キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第24話「終わらぬ苦難」

「美味ーい!」

「ふふっ、今日は大盤振る舞いです☆沢山食べてくださいね?」

 

 ゲヘナ学園からの脅威を乗り越えたショウマと、アビドス高等学校の生徒達。

 その果てに両者の関係も元通りになったという事で、朝早いながらも全員でささやかな祝勝会を開いていた。

 ノノミがいつかの日の為にと蓄えていたお菓子を引っ張り出し、それを皆で囲って……誰が見ても幸せな時間が教室の中に拡がっていた。

 

「いや本当良く食べるわ……そりゃ1週間分のお菓子全部食い切れる訳ね。」

「で、本当ならその食べたお菓子が、このゴチゾウちゃん達に変わる訳なんだよね?うへ~、可愛く生まれ変わるもんだぁ~。」

 

 ショウマの身の上については、昨日の内に少女達へ告げられている。

 皆真っ直ぐに話を聞いて……お陰で1つも蟠る事無く全てが語られ、そして全てが受け入れられた。

 ゴチゾウ達の事もその時に説明をしており、机の上でホシノに指で突つかれている個体を始め、今まで物陰に隠れてばかりであったのが、今や人目を気にせず教室の中を自由気ままに動き回っている。

 

「連邦生徒会が所有していたタブレット端末……そしてその中に搭載されている自律型AI……いえ、ここまで来るともはやAIかどうかも疑わしくなる程ですね……。」

『姿をお見せ出来ないのが残念ですが……その代わり、聞きたい事が有りましたら何でも言って下さい!全力でお答えしますから!』

 

 同時に、アロナの事も紹介をした。

 やはりというか、取り分けアヤネが興味を示しており、彼女の事もショウマ同様少女達に快く迎え入れられ、何もかもが順風満帆に進んでいるとさえ錯覚しかねないが、これで全てが解決したという訳では無い。

 

「それにしても、こうして穏やかに過ごせる時間は、何だか凄く久し振りですね……。」

「そりゃ色々有ったからね……って、そんな感傷に浸るような時間はまだ経ってないでしょ。」

「こらこらセリカちゃん、細かい事は気にしなくて良いの。」

「そうですね。それにまだ解決していない問題も沢山有りますから……これからです。」

 

 アビドス高校が抱える借金の問題を始め、まだやるべき事は多く有る……先も長い問題ばかりではあるが、それでもひとまずは目の前の手近な問題からだ。

 

「それじゃ、私は大将の様子見に行って来るわ。お店の片付けもするって言ってたし、手伝ってくる。」

「私もセリカちゃんと一緒に行きます、あの戦闘で生じた被害額の算出をしたいですから。」

 

 そう言って席を立ち、教室を後にするセリカとアヤネ。

 2人共誰に言われた訳でも無いのに自ら率先して行動して……本当に、真面目で人思いな子達である。

 ホシノも「いやー、おじさんにはもったいないぐらい良い後輩達だよー。」と言う程であるが、それは少し違う。

 そういうホシノだって2人と同じ良い子で……と伝えようとしたが、彼女がふとスマホを手にし、画面を注視し始めた事からそれが憚られてしまう。

 

「おっと……ごめん、ちょっと用事が出来ちゃったからおじさんも行くね。」

「え、ホシノ先輩に御用事……?」

「ん?ノノミちゃん?その?(ハテナ)マークは一体どういう意味なのかな?」

「あ、いえ!お昼寝の用事ですよね!行ってらっしゃいです!」

「いや昼寝じゃないんだけど……え、何?もしかしておじさん、そんな昼寝の化身みたいに見られてるの?おじさん泣いちゃうよ?」

 

 違うのだろうか、とショウマでさえ一瞬思ってしまった。

 幸い……と言うべきか、ノノミの方がその思いが強く表に現れていたらしく、よよよと泣き真似をするホシノに縋り寄られる事は無かったが、それはさておきどんな用事なのかは素直に気になる。

 するとホシノは泣き真似をしていた様相を直ぐにけろりと変えながらそれに答えた。

 

「お呼ばれしちゃったんだー、知り合いからね。」

「お知り合い、ですか……?」

「そ、まあおじさんにもおじさんなりの交友関係っていうのが有ってね……そういう事だから、おじさんはこの辺でドロンと失礼するよ。」

 

