオリからの追求に、ヒナの眼差しがゆっくりとアルへ向く。

 隙あらば逃げ出そうとそれまでそわそわとしていた彼女であったが、ヒナと視線が合った瞬間まるで蛇に睨まれた蛙のようにその動きがピシリと固まってしまう。

 

「便利屋68、今回は見逃してあげる……でも次は無いと思って。だからなるべく、自分達の足でゲヘナまで戻ってくる事。」

 

 恐らくヒナとしては何て事の無い、ともすれば温情にも満ちさせた言葉だったのだろうが、余程彼女の事を恐れているのだろうか……アルはただ顔面蒼白でこくこくと頷くのみであった。

 

「後は……S.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生、あなたの事は噂で聞いているわ。その様子だと、今はアビドスに加担しているようね。」

 

 そしてその流れでヒナに呼び掛けられるショウマ。

 ホシノ、アルと続き、自分には一体何を語るつもりなのだろうか?

 

「なら、伝えておく事が有る。」

 

 既に役目を終えた剣を手放し、代わりに耳をそば立てる中で、彼女が告げてきた事は……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「はひぃ……もう立てない……。」

「お疲れーアルちゃん。突っ立ってただけだけど、何だかんだ格好良かったよ?」

 

 ゲヘナ学園の風紀委員長空崎 ヒナさんとホシノ先輩、便利屋68の陸八魔さん、そしてショウマさんの四者による対話が行われた、そこから先の展開は早いものでした。

 空崎さんの一声で迅速に、しかし一糸も乱れる事無くこの場から去っていった事で、ゲヘナ学園の風紀委員会との衝突という事案は終結。

 彼女達の足音が木霊となって遠のいていき、やがて辺りが静寂に包まれると、突然陸八魔さんがその場で力無くへたり込んでしまいました。

 恐らく空崎さんの圧力に耐えかねたのでしょう……離れた所に居た私達でさえずっと気圧されてましたから、正直に仕方の無い事です。

 

「そ、それで……私達はこの後どうすれば……?」

「何か色々曖昧な感じになっちゃってるからねー……あ、そういえばお店の中での返事も聞いてなかったっけね?覚えてる?」

 

 そんな軽い同情心さえ芽生えさせながら、ホシノ先輩がこちらへと戻ってきて、入れ替わるように便利屋の皆さんが陸八魔さんの下へ向かう中で、私達も無意識に強張らせていた体の力を抜いていると、浅黄さんが思い出したと言うようにある事を聞いてきました。

 覚えているも何も、柴関のお店で最後に聞いてきた、私達の本心について……語れと言うならば、語りましょう。

 私も、セリカちゃんも、ホシノ先輩も、ノノミ先輩も……皆その事に関しての想いは1つですから。

 

「良いよムツキ、別に聞かなくても。どんな答えにしろ、受ける気は更々無いから……そうでしょ、社長?」

「そうね、帰りましょ……あ、ごめん、誰か手引っ張ってくれる……?」

 

 しかし語ろうとした所で鬼方さんがそれを阻み、あろう事か元々それを問うてきた陸八魔さんもその意見に賛同を示しました。

 また身勝手なと、最初こそそう思ったのですが……。

 

「さてと……ショウマさん。」

 

 結果として、彼女達の判断は正しかったと認めざるを得ませんでした。

 

「突然だけれど、今この時を以て、あなたを便利屋68のアルバイトから解雇するわ……今までよく、私達の為に働いてくれたわね。」

「え……!?」

「えぇ~!?もう~!?ムツキちゃんまだ全然満足してないんだけど~!?」

「仕方無いでしょ。この後の事を考えたら連れてく訳には行かないし……それを抜きにしても、今が一番良いタイミングでしょ?」

「……ま、それもそっか……ちぇー、つまんないのー。」

「決まりね。今までのバイト代やら退職金やらは……ごめんなさい、私達はこれから色々有るから、余裕が出来たら払いに来るわ。今はそのタブレットで手打ちにして頂戴……あ、銀行の口座教えてくれないかしら?そしたらいつでも……。」

「いや、そんな急に……!?」

 

 どこまでが彼女達の想定であったのかは分かりませんが、少なくともショウマさんが心底驚き、浅黄さんが不満を露にするぐらいには突飛に、しかし鬼方さんの台詞からして、恐らく初期の方から考えていた事だったのでしょう。

 

「向こうの連中の話を聞くのは私達の仕事じゃない、ショウマさんがやるべき事だと思うよ……自分自身と向き合う事も、ね。」

 

 そう……私達の願いを届けるのに、間を挟む必要なんて無い。

 直接本人に願いを届ければ、それで終わる話なんですから。

 

「……さあ、引き上げるわよ。」

「りょうかーい、じゃあまたねー♪」

「お、お邪魔しました……!」

 

 膳は立てたと言うように去っていく、便利屋の皆さん。

 少し悔しいですが、この場を作って貰えた事は事実……もし次に会えた時は、お礼をしないといけませんね。

 

「ショウマさん。」

 

 後は……私達次第。

 便利屋の皆さんに置いていかれ、呆然としているショウマさん……その背中に、ノノミ先輩が声を掛けます。

 

「ごめんなさい……あの時、私がちゃんとあなたと向き合えていたら……。」

「……ノノミちゃんが悪い訳じゃないよ。悪いのは……。」

 

 声を掛けられ、それでもこちらへ背を向けたままだったショウマさん。

 しかし段々と自らを咎めるような物言いとなっていったノノミ先輩の言葉に、ショウマさんも堪らずといった様子で振り向きました。

 その表情は、私達に対する気後れと申し訳無さがないまぜになったものだと一目で分かりました。

 だから、私達もぶつけたんです。

 隠す事無い、私達の想いを。

 

 

 

 

 

「自分だけ、なんて言わないで下さい。私達だってあの時、先輩にだけ背負わせず皆で話を聞いていればと何度も……。」

 

「んー……まあ、私は正直ショウマさんの言う事にちょっとだけ賛成。1人で勝手に迷惑だ何だの言って……私達がショウマさんの事迷惑だなんて言った事有る?無いでしょ?そうやって変な勘違いした所は、ショウマさんが悪いと私は思う……あくまでちょっとだけだからね!?またこれで変な勘違いとかしないでよ!?」

 

「うへ、まあ何が言いたいかっていうと……皆同じなんだよ。私達もショウマさんも、お互いに思ってる事は同じ……だからさ、1人で抱え込もうとしないでよ。ショウマさんだって、本当は話したい事、沢山有るんじゃない?」

 

「烏滸がましいなんて言われたら、そうとしか言えません……それでも私達はあなたの事を受け止めたい……受け入れたいんです。」

 

 

 

 

 

「あなたの事を、大切な仲間なんだって……そう言いたいですから。」

 

 

 

 

 

「皆……。」

 

 後に、ショウマさんは語ってくれました……どうしてあのような別れ方を選んだのか、何故別れるという方法を取ったのか。

 

「ごめん……俺……ずっと、恐くて……。」

 

 井上 ショウマは、バケモノの血筋を秘めている。

 それはショウマさんが元居た場所で絆を紡いだ人達も、簡単には受け入れられなかった事実だと。

 どれだけ自分が相手を好いたとしても、必ずその事実が、何度も人との関係を阻んできた……だから恐れたのだと。

 帰らなくてはならない場所が有る……つまりはいつか、どれだけ絆を紡いだとして、いずれそれを断ち切らなくてはならない。

 紡げば紡ぐだけ傷付け、裏切る事になる……それでも親身になって接してくれる私達に、嫌われる事を。

 ひた隠しにしなければならなかったのに、仮に語る時が来たとしても、それを覚悟しておかなければならなかったのに……耐えられなくて、逃げ出してしまったのだと。

 

「でも……。」

 

 でも、私達は歩み寄った……歩み寄ってくれた。

 自分勝手に逃げ出した己に追い付いて、私達も同じであったと言ってくれた。

 だからもう、恐れる必要は無いのだと。

 

 

 

 

 

「俺の話……聞いてくれる?」

 

 

 

 

 

 漸く向かい合ってくれたショウマさん。

 先程まで浮かべていた重く暗い表情は、いつの間にか私達と同じものへと変わっていました。

 喜びの涙を携えた、笑顔へと……。

 

 

 

 

 

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