 後は2人でごゆっくりー、と部屋を後にするホシノ。

 相変わらずのマイペース振りが目立つ言動……それを久々に目の当たりにした事でショウマの頬はつい緩んでしまうが、ノノミに関してはその言動について別に思う所があると口にし始めた。

 

「交友関係……ですか。」

「……何か、おかしな事でもあった?」

「あ、いえ……ただホシノ先輩、以前と比べて随分と変わったなと思いまして。」

「変わった?どういう事?」

「今はいつも寝ぼけているような感じですが……初めて出会った頃のホシノ先輩は、常に何かに追われているようでした。何に追われていたかというと……まあ、ありとあらゆる事、と言いましょうか。」

 

 聞いた話によると、以前この学校にはホシノにとって先輩となる1人の生徒が居たそうだ。

 その生徒はアビドス最後の生徒会長だったらしいもののとても頼りない人物であり、その生徒が学校を去ってからはアビドスで起こるあらゆる出来事を全てホシノが引き受ける事になったと……。

 

「ホシノちゃん……そんな大変な時期が有ったんだね……。」

「でも今はショウマさんも居ますし、他の学園の生徒さんとも交流出来ますから……以前だったら他の学園と関わる事自体嫌がっていた筈ですが、かなり丸くなりましたね……多分セリカちゃんやアヤネちゃんも知らないお友達も居らっしゃるみたいですし。」

 

 ホシノは当時1年生……のし掛かっていた重圧や気苦労は、きっと計り知れないものであっただろう。

 そう考えると今の彼女の性格は、当時からの反動による所が大きそうだ。

 たった1人で頑張るしかなかった過去も、時が経ってノノミが、セリカが、アヤネが入学し、皆で頑張れるようになった。

 それで肩の荷が降りて今の性格になったのだとしたら……。

 

「さて、私達はどうしましょうか?2人きりですけど……このままお菓子パーティー、続けましょうか?」

 

 ならば尚更、頑張らねばなるまい。

 きっとホシノにとっては、今が一番充実している時間の筈なのだから。

 彼女のこれまでに報いる為にも、一層皆で力を合わせてこの苦境を乗り越える。

 

「それなら俺、行きたい所が有るんだ。ノノミちゃんにも付いてきて欲しい。」

 

 であれば自分も、自分にしか為せないであろう事を為す……ショウマはシッテムの箱を手に、そう席を立つのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「アルちゃーん、さっきからぼーっとしてどうしたの?さっさと荷物運んじゃおうよ?」

 

 夜の間に荷造りをし、日が昇り始めて視界が開けるようになったら出発する……手慣れてしまった夜逃げの光景である。

 しかし荷造りを初めてからというもの、段々とアルが上の空となっていった所為で作業が進まず、当初の予定よりだいぶ出発が遅れてしまっている。

 

「アル様、どうされたのでしょうか……あんなにも思い詰めた顔をされて……。」

「どうにもこの事務所を手放すのが惜しいみたいだけど……これからまた色んな奴等に後を追われる事になるだろうし、仕方の無い事だと思うけど?」

 

 そんなに思い入れの有った場所であっただろうか?

 いやしかし、今回は見逃すと言われたものの既にゲヘナの風紀委員会には場所が割れてしまっているだろうし、依頼を放棄した事で依頼主(クライアント)からも最悪命を狙われかねない。

 ここに留まる事は危険……だから割り切るしか無い。

 

「仕方の無い事……。」

 

 そうカヨコは思っていたのだが、実際の所アルを思い悩ませていたのは別の要因であって。

 そしてその要因に端として触れた事で、それまで抑えられていた彼女の想いが決壊する。

 

「依頼を達成出来なかったのも、その依頼を放棄する事になったのも……風紀委員会に見つかったのだって、アビドスから離れてまた当ても無く彷徨う羽目になったのだって、元を正せば全部私の判断ミス……私の所為だっていうのに、それが仕方の無い事なの……?」

 

 これまでショウマやアビドスの少女達の前で、時折はコミカルな姿を挟みながらも敢然とした態度と思想を崩さなかったアル……しかし今の彼女にそのような威厳はまるで無い。

 目を伏せ、組む腕に力を込めて体を震わせて、今にも見えない何かに押し潰されてしまいそうで……。

 

「私が目指す……私の理想は……。」

 

 先にも述べた通り、何かに追われる生活というのはこれが初めてではない。

 今まで何度も何度も……そうなった原因は、いつも自分であった。

 依頼の全容を把握出来ていなかった所為で余計なトラブルを起こしてしまったり、狡猾な口車に乗せられて報酬金を踏み倒されたり……。

 今回だって、自分がもっとしっかりしていれば、先の事を見通していれば、こんな事にはならなかった。

 3人は常に自分の仕事をきっちりとこなしているというのに、それをいつも自分が台無しにして……これで何が便利屋の社長だ、何が真のアウトローを目指すだ。

 何1つとて為し得られていない……それを思うと、彼女達に与えている肩書きが、いつしか言われた通り無駄使い……いや、枷として機能してしまっていると思えてしまう。

 ショウマやアビドスの少女達の事を笑えない有り様の、こんな自分に付いて行かせてしまっている事を心苦しく思い、いっそここで便利屋稼業を辞めにして彼女達を自由に……なんて考えが脳裏を支配しようとしていた時だった。

 

「チョップ。」

「痛っ!?な、何するのよ!?」

 

 突然ムツキが手刀をかましてくる。

 完全に自分の世界に入っていたアルは全く反応出来ずにそれをもろに喰らってしまい、目をぱちくりと瞬かせる。

 

「いやだって……仕方無いじゃん、それがアルちゃんなんだもん。ハードボイルドとかアウトローとか目指してて、でも根が良い子ちゃんだから全然そうなりきれなくて失敗して……でも絶対に諦めないで進み続ける、それがアルちゃんでしょ?そんなアルちゃんと一緒に居るの、こっちからすればすっごい楽しい事なんだよ?」

「社長の良い所、悪い所……そんなの私達はもうとっくに知ってる。それでこうして付いて行ってるんだから、社長が気にする事なんて何も無いんじゃない?」

「わ、私もそう思います!アル様が居なかったら、私はきっと今こうして生きていない筈なので……だから、元気出して下さい!私が一番尊敬しているのは、いつだってアル様ですから!」

 

 ぽかん、と呆ける他無かった。

 皆随分あっけらかんと、こちらが心底から思い悩んでいた事を否定してきて……。

 しかしその遠慮の無さこそ、彼女達が心の底からそれを思い告げてきたという何よりの証拠。

 

「……社長が社長なら、部下も部下ね。」

 

 どうやらまだまだ、4人による便利屋稼業を終わらせる訳にはいかないようだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「よっ……と!これで全部です!積み終わりました!」

「じゃあ、何処に行く?」

「まあアルちゃんも言ってた通り当ても無い事だし、委員長に言われた通りゲヘナに戻る?」

「いいえ。当てが無いからこそ、目指すは新天地ただ1つよ!次こそは必ず真のアウトローになるべく……!」

 

 悩みを払拭したアルも作業に加わった事で、予定より大幅に遅れながらも移動の準備が整った。

 後はムツキが車のアクセルを踏めば、再び彼女達の珍道中が始まるのだが……。

 

「えっ!?皆どこかに行っちゃうの!?」

 

 しかし予定より遅れるという事は、想定外の出来事に出会す可能性も相応に高くなるというものであって。

 

「えっ……ショウマさん……!?」

「あ、ショウマさん!と……アビドスの?」

「な、何で来たのよ!?アルバイトから解雇するって言ったでしょ!?」

 

 予想だにしていなかった、自身等へ掛けられる声。

 その声のした方を見てみれば、そこにはショウマと、アビドスの少女達の内の1人……確かノノミと言ったか……2人の姿が見えて。

 何故2人はここに?

 やはり勝手にバイトを辞めさせた事に憤りを感じて、抗議でもしに来たのだろうか?

 

「これ。」

「え……?」

 

 と、ショウマがおもむろに何かを差し出してくる。

 それは何やら厚みの有る茶封筒。

 

「俺を助けてくれたっていうお仕事の御礼……アロナちゃんから話は聞いてたから。」

『今まで先生を匿って下さった事、本当にありがとうございました。相場が幾らか分からないので、適当な金額になっちゃってますが……足りなければまた後日連絡を下さい、その時は直ぐに用意しますから!』

 

 その中身は、仕事の依頼という形で身の安全を確保してくれた便利屋68に対する、ショウマとアロナからの報酬金。

 本当は個人的に依頼したからという事で、アロナがS.C.H.A.L.E(シャーレ)の予算から秘密裏に……なんて事を行おうとしていたのだが、それは法的に非常に良くない行為であるし、何より助けられた当人であるショウマも礼を尽くしたいという事から、彼が連邦生徒会長から与えられた個人口座からの全額負担という形になった。

 正直これを渡したらかなり手痛い出費となってしまうのだが……命を救われたのだから、それぐらいはしなければ。

 

「……いいえ、それは受け取れないわ。」

『で、ですが……。』

「あなたからの報酬は、ショウマさんがうちで稼いだ金額で釣り合いが取れてるわ。だから受け取らない……むしろ、私達の方が渡さないとね。」

 

 そんな後ろめたい事情を察したのかどうかは分からないが、アルは封筒を受け取る事を丁重に断ると、覆面水着団のブルーから授けられたあのバッグから札束を幾つか手に取る。

 

「はいこれ、退職金ね。何ならもう1束ぐらい上乗せした方が良いかしら?」

「いや、こんなに沢山……!?」

「良いのよ、今うちお金有り余ってるから。」

「出た、アルちゃんの浪費癖。そういう事してるからすぐお金失くなっちゃうのに。」

「お黙りムツキ。うちの為に粉骨砕身働いてくれていた人を勝手に解雇したのよ?当然の措置よ。」

 

 100万円単位で綴られた札束が4束……つまり合わせて400万円。

 ただのアルバイトの退職金としては破格なんて言葉でも足りない程であるが、彼女達はあっさりとそれを渡してきた。

 

「これも、渡しておくよ。」

「これは……。」

「そっちもそっちでこれからまだ大変なんだろうし、きっと必要になると思うから。」

 

 さらに、カヨコからの渡し物。

 それはあの闇銀行とカイザーローンによる集金確認の書類……アビドスにとっては、両者の不正な取り引きを暴く証拠となる代物。

 決してそこまでする程の義理は無い筈だというのに、その不自然な程の気前の良さは、やはりここから離れるに中ってこちらとの縁が遠くなるからであろうか。

 

「皆さん、アビドスからも離れられてしまうんですか?」

「そうだね、今頃色々と目を付けられてるだろうから。」

「……でしたら、これは餞別に。皆さんでどうぞ。」

「こ、こんなに沢山のお菓子……良いんですか?」

「はい、アビドス高校からのお礼という事で。色々とお世話になりました。」

 

 そう言って今朝のパーティーで余った数々のお菓子を渡すノノミ。

 便利屋68の、先んじて大人の世界に触れているが故の強かさには、アビドスの少女達も見習わなくてはならないと思った所が確かに有った。

 だからたとえ仲間と呼べる程の関係では無かろうが、今の台詞は確かに本心からのものだ。

 

「……じゃあ、そろそろ行くわ。」

 

 名残惜しい……そう思えてしまうからこそ、せめて言葉を尽くさなくては。

 

「ありがとう、皆。短い間だったかもしれないけど、皆と一緒に居られて本当に良かったって思ってる。大事な事も教わったし……。」

「何かを教えたつもりなんてあんまり無いけど、そうね……私達もあなたと、あなた達と知り合えて良かったと思ってるわ。」

「アビドスからは離れちゃうけど、お願いしたい仕事が有ったらいつでも言ってね?力になるよ。」

 

 アルの格好付けている澄ました顔も、ムツキの蠱惑的な笑みも。

 

「まあ……頑張って。」

「私達も、その……応援、していますから。」

「はい!御縁が有りましたら、またお会いしましょう☆」

 

 カヨコの隠れた優しさも、ハルカの控えめながらも確かな思いやりも。

 今に思えば、とても素敵で愛おしいものであるから。

 

「じゃあね皆!元気でねー!」

「お気を付けてー!」

 

 やがて便利屋68を乗せた車が、ショウマとノノミの前から発進する。

 その後背を、2人は車が路地の彼方へと去るまでずっと見送っていた。

 

「それで、結局何処に行くつもり?」

「まあ暫くは適当に走らせてて良いんじゃない?アルちゃん、今は余韻に浸っていたいみたいだし。」

「そうですね、頂いたお菓子を食べながら……。」

 

 便利屋の少女達も2人の見送りを知覚し、それに感謝しながら貰った菓子類に手を付け始める。

 アルもまた助手席で車窓に肘を付きながら、適当に手にしたグミを一口。

 

「本当、お人好しで甘い……良い人達だったわね。」

 

 久々に食べたからだろうか……口の中に拡がる味は、とてもとても甘くて美味しかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「悪いね2人共、店の片付け手伝って貰って。」

「当然でしょ、私はここのアルバイトなんだし……大将の方こそ、無理しないでよね?」

「私も普段からここにお世話になっていますから、全然苦じゃありません。迷惑を掛けてしまった身として、これぐらいはさせて下さい。」

 

 ショウマとノノミ、そして便利屋68との邂逅の一方、柴関の店では柴大将と共にセリカとアヤネが荒れた店内の片付けに一段落を付けていた。

 

「いや、迷惑を掛けちまったのは俺の方だ。ごめんなセリカちゃん、バイト出来なくなっちゃって。もっと店を防弾仕様にでもしてれば良かったか……。」

 

 カウンター席に揃って座る3人。

 そのまま談笑を、とは迎えられない店内と柴大将の様子に、セリカの胸奥が締め付けられる。

 やはりあの時ゲヘナから慰謝料として店の修理代を貰っておくべきだったか……そうすればお店も大将も、少しは負うものが軽くなっていただろうにと。

 だが事態は、セリカもアヤネも想像出来なかった程に深い淵の中にあったのだ。

 

「まあこんな事を言うのもあれだが、そもそも近く店を畳む気だったからな……色々と予定が早くなっただけではあるか。」

「え?お店を……?待って!?そんなの私聞いてないんだけど!?」

「うん?ああ、実はちょっと前から退去通知を受け取っていてね。」

 

 大将の言葉に耳を疑う2人。

 各自治区の行政を司るのは、その自治区を所有する学校学園……建造物の取り扱いもまた然り。

 だからアビドスの自治区に在るこのお店に通知を出すとなれば、それは自分達アビドス高校である筈。

 そんな通知、出した覚えは微塵も無い。

 

「た、退去通知って、何の話ですか!?アビドス自治区の建物の所有権は、アビドス高校で……!?」

「そうか、君達は知らなかったんだな……何年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権が別の所に移ったんだ。」

 

 そんな馬鹿な、と。

 アビドス高校の自治区である筈なのに、そのアビドス高校が実権を握れていないなんて。

 では今は一体誰がその権限を持っているというのか?

 それを柴大将は「何て言ったっけなぁ……。」と束の間を置いた後、その衝撃的となる名を明かしたのだった。

 

「確か……カイザーコンストラクション、だったかな。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「これはこれは……お待ちしておりましたよ、()()()()()……いや、小鳥遊 ホシノさんでしたね?」

 

 アビドスの辺境、その何処かにある薄暗い一室。

 その中で座していた人物から呼ばれた呼称にホシノが眉を潜めれば、その人物は「これは失礼。」と即座に謝罪の意を示す。

 しかしそれは嘲笑の混じった、言葉だけの誠意……その漆黒の能面に走る白い亀裂が作っている笑んだような表情と同じ、ただ張り付けただけの中身の無いものだ。

 

「……黒服の人、今度は何の用なのさ?」

「少し状況が変わりましてね……今回は再度、アビドス最高の()()をお持ちのあなたにご提案をしようと思いまして。」

 

 ホシノが対峙していたのは、ヘルメット団や便利屋68を従えていたあの謎の機械人(ロボット)の側に居た黒い影人。

 そして旧知の仲と呼ぶにはあまりにも刺の有る態度を見せるホシノは、そこから続けられた黒き影人の言葉に対し、さらにそれを露にする。

 

「提案?……ふざけるな‼それはもう……‼」

 

 それはおよそ彼女が発したものとは思えないような怒号であって。

 彼女を知る者である程驚愕するような剣幕であるが、目の前の影人は変わらずクツクツと不気味に笑うばかり。

 

「お気に入りの映画の台詞が有りましてね、今回はそれを引用してみましょう……。」

 

 そう言うや、影人は居住いを正し、ホシノへ向かって語り掛ける。

 

 

 

 

 

「あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ……興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください。」

 

 

 

 

 

 そう……アビドスを取り巻く暗雲は、まだ晴れてなどいない。

 

 

 

 

 

「ククッ、クックックックッ……。」

 

 

 

 

 

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